股関節唇損傷による痛み
A.股関節唇の解剖と生理
・股関節唇は断面が三角形の線維軟骨からなり、寛骨臼の辺縁に付着する。下方の一部は関節黄靭帯に移行し、全体では輪状の構造物を形成する。膝半月のように付着部は血行に富み、末梢は無血行野となっている。その主な生理学的機能は、①関節安定性(吸着性)、②骨頭との適合性(ストレス分散)、③密閉性(潤滑液のブーリング)の保持である。
B.診察のポイント
1.医療面接
・問診では、現病歴を始め、既往歴、スポーツ歴などにも診断に有用な情報が含まれているので、詳細な聴取が必要である。
a.現病歴
・若年者では、スポーツなど運動の際に軽度の外傷を契機として発症することが多く、引っ掛り感やロッキングなどの機械的な刺激による疼痛を訴える。鼡径部痛、大腿前面の痛みが主で、時に殿部痛も伴うが、殿部痛のみを訴えるものは少ない。階段を昇る際の痛みや、しゃがみ込んだ時の痛み、症状が強い場合は夜間痛を訴えるものもある。
FAI(股関節インピンジメント)が比較的若年発祥である一方で、外傷を伴わない変性断裂は中高年の骨性変化の少ない女性に多い。また、遠距離のドライブなどの長時間の座位が疼痛により耐えられなくなるものも多い。その他、急な方向転換で股関節の外旋強制を受ける場合にも疼痛を訴える。
b.既往歴
・外傷歴や小児期の股関節疾患の既往は、FAIや臼蓋形成不全などの骨性因子を伴う関節唇損傷の原因になるので、発症時期や治療経過などを詳細に確認する必要がある。例えば、外傷性脱臼に伴う骨頭骨折、大腿骨頭すべり症、ペルテス病はFAIの原因となる。一方で、先天性股関節脱臼は、臼蓋形成不全の原因の1つとして広く知られている。
c.スポーツ歴
・スポーツ障害として股関節唇損傷がみられるが、競技種目としてよく挙げられるのは、野球、サッカー、ホッケー、ゴルフ、クラシックバレエ、フィギュアスケート、テコンドーなどの頻回の回旋運動、もしくは大きな可動域を要求されるものに多いとされる。特にFAIのあるものには発生頻度が高く、痛みのため競技休止を余儀なくされることが多い。
3.病態
・股関節唇損傷の原因は、病態に関与する骨性因子があるか否かによって、大きく2つに分類できる。骨性因子があるものとしてFAIや臼蓋形成不全があり、骨性因子がないものとして変性断裂、スポーツ障害、外傷などがある。
a.骨性因子なし
・骨性因子のない股関節唇損傷の原因は、①変性断裂、②スポーツ障害、③外傷の3つが挙げられる。
1)変性断裂
・外傷を伴わない変性断裂は、中高年の骨性変化の少ない女性に多いとされ、特に日本人女性では、横座りの際に痛みを訴える人が多い。仕事や家事でしゃがみ込むことが多い人や、趣味でヨガやエアロビクスなどを行い、広い可動域を要求される人にも多く発症する。
2)スポーツ障害
・1回のはっきりした外傷から起こることもあれば、繰り返される軽微な外傷から発症することもあり、3/4は後者であるといわれている。荷重下のピボット運動時に多いとされ、過屈曲、過伸展、過外旋など可動域一杯の運動を繰り返すことで起こりやすいとされている。
3)外傷
・主に交通事故や、スポーツ中の脱臼、捻挫などの際に発症するもので、靭帯損傷や骨折を伴うことから、受傷時の疼痛や腫脹が強い。初期治療の後に、残存する症状から股関節内の傷害に気付くことが多い。この場合、関節唇はもちろん、軟骨損傷や円靭帯断裂の合併頻度も高く、臼縁に小さな骨折が合併している場合もある。
4.画像所見
C.保存的治療
・『断裂した組織の自然治癒に関しては議論の多いところではあるが、Seldesらの報告で股関節唇損傷のある12股の新鮮凍結遺体において断裂部に新生血管がみられ、膝半月と同様に自然治癒の可能性を示唆している。そこで筆者の施設[大原英嗣先生:大阪医科大学]では、疼痛コントロールできる症例には、断裂の自然治癒を期待し保存的治療を行っている。』
・具体的には、疼痛誘発肢位の確認とその病態を説明し、日常生活において誘発肢位の回避を指導すると同時に運動療法を勧めている。大切にしていることは、他の荷重関節でも同じことが言えるが、非荷重での可動域内の持続的運動を行うことである。移動は自転車で行うように指導し、水中歩行や水泳を勧めている。症状の強い症例にはNSAIDsの投与を行い、変性断裂例などには、疼痛の原因が関節内にあることの診断を兼ねて局所麻酔薬にステロイドを加えて関節注射を行う。若年例では関節症変化がない症例には、関節軟骨表面の損傷に繋がるのでステロイド使用は控えている。
D.骨性因子なし
・初診後6カ月以上に渡り、仕事もしくはADLでの疼痛が改善しないものや、安静時痛が続くものに対しては手術治療を行っている。術式は、図10のように、関節唇の損傷程度により切除するか、修復するかを決めている。実質部の損傷が多い場合には切除を、そうでない場合は修復術として縫合を行っている。
画像出展:「股関節の痛み」
まずは、6ヵ月以上の保存治療が行なわれます。
月刊スポーツメディスン2・3月合併号 138
特集:股関節の痛み 鼡径周辺部痛、FAI、関節唇損傷、その他の痛みへのアプローチ
