Ⅲ 治療の方法
●治療家の心得
‐治療家の態度は非常に重要。自分が鏡になるつもりが重要。こちらが曇っていると患者の状態が写らない。
‐患者に相対すること以外は忘れる。脈診でも望診でも自分の鏡に写されて、その状態を治療として返していく。
‐治療の第一はどこに取穴をするか、それは補法か瀉法かということである。
‐治療態度はどんな患者に対しても一つの態度で臨まなければならない。
‐刺鍼は自分自身に刺してみる。自分に厳しくやって初めて人に刺せる。
‐治療家は患者への愛情が必須であり、謙虚で見識を持っていなければならない。
・治療の原則
‐経絡と経穴
+東洋の考え方は自然のまま、自然の中での人間というものを考えている。医学の面でも自然の状態を維持し、その状態をより良い方向にもっていく、ノーマルで自然の状態に戻すということが根底にある。
+疾病は経絡および経穴の変動としてとらえる。つまり十四経絡のいずれが弱すぎる、あるいは強すぎるということが疾病である。
+『反応部位を穴(経穴)と呼び、反応帯を経絡と呼んで、そこに、例えば肝経に反応があれば肝経の穴を、胃経に反応があれば胃経の穴を、という具合に、鍼し灸することがその経穴を通じて反応帯である経絡に作用し、具合の悪いところがよくなっていくというわけです。そして、これが局所だけでなく、遠隔地をも含めて一連の系統として把握され、体系づけられたものが経絡治療というものです。』
‐証
+証は脈診によって「内を診る」ということを中軸に考える。脈診で迷ったときは他の望・聞・問あるいは切経・撮診などによって判断するとよい。
‐鍼の補瀉
+『虚に対しては補法、実に対しては瀉法を行うわけですが、補に近い瀉もあれば、瀉に近い補もあるという具合に、補瀉というものはあくまでも技術であり、言語では説明のつかないところまで入っていきます。鍼灸が技術の世界に存在し、究るところのない奥技の追及に終始する所以がここにあるわけです。』
+手法の補瀉:補は一定の深さまで静かにゆっくりと入れる。そしてしばらく留めておく。時には置鍼に移行する。抜くときも気をもらさないようにゆっくりと抜き、すぐに鍼孔を閉じる。瀉は荒々しく速く刺し、留めることなく雀啄・旋撚・回旋などを加え、たえず鍼を動かす。抜くときも速く抜き、鍼孔は開いたままにする。
+呼吸の補瀉:息を吐くときに入れ、吸うときに出すのが補法、吸うときに入れ、吐くときに出すのが瀉法である。刺鍼はその穴に最も刺しやすい方向で刺鍼するのが重要である。
+その他:補瀉で重要なことは刺鍼の深浅である。浅く刺して効けばよいが、重要なことは必ずその穴に鍼を中て、刺し手あるいは押手によってその深さを読み取ることである。圧痛や硬結などでは手で触れた感じでその深さが分かる。そして、刺している間にもたえず気の集まり方、散じ方を読んでいく。このことが治療の大きな決め手となる。
●取穴法と治療法
・取穴法について
‐穴の取り方が非常に重要である。正確に取るには切経がうまくないといけない。経絡や経穴は病気になると現れてきて、治ると消えるという性質がある。また穴の位置も上下左右に移動する。皮膚の現れ方をうまくつかまえるのが取穴の方法である
‐穴はいろいろな形に出る。大豆大・えんどう豆大・小豆大・ごま粒、糸コンニャクのようなキョロキョロなど。気の抜けた場合は水枕に触れるような感じなど、現れ方は十人十色で出てくるのでうまくつかまえて取穴する。
‐補穴瀉穴も大切であるが、本当は穴の出ているところの方が効く。初歩の人には、肺経が虚していれば太淵、実していれば尺沢を取るというのが一般的な決まりになってはいるが、実際には太淵でなければならないということではない、列缺や孔最あたりによく出ている場合も多い。
