筋紡錘は、大辞林 第三版によると『骨格筋中にある紡錘形の微小な感覚器。筋肉の収縮を感知して手足の位置・運動・重量・抵抗の感覚を起こす。動物の姿勢保持や細かい運動に重要。』と解説されています。
つまり、姿勢の保持や運動のために必要なセンサー(受容器)です。大きさはおよそ2~7mm、筋線維の間に埋もれて存在おり、筋の長さと伸長速度(筋が引き伸ばされる速度)の変化に反応します。
赤色のⅠa、Ⅰb、Ⅱは感覚神経で、末梢から脳に向かうため求心性神経ともよばれます。
一方、緑色のα、γは運動神経で、脳から末梢に向かうため遠心性神経ともよばれます。
※神経=ニューロンです。運動神経のα、γは通常、α運動ニューロン、γ運動ニューロンと呼ばれています。
画像出展:「人体の正常構造と機能」(日本医事新報社)
健康であれば膝の下を叩くと、ビクッと無意識に蹴り上げますが、これを膝蓋腱反射といいます。
膝下を叩くと、太もも前面の筋肉はわずかですが引き伸ばされます。すると筋肉の中に存在している筋紡錘がその変化(引き伸ばされたこと)をキャッチし、Ⅰa群線維を通って脊髄に伝えます。
膝蓋腱反射は脳で判断するのではなく、すばやく対応するために、脳と同じ中枢神経である脊髄が自動的に判断する仕組みで、筋紡錘がキャッチした変化の知らせは脊髄内でα運動ニューロンにパスされ、叩くことによって引き伸ばされた筋肉を即座に収縮させます。一方、膝を伸ばすためには太ももの前面の筋肉(屈筋)が収縮するだけでなく、拮抗する後面の筋肉は緩んで伸びる必要があるため、もう1つの命令が拮抗する筋肉(ハムストリングス)を緩めます。こうして膝関節が反射的に伸びる膝蓋腱反射が成立します。
画像出展:「人体の正常構造と機能」(日本医事新報社)
今月9日のブログは「月刊スポーツメディスン2017年6月号」からのものでしたが、同じく6月号に、『「痛み」の理解と対応 -トリガーポイントへのアプローチと資格と手技について』というタイトルで、トリガーポイントに関する多くの著書を執筆されている伊藤和憲先生による寄稿もありました。その中の一文に次のような説明が書かれていました。
『筋肉の機能は大きく2つに分かれていて、姿勢を維持するために使われている抗重力筋と、動かすためだけに働く筋肉です。抗重力筋は筋紡錘の数が多いのが特徴です。筋紡錘には交感神経が分布しているので、筋紡錘が多いということはストレスに敏感なのです。したがって、抗重力筋に激しく鍼治療を施すと、逆に筋が収縮してしまって痛みを悪化させてしまうということがあります。』
「筋紡錘には交感神経が分布している」従って、ストレスの影響を受けるため激しい鍼治療は不適切である。ということが分かりました。
では、「激しい鍼治療」とはどんなものか、「激しい」とはどの程度のものかという疑問が浮かび、本やネットを調べてみました。今回はその内容をブログにまとめたというものです。
最初に、私なりの結論からお伝えすると、「筋紡錘に影響を与える激しい鍼治療とは、痛みを強く伴う鍼、不快なひびきを伴う鍼など、患者さまがストレスを強く感じてしまう、乱暴ともいえる鍼治療である」
刺入後に刺激を加える雀啄という手技や、鍼通電療法による電気的刺激は、それが患者さまにとって強い痛みや不快を感じるものでなければ、激しい鍼治療には該当しない。」ということと考えました。
なお、今回調べた資料の中で特に参考とさせて頂いたのは以下の3つですが、興味深った内容の一部をご紹介します。
1.「はり師、きゅう師、あんま・指圧・マッサージ師のための 痛み学習テキスト (第1版)」 東洋療法研修試験財団 平成27年度鍼灸等研究課題
2.「スポーツ障害と鍼灸手技治療」 全日本鍼灸学会雑誌 38巻4号 1988年12月
3.「筋機能と運動」 理学療法科学 16(3):129-132、2001
1.「はり師、きゅう師、あんま・指圧・マッサージ師のための 痛み学習テキスト(第1版)」
自律神経と痛み
