2 fasciaの病態
③ ファシア疼痛症候群(FPS)の提唱
・ファシア疼痛症候群(fascia pain syndorome:FPS)とは、「fasciaの異常によって引き起こされる知覚症状、運動症状、および自律神経症状を呈する症候群」である。
・従来、筋膜の異常による痛みやしびれを引き起こすものは、筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome:MPS)と呼ばれてきたが、痛みの原因は筋膜に限らず、靭帯、支帯、腱膜、関節包などの線維性の結合組織を含む「fascia」にあることが分かり、MPSに代わる新しい概念としてFPSが提唱されている。
3 fasciaから再考する各種病態
④ 末梢神経の病態
●fasciaから再考する神経障害性疼痛
・圧迫や損傷などによる器質的な神経線維の異常(断裂や浮腫などによる電気活動の途絶)は、神経機能の低下(感覚神経:鈍麻、運動神経:筋力低下・麻痺、深部腱反射低下・振動覚低下、膀胱直腸障害)をきたす。この種の症状は、日内変動・週内変動などの症状変動はなく、24時間一定の強さであることが特徴である。
・ピリピリやビリビリなどの痛みや異常感覚・知覚過敏の症状は、神経周囲のfascia、神経上膜のfasciaの異常、さらには末梢神経内の線維fibrils(例:束間神経上膜、神経周膜)や動静脈を構成するfasciaからのシグナルを神経線維が受けて生じていると考えられる。
画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」
・末梢神経近傍のfascia異常による機能的な神経障害(末梢神経感作:持続的な侵害受容器への刺激による後根神経節)の場合でも、その「痛み」の原因は、末梢の侵害受容器に刺激を与えているfasciaの異常であることは稀ではない。
・神経障害性疼痛は、器質的神経障害と機能的神経障害の2つの分類も提唱されているが、両者とも末梢のfasciaの問題である可能性がある。
・末梢神経分布に合わない手指のしびれ感は、fasciaの異常による機能的神経障害性疼痛であることが多く、骨間膜や支帯など神経から少し離れたfasciaが影響していることも少なくない。
⑤ 血管の病態(冷え症を含む)
・アンギオソーム(angiosome)とは、体組織がどの源血管によって血液供給されているかを表した血流地図である。
・血管周囲のfasciaには自由神経終末が豊富に存在し、この部位のリリースは慢性痛や交感神経に関係する疼痛に効果的であると考えられる。また、リリース後に血流改善を自覚する患者が多い。
画像出展:「Doctorlib」
●血管外層とfasciaは連続する
・動脈は3層構造(血管内皮細胞:内側から内膜、中膜[平滑筋や弾性繊維]、外膜[膠原繊維])で構成される。
・末梢神経終末は動脈周囲結合組織から外層に広く分布し、一部は外膜を貫通して、外膜と中膜の間に網目状に広がる。
・大血管の周囲には交感神経幹が、末梢血管の周囲にも交感神経が分布している。
・動脈の外膜と末梢神経を含む周囲結合組織の境界は連続しており、分離は困難である。
画像出展:「人体の正常構造と機能」
交感神経幹は左端の脊髄右隣にあり、頭側、頸部には上中下の各神経節があります。
なお赤は交感神経、青は副交感神経です。それぞれ実線は節前線維、破線は節後線維です。
●fasciaで考察する血管周囲のリリース
・血管周囲のfascia異常は交感神経を介する痛みの原因になると考えらえるが、さらに、平滑筋の収縮によって末梢血流を低下させている。
・交感神経の異常は長引く痛みやしびれ、冷えなどに影響を与える可能性が高い。
・血管周囲の異常なfasciaをリリースすることにより、交感神経や末梢神経への異常入力を改善すると考えられる。
●血管周囲のリリースは血流低下に伴うしびれや浮腫、末梢の冷えなどに有効な場合がある
・局所の慢性的な交感神経緊張は、体温の低下や身体の冷えなどの症状の原因になる。
・皮膚への鍼刺激は脊髄の軸索反射を介して、神経末梢からサブスタンスPなどの血管拡張物質が放出され、皮膚血管拡張による皮膚血流増加をもたらす。
