今回は、母親の股関節痛に伴う筋性拘縮に関するものです。
軟骨変性、関節包、股関節唇のいずれかの問題ではないかと考えますが、アスリートなどに多く、最近注目されているという点から“股関節唇損傷”をターゲットに調べていくことにしました。
状況
■年齢:102歳
■健康面
1.2020年元旦、椅子から転倒し右側頭部等を強打し救急搬送されましたが、脳、首、肩に問題はありませんでした。ただし、もともと限界寸前だった歩行は困難となりベッドでの生活となりました。
■発症時(2021年1月後半~2月前半)
1.左股関節、左膝関節が常時屈曲しており、伸展、外旋で痛みを強く訴えます。
2.訪問医の先生からは、「関節を動かせて、内出血、腫れ、炎症がないことから脱臼、骨折の可能性はないだろう」とのことでした。なお、問題なく椅子に座ることができ、大転子への押圧や踵への叩打でも痛みを訴えないので骨折ではないと考えました。
3.突然というより、少しずつという感じです。ベッドでは右側臥位で左足を右足の上にクロスさせるように伸ばしている姿勢が多かったのですが、左股関節・膝関節を曲げることが見られるようになり、そして仰臥位でも左膝を立てていることが多くなり、それが頻繁になり拘縮していったという感じです。
この写真は2月末頃だったと思います。
■考えられる原因
1.受傷したという認識はありませんでした。ただし、両足をベッドの外に出し、ベッド内を90度回転するほど元気に動いていたため、そのような時に股関節の軟部組織のどこかを痛めたのではないかと思います(例えば、元の姿勢に戻ろうとして股関節に捻じりの力が繰り返し加わった等)。また、加齢による影響も大きいと思います。
画像出展:「股関節の痛み」
図の中央上部右から、関節軟骨、関節唇、関節包とありますが、この辺りに問題があるのではないかと思います。
格安で購入した3冊の古本は骨などに関する疾患について書かれており、軟部組織の損傷についての内容は殆どなかったのですが、とても重要なページが1つありました。
画像出展:「新よくわかる股関節の病気」
『関節症と痛みや機能の障害は図2-6のように悪循環を作っていますので、この悪循環を断ち切ることが基本です。変性の進行により痛みと炎症が強くなり、プロスタグランジンなどの血管の透過性を増し炎症を引き起こす化学的な物質を出して、滑膜の炎症、軟骨の破壊や軟骨細胞の変性が進みます。関節を最大に曲げたり伸ばしたりすると筋肉や筋膜による痛みが強いので、関節を動かさなくなります。さらに痛みのために歩く距離が少なくなり筋肉は衰えて萎縮し、関節の動きがさらに悪くなります。関節の動きが少なくなることで血液のめぐりを悪くし、関節の変性がより進行します。』
今の状況はまさにこんな感じです。これによれば、老化による軟骨変性が疑われますが、“軟骨変性”がどのようなものなのか分かりませんでしたので、“関節唇損傷”に“軟骨変性”を加え、この2つに注目しながら勉強することにしました。
題材は、次の4つです。①股関節の痛み 編集:菊地臣一 ②月刊スポーツメディスン2・3月合併号 138 特集:股関節の痛み 鼡径周辺部痛、FAI、関節唇損傷、その他の痛みへのアプローチ ③医道の日本 2013年4月号 特集 股関節痛へのアプローチ ④日臨整誌 vol.36 no.1 98 関節内に陥入した股関節唇損傷の治療経験(2例)。なお、ブログは4つに分けました。
最初の「股関節の痛み」は43名の先生が執筆され、菊地臣一先生によって編集されています。“股関節の解剖と生理”に始まり、基礎的なことも勉強できる期待していた内容の本でした。また、“股関節唇損傷”も出ていました。
出版:南江堂
発行:2011年7月
編集:菊地臣一(執筆者は43名)
目次
Ⅰ 痛みについて
1.運動器のプライマリケア―careを重視した全人的アプローチの新たな流れ
2.運動器の疼痛をどう捉えるか―局所の痛みからtotal painへ、痛みの治療から機能障害の克服へ
3.疼痛―診察のポイントと評価の仕方
4.治療にあたってのインフォームド・コンセント―必要性と重要性
5.各種治療手技の概要と適応
a.薬物療法
b.ペインクリニックのアプローチ
