1.5 下肢の深筋膜
●序論
・深筋膜は骨、腱、靭帯に混ざる。
・下肢深筋膜の機能の多くは、筋付着のための外骨格としての役割を含む。
・下肢深筋膜は静脈灌流、緊張ストレスが集中する腱付着部でのストレス消失、下方構造物の保護シートとしての役割も認識されている。
・深筋膜は様々な筋を連結するために、関節と中隔の上を通過する架橋のようにみなされている。
・深筋膜は筋膜の固有機械的特性と高密度な神経支配により、運動の認知と協調における役割が認識されている。
画像出展:「病気がみえる vol.11 運動器・整形外科」
右端に“筋上膜”とありますが、筋上膜は”筋外膜”とよばれることも少なくありません。
『膜・筋膜』では”筋外膜”が使われています。
●肉眼解剖学
・下肢の筋膜は、3つの基本的構造(浅筋膜、深筋膜、筋外膜)で形成されている。
・浅筋膜は皮下組織を3つの異なる層に分けるコラーゲン層である。表層は脂肪組織、中間層は膜性中間層または真の浅筋膜、そして深層の脂肪組織である。
・表層と深層の2つの脂肪組織の厚さは肢節の様々な領域で異なり。浅筋膜と皮膚間および浅筋膜と深筋膜間の特定の局所的関係により決まる。
・深筋膜は通常、下肢の筋と上層の浅筋膜から容易に分離可能な結合組織層からなる。
・深筋膜と筋外膜に囲まれた筋間を滑る連続的な面は、間に存在するわずかな疎性結合組織が滑走性を高めている。この疎性結合組織は柔軟なゲル様の膠様質であり、この組織内に線維芽細胞が広く分散し、コラーゲン線維とエラスチン線維が不規則な網目状に配置していることを示す。
・いくつかの筋間中隔は下肢の深筋膜内面から起こり筋腹間に延びる。そして、大腿をいくつかの区画に分け一部の下肢筋の起始部となる。
・大腿の下肢深筋膜は大腿筋膜、下腿は下腿筋膜と呼ばれているが構造は同じである。この筋膜は腱膜に似た平均1mmの厚さの白い結合組織層である。
・外側領域では腸脛靭帯によって補強される。なお、腸脛靭帯は解剖によって深筋膜と分離できないため、大腿筋膜側面の補強物とみなされる。
・膝、足関節周囲では深筋膜は支帯とよばれる線維束によって補強されている。
●支帯
・支帯は深筋膜が局所に肥厚したものであり分離は不能である。
・支帯は平均1372μmの厚さでコラーゲン線維が十字形の配列をした強い線維束である。
・支帯は多くが骨に付着し、付着部は線維軟骨である可能性がある。付着部以外の部位では、疎性結合組織が支帯と骨間膜へと入り込むため骨上を滑ることができる。
・足関節支帯は固有感覚として働く。例えば、足関節内反による腓骨筋支帯の伸張は、腓骨筋の反射性収縮を引き起こす。
・膝蓋大腿関節のアライメント不良や膝前部に痛みのある患者では、膝支帯の厚さや神経支配、血管新生をMRIによって評価ができる。
●線維展開と筋の挿入
・腸脛靭帯は大腿筋膜張筋と大殿筋の腱とみなされる。また、大腿筋膜の補強材である。
・腸脛靭帯は大腿の外側筋間中隔への広範囲な付着をもち、外側広筋の多くの筋線維も中隔から生じている。
・縫工筋、薄筋、半腱様筋は膝関節内側部に鵞足を形成するが、それらは下腿筋膜の内側面へ展開する。
画像出展:「膜・筋膜」
・半腱様筋の遠位腱は膝窩部で2つの展開をする。1つは膝関節包の後壁に達して斜膝窩靭帯を形成し、もう1つは膝窩筋の筋膜に達する。遠位部では腓腹筋近位部がこの筋膜に直接に入り込む。そのため、これらの筋線維は筋膜の張筋とみなすことができる。
・下腿前部では脛骨筋と長母趾屈筋が、その上の筋膜と筋間中隔に入り込む。このように膝関節周囲では、下の筋と腱から深筋膜を分離することはとても難しい。
●顕微解剖学
・下肢と支帯の深筋膜はわずかに波打った配列のコラーゲン線維によって形成されている。
・コラーゲン線維は筋膜総量の20%未満である。
・支帯では線維束は高密度に包まれ、疎性結合組織は少ない。線維束は2層か3層の平行コラーゲン線維束の異なった層で規則正しく配列されている。
・コラーゲン層は平均277.6±86.1μmの厚さである。線維層内ではコラーゲン線維は平行に配列しているが、線維層ごとに方向が異なる。
画像出展:「膜・筋膜」
・疎性結合組織は種々の構造の保護をしたり分離したりする。また、組織を取り囲むための水と塩の重要な貯蔵庫であり、様々な分解産物を蓄積できる。
