覚明行者と御嶽信仰

父方の祖父は明治23年生まれ、幼少期より浅草で育ちました。若かりし頃には、まさに「髪結いの亭主」だったこともあるそうです。私が知っている祖父は気骨ある明治の男という印象が強く、相撲と時代劇、そしてよく本を読んでいました。また、鉄棒、ブランコ、ニワトリ小屋など何でも作ってくれたのですが、祖父の弟さんは有名な宮大工だったとのことです。

特によく覚えているのは御嶽山と覚明さん(覚明行者)を敬い、深く信仰していたということです。毎朝、長い経文[キョウモン]を唱えていました。何を言っているのかサッパリわかりませんでしたが、最後の「かしこみかしこみ申す」という言葉だけは覚えています。 

祖父、70歳代の写真です。

10月に母が他界し、宗教や死後の世界に興味をもったことで、祖父が深く信仰していた覚明さん(覚明行者)の御嶽信仰がどんなものか知りたくなりました。そして、『木曽のおんたけさん』という本を見つけ購入しました。

木曽のおんたけさん
木曽のおんたけさん

編著:菅原壽清、時枝務、中山郁

発行:2009年7月

出版:岩田書院

 

シェルター
シェルター

犠牲者・行方不明者あわせて63名の大惨事となった御嶽山の噴火は2014年9月27日でした。そして、山頂までの登頂が再開されたのは2019年7月1日でした。

大惨事後に設置されたこのシェルターの写真は“My Roadshow -登山ブログさまから拝借しました。

 

ブログは“山岳信仰”、“御嶽信仰”、“覚明行者”および覚明行者によって開かれた“黒沢口登山道”を取り上げました。

なお、黒沢口登山道が開かれる前は、御嶽山への登山は熱心な一部の信者に限られたものでしたが、この登山道が開かれたことによって一般の信者も登山が可能になったとのことです。

日本の山岳信仰

日本における山岳信仰は縄文時代にさかのぼるが、それが宗教として展開し始めたのは弥生時代以降と考えられている。

・弥生時代になり水稲農耕が行われるようになり、山は水田に必要な水を供給する場所、水分神(ミクマリシン)の場所として崇敬され、祭祀が行われるようになった。

飛鳥、奈良時代になると、仏教の僧侶たちは山林での修行を行うようになった。

・奈良、平安時代には多数の霊山が開山された。

平安時代、天台宗の最澄や真言宗の空海は唐で密教を学んだ。これらの宗派は比叡山や高野山などの霊山に修行の場を求めていった。そのため、天台宗や真言宗の全国展開とともに、多くの山々に寺院が建立された。また、この頃から主に仏教側からの働きかけによって、在来の神道の信仰と仏教が混ざり合う「神仏習合」の信仰が盛んになっていった。

山中の霊場を巡って修行する僧侶や行者の中には社会的に大きな活躍をするものもあり、人々はこうした山の宗教者を「験者」や「山伏」と呼んだ。その後、これらの宗教者は「修験者」となっていった。

・室町時代に入ると、こうした修験者の修行のルートや拝所、山で行う修行法、儀礼や教義が整えられ、人々の宗教的な要求に応えて祈祷活動を行う修験道が成立した。また、こうした教義の成立とともに日本各地の山々や里に住む修験者や熊野先達の組織化が進められ、天台宗系の本山派と、真言宗系の当山派という二つの修験道組織ができた。

・江戸時代に入ると、幕府は武装勢力でもあった修験勢力を統御するために、本山派と当山派を競合させたり、修験道法度を発するなど統制下に置くことに努めた。

・諸国を遊行しながら修行していた修験者たちは、この頃から村落などの地域社会に定住するようになった。そして、自分が所属する派の霊山に入って修行を行うことで修験者としての立場と位階を認められた。

江戸時代の山岳信仰の特色として、一般の人々による諸国の霊山崇拝が盛んになったことが挙げられる。これによって霊山は修験者だけでなく、多くの人の対象として繁栄していった。

御嶽信仰

日本人は古来より国の豊かな自然に接して、山や自然そのものに対して山川草木に神が宿るという、素朴な信仰を育んできた。そして、そのような信仰を基に、仏教や神道などの影響を受けて修験道と呼ばれる山岳信仰が形成されてきた。

・木曽御嶽も素朴な信仰を基に、奈良時代から鎌倉時代にかけては修験道の影響を受け、また、室町時代から江戸時代初期にかけては黒沢と王滝の両御嶽神社により組織されて、道者と呼ばれる宗教者が活躍していた。

江戸時代中期には覚明行者と普寛行者が現れて、この山を一般の人々にも開き、講集団を中心とした御嶽信仰が尾張や江戸を中心に盛んになり、やがて全国へと広まっていった。

・明治以降は神仏分離や講集団の教団化、戦後の信仰の自由など、時代の荒波の中で信仰が維持され、今日に至っている。

現在の御嶽信仰は神道を中心に、素朴な信仰を基として、仏教や講集団の信仰が重なって成立している。

覚明行者の誕生

御嶽山が一般の人々にも開かれた信仰の山となったのは江戸時代末期、尾張の覚明行者が黒沢口を開放したことによる。それまでは、里宮の管轄指導のもと、百日にも及ぶ重潔斎を必要とし、その潔斎期間や経済的な面からも、一般の人々による登拝は無縁だった。

・覚明行者は享保三年(1718年。四年という説もあり)に生まれたとされている。

・覚明行者は、宝暦二年(1752年)、宝暦八年(1758年)、宝暦九年(1759年)、宝暦十一年(1762年)、宝暦十三年(1763年)、明和元年(1764年)、明和三年(1766年)と計七回もの巡礼修行を行っており、次第に人々を救済するという行者としての新たな世界を見出していったと考えられている。

黒沢口登山道から御嶽山頂上へ

・黒沢口が天明五年(1785年)の覚明行者による中興開山以来、御嶽講を中心に登拝に利用されてきた歴史ある道である。 

黒沢口登山道
黒沢口登山道

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

・黒沢口から登る場合、御岳ロープウェイで七合目まで入る人が多い。

・大きな駐車場は六合目にある。 

六合目
六合目

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

-『登山口となる黒沢口六合目は大きな駐車場となっており、おんたけ交通バス(季節運行)の待合所やトイレもある。身支度を整えたら、バス待合所左脇から登山道に入ろう。歩きはじめるとすぐに、平成二十年から休業となった中の湯別館があらわれ、そこから本格的な登りとなる。針葉樹と笹の中に続く登山道には、ところどころ木が敷き詰められたり、木段となっているので足元は安心してよい。休業中の日野製薬の売店小屋を過ぎ、旧湯の小屋分岐から急坂の登りが続く、二十分ほどがんばれば勾配は緩やかになり、すがすがしい針葉樹林を登って行けば七合目の行場小屋に着く。  

七合目
七合目

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

ここから御岳ロープウェイ山頂駅までは遊歩道で十分たらずである。

行場小屋を出るとすぐに橋で小さな沢を横切るが、ここは覚明行者が修行をした場所と伝えられ、石碑も建てられている。そこからは地面や倒木の上に美しい苔が生えた森の中の道となる。はじめは緩やかであった登山道も次第に勾配がきつくなり、汗をかきながらのジグザグ登りとなる。急な木段の細道も小さな桟橋まで上がれば大分緩やかになり、いつのまにか針葉樹の森がダケカンバなどの灌木に変わっている。すれ違う講の登山者たちが鳴らす鈴の音と活気に慰められながら、広くなった登山道を歩き続け、次第にハイマツ多く見られるようになれば、まもなく八合目女人堂に出る。

八合目
八合目

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

ここからは城塞のように切り立った御嶽山の稜線が眺められる。また、小屋前は阿波ヶ嶽と呼ばれ、四国方面の御嶽講社の霊場となっている。

女人堂からはいったん小さな谷を巻いてから尾根に取り付くが、この部分は七月上旬には雪が残っていることが多い。少し登って登山道が右に折れたところが剛童子で、登山道の右手に小さな祠[ホコラ]が祀られている。江戸時代まで女性はここまでしか登拝が許されなかった。

