分断するアメリカとZ世代2

著者:三牧聖子

発行:2023年7月

出版:NHK出版

目次は“アメリカの分断とZ世代1”を参照ください。

第三章 米中対立はどう乗り越えられるか―Z世代の現実主義

選挙がむしろ民主主義を動揺させる?

・2021年7月に行った調査(ピュー・リサーチ・センター)によれば、民主党の支持者の78%が「投票は[基本的な権利]であり、制限させるべきではない」と考えているのに対し、共和党支持者は67%が「投票は[特権]であり、制限可能」と答えている。ただし、ここには両党の選挙対策上の狙いも存在していると思う。

・『バイデン大統領は投票制限の動きを「民主主義への攻撃」と批判し、民主党議員が多数派を占める連邦議会下院では期日前投票の拡大などを盛り込んだ投票権法が可決された。しかし、民主党と共和党が同数の上院(2022年1月当時)では、共和党だけでなく民主党の中道派からも「党派色の強い法案はさらに民主主義を弱める」といった反対が出るなど、民主党内ですら意見が分裂しており、成立の目処は立っていない。ますます多くの市民が、アメリカでは民主主義がうまく機能していないと考えているが、その危機はどこからきて、どう克服できるのかという次元になると、深刻な党派対立が生じ、民主主義の修復に向けた団結を阻んでいる。

選挙を通じて政治に民意を反映する政治システムは、世界に対するアメリカの魅力やソフトパワーの貴重な源泉となってきた。しかし、2021年1月の議事堂襲撃事件が表したように、党派対立が極限まで進行した結果、4年に一度の大統領選挙は、アメリカ政治を安定化させるどころかむしろ不安定化させ、対外的にアメリカの脆さや弱さを示すものとなってしまっている。

ビュー・リサーチ・センターが2020年大統領選の1ヵ月前に行った調査では、共和党候補のトランプと民主党候補のバイデンの支持者ともに、9割の回答者が、「自分が支持していない政党の候補者が勝利して大統領になった場合には、国に永続的な損害がもたらされる」と回答した。さらにおよそ8割の回答者が、自分と相手陣営の支持者との違いは「アメリカの中核的な価値観」をめぐる根本的なものだとしている。現在アメリカは分裂しているかどうかという問いに対しては、調査対象となった13カ国の中央値47%をはるかに上回る77%の回答者が、「そう思う」と回答した。こうした厳しい党派対立の現状にあって、4年に一度の大統領選は、アメリカの民主主義に活力と魅力を与えるどころか、政治的な分断をますます深めるものになっているのである。

“America is Exceptional in The Nature of Its Political Divide,” Pew Research Center, November 13, 2020.

さらには、自分にとって望ましくない選挙結果を暴力で覆すことを容認する傾向も顕著になっている。民主主義の研究で知られる政治学者ラリー・ダイヤモンドらの研究グループが、大統領選が近づいて緊張が高まっていた2020年9月に行った調査では、共和党支持者の44%、民主党支持者の41%が、ライバル陣営の候補者が選挙に勝った場合、暴力を正当化する理由が「少しは」あると回答した。党派対立が激化したアメリカでは、選挙を通じた平和的な権力移行という民主主義の根幹が危うくなっている。』

「能力」が正当化してきた経済格差

アメリカの民主主義を機能不全にしているのは政治的対立だけではない。連邦議会予算局の2022年のレポートによると、アメリカでは上位10%の世帯が国の富の72%を保有し、下位50%の世帯は国全体の富の2%しかもたない。

・格差の問題は固定化もしてきている。これは富裕層が資産をシンクタンクや大学、メディア、選挙の候補者などへの資金援助を行い、その政治的な影響力を通じて自分たちにとって有利な相続ルールを形成し、蓄積した富を次世代の残せるようにしてエリート階級を再生産し続けてきた。

「アメリカンドリーム」はもはや死語である。さらに富の格差は是正の対象というより、個人の「能力」の差異として正当化される傾向にある。

・『世界で揺らぎつつある民主主義への信頼を回復し、民主主義国家の数的な劣勢を挽回するために、アメリカが取るべき行動とは何か。民主主義の素晴らしさを外に向かって喧伝したり、民主主義サミットによって民主主義国の結束をアピールしたり、「非民主主義国」を断罪することよりも実質的な課題があるはずだ。むしろこうした外交は、自分たちの民主主義がいかに危機的な状況にあるかを見失わせてきた。世界を「民主主義と権威主義制の競争」と捉えてしまうことで、アメリカが世界を見る眼は硬直化し、イデオロギーや政治体制の違いを超えて諸国家が取り結ぶ多様な関係性も見えなくなってきた。

