4.3 細胞外マトリックス
・細胞外マトリックスは基本的に3つの成分、結合組織線維(コラーゲン線維とエラスチン線維)、基質(グリコサミノグリカン〔GAGs〕とプロテオグリカン〔PGs〕からなる)、非コラーゲンリンク蛋白質から構成されている。
・マトリックスは様々な結合組織によって生成される。
・マトリックスと個々の成分間の構成は、それぞれのケースで細胞に影響をおよぼす機械的ストレスによって左右される。大量の水はマトリックスと関連している。その機能の1つは栄養素と老廃物の拡散という不可欠な過程を可能にする。
画像出展:「膜・筋膜」
●コラーゲン線維
・コラーゲン線維の再構成期(“ターンオーバー”)は通常300~500日である。
・コラーゲン線維は結合組織の中で水に次いで2番目に豊富な構成要素であり、体内の蛋白質の約30%を示す。
・コラーゲンの型
-最も重要なコラーゲンの型は、Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型、Ⅳ型である。これらが全てのコラーゲンの約95%を占めている。Ⅰ型コラーゲンはこれらの95%のうちの約80%を占める。
・コラーゲンの構造
-コラーゲンは、基本的に3つの長い蛋白質連鎖(ポリペプチド)で構成されており、各々が左巻きの螺旋構造を有している。これらは“αヘリックス”とよばれる。
-コラーゲンは500~1,000㎏/㎠という鋼よりも強い抗張力を有するが、このコラーゲンの安定性は生理的なクロスリンクに依存している。生理的なクロスリンクはコラーゲン分子内の個々の蛋白質連鎖の間に存在しており、結果としてコラーゲン分子が互いに結びつく。クロスリンクの発生、特定のアミノ酸の生化学架橋の結果である。そしてクロスリンクの形成にとって重要な成分の1つがビタミンCである。
・コラーゲン網状組織の構造
-コラーゲン細線維とコラーゲン線維から形成されたコラーゲン分子の三次元組織は、機械的ストレスに対して適切に調整する。組織の形状の変化は、電気電圧の変化につながる。分子は組織の体系に編成するために、この圧電性活動を利用する。
-ストレス(応力)が常に同じようにかかっている場合、コラーゲン線維は常にその力の方向に応じて向きを合わせ、結果として平行に走行することになる。この場合、緊張した結合組織がその形状に関連する。このように形成された結合組織は、腱、靭帯、腱膜などに発生する。
-ストレスが常に色々な方向からかかっている場合、結果として織り交ぜられた格子状になる。これは、まだ形をなさない緊張した結合組織として知られている。これは関節包、筋膜、神経内、筋内の結合組織にみられる。
-基質は交差したコラーゲン線維の間にみられる。線維は水が結合することによって、互いに摩擦なく動くことができる。
-基質が減少するといった病理的状況では、コラーゲン線維は互いに接近し病理学的なクロスリンクを形成する。このような病理学的な連結は、コラーゲン網状組織の広がる能力を低下させる。
-組織内の病理学的なクロスリンクを緩めるために、セラピストは間欠性の伸展刺激を用いて移動性をもたせる。この刺激は線維芽細胞を刺激してコラゲナーゼ(病理学的なクロスリンクを再び壊す酵素)の合成を増やす。
●エラスチン線維
・エラスチン線維は主に疎性結合組織、弾性軟骨、皮膚、血管壁、腱、靭帯内にみられる。
●基質
・基質はGAGs(グリコサミノグリカン)、およびPGs(プロテオグリカン)と凝集体からなる。GAGsは細胞内と細胞外空間の両方に存在する。PGsとPG凝集体は、細胞、コラーゲン線維、エラスチン線維と結合し、それ自身を水に結合する。
・機能
-PGs(プロテオグリカン)とGAGs(グリコサミノグリカン)は、コラーゲン線維とエラスチン線維、細胞と水を結合することによって、結合組織を安定させる。
-PGsとGAGsはまだ形を成さない組織に作用する力を吸収し、過度のストレスからコラーゲン網状組織を保護する。
-基質は中心部にある軟骨、椎間円板などにかかる圧縮力を吸収する。
-PGsとGAGsにかかる強い負の負荷は、水の結合する能力をもたらし、その粘弾性によって組織は元の形に戻ることができる。結合した水によって、コラーゲン線維は摩擦なく互いに動くことができる。同時に、蓄えられた水は栄養や老廃物の輸送経路としても機能する。
