臨床動作法5

今回は【肢体不自由動作法】の中から、タテ系動作治療訓練法 をご紹介します。

なお、『臨床動作法の理論と治療』の目次は”臨床動作法2”をご覧ください。

著者:成瀬悟策
臨床動作法の理論と治療

編集:成瀬悟策

出版:至文堂

発行:1992年10月

 

肢体不自由動作法

タテ系動作治療訓練法

はじめに

不精者のたとえとして「横の物を縦にもしない」という言い方がある。ちょっと変な言い回しかもしれないが、そのたとえから言えば、動作法は不精者ではないということになるだろう。なぜなら、この数年、動作法はそれこそ「横の物(からだ)を縦にする」ことをしっかりと行なってきたからである。

そうした取り組みの中から生まれてきたものがタテ系動作治療訓練法(以下、タテ系訓練と記す)である。このタテ系訓練によって、動作法はその技法の面において大きく発展し、現在では、従来の弛緩中心の技法に代わって、タテ系訓練が動作法における最も基本的な訓練法として位置づけられるようになっている。 

タテ系訓練の考え方

(1)タテになることの意味

寝たきりの重度の子どもでも、坐位(あぐら坐)が独りでとれるようになると、まるで人が変わったかのように、表情や仕草が生き生きとしてくることがよくみられる。それまでぼんやりした目つきだったのが、目をしっかりと開けて周囲を見回し、自ら積極的に周りの人や物に働きかけるようになる。

坐るというのは、重力に対応して自分のからだをタテ方向に立てるということである。我々健常者と呼ばれている人間は、そうしたことを容易にやってのけているために、それがどんな意味をもっているのかなぞを考えることはほとんどない。

しかし、重度の子どもでみられる前述のような変化は、我々人間にとって、からだをタテにすることがいかに重大なことであるかを示している。つまり、それまでの寝たきりの二次元的な平面の世界では、受け身的な存在にしかすぎなかったのが、からだをタテにすることができるようになって、初めて能動的に環境に働きかける存在としての自分というものが生まれてくるらしいのである。そして、タテになることによって、左右や上下、遠近といった三次元的な空間の世界が展開し、さらにタテの姿勢を保持し続けるということから、時間という四次元的な世界をも取り込むことになり、自分を中心とした生活体験の世界がそれまでとは比べものにならないほど拡大していくことになる。

こうしたことから、重力に対応してからだを位置づけること―すなわち、からだをタテにする、ということは、人間の存在の基盤であるといっても過言ではないといえるだろう。

(2)弛緩中心の訓練の問題

タテ系訓練以前の技法は、子どもを寝かせた姿勢で身体各部位の弛緩を行うことが中心だった。それは、脳性まひ児の動作不自由をもたらす最大の原因が、彼らにみられる誤った過度の緊張であり、そのため、まずそのような不当緊張を適切に処理するための弛緩訓練が重要だと考えられていたからである。

不当緊張のある部位を弛緩できるようになると、それだけで立てなかったのが立てるようになることもみられ、こうしたやり方もそれなりの効果があったことは確かである。しかし、このような方法を長く続けているうちに、その問題点もいくつかみられるようになってきた。

その一つは、重度の子が多く訓練に参加するようになったことと関連して、弛緩訓練によって弛めることができるようになっても、それだけで終わってしまって、その後の新しい動きの獲得につながらないことが多くなったことである。つまり、弛めただけでは不十分で、どうしても動きそのものを教えることが必要なケースが増え、弛めるだけでなく、正しい力の入れ方を教えるということが訓練の重要な課題となってきたのである。

その他にも、弛緩中心の訓練では、どうしても動きそのものを教えることが必要なケースが増え、弛めるだけでなく、正しい力の入れ方を教えるということが訓練の重要な課題となってきたのである。

その他にも、弛緩中心の訓練では、どうしても訓練が局部的・部分的なものになりがちなため、一つ一つの部位の弛緩はある程度進んでも、それが動き全体の改善までつながらず、そのうちに弛んだところもまた元に戻ってしまうことがみられたり、とにかくまず弛めてなくてはならないということで、ともすれば訓練者が一方的に弛めてやるということになってしまうということもあった。