また、祠の横に大きな岩が立っているが、これは天照大神が隠れた天の岩戸を手力男命が開いたときに、放り投げた岩戸が飛んできたものであるといわれている。また、この一帯は古い霊神碑が林立し、独特の宗教的雰囲気をかもし出している。風化した霊神碑や素朴な風貌の神像を眺めながら登ると、次第に道は勾配を増してゆく。ハイマツの間の、雨によってえぐられた登山道を登って行くと、大きな鳥居と三笠山刀利天像がみえてくる。鳥居の前は少し広くなっているのでグループ登山の休憩に用いることができる。

さらにもうひとがんばりすれば急に視界が開け、砂礫[サレキ]の裸尾根に出る。ここには弘法大師の大きな銅像が祀られており、展望もよく、晴れた日には中央アルプスの眺望が素晴らしい。団体の休憩にはよい場所である。ここからは眺めのよい尾根上の登りとなるが、、道は砂礫状になっているため少々歩きにくく、六合目、又は七合目から歩いてきたときには疲れが出はじめるところでもある。砂ザレの急登を周囲に慰められながら登り、道が尾根の右側をまくようになると小さな鞍部にでる。

ここで息を整えたら、いよいよ黒沢口登山道一番の急登に入る。大きな岩石の階段を上がるような道は少々しんどいが、高度もぐいぐいかせいでいける。ゆっくりと、一歩一歩岩の階段をあがり、登山道脇に巴講の霊神碑を見れば、まもなく九合目の石室山荘に着く。ここから道は砂礫まじりのジグザグ道となるが、次の山小屋の覚明堂は目の前に見えているので気分は楽である。

覚明堂から石段を登り、鳥居を潜ると、覚明行者の大きな銅像や沢山の霊神碑が並び立つ拝所に出る。ここは二ノ池付近で亡くなった覚明行者のなきがらを祀った場所であることから、御嶽講の大事な聖地とされ、夏山中は講の信者たちが敬虔な祈りを捧げているのを眼にすることができよう。そこからもしばらく急坂が続くが、目の前の尾根に上がれば傾斜はくなり、まもなく御嶽の主稜線上に出る。

二ノ池や王滝知頂上への分岐など、いくつか道が分かれ、霧が掛かったときには迷いやすいが、案内板や登山道の両側に張ってあるロープに沿って行けば迷うことはない。稜線の眺望を楽しみつつ、砂礫混じりの道を一歩一歩踏みしめて行けば、まもなく頂上山荘に到着する。 

御嶽山頂へ
御嶽山頂へ

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

頂上山荘前の石段を登れば、御嶽山の頂上、剣ヶ峰である。正面に小さな社殿や素朴な神像が並び立った大きな磐座[イワクラ]がある。それが御嶽神社の奥社であるので先ずは参拝しよう。神社の正面は次々と登ってくる講中が参拝に使うので、参拝をすませたら、神社の右手前の三角点が置かれた広場で休むとよい。そこからは一ノ池、二ノ池、王滝頂上など御嶽山の頂稜部を一望することができ、南側には木曽駒ヶ岳や宝剣岳など中央アルプス、北方には乗鞍岳とその向こうに槍ヶ岳、西北には白山を望むことができる。晴れていれば至福の時を過ごすことができるだろう!』

ご参考御嶽山に関すること

ネット上には御嶽山(御岳山)に関するサイトが沢山ありました。ここでは三つのサイトをご紹介させて頂きます。

日本アルプス登山ルートガイド
日本アルプス登山ルートガイド
御嶽七合目
御嶽七合目
「山頂でおにぎりを食べよう」
「山頂でおにぎりを食べよう」

ボランティアについて

ボランティア活動に興味があり、『ボランティアってなんだっけ?』という本を買ってみました。70ページに満たない本で、親しみやすい題名だったため軽く考えていたのですが、その内容はとても深く、色々なことを考えさせられました。

地震や水害などの被災地への災害ボランティアは、人手不足を補うものとして確実に現地の助けになるものと思いますが、ボランティア活動を広く見渡すと、様々な課題があることが分かりました。

ボランティアってなんだっけ?
ボランティアってなんだっけ?

著者:猪瀬浩平

発行:2020年5月

出版:岩波書店

ボランティアにまつわる悩み
ボランティアにまつわる悩み

画像出展:「ボランティアってなんだっけ?」

目次

Ⅰ そこで何が起こっているのか? ―自発性が生まれる場所、自発性から生まれるもの

Ⅱ それって自己満足じゃない? ―無償性という難問

Ⅲ ほんとうに世界のためになっているの? ―ボランティアと公共性

終章 ボランティアの可能性

Ⅰ そこで何が起こっているのか?

「ボランティアでは続かない」

●生き生きとボランティアを始めていた人の情熱が、時間が経つとだんだん冷めていくことがある。活動が整理されていくなかで、思ったことが言えなくなって、こなすだけになってしまったら熱は冷めていく。

●何をすべきかを自由に考えることよりも、これまでの活動を継続するための業務に追われ、活動への違和感を話し合えず、なんで活動するのかを考える機会もなくなると情熱は冷め、活動に距離を置くようになる。

●一人の参加者として責任のない立場で関わるのは良かったが、責任を負う立場になると敬遠する人もいる。すると責任を負う人の負担感や孤立感は強まっていく。

●ボランティアで始まった活動が持続性を高めていくために、非営利活動法人(NPO法人)や一般社団法人に移行していく。定款が作られ、事務局ができ、会費や寄付の制度が確立されていく。専従職員となる人が出て組織も確立していく一方で、初期の使命感が薄れ、活動の持続が目的となってしまうこともある。

●有償で働く専従職員とボランティアの間に溝が生まれ、ボランティアの数は減っていく。

●『「ボランティアでは続かない」ということはある面において正しいのだが、一方「ボランティアでないと続かない」ということも正しい。そんなことを、ある夏の体験で思った。』

ネットワーキング―出会いから広がっていく、出会いから変わっていく

●農園で子ども向けの農業体験イベントを開催した。1回目に参加した子どもが次の会には兄妹や友人を連れてきた。地域の情報誌に記事が掲載されて参加者が増えた。イベントの様子をSNSで公開したら、次々にシェアされていった。環境教育や農業に関心のある学生や社会人がボランティアをしたいと集まってきた。彼らの経験が企画に活かされて、体験講座の内容は専門化されていった。会議も定期的に開かれるようになり、助成金でキャンプをするためのテントや調理器具を買いそろえた。助成金の申請のためには規約や決算書、活動報告書が必要なため、事務局がつくられた。そんな中で、イベントの企画よりも農作業に興味を持ち始めた仲間から、子どもたちに農業体験をさせることよりも、自分たちがしっかり農業を勉強すべきだという声も出てきた。彼らの中には地方の専業農家のところに研修に行く人もいた。やがて、子どもたちへの農業体験を重視する立場と、学生自身が農業を学ぶことを重視する立場の違いが生まれ、活動をめぐって議論がなされるようになった。活動が広がる中で、新しい視点がもたらされ、活動自体の意味をめぐる議論が生まれる。その先に、活動自体の見直しが起こるかもしれないし、活動の分裂が起きるかもしれない。

●『「注意して見てほしい。一緒に団体を立ち上げた友人の関心は子どもの貧困問題だったのだが、次第に活動は子どもたちの農業体験/環境教育にシフトしており、そこからさらに農業への関心が生まれている。このような変化のなかで、友人には自分の当初の思いとつながるものを見出していくのか(たとえば、農業体験に来ている子どもたちのなかに貧困につながる問題を見出すのかしれない)、それとも流れに身を任せて当初の問題意識を忘れてしまうのか(たとえば、専業農家と出会って農業の面白さに心を奪われるのかもしれない)、それとも自分のやりたいことはここにはないといって去っていくのか、三つの方向があるだろう。