-PGsとGAGsは弾性と安定性を有しているだけでなく、バリア機能と保護機能を有している。
●非コラーゲン・蛋白質
・リンク蛋白質は、非コラーゲン・蛋白質とよばれる。リンク蛋白質の主な役割は、コラーゲン線維を細胞膜に結合することである。
●水
・人体の60~70%は水である。このうち、約70%は細胞内、約30%は細胞外に存在する。細胞外の水の約67%は間質液として細胞間に存在し、最高で約20%は血管の血液成分である。残りの13%は脳脊髄液、神経系の軸索原形質液、眼、関節、腹腔内などの細胞に存在する。
・水は輸送手段や溶媒として機能し、摩擦の軽減し、熱緩衝剤として機能する。
・水は酸化と還元が可能である(体内の化学反応の99%は水を必要とする)。
・水は組織に容量を与え、機械的機能を有している。
・疼痛に起因する交感神経反射活動の増加によって灌流が減少した場合、筋膜の液体の生成が減少する。そして次に可動性が損なわれ、制限が増加する。
●要約
・マトリックスは非常に強い機械的な力から保護する。
・コラーゲン線維とエラスチン線維から成る網状組織と基質への力は、リンク蛋白質を経て細胞膜へ伝達される。これらのシグナルは細胞を刺激し新しいマトリックス成分を合成する。これはマトリックスの生理学的な分解を調整し、組織の安定性と可動性を維持する。
・負荷や刺激の減少は細胞の合成活動を減少させ、マトリックス成分の喪失につながる。これにより、病的なクロスリンクが形成され、低レベルの安定性や可動性の制限が生じる。
・セラピストの重要な任務は、治療と再生過程を促進して、可動性と安定性を回復するために疼痛を引き起こすことなく、徐々に増加する力の大きさに適用させていくことである。
4.4 筋膜の特性に関するpHと他の代謝因子の影響
●pH調整と筋膜組織への影響
・細胞内と細胞外のpHは、体内のすべての生化学反応の重要な決定因子の1つである。
・pHはラテン語のpotentia Hydrogeniiと関係があり、酸性の強さ、つまり陽子(プロトン)である水素イオン濃度を表す指標である。
・身体の器官、免疫系、凝固および他のすべての系は、最適なpHである特定の環境で機能する必要がある。
・血液の正常pH値は7.36~7.44と狭い。7.0より低いあるいは7.7より高い病態生理学的状態になると、ヒトは臓器不全により死亡する可能性が高くなる。
・腎臓と肺は、血液中の緩衝成分に作用することによって、血液をpH7.4に維持するために共同で働く。
●筋膜機能へのpHの影響とは?
・『これまでに筋膜機能に対するpHの影響を検討した十分な研究はない。しかしながら、Pipelzadehらはラットの背面下部の浅筋膜を用いた実験を行った。彼らはクレブス液(pH6.6)を含んだ乳酸を浅筋膜に還流させると、アデノシンもしくはメビラミンによって誘発されることを示した。(Pipelzadeh & Naylor 1998)。対照的に、アルカリ性の状態は筋線維芽細胞における作動薬誘導性の収縮に影響をおよぼさなかった。本研究は、サンプルサイズが小さいということと、追加の調査によってまだ結果を検証していない(反証をあげていない)ということに留意する必要がある。しかしながら、著者らは、このpH現象は、成長因子や他の因子と比べて創傷収縮や治癒の重要な因子になる可能性があると結論づけている。』
画像出展:「東邦大学医療センター」
東邦大学医療センター 大森病院 臨床検査部さまのサイトにpHに関して、分かりやすい説明が出ています。
なお、画像は大塚将秀先生の『Dr.大塚の血液ガスのなぜ?がわかる 基礎から学ぶ酸塩基平衡と酸素化の評価 学研メディカル秀潤社2012』からです。
●成長因子
・コラーゲンは腱の線維芽細胞で生成される。張力の主な方向に沿って並列に配列される。
・腱の線維芽細胞は腱を維持するために重要な役割を担っている。恒常性の変化に適応し、腱組織に障害がある場合に再構築を行う。
・線維芽細胞は重要な機械受容細胞である。
・コラーゲン合成を刺激するいくつかの成長因子は、機械的負荷に反応して発現する。最も重要なのは、トランスフォーミング増殖因子-β1(transforming growth factor-β1:TGF-β1)、結合組織増殖因子(connective tissue growth factor:CTGF)、インスリン様成長因子(insulin-like growth factor-1:IGF-1)である。