(3)タテ系訓練の展開

そうした弛緩中心の技法の問題を乗り越え、子どもに正しい力の入れ方を確実に覚えさせ、動き全体の改善をもたらす方法として開発されたのがタテ系訓練である。

先に述べたように、寝たきりの子どもでも、坐位の姿勢で頚や背、腰にうまく力を入れて、上体をタテにすることができるようになると、安定して坐っていることができるようになるだけでなく、行動全体が積極的・能動的なものとなってくる。そして、坐位だけでなく、膝立ちや立位といった姿勢がしっかりととれるようになると、子どもはいっそうからだの動きもよくなり、こころの活動も活発になってくることも分かってきた。

また、例えば、坐位がとれるようになると、それだけで肩や股の緊張が弛むというように、局部的な弛緩訓練を長くやっていてもなかなか弛まなかった頑固な慢性緊張が、からだをタテにすることができるようになると、直接にはその部位の弛緩訓練を行わなくても、弛めることができるようになってくることも明らかになってきた。

さらに、すでに立って歩いているような子どもでも、歩行が不安定であるとか、姿勢に歪みがあるとかいう場合に、それを改善するためには、坐位や膝立ちや立位の訓練を行うことが有用であることも確かめられた。

このようにして、重力に対応して自分のからだをタテにすることが、人間にとって非常に重大な意味をもっていることが明らかになると同時に、そのための働きかけは、弛緩を主とした従来のやり方とは比較にならないほど極めて有効な訓練法であることが確認されてきたことから、そうした訓練法をタテ系訓練と呼び、動作訓練の最も基本的な訓練法として位置づけられるようになったのである。

タテ系訓練の方法

(1)訓練課題

タテ系訓練では、以下の四つが訓練課題となる。

1.坐位

2.膝立ち(片膝立ち)

3.立位

4.歩行

各課題の対象となるのは、それぞれの課題の姿勢がとれない子どもはもちろんであるが、そればかりではなく、何とかその姿勢はとれても、どうも不安定であるとか、側彎や猫背、腰引けなどで姿勢に歪みがみられるような子どもも含まれる。例えば、立って歩くことができているような子どもでも、坐位をとらせると腰が引けて安定して坐ることができないようであれば、坐位訓練の対象となる。

(2)訓練手順の原理

どの課題においても訓練の進め方は共通しており、次のような原理に従って訓練が行われる。

1.形づくり

まず、それぞれの姿勢を子どもにとらせ、タテの姿勢の体験をさせる。その場合大切なのは、子どもがからだを屈げたり反らしたりするような力を入れることなく、トレーナーにからだを任せられるようになること(これを「おまかせ脱力」という)である。

2.主動化

形づくりでタテの姿勢がとれたといっても、それはトレーナーによってとらされたものであり、子ども自らがその姿勢をとったとは言い難い。そこで、次にトレーナーの援助を少しずつはずしていき、子どもが自分でその姿勢を保持する―つまり、タテに力を入れてくるようにさせる。受け身的なタテの姿勢から、主動的・能動的な本来の意味でのタテの姿勢への変換が図られるということから、この働きかけに対して「魂を入れる」という言い方がよくなされる。

3.分節づくり

自分でタテの姿勢が何とかとれるようになっても、それはまだ極めて自由度の小さい、非常に不安定なものでしかない。そのため、その姿勢の自由度を増し、安定性を高めるために、タテに力を入れたからだのある部分(ポイントとなるところがいくつかあり、「節」と呼ばれる)だけを弛めて動かせるようにすることが必要となってくる。つまり、一本の棒にすぎなかったものをいくつかの「節」ごとに分けて使えるようにするわけである。

4.バランスとり

最後に前後左右に重心を移動させ、そこでしっかりと踏みしめることを覚えさせながら、からだを動かしても倒れないようなバランスのとり方を教える。

(3)訓練の実際

それでは各訓練課題について、実際の訓練のやり方の大節を紹介しよう。ただし、歩行訓練については、別項に説明があるので、ここでは省略する。

1.坐位

坐位には、正坐やあぐら坐、横坐りなど色々なものがあるが、タテ系訓練ではあぐら坐を基本として訓練を行う。それは色々な坐り方の中でも、あぐら坐が最もタテの感じがつかみやすい姿勢だからである。

まず、子どもにあぐら坐をとらせ、トレーナーは子どもの後ろに坐り、両脚を子どもの大腿部に載せ、子どもの上体を前傾させ、そこから子どもの肩または頚を持って上体をゆっくりと起こしてやる(図1)。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

 