アメリカが世界で揺らぎつつある民主主義への信頼を回復し、中国との体制間競争に勝利し、民主主義を守り抜こうとするならば、民主主義の素晴らしさを喧伝するよりも、自国の政治経済や社会が抱えたさまざまな矛盾に謙虚に向き合い、その解決を地道に図っていくことことがまず重要ではないだろうか。

第四章 終わらない「テロとの戦い」―Z世代にとっての9・11

「テロとの戦い」への懐疑

・Z世代は「アメリカ例外主義」的な考えから距離を置いている。そして「例外主義」への冷めた眼差しは対外政策にも向けられ、いままで正当化されてきた外交や戦争にも、懐疑と批判の目を向けている。

・Z世代は9・11よりも、その後の中東・アフガニスタンでの戦争に対する関心が強い。アメリカ進歩センターの2019年の調査では、多くのアメリカ市民が「中東・アフガニスタンでの戦争は時間、人命、税金の無駄遣いであり、自国の安全には何の役に立たなかった」と回答しているが、特にZ世代では7割近くなる。

第五章 人道の普遍化を求めて―アメリカのダブル・スタンダードを批判するZ世代

アメリカのダブル・スタンダードを批判する若者たち

・『Z世代は、アメリカで構造的な差別にさらされてきた黒人の命と尊厳を訴えるブラック・ライブズ・マター運動の中心的な担い手となってきたが、彼らの視野は決して国内に留まらない。ますます世界各地の差別や暴力、特に自分たちの国、アメリカが行使してきた暴力や加担してきた抑圧に厳しい批判を向けている。

外交や安全保障についての若者の啓発の目的の一つに掲げるシンクタンク、ユーラシア・グループ財団が2021年9月に発表した報告書によると、18歳から29歳までの回答者の60%近くがアフガニスタンでのドローン攻撃に批判的であった。この数字はより年長世代の倍以上にあたる。また、この世代は、ロシアや中国などの「権威主義国家」とアメリカなどの「民主主義国家」という、就任以来バイデン政権が掲げてきた二分法的な世界観を無批判に受け入れることもしない。むしろ彼らが指摘するのは、アメリカの偽善とダブル・スタンダードだ。

アメリカの歴代政権は、民主主義や人権の擁護者を対外的に自負しながら、アメリカの同盟国や緊密な関係にある国家がそれらの価値を踏みにじることを黙認し、さらには手厚い援助や支援を与えてきた。人権外交を華々しく掲げたバイデン政権も、新疆ウイグル自治区や香港での中国政府による人権侵害を強く批判する一方で、イスラエルによるパレスチナ人の殺害や人権侵害は黙認し、国民の人権を躊躇し続けてきたフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ政権に多額の軍事援助をしてきた。権威主義国家に対する民主主義国家の結束を示すことを目的に、バイデン政権の肝煎りで2021年12月に開催された民主主義サミットにはフィリピンも招聘され、そこでドゥテルテは「フィリピンでは報道の自由、表現の自由は完全に享受されている」と公然と主張した。Z世代の若者たちは、ドゥテルテのような人権抑圧的な権威主義国家の詭弁、そしてそれを擁護し、援助するアメリカにますます批判的になっている。

また、アメリカという国の抑圧的・暴力性を考えるうえで無視できない問題が、イスラエル・パレスチナ問題だ。アメリカで黒人が白人警官によって不条理に殺害されるのと同じ様に、イスラエル兵によってパレスチナ人が日々、殺害されてきた。』

第六章 ジェンダー平等への長い道のり―Z世代のフェミニズム

多様性を象徴する存在

・ハリスはアメリカ社会の多様性を象徴するような存在である。

・母はがん研究者、父は経済学教授というエリート家系の出身。幼いころは黒人バプテスト教会とヒンドゥー教寺院の両方に通い、多様な文化や宗教を経験しながら育った。

・検事の仕事は犯罪者を刑務所に入れるまでという考えが根強い中、ハリスは元犯罪者の社会復帰プログラム「バック・オン・トラック」の作成に取り組んだ。「バック・オン・トラック」は職業訓練、GED(高卒認定試験)コース、社会奉仕活動、薬物治療などを盛り込んだ包括的なプログラムとして着実に成果を挙げ、オバマ政権時代の司法省によって全米のモデルプログラムに選出された。