Ⅱ それって自己満足じゃない? ―無償性という難問

無償性はめんどくさい―贈与のパラドックス

●あなたが誰か困っている人に何かをしてあげたいとする。見返りを求めてやったのではなく、困っている人を助けたいという気持ちに突き動かされたとあなた自身は思っている。しかし、あなたの内面は誰にも見えない。だから、周りから、本当は、「困っている人を助けている姿を見せて、自分の評価を上げたいのではないか」とか、「そうやって善行をつんで、死後に天国に行こうとしている」と指摘されたり、心の中で思われたりするのを防ぐことはできない。あるいは、「そうやってあなたが無償で誰かを助けてしまうことで、本当はそれをすべき〇〇が仕事をしなくなる」と言われることもある。この〇〇は例えば、政府が入る。このように贈与は常に、贈与と反対のものを見出されてしまうというパラドックスを抱えている。

贈与から交換へ―ボランティア・NPO・CSR・社会企業・プロボノ……

●1990年代以降、NPO活動が注目を集め、1998年には特定非営利活動促進法(NPO法)が成立するようになると、ボランティアよりもNPOの関心が高まった。

●NPOの非営利性とは、事業を通して利益を上げたとしても組織の成員で分配しないということである。

ボランティアは“贈与”と考えられているが、NPOは“交換”の要素が強い。そしてNPOに続く、CSR(Corporate Social Responsibility)、社会的企業、社会的起業家、プロボノ、BOP (Base of the Economic Pyramid)ビジネス、エシカル消費、SDGs (Sustainable Development Goals)などもまた、“交換”と“贈与”の間にある言葉である。

●ボランティアという言葉が使われるのは、無償であるのが当然であると考えられる領域や、学校教育の現場に限られていった。

●阪神淡路大地震が起きた1995年がボランティア元年と言われているが、ボランティアをする人の割合は減少する傾向にある。

●『ボランティアが語られることや、そもそもボランティアをする人が減っていくなかで、久しぶりにボランティアが声高に語られ、議論を巻き起こしたのが東京五輪ボランティアだった。しかし、そこにおいて、贈与のパラドックスを伴う「無償性」は放棄されてしまったように見える。』

贈与のパラドックス
贈与のパラドックス

画像出展:「ボランティアってなんだっけ?」

ケアの論理

●ケアはケアする人とされる人の二者間の行為ではなく、家族、関係のある人々、同じ病気・障害・苦悩を抱える人、薬、食べ物、環境などの全てからなる協働的な作業と考えられている。

ケアの出発点は、人が何を欲しいと言っているのかではなく、何を必要としているかである。それを知るためには、その人の意思だけでなく、その人の状況や暮らし、困っていること、どのような人やシステムから支援を受けられるのか、それらの支援によって、その人の暮らしがどう変わってしまうのかなどについて理解する必要がある。

●苦悩はケアされる人だけではなく、家族や関係する人達も苦悩する。状況の改善は人や物、システムなど全てとの関わり合いの中でケアが行なわれるという意識を持つ必要がある。

終章 ボランティアの可能性

●ボランティアは国家や市場システムに都合よく使われることもある。隅々まで浸透した世の中と思っても、国家や市場システムから見放された世界が存在する。ボランティアがなければ苦しい人々は間違いなく存在する。

●国家や市場のシステムを批判し、今ある世界に取って代わるような理想像を掲げるのではなく、今あるシステムがうまく機能していないところに入り込み、他者と共に生きる空間を作っていくことは一つの在り方である。

ヨガ

以前、友人から「ヨガはいいよ」と教えてもらったことがあり、いずれ一度はやってみたいなと思っていました。

場所や時間、費用面で適当なものがあったらと思いながら探していると、親しみやすい、始めやすい感じの講習会があり、早速、大きなバスタオルを持参して参加してきました。

友人が言っていた通り、いい感じです。深い呼吸、適度な身体的負荷、何だか清々しい気持ちになります。「これは続ける価値ありだな」ということで、入会し続けることにしました。

また、一度やってみて、バスタオルは摩擦がなく足元が不安定になりやすいためNGということが分かったので、ネットショップでヨガ用マットを購入し次回に備えました。また、ヨガといえばインドですが、せっかく始めるのだったらヨガがどんなものか、最低限のことは知っておきたいと思い、色々ある中から『ヨガが丸ごとわかる本』という本を買ってざっと一読してみました。

ヨガが丸ごとわかる本
ヨガが丸ごとわかる本

著者:Yogini編集部

初版発行:2016年11月

出版:枻出版社

ブログは目次の黒字箇所です。最初にヨガの概要をお伝えしたかったため、Chapter_7、”ヨガとスピリチュアル”の中にあったものを最初に持ってきています。

目次(Contents)

プロローグ

Chapter_1

ヨガとは何か?

・ヨガとは何かを探ってみよう

・ヨガが与えてくれるもの

・ヨガの歴史

・紀元前から2016年まで世界と日本のヨガヒストリー

・日本のヨガ偉人

・世界の人々に影響を与えたヨギー&ヨギー二

・インドの聖者達

・ヨガする世界のセレブ達

Chapter_2

ヨガの流派について

・古典ヨガと現代ヨガ

-アイアンガーヨガ

-アシュタンガヨガ

-クリシュナマチャリアのアイアンガーヨガ

-沖ヨガ

-クリパルヨガ

-クンダリーニヨガ

-シバナンダヨガ

-パワーヨガ

-ホットヨガ

-リストラティブヨガ

-陰ヨガ

-ライフステージ

-ニュースタイル

・ハタヨガとヴィンヤーサヨガ

・その他

・新しいヨガ

Chapter_3

ちょっとディープなヨガの考え方と哲学

・本当の自分について

・プラシャとプラクリティについて

・人間の体の考えかた 五つの鞘「パンチャコーシャ」

・エネルギーの質、トリグナ

・マンガで知るヨガ「そもそもヨガ哲学って、なあに?」編

・ヨガの八支則について

-ヤマ

-ニヤマ

-アーサナ

-プラーナーヤーマ

-プラティヤーハーラ

-ダーラナ

-ディヤーナ

-サマディ

・禅の十牛図とヨガの関係を見ていく

・ヨガは呼吸が大切な理由

・呼吸がもたらすもの

・いろいろある呼吸法

・プラーナを知ろう

・体に作用するプラーナの流れ

・さまざまな角度からプラーナを捉える

・プラーナとナーディの哲学

・呼吸には「完成」がある

・呼吸とプラーナのことQ&A

Chapter_5

ポーズについて

・アシュタンガヨガの太陽礼拝A

・アシュタンガヨガの「トリスターナ」

・シヴァナンダヨガの太陽礼拝

・立位のポーズ

・座位のポーズ

・後屈のポーズ

・逆転のポーズ

・ポーズ名に出てくるサンスクリット語

・ポーズのことQ&A

Chapter_6

瞑想

・瞑想の基本

・座り方と印

・迷走しないための瞑想コラム

・注意点

・瞑想に種類ってあるの?

・たくさんある瞑想

・マンガで知るヨガ「とにかく瞑想をやってみよう!」編

・マインドフルネス瞑想

・瞑想中に起きていることは

・四つの三昧(サマーディ)状態

・あの偉人達の瞑想

Chapter_7

ヨガとスピリチュアル

・マンガで知るヨガ「スピリチュアル」編

Chapter_8

ヨガのメディカル的側面

・ヨガで健康を手に入れる

・沖ヨガ

・ヨーガ療法

・ヨーガセラピー

・がんへのヨガ的アプローチに注目!

・ヨガの健康における概念

・アーナンドラが語る鞘の話

FEEL THE INDIA

・ヨガを生活に取り入れて楽しむ、学ぶ

-Fashion

-Goods

-Food

-Music&Mantra

-ヨガを学ぶ、習う

-先生になる

-情報を得る

-ヨガのイベント

・ヨガ旅へ出かけよう!

