オキシトシンといえば、分娩や射乳に関するホルモンである。というのが学校で学んだことです。
2018年に拝読させて頂いた、山口 創先生の著書『人は皮膚から癒される』では、スキンシップケアの重要性とその陰に隠れ、多大な影響を及ぼしているとみられるオキシトシンの存在を知りました。(ブログは“スキンシップケア[C触覚線維]”)
一方、新たに不妊鍼灸をはじめたことで不妊に悩む患者さまとの接点が生まれ、このオキシトシンこそが、生命の誕生を総合的に支配している存在なのではないかと直感し、そして、今回の本を見つけてきました。初版発行は2008年と古いのですが、著名な先生の著書であることとオキシトシンだけに焦点を当てた内容は、200ページを超えるをものだったため全体像から枝葉まで知ることができるのではないかと思い購入しました。
オキシトシンは、血圧と水分調整にかかわるバゾプレシン(ADH)とともに下垂体後葉ホルモンであり、静脈から心臓に還流した後、全身に送られます。つまり、この2つのホルモンは、下垂体前葉ホルモンや視床下部ホルモン(下垂体前葉ホルモン分泌を促進または抑制を担う)とは明らかに異なる特徴を有しています。その意味でも特別の存在といっても良いのではないかと思います。
画像出展:「東京女子医科大学 高血圧・内分泌内科」
右上部の【下垂体】の中の[後葉]の下に”オキシトシン”が書かれています。上にある”抗利尿ホルモン(ADH)”がバソプレシンになります。
画像出展:「人体の正常構造と機能」
『下垂体後葉(神経性下垂体)には下下垂体動脈が分布し、後葉内で毛細血管網を形成する。視索上核や室傍核からの神経線維は漏斗茎を通って後葉に至り、毛細血管周囲に終末をつくる。神経終末から放出されたオキシトシンやバソプレシンは後葉の毛細血管内に入り、静脈から心臓へ還流したのち全身に送られる。』
※視床下部から下垂体後葉につながるピンクの管がオキシトシンとバソプレシンのルートです。
著者:シャスティン・ウヴネース・モべリ
訳者:瀬尾智子、谷垣暁美
初版発行:2008年10月
出版:晶文社
こちらは原書の表紙です。
シャスティン・ウヴネース・モべリ博士です。
写真をクリック頂くと、博士のサイトに移動します。
目次
はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面
第一部 〈安らぎと結びつき〉システム
第一章 オキシトシン
第二章 私たちを取り囲む環境
第三章 バランスが肝心
第二部 脳と神経系におけるオキシトシンの役割
第四章 体の制御中枢
第五章 オキシトシンの働くしくみ
第三部 オキシトシンの効果
第六章 オキシトシン注射の効果
第七章 オキシトシンの木
第八章 授乳―オキシトシンが主役
第四部 結びつき
第九章 オキシトシンと触覚刺激
第十章 オキシトシンとほかの感覚刺激
第十一章 オキシトシンと性行動
第十二章 オキシトシンと人間関係
第五部 安らぎと結びつきを探求するさまざまな方法
第十三章 マッサージ
第十四章 食べること―内側からのマッサージ
第十五章 タバコ、アルコール、その他の薬物
第十六章 医薬品による安らぎと結びつき
第十七章 体を動かすこととじっとしていること
第十八章 私たちの内なるエコロジー
本題に入る前に、ひとつご紹介したいサイトがあります。
これは、今回の本の初版が2008年であり、動物実験によるものが多いということから、「現在、オキシトシンに関する最新の研究成果はどうなっているんだろうか?」という疑問がありました。そこで、検索してみるととても興味深い、新しい記事(2022年8月26日)を見つけました。
これにより、オキシトシンが今も注目にあたいする物質であることを確信することができました。
『慶應義塾大学医学部薬理学教室の塗谷睦生准教授、横浜国立大学環境情報学府博士課程前期2年の中村花穂、慶應義塾大学医学部薬理学教室の唐澤啓子(研究当時)、同大学医学部薬理学教室の安井正人教授らの研究グループは、これまで直接見ることができず謎に包まれてきた、脳内のペプチド性ホルモンの一種であるオキシトシンを「見える化」するツールの開発と応用に成功しました。
オキシトシンは、分娩促進や授乳促進、母性行動などに関与し、母親が子を産み育てる上で重要なホルモンとして知られてきました。さらに近年、これらの効果に加え、日常生活の中で人間関係を築いていく社会的行動においても重要な役割を持つことが明らかにされ、ヒトを含む動物の精神を強力に調節する、脳内の神経伝達物質としての役割が注目を集めています。闘争欲や恐怖心を減少させ他人に対する信頼感を増加させる効果や、自閉スペクトラム症の中核症状である社交性を改善する効果から、一般的には「幸せホルモン」や「愛情ホルモン」という名称でも親しまれ、とても注目されています。』
PDF資料(4枚):左をクリックするとダウンロードされます。
ブログは4章と15章以外、目次の中の黒字の個所です。また、長くなったので5つに分けました。
