慢性痛というと、明治国際医療大学の伊藤和憲先生のセミナーで学んだことが頭に浮かびます。それは次の通りです。
●「急性痛と異なり、警告信号としての意味はない。また、慢性痛の中には既に痛みを起こしていた原因は治ってしまい、痛みだけが残っていることもある。そのため、検査をしても原因が見つからないことも少なくない。」
今回の本、『慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略』を知ったのは偶然です。施術者として慢性痛に精通することは間違いなく重要です。そこで「これはチャンス」と思って購入しました。
特に、中枢神経や生理活性物質の役割、慢性炎症のメカニズム、認知症やサルコペニアが印象的でした。
著者:半場道子
初版発行:2018年1月
出版:医学書院
ブログは5つに分けていますが、取り上げているのは目次の中の黒字の部分です。
目次
第1章 慢性痛とは何か
Ⅰ 慢性痛の定義と分類
1.慢性痛の定義
2.慢性痛の分類
Ⅱ 慢性痛をめぐる問題
1.日本における慢性痛
2.慢性痛の患者数と医療費
3.慢性痛と精神疾患
Ⅲ 慢性痛の評価法
1.痛みの強さの評価法
2.質問票による痛みの評価法
第2章 慢性痛のメカニズム
Ⅰ 痛みを伝える情報伝達系
Ⅱ 痛みを抑制する脳内機構
1.Mesolimbic dopamine systemと疼痛抑制機構
2.下行性疼痛抑制系
3.Placebo analgesiaと脳内変化
第3章 侵害受容性の慢性痛
1.変形性膝関節症への新しい視点
2.変形性膝関節症と慢性炎症
3.変形性関節症の痛み
4.痛みを軽減する薬物
5.DMOADsの薬理作用と開発の現状
6.OA患者急増の社会的リスクファクター
第4章 神経障害性の慢性痛
1.神経障害性の痛み
2.痛みを慢性化させる要因
3.痛みの慢性化を防ぐには
第5章 非器質性の慢性痛―Dysfunctional Pain
1.慢性腰痛:脳内で何か起きているのか?
2.腰痛を慢性化させる要因
3.線維筋痛症の痛み
4.線維筋痛症患者の脳で何が起きているのか?
5. Dysfunctional Pain(機能障害性疼痛)
6.負情動と慢性痛
7.痛みの破局的思考
8.Default Mode Networkと慢性痛
第6章 慢性痛の治療法
Ⅰ 薬物療法・神経ブロック
1.非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
2.アセトアミノフェン(Acetaminophen)
3.麻薬性鎮痛薬、合成麻薬、オピオイド
4.抗てんかん薬(抗けいれん薬)
5.抗うつ薬(Antidepressants)
6.神経ブロック
Ⅱ 認知行動療法・マインドフルネス
1.認知行動療法(CBT)
2.マインドフルネス・ストレス軽減法(MBCT)
3.治療で回復する慢性痛患者の脳
Ⅲ 脳刺激法
1.大脳皮質運動野刺激
2.反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)
3.経頭蓋直流刺激(tDCS)
Ⅳ 筋運動
1.筋運動による痛みの軽減
2.筋活動の生理的意義:骨格筋は分泌器官
3.筋活動の生理的意義:PGC1-αの発現
4.PGC1-αによる慢性炎症の抑制
5.PGC1-αの抗酸化・抗老化作用
6.PGC1-αによる筋力増強作用
7.健康維持に適した筋運動は?