c.東洋医学的アプローチ
d.理学療法
e.運動療法
f..精神医学(リエゾン)アプローチ
g.気学的アプローチ
6.運動器不安定症―概念と治療体系
7.作業関連筋骨格系障害による痛み
Ⅱ 股関節の痛みについて
1.診療に必要な基礎知識-解剖と生理
A.股関節周囲の表面解剖
B.骨盤出口部の解剖
C.股関節の深層解剖
2.診察手順とポイント―重篤な疾患や外傷を見逃さないために、他部位の痛みを誤診しないために
a.小児の診察
A.医療面接
B.身体診察
C.画像診断
D.臨床検査
E.関節 刺および局所麻酔剤注入テスト
b.成人の診察
A.医療面接
B.身体診察
C.画像診断
D.疾患
3.鑑別に注意を要する股関節および周辺部の痛み
a.骨・軟部腫瘍
b.骨系疾患
c.発育期のスポーツ損傷・障害による痛み
4.股関節疾患と間違いやすい痛み
A.腰椎疾患による股関節痛
B.骨盤部疾患による股関節痛
C.腹部内蔵器による股関節痛
5.画像診断と臨床検査
A.股関節痛と画像診断
B.股関節痛と臨床検査
6.各種治療手技の実際と注意点
a.薬物療法
b.理学療法・運動療法
A.理学療法
B.運動療法
c.ペインクリニックのアプローチ
A.トリガーポイント注射(圧痛点注射)
B.股関節ブロック
C.腰神経叢ブロック
D.仙腸関節ブロック
E.梨状筋ブロック
F.股関節知覚枝高周波熱凝固
d.東洋医学的アプローチ
A.漢方
B.鍼灸
C.指圧・マッサージ
Ⅲ主な疾患や病態の治療とポイント―私はこうしている
1.化膿性股関節炎による痛み
■治療の実際
A.診察のポイント
B.鏡視下洗浄・ドレナージ
C.化学療法
D.遺残変形
E.化膿性関節炎に対する私のアプローチ
2.Perthes病による痛み
■治療の実際
A.診察のポイント
B.治療方針
C.保存的治療
D.観血的治療
E.予後予測(重症度の判定)
F.長期成績
3.単純性股関節炎による痛み
■治療の実際
A.診察のポイント
B.治療
4.大腿骨頭すべり症による痛み
■治療の実際
A.病型と痛みの原因
B.痛みの特徴とアプローチ
C.画像所見
D.治療方針
E.主な観血的治療
5.変形性股関節症による痛み
a.治療の実際①
A.変形性股関節症の診断と治療
B.変形性股関節症による痛みと治療法選択
C保存法の実際
D.手術療法における術式選択
b.治療の実際②
A.痛みの特徴と診断
B.治療方針決定のためのポイント
C.保存療法
D.手術へ踏み切るタイミング
E.手術療法
F.股関節手術に対する考え方と治療方針
6.特発性大腿骨頭壊死症による痛み
a.治療の実際①
A.治療方針の決定
B.保存療法
C手術療法
b.治療の実際②
A.診察のポイント
B.薬物療法
C.手術療法
D.専門医に紹介するタイミング
7.一過性大腿骨頭萎縮症による痛み
■治療の実際
A.病態
B.診察のポイント
C.薬物療法
D.物理療法
E.専門医に紹介するタイミング
8.急速破壊型股関節症による痛み
■治療の実際
A.定義と病態
B.診察のポイント
C.治療方針
D.手術療法
E.術後リハビリテーションと予後
9.骨粗鬆症による骨盤・大腿近位部の脆弱性骨折
■治療の実際
A.背景と病態
B.骨盤IF
C.仙骨IF
D.大腿骨近位部IF
10.関節リウマチによる痛み
a.治療の実際①
A.診断と治療のポイント
B.薬物療法
C理学療法
D.関節注射
E.手術療法
b.治療の実際②
A.診察のポイント
B.薬物療法
C.物理療法・運動療法・装具療法・その他
D.ブロック療法
E.手術療法
F.専門医に紹介するタイミング
11.股関節唇損傷による痛み
■治療の実際
A.股関節唇の解剖と生理
B.診察のポイント
C.保存的治療針
D.骨性因子なし
E.骨性因子あり
Ⅱ股関節の痛みについて
1.診療に必要な基礎知識-解剖と生理
A.股関節周囲の表面解剖
股関節の痛みの領域は、①前方(鼡径部など)、②外側(大転子周辺)、③後方(殿部)の3領域に大別されることが多い。
画像出展:「股関節の痛み」
1)前方のランドマーク
a.恥骨結合