‐虚証であれば中心は補法。実していることがあれば少し瀉す。決して多く瀉してはいけない。実証であれば中心は瀉法で、虚があればかなり強く補すということになる。
‐刺激の度合いは慣れると自然に出てくるが、補瀉の加減は初めはつかみにくい。大事なことは最初の診察の時に患者と呼吸を合わせておくことである。それがコツである。これは患者の気持ちになるということでもある。
‐治療の進歩は治療後に脈を診たり、体の動き、声などを聞いて結果を振り返ることである。特に記録をつけることは必須である。
‐経絡治療では穴の補穴・瀉穴よりも、まずその経の虚実を調えるということが一番大切である。本治法と標治法は一体になって働き出すものである。
・治療法について
‐散鍼:ある深さまでに達したらすぐ抜く、これを繰り返す速鍼速抜の手技である。
‐随応鍼:経筋の治療に用い、筋に応じた治療をする。硬結や疼痛に対し瀉法をする。
‐置鍼:中国でも欧州でも置鍼は一般的に行われている。特に疼痛のため用いられる。時間は長い場合は30分くらい置く。痛みが強い場合は少し響くくらいに刺したり、深めに刺したりする。腰痛もひどい人は置鍼をした方が良い。
●経穴と取穴
・取穴の原則
‐経絡の虚実を調えるには一経から三経程度である。それ以上に使うと体への負担が大きくなる。
‐食欲がないとか、体が疲れているときは胃経の土穴(足三里)や脾経の三陰交くらいは他の経にかかわりなく、少し補うというのは良い手段である。
‐局所療法(標治)は、響くくらいに刺鍼した方が効く場合が多い。
・難経の取穴法
‐五行穴は膝や肘から下にあるが、それに拘らず股関節や肩関節までの部位の間に硬結や圧痛があれば穴をうまく使うことが必要である。
‐陽経の場合は二経にわたらず一経で勝負する方が良い。また、実の時も一経で動かした方が良い。一方、虚証は他経に影響して二経・三経となる。
・硬結と圧痛
‐異常をうまくつかまえて取穴するということは、本治法と同じくらい価値がある。取穴はあくまで穴として出ているところを自由に使うということである。
‐腹部に出ている硬結は経を意識せず、腹に特化して硬結などの反応点に刺鍼する。
‐募穴、兪穴も病気が進行するほど広範囲に出てくる。例えば、肺経が悪い場合、肺兪に限らずその上下にずれることは少なくない。兪穴は広く取るというのが良い。
‐『医学も経絡学説の中に取り入れて、しかもそれを上手に生かしていくことが将来の行き方だとおもいます。肝臓病をやっている場合は肝兪に出ます。肝兪とかあるいはもう少し上方、外側に凝りが出る。肺が悪い場合は凹んでいます。腫れる人もあります。だから凹凸の関係を見て調節するわけです。』
画像出展:「AI(Perplexity Pro)
が作成」
取穴に重要な“切経”について表にまとめてもらいました。
Ⅳ 身体各部の疾患と治療の実際
●顔面の疾患
・顔面麻痺・三叉神経痛・顔面痙攣・疼痛
‐これらの治療は鍼灸では大差ない。
‐顔面の疼痛は経絡的にみると手足の陽明病とされているが、実際にはもっと広く肝経と腎経の虚があって痛む場合、また胃経と大腸経の変動で痛む場合もある。
‐痛みの治療で重要なことは、患者自身にどこが一番痛いかを聞いて、そこに鍼をすると効果が期待できる。
‐耳の下の翳風や頬車付近や頸部に硬結や圧痛点が出ていることが多いので、これをうまく取ることが重要である。刺鍼は患部だけでなく周辺にも鍼をすると良い。