-INDIA

-NEWYORK

-HAWAII

・ヨガ用語辞典

Chapter_7

ヨガとスピリチュアル

「エクササイズからの卒業」と題するページに書かれていたことは次のようなものです。

ヨガを始めると、ヨガが単なるエクササイズではないと知る。日常的にも道徳的なヨガの心が芽生え、そして生き方が変わってくる。それこそが本質的なヨガの始まりなのだ。

そして、次のページにある「目に見えないものを受け入れていく」は、ヨガというものの概要を端的に伝えているように思います。

ヨガはエクササイズではない。そこには深い精神性が横たわっている。ヨガはポーズを中心としたフィットネス部分のみだけではなく、道徳的な、日常の行いへの意識づけから始まり、呼吸を中心に心へ焦点を当て、感情の起伏や、心の波を穏やかにしていくもの。それらは、“目に見えない”ものが多い。

身体的アプローチで目に見えているはずのポーズや呼吸も、目に見えない部分に対してアプローチするのが練習の本質だ。ヨガは論理的には説明できないことまで、すべて丸飲み込みして行っていく。そうすると、到達するところは、感動的で魂が振るえるほどの歓びが存在する場所。ヨガは体にだけアプローチするボディワークではなく、スピリチュアルワーク(魂への行い)なのだ!

Chapter_3

ちょっとディープなヨガの考え方と哲学

本当の自分について

ヨガでは「自分」という存在を追及していく。これはヨガ哲学の根幹である。そして「本当の自分(真我)と自我によって作られた「自分」がいると考える。

-私とは「本当の自分」と「それを取り巻く自分」の二つでできていると考えられている。

-「本当の自分」は、観る存在であり活動する自分を観察している。今「認識している自分」は、この世を体験するための器。傷ついたり、辛い思い、痛い思いをしたのは「本当の自分」ではない。

-「本当の自分」は何があっても常に美しく、尊厳が保たれた満ち足りた存在である。

本当の自分について1
本当の自分について1

画像出展:「ヨガが丸ごとわかる本」

『「本当の自分」は“観る存在”であり、“観られる対象”は自分ではないこの世を体験するための器』

本当の自分について2
本当の自分について2

画像出展:「ヨガが丸ごとわかる本」

『つまりヨガとは、「本当の自分」は“全宇宙”と同じであり、“全宇宙”は「本当の自分」でもあるという心理に気づくことがヨガの最終境地である。』

 

プラシャとプラクリティについて

-プラシャ(真我)とは?

+ヨガでは「自分」は、二つのものからできていると考え、それが一つになることを目的とする。

+二つとは今「認識している自分」と「本当の自分」である。

+プルシャは「本当の自分」のことで、真我ともいう。

+プルシャは常に「自分(自我。認識している自分)」を観察しているが、自我(心)の活動が激しいと、その活動ばかりに意識が向いてしまい、奥にあるプルシャの存在に気づけない。

瞑想は波打つ心(自我)の活動を静め、波がなくなり透き通った湖の底に眠るような「真我」に気づき一つになるための方法である。

+プルシャは大自然(宇宙。大いなるもの)の一部であり、真我と一つになることは大自然と一つになること、自分は大自然の一部だと気づくことでもある。

-プラクリティとは?

+プルシャを取り巻くもので、普遍的なプルシャに対して移りゆくものをプラクリティ(質の源)という。

+プルシャは「質」を持たないので、プラクリティを使って“世界”(生きた宇宙。イーシュワラともいう)を映し出し、それを観察している。

人でいうと、肉体、考え、言葉、行動など、変わり続けるのはすべてプラクリティであり、それをプラクリティが観ているということになる。

+プラクリティが濁ごることなく浄化されていれば、真我とつながりやすくなり、大いなるものの智慧に基づく生き方ができる。

ヨガの八支則について

-ヨガの八支則はヨガのゴールに到達するための方法であり、考え方である。

ヨガの八支則は自分自身における抑制、つまり自分で自分のことを管理するということである。

-『ヤマ[Yama]は禁戒として訳されることが多く、日常生活で慎むべきこと(してはいけないこと)ということだ。そしてヤマとセットとなるのが、ニヤマ[Niyama]。これは勧戒と訳され、自分自身が努めるべきこと(すべきこと)だ。

ヤマとニヤマの中は五つに分かれている。ヤマには、アヒムサ(非暴力)サティヤ(正直)アスティーヤ(不盗)ブランマチャリア(禁欲)アパリグラハ(無執着)ということが含まれる。

そして、ニヤマには、シャウチャ(清潔)サントーシャ(知足)タパス(苦行)スワディヤード(独習)イーシュワラプラニダーナ(信仰)というものが含まれる。

これらのヤマ、ニヤマはヨガをするものにとっての道徳的戒律として存在している。ただ、日常生活、社会生活で、これらを完璧に行うことができたら、言わば聖人であり、神であるという人もいる。それほど難しいものだと考えていいだろう。

これらヤマ、ニヤマのような道徳的な考え方を持ちながら生活を律し、自分として心に引っかかることはない状態にしておき、アーサナ[Asana](坐法)により体の滞りをなくし、プラーナーヤーマ[Pranayama](調気、呼吸)によって呼吸を整え、プラティヤーハーラ[Pratyahara](感覚抑制)により感覚を内へと向けて、ダーラナ[Dharana](集中)で自分の中へ集中し、それが深くなりディヤーナ[Dhyana](瞑想)の状態へ。そこから瞑想していることも忘れるほど、一つの意識になる。すべてのものと隔たりのないような状態になり、融合、合一するサマディ[Samadhi](三昧)と続くのだ。これらは段階的に考えられていることが多いが、すべて横並びで、それぞれちょっとずつ高めていくという考え方もある。どれかを一つ高めても仕方がなく、どれもやり続けなくてはならないということ。』

Chapter_8

ヨガのメディカル的側面

がんへのヨガ的アプローチに注目!

補完代替治療としてのヨガの可能性
補完代替治療としてのヨガの可能性

画像出展:「ヨガが丸ごとわかる本」

補完代替医療としてのヨガの可能性

『医療的側面をあわせもつヨガ。その可能性は乳がん予防や、再発予防にまで広がる。ヨガの次のステージはメディカルシーンへの貢献だろう。』

『現在、乳がん経験者、及び多くの女性に向けて、ヨガを通して乳がん予防のクラスを開催していたり、さまざまなシンポジウムや講演等で乳がん予防や再発予防にヨガの良さを伝えているアクションが多くある。』

 

-ゆっくりした動きのヨガは、治療経験者や治療中の人にも無理なく行うことが可能である。

-筋肉を鍛える必要があるならば、鍛える筋群の筋力アップを目的にあった“ポーズ”を取り入れることができる。

-硬くなった筋肉を緩める効果が期待できる。

-ヨガの基本である呼吸法は、副交感神経の働きを高め不安や緊張を軽減する。

-リラックス効果によりNK細胞などの免疫細胞が活性化し、がん細胞への攻撃力を高める。

-補完代替医療としてヨガは注目されている。1998年には米国国立衛生研究所がヨガ研究に公的資金の投入を開始し、2013年にはハーバード大学がヨガと瞑想の効果を科学的に検証する試みが行われるなど、米国ではヨガは統合医療の一つとして浸透してきている。

ファシアの基礎

ファシアについては、『人体の張力ネットワーク 膜・筋膜 最新知見と治療アプローチ』という本で勉強しました。その時のブログは“経絡≒ファシア”というタイトルで12個に分けてアップしました。“経絡≒ファシア12”はその「まとめ」になっています。

今回の専門雑誌、『臨床 スポーツ医学』の2020年2月 Vol.37は、“Fasciaを考える―基礎から臨床応用まで―”を特集しています。これを拝読すると私のファシアの知識はまだまだ薄っぺらなものだと痛感します。そこで少しでも知識に厚みをつけたいという思いで、ファシアの基礎を中心に勉強しました。

ブログで取り上げたのは目次の黒字部分、「Fasciaとは―解剖生理学的意義の見地から」と「Fasciaとは―運動器超音波診療の見地から」の2つになりますが、全ての項目を含んではおりません。