・疎性結合組織は水、イオンまたは他の物質の含有量の変動が起こると生体力学的適正が変化し、様々な筋膜層の滑走メカニズムを阻害する可能性がある。
・関節周囲や脛骨陵に沿った下肢の深筋膜は関節包および骨、またはその一方に特定の付着を示すことは興味深い。これらの部位は、張力ストレスが集中する部位であり、硬い組織と軟部組織のあいだの合流点である。特に筋膜が骨と連結する部位では、腱付着部はこのストレス集中を減少させるようになっている。
・血管の多くは平均口径102.15μmで、下肢深筋膜のさまざまなコラーゲン層を通過し、かなり蛇行した経路をたどる。
・神経線維もまたすべての深筋膜内に存在する。神経線維は特に血管周囲に多く存在し、線維成分全体に均一に分布する。
・筋膜内神経はコラーゲン線維に結合しており、多くの場合コラーゲン線維に対して垂直方向になっているため、コラーゲン線維の伸張によって刺激を受けると考えらえる。
・自律神経の典型的な特性を示す小さな神経線維が存在する。これはアドレナリン作用性であり局所血流量の制御に関与していると思われる。
・肢節の深筋膜は大血管と神経の特定な関係を示し、保護鞘形成に寄与する。
・筋膜は疎性結合組織によって分けられる重複層として配置されており、様々な層間での滑走性を可能にする。そして、神経と血管を保護し筋膜が被る牽引から緩衝する。この防御機構が変化するとき、神経または血管構造のいずれでも圧縮症候群を生じさせる可能性がある。
1.6 胸腰筋膜
●序論
・運動系の機能解剖学は生体力学(バイオメカニクス)との関連が強い。
・機能解剖学は骨、靭帯、筋が系としてどのように機能するかを説明しようとするものである。
・生体力学と神経生理学観点から脊柱と骨盤は完全に統合される。
・背部の筋の一部は仙腸関節をまたぐ。ヒトでは多裂筋が仙骨と腸骨稜へ広範囲に付着する。
・脊柱-骨盤-下肢のメカニズムは統合されている。そして、このメカニズムが適切に機能するためには、骨盤に結合される3本のレバー(脊柱と左右の下肢)が効率的に働き、骨盤(骨盤の外部運動)、仙腸関節と恥骨結合(骨盤内の内部運動)の安定性を必要とする。
・仙腸関節をまたぐ効率的な荷重の伝達には、種々の筋の特定の作用を必要とする。
・大腿二頭筋と大殿筋は仙結節靭帯(一部が仙棘靭帯)に付着し、機能的に仙腸関節をまたいでいる。仙腸関節の痛みは局所の問題とは限らず、荷重伝達系の不具合による症状という場合もある。
・体幹から両下肢への荷重伝達には、強力な胸腰筋膜が使用される。
・胸腰筋膜の後葉と中葉は筋と多数の連結を有しており、この筋膜の張力を受けた筋が、脊柱・骨盤・両下肢・両上肢間において効率的な荷重伝達に助力しているかどうかは重要である。
・胸腰筋膜後葉は仙骨領域から胸部領域を経て項筋膜まで、背部の筋を覆っている。
・胸腰筋膜後葉はL4-L5と仙骨の高さでは、浅層と深層の間に強い連結を認める。
・腹横筋と内腹斜筋は胸腰筋膜の中葉と後葉の融合によって形成される高密度縫線を通して、胸腰筋膜に間接的に付着している。
画像出展:「人体の正常構造と機能」
『固有背筋を包む筋膜で、後葉は棘突起から、前葉は横突起から外方に伸びる。胸部では肋骨角に付着する。腰部では固有背筋の外側縁で2葉が合わさり、腹横筋・内腹斜筋の起始腱になる。この部の後葉は広背筋・下後鋸筋の起始となるため腱膜様に肥厚し、胸腰腱膜ともいう。』
画像出展:「病気がみえる vol11. 運動器・整形外科」
こちらの図の胸腰筋膜(左下部)には、前葉も記載されています。
●浅層
画像出展:「膜・筋膜」
A:大殿筋筋膜
B:中殿筋筋膜
C:外腹斜筋筋膜
D:広背筋筋膜
E:広背筋と大殿筋の筋線
1:上後腸骨棘
2:仙骨稜
LR:外側縫線の一部
・胸腰筋膜の後葉は、広背筋、大殿筋、腹部の外腹斜筋と僧帽筋の一部と連続性を有している。
・腸骨稜の頭側で浅層の外側縁は、広背筋との接合部として注目されている。
・浅層は大菱形筋の下縁に様々な厚さで付着しているとの報告がある。
・浅層線維は頭外側から起こり尾内側へ向いており、浅層のわずかな線維だけが外腹斜筋と僧帽筋の腱膜と連続している。
