3章 市民がつくるオープンガバナンス
1.市民が積極的に政治に参加する北欧型民主主義
●コンセンサス社会が実現する民主主義
・イギリスのエコノミスト社の調査部門であるエコノミスト・インテリジェンス・ユニットが2006年から民主主義指数なるものを発表している。
・デンマークを含む上位国と日本の差は、「選挙プロセスと多元性」「政治的な参画」が大きい。
・日本では、ビジネスの打ち合わせや会食中に政治や宗教の話題は避けられるが、デンマークでは政治の話はご普通であり、選挙が近づくとかなり踏み込んだ議論が行われる。これは自国に限らない。日本の選挙や政治について質問されることは珍しくない。
※ご参考:2021年世界の政治民主化度 国別ランキング (注)出展・参照:“世界銀行”
●デンマークの民主主義の歴史
・デンマークは1849年に君主制度が廃止され、現在のデンマーク王国憲法が制定された。市民が王政に終止符を打ち、民主主義を勝ち取ったという経緯があり、これがデンマークの民主主義の基盤となっている。
・デンマーク型の民主主義とは、「情報をもとに自分で分析し、公平に準備された政策決定プロセスに参加し、自ら決断する。そして自己責任の原則で最終的な結果を受け入れる」。
●高い税負担が政治参加を促す
・税負担が高いため、国民は税金が公平公正に使われているか政治を厳しくチェックする。
※ご参考:“国民負担負担率の国債比較(OECD加盟36カ国) 出展:財務省主計局
上記を見ると、デンマークは3位(65.9%)です。日本は22位、英国は25位、スウェーデンは12位です。
「高齢化を背景に大きく伸びて、欧州諸国との差は縮小」とのことです。
●コンセンサスを育む教育
・北欧型民主主義の特徴である「コンセンサス社会」は、子供からの教育も大きな役割を担っている。
・デンマークの基礎教育は0~10学年まであり、基礎学力の習得だけでなく、自立した人間をつくるために自分の考えを言葉で表現し討論する授業や、異なる考え方や意見を尊重し、トラブルを解決しながらコミュニケーション力を伸ばす授業もある。そして言葉、文化、地域の異なるバックグラウンドを持つ生徒たちの多様な意見をまとめて自分たちなりの合意、つまりコンセンサスをつくりあげることに力を入れている。
・『友人のデンマーク人によると、デンマークでは選挙が近づくと憂鬱になる家庭があるらしい。デンマークでは子供が中学生になると、自分の意見を持ち、社会のしくみも理解して一筋ではいかなくなることから、「子供がモンスターになった」と言われたりする。そして選挙が近づくと、そのモンスター化した子供が社会の授業で、政治家の過去のマニフェストや選挙公約をどれだけ実現できたか調べたりする。そして、次期選挙の公約を政党ごとに表でまとめ比較検討して、自分たちの地域をどのようにしたいかについて議論をする。当然、子供たちは親に自分たちの意見を伝え、親の意見を求める。その時に子供の意見に対してどう考えるのかを回答できないと、親の権威が失墜してしまう。親は、仕事や家事が終わった夜、子供が授業で行ったように政治家の経歴、実績、政治信条を調べ、マニュフェストを確認し、政治家としての実行能力なども確かめて、子供と同じ目線で議論できるように準備しなければならない。ある日、友人の目が赤いのでどうしたのかと聞くと、夜中に政党の公約を調べていたので寝不足だと笑っていた。
こうした政治参加は、選挙の投票行動に反映され、より強固な民主主義の基盤がつくられる。』
2.市民生活に溶け込む電子政府
●デジタル国家のトップランナー
・EUはデジタル化について毎年、「デジタル経済と社会指数(DESI)」という調査を行っており、デンマークは2014~2018年、5年連続で1位になった。(2022年は僅差の2位。1位はフィンランド)
・「デジタル経済と社会指数」は5つの評価項目でランキングしている。「ブロードバンドの接続性」「デジタルスキルを含めた人的資本」「インターネットサービスの利活用」「デジタル技術の統合」「デジタル公共サービス」である。
