鍼灸編の2冊目はアシル治療室という人気の鍼灸院を開院されている若林理沙先生の著書、『気のはなし 科学と神秘のはざまを解く』です。(新規受付はしていないようです。2025年1月時点)
若林先生は大学では思想宗教を専攻され、古武術を学びブラジリアン柔術にも精通された先生です。本書の“はじめに”には、「これから展開される「気」の世界を俯瞰してみましょう。おそらく、読者の方々は「気」がこれほど広大な領域に広がったもので、こんなにも多種多彩な意味を持っていたのかと驚かれるでしょう」と書かれていますが、まさに「気」の広さと多様さを学ぶことができました。
試しに類語辞典で「気」の類語・同義語を調べてみた所、以下のようなことが書かれていました。
1.その人特有の行動や反応を決定する感情的、知的特質の複合体
・気質、気性、気心など計50個。
2.ある種の傾向または性向
・気持ちなど計9個。
3.ある資質を示唆するもの
・気配など計5個
4.コミュニケーションの意図された意味
・意志、意図など計17個
5.目に見えない不思議なこと
・オーラ、神通力など計10個
全部足すと91個、「“氣”とは何だろう」という疑問の答えは謎のままですが、一歩一歩進めるしかないなと思います。
著者:若林理沙
発行:2022年1月20日
出版:ミシマ社
目次
はじめに
「気」の年表
第1章 気の起源
●気のおおもとの姿
●「気」という字の原型
●モヤモヤッと立ち昇る何か
●「気」に似た考えは世界中にあった
コラム 武術と気
第2章 孔子・老子・荘子の気
●血縁の愛を重視する中国で「仁」を説いた孔子
●『論語』では重視されなかった「気」
●古代、医者の地位はひどく低かった
●老子の思想のキーワード「道」
●老子の「気」は陰陽を引っ付ける糊!?
●人体に存在する「道」
●「気」の重要性がアップする荘子
コラム 風邪と気
第3章 孟子・道教の気
●孟子のでかくて強い気
●呼吸法から道教へ
●できるだけ長生きする技法
●「万物は気でできている」の始まり
●東洋医学の養生法の原点
●固形の玉になる気
●不死になるには1000呼吸止める!?
●気を練る修養法の落とし穴
コラム 気力・体力=消化力
第4章 易と風水の気
●気を語るのに外せないマジカルな分野
●トカゲを表す「易」の字
●六四卦で世界のすべてを表す
●時計の秒針のように動く気
●風水の特徴、龍脈と龍穴
●都や墓所に適した土地とは
●「水」から「気」へ
●教養としての易と風水
コラム 鬱を東洋医学の気から見ると
第5章 東洋医学の気
●最古の医学書
●気よりも血や水が重視されていた時代
●東洋医学はリアル+ファンタジー
●人体の気、いろいろ
●気・血・水が体内を流れるという身体観
●経絡の考え方の変遷
●経穴は絶対的なものではない
●ちょっとした抵抗を指先で探る
●自然の気、いろいろ
●現代に多いのは内因・不内外因の体調不良
●エネルギー120パーセント!?
●細かすぎる分類は気にしなくていい
●鍼灸や漢方はほぼすべての病気を改善できるのか?
コラム 「気が合う」「気が合わない」「気を合わす」
第6章 科学の気
●現代中国は気をどう説明するのか
●手から出る遠赤外線
●彼にすると情報がのせられる
●何かは伝わっているけれど
●生き物は全員「電気仕かけ」
●皮膚を流れる電気
●電気と言い切れない何か
コラム 臨床と気
第7章 養生と気
●気のオカルティックなイメージはどこからくるか?
●日本の気
●戦国の気
●韓国の気
●養生を気で説明する
●「寝る」と気
●「食う」と気
●「動く」と気
●体質を気で分ける
●人が生まれるときの気
●人が亡くなるときの気
おわりに
第1章 気の起源
「気」に似た考えは世界にあった
●ギリシャ哲学のプネウマ説は空気中のプネウマが呼吸により体内に取り込まれることで生きていられるとされている。
●プネウマは血液とともに体の各部位に供給されるエネルギーだと考えられており、気の考え方によく似ている。
●元々プネウマは「空気」、「呼吸」、「風」の意味で使われていた言葉で、そこに生命を維持する力という考えが導入された。
●プネウマはローマ帝国時代の医学者であり哲学者でもあるガレノスによって継承されて発展した。ガレノスは「三大臓器と脈管の生理学説」を唱え、肝臓から出る静脈は栄養豊富な静脈血、心臓から出る動脈は生命プネウマが豊富な動脈血、脳から出る神経は精神プネウマが豊富な神経液を全身に送っていると考えた。
●プネウマの考え方はアラビアまで伝わり、ルーフ(風という意味)の訳語でユナニ医学に取り込まれ、ユーラシア大陸における主要な医学のほとんどがプネウマ/ルーフの理論が成り立つようになる。そして、これらが西洋医学の源流になっていく。
画像出展:「ガレノスの「人格の気質的四類型」と「プネウマ」(カウンセリングしらいし)」
医学の対象は個物から場へ (帯津良一医学博士)
『ヒポクラテスの考えを継承したのが、ローマ時代の名医ガレノスである。ただし彼は人体を詳細に観察した上で、解剖学と生理学の基礎を築いた。それまでの直観の医学から分析の医学への移行である。ガレノスこそ近代西洋医学の祖とみなされている。それでもガレノスの医学でも、プネウマは重要な位置を保っていた。
また彼がヒポクラテスのネイチャーの概念を継承していたことも言うまでもない。彼が提唱したかどうかはわからないが「自然治癒力」は「vis medicatrix naturae」というが、これはラテン語である。ラテン語といえばローマ時代、彼の周囲からこの名称が起こったと考えてもさして無理ではないだろう。』
第2章 孔子・老子・荘子の気
「気」の重要性がアップする荘子
荘子 外篇 知北遊第ニ十二
●(現代語訳)『そもそも生は死の仲間であり、死は生の始まりである。一体誰がそのおおもとの仕組みを知っているだろうか。人間の生は、気の集まったものである。気が集まれば生となり、散じれば死となる。このように生と死とが仲間であることに、私はまた何を思い悩む必要があろうか。だから、万物は、一つであるというのだ。万物の中で美しいとされるものが珍しく重用されるものとなり、醜いとされるものが悪臭を放つものになるのであるが、悪臭がするものもやがて気が離散して変化し、珍しく重用されるものに変わったり、珍しく重用されるものもまた同じように、悪臭がするものに変化するからである。だから、「世界に本当にあるのはただ一つの気だけである」と言うのだ。だから、道に通じている聖人は「一」そのものである気を重んじる。』
第3章 孟子・道教の気
孟子のでかくて強い気
孟子 公孫丑上
●(現代語訳)『「あえておたずねしますが、先生は何がお得意であられますか」。孟子「私は人の言を知ることができ、自分自身の浩然の気を養うことができる」。「さらにあえておたずねいたしますが、いったい浩然の気とは、どういうものでしょうか」。孟子「言葉では説明しにくいが、その気というものは、とてつもなく大きく、とてつもなく剛く、そして真っ直ぐで、害することなく養っていけば、広大なる天地の間を塞ぐくらいになる。その気というものは、道と義の配下にあるもので、もし道義がなければ飢えて小さくなってしまう。つまりこの気は、自分の中の義が集まったところ生ずるものであって、外にある義が入り込んできて浩然の気ができるというものではないのだ。自分の行為に何か気持ちの良いものではないものが混じっていると、この気は飢えてしまう。』 (「癌から生還」。インドの女性、オーストラリアの男性。本来の自分を偽って生きるのはよくない)
第5章 東洋医学の気
経絡の考え方の変遷
黄帝内経 霊枢 経水篇第十二
●(現代語訳)『経水は水を受け取って巡らせる、五臓は神気魂魄(神気:その人をその人たらしめ、生かしている気。コンピュータのOSみたいなもの。魂:陽性のたましい。死ぬと天に昇る。夜中に体を抜けてそのへんをふらふらすることもある。魄:陰性のたましい。死ぬと骨とともに地面に還る。骨が消えないうちはそこにくっついているとされる)を合わせて内蔵する。六腑は食べ物を消化して巡らせ、そこから気を受け取って人体上部へ持ち上げる。経脈は血液を受け取ってこれで各所を栄養していく。』
経穴は絶対的なものではない
●経穴の場所は定義されているが、住所でいえば「何丁目何番」までで、何号とかマンション○号室」までは書いていないと考えるべきである。その最後の取穴の判断は施術者の指先の感覚によって特定する。その根拠は触ってみて、ざらざらするとか少し冷たいとか、押したら響いたとか、軽く押し込んで揉んでみると中に糸くずみたいな小さな硬さを感じるとか、そのような他とは異なる指先に伝わる感じや印象を大事にして取穴する。
現代に多いのは内因・不内外因の体調不良
●人体内では感情の動きが気を動かすとされている。(感情→神経伝達物質→自律神経) 気血とは
●ひどく偏った感情は気を損なうと考えられている。
●不摂生(飲食、睡眠、労働の不養生)も人体の気を損なう原因であり、不内外因という。
第6章 科学の気
現代中国は気をどう説明するのか
●『気はいったいなんなのかを科学的に検証する研究は、80年代にたくさん行われており、2000年代に入ってからの研究はほとんど見当たりません。おそらく、気を捉えられそうな計測機器による研究が出尽くしたのだろうと思います。そして、それらの研究はいくつかのエネルギーが体を流れている。もしくは体から放出されている様子を検出しました。
気を体の外に放出するイメージとしては、手から何かが発せられてそれが相手の体に空中を伝わって到達し、体に暖かさや涼しさ、電気的な刺激に似た感覚などが発生する、というものです。実際に、他人へ気を送る状態をサーモグラフィーで捉えると、受けて側の手や顔の温度が上昇していることがわかるのです。』
手から出る遠赤外線
●『この研究を主に行っていたのは、東京電機大学の教授でいらした町好雄氏です。彼はテレビ局の要請でまったく専門外だった気功をサーモグラフィーで計測し、実際に体表面の温度変化が観測されることを目の当たりにし、本格的に研究を始めるようになりました。
とくに温度の変化が著しいのが手の指先にある経穴の商陽・中衝と手のひらの中央付近にある労宮でした。経穴が気の出入り口とされていることが実際に計測されたということになります。
なんらかのエネルギーが空中を伝わって、それで相手の体温が変動する。これを可能とするには、いずれかの電磁波が関与しているにちがいないと町氏は考えました。町氏は、おそらくは遠赤外線がそれを狙っているだろうと考えたのでした。』
NPO法人 気功分化センター
『多くの人々が元気で幸せな日々を送ることができるよう、中国の歴史のなかで育まれてきた健康法である気功をさらに普及していこうと平成18年4月に設立したNPOです。
科学者や気功師、気功文化に興味のある仲間が、“気功を多くの人に知ってもらいたい”、“気功が人体へ働きかける仕組みを解明していきたい”という思いで発起人となって設立しました。』
波にすると情報がのせられる
●『測定してみると気功を行っている人体から放射されている遠赤外線自体の強さはそれほどではありませんでした。そこで町氏は計測機器に工夫をし、遠赤外線の波形を調べる方法を使ってみたところ、発生されている遠赤外線に一定の波形が現れていることを観測しました。遠赤外線そのものにシグナルがのせられていて、それを人体が受け取って読み解いて体の中に変化を起こしている可能性が示唆されたのです。
この、波にすると情報がのせられるというのは、ラジオやテレビの電波と同じ原理です。同じような実験を行った研究者は多数おり、追試の結果たしかにそうなっていることがわかりました。
これ以外の研究としては、上海中医学中医研究所で、先ほど顕著に温度が変わると紹介した経穴の労宮から数センチから1メートル離れた距離で、遠赤外線が検出されること、頭頂部の経穴である百会から数センチのところで微細な磁力信号が検出されることがわかっています。また、日本医科大学教授だった品川嘉也氏は、気功の送り手と受け手の脳波が同調することを突き止めています。』
皮膚を流れる電気
●傳田光洋氏は、末梢神経が通っていない表皮細胞そのものが情報を伝える仕組みを発見した。TRPと呼ばれる受容体が表皮細胞の膜表面に存在しており、これが外界から刺激を受け取ると細胞膜表面に電流を生じ、細胞から細胞に電気が流れてゆき、最終的に深部にある末梢神経へ刺激が伝わる仕組みになっている。
第7章 養生と気
人が生まれるときの気
●馬王堆の「胎児書」には人は生まれた瞬間が気の塊とされ、一番パンパンに気が詰まっている状態であるとされている。
●赤ん坊は陽気の塊とも言われている。
感想
鍼灸師編の2冊から学んだことは、“氣”の歴史は古く、また、“プネウマ”、“ルーフ”、“プラーナ”など世界各国に“氣”に似たものが存在していた点です。西洋医学につながっていくガレノスも“プネウマ”に注目していました。紀元前460年前頃とされる「医学の父」ヒポクラテスは“氣”については触れていないと思いますが、“自然治癒力”の重要性を説いています。
“氣”という言葉は色々な場面で使われています。宇宙や生命に関わるものであったり、呼吸であったり、気功のような特別なエネルギーを指す場合もあります。まだまだ、分からないところだらけですが、幸い勉強の材料はまだまだ出番を待っていますので、地道な勉強を続けていきます。
今回は、“氣”は時代を超え、国を超え、様々な状況の中で特別な“存在”として受け継がれてきた概念のようなものではないかと思いました。
ご参考:血液∈経脈
第5章の中の「経絡の考え方の変遷」でご紹介させて頂いた、黄帝内経 霊枢 経水篇第十二について詳しく解説されているサイトがありました。
【古医書】霊枢:経水篇 第十二
≪提要≫
十二経脈は、地上を流れる十二の経水が
地水を受けて各地を連絡するように、
五臓六腑に連絡し、交通しており
それぞれ大小・深浅・広狭・長短などが異なる。
五臓は神・気・魂・魄など機能活動を主り
六腑は水穀の精を全身に輸送し散布する。
十二経脈は血を受納し全身を運営している。
人体には一般的な標準があり、
各経気を調整する際にも一定の規律がある。』
また、東洋医学における“血”に関しては、「漢方の基礎知識」というサイトに、“血”は血液を含むものとされています。
暑ければ汗をかき、悲しければ涙をながし、食事をすれば唾液が助け、肌を切れば血が流れます。現代医学で説明される“血液”という理解(認識)は存在していませんが、その当時の人々が定義する“血”が現在の“血液”を含んでいると考えることは疑う余地はないように思います。
画像出展:「漢方の基礎知識」
『東洋医学で考える「血」はカラダの中を流れる赤い液体のことで、西洋医学でいう血液を含む栄養物質を指しています。「血」には精神活動を充実させ、全身に栄養を運んでカラダを潤す働きがあります。』
Ⅲ 治療の方法
●治療家の心得
‐治療家の態度は非常に重要。自分が鏡になるつもりが重要。こちらが曇っていると患者の状態が写らない。
‐患者に相対すること以外は忘れる。脈診でも望診でも自分の鏡に写されて、その状態を治療として返していく。
‐治療の第一はどこに取穴をするか、それは補法か瀉法かということである。
‐治療態度はどんな患者に対しても一つの態度で臨まなければならない。
‐刺鍼は自分自身に刺してみる。自分に厳しくやって初めて人に刺せる。
‐治療家は患者への愛情が必須であり、謙虚で見識を持っていなければならない。
・治療の原則
‐経絡と経穴
+東洋の考え方は自然のまま、自然の中での人間というものを考えている。医学の面でも自然の状態を維持し、その状態をより良い方向にもっていく、ノーマルで自然の状態に戻すということが根底にある。
+疾病は経絡および経穴の変動としてとらえる。つまり十四経絡のいずれが弱すぎる、あるいは強すぎるということが疾病である。
+『反応部位を穴(経穴)と呼び、反応帯を経絡と呼んで、そこに、例えば肝経に反応があれば肝経の穴を、胃経に反応があれば胃経の穴を、という具合に、鍼し灸することがその経穴を通じて反応帯である経絡に作用し、具合の悪いところがよくなっていくというわけです。そして、これが局所だけでなく、遠隔地をも含めて一連の系統として把握され、体系づけられたものが経絡治療というものです。』
‐証