特集”Fasciaを考える ー基礎から臨床応用までー
特集”Fasciaを考える ー基礎から臨床応用までー

特集編集:熊井 司

出版:文光堂

発行:2020年2月

目次

Fasciaとは-各分野での捉え方-

●Fasciaとは―実態・言語・歴史の見地から

●Fasciaとは―皮下組織に注目した解剖学的見地から

Fasciaとは―解剖生理学的意義の見地から

Fasciaとは―運動器超音波診療の見地から

●Fasciaとは―スポーツ診療の見地から

●Fasciaとは―セラピストの見地から

●Fasciaとは―西洋医学と東洋医学の架け橋として

エコーガイド下Fasciaハイドロリリースのための基礎知識

●疼痛の発症機序―Fasciaはどのように関与するか

●エコー所見から見たFasciaの病態

●エコーによるFasciaの弾性評価

●エコーガイド下Fasciaハイドロリリースを実践するための基本

エコーガイド下Fasciaリリースの実際

●肩関節の可動域制限と肩こり

●肘外側部痛

●Thumb pain syndrome [母指痛症候群] 

●腰殿部痛

●膝関節痛

●変形膝関節症

●アキレス腱症・アキレス腱付着部症

●足底腱膜障害

Fasciaとは―解剖生理学的意義の見地から  畿央大学大学院健康科学研究科 今北英高、祐實泰子

はじめに

・ファシアは解剖実習や手術の手順の中で、取り除かれていた不要な組織に分類されていた。しかし、最近の研究においてファシアは大変大きな役割を持っていると考えられている。

・2018年のTheiseらの研究では、「間質」には衝撃緩衝材としての機能に加え、間質を満たしている間質液には細胞が発するシグナルを伝達する役割や、がん細胞の拡散への影響も指摘されている。 Benias PC, et al: Structure and distribution of an unrecognized interstitium in human tissues. Sci Rep8: 4947,2018

・Coffyらの研究チームは、4年間にわたって腸間膜が臓器の1つである証拠を集め、2016年に論文として発表した。

Fasciaとは何か? その定義は?

・ファシアの定義は国際的にも議論中であり、いくつかの定義候補が挙げられている。その中で、社団法人日本整形内科学研究会の定義は次のようなものである。『「筋膜 myofascialに加えて腱、靭帯、神経線維を構成する結合組織、脂肪、胸膜、心膜など内臓を包む膜など骨格筋と無関係な部位の結合組織を含む概念」としており、2019年4月時点では、「ネットワーク機能を有する“目視可能な線維構成体 macroscopic anatomical structures forming of fibrils”」と定義している。

Fasciaの解剖学的見解

・ファシアは脂肪組織、外膜および神経血管鞘、腱膜、superficialおよびdeep fascia、髄膜、筋膜連続体、骨膜、網膜、中隔、腱、内臓ファシア、および全ての筋内膜、筋周膜、筋外膜を含む筋間結合組織などを包含する。

・筋肉やその他の臓器に対して、付着したり、包み込んだり、区別したりするための皮下に形成される鞘状、シート状、もしくは解剖可能な集合体の結合組織である。

・ファシアは表層と深層の2つの層に分かれている箇所と、そうでない箇所がある。

表層にあるファシア、“superficial fascia”は皮下に存在している。皮下組織に連続する脂肪を含んだ疎性結合組織には神経、動脈、静脈、リンパ管などが走行している。一方、深層にあるファシア、“deep fascia”は骨格筋だけでなく、血管、リンパ管、骨、そして臓器を包み込んでいる。“deep fascia”は主に密性結合組織に分類され、比較的強靭なⅠ型コラーゲン線維と弾性に富むエラスチンを含む。

ファシアは局在性によって異なり、2層のファシアが存在する部位と存在しない部位がある。

Fasciaの生理学的見解

1.Fascia systemとしての考え方

・fascia systemは身体に拡がる柔軟でコラーゲンを含む、疎性および密性の線維性結合組織の三次元連続体で構成される。また、全ての臓器、筋肉、骨、神経線維を相互に貫通して取り囲み、身体に機能的な構造を与え、全ての身体システムが統合的に動作できる環境を提供している。

・ファシアは皮下にある連続した結合組織の全身ネットワークである。

ファシアの破綻は障害のある部位にとどまらず、他の部位の障害を引き起こす可能性がある。

2.Fasciaと臓器の関係

ファシアは骨格系への支持機能だけでなく、内臓の機能がスムーズに働くことを助けている

ファシアは臓器間の境界として、臓器が潤滑に動けるために表面を覆い、臓器を結合し正しい位置に固定する役割もある。

ファシアの三次元的な構造と特異的な生理作用によって外力を吸収し、それをうまく分配することにより組織や臓器への外傷を防ぐ。

・手術では浅層の脂肪組織やsuperficial fasciaを保持することは、術後の早期回復に寄与するといわれている。

3.Fasciaと神経、血管との関係

・ファシアの中を走行する神経、血管、リンパ管などは、周りをファシアで覆われることにより、保護と方向性が与えられている。

・身体の姿勢はファシアの張力によって保持されているともいえる。

ファシアは身体を区画に分けることによって体外からの病原菌が素早く拡散するのを防ぐ。このようにファシアは生体防御システムに関しても重要な役割を担っている。

Fasciaの分子生物学的見解

・ファシアに存在する主要なタンパク質はタイプ1のコラーゲン線維で、主に線維芽細胞がタンパク質の生合成や再構築において重要な働きをしている。

ファシアに存在する線維芽細胞は、細胞間のギャップ結合を通じて情報をやり取りし、神経系のように身体全体で機械感受性のシグナルを伝達していると考えられている。

Langevin HM, et al: Dynamic fibroblast cytoskeletal response to subcutaneous tissue stretch ex vivo and in vivo. Am J Physiol Cell Physiol 288: C747-C756, 2005

Langevin HM: Connective tissue: a body-wide signaling network? Med Hypotheses 66: 1074-1077, 2006

Benjamin M: The fascia of the limbs and back? A review. J Anat 214: 1-18, 2009 

細胞骨格と細胞外基質の連絡
細胞骨格と細胞外基質の連絡

画像出展:「人体の正常構造と機能」

この図のタイトルは”細胞骨格と細胞外基質の連絡”です。細胞外基質とは細胞外マトリックスのことです。中央やや左下に”ギャップ結合”が出ています。

『細胞が集まって組織を作ると、細胞を互いにつなぐ細胞結合が必要になってくる。また、組織として、運動したり、外力に抵抗して形を保つために、細胞の形を支持する細胞骨格や、細胞の間を埋める細胞外基質の働きが必要になってくる。』

細胞結合の種類
細胞結合の種類

画像出展:「人体の正常構造と機能」

ギャップ結合[中央]は、平滑筋細胞や神経細胞など多くの細胞にみられ、細胞間の情報伝達や物質移動に役立つ結合である。細胞内に埋め込まれたコネキシンという蛋白質が集まって小孔の開いた粒子を作り、隣り合う細胞の粒子がつながって、細胞間を連絡する通路を作る。ギャップ結合は、イオンやアミノ酸のような低分子を通すので、細胞の興奮や細胞内情報伝達の働きが隣の細胞に伝えられる。

 1.張力の調整

・ファシアが引き伸ばされると線維芽細胞は形態を変化させ、細胞マトリックスの面積を拡大しファシアにかかる張力を和らげている。

ファシアに存在する線維芽細胞は、それぞれ機能的にも代謝的にも異なる性質を持ち、その多くは身体の浅層に位置し、深層では疎性結合組織に存在する。

・線維芽細胞は存在する場所により性質を変化させ、ファシアの伸展に対し異なる反応をする。

・疎性結合組織の線維芽細胞は張力に対して、細胞骨格の再構築で対応するが、密性結合組織内では細胞骨格の再構築は起こりにくい。

線維芽細胞に伝わる機械的な刺激は、その性質や方向性、刺激時間の変化などが言語のように細胞に伝わり(機械的シグナル伝達)、細胞内に様々な変化を引き起こす。 

線維芽細胞が分泌する物質
線維芽細胞が分泌する物質

画像出展:「臨床 スポーツ医学」

中央が線維芽細胞です。周りの⇒が分泌される物質です。

 

・我々の身体は常に生理的負荷や機械的刺激を受けており、それらの負荷や刺激が遮断されると萎縮が起こる。逆に負荷が掛かりすぎると肥大が起こる。

・腱の損傷では細胞マトリックスが損傷を受け、その構造に脆弱な部分が生じると組織の緊張が高まり、過度な力が周辺の線維芽細胞に働くことで組織の炎症や分解を引き起こす。また、細胞死も誘導すると考えられている。

