第七章 腎臓病はやはり恐ろしい ―できるだけ長持ちさせて長生きする方法
●腎臓は少しずつ壊れていく
・腎臓は生命の維持に不可欠な体液の量と成分のバランスを、余裕を保ちながら黙々と守っている。
・腎臓は年齢とともに“余裕”が少しずつ削り取られていく。腎臓の重量は20歳くらいまでは急速に成長し、その後50歳代までは安定しているが、60歳を過ぎるあたりから急に減り始める。80歳代では40歳ごろに比べて30パーセントほどの重さになる。
・高齢になると腎臓の重量が減るのは糸球体が少しずつ壊れ、壊れて硬化した糸球体の数が増えていくからである。122人の腎臓の病理標本を調べたアメリカの研究では、硬化した糸球体の割合は30歳代で1.5パーセント、40歳代で3.0パーセント、50歳代で6.5パーセント、60歳代で7.6パーセント、70歳代で12.3パーセントと、年齢が進むにつれて急速に増えていく。
・糸球体の表面を覆っている足細胞は分裂をすることができない。そのため糸球体に無理がかかると足細胞が糸球体から脱落し、残った足細胞が広がって代わりに糸球体の表面を覆うようになる。
・『糸球体の大きさと足細胞の数との間には微妙な関係がある。糸球体に含まれる足細胞の数には上限がある。しかも足細胞は糸球体の表面を覆っているが、その大きさに上限があって、ある程度以上に広がることはできない。そのため、何らかの理由で糸球体が巨大になって濾過のフィルターの面積が増えすぎると、足細胞がその表面を覆い尽くせないことになる。病気の腎臓では実際にそのような状態になり、裸になった糸球体の表面に周りから細胞が進入してくる。こうして、正常のメサンギウム以外の細胞が糸球体の中に増えて瘢痕を作ってしまったのが、糸球体硬化である。』
・糸球体の数がある限度を超えて減るとどこかで余裕がゼロになり、腎臓の機能が急激に悪くなる。
・1980年代の初めに提唱された過剰濾過説は、腎機能の急速な悪化という経験的に知られていた現象を説明する理論として有名になった。
・過剰濾過説は腎臓の糸球体が減ると糸球体の血圧が上昇し糸球体が肥大して、糸球体は残った糸球体に負担がかかり、さらに障害が進み、糸球体の数が減る。こうして腎機能の障害が加速度的に進むというものである。
・過剰濾過説には疑問もあるが、過剰濾過の背景となる糸球体の血圧上昇や糸球体の肥大は、明らかに糸球体に負担をかける要因であることは間違いない。
●慢性腎臓病CKD
・慢性腎臓病と心血管疾患とは、密接な関係があり心腎連関と呼ばれる。
・慢性腎臓病の患者は、腎障害で亡くなりよりも、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患で亡くなる可能性のほうがはるかに高い。
・心血管疾患を持つ患者の多くは、腎機能が低下している。
・慢性腎臓病と心血管疾患ではともに、血管内皮細胞が障害されて動脈硬化を起こしやすく、また、体液のバランスが崩れて高血圧も起こしやすい。また、動脈硬化と高血圧は、慢性腎臓病と心血管疾患をともに悪化させる重要な因子でもある。
・『慢性腎臓病の治療にはいくつかの柱がある。その第一は、生活習慣と食事を改善することである。何よりも肥満を解消すること、喫煙者の場合には禁煙することが大切である。これにより動脈硬化と慢性腎臓病の進展が抑えられる。』
画像出展:「病気がみえる vol.8 腎臓・泌尿器」
こちらの本には、“肥満の是正”、“禁煙”に加え、“運動”も取り上げられています。
●腎臓とともに生きる
・腎臓は、尿の量と成分を調整することによって内部環境を一定に保つ。細胞の生命にとって不可欠な働きをする。
・腎臓の働きを中心になって担う糸球体は、きわめて繊細で壊れやすく、また再生することができないが、これは糸球体の表面を覆っている足細胞は細胞分裂をすることができないためである。
・『糸球体が大きくなりすぎたり、糸球体に炎症が起こったり、さらに尿タンパクが出たり、さまざまな原因で足細胞に負担がかかり、糸球体の表面から脱落して尿中にこぼれ落ちる。するとそれが糸球体の負担をますます大きくし、周囲の細胞が糸球体に進入して瘢痕を作り、糸球体を壊してしまう。糸球体の数が減ると、高血圧や糸球体の肥大によって残された糸球体にますます大きな負担がかかり、糸球体はますます壊れやすくなる。これが悪循環を起こして、どこかで腎機能の破綻が一気に進み、腎不全となる。』
・『腎臓は再生することができない。だから糸球体の負担を軽くしたり、原因を取り除いたりして、腎機能が一定以上に悪くならないようにすることが大切である。要するに無理をしないで残された腎機能を大切に温存しながら生きていくこと、それが腎臓とともに生きる知恵である。』