+証は脈診によって「内を診る」ということを中軸に考える。脈診で迷ったときは他の望・聞・問あるいは切経・撮診などによって判断するとよい。
‐鍼の補瀉
+『虚に対しては補法、実に対しては瀉法を行うわけですが、補に近い瀉もあれば、瀉に近い補もあるという具合に、補瀉というものはあくまでも技術であり、言語では説明のつかないところまで入っていきます。鍼灸が技術の世界に存在し、究るところのない奥技の追及に終始する所以がここにあるわけです。』
+手法の補瀉:補は一定の深さまで静かにゆっくりと入れる。そしてしばらく留めておく。時には置鍼に移行する。抜くときも気をもらさないようにゆっくりと抜き、すぐに鍼孔を閉じる。瀉は荒々しく速く刺し、留めることなく雀啄・旋撚・回旋などを加え、たえず鍼を動かす。抜くときも速く抜き、鍼孔は開いたままにする。
+呼吸の補瀉:息を吐くときに入れ、吸うときに出すのが補法、吸うときに入れ、吐くときに出すのが瀉法である。刺鍼はその穴に最も刺しやすい方向で刺鍼するのが重要である。
+その他:補瀉で重要なことは刺鍼の深浅である。浅く刺して効けばよいが、重要なことは必ずその穴に鍼を中て、刺し手あるいは押手によってその深さを読み取ることである。圧痛や硬結などでは手で触れた感じでその深さが分かる。そして、刺している間にもたえず気の集まり方、散じ方を読んでいく。このことが治療の大きな決め手となる。
●取穴法と治療法
・取穴法について
‐穴の取り方が非常に重要である。正確に取るには切経がうまくないといけない。経絡や経穴は病気になると現れてきて、治ると消えるという性質がある。また穴の位置も上下左右に移動する。皮膚の現れ方をうまくつかまえるのが取穴の方法である
‐穴はいろいろな形に出る。大豆大・えんどう豆大・小豆大・ごま粒、糸コンニャクのようなキョロキョロなど。気の抜けた場合は水枕に触れるような感じなど、現れ方は十人十色で出てくるのでうまくつかまえて取穴する。
‐補穴瀉穴も大切であるが、本当は穴の出ているところの方が効く。初歩の人には、肺経が虚していれば太淵、実していれば尺沢を取るというのが一般的な決まりになってはいるが、実際には太淵でなければならないということではない、列缺や孔最あたりによく出ている場合も多い。
‐虚証であれば中心は補法。実していることがあれば少し瀉す。決して多く瀉してはいけない。実証であれば中心は瀉法で、虚があればかなり強く補すということになる。
‐刺激の度合いは慣れると自然に出てくるが、補瀉の加減は初めはつかみにくい。大事なことは最初の診察の時に患者と呼吸を合わせておくことである。それがコツである。これは患者の気持ちになるということでもある。
‐治療の進歩は治療後に脈を診たり、体の動き、声などを聞いて結果を振り返ることである。特に記録をつけることは必須である。
‐経絡治療では穴の補穴・瀉穴よりも、まずその経の虚実を調えるということが一番大切である。本治法と標治法は一体になって働き出すものである。
・治療法について
‐散鍼:ある深さまでに達したらすぐ抜く、これを繰り返す速鍼速抜の手技である。
‐随応鍼:経筋の治療に用い、筋に応じた治療をする。硬結や疼痛に対し瀉法をする。
‐置鍼:中国でも欧州でも置鍼は一般的に行われている。特に疼痛のため用いられる。時間は長い場合は30分くらい置く。痛みが強い場合は少し響くくらいに刺したり、深めに刺したりする。腰痛もひどい人は置鍼をした方が良い。
●経穴と取穴
・取穴の原則
‐経絡の虚実を調えるには一経から三経程度である。それ以上に使うと体への負担が大きくなる。
‐食欲がないとか、体が疲れているときは胃経の土穴(足三里)や脾経の三陰交くらいは他の経にかかわりなく、少し補うというのは良い手段である。
‐局所療法(標治)は、響くくらいに刺鍼した方が効く場合が多い。
・難経の取穴法
‐五行穴は膝や肘から下にあるが、それに拘らず股関節や肩関節までの部位の間に硬結や圧痛があれば穴をうまく使うことが必要である。
‐陽経の場合は二経にわたらず一経で勝負する方が良い。また、実の時も一経で動かした方が良い。一方、虚証は他経に影響して二経・三経となる。
・硬結と圧痛
‐異常をうまくつかまえて取穴するということは、本治法と同じくらい価値がある。取穴はあくまで穴として出ているところを自由に使うということである。
‐腹部に出ている硬結は経を意識せず、腹に特化して硬結などの反応点に刺鍼する。
‐募穴、兪穴も病気が進行するほど広範囲に出てくる。例えば、肺経が悪い場合、肺兪に限らずその上下にずれることは少なくない。兪穴は広く取るというのが良い。
‐『医学も経絡学説の中に取り入れて、しかもそれを上手に生かしていくことが将来の行き方だとおもいます。肝臓病をやっている場合は肝兪に出ます。肝兪とかあるいはもう少し上方、外側に凝りが出る。肺が悪い場合は凹んでいます。腫れる人もあります。だから凹凸の関係を見て調節するわけです。』
画像出展:「AI(Perplexity Pro)
が作成」
取穴に重要な“切経”について表にまとめてもらいました。
Ⅳ 身体各部の疾患と治療の実際
●顔面の疾患
・顔面麻痺・三叉神経痛・顔面痙攣・疼痛
‐これらの治療は鍼灸では大差ない。
‐顔面の疼痛は経絡的にみると手足の陽明病とされているが、実際にはもっと広く肝経と腎経の虚があって痛む場合、また胃経と大腸経の変動で痛む場合もある。
‐痛みの治療で重要なことは、患者自身にどこが一番痛いかを聞いて、そこに鍼をすると効果が期待できる。
‐耳の下の翳風や頬車付近や頸部に硬結や圧痛点が出ていることが多いので、これをうまく取ることが重要である。刺鍼は患部だけでなく周辺にも鍼をすると良い。
‐『私は治す場所というのは非常に浅いところにあると感じています。顔に置鍼をする場合でも一~二ミリです。浅く刺して置くとときには鍼が抜ける場合があります。体が押し出して来るのです。鍼というのは不思議なもので、欲しがる人には鍼が入って行くものです。嫌がる人は出してきます。』
・疼痛
‐鍼灸は疼痛を治すというのが大きな目的の一つである。ストレス社会では肩凝り、偏頭痛などが多い。局所だけの施術では効果は限定的なので、肝虚・腎虚・肺虚・脾虚としっかり証を立てて治していく。刺鍼は経絡を調えるため患側・健側の両方に行う。
・鞭打症
‐鞭打証も全身を調整することが重要である。
・顔面神経麻痺
‐最も多くみられる末梢神経麻痺で、鍼灸治療が奏功する疾患の一つである。
‐証を決めて治療するが、顔面ということを考えると足の陽明胃経と手の陽明大腸経の異常が疑われる。よって、これらの要穴を加えて本治法を行う。
‐顔面部の取穴は膀胱経の攅竹、胆経の縣釐・太陽穴、小腸経の觀 、胃経の承泣・地倉・大迎・下関、大腸経の迎香などを症状により選択する。同時に、患側の頸肩部の凝り、圧痛などに注目する。胸鎖乳突筋の側頸部に硬結・圧痛が多く出ているので、これらに取穴し緊張を取り除く。
‐鍼は四肢、腹部は浅く刺す(1~2mm)のが基本であるが、頸部の硬結・圧痛は少し深く刺す。
‐全体としては手足の冷えを温めるように心がける。顔面は手足とも関連があり、これは治療を奏功させる上で重要なポイントである。手足を温めるのは本治対応する。治療の回数を増やしていくと冷えは改善され、病気も改善していく。
‐麻痺は早期治療が望ましい。慢性化したものや麻痺だけでなく、痙攣や拘縮があるものは完治しにくい。日常生活では暴飲暴食を避け、体を冷やさないように注意してもらう。
・顔面筋痙攣
‐一般に顔面神経麻痺より移行した痙攣は根治しにくい。精神的要因や過労・睡眠不足などにより増悪しやすい。精神的要因が強い場合、背部の身柱から至陽くらいまでの棘突起間に圧痛が出やすい。
●目・鼻・耳・咽喉の疾患
‐目を主っているのは肝経だが、白目は肺経、瞳(瞳孔)は腎経、黒目(瞳孔+虹彩)は肝経、上下瞼は脾経・胃経が関係している。目に入っている経絡で大切なものは、胆経・膀胱経・胃経である。
‐目の治療も本治法をやりながら目の周囲に取穴する。
‐頸より上の病気では側頸部の硬結と圧痛を見逃してはいけない。翳風・完骨・風池・天柱・天牖・百会などを使う。
・ベーチェット病
‐体質的な問題があり、繰り返し再発する。肝経の問題が多い。
・角膜炎
‐角膜炎は自然治癒するが鍼を刺すことで早く治すことができる。鍼を刺すことによりアザなど鬱血を迅速に改善する効果がある。
・鼻炎
‐鼻は肺経の華とされているが、肝・腎・肺の虚証や大腸実・胃実証というのもある。背部の風門が面白い。
・感冒
‐鼻水は印堂が効く。45度の角度で鼻の中心に刺鍼する。鼻に響いたら15分から20分、置鍼する。
‐『私はいまの考え方は、病気を治すということはすべて皮膚にあるわけで、深く刺すことはないのです。浅くても効く、浅い方が効くという感覚で治療しています。きわめて弱い刺激を与えると、それが強い大きな刺激量となるわけです。強い刺激を与えるとかえって興奮が下がってしまいます。
私たちの治療は、主に興奮させる治療の方が多いようです。例えば腰痛とか坐骨神経痛は強刺激で制止する目的もありますが、それ以外に胃腸が弱いとか、肝臓が弱いとか、鼻や目が弱いというのは補の治療をするべきで、それには鍼以外にこれほど小さくて細い刺激は他にはなく、そこに鍼の特色を生かさなければならないのです。』
・蓄膿症
‐鼻が悪い場合、胃腸に問題がある場合がある。嗅覚に問題がある人は絶食で改善される場合がある。鼻と胃腸は関係が深いので胃腸を調える鍼治療により鼻の病気が良くなる。
・咳嗽
‐胸骨のすぐ横の硬結・圧痛をよく使う。天突も使う。
‐『鍼は全力投球しなければ効きません。ただ指先で鍼を刺すのでは効きません。つまりその人を手中に入れるということで、深いところでものを掴むということです。極端ないい方をすれば、技術なんかはどうでもいいのです。心をいかにかけるかということが技術の大事なところです。いい加減な気持ちでやっていたのでは、それだけの力しか与えられません。不思議なことに手ぬきをするとやはりだめです。一所懸命すると自然とついてくるように、そういう限界があるようである。』
●肩・胸部の疾患
・肩凝り
‐経絡治療の立場からいえば、肺経や大腸経・三焦経・小腸経などの肩凝りのように考えると同時に原因が腎虚証・肝虚証などの場合もあり、そのような症状を脈診などでとらえて経絡を調整すると肩の気が抜ける。そして肩の凝っている部分の圧痛点なり硬結の強く出ているところに鍼をする。
‐肩部、頸部は伏臥位で刺鍼する方が安全である。そうすれば天柱・風池など深く刺入しても貧血は起きない。鍼は少し響き気味に治療する。
‐肺兪・膏肓・譩譆の凝りや側頸部の硬結(人迎・天窓・天容・天牖など)に治療をする。
・咳嗽
‐経脈の虚実を調整しておいて、背部の大杼から肝兪までの硬結を診る。椎間の棘突起間をあたってから少しずつ外側にずらして診る。脊際にあるのは重症で外側の兪穴にみられる場合は軽症である。
‐背部は肝虚だから肝兪、腎虚だから腎兪というより広く出るので兪穴にとらわれずに考えた方が良い。
‐腹部や肋間の脇なども治療ポイントである。
・結核
‐高齢者の結核は療養がとともに鍼灸で体質を改善して体の中を奇麗にすれば菌が住めなくなって治る。
・帯状疱疹(ヘルペス)
‐経絡の虚実を調えながら患部は2、3本刺す程度である。
・心臓肥大・心不全
‐心臓の問題も経絡の虚実を調えることが最も重要になる。
●腹部の疾患
・胃もたれ・食欲不振
‐証は脾虚証が多い。腹部の治療穴は中脘・天枢・気海・梁門・足三里・三陰交などであるが、これらの穴は胃の病気ではよく使う。一方、症状がひどくなると脊椎のすぐ横に硬結・圧痛が出てくる傾向がある。例えば、脾兪や胃兪にしても本来より脊際に寄ったところに取穴する。硬結を見つけるには棘突起上や棘突起間を外側に押し出すようにする。隔兪・肝兪・脾兪・胃兪あたりによく出る。穴は骨や腱の際に出やすい。
・便秘・下痢
‐軽い便秘は公孫が効く。治療前にコップ1杯を飲水してもらい、30分ほどしてから公孫に刺鍼する。頑固な場合は経絡の調整が第一になる。もろもろの病気が原因で便秘になっている場合もある。
‐下痢は、急性は脾虚証、慢性は腎虚証が多い。
・痔出血
‐百会・孔最を使って症状が改善しない場合は総合病院に行って調べてもらった方が良い。重大な病気の可能性がある。(治療していて効果がない、治らない場合でも、次を考えなければならない)
・坐骨神経痛
‐坐骨神経痛で胃が弱い人がいる。肺虚証が多い。脾経・肺経を補ってから坐骨神経痛に関する穴を取らないとうまく治らない。胃腸の不調が腰背部に影響を及ぼすと考えられる。志室周囲に硬結や圧痛が出やすい。
●背・腰部の疾患
‐臓腑の異常は背部兪穴に反応が出る。ただし、腎虚証だから腎兪に出るというものではない。
・背部の凝り
‐肝経が悪くて背部が凝る場合、上は隔兪・肺兪、下は腎兪あたりまで硬結・圧痛が出ることが多い。また、外側に出たり虚したりすることもあり様々である。
‐病気が長くなると脊柱上や脊際に反応が出る。棘突起の際を丁寧に触っていくと、数珠つなぎのように硬結・圧痛が出ている。これをうまく処理しないと背部の凝り、痛みはとれない。
‐『私は大分前に虫垂炎をやりましたが、そのとき熱は高く痛みは強い。それで外科に行くとこれは切ってもだめだというので内科に行った。内科でもどうしようもないという。医者から見放されたわけです。それではやはり鍼灸でやってみようということで、これは生命がけでした。そのとき患側の肝経の太敦・行間あたりですか、助手に鍼をしてもらうと痛みがずっと少なくなっていく。同時に背部の兪穴を探ってもらうと、見事に脊柱の近いあたりに反応が強く出ている。それをやってもらうと気持ちがいいわけです。それで三週間ほどかかって完全に治りました。その後一度も起きていません。』
‐背部兪穴の出方次第では、病気が重いか軽いかも分かる。ひどい人はまるで骨みたいに出てくることもある。
‐背部の病気であっても、腎兪・大腸兪・八髎穴あたりまで調べると反応が出ている。
‐よく肩甲骨内縁辺りに硬結が現れる人は多いが、その部分だけは不十分であり、下の腰部の方までよくみて治療しないと良くならない。これは人間の身体はつながっているためである。
‐『浅刺の鍼で硬結や圧痛はかなりとれるかというと、かなりとれます。ですから案外、治療ポイントというのは皮膚、あるいは皮下にあるのではないかとおもいます。』
・腰痛
‐腰部の疾患は非常に多い。「鍼灸重宝記」には以下のように書かれている。「太陽腰痛は項背尻に引きせなか重し。陽明の腰痛は、左右へかえりみられず強ばりかなしむ。少陽の腰痛は鍼にて皮をさくがごとし俛仰ならず。太陰の腰痛は、熱して腰に樹木あるがごとく遺尿す。少陰の腰痛は、張弓のごとく、黙々として心わるし……」
・ギックリ腰
‐『腰は一身の受けてというか要です。ここには六経がかかわってきます。この中で少陽経は治療の中心になります。ギックリ腰などで日のたたないのは膀胱経に強く反応が出ますが、長びくと少陽経をうまく使わないと治りにくくなります。それから痛みを起こしたばかりで動けないようなのは肝経の中封です。これをギュッと押えて動かすと、よい方の側は痛くない。それで左右どちらかの判別もできます。』
・頸腕症
‐後方は問題ないが前方に腕が上がらない場合、頚椎や胸椎あたりの椎間が硬くなっている。
・冷え
‐腰痛の原因は色々あるが、注意すべきは冷えである。冷えがある人は再発を繰り消しやすい。
●脚部の疾患
・捻挫
‐鍼灸からみれば捻挫や打撲は局部の瘀血障害が基本である。圧痛点への置鍼か三壮程の知熱灸が有効である。急性の時は標治中心でも良いが、長引くものは証を立て、本治法に標治法を加える治療をすべきである。
‐足関節捻挫は繰り返すことが多いので、しっかり治すことを優先する必要がある。
・関節痛
‐痛む部位を通過する経絡の上方または下方に取穴し、疼痛部分に熱があれば熱邪を瀉し、冷えている場合は多壮灸を施す。
・坐骨神経痛
‐経絡的にみると膀胱経・胃経・胆経に沿って痛みが走り、風気・寒気・湿気にあたると痛みが増加する。圧痛点としては、坐骨孔・臀部中央またはその下縁、腸骨櫛下端と後臀線上部との中央外端に出やすく、経穴では胞膏・陽陵泉・承山・承筋・崑崙・湧泉などに圧痛が出る。治療は脈証より本治法を行い、標治法は圧痛点に求める。
・浮腫