結合組織は機械的な刺激の性質に応じて、そこに存在する細胞にシグナル伝達を伝え、その結果、結合組織の変化も誘導する。

2.間質圧の調節

・線維芽細胞が存在する疎性結合組織は、コラーゲンがメッシュ状に不規則に並んでおり、透明で粘性のあるゲル状の物質であるグリコサミノグリカン(硫酸ムコ多糖類)が存在し、大量の水を含むことが可能である。

炎症が起こると分泌される物質により、細胞マトリックスと線維芽細胞の接触が壊され水が浸透できるようになる。水は電気的に負に荷電しているグリコサミノグリカンに引きつけられることで、大量に細胞外マトリックス(細胞外基質)に移動し組織を膨張させる。これが炎症時にみられる膨張である。

・ファシアに過度な張力が掛かると、炎症と同様に細胞マトリックスと線維芽細胞のインテグリンとの間で接触が壊され、浸透によって細胞や毛細血管からの水分が細胞外マトリックスに移動するが、ファシアの張力が元に戻ると、細胞は元の形となり接触も再形成される。

3.細胞外マトリックスの調節

・線維芽細胞は細胞外マトリックスの分解、産生に関わることで間接的にファシアの連続性を保つために働き、その機能を決定している。

・線維芽細胞は分解機能をもつMMPs(マトリックス・メタロプロテアーゼ)や、その分解能を抑制するTIMPs(組織メタロプロテアーゼ)などがあり、この両者のバランスが組織の修復の際の重要なカギとなる。また、線維芽細胞はこれら以外にもTGF-β1やFGFといった細胞の代謝や増殖に重要なホルモンも分泌している。

・免疫反応においては、線維芽細胞は炎症作用に関わる多くのサイトカインやケモカインを産生する。これにより炎症性の環境を数時間で作り出すことができる。

線維芽細胞はファシアが受けているストレスに対して、ファシアの連続性の維持に重要な役割を担っている。

4.ヒアルロン酸の機能

・ヒアルロン酸はグリコサミノグリカンの一種で、ファシアでは線維性の層のスライドを促進する。また、結合組織の中で潤滑油のように働き、deep fasciaの機能を維持するのに貢献している。

Fasciaとは―運動器超音波診療の見地から  城東整形外科 都竹伸哉、皆川洋至

はじめに

・個体はすべて細胞からできており、同じ形や性質を持った細胞の集まりを組織(上皮組織・支持組織・筋組織・神経組織)、特定の機能を発揮する異なる組織の集まりを器官(骨・軟骨・筋・靭帯・脊髄・末梢神経・動脈・静脈・リンパ管など)、そして、同様の機能を発揮する器官の集まりを器官系(運動器系・神経系・循環器系など)と呼ぶ。ファシアは器官や組織を包むと同時に、器官同士を分離・結合する支持組織の一つである。見方を変えれば、ファシアの中に器官が点在するとも考えられる。

ハイドロリリースの臨床的価値

・X線検査、CT、MRIなどの画像から見つかるのは器官の構造異常であり、神経の構造異常や機能異常が見えるわけではない。

画像検査で異常が見つからない場合、患者の痛みを「心の問題」にしてしまうことがある。その一方で、腱板断裂や脊柱管狭窄など検査が見つかっても何も症状がない場合もある。これらは器官の構造異常が痛みに直結しないことを物語る。

痛みについては、組織、器官、器官系の構造異常、機能異常で生じることを再認識する必要がある。

・末梢神経周囲に等張液(生理食塩水、5%ブドウ糖液など)を注入すると、瞬時に痛みが消失してしまうことがある。ハイドロリリースでは正確に標的を捉えることが重要である。液体注入後の反応が大事な所見となり、病態の再考が病態の理解を深める。

・『もはや骨で痛みの病態を解釈する時代ではない。血管や筋肉との相互作用を意識し、末梢神経で痛みの病態を理解する時代になっている。』

末梢神経の超音波解剖

末梢神経の階層構造
末梢神経の階層構造

画像出展:「臨床 スポーツ医学」

末梢神経の最小単位が神経線維(axon)で、これを神経内膜(endoneurium)が包む。神経線維が複数集まったものが神経線維束(fascicle)で、これを神経周膜(perineurium)が包む。神経線維束が複数集まったものが神経幹(trunk)で、これを神経上膜(epineurium)が包む。神経上膜は、神経周膜の間を埋めるinternal epineuriumとその外側を覆うexternal epineuriumに分かれ、external epineuriumの外をparaneurium

が包む。

間質とハイドロリリース

細胞外、血管外にある空間は間質と呼ばれている。ここは細胞と毛細血管が物質交換を行う場所である。

・末梢神経周囲の水分環境が変化するメカニズム、水分環境の変化がparaneuriumの構造・機能に与える影響、そして疼痛との関連が明らかになれば、ハイドロリリースのメカニズム解明に一歩近づくことになる。

東洋医学とFascia

都竹先生、皆川先生はいずれも城東整形外科の先生ですが、東洋医学(中医学)について、とても簡潔で分かりやすいご説明をされていました。

・『東洋医学に「気・血・水」、「五臓六腑」、「経絡」という概念がある。「気・血・水」の“気”は生命活動を維持するエネルギー、“血”は食物から消化吸収された栄養分、“水(津液)は全身に潤いを与える水分を意味する。「五臓六腑」の五臓は肝・心・脾・肺・腎、六腑は胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦を示す。五臓は気・血・水を蓄え、六腑は食物の消化吸収・排泄と水(津液)を全身に送る作用がある。西洋医学では内臓の【器官名】を指すが、東洋医学では機能や役割を含む【概念】であり、同じ言葉でも意味が多少異なる。気・血・水の通り道は「経絡」と呼ばれる。全身にエネルギーと情報を伝達する働きは、神経・血管と重なる部分がある。東洋医学の基本概念「気・血・水」、「五臓六腑」、「経絡」のうち、fasciaとの関連で興味深いのが六腑の一つ“三焦”である。三焦に相当する臓器は存在しないとする説や、臓器を包む胸腔・腹腔であるとする説など一定しないが、主な働きは間質の水分調節や物質移動とされる。三焦に相当する器官を明確にできなかった理由は、fasciaが関心領域の狭間にある構造物、言い換えれば臓器中心に専門分化し発展してきた西洋医学の弱点と関係がありそうである。』

ご参考:三焦「決瀆の官。水道これより出づ」

専門学校時代のノートを引っ張り出したところ、三焦に関するものを見つけました。

三焦は陰陽でみると”陽”であり、対比する”陰”は心包になります。また、私自身は三焦だけでなく、三焦を含む上位概念の”経絡”自体がファシアに極めて近い存在(経絡≒ファシア)だと思っています。

なお、ノートに書かれていた内容は次の通りです。

三焦は特定の器官を指すのではなく、飲食物を消化吸収し、これから得られた気血津液を全身に配布する。そして、水分代謝を円滑に行わせる一連の機能を指し、上焦、中焦、下焦に分かられる。三焦の働きは、体温調節、気血津液の調整作用、輸寫作用の三つにまとめることができる。(飲食物の流れは三焦が関与)

1.上焦

・横隔膜から上部の機能を指す。特に陽性の衛気を全身に巡らせることである。これにより皮膚を潤し、体毛に栄養を与え、体熱を産生し、体温を調節する。(心肺と関係)

2.中焦

・横隔膜から臍までの間の機能を指す。その働きは飲食物を胃の中で腐熟させ、そこから生じる精気を営気と血とし、経絡を介して全身に巡らせることである。(脾胃と関係)

3.下焦

・臍から下部の機能を指す。下焦の主な機能は糟粕に含まれる不要な水分を分離して、膀胱にしみ込ませることである。(腎・膀胱・小腸・大腸と関係)

アリソン・デュボア

今回のブログは先月アップした“輪廻転生”の中でご紹介した『あの世から届く愛のメッセージ』という本に関してです。タイトルの“アリソン・デュボア”とはこの本の著者であり、また著名な霊能者です。