・『身体のさまざまな器官はそれぞれに年老いていずれは機能を失ってしまう。腎臓だけが先んじて機能を失ってしまうと、人工透析という辛い生き方を受けいれざるをえなくなる。本書をここまで読んだ方ならおわかりだと思うが、不幸にして慢性腎疾患になった場合でも、完全に治さなければならないというわけでもないのだ。他の臓器が年老いていくまで、腎臓が働いてくればいいのである。腎臓の機能が五年長持ちしてくれれば、それだけ健康に過ごせる時間が増える。その許された時間をどのように生かすかが、むしろ大切であろう。
腎臓という臓器を大切にする生き方は、限りある人生をよりよく生きる知恵を我々に与えてくれるのではないだろうか。』
ご参考1:腎臓の血管系(「人体の正常構造と機能 全10巻 縮刷版 第1版」より)
大動脈内に特殊なカテーテルを挿入し、腎動脈分岐部から造影剤を注入してX線撮影したもの。
腎臓内の動脈と交感神経
『腎臓には動脈に沿って交感神経が豊富に侵入し、主に動脈周囲の間質や糸球体の周辺に終末を作る。動脈周囲から、近辺の尿細管周囲の間質に神経線維が伸び出して作る終末もある。交感神経の刺激は、腎臓内の動脈を収縮させて糸球体濾過量を減少させ、傍糸球体装置の顆粒細胞からレニンを放出させる。また、近位尿細管などによる再吸収を亢進させることも知られている。』
ご参考2:レニン分泌機構(『病気がみえる vol.8 腎臓・泌尿器』より)
こちらの図はレニンの分泌機構を説明しています。レニンは血圧や循環血漿量の低下が起こると腎臓から分泌されるのですが、上段のボックスがレニン分泌を促す3つの外因です。左から「輸入細動脈の還流圧低下」、続いて「遠位尿細管緻密斑領域の尿流量(Cl⁻濃度)低下」、そして3番目が「交感神経活性化(β1受容体を介する)」となっています。以下はその3番目を拡大した図です。
これを見ると、“ご参考1”で説明されていた「動脈に沿って交感神経が豊富に侵入し、主に動脈周囲の間質や糸球体の周辺に終末を作る」という説明と一致します。
「交感神経の刺激は、腎臓内の動脈を収縮させて糸球体濾過量を減少させる」ということですので、あらためて、自律神経系(交感神経)の重要性を再認識できました。
ご参考3:腎不全の症状と合併症(『病気がみえる vol.8 腎臓・泌尿器』より)
クレアチニン値3~7の患者さまについて、今のところ以下のような傾向があるように感じています。
1.太っていて高血圧の人は多い。
2.浮腫の人は思っていたほど多くない。
3.タンパクが出ている人は多くない。
4.カリウムの数値が問題となっている人はやや多い。
5.貧血が問題となっている人は少ない。
クレアチニン値の幅が広いため、症状にバラツキがあることには違和感はありませんでしたが、下記の図から、腎臓病は機能ネフロンという視点で考えることが大切であると感じました。
画像出展:「病気がみえる vol8 腎臓・泌尿器」
左端のネフロンは、尿生成の機能単位であり、原尿を生成する腎小体(糸球体、ボウマン嚢)と原尿の成分を調整する尿細管で構成されます。一方、右端の合併症に目を移すと、高血圧と浮腫、および低アルブミン血症(蛋白尿)は“糸球体障害”につながり、高K(カリウム)血症は“尿細管障害”につながっています。また、腎性貧血はエリスロポエチン(EPO)産生低下が原因とされています。このエリスロポエチンは近位尿細管周囲の間質細胞で産生されているため、大元はネフロンということになります。
疑問と考察と仮説
「何故、クレアチニン値が大きく改善される人がいるのだろうか?」という疑問がクリアになったとはとても言えません。また、かなり乱暴なまとめ方にはなりますが整理したいと思います。
「悪化したクレアチニン値は戻らない」という話は「一度壊れると再生することができない」ということから来ているのだろうと思います。
ブログ“脈診・腹診・クレアチニン”でご紹介した改善ケースは3.64→1.82です。これに続く大きな改善例としては、3.50→1.86という患者さまもおいでです。
注:ブログ“腎臓病における活性酸素”でもお伝えしていますが、改善された患者さまだけでなく、現状維持や悪化が止まらなかった患者さまもおいでです。
中外製薬さまの“腎らいぶらり” にある【eGFR計算機】のボックスに入力すると、3.64→1.82の患者さまの糸球体濾過量(GRF)は、15.5→33.2になり、下の図に照らし合わせると、ギリギリですが、G4→G3とワンランク戻ったということになります。これは想像以上に大きな改善だと思います。また、クレアチニン値の改善のみならず、顔色、皮膚の艶、体がかるく感じるなど、体調の改善を得られることも多く、数値だけでなく実態として改善されているという実感があります。
画像出展:「腎らいぶらり」
「クレアチニン値が改善するのは何故?」という疑問は、今回の『腎臓のはなし』を勉強させて頂き、理解が広がった分さらに難しくなりました。
そこで、まずは再生・改善に対し、“ネガティブ”な部分を抜き出してみました。
●硬化糸球体とは壊れた糸球体には結合組織が進入して、毛細血管がつぶれてしまう状態である。