そして、子どもの頚のすわりの様子、背や腰の反り・屈がりのぐあい、側彎の有無、股関節のかたさ、などをチェックし、それに応じて、必要な箇所の弛緩を行う。例えば、背中や腰に屈の緊張が強くみられる子どもに対しては、図2のように、子どもの背中・腰にトレーナーの脛を当て、子どもの上体を起こして反らせるようにして弛めるようにする。こうした手続きを通して、トレーナーの補助があれば、大腿部ができるだけ床につき、上体が頭から尻まで一直線になるような状態ができるようにしておく。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

次に、図3のように、トレーナーは脚などを使って子どもの腰や背を軽く押し、どこに力を入れたらいいのかの手がかりを与え、様子をみながら、その補助を少しだけはずすようにして、子どもがそれらの部位に反りや屈ではないタテ方向の力を入れてくるように促してやる。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

そうすると、腰や背に当てた脚を離そうとしたときに、子どもがそれらの部位に力を入れてくることがみられる。初めは瞬間的でごく弱い力の入れ方にしかすぎないが、繰り返し行っていくうちに、しっかりした確実なものとなっている。そして、それに合わせて、子どもの肩や大腿部に与えていた補助をはずしていき、図4のように、そうした補助なしでも、子どもが上体をタテにすることができるようにする。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

それができるようになったら、タテになった上体の腰だけを弛めて祈るようにさせ、腰が余裕をもって使えるように、分節づくりの訓練を行う。そのとき、腰から上は反ったり屈がったりせずに、タテにまっすぐになっていることが肝要である。その後、前後左右に上体をわずかに倒し、バランスを崩しても、尻から大腿部で床をしっかり踏みつけて、上体をタテに保持できるようにする。

2.膝立ち

膝立ちがうまくできない子どもに膝立ちの姿勢をとらせようとすると、股がかたく屈になり、尻が後ろに引けてしまうことが多い。そのため、まず、図5のようにして、股を十分に伸ばす訓練を行う。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

そのとき、トレーナーが強引に股を伸ばしてやるのではなく、子どもが自分で力を抜いて股を伸ばしてくるのを待つこと、また、腰が反ってしまわないようにすること、に注意しなくてはならない。

股が伸びてきたら、トレーナーは図6のような補助の仕方によって、子どもの膝から上がまっすぐになるようにする。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

その際、子どもの両膝頭が離れないように、また、左右の足先が開かないようにしておく、そして、子どもの尻をブロックしているトレーナーの膝をほんの少しだけはずし、同時に子どものあごを少し引くようにしてやると、子どもが自分で腰に力を入れてくることがみられることがある。坐位のときと同様に、これも初め瞬間的なごく微妙な動きにしかすぎないが、何度も経験させていくうちに腰にしっかりと力が入るようになり、それに合わせて、トレーナーは補助を頚から肩、肩から腰へと徐々に下げ、最終的には上体の補助を全て離し、子どもが膝と腰で上体をしっかりと支えることができるようにする。

次に、図7のように、上体はまっすぐにしたまま、股だけを折り、股に余裕をもたせるようにする。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

最初はごくわずかだけ祈るようにし、次第に折る角度を深めてそこで止まり、また浅くして、前後の動きを引き出すようにしながら、腰と脚でしっかり踏んばれるようにしていく。そして、上体をまっすぐにしたまま、重心を前後左右に移動させ、そこで床を膝で踏みしめさせ、重心移動とバランスとりの訓練を行う。

3.立位

まず、図8のような補助で子どもに立位の姿勢をとらせる。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

そのとき、両脚は平行にそろえ、足幅は足と足の間がすこしあるくらいに狭くする。踵が床につき、膝が屈がらないように、腰から頭までがまっすぐになるよう、ブロックする。

トレーナーの補助によって立位の姿勢が一応とれるようになれば、子どもに膝を伸ばし、踵を踏みしめ、腰に力を入れて上体をまっすぐにするように促しながら、腰や膝のブロック補助をほんの少しだけはずしてやる。初めはすぐに膝が屈がり、腰が引けて、倒れそうになるが、そのときには直ちに元のようにしっかりとブロックして、決して倒さないようにする。腰に子どもが力を入れてきて上体が安定してきたら、腰の補助をはずし(図9)、膝にも力を入れて足から頭までがタテになるような力の入れ方ができてきたら、膝の補助もはずしてやる。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