第7章 神経変性疾患と慢性炎症
Ⅰ パーキンソン病
1.パーキンソン病:運動症状と非運動症状
2.パーキンソン病:痛みの脳内機構
3.脳内ドパミンの変動と痛み
4.パーキンソン病:痛みの治療
5.パーキンソン病:発症を源にさかのぼる
Ⅱ 慢性炎症と疾患
1.免疫細胞とインフラマソーム
2.慢性炎症は万病の源
3.慢性炎症の抑制
Ⅲ 認知機能障害
1.アルツハイマー病
2.脳の時限爆弾AβとTau
3.脳内グリアによる慢性炎症
4.認知症と海馬
5.認知症のリスクファクター
Ⅳ 記憶のメカニズム
1.海馬:記憶の中枢
2.海馬では日々、ニューロンが新生している
3.新生ニューロンが記憶機能を担う
4.高齢者の脳と記憶力
5.認知機能と筋運動
6.海馬萎縮の原因
7.記憶には反復と睡眠
Ⅴ 高齢者とサルコペニア
1.サルコペニア―死のリスク
2.サルコペニアの診断
3.サルコペニアの機序
終章
1.慢性痛の謎解きと進化の系譜―古代の海から宇宙ステーションへ
2.快・不快情動に焦点を当てる―今後の医療の根幹
3.人は希望によって生きる
第1章 慢性痛とは何か
Ⅰ 慢性痛の定義と分類
・慢性痛は急性痛が長引いたものではなく、主として脳回路網の変容に伴って生じる痛みである。
・慢性痛患者数は推計2,300万人、成人人口の約22.5%。
・近年、機能的脳画像法によって慢性痛の脳内機構が明らかになりつつあり、治療法への挑戦が始まった。
1.慢性痛の定義
・一般的には発症から3カ月以上続く痛みと考えられている。
・末梢組織に起こった炎症の源が炎症反応を連鎖させ痛みが長く続くもの。
・上位脳に投射された侵害信号によって、中枢神経系の機能に変容が起き、痛覚過敏の状態が長期に続いているもの。
・“非器質性の慢性痛”はメカニズムが不明で、「痛みの謎」と呼ばれてきたが、機能的脳画像法によって慢性痛の脳内機構が明らかになり、それに基づいて、認知行動療法、マインドフルネスストレス軽減法、薬物療法、運動療法、脳刺激法など、様々な治療法が開発されている。
2.慢性痛の分類
・慢性痛は発生メカニズムから、①侵害受容性、②神経障害性、③非器質性、の3つに分類される。
画像出展:「慢性痛のサイエンス」
1)侵害受容性の慢性痛
・末梢組織が外傷などの侵襲を受けると、末梢神経終末が刺激され活動電位を発する。活動電位が脊髄後角、視床を経由し大脳皮質体性感覚野に達すると「痛い」という感覚が生まれる。侵襲を受けた部位からは発痛物質や炎症メディエータが次々に産生され、感覚神経終末はこれらの濃縮スープに繰り返し刺激され、侵害受容性の痛みが生ずる。
2)神経障害性の慢性痛
・神経障害性の痛みは、「体性感覚神経系の病変、あるいは疾患によって生ずる痛み」と定義されている。
・末梢神経および中枢神経が損傷を受けた後で、痛みの増強や長期化が起きた状態を神経障害性の慢性痛という。
・損傷部位の傷口が治癒した後でも、神経組織の形態や上位脳における脳回路網の変容が起きるため、慢性痛が続く。
3)非器質性の慢性痛(心理/社会的要因に影響される慢性痛)
・非器質性の慢性痛は、機能的脳画像法を用いた研究により、脳の疼痛抑制機構の機能不全が原因の痛みであることがわかった。そして、dysfunctional pain(中枢機能障害性疼痛)と呼ばれている。
・心理的、社会的要因の影響を受けやすい。
・以前、「心因性」と呼ばれていたものは、現在、使用が避けられている。それは、「心因性」が脳回路網のどこに由来するのか不明であり、脳画像解析に基づいた痛みの機序とも乖離があるためである。
Ⅱ 慢性痛をめぐる問題
1.日本における慢性痛
・慢性痛の部位は、腰痛(55.7%)、四十肩・五十肩・肩こり(27.9%)、頭痛・片頭痛(20.7%)、関節炎(12.9%)、冷え症(12.2%)が上位5つである。「日本における慢性疼痛保有者の実態調査、2010年」より。
・慢性痛患者の痛み状況と罹患期間
画像出展:「慢性痛のサイエンス」
この表では5年以上~20年未満の合計が、44.5%とほぼ半数になっています。