今回は、第3章 理学療法の実際 Ⅱ.ストレッチ訓練 になります。
第3章 理学療法の実際
Ⅱ.ストレッチ訓練
●痙縮・固縮のコントロール手技としては、訓練ではストレッチ訓練、装具によるコントロール、薬物使用ではアルコール、フェノール、ボツリヌス毒の筋肉注射、脳神経外科では選択的後根切除術、整形外科的には、キャスト固定、選択的筋解離術がある。このうち、ストレッチ訓練は一定時間行えば一過性ではあるが、過緊張、痙性を抑制することが、これまでの臨床的経験では示されており、訓練の場でも実感されている。
●脳性麻痺の寝返り、腹這い、四つ這い、立位歩行などの機能をあげるには、肩のレトラクション(肩甲骨の内転)、肘の屈曲緊張、手関節掌屈曲緊張、体幹緊張、股・膝・足の緊張など、それぞれの部位での痙縮あるいは固縮を弱めることがより効果的であり、むしろ痙縮・固縮を除かなくては機能向上を望めない。
●ストレッチ訓練は伸張反射を一過性であれ抑制する唯一の手技であり、ストレッチ訓練手技を自発訓練手技の導入部分として活用することができる。
●機能解剖学的には痙性筋の数は限られており、患児との感覚的接触、訓練導入の手段として、特定の筋のストレッチを容易に行いうる。
1.体内の痙性筋
●痙性筋は大まかに、表3のとおりである。いずれも屈曲・伸展の動きをもつ多関節筋である。
●これらの痙性筋によってもたらされる変形、および不良肢位、ならびに痙性筋そのものに対し評価し、ストレッチ訓練が行われる。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
ご参考:下記は屈曲、伸展などの動きを絵で紹介しているものです。クリック頂くと拡大されます。
画像出展:「改訂版 ボディ・ナビゲーション」
2.ストレッチ手技の実際
a.仰臥位ストレッチ訓練
●伸張ストレッチ訓練はスポーツの世界で広く利用され、体の緊張をゆるめるのに効果がある。訓練においても伸張訓練の重要性は変わらず、大きく3つの伸張訓練に分けられる。
①上位体幹、上位の屈伸
・頸椎、胸椎の屈曲
・肩の屈曲、肘の伸展(仰臥位上肢伸展)(図18-A)
②下位胸椎、腰椎、下肢の屈伸
・腰椎、骨盤、下肢の屈曲と伸展(図18-B)
③胸椎、腰椎の回旋(図18-C)
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図18は、左からA、B、C となっています。
1)頭最長筋、頚最長筋のストレッチ
●仰臥位で頭を後ろから支え、ゆっくり垂直方向に起こし、左右に目と目の線を水平に回旋させる。右に回旋させると左側の頭最長筋、頚最長筋がストレッチされ、右前頚筋群が活性化される。左に回旋させると右側の頭最長筋、頚最長筋がストレッチされ、左前頚筋群が活性化される。
術者が正坐し、やや両股外転位をとり、その間に患者の頭と上位体幹を入れるような形で、頚部、体幹を屈曲させ頚部、体幹伸筋のストレッチをはかるのも1つの方法である。術者と患児の接触を楽しむ程度の感覚でよい。
2)上肢帯のストレッチ(上肢伸ばし訓練)
●広背筋、上腕三頭筋、上腕二頭筋のストレッチ
肘を伸ばし、肩を頭の方に上げ、この3つの筋をストレッチし、三角筋の活性を高める。肩を上げて、広背筋と後下方関節包をストレッチし、さらに肘を曲げて上腕三頭筋をストレッチする。肘を伸ばして、肘の前方関節包と上腕二頭筋のストレッチをする(図18-A-b参照)。この時、前腕は回外保持が望ましい。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図18-A-bは左側・中段です。
僧帽筋のストレッチ
一側上腕で肩を内転し、他側の前腕でこの内転した上腕を抑え、僧帽筋をストレッチする。大胸筋の活性が高まる。
3)下肢帯のストレッチ
伸展ストレッチ
仰臥位ではとくに必要としない。
屈曲ストレッチ
術者は患者の下肢側に坐る。両下腿中間を持ち、両股、両膝を屈曲させ、大腿が腹壁につくまで曲げ、骨盤、胸椎下部を十分に屈曲させる。ハムストリング、大内転筋、腸肋筋、最長筋がストレッチされる。腸肋筋、内腹斜筋、腹横筋が活性化され、寝返り自発訓練の準備が整う。(図18-B-b参照)
