臨床動作法2

前回は「基礎から学ぶ動作訓練」の中から“動作法ってなに? -動作法がはじめての方へ-”をご紹介させて頂きましたが、この中で遠矢浩一先生が推奨されていた本が今回の「臨床動作法の理論と治療」です。なお、遠矢先生は次のようにご紹介されていました。

『現代のエスプリ別冊「臨床動作法の理論と治療(三巻シリーズ第一巻)に掲載されている「臨床動作法の起源と適用」です。ここには、動作法が生み出されてきた経緯について、成瀬悟策先生、大野清志先生、鶴光代先生が対談された逐語録が記されています。これを読んでいただければ一番ですが、ここでは、まず、私なりに熟読して動作法が生み出されるまでの歴史について簡単にまとめてみようと思います。』

この“臨床動作法の起源と適用”は「臨床動作法の理論と治療」の冒頭の座談会のタイトルということになります。

臨床動作法の理論と治療
臨床動作法の理論と治療

編集:成瀬悟策

出版:至文堂

発行:1992年10月

下記は表紙裏面の上部に書かれている文章です。

『臨床動作法は、ひとのこころの活動と生きる体験をより豊かに生き生きとしたものにさせるための方法である。動作は、「自分が自分のからだに働きかけ、意図どおりの身体運動を実現しようと努力する自己の活動の過程」であり、そこには、生きて今ここにある自己の存在と活動の仕方が展開している。動作による望ましい努力の仕方の体得は、ひとの体験様式と生き方を新たなものへと変えていくのである。この巻では、動作者と援助者を含む、臨床動作法の原理と構造、動作治療訓練の諸法、心理療法としての動作法を展開する。』

目次

座談会/臨床動作法の起源と適用 大野清志、鶴光代、成瀬悟策(司会)

■動作法の由来 -脳性マヒ児との出会い

■病院の「機能訓練」

■催眠法による取組み

■動作測定や催眠訓練をテレビ放映

■医療の側の反応

■脳性マヒ児の訓練キャンプ

■心理リハビリティション

■機能訓練と動作訓練の論争

■教師が「養護・訓練」を -文部省指導要領の改訂

■動作訓練キャンプの初期

■自閉症児に適応

■分裂病への挑戦 -姿勢を直す

■ノイローゼの治療

■自己軸世界の成立

臨床動作法

心理療法における体験治療論

・はじめに

・体験に関する心理療法

・体験の対象と内容の仕方

・来談者の『仕方』への臨床的かかわり

・体験治療論的方法の効果について

臨床動作法の心理構造

・動作法概説

・臨床動作法

・動作法による治療的体験の諸相

動作法におけるコミュニケーション -コミュニケーションの視点から動作法を考える

・コミュニケーションとしての動作

・メッセージおよび媒体としての動作

・トレイニーにとっての動作法のコミュニケーション

・トレイナーにとっての動作法のコミュニケーション

肢体不自由動作法

肢体不自由児・者の臨床的問題 -治療訓練の原理

・はじめに

・脳性マヒ児・者の動作

・動作訓練

・課題動作

・訓練関係

・臨床的問題

・おわりに

リラクセイション治療訓練法

・肢体不自由

・脳性マヒの特徴とその対応

・リラクセイション治療訓練法

・自己制御とリラクセイション治療訓練法

単位動作治療訓練法

・単位動作

・単位動作の内容

・動作学習における単位動作の意義

・単位動作の目的

・単位動作による訓練

タテ系動作治療訓練法

・はじめに

・タテ系訓練の考え方

・タテ系訓練の方法

歩行動作治療訓練法

・はじめに

・足の置きかた

・足で大地を踏み締めて立つ

・片足で踏み締める

・踏み出し

・歩行

治療動作法

心理療法における身体的アプローチ

・はじめに

・身体的アプローチのアプローチ

・心理療法にさりげなく身体的アプローチが取り入れられているアプローチ

・身体プロセスと精神療法とを並行して、または同等に扱うアプローチ

・身体プロセスの変容を主に目的とした方法

・まとめ

治療動作法(動作療法)の心理治療原理

・治療動作法(動作療法)