‐『私は治す場所というのは非常に浅いところにあると感じています。顔に置鍼をする場合でも一~二ミリです。浅く刺して置くとときには鍼が抜ける場合があります。体が押し出して来るのです。鍼というのは不思議なもので、欲しがる人には鍼が入って行くものです。嫌がる人は出してきます。』
・疼痛
‐鍼灸は疼痛を治すというのが大きな目的の一つである。ストレス社会では肩凝り、偏頭痛などが多い。局所だけの施術では効果は限定的なので、肝虚・腎虚・肺虚・脾虚としっかり証を立てて治していく。刺鍼は経絡を調えるため患側・健側の両方に行う。
・鞭打症
‐鞭打証も全身を調整することが重要である。
・顔面神経麻痺
‐最も多くみられる末梢神経麻痺で、鍼灸治療が奏功する疾患の一つである。
‐証を決めて治療するが、顔面ということを考えると足の陽明胃経と手の陽明大腸経の異常が疑われる。よって、これらの要穴を加えて本治法を行う。
‐顔面部の取穴は膀胱経の攅竹、胆経の縣釐・太陽穴、小腸経の觀 、胃経の承泣・地倉・大迎・下関、大腸経の迎香などを症状により選択する。同時に、患側の頸肩部の凝り、圧痛などに注目する。胸鎖乳突筋の側頸部に硬結・圧痛が多く出ているので、これらに取穴し緊張を取り除く。
‐鍼は四肢、腹部は浅く刺す(1~2mm)のが基本であるが、頸部の硬結・圧痛は少し深く刺す。
‐全体としては手足の冷えを温めるように心がける。顔面は手足とも関連があり、これは治療を奏功させる上で重要なポイントである。手足を温めるのは本治対応する。治療の回数を増やしていくと冷えは改善され、病気も改善していく。
‐麻痺は早期治療が望ましい。慢性化したものや麻痺だけでなく、痙攣や拘縮があるものは完治しにくい。日常生活では暴飲暴食を避け、体を冷やさないように注意してもらう。
・顔面筋痙攣
‐一般に顔面神経麻痺より移行した痙攣は根治しにくい。精神的要因や過労・睡眠不足などにより増悪しやすい。精神的要因が強い場合、背部の身柱から至陽くらいまでの棘突起間に圧痛が出やすい。
●目・鼻・耳・咽喉の疾患
‐目を主っているのは肝経だが、白目は肺経、瞳(瞳孔)は腎経、黒目(瞳孔+虹彩)は肝経、上下瞼は脾経・胃経が関係している。目に入っている経絡で大切なものは、胆経・膀胱経・胃経である。
‐目の治療も本治法をやりながら目の周囲に取穴する。
‐頸より上の病気では側頸部の硬結と圧痛を見逃してはいけない。翳風・完骨・風池・天柱・天牖・百会などを使う。
・ベーチェット病
‐体質的な問題があり、繰り返し再発する。肝経の問題が多い。
・角膜炎
‐角膜炎は自然治癒するが鍼を刺すことで早く治すことができる。鍼を刺すことによりアザなど鬱血を迅速に改善する効果がある。
・鼻炎
‐鼻は肺経の華とされているが、肝・腎・肺の虚証や大腸実・胃実証というのもある。背部の風門が面白い。
・感冒
‐鼻水は印堂が効く。45度の角度で鼻の中心に刺鍼する。鼻に響いたら15分から20分、置鍼する。
‐『私はいまの考え方は、病気を治すということはすべて皮膚にあるわけで、深く刺すことはないのです。浅くても効く、浅い方が効くという感覚で治療しています。きわめて弱い刺激を与えると、それが強い大きな刺激量となるわけです。強い刺激を与えるとかえって興奮が下がってしまいます。
私たちの治療は、主に興奮させる治療の方が多いようです。例えば腰痛とか坐骨神経痛は強刺激で制止する目的もありますが、それ以外に胃腸が弱いとか、肝臓が弱いとか、鼻や目が弱いというのは補の治療をするべきで、それには鍼以外にこれほど小さくて細い刺激は他にはなく、そこに鍼の特色を生かさなければならないのです。』