・fasciaリリースは冷え性および冷え症の治療効果も確認されている。なお、病態としては以下の3つが考えらえる。
1)冷えに関する受容器(ポリモーダル受容器、温度受容器、広閾値機械受容器など)が何らかの原因により過敏となり、冷えという感覚刺激を中枢に伝えている。
2)動脈周囲のfasciaの異常信号が関与している。
3)熱産生能力の低下(偏った食生活、運動不足、不適切な靴・靴下・衣類などの生活要因)による影響。
・fasciaリリースの治療部位は、皮下組織や支帯などの浅い部位、動脈周囲になることが多い。
⑥ fasciaと自律神経症状
●自律神経症状とは
・自律神経症状があると、「自律神経失調症」と診断されることが多いが、全身性のものか局所性のものか等、慎重に評価する必要がある。
●fasciaと自律神経症状
・末梢からの神経刺激は、閾値を超える一定の刺激がない限り、脊髄、視床を通過して脳へ伝わらない。ただし、末梢に病態があって疼痛閾値が下がっていたり、全身の疼痛閾値を下げる病態がある場合は、弱い刺激であっても脳へ伝達される。
・頭頚部(発生学的には鰓弓由来の組織)に生じた発痛源(顎関節、歯科領域)は脊髄という関門は通らず、さまざまな症状をきたしやすい。
・血管周囲のfasciaと神経周囲のfasciaの双方が関わっていることは多い。
●自律神経の全体と局所のバランスの分析、および対応方法
・自律神経の不調は局所の交感神経緊張の過剰状態から始まる場合が多い。
画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」
これは私にとって、今回1番の発見だったかも知れません。
・①に対する②の反応の例としては、注射の痛みに対する迷走神経反射(血圧低下、徐脈、嘔気、倦怠感)がある。
・損傷、外傷による症状が①の反応のみで軽快すれば、急性痛で終わる。しかし、①が持続する場合、全身の副交感神経緊張による様々な症状が出てくる傾向がある。
・自律神経症状を伴いやすい局所の筋膜性疼痛としては、頚長筋が有名である。
・①頚長筋の緊張(fascia異常)は、星状神経節などの局所の交感神経の過剰緊張を引き起こし、②の反応の常態化(起立性低血圧、頚動脈過敏症候群、ドライアイなどの乾燥症状)を引き起こす。
・②が継続していると、全身のバランスをとるために③の反応(動悸、頻脈、発汗、冷え性など)が生じやすくなる。この状態は全身の過度の交感神経緊張を意味する。
・緊張しきれなくなった副交感神経および交感神経は、最終的には「虚脱」し、あらゆる刺激に敏感な状態になると考えられる。
画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」
4 エコーガイド下fasciaリリースとは
②fasciaリリースの種類と適応
●筋膜 myofascia
・myofasciaは筋全体および筋線維を包む結合組織であり、筋外膜、筋周膜、筋内膜を合わせた総称である。
・実際に筋膜をリリースする場合は、これらのmyofasicそのものというより、筋間膜(筋またはそれに続く腱の外側の空間[皮下、筋外膜間、骨膜と筋膜の間、腱の周囲など])のリリースであり、主として筋外膜とそれに連続するdeep fasciaのリリースを意味する。この部分には多くの神経や血管が走行している。
●支帯 retinaculum
・支帯は四肢の関節付近に存在し、deep fasciaを補強する薄くて柔軟なfasciaである。多くのアトラス[図集]では独立した組織として描かれているが、実際はdeep fasciaが局所的に肥厚したものと推察されている。
・支帯は関節運動時に腱を関節に引き付けておくプリ―システムとして働くが、関節の構造的安定に対する寄与は大きくない。
・周囲の骨、筋、腱などに多くの線維的結合を有し、安定した位置を保つことと同時に、力のさまざまな方向への伝達を媒介する。
・固有感覚受容器に富み、固有感覚においても大きな役割をもつと考えられている。
・支帯のfasciaリリースによって、末梢の循環やしびれ、むくみ、支帯の下を走る筋群の滑動性などが改善することが多い。
・圧痛は検出できないことが多く、皮膚をつまんだ時の痛みが参考になる。
