第5章 人生会議 ~どう生きて、どう逝きたいかを一緒に悩む~
●人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン
-在宅医療とは、大切な人が亡くなっても納得できる医療である。これは、患者さんがなくなるまでの間、ご家族と何度も話し合い、一緒に悩むことで、もしもご家族が「あの選択をしたのが悪かったのだろうか」と後悔した時に「あれだけ一緒に悩んで選んだことですから、よかったのですよ」と言ってあげられることにある。
●意思決定支援に重要な5つのポイント
-医師は患者さんやご家族が亡くなる前に、家で人工呼吸器をつけるか否か、延命治療や胃ろうをするか、気管切開するかなど重要な意思決定をしなくてはならない場面に出会う。次の5つはこれらの意思決定の上で大事だと思うポイントである。
①ご本人の意思を尊重する。
②考えられるすべての選択肢を提示する。
③患者さんに関わる人すべてを巻き込む。
④決めたことでも、気持ちは変わってもよい。
⑤結果よりもプロセスを大切にする。
第6章 看取りの質を高める ~納得できる看取りを実現するために~
●最期まで食べるための前提として、必要な3つのこと
①食べる取り組みをする前に、医療を最小限にする。
・点滴や注入を最小限にして唾液を飲み込めるようにする。
・口腔内の湿潤状態を維持する。
・食欲を復活させる。
②医師や言語聴覚士に絶食指示を出させない。
・嚥下検査でどんなものをどれくらいなら食べられるかを見極める積極的な嚥下検査を行う(一般的には絶食という判断がされやすい)。
・“永井の法則”―「食べたいものを大きな声で言える人は食べれる」
③患者さんの食べたいと思う気持ちを尊重し、どうすれば食べられるかをとことん追求する。
・ご家族、医師、各職種にスタッフの意思を統一する。
●その患者さん、食べられますよ!
-水分摂取は計算上想定される水分量は重要ではなく、患者さん本人の体がどれくらい処理できているかが大切である。
画像出展:「おうち看取り」
第8章 在宅医療で大切なこと ~患者さん本人の生き方に向き合う~
●「死への過程」に敬意をはらう
-『大切な人がいよいよ最期を迎えようという時、ご家族の出張や結婚式などで、どうしても「その日」まで患者さんのイノチを持たせてほしいと求められることがあります。大切な方に1分1秒でも長生きしてほしいご家族のお気持ちは痛いほどよくわかります。しかし、大切なのは、自然な「死への過程」に抗わないことだと思うのです。
そんな時、私がいつも思い出すのは、手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」の「ときには真珠のように」の章に出てくる名言です。外科医本間丈太郎は、事故で瀕死だった少年時代のブラック・ジャックに手術を行いました。ブラック・ジャックにとって本間は命の恩人です。しかし、本間はブラック・ジャックの体内にメスを置き忘れるという重大なミスを犯してしまいました。
手術から7年後、メスは検査と偽って本間の手で秘密裏に摘出されました。その後、本間はブラック・ジャックにそのメスを送り、このことを隠し続け、思い悩んでいた罪を告白し懺悔しました。老衰に伴う脳出血、脳軟化症で臨終を迎えようとする恩師本間にブラック・ジャックが会いに行った時、本間は「老衰は治せん。治しても一時の気休めしかならん」と語りました。意識不明となった本間に、ブラック・ジャックは医術の限りを尽くした完璧な手術を行うのですが、本間が蘇生することはありませんでした。
打ちひしがれたブラック・ジャックに本間が遺したのは、「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」という言葉でした。完璧な医療を尽くしても、死すべき定めにあった本間の命は死を迎えることになったのです。』
画像出展:「ブラック・ジャック③(秋田書店)」
『1990年にWHO(世界保健機構)の「がんの痛みからの解放と緩和ケア」の指針の中で以下のように述べられています。「人が生きることを尊重し、誰にでも例外なく訪れる【死への過程】に敬意をはらう。そして、死を早めることも死を遅らせることもしない」と。
私たちは、生命の神秘を目の当たりにした時、医学や人間の力の限界を感じることがあります。今や、医療のある種の行き過ぎた行為は、人間から尊厳ある【死への過程】を、奪ってしまうことになりはしないかと危惧されています。死を間近にした方にとって、亡くなる瞬間に立ち会うことが大切なのではなく、ご本人が穏やかに楽に逝けることが最も大切だと思うのです。ご本人はどんな最期を迎えたいと思っているのかに思いを馳せてください。』
第9章 家で看取るということ ~看取りを迎えたときのこと~