アリソン デュボアはアリゾナ大学では霊能現象と死後の世界に関する実験に協力し、その後、司法機関が関与する殺人事件や失踪事件の解明に協力しました。

あの世から届く愛のメッセージ
あの世から届く愛のメッセージ

著者:アリソン デュボア

発行:2007年6月

出版:徳間書店

精神科医によって書かれた『輪廻転生』に出てくる、“退行催眠療法にはの存在が必要です。

宇宙の半径は138億光年ではなく約464億光年とする説が有力のようです。一方で、原子よりも小さな世界は量子の世界、ニュートン力学が通用しない摩訶不思議な世界です。

霊の世界を信じることは難しいかもしれませんが、人知の及ぶ範囲は狭く限定的であり、霊の存在を頭から否定する気にはなれません。


上記のイラスト は、”Newtonライト「13歳からの量子論のきほん」”から持ってきました。また、左の図の上部に書かれている説明書き(”量子論と自然界のサイズ”)は以下の通りです。

量子論は対象のサイズに関係なく、自然界全般の現象に適用できます。ただ、量子論的な現象は、ミクロの世界でよりきわだちます。原子以下[1000万分の1ミリメートル以下]のサイズになると、量子論で考えないと説明できない

現象が次々と顔を出すのです 

アリソン デュボアが歩んできた事実に加え、『あの世から届く愛のメッセージ』に書かれた内容は、詳細かつ具体的、時にユニークとも思えるほどであり、霊の存在を後押しします。

なお、アリソン デュボアは今も精力的に活躍されていることが分かりました。以下はそのホームページYouTubeです。

Allison DuBois
Allison DuBois

アリソン・デュボアのホームページ

Allison DuBois
Allison DuBois

アリソン・デュボアのYouTube

目次黒字が特に印象的だった箇所です。

『輪廻転生』と『アリソン・デュボア』を知って、私は”完全無欠とはいえない霊支持者”になりました。皆さんはどう思われますか。

目次

著者アリソン デュボアについて

謝辞

前書き

はじめに

霊媒でありプロファイラーである「私」について

第1章 あの世で生きる父は「マイ・ウェイ」のメロディと共に…

●さよならを言う機会

●父が亡くなることも、その死因も予め知っていた私

第2章 六歳で垣間見たあちら側の世界

●あの世からのメッセージを無視していた私

第3章 守護の天使/あの世からのサインに救われた私

●11歳で受けとった危険のサイン

第4章 私のプロファイリング/行方不明者の捜索に関わって

●プロファイリングはこうして始まった

●テキサスでの捜索

●エリザベス スマートの誘拐のケース

●失踪者たちが実際に生きていたケース

●ヘッドタッピング=人の頭に入り込むという方法

●これこそ私の歩むべき道

第5章 愛すべき小さな霊能者たちをどう育てたらいいの?

●小さな霊能者たちに備わった「特別な力」の扱い方

●子供たちの霊能力向上のための訓練

●学習障害か、才能か?

第6章 霊能ティーンエイジャー/感じやすく傷つきやすかったあの頃

●私がティーンエイジャーだったとき

第7章 守護霊の導き/直感にもっと耳を傾けよう

●相手の病気を感じてしまう私

第8章 つらい人生に、安らかな気持ちで「さようなら」

●記念碑に集うアメリカ兵士の霊

●9.11テロで愛する人を失った方々へ

第9章 霊視に臨む/亡くなった愛する人との再会で大切なのは「小さな」こと

●霊視で大切なことは「小さなこと」が多い

●あの世と手を携えて/16歳の少女への霊視

●死んでからもつながっていた「母子の絆」

●腑におちない霊視の情報から一転「信じるよ」のカードを送ってきたジョージ

●めでたしめでたし/霊視を家族の「楽しみ」にする人々

●霊視で見た「イースターの百合」の意外な意味

●ランディ/私のお気に入りの懐疑主義者

●流れ星/それは亡くなったパイロットの兄からのサイン

第10章 生きた霊と話す/ミディアムという「才能」に恵まれて

●死んだ人が見えるという感覚

●お手本のない人生/プロファイリングに目覚める

●メッセンジャーは、奇跡を起こす人ではない!

●私だって人間/霊能者だからって何もかも知っているわけじゃない

●「霊能者」は卑猥な言葉?/テレビ番組での出来事

●何を恐れているの?/懐疑主義者たち

●境界線/普通人としての生活と霊能者として生きること

●水準を高く持つ/霊媒という仕事への誇り

第11章 私にできること/それは助言を与え、守護の天使を送ることだけ

●クライアントさん、それは本当に知りたいことなの?

●人の臨死体験から学んで生きる!/やり遂げたいもののリストを作ろう

●もう一つのあの世/光に背を向けてしまったお父さん

第12章 素晴らしき癒し/命半ばに亡くなったドミニとの境界を超える交流

●唯一無二の親友ドミニ

●「さよなら」ではなく「また会う日まで」が好き

●あの世に行った愛する人は、私たちと人生を共にしている

●愛猫シンバッド/どこかで生きているの?

●霊視におけるペットの役割

第13章 霊の訪問によるエネルギーを今、この世に活かす!

●ダイアンとの霊視

第14章 生まれる前の出会い/あの世からの介入で守られた胎

●ステイシーのお腹の子供に感じた絆

●あの世からの介入で祈りがかなえられるとき

第15章 霊媒を愛して/アリソンの夫、ジョー

●アリソンとの出会い

●事後の謝罪が通用しない相手

●なぜアリソンに能力が与えられたのか

第16章 死後の世界と科学/トップクラスの科学者の「実験用モルモット」になる

●守護霊の指示で「実験用モルモット」になる

●霊媒の知識/能力に応じて、受け取るメッセージの質が異なる

●ご冗談を!/知らずに霊視したのは、ディーパック チョプラ!

●パイロット番組出演

●一般社会に、そして科学界に波及しはじめたアリソン デュボアの霊能力

●『ピープル』誌2005年1月31日

●『ミディアム 霊能者アリソン デュボア』 主演パトリシア アークエット

霊媒でありプロファイラーである「私」について

・霊媒は生と死の橋渡しをする。

第1章 あの世で生きる父は「マイ・ウェイ」のメロディと共に…

父が亡くなることも、その死因も予め知っていた私

・『私がこの章を書いたのには、理由がある。大切な人が死んでしまったとき、自分を責める人はあまりにも多い。「もしお母さんを医者に連れて行ってさえいれば、どこか悪いことにもっと早くに気づいてさえいれば、死なせずに済んだのではないかしら?」

そう思っている皆さんに、私の場合を見てもらいたい。私は、父が亡くなることも、その死因も知っていた。誓って言うけれど、それを避けようとして、私はあらゆることをしたのである。それでも結局、私の手には負えなかった。運命を変える力なんて、私に備わっていなかったのだ。クライアントのためになる情報、あるいはその命を救うことにさえなる情報を、あちら側から与えられたとしても、私はその情報を伝える者でしかない。情報はいずれ何らかの形でクライアントに伝わるだろし、私はたまたまそのパイプの役割を果たすにすぎない。だれかの命が尽きるときには、尽きるのだ。何かの徴候に気づいてさえいれば死なせずに済んだのではないかという罪悪感を、少しでもやわらげることができればと願っている。私の父の話を読んで、皆さんが「自分の力ではどうにもならないこともときにはあるのだ」ということを思い出してくだされば幸いである。』

エリザベス スマートの誘拐のケース

・『私の情報が、加害者を特定し、犠牲者を見つける役に立たないのなら、わざわざプロファイリングなどしない。加害者の名前と犠牲者との関係は、事件を解く鍵となってたろう。けれど、どんな情報も使わなければ役に立たないのだ。警察がいつの日か、本物の霊能者たちを認めてくれることを願ってやまない。そうすれば、誘拐事件の勃発と同時に、私たちの直感が然るべき権威に伝えられるようになる。でなければ、せっかくの才能も、宝の持ち腐れになってしまうではないか。