両股を痛みのこない範囲で十分に屈曲し、大腿を胸壁に近づける。骨盤および胸椎下部も屈曲し、背部伸筋群をストレッチさせる。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図18-B-bは中央・下段です。
4)体幹のストレッチ
伸筋ストレッチ
側臥位をとる。側弯がある時は凹側を上にする。体幹の下にタオルを入れ、側弯を矯正する。術者は背側に坐る。術者の一側の手で腸骨部を持ち骨盤帯を後方に回旋させ、他側の手で胸郭部は前方に押し回旋させる(図18-C-a参照)。 腸肋筋、最長筋がストレッチされ、対側の腹横筋、内腹斜筋が活性化する。寝返りでの体幹回旋を容易にする。反対側も同様に行う。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図18-C-aは右側・上段です。
屈筋ストレッチ
側臥位をとる。骨盤帯を前方に回旋し、胸郭を後方に回旋する。腹直筋と外腹斜筋がストレッチされる(図18-C-b)。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図18-C-bは右側・下段です。
b.腹臥位ストレッチ訓練
●上位体幹、下位体幹、上肢、下肢の順に受動的伸張を行う。
1)頚椎、上位胸椎の伸展(図19-A参照)
●肩のレトラクションを抑え、手を前に伸ばす。両上肢を頭の方に伸展させ、上腕を頭の方へ伸ばすと鎖骨が上に上がり、胸鎖乳突筋がゆるみこの筋の緊張で動きを抑えられていた頚の抗重力伸筋が活動し、頭が上がってくる。顎の下に術者の指を置き、頭をゆっくり垂直に起こし、目の線を水平に保ちつつ左右に回旋させる。頭の重みを除くという柔らかい持ち上げ方がよい。右回旋で右胸鎖乳突筋がストレッチされ、左後頭下筋、左多裂筋が活性され頭が上がる。左回旋はその逆である。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図19-Aは左側・中段です。
2)上肢の頭方向への伸展
●両上肢を頭の方に伸ばす。広背筋、上腕三頭筋が肩でストレッチされ、上腕二頭筋が肘でストレッチされる。前腕は回外位を保つ。
3)両下肢の屈伸
●術者は患児の足側に位置する。まず一側から訓練を始める。患児は両上肢を曲げた姿勢で両下肢を中間外旋、やや屈曲位をとる。
一側下肢屈曲(開排肢位)
一側下肢の股関節を120~140°まで屈曲させる(対側は伸展位でよい)。膝関節も90°前後屈曲させる(図20-A,B参照)。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図20-A,Bは左側の2つです。
この肢位で股関節を術者の手でゆっくり床に押しつけ開排位をとる。1~2分以上した方が効果的である(右股は術者の右手で、左股は術者の左手で)。次にこの下肢を伸展させ、20~30°外転させ、内旋位をとり、股関節を術者の手でゆっくり床方向に押し、股関節を伸展させる(図20-C,D参照)。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図20-C,Dは右側の2つです。
屈曲肢位訓練では、ハムストリング、関節包内下方(大腿恥骨靭帯)が引き伸ばされ、求心位をとりやすい(図17-D参照)。また内下側臼蓋辰、横靭帯が広げられ、臼蓋内に骨頭がおさまりやすくなる(図17-D参照)。伸展位訓練では関節包内上方(大腿恥骨靭帯)が伸ばされ、大腰筋、大腿直筋がストレッチされる(図17-E参照)。対側も同様の訓練を行う。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図17-Dは下段左、図17-Eは下段右です。
両下肢屈曲