‐下腿・足背部の浮腫は心臓疾患を疑い、顔のむくみは腎臓を疑う。ネフローゼでは浮腫は顕著であり後頭部にもみられる。
●喘息の治療
・気管支喘息
‐一般の発作時には、標治法としての膀胱経の大杼から肝兪までの各兪穴に、三番鍼で深さ1cmくらいに20~30分くらい置鍼すると発作を抑えることが可能である。基本穴は中脘・梁門・兪府・天突・缺盆・中府・尺沢・孔最・肩井・肺兪・膏肓・肝兪・胃倉に鍼または灸をする。
‐体質改善をする目的で本治を行う。
●感冒の治療
‐感冒といえば肺に属して皮毛を主る肺経を考えるが、膀胱経に反応が現れていることが多く、同時に肺経の陽経である陽明大腸経にも関係が深い。
・鼻カタル
‐足の陽明胃経と手の陽明大腸経を使う。特効穴は印堂である鍼を斜め下方に刺鍼する。鼻の中全体に響くと効果が大きい。
・腎炎・ネフローゼ
‐扁桃腺を長く患うと腎臓を悪くする。そのため腎臓炎の治療は頸部、特に下顎骨の下をよく治療することが大切である。
●現代病の治療
・脳腫瘍
‐めまいや難聴などメニエル氏病のような症状があり、視野の異常や欠損を伴う場合は脳腫瘍を疑った方が良い。そして、病院での検査を進めるべきである。
‐『西洋医学的知識が必要になってくるのは判定と予後です。経絡治療をしている人の中には、もう現代医学はぜんぜん必要ない、ただ証に随って実践すればよいという人たちも多いようですが、それでは視野が狭くてだめです。少なくとも鍼灸師の常識として知っていなければいけないことがあります。
しかし現代医学を知ったからといっても、治療はできないわけです。現代医学だけで鍼灸を推し進めようとすれば、そこにはやはりむりが出てくる。なんでも現代医学の考え方で鍼灸の治療なり技術なりを判断していくとなると、大きな誤りがあるけれども、現代医学を知らないということも無学文盲みたいなものです。原因がはっきりしてその経過がどういう予後になってゆくか、そういうところが私たちとしては知っておかなければならないわけです。現代医学を勉強した上に鍼灸をより深くやるということで、初めて理想の鍼灸、理想の東洋医学というものができると私はおもうのです。
最近の中国ではこの穴はどこに効くというふうにいっていますが、私はどうもまだ解せないところがあります。例えば難聴の治療なんかも、私の行ったときはこことここというように決めているのです。それではよくないとおもいました。やはりからだ全体の調節をしてやってその穴を使わないで、この穴と固定してしまうと死んでしまうのです。
常に流動的でないといけない。例えば水にしても、流れていて初めて水なのです。池にして流れを止めてしまうと死んだ水です。常に流れていることが水の特徴です。だから治療もそういうふうに体中が流れていないとだめです。昨日はそこでも今日はここというように治療が変化すべきです。そういうように流れるものを基礎において』
まとめ
概要をまとめさせて頂くと、
①経絡・経穴は病によって現れること。
②経穴は経絡を調えるためのものであること。
③治療は全身を調整するために浅く刺す本治法と、発現した局所の経穴を的確に捉えて取穴する標治法を組み合わせ、患者さまの自然治癒力に働きかけること。
④治療効果が顕著に現れるのは皮膚のツヤ(光沢)であること。
以上の4つがポイントと思います。
以下に本書の中から特に重要と思った箇所を再度、列挙させて頂きます。
病による経絡の変動と経穴の発現
・経絡・経穴というものは、病気あるいは体の異和や疲労が重なったときがあってはじめて顕現するものであって、けっしていつも流れているものではない。病が改善し体の変調がおさまると経絡・経穴は消える。
・経穴を通じて反応帯である経絡に作用する。
鍼治療による体の変化
・『鍼治療を行って、その効果が最もよく現れるのはツヤ―光沢の変化です。鍼治療の前後でツヤの変化を診れば、これは脈診よりもよく変化が判ります。三十分か四十分の間にもよくもこれほど変わるものだとおもうくらいにツヤ=光沢が変わります。と同時に光沢の有無というものは治療効果と非常に関係を持っています。つまり、ツヤのない人は鍼をしても効果がない場合が多いのです。逆に光沢が出たということは鍼治療の効果があったといって差し支えありません。』
患者の自然治癒力
・患者を治療して、治ったり悪くしたりするのは、多く、その患者に自然治癒力があるかないかによる。鍼灸治療は患者の自然治癒力に働きかける。
経絡治療の本治法と標治法
・『私たちがこの最古の古典に教えられて、患者の「えだぎ」の痛みや苦しみを和らげ、おちつける治療法を「標示法」、その現象のもとにある体調の違和をととのえる「もとぎ」の治療法を「本治法」と名づけ、治療の実際に役だたせるようになったのは、昭和十六年以降のことです。』
[本治法]
・どの経絡に病があるかを見つけて、必ずしも痛むところを刺さないで、その経絡を治療するということが、鍼灸治療でいちばん大事なことである。また、皮膚の現れ方をうまくつかまえるのが取穴のポイントである。
・『私はいまの考え方は、病気を治すということはすべて皮膚にあるわけで、深く刺すことはないのです。浅くても効く、浅い方が効くという感覚で治療しています。きわめて弱い刺激を与えると、それが強い大きな刺激量となるわけです。強い刺激を与えるとかえって興奮が下がってしまいます。私たちの治療は、主に興奮させる治療の方が多いようです。例えば腰痛とか坐骨神経痛は強刺激で制止する目的もありますが、それ以外に胃腸が弱いとか、肝臓が弱いとか、鼻や目が弱いというのは補の治療をするべきで、それには鍼以外にこれほど小さくて細い刺激は他にはなく、そこに鍼の特色を生かさなければならないのです。』
[標治法]
異常をうまくつかまえて取穴するということは、本治法と同じくらい価値がある。取穴はあくまで穴として出ているところを自由に使うということである。
必要なことは必ずその穴に鍼を中て、刺し手あるいは押手によってその深さを読み取ることである。圧痛や硬結などでは手で触れた感じでその深さが分かる。そして、刺している間にもたえず気の集まり方、散じ方を読んでいく。このことが治療の大きな決め手となる。
鍼治療による体の変化
『鍼治療を行って、その効果が最もよく現れるのはツヤ―光沢の変化です。鍼治療の前後でツヤの変化を診れば、これは脈診よりもよく変化が判ります。三十分か四十分の間にもよくもこれほど変わるものだとおもうくらいにツヤ=光沢が変わります。と同時に光沢の有無というものは治療効果と非常に関係を持っています。つまり、ツヤのない人は鍼をしても効果がない場合が多いのです。逆に光沢が出たということは鍼治療の効果があったといって差し支えありません。』
このブログのテーマは[“氣”とは何だろう]ということですが、『鍼灸治療の真髄』を拝読させて頂き、ヒントになるかなと思ったことは以下の4つです。
1.治療を始める前の空気(患者と施術者の“間”)。
2.患者と施術者との関係(呼吸を合わせる。気を合わせる)。
3.施術者が患者の鏡になり(患者を理解し受け入れる)、患者のために最善の[証]を決め、良くなるという気持ちを共有し施術に専心する。
4.鍼は全力投球する。ただ指先で鍼を刺すのでは効かない。つまりその人を手中に入れるということで、深いところでものを掴むということである。
岡部素道先生は、私が2年間学んだ“日本伝統医学研修センター”の所長でもある相澤 良先生の師匠になります。当院の治療はその相澤先生から学んだことを第一にしていますので、治療の原点は岡部素道先生の教えにあるとも言えます。
その一方で、私は【経絡≒ファシア】であると考えています。このようなことを考えている鍼灸師はまずいないと思いますが、何故、そのような考えに至ったかは“日本整形内科学研究会”で勉強させて頂いているのが大きな要因です。
“整形”とくれば普通は“外科”ですが、“整形内科”がどんなものなのか、以下の4冊は日本整形内科学研究会の先生方が執筆された本の一部です。
【経絡≒ファシア】ではありますが、【経絡≠ファシア】であるとも考えています。これは生まれも育ちも異なる“経絡”と“ファシア”を“=”で結ぶのは違和感があり、適切とは思えないためです。
では「その差分は何か」、その答えは、今はところ「氣」ではないかと思っています。しかしながら、“氣”がどういうものなのか、専門学校で習いましたが今一つ腹に落ちていません。
“気と氣の違いをAIが徹底解説!驚くべき真実とは?”(大谷義則様)
『「気」という漢字が使われるようになったのは戦後で、GHQによって漢字の改良が行われたときです。GHQは日本人のエネルギーを抑えるために、「氣」から「気」に変更したと言われています。
AI視点から言えば、「氣」と「気」の違いは、エネルギーの流れや広がりを表す特徴量の違いと言えます。「氣」はトーラス構造に近い特徴量であり、「気」は閉じ込められた特徴量です。』
以前拝読させて頂いた『ホリスティック医学入門』の著書であり、帯津三敬病院の院長である帯津良一先生は以下のようなお話をされています。
“気の正体とは何か 帯津先生の答えに本場・中国の学生も納得”(週刊朝日)
『もう30年ぐらい前になりますが、北京大学で100人ほどの学生を前に講演したことがあります。その時の学生の冒頭の質問が「先生の気に対するご見解は?」でした。一瞬たじろぎましたが、「気の正体はわからないが、いずれにしろエントロピーを減少させる何かである」と答えました。』
今回の本は岡部先生曰く、「五十年間の臨床生活で知りえたものを書き留めた覚え書のような本である」。とのことです。むしろそのような日常の臨床の中に「氣」のヒントがあるかもしれないと思い、勉強させて頂くことにしました。
ブログは忘れていた経絡治療の大切なことと、確信は何もないのですが、「氣」が何かを知るうえでヒントになるかもしれないと感じた個所をピックアップしました。内容は完全に鍼灸師向けになっています。
ブログには数多くの経穴(ツボ名)が出てきますが、この日本東洋医学協会さまのサイトは、検索しやすく各経穴を確認する上でとても便利です。
・著者:岡部素道
・発行:1983年7月
・績文堂出版
目次
Ⅰ 経絡治療とはどういうものか
●“1本の鍼”にいのちをかける
●“経絡治療”とうもの
●「標」と「本」
●「虚実」と「補瀉」
●「病症」と「病証」
●「経絡」と「経穴」
●鍼灸治療の限界―胃の気について
Ⅱ 診断方法
●望診
・生死を見分ける
・離れて見る
・ツヤを診る
・調和の有無
・小児の望診について
●聞診
・五音
・五声
・五香
●問診
・食味について
・職場について
・住居について
・生活法について
・病状について
・問診の要領
●切診(一)…脈診
・脈診の考え方
・脈診の歴史
・脈診の実際
・脈の虚実
・五行について
●切診(二)…脈状
・四季の脈と五臓の脈
・四つの気(外邪)
・陰陽の脈
・胃気の脈
・脈診のとり方
●切診(三)…切経
・切経の種類
・切経の異常
・診断法としての意味
Ⅲ 治療の方法
●治療家の心得
・治療の原則
‐経絡と経穴
‐証
‐鍼の補瀉
‐灸の補瀉
●取穴法と治療法
・取穴法について
・治療法について
・付=補瀉の表
●八法の治療法
・汗法
・吐法
・下法
・和法
・温法
・清法
・補法
・消法
●経穴と取穴
・一経の補瀉
・二経にわたる補瀉
・取穴の原則
・難経の取穴法
・硬結と圧痛
Ⅳ 身体各部の疾患と治療の実際
●顔面の疾患
・顔面麻痺
・三叉神経痛
・顔面痙攣
・疼痛
・鞭打症
・顔面神経麻痺
・顔面筋痙攣
●目・鼻・耳・咽喉の疾患
・遠視
・ベーチェット病
・角膜炎
・仮性近視
・鼻炎
・感冒
・蓄膿症
・耳聾
・難聴
・中耳炎
・咳嗽
●肩・胸部の疾患
・肩凝り
・咳嗽
・喀血
・結核
・肋間神経痛
・胸膜炎
・肋膜炎
・帯状疱疹(ヘルペス)
・心臓肥大
・心不全
●腹部の疾患
・胃もたれ
・食欲不振
・嘔吐
・腹痛
・胆嚢痛
・胆嚢炎
・虫垂炎
・胃炎
・便秘
・下痢
・痔出血
・坐骨神経痛
・胸焼け
●背・腰部の疾患
・背部の凝り
・腰痛
・ギックリ腰
・頸腕症
・打撲による腰痛
・手術の後遺症としての腰痛
・冷え
●脚部の疾患
・捻挫
・関節痛
・痛風
・坐骨神経痛
・浮腫
●喘息の治療
・心臓性喘息
・気管支喘息
・小児喘息
●感冒の治療
・鼻カタル
・気管支カタル
・腎炎
・ネフローゼ
・蓄膿症
・下痢
●現代病の治療
・ベーチェット病
・スモン
・メニエル氏病
・脳腫瘍
●神経症の治療
・症状
・原因
・疾患の扱い方
・診断
・治療法
●婦人科の治療
・月経の異常
・子宮の障害
・卵巣腫瘍
・更年期障害
・不妊症
・習慣流産
・つわり
●成人病の治療
・高血圧症
・低血圧症
・動脈硬化症
・心臓病
・腎臓病
・糖尿病
・肝臓疾患
あとがき
・『本書は、前著[鍼灸経絡治療]の続編であるが、鍼灸治療・経絡治療の概論書とか講座とかいうよりは、五十年間にわたる臨床生活で私の知りえた経絡治療というものを書きとめた覚え書といったものである。私が日々の臨床でどういう治療をしているか、そのやり方、その考え方を体験に即して、臨床家の実地に役立つようにまとめたものである。
できるだけ初心者に語りかける気持ちでのぞんだのであるが、初心者には経絡治療の基礎知識を前著「鍼灸経絡治療」でたしかめてもらわなくてはならないことも多いにちがいない。しかし、この本に書いてあることは、初心者には初心者なりに、経験者には経験者なりに、それぞれの読みとり方をしてもらえるとおもうし、また、治療をうける立場の人にも、経絡治療が鍼灸治療の本道であることを理解してもらうのに役だつようにとねがった。』
・『本書は、前著[鍼灸経絡治療]の続編であるが、鍼灸治療・経絡治療の概論書とか講座とかいうよりは、五十年間にわたる臨床生活で私の知りえた経絡治療というものを書きとめた覚え書といったものである。私が日々の臨床でどういう治療をしているか、そのやり方、その考え方を体験に即して、臨床家の実地に役立つようにまとめたものである。
できるだけ初心者に語りかける気持ちでのぞんだのであるが、初心者には経絡治療の基礎知識を前著「鍼灸経絡治療」でたしかめてもらわなくてはならないことも多いにちがいない。しかし、この本に書いてあることは、初心者には初心者なりに、経験者には経験者なりに、それぞれの読みとり方をしてもらえるとおもうし、また、治療をうける立場の人にも、経絡治療が鍼灸治療の本道であることを理解してもらうのに役だつようにとねがった。』
Ⅰ 経絡治療とはどういうものか
●“1本の鍼”にいのちをかける
-鍼灸が日本に渡ってきたのは欽明天皇十四年(553年)である。その後1000年ほど経て、江戸時代に非常に発展した。明治時代には西洋医学が主流となったが、昭和になって徐々に復活してきた。
‐『私たちは、だんだん鍼を浅く刺すことを覚えて、太い鍼を深く刺すよりも、経絡をおさえてさえいれば、浅く刺しても充分に効くということを感じているわけです。』
‐三叉神経痛、坐骨神経痛では、神経を圧迫している部分を軟らかくし、身体全体のアンバランスをよくすることによって、だんだんと治していくことができる。
‐著効のあった三叉神経の症例としては、下腹部に瘀血があり心臓も悪いという患者さんに対し、肝経と腎経を補いながら顔面の第一枝、第二枝、第三枝に重点的に刺鍼、深さは2、3ミリ。施術後3時間以上熟睡され、その後、2週間で大きく改善した。
‐新しい病気は短期間で治すことは容易だが、こじらせた症状は長い治療が求められる。パッと治るようはものではない。五年の病気には五年をかけるという心構えで、治療される方も根気よく治療を続けてもらう必要がある。また、鍼灸治療の良さは特定の疾患のみならず、例えば高血圧や肝臓の病気も良くなるものである。
‐鍼灸は「未病を治す」一種の健康法として、一生おつきあいする患者ができてくるものである。
●“経絡治療”というもの
‐経絡治療では、患者の病態を経絡の変動として統一的に観察することが基本である。
‐経絡の変動とは「虚」または「実」としてとらえる。そして「虚」であれば補い、「実」であれば瀉す。これは診断即治療といえる。
‐「虚」と「実」は体全体の状態を観察しながら、主として脈診によって臓腑の状態を診る。そして施術を行い脈の変化で効果を評価する。これは中国では『素問』『霊枢』(約2000年前)に始まった。