こうして、立位でタテ方向へ力を入れることができるようになれば、その次に、図10のように、上体をまっすぐにしたままで膝を弛めて屈げさせ、カクンと力が抜けてしまう直前で止め、そこから膝をゆっくり伸ばさせ、膝でしっかり踏んばることができるようにする。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

その際、腰が引けたり反ったりしないこと、足の裏全体が床についていること、さらに図11の斜線の部分で床を踏みしめるようにすること、に注意する。

その後、上体が前後左右に傾かないようにしながら、重心を移動させ、図11の斜線部以外のどこででもしっかりと踏みしめができるようにして、立位のバランスがうまくとれるようにする。

画像出典:「臨床動作法の理論と治療」

 

(4)トレーナーの心構え

最後に、タテ系訓練を実施していく上で、トレーナーの心構えとして大事だと筆者が思うことをいくつか挙げてみよう。

1.子どもの主体性の尊重

このことはタテ系訓練になる以前から動作法の基本として常に言われてきた。しかし、従来の弛緩中心の訓練では、不当緊張のある部位をとにかくまず弛めなくてはいけないということで、ともすればトレーナーが一方的に弛めてやるというふうになりがちであった。それに対して、タテ系訓練では子どもの適切な入力ということが重視され、トレーナーがやってやるのではなくて子どもが自分でやるようになることの重要性がはっきりしたかたちで示されている。つまり、タテ系訓練になって、子どもの主体性・自発性の尊重ということがより一層クローズアップされてきたといえよう。

2.部分より全体

タテ系訓練でよく使われる言葉として「①-③の原理」というものがある。これは坐位で首がすわるためには、頚(①)だけを起こすのではなく、同時に胸(③)にも適切な力を入れてくることが必要だということである。さらに、頚と胸だけでなく、頚と背や頚と腰などにもうまく力が入れられるようになると、一層しっかり首がすわってくる。このように、首がすわるということはその部位だけの問題ではなく、胸や背、腰などの部位との関連の中で全体的に捉えていかなくてはいけない。このことは、子どもの抱える問題を局部的に処理するというより、タテという大きな枠組みの中で有機的に関連付けて対処していくことの必要性を示している。「①-③の原理」とはそのことを最も簡潔に表してる言葉だといえよう。タテ系訓練では、そうした部分的なものにとらわれずに全体のダイナミックスの中で問題を捉えていく見方がトレーナーに求められている。

3.形よりやりとり

坐位や膝立ちの訓練はそうした姿勢(形)をトレーナーがただ一方的にとらせるだけの訓練ではない。そこで大切なのは、そのような姿勢の中でトレーナーの働きかけに子どもが応え、それに対してまたトレーナーが応えていく、というやりとりを通して、子どもが適切なタテの力を獲得していくという過程である。しかしながら、とにかくタテにすればいいのだというように、ともすればからだをタテにするという形にのみ目が奪われて、やりとりということが二の次になってしまいかねない。タテ系訓練では、形にとらわれがちになる分、より一層子どもとのやりとりということをトレーナーは心に留めておくことが必要である。

4.✕より〇

弛緩中心の訓練では、不当緊張を弛めることから訓練が始まった。これは子どもの欠点を探し出して、それを矯正していく―つまり、子どもにとって✕になっているものをできるだけ取り除いていくという発想だったといえる。一方、タテ系訓練では、子ども自らの適切な入力ということが重視されている。こうしたやり方は、欠点の矯正というよりは長所を伸ばすということで、いわば子どもにとって〇になるものを少しでも引き出していくという発想だとみなすことができる。従来の方法からタテ系訓練への展開には、このできるだけ✕よりも〇を見いだしていこうという発想の転換があったともいえよう。「これができない」「まだあれもできない」と✕ばかりに目を向けるのではなく、「さっきより動きが出てきたな」というように、少しでも〇になるところを探し出していくことがトレーナーにとって大切になってきている。

そして、とりわけ、〇を探せと言われてもなかなか難しいことの多い、いわゆる重度の子どもについても、どうしたら○を見つけ出していけるかということを具体的に示したという点において、タテ系訓練は画期的な訓練であるといえるだろう。

付記タテ系動作訓練票

下記の票はこちらの本の中に掲載されていました。

注)ご説明

2020年4月7日までここに”訓練票”を掲載していましたが、この票は現在使われておらず、「ボディダイナミクス」を使っているとの貴重なご意見を頂きましたので、削除させて頂きました。