・蓄膿症
‐鼻が悪い場合、胃腸に問題がある場合がある。嗅覚に問題がある人は絶食で改善される場合がある。鼻と胃腸は関係が深いので胃腸を調える鍼治療により鼻の病気が良くなる。
・咳嗽
‐胸骨のすぐ横の硬結・圧痛をよく使う。天突も使う。
‐『鍼は全力投球しなければ効きません。ただ指先で鍼を刺すのでは効きません。つまりその人を手中に入れるということで、深いところでものを掴むということです。極端ないい方をすれば、技術なんかはどうでもいいのです。心をいかにかけるかということが技術の大事なところです。いい加減な気持ちでやっていたのでは、それだけの力しか与えられません。不思議なことに手ぬきをするとやはりだめです。一所懸命すると自然とついてくるように、そういう限界があるようである。』
●肩・胸部の疾患
・肩凝り
‐経絡治療の立場からいえば、肺経や大腸経・三焦経・小腸経などの肩凝りのように考えると同時に原因が腎虚証・肝虚証などの場合もあり、そのような症状を脈診などでとらえて経絡を調整すると肩の気が抜ける。そして肩の凝っている部分の圧痛点なり硬結の強く出ているところに鍼をする。
‐肩部、頸部は伏臥位で刺鍼する方が安全である。そうすれば天柱・風池など深く刺入しても貧血は起きない。鍼は少し響き気味に治療する。
‐肺兪・膏肓・譩譆の凝りや側頸部の硬結(人迎・天窓・天容・天牖など)に治療をする。
・咳嗽
‐経脈の虚実を調整しておいて、背部の大杼から肝兪までの硬結を診る。椎間の棘突起間をあたってから少しずつ外側にずらして診る。脊際にあるのは重症で外側の兪穴にみられる場合は軽症である。
‐背部は肝虚だから肝兪、腎虚だから腎兪というより広く出るので兪穴にとらわれずに考えた方が良い。
‐腹部や肋間の脇なども治療ポイントである。
・結核
‐高齢者の結核は療養がとともに鍼灸で体質を改善して体の中を奇麗にすれば菌が住めなくなって治る。
・帯状疱疹(ヘルペス)
‐経絡の虚実を調えながら患部は2、3本刺す程度である。
・心臓肥大・心不全
‐心臓の問題も経絡の虚実を調えることが最も重要になる。
●腹部の疾患
・胃もたれ・食欲不振
‐証は脾虚証が多い。腹部の治療穴は中脘・天枢・気海・梁門・足三里・三陰交などであるが、これらの穴は胃の病気ではよく使う。一方、症状がひどくなると脊椎のすぐ横に硬結・圧痛が出てくる傾向がある。例えば、脾兪や胃兪にしても本来より脊際に寄ったところに取穴する。硬結を見つけるには棘突起上や棘突起間を外側に押し出すようにする。隔兪・肝兪・脾兪・胃兪あたりによく出る。穴は骨や腱の際に出やすい。
・便秘・下痢
‐軽い便秘は公孫が効く。治療前にコップ1杯を飲水してもらい、30分ほどしてから公孫に刺鍼する。頑固な場合は経絡の調整が第一になる。もろもろの病気が原因で便秘になっている場合もある。
‐下痢は、急性は脾虚証、慢性は腎虚証が多い。
・痔出血
‐百会・孔最を使って症状が改善しない場合は総合病院に行って調べてもらった方が良い。重大な病気の可能性がある。(治療していて効果がない、治らない場合でも、次を考えなければならない)
・坐骨神経痛
‐坐骨神経痛で胃が弱い人がいる。肺虚証が多い。脾経・肺経を補ってから坐骨神経痛に関する穴を取らないとうまく治らない。胃腸の不調が腰背部に影響を及ぼすと考えられる。志室周囲に硬結や圧痛が出やすい。
●背・腰部の疾患
‐臓腑の異常は背部兪穴に反応が出る。ただし、腎虚証だから腎兪に出るというものではない。
・背部の凝り