・心理治療としての体験原理

・治療動作法における体験原理

現代人とイメージと身体

・現代社会の特徴

・競争という病

・映像の氾濫 -実感の乏しさ

・押しつけられたファンタジー

・きっちりしないとやっていけない

・強迫パーソナリティ、アレキシシミア、タイプA

・ファンタジーに乏しい

・からだと切り離された自己

・突然死と過労死

・コモン・センス -共通感覚

・体性感覚の回復

・イメージとしての身体

・リアリティとしての身体

家族療法と動作法

・はじめに

・家族療法と動作法の接点

・相互作用の重視

・全体と部分

・抵抗の活用

・チーム・アプローチ

・治療記録の重視

・家族動作法の可能性

カウンセリングと動作法

・はじめに

・ケース

・メタファーを越えて

神経症者への動作療法

・はじめに

・動作課題の設定

・治療過程

・おわりに -適応の努力の表われとしての動作

精神病者への動作療法

・動作療法の特徴

・動作療法の進め方 -見当づけの実際

・動作療法でみられる変化・効果

ケース研究

過呼吸症候群への適用

・はじめに

・症例

・考察

強迫神経症者 -強迫神経症者に対する動作法

・はじめに

・事例報告

・第一期

・日常生活の様子

・第二期

・日常生活の様子

・第三期

・考察

動作法による書痙の治療例

・運動性神経症

・なぜ書痙に動作法なのか

・本事例の背景

・書字動作の訓練と評価

・心理的問題の発生と処理

・書字動作の改善だけで良いのか

心身症者

・はじめに

・ケースの概要

・面接経過

・考察

・おわりに

慢性分裂患者のケース

・はじめに

・ケース経過

・おわりに

神経症性うつ病者へ -自己への対面と自己の限界への気づき

・はじめに

・事例

・考察

神経疾患を疑われた歩行不能者

・はじめに

・ケース

・考察

精神分裂病の患者に対する動作法の適用

・はじめに

・精神分裂病と姿勢・動作について

・動作法の実際

・おわりに

失語症者へのスピーチセラピー

・はじめに

・事例

・考察

他技法との併用

・事例

・初回面接で話し合った解決のための方針

・面接の進め方と練習プログラム

・練習経過と症状の変化

・考察

ブログは【臨床動作法】の一部と、【肢体不自由動作法】からになります(目次の中の黒字部分)

●臨床動作法2:【臨床動作法】動作法におけるコミュニケーション -コミュニケーションの視点から動作法を考える/【肢体不自由動作法】肢体不自由児・者の臨床的問題 -治療訓練の原理

●臨床動作法3:【肢体不自由動作法】リラクセイション治療訓練法

●臨床動作法4:【肢体不自由動作法】単位動作治療訓練法

●臨床動作法5:【肢体不自由動作法】タテ系動作治療訓練法

●臨床動作法6:【肢体不自由動作法】歩行動作治療訓練法

臨床動作法

動作法におけるコミュニケーション -コミュニケーションの視点から動作法を考える

1.コミュニケーションとしての動作

脳性マヒ児の動作不自由の改善方法として提唱された動作法は、現在では脳性マヒ児をはじめ自閉症、重度重複障害児等の発達援助、そして心身症のクライアントや精神障害者の心理療法にと、訓練・治療法として幅広く用いられている。動作法はトレイナー(治療者)とトレイニー(クライアント)とが互いの体に直接に触れ、両者の動作を使って訓練あるいは治療を行う技法である。動作法ではトレイナーとトレイニーの間に動作によるコミュニケーション-動作コミュニケーション-が交わされる。そこで、本稿では動作法の中でも障害児に用いられている訓練を中心として、動作コミュニケーションの果たしている役割を明らかにしたい。

コミュニケーションには四つの要素がある。それは①情報を伝える送信者(誰が)、②その情報を受け取る受信者(誰に)、③伝達されるメッセージ(何を)、そして④メッセージを搬送する媒体(どのようにして、伝達手段は何か)である。動作法のコミュニケーションではこの四要素は次のようになる。すなわち、①、②トレイナーとトレイニーは送信者、受信者の両方の役割を演じている。③メッセージは「正しい動作」を作るためにトレイナーが伝える課題としての動作と、それに対するトレイニーの反応としての動作である。④メッセージの媒体としてトレイナー自身の体の動き-動作-とトレイニーの体の動き-動作-が用いられている。

ここで脳性マヒ児の「膝立ち」訓練を例に、動作法のコミュニケーションを説明してみよう(図1参照) 

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

トレイナーはまず送信者としてとトレイニーに対し動作課題のメッセージ(「上体をまっすぐに立てて、腰を前に動かしてみよう」)を伝える。言葉をかけることもあるが、主要な媒体はとトレイニーを支えるトレイナーの手や足の動きである。課題を受信したトレイニーの多くは、はじめ尻(腰)を後ろに残したまま、胸だけを前に出し、背中を反らせるという動きをする。トレイニーはこの動作で「私は体を前に動かしたいのだけれど、どうしたらいいか分からない。倒れそうで恐い。」というメッセージを発していると言える。トレイナーはこのメッセージを受信し、今度は「私が支えているから、このあたりをこの方向に動かしてみよう。」というメッセージをやはりトレイニーの体に触れたトレイナー自身の手や足の動きで送り返すのである。