・浅層の大部分の線維は広背筋腱膜から生じて、L4までの棘上靭帯と棘突起の頭側に付着する。
・L4-L5の尾側で浅層は、棘上靭帯、棘突起、正中仙骨稜のような正中組織に通常は緩く付着する(または全く付着しない)。
・浅葉は反対側へ交差し、仙骨、上後腸骨棘、腸骨稜に付着する。この現象が生じる高さは様々である。通常はL4の尾側であるがL2-L3で起こっているものもある。
・仙骨の高さでは、浅層は大殿筋筋膜と連続している。これらの線維は頭内側から尾外側へ走行し、大部分の線維は正中仙骨稜に付着するものが多い。
●深層
画像出展:「膜・筋膜」
B:中殿筋筋膜
E:深層と脊柱起立筋筋膜間の結合
F:内腹斜筋筋膜
G:下後鋸筋筋膜
H:仙結節靭帯
1:上後腸骨棘
2:仙骨稜
LR:外側縫線の一部
・深層線維は下位腰椎と仙椎レベルで、頭内側から起こり尾外側へ走行する。仙椎レベルでは浅層線維と融合する。ここで深層線維が仙結節靭帯と連続するため、仙結節靭帯と浅層との間にも間接的な連結がある。
・骨盤領域では深層は上後腸骨棘、腸骨稜、長後仙腸靭帯と結合している。長後仙腸靭帯は仙骨から起始して上後腸骨棘に付着する。
・腰椎領域では深層線維は棘間靭帯より生じる。それらは腸骨稜とより頭側の内腹斜筋が停止する外側縫線に付着する。
・正中仙骨稜と上後腸骨棘と下後腸骨棘の間の陥凹部で、深層線維は起立筋筋膜と融合する。
・腰部領域では、より頭側で深層線維は更に薄くなり、背部筋上を自由に可動する。
・下位胸椎領域では、下後鋸筋とその筋膜線維は深層線維と融合する。
●結論
・『本章では、われわれは“筋膜”の観点から、胸腰筋膜と、脊柱・骨盤・下肢力の力伝達における胸腰筋膜の役割、下部腰椎と仙腸関節の安定化に関して検討した。』
・大殿筋と広背筋は後部層を経て、反対側へ力を伝達することが可能なため、特に注目に値する。
・胸腰筋膜後部層の深層前面に、最長筋と腸肋筋の腰部線維の両方と、より深部にある多裂筋を覆っている非常に強い脊柱起立筋腱膜が存在する。
・脊柱起立筋腱膜は背骨背面と腸骨の一部に多裂筋とともに融合する。脊柱起立筋と多裂筋がともに収縮することにより、直接的な牽引または間接的に胸腰筋膜の後部層を拡張させることで深層の緊張が増加し、また中間層の緊張にも影響を与える。
・股関節による骨盤の外部運動や体幹の屈曲や伸展(側屈や回旋の有無にかかわらず)は、胸腰筋膜に影響を与える。これらの動きは筋膜包膜の外的・内的力学、すなわち力と圧を変える。
画像出展:「膜・筋膜」
Ⓐ筋収縮により胸腰筋膜の張力が増加する
EOA:外腹斜筋
ES:脊柱起立筋
IOA:内腹斜筋
LD:広背筋
PM:大腰筋
QL:腰方形筋
SP:棘突起
TA:腹横筋
TP:横突起
Ⓑ胸腰筋膜に付着する筋系の後面図(筋膜へ発生する力に注意)
1:上方から広背筋
2:下方から大殿筋
3:前方から内腹斜筋
4:前方から腹横筋
・大殿筋は下肢を寛骨と胸腰筋膜に連結させる。
・胸筋筋膜内では筋群は疎性結合組織、腱、腱膜、筋膜という拡張力が様々な結合組織により包膜されていると認識すべきである。よって、胸腰筋膜が筋組織で満たされている結合組織包膜と考えることは適切ではなく、胸腰筋膜は収縮要素で満たされた機能的連結結合組織単位である。
・特定の筋群を上肢や体幹、下肢のいずれかに属する筋であると分類することは、筋膜間の連結を考慮すると、十分に注意しなければならない。
・脊柱と骨盤、下肢間において力が伝達する際、胸腰筋膜は十字形の役割を果たし、力を頭側や尾側、または斜めに伝達する。
※閉鎖力
-『本章の初めに、脊柱と骨盤の閉鎖力について記載した。』とあります。“閉鎖力”で検索しましたがそのような用語を見つけることはできません。本文を読み返したところ、この“閉鎖力”はforce closureを訳した言葉であることが分かりました。また、“閉鎖位”という用語も書かれていましたが、こちらはform closureを訳したものでした。この“force closure”と“form closure”は骨盤の安定化に関し、とても重要な働きを有します。調べたところ、これらについて図解入りで説明された素晴らしいサイトがありましたので、ご紹介させて頂きます。
こちらは、理学療法士のLeeさんのサイトより拝借しました。