●靭帯 ligament
・靭帯の主成分はコラーゲンだが、エラスチン線維も豊富に含む強靭な密性結合組織であり、骨と骨を結び付けて関節を安定させる。
・fasciaリリースにおいては注入時の痛みも強く、抵抗も比較的強いため十分な配慮が必要である。
●腱 tendon
・腱は靭帯と比べるとエラスチン線維は非常に少ないが、靭帯同様、強靭な密性結合組織で筋と骨を結び付ける。
●腱鞘 tendon sheath
・腱鞘は細長い筒状組織で、指の屈筋腱のように細やかな機能に加えて、外力からの耐久性が必要とされる腱組織を包んでいる。
・腱鞘は2層構造になっていて、内側の滑液包、外側の線維性組織から構成される。
・一般的な腱鞘炎では腱鞘内に局所注射(ステロイド薬)を注入する場合が多いが、この腱鞘自体を同時にリリースすることが有効である。ばね指の場合は、掌側板も同時にリリースするとさらに有効である。
・腱鞘は両側にある固有掌側指動静脈・神経に注意する。
●関節包 articular capsule
・関節包は関節を包む結合組織で、外側は線維性の膜、内側は滑膜の二重構造になっている。
・膝関節包や肩関節包など部位によって構造と機能に違いがある。この違いを理解してリリースすることが重要である。
・重症の凍結肩(五十肩)に有効で、適切に行うと可動域が驚くほど改善する。
画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」
画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」
●脂肪体のfascia(fascia of fat pad)
・脂肪体には、神経血管の保護、周辺組織との滑動機能の維持などの他に、“痛覚センサー”としての機能が注目されている。
・解剖学的には脂肪体は、靭帯、腱にも匹敵する強固なものから、柔らかいクッションのようなものまであり、1つの脂肪体に混在している。ここに癒着が起こると、関節の可動域制限や疼痛が生じる。
●末梢神経のfascia(neural fascia)
・fasciaリリースの対象となる末梢神経を構成する線維性の組織には、傍神経鞘、神経上膜などの神経の外層部、多数の神経束を包む神経周膜、神経周膜と神経周膜の間にある束間神経上膜、および神経内膜がある。
●脳髄膜系のfascia(meningeal fascia)
・棘突起に沿った正中部の頑固な痛みの場合、脳髄膜系のfasciaとして特に、硬膜・黄色靭帯複合体の治療を検討する。しかし、この部位の治療は難易度、リスクともに高い。
●血管のfascia(vascular fascia):動脈 artery、静脈 vein
・動脈は内膜、中膜、外膜の3層構造であり、外膜と周囲のfasciaの境界は連続してはっきり区別できない。
・動脈リリースは、外膜および外膜に連続するfasciaのリリースである。血流の低下による末梢の冷え、しびれ、浮腫などに効果がある。
・血管周囲には交感神経が存在し、この部位のfasciaリリースは交感神経への異常入力を改善させる可能性がある。
●創部・瘢痕
・開腹術後、開胸術後、開頭術後、四肢の術後など、さまざまな外科領域の術後創部が適応となる。
・術後の瘢痕や周囲組織との癒着は、皮膚・皮下組織の可動性を低下させ、全身の可動域制限に影響していることも多い。
・長年原因が不明であった術後創部の癒着がfasciaリリースによって改善することも少なくない。
・瘢痕部のfasciaリリースで症状が改善しない場合は、近傍の末梢神経や血管周囲のfasciaリリースを追加することが多い。
6 治療部位・発痛源の評価
⑦多様な関連痛マップ(dermatome、myotome、fasciatome、angiosome、venosome、osteotome)
●デルマトーム dermatome
・各脊髄分節が支配する皮膚感覚領域の分布。
・深部腱反射や筋力評価とともに、脊髄疾患での病巣高位を判断するのに有用となる。
・デルマトームには様々な種類の報告があり、検証法も様々でその分布のバリエーションも多い。
●ミオトーム myotome
・各脊髄分節が支配する運動神経の分布。