4.トレイナーにとっての動作法のコミュニケーション 

動作法で用いられている動作コミュニケーションは、トレイニーの側ではトレイナーが呈示する訓練課題を受取り易い、すなわちトレイナーの側からは訓練課題を伝え易いコミュニケーションであるといえる。ここではトレイナーの側から見た動作コミュニケーションをもう少し詳しく検討することにしよう。

二宮は長期(四年三月)の動作法による訓練を伝い、一見目立った変化がないように見える重度障害児の事例を報告している。トレイニーは訓練後も一見目立った変化がない(一人で座れない、頸もしっかり座らず、寝返りもできない等)ように見えた。しかし、二宮は、トレイニーがトレイナーの僅かな支えで座れるようになったこと、トレイニーがトレイナーの援助の中で少しずつではあるが発達していることを確認した。トレイニーの目立たない発達にトレイナーが気づいたのは、トレイナーが訓練課題の呈示および姿勢の支持を、言葉や器具などを使って行うのではなく、トレイニーに直接触れてトレイナー自身の動作で行っているためであろう。動作コミュニケーションを用いる動作法はトレイナーがトレイニーの発達上の変化を見つけやすい方法である。

山内は、「遠くから見ているうちは『寝たきり』と思っていたトレイニーに座位訓練を行うと、このトレイニーが頸をあげよう、腰を動かそうと努力しているのが分かります。」と述べて、動作法を行うトレイナーはトレイニーに対する動作援助を行う中でトレイニーへの理解が進むと言っている。トレイニーの発達とトレイナーの援助との関係も図2のように考えられる。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

一般に障害児の動作を外から見ているだけ(訓練前)のトレイナーは領域Bを認識することができずに、動作可能な範囲を狭く評価しがちである。これに対し、動作法でトレイニーに動作援助をしているトレイナーはトレイニーの動きを単に調べるのではなく、トレイニーに正しい動作をするための援助をするので、動作をしようとする意欲の存在やトレイナーの援助があれば動かせるところを見出すことができるのである。そして、領域Bの動作は訓練によりトレイニーが一人でできる動作になり、領域Aが拡大される。トレイナーはトレイニーの援助をすることによってトレイニーを理解するのである。

ところで、動作法の動作コミュニケーションが効果的に行われるかどうかはトレイナーの熟練度と相関があると思われる。例えば、動作法を行うときに初心者トレイナーはトレイニーの動作の一部だけに注目してトレイニーの状態を誤って判断してしまうことがある。始めに述べた「膝立ち」の例では、トレイニーが「胸を前に出し、腰を後ろに引いている」とき、初心者トレイナーは胸が前に出ているところだけに目が奪われ「正しい動作をしている」と誤って認知することがある。反対に腰を引いているところにだけ注目して「課題を行おうとする意欲が無い」と判断してしまい、トレイニーの不安や動かし方が分からないことについての正しい理解ができていないこともある。

田中は熟練したトレイニーとの間にとるコミュニケーションの違いを検討した。その結果、熟練者は初心者に比べトレイニーとの双方向的コミュニケーションを量的に多く成立させていることが分かった。また、熟練者はトレイニーが持っている固有の誤動作パターンの抑制、正動作促進、支持・補助の変更・修正等の援助行為の出現頻度が多かった。これらの結果から、トレイナーが熟練するにつれてトレイニーとのコミュニケーション構造は一方的から双方的になり、熟練者はトレイニーの状況に合わせた援助行為を行うようになると考えられる。

動作法においては動作はメッセージであり、媒体でもある。我々は一般的に言語コミュニケーションについては「話し方」「聞き方」「書き方」という教育・訓練を受ける機会が多いが、動作コミュニケーションについては訓練の機会が少ない。そのために動作をメッセージや媒体として使う方法を十分には獲得していないことが多い。従って、動作法ではトレイナーはスーパーバイザーの指導のもとに研修を重ねて動作コミュニケーションを学ぶ必要がある。それによって、トレイナーは適切なメッセージを送ったり、トレイニーの発するメッセージを正しく受け取ったりすることができるようになる。

動作法を指導するスーパーバイザーはトレイナーのトレイニーとの相互作用のプランニング、モニタリング、評価等を援助する。このスーパービジョンにおける動作コミュニケーションの指導の過程については別の機会に述べたいと思う。