・デンマークのデジタル化で最も特徴的なのは「デジタル技術の統合」の点で、他国より秀でている。つまり、政府の公共サービスの電子化だけでなく、デジタル技術の統合により、都市を構成しているエネルギー、交通、農業、医療、福祉、教育に至るまで、進展度合いに違いはあるにせよ、基本的に統合されたデジタル化が展開されている。
画像出展:「デンマークのスマートシティ」
画像出展:「デンマークのスマートシティ」
●質の高い社会サービスを実現するデジタル化
・デンマークのデジタル技術の統合に優れているのは、社会制度とデジタル化に関する歴史と政策を見る必要がある。
・1910年代から福祉国家として制度の充実を図ってきた。
・1950年代の黄金期を経て、1990年以降はフレキュシリティなど積極的な労働市場政策に基づく福祉国家の再編を行ってきた。そして、グローバル化、高齢化に伴う労働人口の減少に対応し、福祉サービスの水準を維持するためにさまざまな改革を行ってきた。また、インターネットの普及に伴い、デジタル技術の積極的な利用により、労働不足に伴う公的機関の効率性向上とサービス水準の高度化を同時に行うことを検討されてきた。
●市民生活に溶け込む電子政府
・デンマークでは2001年から中央政府、広域自治体(レギオン)、基礎自治体(コムーネ)との連携や複数のデジタル化戦略を経て進められてきた。
・2000年初頭の電子署名の導入により、市民は公的機関と電子メールでやりとりができるようになった。その後、税金還付や年金受給のための公共決済口座であるNemKontoが開始され、同時期には先進的な医療ポータルであるsundhed.dk、そして市民に電子政府の利便性を提供する市民ポータルのborger.dkが2007年にサービス提供を開始した。そして現在(2019年)は、スマートフォンなどモバイル端末の普及によって2007年に導入されたNemID(新電子署名)に代わる、電子政府の新アクセスIDの導入を進めている。
・デンマークの電子政府は、医療ポータルsundhed.dkと市民ポータルborger.dkの導入が鍵だった。
・市民ポータルborger.dkは、2000年代に構築された、官庁ごとに異なる行政システムをセルフサービス型の一本化されたシステムとして導入された。このポータルが優れているのは、市民が生活に必要な行政情報のすべてをこのポータルから取得することができ、教育、福祉を含めた多様な申請手続きを行えることである。また、マイページにアクセスすると住居・転居、税金、年金、教育などに関する情報をいつでも閲覧することができる。つまり、このborger.dkを活用すれば、行政機関の窓内に行くことはほとんどなくなる。
画像出展:「デンマークのスマートシティ」
3.高度なサービスを実現するオープンガバメント
●透明性の高い政府の実現
・デンマークでは特にオープンガバメントが進んでいる。「オープンガバメント・パートナーシップ」とは、市民と政府の協力のもと、政府の透明性を向上させ、市民参加によりエンパワーメントを図り、新技術とイノベーションを活用してより良い政府をつくることを目的とした多国間イニシアチブである。
●オープンデータ・デンマーク
・デンマークの特徴的な取り組みは「オープンデータ・デンマーク」である。政府が民間に頼ることなく全面手に社会福祉サービスを担っているため、それ関わるデータ量は膨大である(ビッグデータ)。日本のマイナンバーカードに相当するCRPナンバーは1968年に導入された。
・オープンデータ・デンマークは、広域自治体や基礎自治体が管理しており、都市開発や社会課題の解決において公的にデータを自由に活用できる環境を整えることを目的に整備された。
・2018年5月に施行された欧州の個人データ保護に関する法律であるGDPR(EU一般データ保護規則)の関係で、デンマークでも取り扱いは厳しくなっているが、オープンデータ・デンマークから公的オープンデータを収集することができる。
●遠隔医療でのオープンデータの活用
・遠隔医療はオープンデータの活用が期待されているプロジェクトである。
・デンマークではEUと連携する形で遠隔医療の実証実験を続けてきた。
・遠隔医療のニーズは、市民とその家族が主体的に治療に関わりたいとの要望が強まっている。
・高齢化が進む中で高齢者の治療と慢性疾患患者の増加が見込まれている。