‐肝経が悪くて背部が凝る場合、上は隔兪・肺兪、下は腎兪あたりまで硬結・圧痛が出ることが多い。また、外側に出たり虚したりすることもあり様々である。
‐病気が長くなると脊柱上や脊際に反応が出る。棘突起の際を丁寧に触っていくと、数珠つなぎのように硬結・圧痛が出ている。これをうまく処理しないと背部の凝り、痛みはとれない。
‐『私は大分前に虫垂炎をやりましたが、そのとき熱は高く痛みは強い。それで外科に行くとこれは切ってもだめだというので内科に行った。内科でもどうしようもないという。医者から見放されたわけです。それではやはり鍼灸でやってみようということで、これは生命がけでした。そのとき患側の肝経の太敦・行間あたりですか、助手に鍼をしてもらうと痛みがずっと少なくなっていく。同時に背部の兪穴を探ってもらうと、見事に脊柱の近いあたりに反応が強く出ている。それをやってもらうと気持ちがいいわけです。それで三週間ほどかかって完全に治りました。その後一度も起きていません。』
‐背部兪穴の出方次第では、病気が重いか軽いかも分かる。ひどい人はまるで骨みたいに出てくることもある。
‐背部の病気であっても、腎兪・大腸兪・八髎穴あたりまで調べると反応が出ている。
‐よく肩甲骨内縁辺りに硬結が現れる人は多いが、その部分だけは不十分であり、下の腰部の方までよくみて治療しないと良くならない。これは人間の身体はつながっているためである。
‐『浅刺の鍼で硬結や圧痛はかなりとれるかというと、かなりとれます。ですから案外、治療ポイントというのは皮膚、あるいは皮下にあるのではないかとおもいます。』
・腰痛
‐腰部の疾患は非常に多い。「鍼灸重宝記」には以下のように書かれている。「太陽腰痛は項背尻に引きせなか重し。陽明の腰痛は、左右へかえりみられず強ばりかなしむ。少陽の腰痛は鍼にて皮をさくがごとし俛仰ならず。太陰の腰痛は、熱して腰に樹木あるがごとく遺尿す。少陰の腰痛は、張弓のごとく、黙々として心わるし……」
・ギックリ腰
‐『腰は一身の受けてというか要です。ここには六経がかかわってきます。この中で少陽経は治療の中心になります。ギックリ腰などで日のたたないのは膀胱経に強く反応が出ますが、長びくと少陽経をうまく使わないと治りにくくなります。それから痛みを起こしたばかりで動けないようなのは肝経の中封です。これをギュッと押えて動かすと、よい方の側は痛くない。それで左右どちらかの判別もできます。』
・頸腕症
‐後方は問題ないが前方に腕が上がらない場合、頚椎や胸椎あたりの椎間が硬くなっている。
・冷え
‐腰痛の原因は色々あるが、注意すべきは冷えである。冷えがある人は再発を繰り消しやすい。
●脚部の疾患
・捻挫
‐鍼灸からみれば捻挫や打撲は局部の瘀血障害が基本である。圧痛点への置鍼か三壮程の知熱灸が有効である。急性の時は標治中心でも良いが、長引くものは証を立て、本治法に標治法を加える治療をすべきである。
‐足関節捻挫は繰り返すことが多いので、しっかり治すことを優先する必要がある。
・関節痛
‐痛む部位を通過する経絡の上方または下方に取穴し、疼痛部分に熱があれば熱邪を瀉し、冷えている場合は多壮灸を施す。
・坐骨神経痛
‐経絡的にみると膀胱経・胃経・胆経に沿って痛みが走り、風気・寒気・湿気にあたると痛みが増加する。圧痛点としては、坐骨孔・臀部中央またはその下縁、腸骨櫛下端と後臀線上部との中央外端に出やすく、経穴では胞膏・陽陵泉・承山・承筋・崑崙・湧泉などに圧痛が出る。治療は脈証より本治法を行い、標治法は圧痛点に求める。
・浮腫
‐下腿・足背部の浮腫は心臓疾患を疑い、顔のむくみは腎臓を疑う。ネフローゼでは浮腫は顕著であり後頭部にもみられる。