冒頭の「はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面」は10ページにわたって記述されているのですが、その内容に思わず惹きつけられました。全てではありませんが、3つに分け、かなりの部分をご紹介させて頂いています。
はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面
『私たちは日頃、善と悪、光と闇、男と女、太陽と月というふうに、両極端を頭においてものを考えることが多い。どうしてそうなのかはわからないが、二元論的考えに慣れっこになっていて、自分がそういうふうに考えていると意識することもないぐらいだ。とくに、科学の方法論は、そういう考え方によって形づくられてきた。とはいえ、学問分野の中には、両極のうちの片方だけが明確に表現される、あるいは両極の片方だけが私たちの好奇心をそそる、そういう分野もある。
生理学は医学の分野のひとつで、生きている動物がいかに機能するかを明らかにしようとするものだが、その中でも特に多くの力が注がれたのは、心身の激しい活動とストレスの生理学だった。それはたいていの場合、〈闘争か逃走か〉反応を調べることを通して研究された。このよく知られた反応において、私たちヒトやその他の哺乳類は、立ち向かうか、逃げ去るか、いずれにせよ、ストレスとなる状況に対処できるような体勢を整える。私たちは怒りや恐れを、ときにはその両方を感じる。血圧が上昇する。栄養蓄積を含めて、消化器系の働きがほぼ停止する。反応が速くなり、痛みに対しては鈍くなる。体じゅうのエネルギーのすべてが、(現実のものであれ、想像上のものであれ)直面する脅威に対して身を守ることに向けられる。ポパイがホウレンソウを食べて世界一強い男になるように、〈闘争か逃走か〉反応の影響下にあるヒトその他の哺乳類は、短時間、ふだん以上の力を発揮する。私たちの体が自家製の「滋養強壮ドリンク」を、ホルモンと神経伝達物質の形で提供してくれるおかげだ。
私が本書で描き出したいと思っている、これまであまり研究されてこなかった生理学的パターンは、〈闘争か逃走か〉反応の対極にあるものだ。ほかの哺乳類もそうだが、私たちは、危険に直面して臨戦態勢にはいる能力に加えて、人生の良きものを楽しみ、くつろぎ、他者と結びつき、自らを癒す能力をもっている。人生の出来事においてだけではなく、生化学システムにおいても、〈闘争か逃走か〉パターンの対極に位置するものがある。本書があつかうのは、シーソーの反対側の端にあるシステムだ。私たちの体は、安らぎと結びつきを得るためのシステムを備えているのである。
〈安らぎと結びつき〉システムに関わりが深いのは、恐怖ではなく信頼と好奇心であり、怒りではなく好意である。循環器系はペースを落とし、消化器系はフル回転する。心が静かで安らいでいるとき、私たちは防御をとく。感受性が豊かになり、開放的な気分で、自分の周囲の人たちに関心を抱く。私たちの体は「滋養強壮ドリンク」ではなく「癒しのネクター」を提供してくれる。その影響下で、私たちは自分のまわりの世界やそばにいる人々を肯定的なまなざしで見る。私たちは成長し、癒される。〈安らぎと結びつき〉反応もまた、ホルモンならびに神経伝達物質の作用だが、これらの基本的な生理学的作用がどのようにして〈安らぎと結びつき〉反応をもたらすのかについては、まだ十分な確認や研究がなされていない。
このシステムが顧みられないできたという事実から、科学研究の背後にどういう価値観があるのかがよくわかる。〈安らぎと結びつき〉システムの維持にとって、〈闘争か逃走か〉システムと同じくらい重要かつ複雑であるのに、研究される頻度は、〈闘争か逃走か〉システムのほうがはるかに高い。たとえば、自律神経系(神経系のうち不随意的な身体機能を調整する部分)をあつかった論文のうち、休息や成長に関与している副交感神経部分に関するものは10パーセントに過ぎず、残りの90パーセントは、〈闘争か逃走か〉反応において活性化する交感神経部分に関するものだ。ストレスや痛みをテーマとする学術会議はよく催されるが、安らぎ、休憩、幸福をテーマとする学術会議はほとんどない。』
『〈安らぎと結びつき〉システムが働くのは、体が休んでいるときが多い。静かな見かけの下で、ものすごい量の活動が起こっているが、それらの活動は運動や急激な力の発揮には向けられない。〈安らぎと結びつき〉システムは体が自らを癒やし、成長するのを助ける。このシステムは栄養をエネルギーに変え、あとで使うために貯えておく。体も心も安らいでいる。そういう状態のときには、私たちは自分の中の資源や創造性を、よりよく利用できるようになる。ストレスにさらされていないときの方が、学習能力や問題解決能力は高くなる。
〈闘争か逃走か〉システムの対極にある〈安らぎと結びつき〉システムの身体的・心理的働きについて理解を深めることが、このうえなく重要だと私は信じている。個々の状況のもとで個々の人々が最適な反応をするには、この二つのシステムの両方が必要だ。しかし、長期にわたるストレスが、さまざまな心理学的・身体的問題を引き起こすことは、今では広く知られている事実だ。長い目で見て健康であるためには、この二つのシステムのバランスがとれていなくてはならない。』