両下肢訓練では両上肢を同時に屈曲し、両股関節、両膝関節の伸展緊張をゆるめる。股関節は140°以上屈曲させ、大転子部を上から床面に向けてゆっくり圧迫し、外転させる(図19-B参照)。両上下肢は曲げている方が楽であるが、頭の方向に伸ばしてもよい。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図19-Bは右側です。
股関節を90°屈曲位でこの訓練をすると、長内転筋が過緊張し、骨頭への急激な圧迫で痛みが出て患児の信頼を失うことになる。必ず140°以上の十分な屈曲角をとり、痛みのない外転・外旋位の伸張訓練を行う。下肢屈曲位は、股関節脱臼予防肢位として非常に重要な肢位であり、自発的な動きを呼びかけ、楽しいスポーツ感覚で進めたい。
c.前腕、手のストレッチ
1)前腕回内変形に対するストレッチ
●前腕回内変形では3つの段階のストレッチがある。回内の3つの要素、骨間膜・靭帯短縮、円回内筋緊張、橈側手根屈筋緊張が段階的にゆるめられる。
①肘を曲げ、手関節を掌屈のまま、前腕を回外する。骨間膜が伸び、橈骨小頭が輪状靭帯の中に安定整復される。
②肘を伸ばし、前腕を回外する。円回内筋がストレッチされる。
③手関節を背屈し、肘も伸展のまま前腕を回外する。橈側手根屈筋がストレッチされる。
2)手関節掌屈に対するストレッチ
①(指は曲げ)肘を屈曲し、手関節を背屈する。掌側関節包がストレッチされる。
②肘を伸ばし、手関節を背屈する。橈側手根屈筋・尺側手根屈筋がストレッチされる。
3)手指、母指屈曲に対するストレッチ
①手関節を背屈し、手指、母指を伸張する。
②ストレッチ手技のあと、母指対立装具や手関節装具を使うことがある。
d.下肢帯(足部)のストレッチ
①膝関節で足関節、中足部を持ち、足関節を背屈する。ヒラメ筋、後頚骨筋、長腓骨筋、および後方関節包がストレッチされる。
②中足部を背屈し、短趾屈筋など足趾底屈筋と足底筋膜をストレッチする。凹足変形を予防するストレッチ訓練として重要である。
③第1、第2、第3、第4、第5趾を伸展、背屈させ、長趾屈筋、短趾屈筋、骨間筋、長母趾屈筋、短母趾屈筋、足趾内転筋の緊張をゆるめる。
④膝伸展で足部を持ち、足関節を背屈させ、腓腹筋の過緊張をゆるめる。
3.ストレッチ訓練の原則
●ストレッチ訓練の原則は愛護的であり、あくまで訓練の導入的な意味をもつ。
●手技は無理をせず、患児との接触の中で信頼感を深め、緊張を寛解させる。
●手技は気持ちの良い範囲で行い、患児の能力や状態に応じて手技を考える。
●時間を決め、ダイナミック訓練に必要なストレッチ訓練だけを気持ちよく行う。
麻痺や脱臼を起こす危険性のあるストレッチ
①強引な頚のねじりと屈伸はしてはならない-
“頚をさわる訓練の時は、泣かせてはならない。麻痺を起こす危険が共存している”
②体幹のねじり、訓練に股関節以下は使わない
体幹のねじり訓練にはいろいろな方法があるが、ねじりを出すためには下肢をともにねじる方が容易であるが、これはきわめて危険である。寝返り誘発手技として下肢を屈曲させ、これを内転させて回旋させる訓練があるが手技的に簡単であればあるほど、脱臼を起こさせる手技として疑問視される。
③前腕回内位での肘伸展訓練はしてはならない
前腕回内位では橈骨小頭を取り巻く輪状靭帯はゆるみ、これに肘の伸展が加わると、輪状靭帯は前方関節包とともに中枢に引き上げられ、橈骨小頭は脱臼しやすい。
④膝関節伸展位での股関節屈曲訓練(長坐位訓練)
この訓練はハムストリングの緊張を除くために安易に行われているが、股関節脱臼を誘発させる危険性の高い訓練法である。ハムストリングの緊張は、膝関節屈曲位での股関節の屈曲ストレッチでゆるめたい(図19-B、図20-B参照)
⑤股90°ぐらいでの外転ストレッチはしてはならない
長内転筋をゆるめるための股90°屈曲位での外転ストレッチは、内転筋群の損傷のリスクを伴う。この手技を行う場合は過屈曲で外転を行う。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図19-Bは右側です。
画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」
図20-Bは左から2つめです。