●喘息の治療
・気管支喘息
‐一般の発作時には、標治法としての膀胱経の大杼から肝兪までの各兪穴に、三番鍼で深さ1cmくらいに20~30分くらい置鍼すると発作を抑えることが可能である。基本穴は中脘・梁門・兪府・天突・缺盆・中府・尺沢・孔最・肩井・肺兪・膏肓・肝兪・胃倉に鍼または灸をする。
‐体質改善をする目的で本治を行う。
●感冒の治療
‐感冒といえば肺に属して皮毛を主る肺経を考えるが、膀胱経に反応が現れていることが多く、同時に肺経の陽経である陽明大腸経にも関係が深い。
・鼻カタル
‐足の陽明胃経と手の陽明大腸経を使う。特効穴は印堂である鍼を斜め下方に刺鍼する。鼻の中全体に響くと効果が大きい。
・腎炎・ネフローゼ
‐扁桃腺を長く患うと腎臓を悪くする。そのため腎臓炎の治療は頸部、特に下顎骨の下をよく治療することが大切である。
●現代病の治療
・脳腫瘍
‐めまいや難聴などメニエル氏病のような症状があり、視野の異常や欠損を伴う場合は脳腫瘍を疑った方が良い。そして、病院での検査を進めるべきである。
‐『西洋医学的知識が必要になってくるのは判定と予後です。経絡治療をしている人の中には、もう現代医学はぜんぜん必要ない、ただ証に随って実践すればよいという人たちも多いようですが、それでは視野が狭くてだめです。少なくとも鍼灸師の常識として知っていなければいけないことがあります。
しかし現代医学を知ったからといっても、治療はできないわけです。現代医学だけで鍼灸を推し進めようとすれば、そこにはやはりむりが出てくる。なんでも現代医学の考え方で鍼灸の治療なり技術なりを判断していくとなると、大きな誤りがあるけれども、現代医学を知らないということも無学文盲みたいなものです。原因がはっきりしてその経過がどういう予後になってゆくか、そういうところが私たちとしては知っておかなければならないわけです。現代医学を勉強した上に鍼灸をより深くやるということで、初めて理想の鍼灸、理想の東洋医学というものができると私はおもうのです。
最近の中国ではこの穴はどこに効くというふうにいっていますが、私はどうもまだ解せないところがあります。例えば難聴の治療なんかも、私の行ったときはこことここというように決めているのです。それではよくないとおもいました。やはりからだ全体の調節をしてやってその穴を使わないで、この穴と固定してしまうと死んでしまうのです。
常に流動的でないといけない。例えば水にしても、流れていて初めて水なのです。池にして流れを止めてしまうと死んだ水です。常に流れていることが水の特徴です。だから治療もそういうふうに体中が流れていないとだめです。昨日はそこでも今日はここというように治療が変化すべきです。そういうように流れるものを基礎において』
まとめ
概要をまとめさせて頂くと、
①経絡・経穴は病によって現れること。
②経穴は経絡を調えるためのものであること。
③治療は全身を調整するために浅く刺す本治法と、発現した局所の経穴を的確に捉えて取穴する標治法を組み合わせ、患者さまの自然治癒力に働きかけること。
④治療効果が顕著に現れるのは皮膚のツヤ(光沢)であること。
以上の4つがポイントと思います。
以下に本書の中から特に重要と思った箇所を再度、列挙させて頂きます。
病による経絡の変動と経穴の発現
・経絡・経穴というものは、病気あるいは体の異和や疲労が重なったときがあってはじめて顕現するものであって、けっしていつも流れているものではない。病が改善し体の変調がおさまると経絡・経穴は消える。
・経穴を通じて反応帯である経絡に作用する。