-『現代医学、あるいは西洋医学を基礎において考えられた鍼灸というものは、“刺激療法”あるいは“局所療法”というものになってしまって、とかく部分的であり、痛むところとか、あるいは病気のところだけを治療することになって、それだけで治ることもあるけれども、全然治らない人もかなり多いわけです。やはり、病気を経絡の変動としてとらえるという本道にのせて、どの経絡に病があるかを見つけて、必ずしも痛むところを刺さないで、その経絡を治療するということが、鍼灸治療でいちばん大事なことであると思います。
こうして経絡治療の立場に拠ることが第一条件ですが、ただそれを知っただけではさして役にたちません。鍼灸というものは古来、ただ勉強して理論を習っただけでは価値がない。鍼灸は体験の医学であるといわれてきました。鍼灸家としてみると、鍼灸体験の少ない人はのびないし、体験を基礎として行えば必ず上達し、りっぱな鍼灸家になれるとおもいます』
‐本書は鍼灸治療家に向けて、実地に役立つように方法論といったものを少しずつ講述してまとめたものである。
●「標」と「本」
‐「標・本」という言葉は、二千年以上も前から中国に伝えられたといわれる最古の古典「素問」に出ている。「標」は「えだぎ」、「本」は「もとぎ」のことである。「もとぎ」が病むと「えだぎ」が病む、つまり、体の調和がくずれると病気になると考えていた。「本」は本質、「標」は現象ということもできる。
‐『私たちがこの最古の古典に教えられて、患者の「えだぎ」の痛みや苦しみを和らげ、おちつける治療法を「標示法」、その現象のもとにある体調の違和をととのえる「もとぎ」の治療法を「本治法」と名づけ、治療の実際に役だたせるようになったのは、昭和十六年以降のことです。』
‐治療では「標治法」という局所療法に注目が集まるが、経絡治療においては「本治法」こそが鍼灸医学の真髄であると主張し続けている。
‐「経絡説」は昔から存在した。それらを読み返して生みだした「経絡治療」という言葉も、経絡治療の体系化も昭和に入ってはじまったものである。経絡治療が一面で古くて(経絡治療は「古典派」といわれることがある)、一面で新しいのはこうした理由による。
‐本治法で「もとぎ」を治療すれば、「えだぎ」の方もおのずから治ってくるはずであるが、現に患者は病んでいるのであるから、本治法も標治法も併行して同時に進めるのが望ましい。
‐痛みが強い場合は、救急処置的に標治法を行い、痛みを和らげてから本治法をやると説も昔からあるように、臨機応変に対処することも重要である。
‐『どうしても痛みがとれないときはどうすればよいかといいますと、大体病気というのは、どんどん盛んになっているときは、何をやってもあまり効かないものです。昔の名医の話では、往診をして患者の家に行ったら、まず入口でちょっと患者や家の様子を見て、そしてしばらくたって診察なり治療なりしたらよいといっています。病気も、火事のように燃え盛っているときには、少しくらい鍼をしても受けつけないものです。そんなとき、多少時間をおいて、つまり間をおいていくらか下火になった時分にやるとよく治るものです。
胆石発作のような場合、痛み始めにはいくら鍼をしても効かないものです。こういうときは二~三十分おいておく。患者には多少苦しませることになりますが、そうして治療するとよく効きます。この二~三十分おくというのが、なんともいえない呼吸というか、間というものなのです。鍼治療というのにも、ある程度そういう間をおくことが必要です。これは臨床家にとって大切なことだと思います。』
●「虚実」と「補瀉」
‐昭和初期、鍼灸に対する東洋医学の研究は遅れており、按摩のついでに鍼をするというのが一般的であった。
‐『この立派な鍼灸があるのに、アンマ、マッサージをこみで行わなければ治療効果があがらないようでは情けないと思いました。なんとか一本立ちする方法を講じなければと、私は、まず古典においていちばん根本の補瀉論の勉強を始めたわけです。今でこそ虚とはどういう脈か、どうすれば補うことができるかわかっていますが、そのころはだれも知らなかった。結局「古典における補瀉論」を書き上げても、自分でもまだ本当には理解していなかったとおもいます。私に「補瀉をまとめてみろ」とすすめてくださった柳谷素霊先生も、補瀉がどういうものか充分にはきわめていなかったとおもいます。
当時私は、東京鍼灸医学校で教えていましたが、その生徒の一人にお父さんが鍼一本で治療しているという人がいました。それが八木下勝之助という方で、当時七十五歳くらい、十二歳から鍼を持ってこの年まで治療をしておられた。先生は「鍼灸重宝記」を一冊、丹念に隅々まで読んで、一字一句間違いなく覚えていて、しかも常に懐に入れておられた。この本には虚実、補瀉が確かに書いてある。先生は一経治療というか、全て一経の問題として治療をしておられた。たとえば、肺経が虚していれば、太淵と尺沢の二穴を補う。寸六の三番鍼で弾入し、鍼柄をビンビン弾いて、二~三○秒で抜いて、その後をよく揉むというような治療をしておられた。
幸というべきか不幸というべきか、そのころ私は肺結核になってしまい、当時の治療法で、一年くらい各療養所を回ったけれども全然治らない。そこで八木下翁に治療をお願いしたら、いままで発熱したり、衰弱していたのがグングンよくなってきました。治療を受けながら補瀉はこれだとおもい、この体験によって、私は補瀉や虚実を会得しえたと考えています。』
●「病症」と「病証」
‐四診とは望診・聞診・問診・切診(脈診、切経、腹診、背候診、撮診)のことである。
‐四診により、患者を細かく多方面から観察し、病状の原因をよく把握し、正邪の盛衰、病位の深浅、陰陽、表裏、寒熱、虚実を診断して「証」を決定し、これによって変動のある経絡に「随証療法」を行う。
‐『上工は四診により経絡・経穴をよく発見し、鍼灸の刺激量の加減を知ることができるけれども、下工はただ鍼を刺し灸を据えることのみにとらわれて、いちばん大切な経絡・経穴を探し、もとぎの治療をするのをおろそかにしている、といわれます。』
‐肝虚証は圧倒的に多い「証」である。肝経、腎経の脈が虚している(弱い、力がない)。また、同時に臍の左(天枢)か少し下がったところ(大巨付近)に圧痛や硬結がある。また、こういう人は肝臓の部にも硬結や圧痛、あるいは撮診異常があらわれやすい。このような症がいっしょに出てくると肝虚証という「証=あかし」が明らかになる。証が肝虚証ときまると、例えば、本治法としては曲泉・太衝・陰谷・復溜などを使い、標治法としては巨闕・中脘・不溶・期門・天枢・肝兪、その他腹部・頸部・肩背腰部の硬結や圧痛を求めて、二~五ミリ程度の深さに刺して十五分間以上置鍼する。
●「経絡」と「経穴」
‐『私たちは「経穴」というものは行往坐臥、いつでもだれでもあるものではなく、病気になったとき、あるいは体の異和や疲労が重なったとき、はじめて顕現すると考えています。
顕現の仕方が深いものは硬結としてあらわれ、浅いものは皮膚の撮診異常[撮診は皮膚を皮下組織とともに軽くつまんで、その部位に関連する内臓疾患の有無を知る診断法]としてあらわれてきます。また、病気が古くなれば、当然硬結となり圧痛がでてきます。病気があったり、体に異和感があって、はじめてあらわれるのが「経穴」なのです。
昔の人は「経絡」はいつも流れていると考えていました。宋代でも明代でも、経絡を“流れ”としてとらえていました。経絡と血管・淋巴腺とを同様に考えていたわけです。しかし経絡・経穴というものは、病気があってはじめて顕現するものであって、けっしていつも流れているものではありません。病気がなくなったり、体の異和がおさまると経絡・経穴は消えてしまいます。病気がなければ、経絡・経穴というものはあらわれてこない、というのが私の長年の経験での考えです。』
●鍼灸治療の限界―胃の気について
‐『治療の限界としては、その患者に自然治癒力があるかないかが問題になります。自然治癒力のある人は、かなりの病気も治っていきますが、ない人はちょっとした病気でも治りにくい。たとえば、癌などを患うと自然治癒力が少なくなってきているわけです。
患者を治療して、治ったり悪くしたりするのは、多く、その患者に自然治癒力があるかないかによります。ではこの自然治癒力をどうやって見つけるか。これは臨床家としてぜひ心得ていなければならないことです。
この自然治癒力のことは、昔から「胃の気」といいます。脈診の場合、寸関尺の三部を同時に押えて、浮位にして診て、沈位にして診て、中位の脈のないことが胃の気がないということになります。また、右手関上の脾の脈のところでも、胃の気のない人は脈がほとんど感じられません。胃の気の脈の診断については脈状の項で詳しくふれます。
この胃の気を診ることで、その患者が治るか否かを判断し、また病気の経過もつかむことができるわけです。もう一つ、誤治を少なくするのにも役立ちます。』
Ⅱ 診断方法
●望診
・生死を見分ける
‐望診は「難経」(六十一難)に「望んでこれを知る、これを神という。その五色を望見して、以てその病を知る」とある。これが最も大切な点である。
‐ほんの一瞬患者を観て、どこに病いがあるのか、治りやすいのかあるいは死病であるのかをつかみ取る、これが望診である。一見して見分けるところまで訓練されなければならない。
・離れて見る
‐望診で全貌をまず知る。その後、聞・問・切診によって深く立ち入って診断するという見方は、東洋医学の最も大切なところである。
・ツヤを診る
‐『鍼治療を行って、その効果が最もよく現れるのはツヤ―光沢の変化です。鍼治療の前後でツヤの変化を診れば、これは脈診よりもよく変化が判ります。三十分か四十分の間にもよくもこれほど変わるものだとおもうくらいにツヤ=光沢が変わります。と同時に光沢の有無というものは治療効果と非常に関係を持っています。つまり、ツヤのない人は鍼をしても効果がない場合が多いのです。逆に光沢が出たということは鍼治療の効果があったといって差し支えありません。』
‐顔面での光沢を見る時は、天庭(眉間部)のあたりの光沢が最も大切である。
●切診(一)…脈診
・脈診の考え方
‐『私などは五十年やっていますが、脈のいちばん弱いところを追及してみると、それに対応する経絡なり、臓腑なりがやはり弱いということが判ります。なぜかというと、脈診以外の診察は、色でも声でもすべて外から診るわけですが、脈診は内側から診るという重大なちがいがあります。ですから脈診を望・聞・問診と同列に考えては困るわけで、内側から経絡や臓腑の変動を診るのだということを忘れないで下さい。
また、東洋医学、鍼灸は、患者自身の自然治癒力をいかにして高めるかということが本来の目的ですから、自然治癒力があるかないか、胃気を診ることが脈診でできるようにならなくてはいけません。
次に訓練法としていちばんよいのは、毎日自分の脈を診るということです。それでどこが悪いか判れば鍼をするというふうに、自分の体を管理することが治療家にとって大事なことです。
また、実際の診察に臨んでは術者の気を整えることです。これもいろいろいわれていますが、簡単なのは、一息を四十五秒くらいかけて吐き出す。これを四回か五回やる。そうすると向うの悪い所が自分に感じるようになります。だから診断ということは、すぐに客観性を求めるというよりも、まず向うに入って行き、入ってから引っぱり出してくるようにする。そこで初めて正しく診断ができます。初めから客観ばかり求めても、客観的に見えるはずがないのです。
それでも判らない患者もたまにはあります。そのときには、腹あるいは頭に二、三本軽い鍼をします。穴は百会・懸顱・中脘・気海・天枢などです。こうすると不思議なように本証の脈がぴしっと出てくるものです。』
・脈診の実際
‐六部定位の脈の診方は、浮=浮かして診る、沈=沈めて診る、遅か数(サク:速いこと)か、強いか弱いかを見つける。脈状に関係なく、鍼灸の場合は六部定位で浮か沈か、速いか遅いか、虚か実か―この六つを祖脈という。例えば差によって肺の場所が弱ければ肺虚、腎の場所が弱ければ腎虚というようになる。
39秒の短い動画です。“もぬけ塾長の東洋医学チャンネル”さまから拝借しました。
・脈の虚実
‐忘れてならないのは、虚と実に明確な区分けがあるわけでもなく、また個々それぞれに虚と実があるので現代医学のような基準値や、統計的な平均値のような考え方はない。
・五行について
‐五行穴は手足の末端にあって、末端から中枢に向かって井穴・榮穴・兪穴・経穴・合穴の順に並んでいる。手足の末端は経絡の変動があらわれやすい。
‐現代はストレス社会のため虚している人が多いため、虚を中心とした考え方が望ましい。
●切診(二)…脈状
・脈診のとり方
‐脈診で問題になるのは、術者の指先の感覚に差異があることである。指先の爪に近い端の方が鋭敏な人もあれば、指腹の敏感な人もいる。それぞれ鋭敏は個所を使うべきである。右手と左手で差があるならば、患者の左側だけでなく右側からも診るべきである。三本の指にも感覚の差があるときがある。その場合は、敏感な指を選んで寸関尺を確かめて、三本の指で同時に脈診したときの場合と比較することも有用である。
●切診(三)…切経
・切経の異常
‐切経をすると脇腹や腱の一部に硬結や、硬結までいかないが硬いもの、あるいはひどい場合にゴニョゴニョした糸コンニャクのようなもの、小豆大・大豆大・卵大の形状したものなどを把えることができる。これらは身体の疾病による変化・異和などによって現われるある種の反射現象とみられる。
‐腰の志室や肩井、膏肓などでは卵大・うずら大の硬結がみられる場合があるが、このような大きな硬結の場合は硬結の際や健康な部位との境界部など、周囲から刺鍼した方が効果が出やすい。
‐脊柱や棘突起のすぐ傍、あるいは後頚部頭部などでは腱との付着部の際に硬結は顕現している。
‐足では脾経の公孫など、骨の際にキョロキョロしたものが現われやすい。
‐手の合谷は中央よりも第二指寄りに硬結がある場合が多い。神門や足の中封などは腱の下にあることが多く、腱を押しやってみると判ることが多い。
‐経穴は生きもので、疾病によって初めて顕現するので、簡単ではなく二回、三回と探さないと取穴できないこともある。
・診断法としての意味
‐『井・榮・兪・経・合の配当にしても、初心者は定石をきちんと知らなければいけませんが、これを自在に運用するには経穴よりも経絡を重視し、切経によって正しい治療穴を求めなければ治療効果をあげることができません。』
柳谷素霊先生は鍼灸の発展にご尽力された唯一無二の先駆者です。過去に柳谷先生に関する2つのブログ、「脈診と臨床」と「五十からの青春」をアップしていました。
その柳谷先生の著書の中に『柳谷秘法一本鍼伝書』という本があります。そして、この本をベースに独自の「天・地・人治療」という考えに照らし合わせて書かれた教本が、木戸正雄先生の『素霊の一本鍼』です。
その木戸先生は本書の“はじめに”の中で、以下のようなお話しをされています。
『私は長年、鍼灸臨床に携わる中で、「黄帝内経」(「素問」・「霊枢」)の治療体系が三陰三陽の臓腑経絡学説を根拠とする「経絡系統」と三才思想から成る「天・地・人」という二つの大きな柱により構成されているという考えに至り、身体を立てに貫く「経絡系統」を対象とするものを「変動経絡治療システム(VANFIT)」、輪切りで捉えるものを「天・地・人治療」と名づけ、それぞれに治療法を構築し、提唱しています。
このたび、柳谷素霊先生の「柳谷秘法一本鍼伝書」について、現在の臨床に活用できるように私なりの解説をさせていただく機会を得ました。
「柳谷秘法一本鍼伝書」に記載されている刺鍼部位は、「天・地・人治療」の一つである「天・地・人―気街治療」で使用する経穴と共通する部分が多いことから、著者である柳谷素霊先生には注目していました。
柳谷先生が「経絡治療」誕生に大きな影響を与えたことはよく知られています。「誰にもわかる経絡治療講話」(本間祥白、医道の日本社、1949年刊)は、「経絡治療」における最初の成書として有名ですが、「内容は、恩師柳谷素霊先生達(井上恵理先生、岡部素道先生、竹山晋一郎先生など)のご指導によるものを伝えたに過ぎない」と著者の本間祥白先生自身が序文を書いています。』
