終章 変わりゆく世界―産業・社会への影響と戦略
変わるゆくもの
●ある環境の中で機能を発揮する特定の仕組みであり、その見えない相互作用が知能である。
●インターネットは情報流通に革命を起こした。以前は流れなかったところにも情報が流れるようになった。従来は先生から生徒、上司から部下、メディアから大衆という直線的な流れは横方向にも広がりをもつようになった。これらは組織や社会システムと関係ない情報の流れであり、様々な新しい付加価値を生んだ。
●人工知能によって生み出される変化は「知能」という、学習し、予測し、そして変化に追従するような仕組みが、今度は人間や人間が属する組織と切り離されるということである。今までは組織においては然るべき階層まで上がって組織としての判断を下していた。個人の判断は1つの身体ゆえに処理できる数は限られていた。それがルールや濃淡、数に制約はあるものの同時並行的に分散して行うことができるようになる。
●人という物理的存在に依存していた知能が、必要条件の範囲においてにはなるが、地球上の必要とされる所に自由に配置できることは、人工知能が人類の発展に大きく貢献できる要素ではないか。
じわじわ広がる人工知能の影響
●人工知能は研究開発が先行するので、ビジネスに展開されるまでには時間がかかる。
●防犯は社会的コンセンサスが取りやすいので、防犯カメラと過去の犯罪履歴のデータベースを組み合わせた監視ネットワークは大きく治安に貢献できるだろう。ただし、個人の行動履歴というプライバシーの問題をクリアする必要がある。
●製造業では熟練工の技術の分野にも入っていける可能性がある。また、「改良」や「改善」に取り組んできた製造現場において、ディープラーニングによって人工知能が特徴量を自ら掴むようになると、新しい工程を「設計」できるようになるかもしれない。特に試行錯誤が許されている試作段階などのステージでは人工知能の利用が進むと思われる。
●製薬や材料の分野において、仮説生成まで人工知能が担えるようになれば、今まで以上に探索できる解の範囲が一気に広がるかもしれない。
●音楽や絵画といった芸術の世界にも、試行錯誤の頻度と効率を高めるため人工知能が進出するかもしれない。
●自動車に限らず、電車でも飛行機でも運転士・操縦士の大事な仕事の一つは「異常検知」であるが、これは特徴表現学習の得意とするところである。すでに飛行機は離着陸以外、その大半は自動操縦になっている。
●広告・マーケティングはデータマイニング等、すでにコンピュータが活躍している分野だが、短期的や一過性の利用から長期的に刻々と変わる顧客ニーズをリアルタイムに的確にとらえることで、完全自動化されていく可能性がある。ブランドイメージの向上や商品企画などの仕事に関しても人工知能の介在する余地は大きい。
●医療、法務、会計・税務は最も人工知能が入りやすい領域である。医療は画像診断技術の向上が期待できる。ただし、自動運転と同じように「診療の適切性」と「責任」の問題は難しい問題である。
●弁護士の仕事の中では、クライアントの情報を整理したり、関連法令をチャックしたり、過去の判例を調べたりすることは人工知能のメリットを活かしやすい。情緒的な面や当事者の利害関係を調整するという面は人間が得意とする領域である。
●金融は人工知能が活躍できる大きな領域である。顧客対応システムや資産状況に応じたポートフォリオを提供することは価値がある。証券会社や不動産会社はより付加価値の高い情報提供ができるように見直すことが求められるだろう。
●教育はデータ分析によってもっと進化する分野である。学習パターンや生徒の向き不向きをより的確につかみ、適した学習方法を提示することができる。個々の教師が個人的に持っているノウハウなど、教え方の知識は多くの生徒のデータを分析することでより客観的で質、量ともに充実したスキルを効率的に習得できるようになるかもしれない。一方、生徒のやる気を高めたり、効果的に競わせたりする方法は人間と人工知能がうまく連携することにより高いレベルの教育を提供できるのでないか。
近い将来なくなる職業と残る職業
●人工知能による変化は、多くの人に影響を与える可能性があるという点で、今までの変化とは異なるかもしれない。また、貧富の差が広がるのではないかと考えられている。これらは基本的には富の再分配によって是正するしかないが、格差や平等について考えることは非常に重要である。同様に国際的な経済格差に関しても考えなければならない。
●『この段階[2030年頃]で、人間の仕事として重要なものは大きく2つに分かれるだろう。1つは、「非常に大局的でサンプル数の少ない、難しい判断を伴う業務」で、経営者や事業の責任者のような仕事である。たとえば、ある会社のある製品の開発をいまの状況でどう進めていけばよいかは、何度も繰り返されることではないためデータがなく、判断が難しい。こうした判断はいわゆる「経験」、つまり、これまでの違う状況における判断を「転移」して実行したり歴史に学んだりするしかない。いろいろな情報を加味した上での「経営判断」は、人間に最後まで残る重要な仕事だろう。
一方、「人間に接するインタフェースは人間のほうがいい」という理由で残る仕事もある。たとえば、セラピストやレストランの店員、営業などである。最後は人間が対応してくれたほうがうれしい、人間に説得されるほうが聞いてしまうなどの理由で、人間の相手は人間がするということ自体は変わらないだろう。むしろ人間が相手をしてくれるというほうが「高価なサービス」になるかもしれない。』