●そのときが、やってきました
-看取りのときが近づいてきたら……
■水分や食べものを欲しがらなくなります
『看取りの時が近づいてきたら、水分や食べ物を欲しがらなくなります。食べることへの興味が薄れてきます。本人が欲しいと思うものは、どうぞ食べさせてあげてください。ただし、少量ずつ、飲み込んだことを確認してから口に入れてください。決まった量を取らせようとはせず、本人が望むものや量を食べさせてあげることが大事です。意識がなっきりしないときは、気管に入ってしまうことがあるので、飲食を控えてください。
水や食べものへの興味を失う頃には、体はもうそれを受けつけなくなっていて、命を終えようとする準備をはじめます。これはつらいものではなく、脱水状態になると意識がもうろうとなり、麻酔が効いているような、本人にとっては楽な状態となります。口の中の乾燥は、濡れた綿棒やガーゼなどで湿らせてあげてください。』
■穏やかに過ごしましょう
『この頃になると、身近な人とだけ一緒にいたいと思うようになります。話し方が遅くなったり、話しにくくなったり、時にはまったく話せなくなりますが、本人の負担にならない程度に、兄弟や親戚、親しい友人など大切な人に会わせてあげてください。
できれば、いつも誰かがそばにいて、本人が安心して眠れるような、静かで穏やかな環境を保ってあげてください。』
■眠ることが多くなります
『睡眠時間が長くなって、呼びかけにも反応しにくくなり、時には目覚めることすら難しくなります。痛みがあれば眠ることもできません。眠ることができるのは安楽な証拠です。この時期は眉間にしわを寄せることもなく、ぐっすり眠られているのが本人にとって一番楽な状態です。』
■すべてを受け入れてあげてください
『時間や場所、家族や知人など周囲の認識ができなくなってきます。亡くなった方が目の前に出てきたり、行くことができない所に行ってきたなどと言うこともあります。この時期になると、よくあるようですから、不安に思わずに本人が話すことを否定せず、すべてを受け入れ尊重してあげてください。感じたことを自由に話せる雰囲気にして、やさしくさすったり、安心できるように静かに話しかけてください。』
■体に変化が現れてきます
『むくみが出る、皮膚が乾燥したり色が変わったり、手足が冷たくなり呼吸も不規則になる、尿量が減る、喉の奥に分泌物が溜まってゴロゴロいうなど、さまざまな体の変化が出てきます。予期せぬ変化が現れたら遠慮なく医師や看護師に相談してください。』
-限られた時間と向き合う
画像出展:「おうち看取り」
自然な死を迎えるために
食べられなくなったら1週間くらい。
尿が出なくなったら2~3日くらい。
●亡くなる最期の瞬間はみていなくていい
『人生最期の時を住み慣れた自宅で、大切な人に囲まれてゆったりと過ごし、人生の長い旅路を終える。さまざまな想いが走馬灯のように巡るとともに、症状の変化にどう対処すればよいのかと、いろいろと心配になるかと思います。
残された時間が数日になった頃には、旅立ちの衣服、例えば、本人のお気に入りの服や、家族の希望のものなどを用意してもいいでしょう。言葉に対する反応も鈍くなってきますが、聴覚や触覚は五感の中で最後まで残るといわれています。手を握ったり、体をさすったり、言葉をかけてあげてください。
最期は、本人が穏やかにいられるように。そして、周りの人は、これから起こるさまざまな変化にもあわてることがないよう、心の準備をしてください。
必要なら、私たちに、いつでも遠慮なく相談してください。
そして、お手伝いしなければならない大切なことが一つあります。それは、息を引き取るその瞬間をみていなくてもいい、ということです。病院でも施設でも、実は最期の瞬間はみていないことが多いのです。家族が眠っている間や、ちょっと部屋を離れた間に亡くなっていたとしたらそれは「誰も気がつかないほどに穏やかに安らかに旅立てた」ということ。「楽に逝った」ということなのです。』
●旅立ちの時がやってきました……
-予期せぬ変化があった時、救急車を呼ぶ前にまずは在宅医療スタッフに連絡してください。一日中ずっと眠っているようになります。そのうちに、呼んでもさすっても反応がなく、ほとんど動かなくなります。
-五感の中で聴力は最後まで残るといわれていますから、できるだけ声をかけてあげてください。
-大きく呼吸をした後10秒ほど止まり、また呼吸をする波のような息づかいになります。あごを上下させる呼吸になります。下顎呼吸という最後の呼吸の状態です。苦しそうに見えるかもしれませんが、この頃には、意識はなく苦しみもありません。
-やがて呼吸が止まり、胸やあごの動きも止まります。脈が取れなくなり、心臓が止まります。だいたいでかまいませんから、この時間を亡くなられた時刻として、記憶にとどめておいてください。