『私が経絡治療を学び始めた頃は、岡部素道先生が経絡治療学会の会長でした。私が指導を受けた岡部素道先生をはじめ、岡田明祐先生、馬場白光先生など、当時、名人とうたわれていた経絡治療学会の先生方から、柳谷先生の名前や治療についてのエピソードなどを聞く機会が多々ありました。誰もが、柳谷先生を教育者としても、臨床家としても非常に高く評価し、畏怖の念すらもっていることが伝わってきましたが、残念なことに柳谷先生は、すでに亡くなっており、私は直接の指導を受けることはできませんでした。』
木戸先生の「天・地・人治療」は次のようなものです。
●人体を三分割してとらえた治療方法で、「天・地・人」の三分割を全身のいたるところに当てはめたり、細分化したりすることができます。そして、その各々の境界部はすべて「節」であると考え、この「節」に対して行う治療を「天・地・人治療」といいます。
画像出展:「素霊の一本鍼」
著者:木戸正雄
初版発行:2009年4月
出版:ヒューマンワールド
画像出展:「素霊の一本鍼」
こちらの表は『柳谷秘法一本鍼伝書』に書かれている20の処方です。
ブログで取り上げたのはごく一部で、耳に関する経穴(然谷、太渓)、柳谷風池、柳谷便通点、華佗夾脊穴についてです。
1.耳の疾患と腎経の経穴
※私自身が気になっている疾患は耳鳴りですが、原因は加齢と思われ、耳鳴りキャリアは約10年です。以前「耳鳴り」というブログをアップしているのですが、加齢による耳鳴りの治療は難しいことを理解しています。時々、思いついたように耳周辺の経穴に刺鍼してみるのですが効いている感じはありません。このことが、耳の周辺ではなく、腎経の経穴に興味をもった理由です。
●耳鳴の鍼(柳谷秘法一本鍼伝書より)
・『下肢痛の刺鍼と同様に、患者を側臥位にして、下顎角の後の少し上から、刺入する方法ですが、鍼の向きはやや上向きにします。(寸3‐2番の銀鍼か寸3-1番のステンレス鍼)』
画像出展:「素霊の一本鍼」
画像出展:「臨床経穴図」
耳鳴の一本鍼の経穴は頬車穴です。この図(左下部)を見ると刺鍼点は下耳底点と顎角点の中点であることが分かります。
さらに、次項の「耳中疼痛の鍼」と組み合わせることもあります。
●耳鳴りの治療について(木戸先生の見解)
・『耳鳴りの場合、発症してから2~3ヵ月のものは治療効果が顕著ですが、患者によっては何年もたってから来院してきます。長年来の慢性の耳鳴りはなかなか頑固です。このような耳鳴りには経絡の調整に加えて、耳を取り巻くように耳の周囲にあるツボ(耳門穴、聴宮穴、聴会穴、和髎穴、角孫穴、顱息穴、瘈脈穴、天牖穴、翳風穴)に切皮置鍼しておき、その間にこの一本鍼を行ってます。
画像出展:「素霊の一本鍼」
こちらの画像は、あしざわ治療院さまの“耳から自律神経、腰痛まで良くなるのは?”から拝借しました。
さらに、「耳中疼痛の鍼」と組み合わせることもあります。
画像出展:「素霊の一本鍼」
※「耳中疼痛の鍼」:完骨穴から耳孔に向けて、乳様突起の下をくぐらせるように刺入する方法です。
耳鳴りの場合、鍼治療による直後効果があるものと、ないものがありますが、まったくないものでも、このように全身状態を整える治療を継続することで、いつの間には耳鳴りが消失・軽減していることがあります。
老人性耳鳴りの場合は、はじめ蝉の鳴き声のようなジージーという音から始まり、そのうちに、キーンというような金属音に変わっていく経過をとることが多いようです。ジージーという音のうちに治療を始めるといいのですが、金属音になってしまってからではなかなか治りにくくなります。
また、耳痛や難聴を伴うとき、場合によっては、耳鼻科の治療と併用すべきです。特に突然耳の聞こえが悪くなり、耳鳴りが起こった場合には、突発性難聴の可能性がありますので、至急の耳鼻科処置が必要です。次第に耳鳴りが大きくなっていくものも、要注意です。』
●東洋医学では五行という考え方があり、五臓の一つである“腎”と関係の深い「腑」として“膀胱”、体の部位に関係しているのが“骨髄”(髄は現代の脳とされています)、腎が弱った時に影響するのが“髪”、そして病気が現れやすいのが“耳”とされています。今回、五行の“腎”に注目したのは、この東洋医学の考え方に沿ったものになります。
注)以下は私が専門学校時代に作った表ですが、黒い部分が腎と関係の深いもので、黄色で囲ったものが人体に関係するものです。”腎”の下、上から“膀胱”、“耳”、“骨髄”、少し下にいって“髪”があります。
●経絡の代表的なものに十二経脈があり、その中に“足の少陰腎経”があります。その経脈にある経穴は以下の通りです。
こちらの画像は、“BLOG 今日から始める自分ケアの習慣化。心と体を癒す自分時間”さまから拝借しました。
・湧泉-然谷-太渓-大鐘-水泉-.照海-復溜-交信-築賓-陰谷-横骨-大赫-気穴-四満-中注-肓兪-商曲-石関-陰都-.腹通谷-幽門-歩廊-神封-霊墟-神蔵-彧中-兪府。この27経穴の中で注目したのは、“然谷穴”と“太渓穴”です。
画像出展:「臨床経穴図」
太渓は少し前まで太谿と表記されていました。
※澤田流太渓は“照海”に相当するとのことです。
(1)然谷穴
・然谷は腎経の榮火穴であり、臓腑の熱を取り除く効果があるとされています。
・柳谷先生の「柳谷秘法一本鍼伝書」には、然谷穴を併用することでさらに効果を上げることができるとされています。
・木戸先生にとって然谷穴は、思い出深い経穴であるとのことです。
-『実は、然谷穴は私にとって特に思い出深い経穴なのです。20年近く前の話しで、まだ「天・地・人治療」を行う前のことですが、私の娘は幼いころ、アトピー性皮膚炎の体質で、よく滲出性中耳炎や急性中耳炎を患いました。しかし、耳鼻科で処方された薬が合わなかったのかなかなかよくならず、鼓膜切開を繰り返していました。
ある時、私は、眠っている娘の足を内側から眺めていて、足の形が耳に似ていることに興味を持ちました。くわしく観察しているうちに、土踏まず全体がほんのみ赤みを帯びているにもかかわらず、然谷穴の辺りだけが艶がなく、くすんでことに気付きました。
そこで、娘の然谷穴に金の鍉鍼でしばらくの間、圧迫をしてから、半米粒大の灸を1壮行ってみました。それ以来、耳の痛みがピタリと止まり、快方に向かっていったのです。
驚ろいた私は、然谷穴と耳の疾患との関係についてそれまでの文献を検索してみました。そして、「医道の日本」誌に、然谷穴への施灸による急性中耳炎への効果についての報告を発見したときは、思わず喝采を送りたくなりました。残念ながら、当時は、柳谷の本書に補助穴としてあることは見落としていたわけですが、しかし、これも何かの縁なのでしょう。「急性中耳炎の一つ灸」という表題のその報告は、柳谷の高弟の一人、井上恵理のものだったのです。』
-『このように、急性中耳炎などの耳の痛みに、同じ然谷穴を使うにしても、井上は灸で対応し、柳谷は鍼による治療法で対応しています。当然、刺鍼でも施灸でも効果がありますが、鍼灸を併用することで一層、治療効果が高くなります。
娘の急性中耳炎の治療体験をきっかけに、私は、足に顔面、あるいは耳を投影した小宇宙を想定して然谷穴を耳の愁訴に使うようになりました。こうした臨床の積み重ねから、後の「天・地・人治療」としてのシステムができていったのですが、そのきっかけの一つともなるものでした。
多くの場合、然谷穴は深くに圧痛がありますので、指先をくぼみに入れてよく揉んでから、刺入するようにします。寸6-1番ステンレス鍼を然谷穴からやや上後方に向けて刺入していくと、スルスルと鍼が入っていきます。50mmぐらいの深さまで引きこんでいくことも稀ではありません。患者に不快な痛みを感じさせないように行うことが効果を上げる秘訣です。20分程度の置鍼の後、鍼痕に米粒大3~7壮の施灸をしておきます。』
(2)太渓穴
・太渓は腎経の兪土穴であり、かつ原穴です。気血の流れを高める効果があるとされています。
画像出展:「一元流鍼灸術」
『原穴について考えを進めていくことは、三焦の問題と腎間の動気の問題に対する理解を通じて、全身を一元の気として観る柱となります。これについてまとめているものが《難経鉄鑑》六十六難の図です。この図は、かの沢田健先生が尊崇されていたものです。
一言で言えば、六臓六腑の生命力の流れである経脉の中の、一点である原穴に、それぞれの経脉の生命力が集約されて現われるということです。』
原穴について何が書かれているのか興味を持ち、この本を衝動買いしてしまいました。
私が学んだ“日本伝統医学研修センター”では、特に脈診を重視しているのですが、命の脆弱さを感じる脈や先天的な疾患、あるいは難病を抱えた患者さんに対して、生命力を補する「原穴治療」を選択することがあります。取穴は、肝経の太衝、脾経の太白、肺経の太淵、そして腎経の太渓です。この「原穴治療」の経穴である「原穴」について深く知りたいと思いました。
伴先生の「一元流鍼灸術の門」に書かれていたことは以下になります。
『三焦に関しては古来諸説あります。私は、沢田健先生が称揚した≪難経鉄鑑[江戸時代中期に書かれた難経の解説書]≫六六難の図をもって、気一元の身体を見通す観点としての三焦論としています。
すなわち三焦は原気の別使であるとします。原気とは、人間における生命そのもの、腎間の動気をもって看取することのできるものであり、これこそが十二経の根蒂です。この生命そのものが五臓六腑を通じて経穴としてその分配された生命力を表現している場所が、原穴です。この図には、原穴の原とは三焦の尊号であると記されています。
この全体を一気に見通す眼差しが、気一元の身体観の意味です。その会得方法について、「毎朝、この六六難の図に対面して沈思黙考し、原気の流行と栄衛の往来について省察して、身中の一太極を理解することができたならば、自然に万象の妙契を悟ることができるでしょう」と書かれています。』
本書の中で最も気になったのは脈診に関する記述です。それは次のようなものでした。
『脉診をする場合、心構えがとても大切になります。これは、何を診ようかとするかということによって、感じ取ることのできる範囲が変化するためです。脉なんてわからないや、と思って診ていると、何も診ることはできませんし、診ることもいやになってやめてしまいます。硬さや軟らかさを診るのだと思って診ていると、硬さや軟らかさが良く感じられるようになります。太さと細さという別の側面を診ると思って診ていると、太さや細さが感じられるようになります。』
『それぞれのバランスが取れていて、個別の脉状として診えにくいとき、それを胃の気の通った良い脉状であると考えます。
また、最後になりましたがもっとも重要なことは、生命力を診ると心に定めて診ることです。これを胃の気を診ると私は呼んでいます。生命力を診るのだと心に定めて診るとき、脉の診え方が大きく変わるのは、まことに不思議なことです。』
・“太渓への鍼が有効であった耳鳴の3症例”という論文(臨床報告)を見つけました。
資料はPDF7枚です。
緒言
『耳鳴は西洋医学的な治療ではうまくいけないことが多い。耳鼻科医の中には「耳鳴りは治らない」と説明して最初からあきらめ調子で治療している医師もいて、TRT(耳鳴り順応法)療法は一つの訓練法だが、耳鳴の音を気にしなくなるように治療するくらいしか手立てがない。われわれは過去に耳鳴に対し翳風への円皮鍼が有効であった症例報告を行った。斎藤ら[斎藤輝夫、稲葉博司、蔡暁明、他。耳鼻咽喉疾患と漢方(上)、漢方の臨床2010]耳鳴の腎陰虚型には足腎経の太渓穴がよく、一本鍼で耳鳴が止まる症例が多いと報告している。今回は太渓(KI3)への鍼が有効だった3症例を経験したので報告する。』
1)症例1:86歳男性
・耳鳴発症3日後、耳鳴日常生活支障度(THI)は100点。血管拡張剤、ビタミン剤、翳風への円皮鍼、TRT療法は無効であった。初診から7ヵ月目に両太渓に鍼治療を行い2ヵ月後にTHIは12点になった。
2)症例2:66歳女性
・1年前に両耳に耳鳴が出現した。THIは26点で、様々漢方薬、翳風への円皮鍼は無効であった。初診から1年後より両太渓に鍼治療を行い、3週間でTHIは4点になった。
3)症例3:73歳女性
・初診8日前より左耳鳴が出現した。THIは30点で、様々漢方薬、翳風への円皮鍼は無効であった。初診から3ヵ月目に両太渓に鍼治療を行い、5週間でTHIは10点、1年で8点になった。
注1)太渓穴へは10分間の置鍼後、円皮鍼を貼った(6日間)。
注2)3人に共通するのは腎虚である。腎虚では耳鳴の他、難聴、夜間頻尿、膝や腰の脱力など、体系としてはやせ型が多い。
注3)澤田流で有名な澤田健先生も耳鳴に対し、腎兪と太渓を取穴して有効であったという報告をされている。ただし、澤田流太渓は、一般の照海(KI6)の位置にある経穴である。
画像出展:「太渓への鍼が有効であった耳鳴の3症例」
2.柳谷風池
画像出展:「素霊の一本鍼」
・首藤傅明先生は目の特効穴としてたびたび取り上げています。「週刊あはきワールド」の「若葉マーク鍼灸師に贈る私の思い出の症例29」では“片方の目が動かない眼筋麻痺の患者”という症例報告では、右目の開眼不能、かつ眼筋麻痺の患者に対し、1~2日ごとに、本治法(肝虚証:曲泉)、足三里、曲池に加え、この「柳谷風池」に10mmの深さで置鍼、さらに攅竹、陽白、太陽の浅置鍼という施術を行って、完治させたとあります。以降、首藤先生は眼筋麻痺の治療の局所的な施術では常に「柳谷風池」を最優先で取穴されているとのことです。
・風池穴(足の少陽胆経[GB20])の場所は教科書では、「乳様突起下端と項窩中央(瘂門穴)の中央で陥凹部」となっていますが、「柳谷風池」はそれよりもやや外側にあります。完骨穴(足の少陽胆経[GB15])の後方を探ると、ゴリゴリしたスジ様の小突起に触れます。この後下縁に取ります。按圧すると、ジワーンと頭の中やコメカミに響いてきます。鍼は小突起の裏をくぐるようにしながら、同側の眼底の方向に刺入していきます。
・木戸先生の症例の中に、“正常眼圧緑内障”があります。
-『数年前、頑固な肩こりを訴えて、来院してきた男性の患者がいました。
肩こりを自覚しているわけですから、当然ながら、肩上部から首筋に硬くなり、硬結もあるのですが、それよりもむしろ、私は、後頚部ライン上に出ている深部のコリが気になりました。その反応点は、口唇ライン上に並んでいました。「目が疲れませんか?」と聞くと、「実は、眼科で正常眼圧緑内障との診断を受けている」というのです。
この患者には、毎回の治療において、通常の経絡的な治療を行った後、必ず、完骨穴、柳谷風池、風池穴、天注穴に対する直接施術を加えるようにしました。この治療を継続して、5ヵ月ほどして、患者から、その日の眼科の検診で、欠損していた視野が正常に戻っていたという報告を受けました。正常眼圧緑内障が完治しているというのです。
眼科医の話では、「ありえないこと」と患者の従来の診断に間違いがあったのだろうとのことでしたが、この患者は、自覚でも、明らかに視野が広がったと喜んでいました。』
3.柳谷便通点
・昭和の鍼灸界を牽引した代表的な治療家が便秘の治療穴として使用した経穴は次の通りです。
1)代田文誌の特効治療穴:「澤田流神門、左腹結、大腸兪、木下便通点」
2)木下晴都の常用穴:「木下便通点、左腹結、大腸兪」
・これらの先生方の便秘療法に共通しているのは、左の下腹部にあるツボと大腸兪を使うことです。前後から身体をはさむようにして、大腸に刺激を与える方法が便秘の標準的な治療ということになります。
・柳谷秘法一本鍼伝書の留意点(虚証の場合)
画像出展:「素霊の一本鍼」
-『臍下2寸の点から1寸左側方にある穴に、患者の呼吸の呼気時に刺入、吸気時に止めるように、鍼尖を進めていきますと、約2寸の深さで弾鍼する。そこで響きが得られないときは、少し奥に鍼を進めてから静かに旋撚を施します。
肛門への響きを確認したら、すぐに、吸気に合わせて抜鍼します。』
注1)[用鍼]は3寸3番となっています。木戸先生は60mmの深さで急に強い響きを得ることが多く、違和感が残ることも多いので響きを嫌がる患者さんには天枢穴や気衝穴を使用し、鍼響を与えないように寸6-1番のステンレス鍼を用いて30~40mmの速刺速抜を行っています。とのことが書かれています。
注2)虚証の場合は、細い鍼を選び手技も刺激が強くならないように丁寧に行うことが重要であり、特に呼吸の補瀉が非常に重要であるとされています。