●『さらに忘れてならないのが、人間と機械の協調である。すでにチェスでは、人間とコンピュータがどのような組み合わせで戦ってもよい、フリースタイルの大会がある。さまざまな仕事においても、この「フリースタイル」方式が出てくるはずである。人間とコンピュータの協調により、人間の創造性や能力がさらに引き出されることになるかもしれない。そうした社会では、生産性が非常に上がり、労働時間が短くなるために、人間の「生き方」や「尊厳」、多様な価値観がますます重要視されるようになるのではないだろうか。』
人工知能と軍事
●人工知能の応用を考える際に、忘れてはならないのが軍事面での応用である。米国では長い間、DARPA(米国国防高等研究計画局)が主導的役割を担ってきた。理由は利益につながる必要性がないからである。インターネットの起源となったARPANETもDARPAの予算で支援された。
●戦闘において、無人操縦機やロボットは人命と戦闘能力の両面において大きな価値をもたらす。
人工知能技術を独占される怖さ
●人工知能は、今後、ビッグデータに続いて産業競争力の大きな柱になっていくと思われる。そのため、技術の独占は大きな問題である。人工知能は「知能のOS(オペレーティングシステム)」と言えるかもしれない。汎用的な特徴表現学習が土台にあって、その上に、さまざまな機能を実現するアプリケーションが載っているイメージである。
※メタ・プラットフォーム社が開発しているLLMであるLlama3はオープンソースにする計画のようです。
※NVIDIAからのニュースレターの記事の中に“GPT-J6B”というものを見つけ、「これは何?」と調べたところ、これは、「2021 年に EleutherAI によって開発されたオープンソースの大規模言語モデルである」ということが分かりました。以下がそのサイトです。(大変驚きました)
EleutherAI は最先端の AI 研究に参加して議論することに関心のある AI 研究者、エンジニア、愛好家のグローバル コミュニティだそうです。
偉大な先人に感謝を込めて
●『ディープラーニングという「特徴表現学習」が人工知能における大きな山を越えたとすれば、この先、人工知能に大きな発展が待っていてもおかしくない。さまざまな産業で大きな変革を起すのかもしれない。長期的には、産業構造のあり方、人間の生産性という概念も大きく変えるのかもしれない。一方で、「冷静に見たときの期待値」、つまり宝くじを買って平均的に返ってくる金額について、どうとらえただろうか。
どんなに人工知能の可能性を低く見積もったとしても、最低限、多くの産業でビッグデータ化は進むだろう。そして、そこにいままで人工知能が担ってきた探索や推論、知識表現、機械学習の技術が活きるはずである。少なくとも、いくつかの分野では、これまでの専門家を超えるような人工知能の使い方が出てくるだろう。
この2つの可能性を考えたとき、この宝くじは決して悪いものではないと思う。人工知能の未来、人工知能がつくり出す新しい社会に賭けてもいいと思わないだろうか。
人工知能は人間を超えるのか。答えはイエスだ。「特徴表現学習」により、多くの分野で人間を超えるかもしれない。そうでなくても、限られた範囲では人間を超え、その範囲はますます広がっていくだろう。そして、これを生かすも殺すも、社会全体を構成するわれわれ自身の意思次第だ。』
ご参考:AIとCloud
AIがどこに入っていくのかを考えると、その可能性はコンピュータが活躍している全てのエリアだと思います。しかし、最初に先頭グループで引っ張るランナーは、体力の優れた(巨額の投資をできる大きな会社)会社です。
“マグニフィセント・セブン”とは、アルファベット(Googleの持株会社)、アップル、メタ・プラットフォームズ、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト、テスラ、エヌビディアの7つの会社のことですが、現在はこの7社がAIを広めていくリーダーとなっています。
アマゾン(AWS)、マイクロソフト(Azure)、アルファベット(Google Cloud)の各社はそれぞれ独自に展開するクラウドサービスに力を注いでいます。一方、メタはSNSからの展開です。テスラは自動運転とロボット、エヌビディアはAIの推進エンジンともいうべきGPUと開発環境のプラットフォームなどを提供しています。
画像出展:「世界時価総額ランキング(STARTUPS JOURNAL)」
1989年11位だったトヨタは2024年のリストを見ると39位となっています。衝撃的なのは1989年の時は、Top30社のほぼ半数の14社は日本の企業でしたが、2024年のリストではTop30社の22社が米国で、中国が2社、サウジアラビア、台湾、デンマーク、フランス、韓国、スイスの6カ国がそれぞれ1社ずつとなっています。この約30年他国に比べ、日本は生産性の改善に目覚ましい成果がみられていません。
某テレビ番組の中で評論家の方が、日本では経営者が次の経営者にバトンを渡し、会長さらには相談役として残る。バトンを渡された新しい経営者は忖度で身動きできない。現状維持が優先されチャレンジすることはままならず、”設備”にも“人”にも積極的な投資がされることはなく、ひたすら内部留保を増やしてきた。というようなお話をされていました。これは、少し大げさかもしれませんが、日本における企業内民主主義の問題ではないかと思います。