『私がこの路線を選んだのには、個人的な理由もあった。四人の子の母としての経験から興味深い疑問がわいたのだ。妊娠中、授乳中、そして子どもたちと密接に接触していた時期に私が経験したのは、人生のほかの課題に挑戦するときにいつも感じていたストレスとは正反対の状態だった。私は妊娠や授乳に関係する精神生理学的状態がもたらすものは、挑戦・競争・達成にかかわる精神生理学的状態がもたらすものとはまったく異なることを知った。今から二十年以上も前、私はこの人生経験を科学的に探求しようとする過程で、重要な生物学的マーカーの存在に気づいた―その生物学的マーカーこそ、本書の主題である。
広く世界を見渡すと、心が平らかで安らいでいることを評価し、望ましい在り方だと考える伝統のある地域も多い。中国、ヒンズー、その他の文化は、この状態に到達するのに役立つさまざまな技術を開発してきた。今では西洋でも、より質の高い生活、より大きな幸福への道を求めて、瞑想・ヨガ・太極拳などが熱心に実践されている。
ストレスが増えつづけ、人と人とがばらばらになっていく一方の現代生活の中で、安らぎと、結びつきの必要性がますます切実に感じられるようになった。安らぎと結びつきへの渇望は、あわただしいライフスタイルを問い直し、心の平安と気持ちのいい人間関係に至る道を、意識的に探求するという形で表れる。しかし、この渇望が十分意識されず、きちんと認識されていない場合も多く、人によってさまざまに異なる対応の中には、長い目で見ると不健全なものもある。
たとえば、たっぷり食べ物をとれば―とりわけ脂肪分に富む食べ物をとれば、心が安らぎ、よく眠れるようになる。だが、いつもこのようにして自分をなだめる習慣がつくと、不都合な結果が生じるのは明らかだ。酒も心に安らぎを与え、眠気を誘う。ストレスに満ちた一日のあとで、気持ちをほぐす手段として飲酒する人は多い。だが、これもまた、問題を生じかねない。ストレスや不安や抑うつに悩む人々が、医師に処方された薬を飲む場合も同様だ。直接的な依存性があるとは考えられていない最新の薬であっても、望ましくない副作用があることは大いに考えられる。
エクササイズによって、体重をコントロールする効果だけでなく、心の落ち着きや安らぎが得られると感じる人もある。鍼、指圧、マッサージ、各種のエナジー・トリートメント〔訳注 レイキ(霊気)など、気を用いる療法〕など、代替医療を定期的に受けることが、身体症状を軽くするだけでなく、安らぎを得るのにも役立っていると感じる人もいる。瞑想や祈りなどのスピリチャルな活動を実践することによって、心が静まり、リラックスできると感じる人も多い。
本書をお読みになれば、体と心を通して憩いと幸福へと至るさまざまな方法が、一見、まったく異なっているように見えても、実際には共通点をもっていることがおわかりになるだろう。それらの方法はすべて、私たちの体内の同じシステムを活性化することで目的を果たしているように思われる。そしてその手助けをしているのは、オキシトシンという非凡な生化学物質であるようだ。
本書で展開される分析は、私自身の、そしてほかの人たちの研究によって裏づけられている。この長い年月の間に、〈安らぎと結びつき〉システムの生理学的プロセスに同じような関心をもち、この研究が健康と幸福にとって大きな意味をもつという共通の確信を抱く仲間がふえ、ネットワークが形成された。このネットワークを構成しているのは、研究者仲間や院生だけではない。関心をもつ一般の人もたくさん参加している。それらの人々は私たちと貴重な経験を分かち合い、研究のヒントをたくさん与えてくれた。
オキシトシンの効果についての考えは、動物実験ならびにヒトでの観察と測定に基づいている。私はそれらの知見から、まだ科学的解明が進んでいない事柄について、推測し、仮説を立てる。私がそのようにするのは、科学的研究によってこの分野が十分に探査されているわけではない現状において、「大まかな絵」を浮かびあがらせ、〈安らぎと結びつき〉システムの全体像をつかめるようにするためだ。私はオキシトシンを、私が〈安らぎと結びつき〉システムと呼ぶ広範な生理学的作用と結びつけ、ひとつの主張をうちたてようとしている。私が根拠とする証拠は説得力のあるものだが、状況証拠にすぎない場合もある。私のしていることは、いくつかピースが足りないジクソーパズルを嵌め合わせることに似ている。手持ちのピースを組み合わせて、二、三歩後ろに下がり、より広い視野の中で見ると、〈安らぎと結びつき〉システムの全体像がどんなふうになるか、見当がつく。
この短い著書で、この分野でなされてきたすべての研究の概要を紹介することは不可能だ、だから私は、そうする代わりに、いくらかの科学的な成果を出発点として、私たちが安らぎと結びつきをいかに切実に必要としているか、その状態がいかにして生み出されるか、それが私たちの健康にどのようなよい影響をもたらすかについて、自由に考えをめぐらせた。これらの問題は、今後、科学者がさらに探求していかなくてはならない重要な問題だと私は信じている。』
イラストを拝見すると、モべリ博士の今回の本「オキシトシン」を参考にされてることが分かります。