●腎臓の肥大がある程度以上になったり、肥大したところにさらに糸球体を傷害する因子が加わったりすると、足細胞が脱落して裸になった糸球体の表面がボウマン嚢の壁側上皮と癒着し、そこから糸球体内に線維芽細胞などが進入して糸球体が内部から壊れてしまう。
●病気の腎臓では、裸になった糸球体の表面に周りから細胞が進入してくる。こうして、正常のメサンギウム以外の細胞が糸球体の中に増えて瘢痕を作ってしまったのが、糸球体硬化である。
●腎臓の働きを中心になって担う糸球体は、きわめて繊細で壊れやすく、また再生することができないが、これは糸球体の表面を覆っている足細胞は細胞分裂をすることができないためである。
ポイントは2つです。
1.足細胞は細胞分裂をすることができない。
2.糸球体内に線維芽細胞などが進入し、瘢痕を作り糸球体が壊れ硬化する。
続いて、“ポジティブ”とも取れる部分を抜き出してみました。
●糸球体のどこかに細胞分裂のできる未分化な細胞が混ざっている可能性は完全には否定できない。
●腎臓は腎移植で片側の腎臓を摘出すると、残された腎臓が大きく肥大して糸球体濾過量を増やすことが知られている。
ポイントは2つです。
1.足細胞の細胞分裂を完全否定することはできない。(「あとがき」より:『冗談ごとではなく、第一線の研究者の言っていることが、ある日を境に180度変わってしまうこともありえるのである。糸球体の濾過のフィルターの主役が何かについて、私を含め誰もが糸球体基底膜が主役であると信じていたが、1998年にスリット膜が主役の座に躍り出て糸球体膜は日陰者になってしまった。』とのご指摘あり)
2.糸球体自体が肥大して濾過量を増やすことがある。
また、糸球体濾過が正常に働くための要件は3つです。
十分な数の糸球体が正常に働いてくれる
十分な血液
適切な血圧調整(『糸球体が十分な量の濾過をすることは、体液の量と成分を一定に保って人体の細胞が生きていけるようにするために必要である。糸球体濾過の量を十分に確保するためには、十分な数の糸球体が正常に働いてくれることが大前提である。糸球体濾過のためには、それに加えて大切な要素が二つある。一つは、腎臓に十分な量の血液が流れることである。血液は濾過をして尿を作るための材料になる。もう一つは、糸球体に十分な血圧が加わることである。血圧は濾過するための原動力になる。』)
さらに、次のような指摘もあります。
『哺乳類の糸球体では、毛細血管の直径も厳密に調節されているわけではない。実際に顕微鏡で糸球体を観察しても、毛細血管の太さにかなり不揃いがある。太めの毛細血管では、濾過フィルターに必要とされる張力は大きくなる。このように哺乳類の糸球体では、血圧の変動や毛細血管の径の不揃いといった、濾過フィルターに加わる負荷の大きさを増大させる不確定の要因が存在する。』
一方、下記は糸球体濾過に影響する因子です。
ここで注目したいのは、下段の「糸球体濾過係数に影響する因子」に“炎症”が関わっている点です。
画像出展:「人体の正常構造と機能 全10巻 縮刷版 第1版」
下の図は冒頭でご紹介した資料を拡大したものですが、ステージ1の「糸球体・尿細管局所での炎症」と、ステージ2の「腎組織における抗酸化物質の低下」の、それぞれ“炎症”と“抗酸化物質の低下”は非常に重要だと思います。
画像出展:「腎臓のはなし」
クレアチニン値改善という視点でのエビデンス(実験結果に基づく科学的論拠)はありませんが、現時点で考えられる鍼治療による予想される効果は以下になります。
①自律神経の安定→ストレス低減→活性酸素などの炎症リスクの抑制と抗酸化物質減少の抑制
②自律神経の安定(副交感神経優位)+硬い筋肉が緩む→血流改善→腎臓の血流改善を支援
③自律神経の安定→内分泌系の安定→腎臓の血圧調整機能を支援
以上のことから、まとめると次のようなものになるのと思われます。
◆自律神経の安定とストレス低下により抗酸化物質の低下を抑制。加えて、活性酸素の抑制や血流、血圧調整の支援を通して糸球体の炎症を抑制。これらの良い変化が、硬化に至らず黙々と濾過という仕事を続けている糸球体を守り、濾過量を高めている。ということではないかと想像します。
ご参考:注目すべきニュースを発見しました。(2023年5月5日)
論文の結論は、「われわれの研究により、特に若年から中年の成人において、基準範囲内で低レベルの尿酸値が腎機能の急速な低下のリスクと独立して関連していることが示された」とまとめられている。
なお、その機序については文献的考察から、「尿酸はビタミンCを上回る抗酸化作用を有しており、そのレベルが低いことで、血管内皮細胞での酸化ストレスの亢進、アポトーシスの誘導、接着分子の発現などが生じることの影響が考えられる」と述べられている。
また、高齢者では尿酸値低値の影響が非有意であることについては、「活動性が高い若年~中年期には酸化ストレス抑制のため尿酸の需要が高いのに対して、高齢期にはその需要が減るためではないか」と推察している。