こちらは過去ブログ“股関節捻挫”の時に手に入れた専門誌ですが、今回は“股関節唇損傷”を強く意識して熟読しました。
1.股関節唇損傷の鑑別診断
広義と狭義の鼡径部痛症候群
・捻った時に痛い、ある肢位で痛い、という場合は、股関節唇損傷、筋損傷が疑われる。
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股関節唇損傷
・原因の一つはFAI(股関節インピンジメント)といって、大腿骨頭と臼蓋間の骨性衝突によって関節唇が損傷する。なお、FAIは骨の計測を行い、出っ張りがあった場合は疑う。
・内転筋由来鼡径部痛症候群では13%に関節唇損傷の可能性がある。
・痛みの部位は88%が鼡径部だが、67%は股関節の横側、大転子付近に痛みがみられる。また、腰部は2割、殿部は3割、大腿前面は3割、大腿後面は1割というように痛みの部位は多い。
・性別では71%が女性、平均年齢は38歳である。
・一般的には、重度の跛行はない。また、きっかけとなった外傷はなく、緩徐な発症で、まあまあ痛い、鼡径部痛、きりっとした痛み、だるい感じ、活動したときに痛みがあり、夜間痛、引っかかると痛い、そして振り返り動作で痛いという症状を訴える。
・股関節屈曲で内旋させるAnterior impingement test(図4)で95%が陽性。関節内で痛み止めを行うと、一時的にAnterior impingementの痛みがとれる。著効は90%。この2つを行い、関節内に造影剤を入れてレントゲン写真を撮り、その後MRIを撮ると、関節唇の状態や軟骨の剥離などが確認できる。
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・ブロック注射で痛みが半減し、それで様子をみる場合もあれば、希望により手術を行う場合もある。
・病態自体が新しいので確定診断まで約2年(平均21カ月)、平均3.3施設を受診している。
・大腿骨頭と臼蓋間の衝突以外に、捻った動作によって関節唇を損傷する場合もある。
・日常生活では、しゃがみ込み、車の乗り降り(特に低い車での乗り降り)、椅子からの立ち上がり、振り返り動作などできりっとした痛みが出る。また、同じような肢位をとりやすい、新体操、ロッククライミング、陸上のハードル、空手、マラソン、スピードスケート、アイスホッケーなどでも出やすい。
・年齢的な変化があったり、軽微な外傷を繰り返していると(degenerative change、minor trauma)、関節唇が傷んだり(labral tear)、軟骨が損傷したり(cartilage injury)して鼡径部痛が生じることがある。
・関節運動時に痛みがある壮年期の人でレントゲン画像の変化が少ない場合でも以下の図のように器質的疾患が疑われる。
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・鼡径部症候群のまとめ
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2.股関節鏡手術 FAIと関節唇損傷
・日本では通常の手術で行っていた時代から、アメリカではきれいに骨を削って関節唇を縫合する手術を関節鏡手術で行っていた。
・日本ではFAI(股関節インピンジメント)は少なく、多くは臼蓋形成不全と考えられてきたが、内田先生の2009年から2011年に行った230例では、臼蓋形成不全は60例でFAIは151例で、日本では考えている以上に、FAIが多いと考えられる。ただし、臼蓋形成不全60例という数は欧米に比べると圧倒的に多い。
・『最初股関節痛があって、関節の中かなと思っていても、腸腰筋のインピンジメント[腸腰筋に肥厚や炎症があるとクリックがあり、詰まる感じがする]という可能性もあるので、最低1カ月半くらいは保存療法でリハビリをやりつつ様子をみて、それで3カ月以上みて反応しない症例については、手術を視野に入れて検査を進めていきます。』
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絶対手術適応は、関節造影MRI(左の写真)で関節をみたとき、関節唇の断裂がはっきりわかる症例。
・『次に前述の保存療法で3カ月以上やっても改善がみられない症例、そして関節唇だけでなく、関節唇のそばに軟骨があるのですが、この軟骨が傷んでくると予後が不良になります。軟骨が少しでも傷んでいる所見があれば、早めの手術を勧めます。いたずらに保存療法を続けていると、だんだん変形性股関節症になっていきます。』
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・FAIは10代、20代、30代までは男性の方が多く、40代、50代になると女性の方が多くなる。
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・股関節に限らないが、痛みが精神的な要因に関係していることがある。また、同じように関節唇が損傷していても痛みを感じない人もいれば、ひどく痛みを感じる人もいる。さらに筋力も関係してくる。以上のことから、手術の適応を見極めるのは簡単ではない。