・靭帯では負荷により誘発されるコラーゲンⅠ、Ⅲ型の発現は、TGF-β1活性が影響すると考えられている。
●レラキシン
・レラキシンは二量体のペプチドホルモンであり、ペプチドのインスリンファミリーと構造的に関連している。これは、ほぼ80年前に発見された。おもに妊娠中の卵巣および胎盤で生成されて、当初は妊娠ホルモンとみなされていた。そのレラキシンはコラーゲンのターンオーバーにおける重要な介在物質であり、いくつかの器官を線維症から保護しているというエビデンスが提示された(Samuel et al. 2005a,b)。そして、レラキシンは将来の抗線維化薬剤として浮上している。慢性炎症に伴う線維化によって生じる筋膜拘縮の薬剤となる可能性がある。
●コルチコステロイド(副腎皮質ステロイド)
・『コルチコステロイドはコラーゲン産生を抑制することでデコリン遺伝子の発現を減少させ、腱細胞の増殖および活性を阻止する可能性がある(Chen et al. 2007)。そのうえ、コルチコステロイドの注射後、腱治癒のために重要な腱細胞の移動が遅延する(Tsai et al. 2003)。腱細胞の代謝に対するこのようなコルチコイド関連の障害は、腱の構造的健全性に影響をおよぼし、その機械的特性を弱める可能性がある。』
4.5 筋膜組織における流体力学
・間質液中の塩分(NaCl:塩化ナトリウム、KCI:塩化カリウム、CaCl₂:塩化カルシウム)と海水の塩分の濃度比率がほぼ同じである。我々の細胞は間質液の海の中にあるゲル状構造を泳いでいるようなものである。
・結合組織は、細胞(線維芽細胞と白血球)、間質液、線維(コラーゲンとエラスチン)とマトリックス分子(糖蛋白質とプロテオグリカン)からなる。
・間質液は栄養素、老廃物、伝達物質を輸送するための空間をつくり、実際に細胞外領域と細胞内領域の間の恒常性を促している。
・リンパ系では供給物を間質液の海の外へ濾過し、静脈系に排出する。
・機械的情報伝達の機械的シグナルは、細胞核や他の細胞小器官に伝達されており、遺伝的な“調整”を可能にしている。
●間質液の特性
・水の構造は完全に理解されていない。水は小さな分子で形成され、非常に汎用性がある。Szent-Gyorgyi(1975)は、水を“生命のマトリックス”とよんだ。そして水は複雑で緻密、かつ必要不可欠な方法で細胞と分子に相互作用する。
・水分子は強固な水素結合によって、20の表面をもつ“正二十面体”を構築しているようにみえる。しかし、水は静止していない。水素結合はフェムト秒からピコ秒の周期で絶えず成形と破壊を繰り返している。水分子の再配列は超高速である。
・水分子は水素結合を壊すことなく、膨張した形態と崩壊した形態に変形することが可能である。
●間質液の形態学的な質
・細胞マトリックスの分子と線維は、間質性のゲルの特性を左右する。
・線維芽細胞、マトリックス分子、酵素、酵素阻害剤は結合組織のゼラチン基質の組成を調整する。
・間質性マトリックスの組成は、結合組織の機械的性質と同様に、毛細血管と実質細胞の間の栄養素と老廃物に対する輸送を左右する。
●細胞間の伝達媒体としての間質液
・マトリックス分子のように、コラーゲンと水分子の両者は導電特性と分極特性を有しており、分極波が可能である。
・陽子は電気信号が神経によって伝導されるより非常に速く、コラーゲン線維に沿って“跳ぶ”ことができる。
・水分子は双極子を構成するので、水の流れはエネルギーと情報の流れを意味する。
・結合組織の伝達の手がかりには、多くの要素があると考えられる。
1.機械的:線維、マトリックス分子、水分子のジオメトリー(幾何学的配置)によるコラーゲン網状組織のテンセグリティー構造。
2.電気的、電磁的:溶解物質のイオンの電荷のある電子伝達、水架橋、水素結合、生体分子の疎水性および親水性の特性。
3.化学的:ホルモン、ニューロン、免疫、修復と成長の特性、そして機能を有するアミノ酸、炭水化物、脂肪酸の相互作用、間質液の流れは生化学的機序を可能にする重要な推進力である。
4.エネルギー的:結晶水は信号を伝達し、情報を流すことが可能である。