・外上方から鼡径靭帯、外下方から長内転筋が付着する。同部周辺の疼痛を訴える疾患として、恥骨結合炎や恥骨骨折、内転筋損傷などがある。
b.大腿三角(スカルパ三角)
・上方は鼡径靭帯、外側は縫工筋内縁、内側は長内転筋外縁の三辺からなる逆三角形のくぼみであり、同部には内側から大腿静脈(Vain)、大腿動脈(Artery)、大腿神経(Nerve)が“VAN”の順に位置する。その深部に大腿骨頭があるため、同部の診察が診断の手がかりとなる股関節疾患は少なくない。また、股関節疾患以外の疼痛性疾患としては、腸恥骨液包炎、鼡径部のヘルニアなどがある。
c.上前腸骨棘
・鼡径靭帯を上方にたどると、上前腸骨棘を容易に触れる。大腿筋膜張筋や縫工筋が付着し、付着部の炎症や裂離骨折が生じる。
2)外側のランドマーク
a.大転子
・大腿骨外側の骨性隆起部で、大転子周囲の疼痛を訴える疾患として、股関節疾患、大転子滑液包炎、弾発股、感覚異常性大腿痛などがある。
b.坐骨結節
・殿部の骨性隆起部で、ハムストリングスが付着し、付着部の炎症や裂離骨折を生じる。股関節疾患や腰仙椎神経根症(坐骨神経痛)の後方の疼痛好発部位は坐骨結節より近位外側にある。
B.骨盤出口部の解剖
骨盤出口部には骨盤内から股関節周囲へ向かう筋、神経、血管が存在する。骨盤出口部(鼡径靭帯部、閉鎖孔、大坐骨孔)ではヘルニアや絞扼性神経障害が生じる。そのため、同部の解剖の理解が股関節周囲の解剖知識の整理や、股関節の痛みの病態を理解する上で有用である。
画像出展:「股関節の痛み」
1.鼡径靭帯
・鼡径靭帯の深部を、腸骨筋、大腰筋、大腿神経、外側大腿皮神経、陰部大腿神経(大腿枝)、大腿動・静脈などが通過する。鼡径靭帯の下を通過する神経は、股関節前方の知覚と股関節屈曲を支配する。鼡径靭帯の障害として、鼡径部のヘルニアや感覚異常性大腿痛がある。
2.閉鎖孔
・閉鎖孔内の外上方は閉鎖神経、閉鎖動脈が通過しており、同部は閉鎖孔ヘルニアが生じる部位でもある。閉鎖神経は股関節内側の知覚と股関節内転を支配する。
3.大坐骨孔
・大坐骨孔は腸骨、仙骨、仙棘靭帯、仙結節靭帯の内縁からなり、大坐骨孔を仙骨内側から大転子上部へ付着する梨状筋が通過する。骨盤から殿部に出る血管・神経は、すべて梨状筋の上か下かで大坐骨孔を通過する。梨状筋の上(梨状筋上孔)を上殿神経と上殿動脈が伴走する。梨状筋の下(梨状筋下孔)を通る神経・血管のうち重要なのは、①坐骨神経、②下殿神経、③下殿動脈である。梨状筋下孔を通過する神経、股関節後面の知覚と股関節の伸展と外転を支配する。同部の絞扼性障害として梨状筋症候群がある。
画像出展:「股関節の痛み」
C.股関節の深層解剖
1.関節内
・関節内の解剖は骨軟骨構造と軟部組織(関節包、関節唇、靭帯)からなる。変形性股関節症のようにX線で診断されることの多い骨軟骨構造の障害と異なり、軟部組織の障害は画像診断も困難であり、病態が判然としないことが多い。しかし、近年の股関節鏡技術の発達に伴い、軟部組織障害の診断と治療が鏡視下に行われるようになってきている。
a.骨軟骨構造
・股関節は寛骨臼と大腿骨頭から構成され、寛骨臼と関節唇が大腿骨頭の2/3を包み、臼状関節を形成している。この関節構造が関節の安定性に重要な役割を果たしている。骨軟骨障害をきたす股関節疾患は多い。
b.軟部組織
1)関節包
・寛骨臼と大腿骨頚部を連結する線維性組織である。関節包は寛骨臼側では寛骨臼縁より近位に付着する。一方、大腿骨側の前面では転子間線に付着するのに対して、後面では転子間稜より近位に付着するため、大腿骨頚部全面を覆っていない。そのため、大腿骨頚部骨折(基部)では、関節内骨折か関節外骨折かの鑑別が単純X線写真では困難な症例がある。
2)靭帯
・関節包は線維性の靭帯組織で取り巻かれ、前方は腸骨大腿靭帯、恥骨大腿靭帯、後方は坐骨大腿靭帯が覆い、関節包を補強し股関節を補強し股関節の安定に寄与している。
3)関節唇
・関節包内面の寛骨臼周囲を取り巻く軟骨性組織であり、衝撃吸収作用や吸盤機能作用を有し、股関節の安定化に寄与している。解剖学的には、関節唇内部には神経終末が存在し、臼蓋形成不全による股関節症では股関節痛の発症と関節唇断裂が強く相関することが指摘されている。