『痛みと関連する自律神経は交感神経である。何らかの痛みが身体に存在している際、その痛みがストレスとして認識されるなどの要因により視床下部が興奮すると交感神経活動が亢進する。その結果、交感神経末端からノルアドレナリンが放出され、侵害受容器の活動を亢進させるとともに、血管収縮や血中のマクロファージや肥満細胞を活性化させてTNFαを放出し、感覚神経の活動亢進も引き起こす。さらに副腎髄質からアドレナリンを分泌し同様に感覚神経の活動を亢進させることで痛みを増強したりさらなる痛みを引き起こしたりすると考えられている。』
交感神経は筋紡錘にも線維を伸ばしています。
後述する「筋機能と運動」によると、筋紡錘は小さい筋の方が密度は高いとのことです。
画像出展:「鍼灸は効くのか、なぜ効くのかの10講」(全日本鍼灸学会)
2.「スポーツ障害と鍼灸手技治療」
『発生原因の一つに疲労があると述べられている。この疲労の一現象として、 筋収縮のくり返しによる代謝産物の蓄積や、 筋の収縮残留が認められている。このことは末梢の筋収縮機構に対する異常と循環の不全、 特に虚血性代謝障害を発生し、 その状態のままで運動をくり返すことが障害の発生を引き起こすと推察される。
a) 筋紡錘求心性発射活動に対する影響
筋収縮の強さや一定の緊張状態は、 筋紡錘からの求心性発射活動で反射性に維持されている。従って筋紡錘からの求心性発射活動をマイクロニューログラフィーで観察すると筋の収縮機構の活動状態を知ることができる。下腿三頭筋支配の脛骨神経に含まれるヒラメ筋由来の筋紡錘のla求心性発射活動を膝窩部から導出し、
下腿のヒラメ筋上にある経穴の「承山」にステンレス製3番鍼を置鍼し、 筋紡錘からの求心性発射活動に対する鍼刺激の影響を5例の平均でシェーマした。鍼刺激開始直後に抑制が強く現れ、その後発射活動が変化しながら抑制され、 置鍼5分後には活動が消失した状態がしばらく持続し、抜鍼後徐々に活動が高まりその後回復している。
横軸は時間です。この実験により、効果を出すには、目安5分以上の置鍼が必要であることが分かります。
b) 筋交感神経活動に対する鍼刺激の影響
同様の手法で下腿三頭筋支配の血管収縮神経をメインとする筋交感神経活動を導出し記録した。この筋交感神経活動は、
情動の影響などを受けず、延髄にあたる血管運動中枢の活動を末梢で観察できる神経活動であることも認められている。また、この筋交感神経線維の一部が筋紡錘の中に入り込んでいることも、ラットなどで確認され、この神経活動が筋収縮機構に関与している可能性も示されている。この筋交感神経活動を導出し内果後方で後脛骨動脈拍動部の経穴「太渓」に置鍼し、
筋交感神経活動の変化を観察した結果、図12に示すような変化、つまり、22例中12例で鍼刺激による初期に活動充進と、刺激中の抑制が認められた。
以上の結果を鍼刺激が骨格筋の筋トーヌスを低下させ、 かつ筋内循環を改善する論拠としているが、これ等の反射の中枢は、 脊髄レベル以上の中枢の関与を示すいくつかの研究報告もあり興味深い。』
こちらも横軸が時間です。この実験からも、同じく効果を出すには、目安5分以上の置鍼が必要であることが分かります。
3.「筋機能と運動」
『大きな筋より、小さい筋の方が筋紡錘の密度が高い。従って大きい筋に平行している小さい筋には中枢神経系に重要な固有受容覚のフィードバックを行う役割があることを示唆している。
体幹のC5-6、T6-7、L4-5のレベルの左右の半棘筋、多裂筋、短回旋筋から採取し全ての場合で、短い筋である短回旋筋の方が長い筋である半棘筋、多裂筋と比べ、筋紡錘の割合は4.58~7.3倍も高く、両群では有意に差がみられた。特に胸椎レベルで差が著明であった。一方で、3~5椎体間につく多裂筋と6~8椎体間に付着する半棘筋の間には、筋紡錘の密度に大きな差はなかったと報告している。この結果からは、微妙な姿勢保持に関係した固有受容覚のフィードバックにおける小さい筋の果たす役割が推測される。』