・今後の医療コストが増加すると予想されている。
・特に期待されているのは、妊婦の合併症とCOPD(慢性閉塞性肺疾患)に対する治療である。具体的には前者は合併症のリスクを軽減すること、後者は治療が長期間に及ぶため。
・デンマークは人口密度が低く、地域の病院数も限られている。病院側も通院患者が減れば病院の効率が上がり、より重症患者や緊急の患者に対応することができるようになる。
・この遠隔医療は実証実験を経てサービスの検証を行った結果、医療サービスとしての品質、安全性、経済性とともに十分運用可能と結論づけられた。
・デンマークのオープンガバメントの取り組みは、オープンデータ一つとってみても、単にデータの開示による公共サービスの透明性の確保だけでなく、市民生活を向上させるサービスの開発と実社会への導入という観点が含まれていることが特徴である。
4.サムソン島の住民によるガバナンス
・再生可能エネルギー100%の島として知られているサムソ島は、首都コペンハーゲンがあるシェラン島の西に位置しており、北海道の奥尻島と同じくらいの島である。
・夏には多くの観光客が訪れるこの島は、エネルギー企業などの関係者の視察が増え、再生可能エネルギーのショーケースのようになっている。最近は、こうした視察やエネルギープロジェクトに関係した雇用創出で地域活性化に大きく貢献している。
・サムソ島の成功の要因は、地域の共創の理念と、住民を導いたサムソ・エネルギー・アカデミー代表であるソーレン・ハーマーセンを中心とした創造的リーダーシップにある。彼らは地域社会、特に住民の参画に力を入れ、風力発電の技術が分からない住民の理解を得るために、説明会やワークショップを何年にもわたって実施し、住民の意向に沿った開発計画を策定した。
・最近では、サムソ島が再生可能エネルギー100%の島であることより、いかに異なる考え方を有する住民をまとめて一つの方向性に導くことができたのかに関心を持つ視察者が増えている。
・ハーマーセンの元には多くの質問や反対意見が届いた。それらに対し、3年かけて一軒一軒を回り会話をしながら問題を話し合うことで、少しずつ島民の理解を得られるようになった。
・2007年のカーボンニュートラルで再生可能エネルギー100%の島を達成した後も、新たな目標である2030年までに脱化石燃料を目指す。「サムソ2.0」を策定し、将来は循環型社会を目指す「サムソ3.0」を掲げている。
・「パイオニアガイド」はノウハウをまとめたガイドであるが、地域コミュニティが新しいシステムを導入する際の構造化されたアプローチ方法であり、サムソ島のホームページで開示し、必要に応じて出張しセミナーの開催なども行っている。
※ご参考:“コミュニティパワーで100%自然エネルギーの島から次のステップへ:デンマーク、サムソ(市)島”
※ご参考:“世界で一番エコな島~サムソ島” (YouTube 5分53秒)
4章 クリエイティブ産業のエコシステム
1.デンマーク企業の特徴
・日本と比べて圧倒的に小さなデンマーク企業が厳しい競争の中で生き残ることができる鍵は次の6つである。
①革新的かつクリエイティブは技術、ソリューション、デザインを追求する。
②国内市場を目指すのではなく、いきなりグローバル市場に参入する。
③大手企業が見逃しているニッチ市場を攻める。
④ニッチ市場でナンバーワンを目指す。
⑤収益のうち高い比率を研究開発に回す。
⑥研究開発を通じて、さらにクリエイティブな製品やソリューションを開発し、他社の追随を許さない。
・このような戦略が採れるのも、優秀な人材がいてこそである。デンマークの企業は経営幹部も含めて創造性に長けた社員の採用に力を入れているところほど成功している確率が高い。
・デンマークでは大学発ベンチャーにも注力しており、研究室からそのまま起業して成功するなど研究開発型の企業が多いことも特徴である。
画像出展:「デンマークのスマートシティ」
2.世界で活躍するクリエイティブなグローバル企業
●アーステッド:石油・天然ガスから再生可能エネルギー企業へ
・環境エネルギー分野では洋上風力発電のアーステッド社がある。アーステッドはもともと国営企業であり、現在でも株式の過半数をデンマーク政府が保有する。