・脊髄分節が支配する筋の筋力低下や筋委縮の有無から、脊髄疾患や神経根症状の病巣高位を診断するのに有用となる。
・神経根周囲のfasciaに異常が生じた場合、デルマトームの分布に沿った疼痛やしびれとともに、ミオトームの分布に沿った筋力低下や筋委縮が出現する場合もある。
●ファシアトーム fasciatome
・deep fasciaの感覚は各脊髄分節が支配しており、デルマトームにおける表在の皮膚感覚とは異なる分布を示しているというもの。
・ファシアトームでの神経支配分布は、四肢の分節間(上肢の場合、肩部-上腕-前腕-手部など)をつなぐfasciaの張力伝達と密接に関わり合うとされている。
●アンギオソーム angiosome
・体組織がどの源血管によって血液供給されているかを表した血流地図であり、形成外科医の皮形成術に用いられていたもの。
・アンギオソームは動脈の血流地図であり、以下が確認できる場合に対象血管を治療部位として選択する。
①従来の発痛源評価により普段の痛みが再現されない、または一定しない。
②アンギオソームの領域に一致した症状が認められる。
●ヴェノソーム venosome
・ヴェノソームは静脈の血流地図であり、以下が確認できる場合に対象血管とし選択する。
①従来の発痛源評価により普段の痛みが再現されない、または一定しない。
②ヴェノソームの領域に一致した症状が認められる。
③四肢末端の症状の場合には、近位に駆血帯を巻き症状に増減が認められる。
●オステオソーム osteotome
・各脊髄分節が支配する骨膜の感覚領域と固有神経支配領域の分布図であり、デルマトームにおける皮膚感覚の分布や、ファシアトームで提唱されたdeep fasciaの感覚分布とは異なる分布を示す。
・坐骨神経痛と診断される患者の多くで、殿部と下腿前外側の疼痛を主訴として訴える場合がある。この際、大腿部に疼痛がない場合も多く、デルマトームの分布とは感覚領域が一致しない。しかし、オステオソームに当てはめて考えると、殿部と下腿前外側の骨膜は第5腰髄神経根の支配領域として当てはまる。
そして、下の図にあるように、血管と神経の多くは一体的に存在していることが分かります(断面の赤点が動脈、青点が静脈です)。
画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」
一方、特に重要とされているツボ(経穴)の中には動脈近傍に存在するものが多くあります。同様にツボと神経の関係性も多く論じられてきました。
このように考えると、鍼とファシアの関係性を考える時、膜(筋膜や腱膜、関節包など)としてのファシアと、ファシアによって保護と方向性を与えられた神経、血管・リンパ管ということが、最も重要な関係性ではないかと思われます。
画像出展:「Nobelpharma」
『リンパ系はリンパ管、リンパ節などの組織で構成されており、リンパ管の内部には、リンパ液という液体が流れています。全身をめぐる血液の一部は、全身の細い血管(毛細血管)から染み出して体の隅々(末梢組織)まで酸素や栄養素を届けた後に、一部は再び血管に戻ります。戻らなかった水分(組織液)やさまざまな老廃物などは毛細リンパ管に入り、リンパ液となります。
毛細リンパ管は集まってリンパ管となり、最終的に静脈に流入します。これがリンパ管のネットワークです。きれいな血液を届ける血管を上水道に例えるなら、リンパ管は老廃物を集めて運ぶ下水道にあたる器官といえる存在です。またリンパ管の途中にあるリンパ節は浄水場のように、リンパ液を浄化するはたらきがあります。』
血管には栄養素と酸素、さらに様々な生理活性物質が流れており、東洋医学の“気・血”を連想させます。これはまさに生きるためのライフラインです。
神経は心身をコントロールしている”脳”に現状を伝え、そして脳から指示を受けるという情報のライフラインです。
鍼の刺激を物理的刺激と考えれば、ファシアへの機械的刺激や電気的刺激を通じて、この2つの極めて重要なライフラインを活性化することで心身に新風を送っているのではないかと思います。
この事を考えていて、専門学校時代にツボ(経穴)と動脈や神経についての資料を作ったことを思い出しました。懐かしいので添付させて頂きます。