・2011年には、カリフォルニア州で黒人女性として初の司法長官に就任。サブプライム住宅ローン問題で多くの人々の自宅が差し押さえられると、大手銀行と対決して労働者世帯のために歴史的和解を勝ち取った。また、多くの裁判で死刑求刑を拒否したことでも有名になった。

・2016年、黒人女性としてカリフォルニア州では初、全米で史上2人目の上院議員に当選し、与党共和党を鋭く追及する論客として頭角を現していく。

黒人コミュニティからの不信感

ハリスは公民権運動に参加する両親を見て育ち、早い時期から社会正義に関心を抱いたが、デモに従事する活動家ではなく、体制の内からの変革が必要だと考え、後者に自身の役割を見定めていった。その心情について、自伝の中で次にように語っている。

「変化を起こすとはどういうことか、その一例を私は幼いころからこの目で見てきた。外側から声をあげ、デモ行進し、正義を要求する大人たちに囲まれていたからだ。だが私は、内側、つまり意思決定がなされる場にいることが重要であることにも気づいていた。活動家たちがやってきてドアを叩いたら、彼らを招き入れる側になりたかったのである。」

・ハリスに対し、なぜ有色人種の若者を刑務所に送る仕事に加担しているのかという批判する向きは根強く存在する。

・副大統領になってからのハリスは全面的にブラック・ライブズ・マター運動への賛意を示しているものの、同運動の骨子である警察予算の削減についての考えは曖昧である。ハリスの警察に対する考えは、この10年で大きく変化しており、今も定まっていないのかもしれない。

・ハリスの警察に関する見解の変遷を機会主義とみなす向きもある。ブラック・ライブズ・マター運動の共同発起人の1人、パトリス・カラーズは、「バイデンとハリスは決して救世主ではない」と強調する。

寛容であることの困難

・ハリスが副大統領になって最も変化した考えは移民問題である。副大統領就任後の初の外遊となった中米グアテマラで、ハリスは次のように述べた。「米国国境まで危険な旅をしようと考えているグアテマラの人々には、はっきりと言っておきたい。来ないで(Do not come)」。これは2021年4月に米墨国境で拘束された移民の数は178,000人を超え、20年ぶりの高水準だったことが関係している。また、トランプ政権からバイデン政権に移行し寛大な移民政策に対する大きな期待があり、これがハリス発言につながったと考えられている。この発言によって、ハリスは民主党内の進歩派や人権擁護団体から批判された。

「壁」問題―「トランプ化」する民主党?

・移民の問題はハリスに限ったものではなく、民主党全体の大きな課題である。バイデンはトランプが250億ドルをかけてメキシコ国境を建設した「壁」に手を加えることはなかったが、2020年中間選挙前の7月、バイデン政権はアリゾナ州ユマに「壁」を建設すると発表した。アリゾナ州とメキシコとの国境沿いの「壁」には、ところどころ数十メートルから数百メートルの隙間があり、そこからアリゾナ州に侵入できる。そのため、アリゾナ州では移民・難民の流入が有権者の一大懸念事項となっていた。

民主党は移民・難民政策、犯罪対策に疑問を抱く有権者からの支持を失い始めている。

「アイデンティティ政治」の失敗事例?

・ハリスの失墜はバイデンがハリスの政治家としての資質ではなく、黒人で女性という彼女の「アイデンティティ」を理由に副大統領に起用したという歪んだ理解をされてきた。こうしたハリスへのバッシングは、共和党の政治家や共和党寄りのメディアで数限りなく展開されてきた。

黒人であり、女性であり、アジア系でもあるハリスは、進歩主義的な有権者の期待は大きかった。しかしながら、ハリスが中道を模索する傾向が強かったため、そのような人々はハリスに失望した。

中道であることの難しさ

ハリスは自伝の中で、世の中の政策論争はしばしば「誤った二者択一」に陥っているとして、そうした問題の設定の仕方を拒絶するスタンスを表明している。警察をめぐる議論も「誤った二者択一」と考えている。警察を擁護して存続させるのか、批判して解体させるのかといった論争は不毛なものとハリスは考えている。