●ノボノルディスク:糖尿病治療薬のリーディングカンパニー
・1923年に設立されたノルディスク・インスリン研究所と1925年に設立されたノボ・テラピューティスク研究所がインスリン製剤の生産を始め、業界トップ2社となった両社がさらなる成長と発展を目指して1989年にできたのがノボノルディスク社である。その後急成長し、糖尿病、血友病、成長ホルモン治療で世界的企業となっている。
●レゴ:世界の子供の創造力を育てる玩具メーカー
・1932年、オーレ・キアク・クリスチャンによってデンマークの小さな街ビルンで設立された、レゴの経営哲学は「質の良い遊びは子供の人生を豊かにする」というもので、レゴの意味はデンマーク語で「Leg godt(よく遊べ)」の略語である。
3.デジタル成長戦略と連携して進展するIT産業
●デジタル成長戦略
・2018年1月に「デジタル成長戦略」を策定した。骨子は次の3つである。
①デンマークのビジネスがデジタル技術の活用の点において欧州でベストになること、特に中小企業が先端デジタル技術を利用できるように政府がその推進体制を保証する。
②デジタル・トランスフォーメーションを実現するために、政府として最高の環境を整える、特に新しいビジネスモデルや投資を引きつけるための迅速な規制緩和、そしてサイバーセキュリティとデータ処理体制を強化する。
③すべてのデンマーク人がデジタル・トランスフォーメーションに対応し、EUで最もデジタル化に準備をした国民となる。そのために適切なツールと教育を提供し将来の労働市場に備える。
そして、これらの戦略を実行するための6つの領域を定めている。
①デジタル化による成長環境を強化するための「デジタル・ハブ・デンマーク」を設置
②中小企業のデジタル化対応強化
③すべてのデンマーク人がデジタルスキルを身につける
④貿易と産業の成長にビッグデータを活用
⑤貿易と産業の迅速な規制緩和
⑥企業におけるサイバーセキュリティを強化
この中でも産業のエコシステムに関して注目に値するのは、①デジタル・ハブ・デンマーク、②中小企業のデジタル化対応、そして④ビッグデータの活用である。
●デジタル・ハブ・デンマーク
・「デジタル・ハブ・デンマーク」は、産業・ビジネス・財務省が推進する、デジタル化で強力な成長を実現するためのフレームワークである。意外だが、デンマークは人工知能(AI)やビッグデータの活用では他国に遅れをとっていると認識されており、具体的なアクションにつなげている。
●中小企業向けデジタル化対応
・中小企業のデジタル化は大手企業に比べると遅れており、デジタル技術の活用により複数の産業で事業開発が進展できると考えている。
●ビッグデータの活用
・データ活用で重視しているのは、製造業、小売、エネルギー産業、保険、交通セクターにおけるデータの収集と分析に基づいた企業経営の最適化である。
・デンマークは小国ゆえに日本のNEC、富士通、日立のような広範な分野に対応できる総合IT企業はない。そのため、多くはアプリケーションを開発するソフトウェア企業など限られた分野に特化した企業が多い。
4.スタートアップ企業と支援体制
●北欧のスタートアップシーン
・北欧でスタートアップといえばスウェーデン(特にストックホルム)が有名である。北欧諸国の中で資金面、エコシステムで最も充実したフレームワークを整えている。一方、デンマークもここ数年でスタートアップに対する支援が充実してきており、スウェーデンに続く北欧のハブになりつつある。
●スタートアップ・デンマーク
・「スタートアップ・デンマーク」は、産業・ビジネス・財務省と移民・統合・住宅省が運営しており、国が主導している起業支援機関である。
●コペンハーゲンのスタートアップ・プログラム
・自治体の中では、特にコペンハーゲン市がスタートアップ・プログラムに注力している。
5.新北欧料理とノマノミクス
・「noma(ノーマ)」は世界的に有名なレストランである。ノーマを創業したシェフたちは、調理で食材が変化するしくみを科学的観点から分析して、調理法の改善、新たな食材の活用等を開発する分子ガストロノミー、顧客の五感を刺激する見せ方、美しい店舗デザイン等によって「新北欧料理」というジャンルを構築した。