鍼治療による体の変化
・『鍼治療を行って、その効果が最もよく現れるのはツヤ―光沢の変化です。鍼治療の前後でツヤの変化を診れば、これは脈診よりもよく変化が判ります。三十分か四十分の間にもよくもこれほど変わるものだとおもうくらいにツヤ=光沢が変わります。と同時に光沢の有無というものは治療効果と非常に関係を持っています。つまり、ツヤのない人は鍼をしても効果がない場合が多いのです。逆に光沢が出たということは鍼治療の効果があったといって差し支えありません。』
患者の自然治癒力
・患者を治療して、治ったり悪くしたりするのは、多く、その患者に自然治癒力があるかないかによる。鍼灸治療は患者の自然治癒力に働きかける。
経絡治療の本治法と標治法
・『私たちがこの最古の古典に教えられて、患者の「えだぎ」の痛みや苦しみを和らげ、おちつける治療法を「標示法」、その現象のもとにある体調の違和をととのえる「もとぎ」の治療法を「本治法」と名づけ、治療の実際に役だたせるようになったのは、昭和十六年以降のことです。』
[本治法]
・どの経絡に病があるかを見つけて、必ずしも痛むところを刺さないで、その経絡を治療するということが、鍼灸治療でいちばん大事なことである。また、皮膚の現れ方をうまくつかまえるのが取穴のポイントである。
・『私はいまの考え方は、病気を治すということはすべて皮膚にあるわけで、深く刺すことはないのです。浅くても効く、浅い方が効くという感覚で治療しています。きわめて弱い刺激を与えると、それが強い大きな刺激量となるわけです。強い刺激を与えるとかえって興奮が下がってしまいます。私たちの治療は、主に興奮させる治療の方が多いようです。例えば腰痛とか坐骨神経痛は強刺激で制止する目的もありますが、それ以外に胃腸が弱いとか、肝臓が弱いとか、鼻や目が弱いというのは補の治療をするべきで、それには鍼以外にこれほど小さくて細い刺激は他にはなく、そこに鍼の特色を生かさなければならないのです。』
[標治法]
異常をうまくつかまえて取穴するということは、本治法と同じくらい価値がある。取穴はあくまで穴として出ているところを自由に使うということである。
必要なことは必ずその穴に鍼を中て、刺し手あるいは押手によってその深さを読み取ることである。圧痛や硬結などでは手で触れた感じでその深さが分かる。そして、刺している間にもたえず気の集まり方、散じ方を読んでいく。このことが治療の大きな決め手となる。
鍼治療による体の変化
『鍼治療を行って、その効果が最もよく現れるのはツヤ―光沢の変化です。鍼治療の前後でツヤの変化を診れば、これは脈診よりもよく変化が判ります。三十分か四十分の間にもよくもこれほど変わるものだとおもうくらいにツヤ=光沢が変わります。と同時に光沢の有無というものは治療効果と非常に関係を持っています。つまり、ツヤのない人は鍼をしても効果がない場合が多いのです。逆に光沢が出たということは鍼治療の効果があったといって差し支えありません。』
このブログのテーマは[“氣”とは何だろう]ということですが、『鍼灸治療の真髄』を拝読させて頂き、ヒントになるかなと思ったことは以下の4つです。
1.治療を始める前の空気(患者と施術者の“間”)。
2.患者と施術者との関係(呼吸を合わせる。気を合わせる)。
3.施術者が患者の鏡になり(患者を理解し受け入れる)、患者のために最善の[証]を決め、良くなるという気持ちを共有し施術に専心する。
4.鍼は全力投球する。ただ指先で鍼を刺すのでは効かない。つまりその人を手中に入れるということで、深いところでものを掴むということである。