政治社会が両極化する中で政治家たちが中道路線を掲げ、選挙に勝てるだけの支持を集めることはだんだん難しくなっている。

・『さらには今日のアメリカにあって「中道」とは何かという根源的な問題もある。ハリスが中道とみなしてきた政策の多くは、今日の民主党支持者、特に今後、社会でいよいよ重要性を増していく若い有権者の目にはあまりに保守的に映るものだ。警察問題にしても移民問題にしても、ハリスの主張は一貫しておらず、確固たる軸を持った政治家とみなすことは難しい。また、生まれてからこのかた経済格差が肥大化するばかりの時代を生き、資本主義経済にいよいよ幻滅を深めるZ世代にとっては、経済格差を批判しつつも資本主義体制そのものには批判意識をもっていないかのようなハリスの言動は、生ぬるいものでもある。ハリスが有権者の支持、特に若い世代の支持を回復していこうとするならば、自身の政策的な軸を固め、「どっちつかずの中道の政治家」というイメージを脱皮してけるかが鍵となるだろう。ただ、それは意識的に中道を追求してきたハリス自身の政治信条にかなうことではないかもしれない。』

#Me too運動へのダブル・スタンダード?

・2020年12月、コロナ対策で大きな評価を得ていたニューヨーク州知事アンドリュー・クオモにセクハラ疑惑が持ち上がった際、ハリスはバイデンや民主党の重鎮たちとともに慎重な姿勢を崩さなかった。これはハリスがカリフォルニア州の司法長官時代や上院議員時代とは異にするものであり、敵に厳しく身内に甘いダブル・スタンダードであると見なされた。

ハリスを超えて―フェミニズムの未来

・Z世代の警察改革への支持は他世代より20%弱高い。Z世代の間にもハリスは新しい時代のフェミニズムの象徴ではないのではないか、ラディカルな社会変革を追求する人物ではないのではないかという懐疑は広がっている。

第七章 揺らぐ中絶の権利―Z世代の人権闘争

「母親や祖母より権利を持たない世代」

・中絶問題は「プロ・ライフ(中絶反対)」と「プロ・チョイス(中絶賛成)」に分かれる。前者は共和党支持者が多く、後者は民主党支持者に多い。しかしながら、「プロ・ライフ」の中でレイプや近親相姦の場合でも同様に中絶に反対するのは30%程に留まるため、この問題は二者択一では語れない側面がある。

ロー判決破棄の背景―司法の保守化

・極端な中絶制限と、無制限の中絶容認の両極には大きなグレーゾーンがあり、多くの人々はこのゾーンに位置している。

・アメリカでは最高裁判事は大統領が指名し上院議員が承認する形で決まるが、トランプが大統領の時代に、合計3名の保守派の判事が送り込まれたことで、保守派6名とリベラル派3名というアンバランスがうまれ、保守派の影響が強まった最高裁となった。

2020年の敗北でトランプの再選はならなかったが、トランプ政権下で進んだ司法の保守化は、しばしば「永久保守革命」とも称される。特に3名の判事はゴーサッチ(1967年生)、カヴァノー(1965年生)、バレット(1972年生)と皆、若い。最高裁判事は終身職であるため健康であれば、数十年にわたって判決に影響を及ぼす。

トランプは最高裁だけでなく、連邦控訴裁判所・連邦地方裁判所で、226人の保守派の裁判官を任命した。これらの裁判官の多くが保守的な傾向を持つと見られる。これもトランプ時代の遺産として、今後長くアメリカ社会に影響を与えることになる。

ギンズバーグ判事が見いだしていたロー判決の弱さ

・1993年にビル・クリントンの指名で史上2人目の女性連邦最高裁判事となったギンズバーグは、中絶制限の根底には性差別があり、それこそが問題の核心であると考えていた。子どもを持つことは、女性の人生を大きく左右する。望まない妊娠をし、意に反して子どもを持つことは女性の人生を大きく左右することになる。こうしたリスクは男性にはないものである。子どもを産むかどうかについては女性自身が決定権を持つべきであり、それが実現して初めてジェンダー平等への道が拓かれる。こうした考えからギンズバーグは、中絶の権利はプライバシー権ではなく、男女平等によって基礎づけられるべきだと考えていた。

声をあげるZ世代

・ギャラップ社の世論調査によると、18歳から29歳のアメリカ人の48%が「いかなる状況でも中絶は合法であるべきだ」と回答し、「中絶は違法であるべきだ」と回答した11%を完全に凌駕している。

社会運動では勝っても、権力闘争では負けるリベラル?