注3)「柳谷便通点」は鍼刺激ではなく、圧刺激(深呼吸に合わせ、「柳谷便通点」の母指圧迫を20回ほど行う)でも効果は期待できるようです。
※木下便通点に関しては、「最新 鍼灸治療学 下巻」(木下晴都、医道の日本社、1986年)より、ご紹介させて頂きます。
画像出展:「最新 鍼灸治療学」
■治療(p281)
一過性便秘をしばしば起こすものは鍼灸の最適応症であるが、最も多くみられる弛緩性便秘、あるいは弛緩性に合併する排便困難は、著明な効果があるものと、容易に効果のあがらないものとがある。下剤を常用する者は、薬用量を減少させ、ときには不明になる例も経験される。痙攣性便秘もしばしば良い効果をあげる。
(1)共通治療
a)常用点
鍼灸:大腸兪・便通・左腹結
大腸兪は鍼を2、3cm刺入して雀啄または施撚する。灸は米粒大5~7壮施す。
便通とは著者[木下晴都]が臨床経験で、排便を容易にする効用のあることを発見して命名した。その部位は図132に示すように、第4、第5腰椎棘突起間の左外方約6cmに相当し、奇穴では腰宜にあたる。
すなわち左志室の直下(背外線上)で腸骨稜の直下に取穴する。施鍼するには腸骨稜上縁よりわずか上に取穴し、鍼先を内下方に向けて腸骨内面に沿う気持ちで、約3cm刺入する。鍼は20~25号[3番~5番]を用いて雀啄法を行う。施灸は米粒大ないし麦粒大のもぐさ5~7壮行う。施鍼と施灸を同時に行う必要はない。一般には施灸より施鍼が効をあげる。
画像出展:「最新 鍼灸治療学」
画像出展:「素霊の一本鍼」
第4-5腰椎右側から、大腸兪、腰眼、腰宜となっています。
『左腹結は一般的な部位では効果が期待されない。その部位は図133に示すように、左上前腸骨棘の前内縁中央から水平に右方(正中線)へ約3cm(脾経上)に取穴する。施鍼は約20号[3番]のステンレス鍼を用いて、下方に向けて3、4cm速刺(速刺速抜)する。この刺入は鍼先が腹膜に触れるため、約2cmは静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに到達した途端に抜き取る。この最後の刺抜をゆるやかに行うと、腹膜刺激によって腹筋が収縮し、折鍼を超すおそれがある。したがって急激な鍼の刺抜を行う。この施鍼法は便秘に対して著効をあげる場合があるが、急激な響きを患者はきらうおそれがある。左腹結に施灸7壮を行うのもよいが、施鍼ほどの効果は望まれない。』
画像出展:「最新 鍼灸治療学」
4.華佗夾脊穴
・五臓六腑の調整には、背部兪穴を使用するのが一般的ですが、この「華佗夾脊穴」に早くから注目し、体系的な治療法として提唱したのは、日本の澤田流が最初であったようです。そして、これが現在の「華佗夾脊穴」の標準的な使用法の原型となったと考えられています。
画像出展:「素霊の一本鍼」
-『「華佗夾脊穴」というツボが最初に登場するのは、「鍼灸治療基礎学」(代田文誌、春陽堂、1940年刊)には、この「華佗夾脊穴」が並んでいるラインを、「背腰部膀胱1行」として提示されています。この説では、背部兪穴が並ぶラインが膀胱経2行線、附分から秩辺までのラインが膀胱経3行線となります。代田文誌は、これを澤田健の発見、創設であることを力説しています。
「膀胱経一行の位置は、腎脈の左右凡そ五分ばかりの所にあり、督脈と平行している」、「名称は別にないが、第二行の穴の名を上に冠して、肺兪第一行とか心兪第一行とかいうように呼んでいる」との記載がありますので、「華佗夾脊穴」を各々、個別に呼称する場合は、この名称にプライオリティがあるでしょう
澤田流での運用では、例えば、肺兪第一行に反応があれば、肺の異常があるとしています。また、これら背部にある「華佗夾脊穴」が腹部にある腎経の経穴と表裏関係にあることにまで言及しているのですから、澤田健の臨床的な直観力と洞察力には恐れ入ります。
運用例を引用しておきます。「胃痙攣に際しては、胃兪または肺兪の第一行の刺鍼が非常に効を奏します。胆石症には胆兪の第一行が、腎盂炎には腎兪の第一行が、眼の痛みには肝兪の第一行が、舌の痛みには心兪の第一行が実によく効きます」。澤田流の背兪穴は通常の背兪穴の一椎上に位置しますので、それを考慮の上、ご参考にしてください。
この発想と発見は、現代中国にも影響を与えたようです。
「中国漢方医語辞典」に、「華佗夾脊穴」について次のように記されています。「二つの取穴法がある;(1)第1頚椎から第4骶椎まで、それぞれ左右に5分の所に各28穴、合わせて56穴;(2)第1胸椎の下から第5腰椎の下まで、それぞれ左右に5分の所に各17穴、合わせて34穴。臨床適応範囲はかなり広く、おもに内蔵機能の混乱を調整し脊背部の局所症状を治療する」』
せんねん灸などの温灸は一般の方でも購入可能で、自宅で利用できることは大きなメリットです。
当院では、お灸はバネ指等の指関節に対して温灸(無痕灸)を使っている程度ですが、この場合、患者さまに「ご自分でもやってみてはいかがですか」とお話していました。
先日、自分自身の足首の痛み(CAI:慢性足関節不安定症)を何とかしたいので、「とりあえず3、4ヵ月、毎週、鍼とお灸をしてみよう」ということを思いつき、試してみることにしました。痛みは緩和され順調だったのですが、強いタイプの温灸を試したところかなり熱く痕が残り、後日痒みも出ました。
この時、舌がんは強い機械的刺激が長期に継続された場合、がん化の原因になりえる。ということを思い出し、痕が残るような強い熱刺激の温灸を数カ月続けた場合、皮膚がんの原因になってしまうことはないのだろうかと気になりました。
そこで、検索してみると古い資料ではありますが、気になるものが見つかりました。
それは、2000年11月1日付の『鍼灸の安全性に関する和文献(4) -灸に関する有害事象-』というものです。その中に「表2.皮膚の悪性腫瘍についての報告」という表がありました。
20年以上前の資料ですが、重要だと思い内容を確認することにしました。
こちらを”クリック”頂くとPDF6枚の資料がダウンロードされます。
Ⅰ.緒言
『鍼治療が資格をもった専門家によって行われるのに対して、灸治療は施灸のみでなく取穴や刺激量の決定までも患者自身によって行われている場合が少なくない。このことは日本人の灸に対する高い親和性を示しており、日本の文化の一面といえよう。専門家以外の人々が自身の判断や地域の言い伝えにもとづいて灸治療を行った場合は、それによって被る不利益の責任は当然彼ら自身が負う。一方、資格をもった灸治療の専門家が灸治療を行ったり施灸を指導した場合には、そこで生じた患者の不利益に法的および倫理的な責任が問われることになる。よって灸師は、少なくとも現在までにどのような有害事象が報告されているかを知り、そこから判断されるより安全と思われる施術法を用いる義務があると考えられる。
本稿では、鍼灸の安全性に関する一連の検討の中で得られた、灸の有害事象に関する国内の文献調査の結果を報告する。』
3ページに出ています。
1958年から1999年までに9件が報告され、1件の不明を除いて全て“直接灸”となっています。これは艾[モグサ]を円錐状にして皮膚の上に直接置くというものです。
現在は熱傷を伴うか否かによって、“無痕灸”と“有痕灸”に分け区別しています。また、本資料には、『第3度熱傷に至るような強刺激の直接灸でかなりの反復施灸を行った場合』との説明がされています。
従って、気持ち良い温度の温灸(無痕灸)であれば問題にはなりませんが、鍼灸師が有痕灸を使う場合は、温度、刺激量(壮数)、頻度、期間などに注意をはらう必要があります。
現在、行われている有痕灸は“透熱灸”と呼ばれているものですが、一般的に使われなくなっているものも含め、有痕灸と無痕灸についてご説明します。
1.有痕灸
有痕灸は灸痕を残す施灸法の総称で、直接皮膚の上に艾炷(ガイシュ:モグサを円錐状にしたもの)を置いて施灸する。
A.透熱灸
米粒大(こめつぶの大きさ)前後の大きさで円錐形を作り、直接皮膚上の経穴(ツボ)や硬結などの治療点に置いて施灸する。熱刺激を弱くするために細い糸状灸にすることもある。
画像出展:「はりきゅう理論」
B.焦灼灸(通常は行わない)
熱刺激により施灸部の皮膚および組織を破壊する灸法である。
C.打膿灸(通常は行わない)
小指から母指頭大程度の艾炷を直接皮膚上で施灸して火傷をつくり、その上に膏薬を貼付して化膿を促す。
2.無痕灸
無痕灸とは灸痕を残さず、気持ちのよい刺激を与えて、効果的な生体反応を期待する目的で行う灸法である。
A.知熱灸
米粒大または半米粒大の艾を直接皮膚上に置き、点火した後、施術者の母指と示指とを用いて、ゆっくり艾を覆い包むようにして酸欠状態を作り、患者の気持ち良いところで消火する方法である。
画像出展:「はりきゅう理論」
B.温灸
モグサを患部から距離をおいて燃焼させ、輻射熱で温熱刺激を与えるものである。他に燃焼させた棒の先端を患部に近づけ温熱効果を与える棒灸や、電気を使った温灸器などがある。
画像出展:「はりきゅう理論」
画像出展:「はりきゅう実技〈基礎編〉」
灸頭鍼は刺鍼した鍼の先に艾を載せます。これも輻射熱で温熱刺激を与えます。
C.隔物灸
モグサを直接皮膚の上で燃焼させないで、艾炷と皮膚との間に物を置いて施灸する方法で、塩灸、味噌灸、生姜灸、ニンニク灸、ビワの葉灸などがある。
画像出展:「はりきゅう理論」
写真は左から、”塩”、”味噌”、”生姜”となっています。
お灸の効果
2018年に保存していた資料なのですが、出展が分かりませんでした。非常に分かりやすいのでご紹介させて頂きます。
先にご紹介した『鍼灸の安全性に関する和文献(4) -灸に関する有害事象-』には多くの参考文献が出ているのですが、特に気になったのは“大淵千尋.お灸と熱傷と発癌 -灸痕の発癌性について- 医道の日本 1991;567:84-5.”という文献です。
30年前の月刊誌がまさかあるとは考えてもみなかったのですが、ダメモトで“日本の古本屋”で検索してみると、800円で販売されている古本屋さんがあり、「これは奇跡!」と、即発注しました。
古いものですが、文章は2ページと短かったこともあり全文をご紹介させて頂きます。
発行:1991年11月号
出版:医道の日本
“お灸と熱傷と発癌 -灸痕の発癌性について-”など
※投稿された題名には“熱傷”ではなく“熱湯”と印刷されています。本文には“熱傷”は3カ所出ている一方、“熱湯”は1つもありません。従って、正しいのは“熱傷”で間違いないと思います。
はじめに
『南半球に位置するニュージーランド、オーストラリアなどでは、紫外線による皮膚癌の発生が増加し、その予防や早期発見の対策がされており、紫外線の量を調節しているオゾン層を破壊するフロンガスの廃絶には積極的である。
しかし、紫外線による皮膚表皮癌の発生は、メラニン色素欠乏の白人種が殆どで、黄色人種や黒人には少ないことから、白人種中心の世界政策の一つと見るのは、あながち偏見とは言えないであろうか。
日本人など黄色人種にとって、皮膚癌の発生原因としては、紫外線よりもむしろ熱傷が上げられる。
皮膚癌は原発性と転移性に区別されるが、高齢社会を迎えた日本では、老人の原発性皮膚癌が増加していると報告されており、その原発性皮膚癌の前駆症状が老人に多いことが原因していると言われている。主な原発性皮膚癌には表皮癌、基底細胞癌、悪性黒色腫があげられ、そのうち最も多い表皮癌の前駆症として第一に熱傷があげられ、灸痕もその一つになっている。
熱傷、灸痕からの発癌
やけど、お灸のあとが、瘢痕となり、何年もたってイボや小さな壊死ができ、いつまでも治らない状態が続き肥大する場合、癌を疑って見る必要があるといわれている。
灸痕からの発癌について、過去十年間に僅かに二例、皮膚科医誌に報告されているが、実数はもっと多いのではないかと思われる。
その二例について簡単に要約すると次のようになる。
1.背部に発生したイボ癌
岡野晶樹・前田 求・岡田奈津子・喜多野征夫(大阪大学医学部)
医誌名:皮膚 25巻 1号 67-71頁 1983年
要約:患者は74歳男性で、8年前に施灸した背部の灸痕からイボ状のへん平上皮癌が発生した。
2.数か月で発症した温灸による熱傷後、表在性基底細胞腫
宮下光夫・野原 正(日本大学医学部)
医誌名:皮膚科の臨床 27巻 12号 1297-1299頁 1985年
要約:患者は77歳男性で、約17年前に左腹部に温灸を施行し熱傷を生じたが、すぐに瘢痕化し治癒した。ところが、その数か月後より、瘢痕部より周囲に向かい遠心状に暗褐色皮しんの新生拡大を認めた。以降、年々、皮しんは拡大して、大きさが10×5.8cmとなった。
むすび
前述の二症例で灸痕から表皮癌が発生したと報告されているが、施灸後の傷痕がInitiatorにはなりえても、発癌には遺伝子、免疫、Promoterなどの様々な因子が関与しており、また統計的に灸痕からの表皮癌の発生が全表皮癌の発生に高率を占めているとは思われず、灸を直接発癌と結びつけるのは難点があるが、全く関係ないとは否めない。
それ故に、このような症例報告にあるように、施灸後の灸痕が発癌に結びつくこともあり、発症が70歳以降のことが多いので、高齢化社会を迎えて、今後益々、発生頻度が増加することを、鍼灸施術を行うものは認識すべきではなかろうか。そして、患者から、灸周辺にイボや潰瘍が発生したとの訴えがあった場合、その灸施術者であるなしに拘らず、早急に専門医の診断を受けるように勧めるべきである。
皮膚表皮癌は、外科手術や薬物療法などにより完治され易いので、早めの診断と治療が必要である。
また、今後施灸する場合には、温熱刺激効果があり、熱傷を与えない施術法を行うよう努力すべきではなかろうか。
かかる点より、中国で施行されている隔物灸(附子餅、丁桂散など)や灸頭鍼、棒灸などを良く研究し、灸の芳香効果も加味した灸法を創案し、古い皮袋に新しい酒を入れて美酒にするように、古来の灸法を更に副作用の少ない効果的なものに改めることが、これからの鍼灸師に与えられた使命ではなかろうか。』
第2章 冷え症はこんな症状も引き起こす
1.みんなが知らない冷えの怖さ
●“冷え症”とはどういうものか?
・冷えとほてりの不思議な関係
-“冷え症”とは「体の一部が異常に冷えやすい症状、またその体質。手足下半身に冷えを感じること。自律神経の機能失調で、血行不良になるために生じる」とされている。
-冷え症が女性に多いのは、女性ホルモンなどの内分泌をコントロールする内分泌中枢と、血流をコントロールする自律神経中枢が男性に比べて近い位置にあるためである。女性ホルモンの変動期には、女性ホルモン分泌が失調すると、自律神経がその影響を受け、全身の血管の収縮は血行を悪化させ、冷えの原因となる。
-温めると改善する腰痛、体の痛み、頭痛などの症状をもつ人は冷えが関わっている。
-冷えが慢性化すると、むしろ火照るように感じることもあるが、これは冷え症の進行型であることが多い。
・冷え症と血瘀は、ニワトリと卵の関係
-冷え症は血管が収縮傾向にあるため、血流は悪化し鬱滞が起こりやすくなる。この血流鬱滞のことを中医学では血瘀という。
・36.5度の秘密
-冷え症の人の体温は36度以下の人が多い。
-諸臓器の代謝は酵素反応によって行われている。たとえば食物の消化は、いろいろな酵素によって分解代謝され、栄養分は胃腸から吸収され、さらに多種多様の酵素反応を経て、血となり肉となる。これらの酵素が最も働きやすい温度が36.5度付近のため、これ以下の体温になると、徐々に酵素の働きが落ちて代謝が悪くなる。そして、ますます冷え症は進み体調は悪化する。
●冷え症を放っておくと
・あらゆる病気の引き金にも
-冷え症を放置すると酵素活性が常に低い状態となり、各臓器の代謝も悪く全身の臓器の機能低下が起きる。
-血流障害や血瘀(血流鬱血)は炎症や各臓器の機能障害につながる。つまり、冷えは脳を含むあらゆる臓器の病気を起こす引き金になる可能性がある。
・ガンも冷えを好む
-冷えきった状態は代謝を低下させ、免疫機構も正常に働かないため、ガン細胞の成長を加速させ、ついには立派なガンになってしまう(わずかなガン細胞は成長し診断がつくまでに10年かかることもある)。冷えはガンにとって喜ばしい環境である。
注):”2.痛いつらいは冷えのせい” は省かれています。
3.女性のライフサイクルが冷えをまねく!?
