せんねん灸などの温灸は一般の方でも購入可能で、自宅で利用できることは大きなメリットです。
当院では、お灸はバネ指等の指関節に対して温灸(無痕灸)を使っている程度ですが、この場合、患者さまに「ご自分でもやってみてはいかがですか」とお話していました。
先日、自分自身の足首の痛み(CAI:慢性足関節不安定症)を何とかしたいので、「とりあえず3、4ヵ月、毎週、鍼とお灸をしてみよう」ということを思いつき、試してみることにしました。痛みは緩和され順調だったのですが、強いタイプの温灸を試したところかなり熱く痕が残り、後日痒みも出ました。
この時、舌がんは強い機械的刺激が長期に継続された場合、がん化の原因になりえる。ということを思い出し、痕が残るような強い熱刺激の温灸を数カ月続けた場合、皮膚がんの原因になってしまうことはないのだろうかと気になりました。
そこで、検索してみると古い資料ではありますが、気になるものが見つかりました。
それは、2000年11月1日付の『鍼灸の安全性に関する和文献(4) -灸に関する有害事象-』というものです。その中に「表2.皮膚の悪性腫瘍についての報告」という表がありました。
20年以上前の資料ですが、重要だと思い内容を確認することにしました。
こちらを”クリック”頂くとPDF6枚の資料がダウンロードされます。
Ⅰ.緒言
『鍼治療が資格をもった専門家によって行われるのに対して、灸治療は施灸のみでなく取穴や刺激量の決定までも患者自身によって行われている場合が少なくない。このことは日本人の灸に対する高い親和性を示しており、日本の文化の一面といえよう。専門家以外の人々が自身の判断や地域の言い伝えにもとづいて灸治療を行った場合は、それによって被る不利益の責任は当然彼ら自身が負う。一方、資格をもった灸治療の専門家が灸治療を行ったり施灸を指導した場合には、そこで生じた患者の不利益に法的および倫理的な責任が問われることになる。よって灸師は、少なくとも現在までにどのような有害事象が報告されているかを知り、そこから判断されるより安全と思われる施術法を用いる義務があると考えられる。
本稿では、鍼灸の安全性に関する一連の検討の中で得られた、灸の有害事象に関する国内の文献調査の結果を報告する。』
3ページに出ています。
1958年から1999年までに9件が報告され、1件の不明を除いて全て“直接灸”となっています。これは艾[モグサ]を円錐状にして皮膚の上に直接置くというものです。
現在は熱傷を伴うか否かによって、“無痕灸”と“有痕灸”に分け区別しています。また、本資料には、『第3度熱傷に至るような強刺激の直接灸でかなりの反復施灸を行った場合』との説明がされています。
従って、気持ち良い温度の温灸(無痕灸)であれば問題にはなりませんが、鍼灸師が有痕灸を使う場合は、温度、刺激量(壮数)、頻度、期間などに注意をはらう必要があります。
現在、行われている有痕灸は“透熱灸”と呼ばれているものですが、一般的に使われなくなっているものも含め、有痕灸と無痕灸についてご説明します。
1.有痕灸
有痕灸は灸痕を残す施灸法の総称で、直接皮膚の上に艾炷(ガイシュ:モグサを円錐状にしたもの)を置いて施灸する。
A.透熱灸
米粒大(こめつぶの大きさ)前後の大きさで円錐形を作り、直接皮膚上の経穴(ツボ)や硬結などの治療点に置いて施灸する。熱刺激を弱くするために細い糸状灸にすることもある。
画像出展:「はりきゅう理論」
B.焦灼灸(通常は行わない)
熱刺激により施灸部の皮膚および組織を破壊する灸法である。
C.打膿灸(通常は行わない)
小指から母指頭大程度の艾炷を直接皮膚上で施灸して火傷をつくり、その上に膏薬を貼付して化膿を促す。
2.無痕灸
無痕灸とは灸痕を残さず、気持ちのよい刺激を与えて、効果的な生体反応を期待する目的で行う灸法である。
A.知熱灸
米粒大または半米粒大の艾を直接皮膚上に置き、点火した後、施術者の母指と示指とを用いて、ゆっくり艾を覆い包むようにして酸欠状態を作り、患者の気持ち良いところで消火する方法である。
画像出展:「はりきゅう理論」
B.温灸
モグサを患部から距離をおいて燃焼させ、輻射熱で温熱刺激を与えるものである。他に燃焼させた棒の先端を患部に近づけ温熱効果を与える棒灸や、電気を使った温灸器などがある。
画像出展:「はりきゅう理論」
画像出展:「はりきゅう実技〈基礎編〉」
灸頭鍼は刺鍼した鍼の先に艾を載せます。これも輻射熱で温熱刺激を与えます。
C.隔物灸
モグサを直接皮膚の上で燃焼させないで、艾炷と皮膚との間に物を置いて施灸する方法で、塩灸、味噌灸、生姜灸、ニンニク灸、ビワの葉灸などがある。
画像出展:「はりきゅう理論」