肢体不自由動作法

肢体不自由児・者の臨床的問題 -治療訓練の原理

1.脳性マヒ児・者の動作

脳性マヒは、出生前後に生じた脳損傷のために筋・運動系のコントロールの障害は、具体的には、座る、立つ、歩くといった姿勢制御や、書字、物を掴むといった手指の機能の障害に現われる。成瀬は、脳性マヒ児・者の筋・運動系のコントロールに心理学的要因がいかに関与するか、この障害の改善に心理学がどのような貢献をするか、を解明することによって、それまでの我が国の心理学があたかも意識的に避けてきた感のある「ヒトの運動」の問題を考察することを試みた。

その端的な発想は、「動作」という概念である。この「動作」は、自分の意図通りに身体運動を実現していく努力の過程と定義されるが、これを動作図式で示すと図1のようになる。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

この図では、<意図>によって生起した自分の身体を動かそうとする<努力>を、<運動中枢>に働きかけ、結果として、<身体運動>を生じさせるというモデルであり、このプロセスを「動作」と呼ぶ。すなわち、左の回路は動作過程であり、右の回路は身体運動の生じる生理的過程とされる。

脳性マヒ児・者は、基本的には、筋・骨格系に欠陥があるのではなく、動作過程に困難を生じ、いわゆる、身体は動くが思い通りには動かせないところに本質的な問題の所在がある。すなわち、動作過程の中で<努力>の仕方が不適切なため、身体運動として生起させることが困難であるとされる。

整形外科学が筋・骨格系を、神経生理学が脳・神経系を問題にすることに比べ、臨床動作法では、心理的過程である「動作」を問題とし、脳性マヒ児・者の身体を動かす主体の制御活動に焦点をあて、動作<努力>への援助を訓練の基本とした。そのため、脳性マヒ児・者をはじめとする肢体不自由者へのアプローチは、動作訓練と称されている。

2.動作訓練 

脳性マヒ児・者の動作困難を形成している主たる原因は、身体の各部位に生じる不当な筋緊張とされる。この不当な筋緊張は、脱臼や各関節の拘縮を引き起こし、更に側彎等の姿勢の歪みを生むことになる。この不当な筋緊張に対し、動作訓練が初期に重視したのは、リラクセイションという技法であった。しかし、ここで用いるリラクセイションは、身体の力が抜ければ良いという発想ではなかった。先の動作図式からすれば、自分で自分の身体の力を抜くという<努力>のプロセスが最優先され、例えば、他者に身体を揺さぶられる、他者が他動的に関節を屈伸するというように、主体が関与せずに身体の力が抜けても、それはリラクセイションとは呼べない。あくまで、他者の援助を受けながらも自分で力を抜くという<努力>のプロセスを介在させることが、動作の獲得の第一歩である。また、このリラクセイションは、自分の身体の緊張した部位に注意をあてさせるという役割をもち、脳性マヒ児・者のようにボディ・イメージの確立が困難であっても、身体への気づきを焦点化させることに非常に効果があった。

しかし、リラクセイションは、あくまで身体を動かすという「動かし方」が分かるための方策であり、その目的は、「動かす」ための「努力の仕方」が分かることであり、それが、具体的な姿勢・動作の獲得、改善へ繋がることが大切である。

3.課題動作 

リラクセイションという技法に加え、「タテ系」という発想が強調され始めたのは、1980年代の後半であった。姿勢・動作の獲得、改善のためには、力を抜いておかねばならない身体部位と同時に、力を入れておかねばならない身体部位を明確化することが重要である。一定の姿勢を保持するためには、関節を屈げ、伸ばし等が必要になってくるが、抗重力姿勢の中での屈げ、伸ばしという動作は、地面に接している身体の部位を起点に、「踏みしめる」、「踏み付ける」という動作が可能でない限り用をなさない。例えば、あぐら座位では、躯幹を伸ばす方向へ力を入れるためには、地面に着いている尻で踏みしめる、膝立ち位では、膝で踏みしめ、大腿部に力を入れる、立位では、足の裏で踏みつけ、膝や股関節を伸ばすという動作を行う。こうした、力を入れる方向や大きさを明確化することによって、タテ系動作訓練は、あぐら座位、膝立ち位、片膝立ち位、立位での動作課題を微細化していった。

脳性マヒを含む肢体不自由児・者の障害は、運動発達上の大きな節目である座位、膝立ち、立位、歩行等にあるがタテ系動作訓練では、これらの動作の獲得、改善を重要な課題として、そのための理論、技法を初期の動作訓練の経験を踏まえて発展させてきた。それによって、訓練内容は、高度化、緻密化され、技法の上では「誰にでもすぐに出来る」という安易なものではなくなっている。