●女性の体が冷えやすいワケ
・冷えが原因で起こる女性特有の病気には、月経異常、不妊症、妊娠中の異常(切迫流産、早産、習慣性流産、妊娠浮腫)、出産後の異常(産後腹痛、胎盤残留、産後膀胱炎、排尿障害)、子宮下垂、子宮内膜症、子宮筋腫などがある。
・女性は月経周期にしたがって、毎月一度、女性ホルモンの大きな変化を受ける。
画像出展:「家庭でできる漢方① 冷え症」
月経1週目は貧血気味、黄体ホルモン(プロゲステロン)の分泌低下で体温は下がる。また、血行は悪くなり、生理痛や自律神経失調症状が続き、うつっぽく、肌は過敏、乾燥気味になる。
月経2週目は卵胞ホルモン(エストロゲン)の影響で副交感神経の活動が活発になり、血行が良くなるので低体温であっても体調は良く、肌もきれいになる。同時に卵胞ホルモンは卵子が着床しやすいように布団状に子宮内膜を厚くする。
月経3週目は子宮内膜を潤す黄体ホルモンの分泌が増えて高温期となり、肥厚した子宮内膜は更に潤い充血してくるため、下腹部に不快感やむくみ、便秘などが起こりやすくなる。卵子と精子が受精し受精卵になると、布団状に厚くなった子宮内膜に着床する。受精に至らなかった場合は4週目に進む。
月経4週目は黄体ホルモンの影響が最も顕著になり、高温期が続いて交感神経が活発になり、むくみ、便秘、肩こり、腰痛、肌トラブル、ヒステリー症状などの月経前症候群が出やすい時期となる。最後に肥厚した子宮内膜は不要となり、剥がれ落ちて月経となるが、この時、子宮内膜表面を排出するための子宮収縮が起こって、さらなる下腹部痛を伴うこともある。
特に、1週目と4週目は冷えや疲れに注意しなければならない時期である。
・自律神経中枢は、間脳(視床下部)のホルモン分泌中枢の近くにあり、ホルモン変動の著しい月経前後は自律神経も影響を受ける。その結果、冷え症の悪化、憂鬱感、イライラ、情緒不安定などの精神症状、頭痛、めまい、吐き気、消化器症状が起こりやすくなる。
・沖縄の激戦地で従軍した女学生たち(“ひめゆりの塔”)は、月経は停止したままだった。命に関わるような強いストレス状態では月経停止はすぐに起こる。日常的なストレスでも蓄積されていくと月経停止になる可能性はある。
●月経に現れる症状
・冷えが原因で悪化する月経の異常
■月経困難症
-月経中の子宮収縮に伴い、強い下腹部痛、腰痛を伴う。
-子宮内膜症や子宮筋腫などで子宮をささえる靭帯を正常な位置で支えることができなくなり、子宮収縮に異常が出る。
-構造に問題がない場合でも、子宮内膜がプロスタンディンを作りすぎると子宮収縮が強くなり、腹痛が起こる。
-冷えると子宮収縮はさらに強くなり、痛みが増強する。
・冷えが引き起こす月経の異常と症状
■月経の遅れ
-月経の正常周期は25日~38日。6日前後の変動は正常とされている。遅れるのは月経量が少ない人に多い傾向がある。貧血、冷え症により遅れる人もいる。
■月経周期がはやい
-月経周期が21日以下の場合。月経過多や月経期間延長を合併する場合が多い。
-原因は虚弱体質、過労、ノイローゼなどで、自律神経失調症から冷えて胃腸系統が弱った人、冷えて泌尿生殖器系統の働きが弱った人、ストレスで情緒不安定になり、血流鬱滞、阻滞のある人。普通は熱がりの人に多い傾向がある。
■過多月経
-レバー状の月経は、子宮腺筋症(子宮筋層内の内膜症)でも見られる。また、小さな凝血塊が時々見られる程度であればあまり心配しなくてもよい。
■その他
-生理不順、不正出血、無月経、月経前後の頭痛、下痢、めまいなど。
●不妊症は冷えも大きな要因
・冷えが治ると妊娠の確率も高くなる!?
-『“冷え症を治療すると、妊娠する確率が非常に高くなる”。そういう印象をもっています。』
-『1年前後にわたり漢方薬の服用をつづけて妊娠した数例は、すべてが冷え症でした。ですから不妊症の人は、現代医学的検査を受けて原因がわからないといわれたら、とにかく冷え症を治すことを最優先に考えるべきだと思います。それから、諦める前に、1日数回の足浴と、20分以上の半身浴、漢方薬治療をおすすめします。』
・冷えが原因で起こる妊娠・出産の異常
■妊娠中の異常
-切迫流産、早産、習慣性流産、妊娠浮腫などがある。妊娠中に冷えるとお腹が硬くなる人が多いので、冷えてお腹が硬いと感じたら、まず腰湯や入浴などでお腹を温めて、安静にして寝るのが良い。とにかく妊娠中は冷やさないようにする。また、適度な運動も必要である。
-3カ月頃から起こる辛い悪阻[ツワリ]は、ストレスから自律神経失調となって起きやすくなり、冷えにより更に悪化することもある。
-8カ月頃には妊娠浮腫が起こりやすくなる。冷えてお腹が脹ってきて、浮腫みが悪化するときは、体を横たえてお腹を温め寝ることにより改善する。
-流産はストレス、過労、冷えなどが原因であり、特に高齢出産や仕事が忙しい人は要注意である。
■出産時の冷えによる異常
-子宮収縮不良(残留胎盤で悪化)、胎盤残留、産後膀胱炎や排尿障害などがある。
・冷えが原因で起こる子宮に関する症状
■子宮下垂症
-子宮を上に固定しておく靭帯などの力が弱り、子宮が下降して発生する。冷えによって下垂は悪化する。
■子宮脱症
-子宮膣部がさらに下降して膣外に露出するものである。
■冷えで悪化する下腹部痛
-子宮内膜症、子宮筋腫をもっている人にみられる。冷えて瘀血が悪化するために起こると考えられる。
■子宮ガン
-漢方的には子宮ガンは瘀血と考える。血流阻滞、鬱滞があり、冷えによる疼痛が起こることもある。子宮ガンの人のお腹は芯が冷たい感じがする。
まとめ
”冷え症1・2”で、特に気になったことは次の9つです。
1.「楽しさ、嬉しさ、明るさ、豊かさ、幸せ」といった、私たちが人生において追い求めるものに、私たちは「温かさ」を感じるはずである。「温かさ」は、熱や光や温かい水が放散するように、外に伸び拡がろうとする性質をもつ。「楽しさ、嬉しさ、明るさ、豊かさ、幸せ」は生命力に熱を生み、心に拡がりを生む気持ちである。
2.東洋医学では、太陽のような働きを五臓の中の「心」に位置づけている。冷えの対策の目的は、単に熱の量を増やすことではなく、「温かさ」のやりとりを可能にすることにあるはずである。そして、その本質は単なる体温の問題ではなく、生活の中に太陽の存在を意識するということである。
3.冷え症の問題は熱の不足によって、体の中をめぐるものの「動きが悪くなる」ということにその重大さがある。
4.体がつくり出した熱を貯えておく場所が「腎」であると考えられている。腎に貯えられた熱は体の様々な働きの原動力となる。
5.腎の働き(腎気)が充実していないと、熱を貯えることができないだけでなく、脾によって熱をつくり出す働きも十分に発揮されなくなる。
6.腎の働きは足腰を使った運動をすることや、睡眠を十分とることで養われる。睡眠不足は腎の働きを圧迫して、冷え症の背景を強める。
7.熱のめぐりを目的に応じて先導するのは「気」であり、熱のめぐりを調節するのも気の役目である。そして、気の働きを調節しているのが「肝」であり、肝は「心」の指令に従って機能している。
8.心や肝は、感情や思考、気分の影響を受けやすいので、気分の状態によって、体の熱の様子は大きく変化する。楽しいことを考えているときは、じっとしていても熱の拡がりはよくなり、抑鬱的な気分や感情の起伏が少ない状態がつづくと、熱の拡がりは悪くなり体は冷えてくる。
注)五色という考えがあり、次のようになっています。[腎→黒、脾→黄、肝→青、心→赤]
9.酵素が最も働きやすい温度が36.5度付近のため、これ以下の体温になると、徐々に酵素の働きが落ちて代謝が悪くなる。そして、ますます冷え症は進み体調は悪化する。
今回の患者さまの下肢の本治穴は、“腎”・“肝”の土穴(力をつける:太渓・太衝)と金穴(めぐりをよくする:復溜・中封)です。これに三陰交と足三里を追加しています。これは上記に照らし合わせても妥当といえます。ただし、“心”はノータッチでした。
私が学んだ代々木の日本伝統医学研修センターでは、君火(明かり)の“心”に直接刺鍼することは推奨しておらず、施術対象とする場合は、相火(熱)の“心包”を推奨しています。なお、中医学では相火は「腎陽が発揮する各臓腑を温養し活動を推動する機能」と定義されています。
また、代々木時代のノートを丁寧に見返したところ、【腎の冷えに対し、腎の土穴+心包の土穴(大陵)を使う】との記述を見つけました。この発見は今回の1番の収穫でした。この大陵は次回の施術から使いたいと思います。
今回のブログは前回の“漢方(中医学)”の続きです。「混ぜるな危険」、その目的は漢方と鍼灸(経絡治療)の違いを理解することでした。自分なりにその違いを認識できたので、前に進みたいと思います。
“冷え”の問題が非常に重要ではないかと思う患者さまがおいでです。施術の効果は悪くはないのですが、なかなか冷え型の脈(沈細やや軟:沈み、細く、少し軟らかい脈)が変わらない点が気になるところです。
鍼灸に限らず、何か良い策はないだろうかという思いから、本棚にあった仙頭正四郎先生と土方康世先生の「家庭でできる漢方① 冷え症」をあらためて熟読することにしました。
ブログは2つに分けましたが、全4章のうち、第1章と第2章の多くをカバーしています。
著者:仙頭正四郎、土方康世
出版:農山漁村文化協会
発行:2007年1月
目次
はしがき
第1章 冷え症を東洋医学でとらえると
1.問題の本質は体の中の“めぐりの悪さ”
・複数のタイプに分かれる冷え症
・冷えの原因のあれこれ
2.体の中に熱をめぐらせるには?
●熱の量を維持する仕組みを知る
・熱をつくり出す「脾」
・熱を貯える「腎」
●熱を運ぶ仕組みを知る
・熱を運ぶ器としての血液
・熱のめぐりを調節する「肝」
・めぐりの邪魔をする存在
3.あなたはどのタイプか 《冷え症チェックシ+ト》
●各タイプの問題点と克服法
Ⓐ熱の量に問題がある冷え症
タイプ①熱の産生が不足する
タイプ②熱の無駄遣いは多い
Ⓑ熱を運ぶ仕組みに問題がある冷え症
・運ぶ器の問題
タイプ③運ぶ器が少ない(貧血)
・めぐりそのものの問題
タイプ④めぐりの障害物が多い
タイプ⑤熱を運ぶ器の流れが悪い
タイプ⑥めぐりを先導する「気」がとどこおる
●冷え症の予防策
・冷え症の攻略法
第2章 冷え症はこんな症状も引き起こす
1.みんなんが知らない冷えの怖さ
●“冷え症”とはどういうものか?
・冷えとほてりの不思議な関係
・冷え症と血瘀は、ニワトリと卵の関係
・36.5度の秘密
●冷え症を放っておくと
・あらゆる病気の引き金にも
・ガンも冷えを好む
2.痛いつらいは冷えのせい
●冷えがまねく体の
・上半身に現れる症状
+頭痛、肩こり
+疲れ目
+めまい
+動悸
+脱毛、薄毛
+鼻炎
・下半身に現れる症状
+骨粗鬆症
+肥満
+抑うつ感
+アトピ+性皮膚炎
3.女性のライフサイクルが冷えをまねく!?
●女性の体が冷えやすいワケ
●月経に現れる症状
・冷えが原因で悪化する月経の
・冷えが引き起こす月経の異常と症状
●不妊症は冷えも大きな要因
・冷えが治ると妊娠の確率も高くなる!?
・冷えが原因で起こる妊娠・出産の異常
・冷えが原因で起こる子宮に関する症状
●冷えの解消が乳ガン、乳腺症の改善に
・乳ガン
・乳腺症
第3章 東洋医学による冷え症の診断と治療
1.漢方治療の意味と姿勢
●治療が必要なくなる状態をめざす東洋医学
・混在し関連しあう冷えの原因
・対症療法よりも根本治療
・治療への近道は“冷え”を理解し、治療に参加すること
2.体を温めることは漢方治療の得意分野
●熱を増やすためにはどうしたらよいか
・生命力の土台の熱を増やす+タイプ①・②の解決策その1
・胃腸の力で熱を増やす+タイプ①・②の解決策その2
・精神作用の誘導で熱を増やす+タイプ①・②の解決策その3
●熱を運ぶ器を増やすためにはどうしたらよいか
・潜在力を強めて器を増やす+タイプ③の解決策その1
・増幅力を助けて器を増やす+タイプ③の解決策その2
3.じつはもっとも重要な“めぐり”の問題
・邪魔者を取り除く+タイプ④の解決策
・器のめぐりを助ける+タイプ⑤の解決策
・めぐりの仕組みを整える+タイプ⑥の解決策
4.熱の不足で弱った機能を助ける
第4章 きょうからできる冷え症改善法
1.冷えないため食事術
●毎日の食事から冷えを改善
・冷やさないお酒の飲み方
・食材の力を活かす
・温めることよりも冷やすものを避ける
[冷え症タイプ別 適性食材の表]
●冷えないために食事で心がけたいこと
・冷えるものは温めるものとの組み合わせで
・大事な一歩は朝食から
・体を温めるオリジナルメニュ+
・体質、体調に合わせて食べる
・誤った健康情報に惑わされない
2.冷えないためのくらし術
●冷えないために服装で心がけたいこと
・冷えないおしゃれに工夫をこらす
・薄着でもできるこんな工夫
●冷えないために生活で心がけたいこと
・冷える生活習慣に要注意
・体をはやく温めるには運動は必須
●きょうからできる「冷え取り入浴法」
・入浴には落とし穴も
・半身浴+体の芯の温かさを体感
・足浴法+じわ+っと芯から万遍なく温める
3.自分でできる冷えの気功療法
一.手掌でぬくぬく功
二.全身ぽかぽか功
三.腰ポカ功
四.太陽と友だち功
4.自分でできる冷えのツボ療法
・冷え症改善に効果のあるツボ
・自分でできるツボ療法
はしがき
『東洋医学を専門とする医療者として、治療や生命を考えるとき、何を大切にするかと問われるとすると、いくつかあげたいもののなかの一つに、「熱を大切にする」ということがあります。それは、生命力が豊かであるときの様子が熱であり、同時に、豊かな熱の存在によって、活き活きとした生命力が支えられてもいるからです。健やかに生きるということは、「熱」とは切っても切れない関係にあるのです。
「楽しさ、嬉しさ、明るさ、豊かさ、幸せ」といった、私たちが人生において追い求めるものに、私たちは「温かさ」を感じるはずです。「温かさ」は、熱や光や温かい水が放散するように、外に伸び拡がろうとする性質をもちます。「楽しさ、嬉しさ、明るさ、豊かさ、幸せ」は生命力に熱を生み、心に拡がりを生む気持ちなのです。「温かさ」は、豊かな生命力を意味し、同時に、豊かな心をも示すものなのです。それゆえ、「温かさ」の周りには人が集まり、その「温かさ」は周りに力を分け与えることができるのです。温かさの周りでは、互いが与え合え、すべての生命が活き活きとしています。
温かさと正反対の性質をもつ「冷え」は生命力を脅かし、機能の低下を意味するだけでなく、精神をも蝕みます。精神の状態は、表情に、目の輝きに現れます。「冷え」は容易に外に現れ、容貌、姿勢、立ち居振る舞いを変えます。冷えや温かさの状態は、どんなに強力なエステよりも、外見に影響力をもつものなのです。「苦悩、悲哀、狡猾、落胆、後悔」などの感情は、言葉にしなくても、その人の醸し出す空気から簡単に知ることができます。それは、これらが「冷え」を連想させる感情で、生命体として近寄りたくない空気だからです。「冷え」の性質は、「閉じこもり、固まり、沈み込み、内に向けて凝縮する」もので、周りから奪い、吸収して封じ込める性質をもっています。そのことが人を遠ざけ、人から「温かさ」を受ける機会をなくし、「冷え」の悪循環に陥いるのです。
人の生きる力は、周りの人から「温かさ」を受けて育まれ、また、周りの人に「温かさ」を与えることが生きる力を大きく膨らませます。こうした「温かい」存在によって生命力は支えられていて、それはあたかも太陽のようであり、東洋医学では、そのような働きを五臓の中の「心」に位置づけています。冷えの対策の目的は、単に熱の量を増やすことではなく、「温かさ」のやりとりを可能にすることにあるはずです。そしてその本質は、単なる体温の問題ではなく、生活の中に太陽の存在を意識するということです。自分を照らす太陽の存在を意識し、同時に、自分の中に、人を照らす太陽の存在を見い出すことでもあるのです。それは喜びになり、力になり、美しさにつながります。
本書で提供する冷え症対策で、冷えの世界から抜け出して温かさを手に入れ、その温かさを周りの人に分け与えてもらえれば、これに勝る喜びはありません。』
第1章 冷え症を東洋医学でとらえると
1.問題の本質は体の中の“めぐりの悪さ”
・複数のタイプに分かれる冷え症
-冷え症は単に冷えるということだけを問題にするのではなく、体の中で熱が果たしているいろいろな役割や仕組みを認識して、その熱が少なくなることで生じる様々な異常を冷え症の問題として捉える。
-物体も人も冷やされれば、同じように冷たくなるはずなのに多くの生き物が冷たくならないのは、物体として冷やされていながらも、体に貯えた熱を体表に絶えず運んでいるからである。
・冷えの原因のあれこれ
-血液や体の水が温められることで体中をめぐる。また、体の中に貯えられている熱はこうしためぐりに乗って、体中に配られる。熱はめぐりを良くし、めぐりの良さが体を温めるという“温め”の良いサイクルがつくられる。
-東洋医学では、どこが冷えているか、そして他の部分はどうかということに注目する。
-体全体が冷える人、足だけが冷える人、背中に冷えを感じる人、腰回りだけが冷える人、お腹に冷えを感じる人、手足は冷えても顔はほてる人まで、いろいろな特徴をもった冷え症がある。
画像出展:「家庭でできる漢方① 冷え症」
-めぐりの悪さで引き起こされる冷えの問題は、すべてが冷えることは少なく、冷える場所と反対に不自然に熱くなる場所が体の中に混在することが多い。
-冷え症の問題は熱の不足によって、体の中をめぐるものの「動きが悪くなる」ということにその重大さがある。
-冷えのために血液の流れが悪くなる、水の流れが悪くなってむくみを生じる、逆に水が届かないところには乾燥をつくる。そうしたことが、また、流れの悪さの原因になる。こうした悪循環が体の不調の連鎖の原因になる。
-めぐりに乗って全身に配られる熱は、ただ体を温めるだけではなく、その熱が胃腸の働き、心臓の働き、免疫力、脳の働き、筋肉の働きなど、全身の色々な機能の土台となって体の働きを支えているため、冷え症の状態では体の色々な機能低下を引き起こすことになる。
2.体の中に熱をめぐらせるには?