画像出展:「股関節の痛み」
a.筋肉
・最大荷重関節である股関節には強力な筋肉群が存在し、屈曲・伸展、内転・外転、内旋・外旋の6方向の動きに作用する。強力な股関節周囲筋に由来する障害として、骨盤付着部の裂離骨折や炎症、肉離れ、筋腱靭帯の炎症などがある。
画像出展:「股関節の痛み」
b.神経
・股関節周囲の運動と知覚は、主に2つの脊髄神経叢[腰神経叢L2,L3,L4、脊髄神経叢L(4)5,S1,S2(3)]が支配している。腰仙椎神経根障害では股関節周囲に放散痛が生じるため、腰仙椎疾患の鑑別に注意が必要である。股関節周囲の理解しておくべき神経徴候・障害として、関連痛、Valleix点の圧痛、絞扼性神経障害がある。
1)関連痛
・内臓、筋、関節などの損傷によって、障害部位と離れた部位に感じる痛みを「関連痛」という、股関節の内側障害例では、股関節内側を支配する閉鎖神経が興奮し、閉鎖神経の分枝の支配域である大腿や膝に痛みを生じることがある。股関節の脊髄神経支配は多様であり、障害部位により関連痛領域が多岐にわたる。変形性股関節症において、膝以下まで疼痛が及ぶのは4~47%と報告され、腰仙椎部神経根障害との鑑別が困難な症例がある。
2)Valleix点
・神経痛がある場合に、体表近くを走行している神経の直上を圧迫して、圧痛を感じる部位といい、三叉神経痛では眼窩上・下孔がValleix点として知られている。腰椎椎間板ヘルニアや梨状筋症候群などの坐骨神経痛例では、ときに殿部で有痛性の坐骨神経を触知できる。
3)絞扼性神経障害
・股関節周辺では、様々な絞扼性神経障害が報告されているが、代表例として梨状筋症候群と感覚異常性大腿痛がある。
①梨状筋症候群
・梨状筋部での坐骨神経の絞扼性神経障害であり、坐骨神経痛(殿部痛・下肢痛)を生じる。坐骨神経走行の解剖学的破格以外に、梨状筋部での腫瘍、ガングリオン、異常血管などによる圧迫などが報告されている。
②感覚異常性大腿痛
・鼡径靭帯や上前腸骨棘部での外側大腿皮神経の絞扼性神経障害である。外側大腿皮神経は、上前腸骨棘の遠位内側で鼡径靭帯の下を通り大腿ヘ下行するが、様々な解剖学的破格があり、上前腸骨棘を乗り越えて下行する型もある。そのため、股関節の前方アプローチ、腸骨採骨、腹臥位手術、長時間の腹臥位、妊娠、分娩などにより障害され、大腿近位外側に不快な痛みや痺れを生じることがある。
画像出展:「股関節の痛み」
画像出展:「股関節の痛み」
c.血管
・骨盤、股関節の栄養血管の大部分は、内腸骨動脈の分枝と外腸骨動脈の末梢である大腿動脈とその分枝からなる。
1)内腸骨動脈
・内腸骨動脈の分枝で骨盤、股関節の栄養に関係するのは、①上殿動脈、②下殿動脈、③閉鎖動脈である。内腸骨動脈は骨盤壁に沿って走行するため、骨盤骨折に伴う血管損傷の大部分は内腸骨動脈枝である。また、鼡径部や殿部に分枝する血管が存在することから、内腸骨動脈枝である。また、鼡径部や殿部に分枝する血管が存在することから、内腸骨動脈閉鎖(瘤)が慢性的な鼡径部痛や殿部痛の原因となる。
2)外腸骨動脈
・外腸骨動脈の分枝で股関節周辺、大腿骨頭の栄養に関係があるのは、①大腿動脈と、これからの分枝である②内・外大腿回旋動脈の血管網である。大腿骨頚部骨折によりこれらの動脈はしばしば損傷され、大腿骨頭壊死が生じる。
画像出展:「股関節の痛み」
c.血管
・骨盤、股関節の栄養血管の大部分は、内腸骨動脈の分枝と外腸骨動脈の末梢である大腿動脈とその分枝からなる。
1)内腸骨動脈
・内腸骨動脈の分枝で骨盤、股関節の栄養に関係するのは、①上殿動脈、②下殿動脈、③閉鎖動脈である。内腸骨動脈は骨盤壁に沿って走行するため、骨盤骨折に伴う血管損傷の大部分は内腸骨動脈枝である。また、鼡径部や殿部に分枝する血管が存在することから、内腸骨動脈枝である。また、鼡径部や殿部に分枝する血管が存在することから、内腸骨動脈閉鎖(瘤)が慢性的な鼡径部痛や殿部痛の原因となる。
2)外腸骨動脈
・外腸骨動脈の分枝で股関節周辺、大腿骨頭の栄養に関係があるのは、①大腿動脈と、これからの分枝である②内・外大腿回旋動脈の血管網である。大腿骨頚部骨折によりこれらの動脈はしばしば損傷され、大腿骨頭壊死が生じる。