・『ワシントンポスト紙の映画評論家アン・ホーナデイは断言した。「リベラルの勝利は空虚なものだった。共和党のやり方を「権力ゲーム」と批判することはたやすいし、人権や望ましい価値の実現に向けて、市民ひとりひとりが当事者意識を持ち、さまざまな社会運動に従事することはとても重要だ。しかし、この「権力ゲーム」に勝たないことには取り戻されない権利があることも現実だ。共和党は、社会においては保守的な価値観がだんだんと守勢に立たされている現実を踏まえ、早くからその主戦場を、最高裁や州議会の多数派を占めることに見定めてきた。そのことが、長年定着してきたロー判決が最高裁で覆され、その判決を受けてすぐに、共和党が州議会の多数派を占める州で中絶制限が進んできたことの背景にある。

最高裁の多数派を奪還するには数十年単位の戦略が必要だ。アメリカのリベラルは今、厳しい現実に直面している。

権利を守る世代

・Z世代はアメリカ民主主義の未来への危惧も大きい。アメリカが健全な民主主義国家であると信じる人はわずか4%で、29%が自分の投票権が何らかの形で損なわれていると危惧している。若年層の政治意識を調査するCIRCLEの出口調査によれば、この世代は中間選挙(2022年)の主要な争点であった中絶、犯罪、インフレ、移民、銃規制の5つのうち、もっとも重要な争点として44%が中絶を選び、トップとなった。インフレを選んだのは21%だった。中絶問題がインフレを上回ったのはZ世代だけである。

感想

アメリカは経済、軍事両面で世界一の大国です。世界の大国といえば他に中国、ロシアがあり社会主義国家と言われていた両国は、今は権威主義国家と呼ばれています。権威主義国家とは政治的な権力が一部の指導者に集中すると定義されているので、中国は習近平、ロシアはプーチン、この二人に権力が集中しているのは間違いなく、権威主義国家であることは明らかです。一方、民主主義国家であるはずのアメリカ合衆国ですが、18歳~29歳のZ世代はアメリカ民主主義の未来への懸念が強く、アメリカが健全な民主主義国家であると信じる人はわずか4%という調査もあるようです。

共和党右派はプーチンと思想的な共鳴があるとされています。また、前トランプ政権において最高裁判事はリベラル派3名に対して保守派6名と、保守派の影響が出やすい最高裁になっています。さらにトランプの「司法の保守化」は民主主義にとって危機的状況といえます。特に新たな構想である「スケジュールF」(政治任用者を現在の10倍以上、最大5万人程度まで増加させる)が実行に移されると、憲法よりもトランプ氏に忠実でありたいと思う任用者達による、トランプのための政治にならないか非常に心配です。このように考えると、共和党が展開している「権力ゲーム」のゴールは、アメリカを権威主義国家に変容させることで、それを成しえた共和党が未来永劫政権を握ろうとしているのではないかと思われます。

本書の中で一番印象に残ったのはハリスの「誤った二者択一」という考えです。また、右派、左派と両極がクローズアップされるアメリカでは中道を貫いて選挙に勝つのは非常に難しいと言われています。しかしながら、権威主義を否定し分断を是正しようとすれば、中道という立場に立ってこの「誤った二者択一」の問題に取り組むことが、本来求められている姿ではないか思います。

注)政治任用者とは:日本で言えば各省の大臣、副大臣、政務官、局長、審議官などの幹部、これにさらに日本の官僚組織には存在しない「特別補佐官」や「上級補佐官」などが加わる。

補足:“トランプ氏の「スケジュールF」はアメリカ政府をどう変え得るのか?

最後に、本書を手にした当初の疑問(「カマラ・ハリスは何故人気がないのか」)ですが、1つにはトランプ共和党政権からバイデン民主党政権にかわり、大きな期待をもったZ世代、マイノリティ、女性、移民・難民などからの大きな期待に応えられなかったことがあると思います。そして、もう一つはバイデン政権の副大統領という立場を優先した発言・行動が求められたということではないかと思います。検事→司法長官→上院議員→副大統領という経歴の変遷において、自らの考えを貫くものと柔軟な対応が求められるものに対して、いかに向き合い対応するかという課題は極めて難しいものではなかったかと思います。