●熱の量を維持する仕組みを知る
・熱をつくり出す「脾」
-食事と関係する働きは、東洋医学では「脾」が分担すると考えていて、食べ物から必要なものを取り込んで、体に必要なものにつくりかえる働きをする。
-脾は後天的に生命力を補充する役目をすると考えられている。
・熱を貯える「腎」
-体がつくり出した熱を貯えておく場所が「腎」であると考えられている。腎に貯えられた熱は体の様々な働きの原動力となる。
-腎の働き(腎気)が充実していないと、熱を貯えることができないだけでなく、脾によって熱をつくり出す働きも十分に発揮されなくなる。
-腎は先天的な生命力を貯える場所であり、体の芯の部分にあると考えられている。
-腎の働きは足腰を使った運動をすることや、睡眠を十分とることで養われる。睡眠不足は腎の働きを圧迫して、冷え症の背景を強める。
●熱を運ぶ仕組みを知る
・熱のめぐりを調節する「肝」
-熱のめぐりを目的に応じて先導するのは「気」であり、熱のめぐりを調節するのも気の役目である。そして、気の働きを調節しているのが「肝」であり、肝は「心」の指令に従って機能している。
-心や肝は、感情や思考、気分の影響を受けやすいので、気分の状態によって、体の熱の様子は大きく変化する。楽しいことを考えているときは、じっとしていても熱の拡がりはよくなり、抑鬱的な気分や感情の起伏が少ない状態がつづくと、熱の拡がりは悪くなり体は冷えてくる。
-ストレスや抑鬱気分で気が滞ると熱の偏りが生じて、熱の多い所と少ない所がみられるようになる。中心には熱が過剰、末端では不足するといった状態になりやすく、こもって過剰になった熱は上の方に集まりやすくなるため、手足は冷えるが顔は火照るといった「冷えのぼせタイプ」の冷え症になる。
・めぐりの邪魔をする存在
-水分や栄養の摂りすぎなどで余分なものを貯えている状態が度を越えて多くなると、流れを邪魔する障害物となる。これを「痰飲」とよぶ。
-痰飲は熱の運行を邪魔して冷えの原因となると同時に痰飲自体が冷えを貯える保冷剤になり、暑い時期には熱を貯えることにもなる。これは肥満体型で、夏は暑がり冬は人一倍の寒がりタイプの冷え症である。
※ご参考:”五色”という考えがあり、次のようになっています。[腎→黒、脾→黄、肝→青、心→赤]
3.あなたはどのタイプか 《冷え症チェックシート》
画像出展:「家庭でできる漢方① 冷え症」
●各タイプの問題点と克服法
Ⓐ熱の量に問題がある冷え症
タイプ①熱の産生が不足する
・先天的な生命力を貯える「腎」の働きや、後天的に生命力を補充する「脾」の働きがもともと弱い、元気のない人ややせ型で疲れやすいタイプの人の冷え症である。
タイプ②熱の無駄遣いは多い
・熱に生産量は正常だが、過剰な冷房、薄着で不必要に熱を逃がしたり、冷たい飲食物で体を内側から冷やしてたりしまっているタイプの冷え症である。
Ⓑ熱を運ぶ仕組みに問題がある冷え症
タイプ③運ぶ器が少ない(貧血)
・熱を運ぶ器ともいえる血液が少なく、顔色が悪く、皮膚がかさつき、めまいや立ちくらみといった貧血症状を起こしやすいタイプの冷え症である。このタイプは手足などの末端部の冷えが目立つ。
タイプ④めぐりの障害物が多い
・水分や栄養を摂りすぎて体に余分なものが貯えられ、それが障害物となって、熱の流れを邪魔しているタイプの冷え症である。この障害物は「痰飲」と呼ばれる、冷えだけでなく熱も貯えるため、夏は暑がりなのに冬は人一倍寒がりというのが特徴である。余分な水が冷えをつくり、熱の不足が水の動きを悪くして痰飲を強めるという悪循環が生じやすい。
タイプ⑤熱を運ぶ器の流れが悪い
・血液の流れを悪くさせる第一の要因は、気の滞り。くよくよ、イライラ、余計な心配、考えすぎ、こういったことを避けること。そして、第二の要因は、冷やすこと。水分は少量ずつ飲むようにして、摂りすぎないように注意する。
・滞っている血液をめぐらせるには運動が良い。これは通勤や通学、買い物、家事など体を使う意識をもてば、生活の中に多くの機会があり、工夫によって運動量はぐっと増える。
タイプ⑥めぐりを先導する「気」がとどこおる
・手足は冷えるのに顔は火照るといった冷えのぼせタイプの冷え症である。
・気がストレスや抑圧気分で滞って中心にこもると、中心には熱が過剰となる一方、末端では不足する。熱の不足と過剰が同居する冷え症である。
・気を滞らせないためには、「気」が自由に色々な方向に動けるように道を開くことが重要。心配事や嫌なことも肯定的にとらえ、色々なものに関心を向け、一つのことにこだわらず明るい気分で過ごす。「いい気持ち」でいられる時間や方法を見つけることが大切である。
●冷え症の予防策
・運動を心がけ、過労や寝不足を避けて、明るい気分で過ごす。
・冷飲食や夏野菜、緑茶など体を冷やす飲食物に注意して、栄養過剰を避ける。
・厚着でなくても、頚周り、脇の下、臍周り、足の付け根、足首などの要所を覆って熱を逃がさない衣服を工夫する。袖のある服、袖口の閉じた下着やブラウスなどで効果は絶大。
“冷え”の問題が非常に重要ではないかと思う患者さまがおいでです。冷えについてあらためて勉強したいと思い本棚を見回したところ、仙頭正四郎先生と土方康世先生の「家庭でできる漢方① 冷え症」を見つけました。以前、ざっとは読んではいましたが、ほとんど記憶に残っていないため、今度はもっと真剣に熟読することにしました。
しかしながら、個人的な話ですが一つ大きな問題があります。それは、漢方と鍼灸(経絡治療)の考え方が同じではないということです。兄弟でいえば、双子の兄弟というより、普通の兄弟くらいの差があると思います。そして、問題というのは「混ぜるな危険」という教えです。これは色々な勉強をすることは良いことだが、理論がごった煮状態となってしまっては良くない、施術は1本筋の通ったものでないといけないということです。当院の施術の流れは、【経絡治療:四診(望・聞・問・切[特に脈診]⇒証をたてる⇒本治・標治】です。
漢方は中医学(中国伝統医学)の湯液[トウエキ]の流れを汲んでおり、その意味では中医学の考え方にもとづいているといえます。つまり、経絡治療と中医学の差を理解しておくことが、“理論のごった煮”を避けるためには必要です。
そこで専門学校時代の中医学の教科書と授業のノート(Excel)を取り出し、この点について考えてみました。
編集:日中共同(編集責任:天津中医薬大学・学校法人後藤学園)
出版:東洋学術出版
第三版発行:2007年1月(初版発行:1991年5月)
第1章 緒論の“1.中医針灸学の沿革”の後半に次のような記述があります。『清代[1644~1912]から新中国誕生までの期間は、鍼灸学はあまり大きな発展はとげられなかった。
清代前期は主として明代[1368~1644]の学風を継承しており、その整理と注釈が行なわれた。また清代後期から民国時代は、腐敗した封建文化と半封建半植民地文化の影響を受けて、針灸学はしだいに衰退していった。この時代の針灸は有効な治療法として民間の間に広く定着し、ゆるやかな発展をとげた。
新中国誕生後、政府は針灸学を重視し、臨床応用および古代文献の整理が行なわれ、さらに現代医学と現代科学を運用し、さまざまな角度から経絡、腧血、針感などの原理について大量な研究が行なわれた。とりわけ近年の針による鎮痛原理の研究および針麻酔の応用は、世界の医学領域に非常に大きな影響を与えた。』
これによると、最も認識すべきは、中医学は「古典にもとづく新しい学問である」ということです。“新古典”といっても良いかもしれません。
この本は日中共同編集によるものですが、中国側は天津中医薬大学となっています。そこでこの大学のホームページを見てみました。
1958年、「天津中医学院」として創立されました。
日本では神戸に「天津中医薬大学 鍼灸推拿学院 神戸校」があります。
こちらのサイトには詳しい解説に加え、“張先生の「中医学の基本のお話し」”という約1時間12分の動画もあります。
中医学の医師を中医師と呼びますが、中医師になるには中医薬大学もしくは中医学院を卒業後、中医師資格試験に合格する必要があります。日本では3年制の専門学校を卒業することが国家試験の受験資格ですが、中国で針灸治療を行うには、中医師にならなければなりません。
こちらのサイトには、“天津中医薬大学”の詳しい紹介が出ているのですが、“大学概要”の中の大学院留学の専攻分野≪修士≫”は次のようになっています。
中医基礎理論、中医臨床基礎、中医医史文献、処方学、中医診察学、中医内科学、中医外科学、中医骨折治療科学、中医婦人科学、中医小児科学、中医五官科学、針灸按摩学、中国・西洋医学融合基礎、中国・西洋医学融合臨床、中医薬学。
中医学の最大の特徴は、本書の第2章 中医学の基本的な特色 “第4節 独特の診断・治療システム[弁証論治]”にあると思います。また、第6章 中医学の診断法[弁証]にも説明が出ています。そこで、この第4節と第6章を確認してみました。
目次は以下の通りですが、小項目を数多くを省いています。
目次
第1章 緒論
第2章 中医学の基本的な特色
第1節 中医学の人体の見方
第2節 陰陽五行学説
①陰陽学説
②五行学説
第3節 運動する人体
第4節 独特の診断・治療システム[弁証論治]
第3章 中医学の生理観
第1節 気血津液
第2節 蔵象
●蔵象概説
●五臓
●六腑
●奇恒の腑
●臓腑間の関係
第3節 経絡
①経絡の概念と経絡系統
②経絡の作用
③経絡の臨床運用
④十二経脈
⑤奇経八脈
⑥十二経別
⑦十二経筋
⑧十二皮部
⑨十五絡脈とその他の絡脈
第4章 中医学の病因病機
第1節 病因
①六淫
②七情
③飲食と労逸
④外傷
⑤痰飲と瘀血
第2節 病機
1.邪正盛衰
2.陰陽失調
3.気血津液の失調
4.経絡病機
5.臓腑病機
●内生の風・寒・湿・燥・火の病機
第5章 中医学の診察法[四診]
第1節 望診
第2節 聞診
第3節 問診
第4節 切診
第6章 中医学の診断法[弁証]
第1節 八網弁証
第2節 六淫弁証
第3節 気血弁証
第4節 臓腑弁証
第5節 経絡弁証
第7章 治則と治法
1.弁証
『医師は自身の感覚器官により、患者の反応から各種の病理的信号を収集する。それには望・聞・問・切という4つの診察法(四診)を用いる。四診により得られた疾病の信号に対して、分析、総合という情報処理を行い、「証候」を判断することを弁証という。』
2.論治
『「論治」とは、弁証により得られた結果にもとづき、それに相応する治療方法を検討して決定し、施行することである。したがってこれは「施治」ともいわれている。ここでは最もよい治療方針を確定するための検討が行われる。
弁証と論治は、相互に密接な関係をもつ。弁証は治療決定の前提であり、そのよりどころとなる。一方、論治は治療の方法であり手段である。論治による実際の効果を通じて、さらに弁証の結論が正確であったかどうかが検証される。このように弁証論治は、理論と実際の臨床により体系化されたものである。』
画像出展:「針灸学[基礎編]」
”理―法―方―穴―術”
『中医臨床では、この弁証論治の過程を理―法―方―薬と称している。ところで針灸学では主として、針あるいは灸を用い、経絡経穴に刺激をあたえ、疾病を治療するわけであるが、この針灸の弁証論治の過程は、理―法―方―穴―術ということになる。
理:各種の弁証法を運用して疾病発生のメカニズムを識別、分析すること。
法:弁証により得られた結果にもとづき、それに相応する治療原則を確立すること。
方:経穴による処方を指す。
穴:「穴義」ともいい、使用する経穴の作用と選穴の意義を指す。
術:手法(灸を含む)を指す。
このように理―法―方―穴―術は、針灸弁証論治のすべての過程であり、これが針灸弁証論治の特徴である。
中医学では長期にわたる臨床経験の蓄積によって、八網弁証・六淫弁証・臓腑弁証・経絡弁証・気血弁証・六経弁証・衛気営気弁証・三焦弁証などの数種の弁証方法が確立されている。
それぞれの弁証法は、異なる視点から病証を分析するものであるが、各弁証は孤立したものではなく、相互に関連し、重なり合う部分もあり、比較的複雑な病証を分析する際には補完しあう関係にある。八網弁証は、陰陽学説にもとづいた視点から病証の全体像を大づかみに把握するもので、その他の弁証の基礎となる。もし病邪の関与が際立っている病証であれば、六淫弁証によって病邪の種類と趨勢を分析する。気・血の機能不足や流通障害があれば気血弁証を、臓腑の機能失調があれば、病邪の種類などに応じて、六経・衛気営血・三焦弁証のうち最も適切な弁証方法を選択して診断する。』
以下の表や文章は専門学校時代の資料です。
最初の表は、中医学の授業で配布された資料を一部編集したものです。私の記憶では、上から3段目の”機能”が特に中医学を理解する上で重要だったように思います。
2番目の資料は今回ご紹介した「針灸学[基礎編]」の中にあった図を抜き出して1枚にまとめたものです。五臓の関係性や主な機能について書かれています。
3番目の資料は、おそらく問題を作るという宿題だったと思います。従いまして、弁証は間違っているかもしれません。中医学の”弁証”の雰囲気を知って頂くには悪くないと思い貼り付けました。
まとめ
●中医学は古典にもとづく新しい学問であり、“新古典”というものである。
●針灸は中医学の一部であり、他に湯液(漢方)、推拿(手技)、薬膳に加え、中国・西洋医学融合などを含んでいる。
●最大の特徴は弁証論治である。診断に相当する弁証は、“八網弁証”、”病因弁証”、”臓腑弁証”、”経絡弁証”、“気血弁証”、”六経弁証”、“衛気営血弁証”、“三焦弁証”、”六淫弁証”がある。特に基本となるのは“八網弁証”である。
◆一方、経絡治療は古典にもとづきながら、シンプルさを追及したもので、「経絡を整えれば臓腑も良くなる」という考え、いわば“臓腑経絡説”が中心にある。
以上のことから、漢方(中医学)に接する時には、古典にもとづいた新しい学問であることを認識すること。診断における多様性に注目し、あらたな見方、施術の応用として、明確な目的のもとで参考にすることは悪くないと思います。そして、その事により患者さまの状況が好転するならば、“応用法”として自らの施術に加えれば良いと思います。