「ディトレーニングと脳」

今回のブログは、「月刊トレーニングジャーナル 2017 3 No.449」の「スポーツ医科学トッピクス」から「ディトレーニングと脳」を取り上げました。
このトッピクスの筆者は、川田茂雄先生(帝京大学医療技術学部講師、早稲田大学スポーツ科学未来研究所招聘研究員)です。

月刊トレーニングジャーナル
月刊トレーニングジャーナル

「パフォーマンス向上を支えるスポーツ医科学専門誌」

 

 

まず、ディトレーニングは英語ではde-trainingとなり、その意味はトレーニングを中断することです。つまり、鍛えた心身は練習を休むことによりどんな影響を受けるのかということです。
全身持久力や耐糖能(食事によって上昇した血糖値を正常に戻す代謝能力)は、筋力よりも影響を受けやすく、高強度の持久的トレーニングを少なくとも3年以上行っている平均年齢21歳の若者に、トレーニングを7~10日間休ませると、全身持久力に低下がみられます。
また、20日間の中断では最大酸素摂取量が28%低下するとの報告もあります。
近年では、骨格筋や心肺機能といった身体に関わるものだけでなく、トレーニングが脳に与える効果についても関心が高まっています。ではトレーニングの中断は脳にどのような影響を与えるのか、骨格筋や心肺機能と同じような傾向があるのかということが今回のテーマです。

「人体の正常構造と機能」より
大脳辺縁系

海馬(中央水色)とその周辺部位は、脳内のあらゆる情報が集まる位置にあり、記憶の形成に重要な役割を果たしています。「海馬」とは、ローマ神話に出てくるヒポカンパス(馬の上半身に魚の尾がついた想像上の動物)に似ていることから、海馬と名づけられたそうです。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

ヒトでは持久的なフィットネスレベルと海馬の容積には、正の相関関係があることが知られています。例えば以下の図は59~81歳(平均年齢67歳)の男女の酸素摂取量と海馬の容積との関係を表したものです。この文献では、フィットネスレベルが高いほど、短期の記憶力もよいことが報告されています。

酸素摂取量と海馬の大きさ
酸素摂取量と海馬の大きさ

運動能力に関係する「酸素摂取量」と記憶を司る「海馬」の大きさ(体積)は比例しています。

文献:「Hippocampus 19:1030-1039,2009」

既に、運動が海馬の血流量を増やすということが知られています。そして、トレーニングの中断による影響を調査した結果が以下のグラフになります。
これは、少なくとも15年以上定期的に高強度な持久力トレーニングを行っている高齢者(平均年齢61歳)を対象に、強制的に10日間トレーニングを中断させ、海馬の血流量の変化を調査したものです。

トレーニングの中断と海馬の血流量の変化
トレーニングの中断と海馬の血流量の変化

「Pre」は10日間のトレーニング中断前、「Post」は中断後です。

上の図は左側の海馬、下は右側の海馬で、いずれの海馬も中断後の血流量(CBF:冠動脈血流量)が減少しています。

文献:「Frontiers Aging Neurosci 8:184,2016」

このように、海馬はトレーニングの中断により、血流量が有意に減少します。このデータで興味深いのは、運動中断による脳血流量の減少が脳全体に生じるわけではなく、局所で生じるということです。10日間のトレーニングの中断では記憶の減弱は生じませんでしたが、その短い期間内にも、脳では生理的な変化が生じていることになります。
運動中断による脳機能への影響に関してはまだまだ研究報告が少なく推測の域を出ませんが、骨格筋や心肺機能同様、運動によって獲得した脳機能の向上が、運動中断によって低下することは不自然なことではありません。
年齢やその人の健康状態に合った適切な運動は、骨格筋、心肺機能、脳のはたらきの維持にとって有効であり、運動の継続は健康維持にとって望ましいことであることは明らかです。