そして、AIによる革新を引っ張っていく一つの大きな選択肢がクラウドだと思います。
画像出展:「2022年のクラウド支出の割合と成長率:国別比較(Gartner)」
少し古いデータですが、クラウドの成長率が15%~35%となっているのと、IT支出は全体の5%~15%程であることが分かります。ここから、パブリッククラウドのポテンシャル(余地も大きく関心も大きい)の大きさを認識できます。
Google Cloudの事例
サイトの中頃にあります。動画はいずれも2~3分です。
■トヨタ自動車
・Aプラットフォーム(検査等)を構築した。
・本当に人がやらなければならないことはどこかを追及していく。
■セブン・イレブン・ジャパン
・デジタルデータ基盤を構築した。
・重要だったのはパフォーマンスだった(BigQuery)。
■アサヒグループ
・ITのモダナイゼーションを推進している。
・スピードや変化への追随が重要である。
パブリッククラウドとオンプレミス
画像出展:「DELL」
このDELLの「クラウドとグラウンド(オンプレミス)の相方向連携」という発想は素晴らしいと思います。
オンプレミスとは自社でシステムを保有し運用するシステムです。AIはオンプレミスの需要も拡大するとされています。
感想
松尾先生の『人工知能は人間を超えるか』を勉強させて頂き、AIはITの進歩の歴史の線上に存在しているもので、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークといったコアの技術の発展を背景にして一つの壁が破られ、ディープラーニングが登場したということだと思います。そして、人間とコンピュータの関係性が新しい次元に入ろうとしているように感じます。
ではどのように広がっていくのかと考えたときに、頭に浮かんだのは先にご紹介させて頂いた、“マグニフィセント・セブン”というITの超巨大企業のリーダーシップです。これは一言でいえば資金力と人材力に尽きます。
そして、大きな入口となるのが繰り返しになりますが、パブリッククラウドの活用ではないかと思います。また、各企業間の競争も後押しする要因だと思います。つまりAIによって各会社は事業の生産性を向上させることが可能になるため、新しい技術であるAI、そして入口としてのクラウドに期待する会社は増えるのではないかと思います。さらに、ネットの記事をみるとAIの導入は従来型のオンプレミス(自社システム)においても増えるという見方もあるようです。
一方、課題としては特にクラウドの御三家はAIへの多額な設備投資に対する利益の回収の不透明さを指摘されています。この高いハードルを超えることができるかどうかによって、AIの発展のスピードは大きく左右されるだろうと思います。
ネットには『金融業界で活用される生成AI:JPモルガンの事例から学ぶ』という記事がありました。
AIは単なる道具ではなく、本格的導入には以下の点が重要ということだと思います。
●経営層がAIの重要性を認識し、明確なビジョンを持つこと
●AIに関する専門知識を持つ人材を確保・育成すること
●AIを活用するための組織体制を整備すること
●業務効率化と新たな価値創造の両面でAIの活用を推進すること
●AIの倫理的な活用について検討し、適切なガバナンスを確立すること
これを見ると、AIはリエンジニアリング(構造改革)のための武器ではないかと思いました。
画像出展:「高まる期待のなか、業務への AI 活用はまだ始まったばかり」
AIは企業にとっては、リエンジニアリング(構造改革)を推進するようなものなので、普及のスピードは市場への影響が大きい大企業のCEO(例えばJPモルガンのジェイミー・ダイモンように)がどこまで本気に向き合い、抜本的な生産性向上を狙って導入していくかが一つの鍵になるように思います。
追記(2024年9月27日):AI検索 Perplexity
何となくAI(ChatGTPなど)を使うことにためらいがあったのですが、とあるウェビナーでAIを積極的に使いこなしている先生から「AIはまさに秘書です」、「一度使ったら元に戻れない」という発言がありました。また、数あるAIツールの特長も紹介して頂いたのですが、個人的に最も関心を持ったのは“AIを利用した検索ツール”で、それはPerplexityというものでした。下に貼り付けたスクリーンショットは、Perplexityへの質問(上)と回答(下)です。
「経絡とは何ですか?」という質問をPerplexityと最も有名なAIツールで比較しましたが、情報量とレスポンスは明らかにPerplexityの方が優れていました。
一度使ってみて、「これは元に戻れない」と実感しました。今まで検索結果からサイトに入り、さらに少し違った角度からの検索を行い情報を集め、自分なりの理解や納得を得ていたのですが、このような作業にかかる時間は圧倒的に省力化できると確信しました。つまり、同じレベルの理解であればより少ない時間で、同じ時間を要するならばより深い理解を得ることが可能です。
なお、専門性の高い質問や図や表の作成には【Pro】($20/月)に申し込む必要がありますが、無償の範囲でも十分に役立つと思います。