写真は左から、”塩”、”味噌”、”生姜”となっています。
お灸の効果
2018年に保存していた資料なのですが、出展が分かりませんでした。非常に分かりやすいのでご紹介させて頂きます。
先にご紹介した『鍼灸の安全性に関する和文献(4) -灸に関する有害事象-』には多くの参考文献が出ているのですが、特に気になったのは“大淵千尋.お灸と熱傷と発癌 -灸痕の発癌性について- 医道の日本 1991;567:84-5.”という文献です。
30年前の月刊誌がまさかあるとは考えてもみなかったのですが、ダメモトで“日本の古本屋”で検索してみると、800円で販売されている古本屋さんがあり、「これは奇跡!」と、即発注しました。
古いものですが、文章は2ページと短かったこともあり全文をご紹介させて頂きます。
発行:1991年11月号
出版:医道の日本
“お灸と熱傷と発癌 -灸痕の発癌性について-”など
※投稿された題名には“熱傷”ではなく“熱湯”と印刷されています。本文には“熱傷”は3カ所出ている一方、“熱湯”は1つもありません。従って、正しいのは“熱傷”で間違いないと思います。
はじめに
『南半球に位置するニュージーランド、オーストラリアなどでは、紫外線による皮膚癌の発生が増加し、その予防や早期発見の対策がされており、紫外線の量を調節しているオゾン層を破壊するフロンガスの廃絶には積極的である。
しかし、紫外線による皮膚表皮癌の発生は、メラニン色素欠乏の白人種が殆どで、黄色人種や黒人には少ないことから、白人種中心の世界政策の一つと見るのは、あながち偏見とは言えないであろうか。
日本人など黄色人種にとって、皮膚癌の発生原因としては、紫外線よりもむしろ熱傷が上げられる。
皮膚癌は原発性と転移性に区別されるが、高齢社会を迎えた日本では、老人の原発性皮膚癌が増加していると報告されており、その原発性皮膚癌の前駆症状が老人に多いことが原因していると言われている。主な原発性皮膚癌には表皮癌、基底細胞癌、悪性黒色腫があげられ、そのうち最も多い表皮癌の前駆症として第一に熱傷があげられ、灸痕もその一つになっている。
熱傷、灸痕からの発癌
やけど、お灸のあとが、瘢痕となり、何年もたってイボや小さな壊死ができ、いつまでも治らない状態が続き肥大する場合、癌を疑って見る必要があるといわれている。
灸痕からの発癌について、過去十年間に僅かに二例、皮膚科医誌に報告されているが、実数はもっと多いのではないかと思われる。
その二例について簡単に要約すると次のようになる。
1.背部に発生したイボ癌
岡野晶樹・前田 求・岡田奈津子・喜多野征夫(大阪大学医学部)
医誌名:皮膚 25巻 1号 67-71頁 1983年
要約:患者は74歳男性で、8年前に施灸した背部の灸痕からイボ状のへん平上皮癌が発生した。
2.数か月で発症した温灸による熱傷後、表在性基底細胞腫
宮下光夫・野原 正(日本大学医学部)
医誌名:皮膚科の臨床 27巻 12号 1297-1299頁 1985年
要約:患者は77歳男性で、約17年前に左腹部に温灸を施行し熱傷を生じたが、すぐに瘢痕化し治癒した。ところが、その数か月後より、瘢痕部より周囲に向かい遠心状に暗褐色皮しんの新生拡大を認めた。以降、年々、皮しんは拡大して、大きさが10×5.8cmとなった。
むすび
前述の二症例で灸痕から表皮癌が発生したと報告されているが、施灸後の傷痕がInitiatorにはなりえても、発癌には遺伝子、免疫、Promoterなどの様々な因子が関与しており、また統計的に灸痕からの表皮癌の発生が全表皮癌の発生に高率を占めているとは思われず、灸を直接発癌と結びつけるのは難点があるが、全く関係ないとは否めない。
それ故に、このような症例報告にあるように、施灸後の灸痕が発癌に結びつくこともあり、発症が70歳以降のことが多いので、高齢化社会を迎えて、今後益々、発生頻度が増加することを、鍼灸施術を行うものは認識すべきではなかろうか。そして、患者から、灸周辺にイボや潰瘍が発生したとの訴えがあった場合、その灸施術者であるなしに拘らず、早急に専門医の診断を受けるように勧めるべきである。
皮膚表皮癌は、外科手術や薬物療法などにより完治され易いので、早めの診断と治療が必要である。
また、今後施灸する場合には、温熱刺激効果があり、熱傷を与えない施術法を行うよう努力すべきではなかろうか。
かかる点より、中国で施行されている隔物灸(附子餅、丁桂散など)や灸頭鍼、棒灸などを良く研究し、灸の芳香効果も加味した灸法を創案し、古い皮袋に新しい酒を入れて美酒にするように、古来の灸法を更に副作用の少ない効果的なものに改めることが、これからの鍼灸師に与えられた使命ではなかろうか。』