念のために言っておくと、私たちのプロファイリングという作業は、完全な科学ではない。プロファイラーも人間だから、ほかの人と同じようにミスをすることもある。それでも、プロファイリングによって犠牲者が助かる可能性が高まることに、疑いの余地はない。この能力を認めないことによって失うものの大きさを考えれば、どうしても認められるべきものだ。そこには、人の命がかかっているのだから。』

第6章 霊能ティーンエイジャー/感じやすく傷つきやすかったあの頃

私がティーンエイジャーだったとき

・『ティーンの霊能者は、自分が対処できる範囲を超えた情報を送らないでほしい、と守護霊に頼んでおく必要がある。私たちは、能力相応の情報を与えられるはずだが、ときにはその範囲を少し超えたものを与えられることもある。自分の限界を超えていると感じられてきたら、与えられる情報を制限して、重荷を少し取り除いてくれるように、守護霊に頼まなければならない。』

・『情報の渡し方も熟慮すべきで、大切なのは具体的な情報のみを知らせることだ。特に、霊能者が自分の心を軽くするために人に情報を漏らすことについては、細心の注意を払わなければならない。自分のためではなく、相手にとって必要なのかどうかで判断すべきなのだ。もし相手のためにならない情報なら、守護霊にその情報の重みから解放してほしいと頼み、必要なら日記にでも書き留め、忘れてしまおう。』

・『警察と連絡を取るのは、必ず彼らが調べることのできる情報、事件の予防か有罪判決のために使える情報を持っている場合だけにしておこう。それ以外の情報は、警察には無用なのだ。』

・『ちょっとしたことでいちいち警察に連絡していたのでは、そのうち警察はあなたの情報に関心を払わなくなる。怪しげな霊能者というレッテルを貼られ、警察からの信用を失ってしまう。本当に事件の解決の重大な鍵となる情報を得た場合に備えて、そうならないようにしたい。』

・『心の平安を取り戻したければ、心に純白の光が満ちるようすを思い浮かべるといい。その光は、あなたの体の中をいっぱいに満たすと、毛穴の一つひとつから溢れ出し、輝きを放つ。その白い光はあなたを守り、あなたの心を鎮めてくれる。このエクササイズは非常に効果があるので、私は自分のために実行している。また、あなたが親しく感じるあの世のだれかに協力してもらう方法もある。その霊にバケツを持ってもらい、あなたが問題だと感じることをすべてそのバケツの中に入れて、持っていってもらうのだ。あの世の愛する人は、喜んで私たちの不安をやわらげてくれる。このエクササイズは、亡くなった人とこちら側に残された私たちとの関係を強めるのにも役立つ。』

・『あなたが若い霊能者で、霊能力を発達させたくないと思っているなら、それもかまわない。あの世は、その人が対処できる以上の重荷を与えるつもりはないのだから。あの世からの声を無視するためには、ちょっとした練習を積む必要があるが、やれないことはない。はっきりと心を決めて、メッセージを無視していれば、やがてメッセージはおぼろげになり、聞き取りにくくなる。そういう状態になったからと言って、その人が能力を失ったわけではないと私は思う。能力はまだあるのだが、ただ休止状態なのだ。才能から顔をそむけて生きてると、漠然とした欠落感や理由のわからない苛立ちを感じることもあるだろう。』

第10章 生きた霊と話す/ミディアムという「才能」に恵まれて

メッセンジャーは、奇跡を起こす人ではない!

・『霊視のために心の準備をしているとき、私の手が急に氷のように冷たくなると、あちら側が私の周りをぐるぐると回っているのだと分かる。私はこの状態を、あちら側と手をつなぐ、と言っている。今ではようやくこの感じにも慣れた。』

私だって人間/霊能者だからって何もかも知っているわけじゃない

・『霊能者として困るのは、何もかも知っていると思われることだ。たいていの人は、霊視をするにはエネルギーが必要だということが分からないのだ。「全知の人」として生きることがどんなことか、想像できるだろうか? 食器洗い機が壊れると、こう言われる。「もうすぐ壊れるって予想できなかったの?」

子供が滑って転ぶとこう言われる。「どうして先に分からなかったの? 霊能力があるんでしょ?」

まず、私たちのボリュームを上げるのには莫大なエネルギーが要るし、毎日の生活で忙しいのだから、そういうことにいつも注意を払っているわけではない。私たちだって人間なのだ。それに、霊能者だからといって、何もかもが見えるわけではない。確かに私たちには第六感がある。だが、ほかの五感が当てにならないのだから、第六感にだって間違いが許されてもいいのでは?』

・『霊能者は、集中するまでもなく分かることもあるし、私たちの注意を引こうと必死になっている霊の強引さに圧倒されることもある。メッセージを私が繰り返すまで、ある名前を私の耳に向かって叫んでくる霊もいる。どうしても伝えたいという思いが、ときにエチケットを忘れさせてしまうということなのだろう。私としては受け取れるものを受け取るしかない。どれだけの情報を受け取れるかは、あちら側からのエネルギーの強さと明確さ、私たちのメッセージを受け取る能力、そして私たちがメッセージを伝えようとする相手の意欲にもよる。

・『霊の立場から見てみよう。10年間も待ち続けた相手と、やっと話せる機会が巡ってきた。ところが、与えられた時間がたった30分しかないとしよう。この10年という月日を埋めて、今現在、生きている相手と生活を共にしているのだと認めてもらいたい。その気持ちを伝える唯一のチャンスかもしれないのだ。あなたにとって大切なことは何? どんな言葉を伝えたらいい? 「愛してるよ」、または「ごめんなさい」と伝えたい。あるいは、あの人の名前を、あの人といっしょにいる人の名前を、感情的に価値のある物や思い出を伝えたい。

それが愛情だろうと幸福感だろうと後悔の念だろうと、気持ちを表現するのに忙しくて、たぶん何を言えば相手を信じさせられるか、などということを気にかける余裕はないだろう。愛する人の心に触れたい。だから、あの世の愛する人と連絡する幸福な機会に恵まれたときには、自分自身の希望にこだわるのはやめて、彼らのメッセージに耳を傾け、素直に彼らの気持ちを受け取ろう。』

境界線/普通人としての生活と霊能者として生きること

・『正真正銘の霊能者なのに、さまざまな汚名を着せられて生きなければならないのは、世の中に多数のペテン霊能師がいて、そういう輩が本物の霊能者に悪評をもたしているからである。もちろん、腹立たしいし、まったくひどい話だと思う。一度、クライアントからこんな質問を受けたことがある。「悪評を祓うロウソクに灯をともしてもらうのに、お金がかかりますか?」そんな習慣はそれまで聞いたこともなかったので、「何のことでしょう?」と尋ねた。話を聞いてみると、かつて彼女が通っていた霊能者から、10ドルから50ドルするロウソクを売りつけられていたというのだ。クライアントの人生に困難を引き起こす悪霊を祓うらためだと、霊能者は言ったという。』

・『良い霊能者は、クライアントから人生の決断に際して、いちいち頼られることを好まない。私たちは、彼らが自力で解決し、人生の機会を最大限に活かし、そして幸せになってくれることを、何より望んでいるのだ。

だから、霊能者を十把一絡げにするのは止めてほしい。もしも霊能者に霊視をしてもらう機会があって、「あなたのおばあさんがいっしょにいます」と言われたら、引いてしまわずに、「祖母について話してください」と話しかけよう。愛する人に関してこまごまと説明する必要はない。そういうことは霊媒に任せればいいのだ。』

・『与えられた情報を伝えることがクライアントを傷つける以外の何かの目的に役立つかどうか、考えることにしている。その霊視では、問題のメッセージの受け取り手である第三者は、私の主な関心の対象ではない。私がまず第一に優先すべきなのは、私のクライアントなのだ。こういう場合にのみ、私は故意に情報を伝えないことにしている。そして、繰り返して言うが、これはまれなことだ。この事件をきっかけに、私は自分自身に向けた倫理規定を作った。そこには、常識と言っていいような、ごく単純なことも含まれるのだが、霊媒は常に高い道徳的基準を持つべきだと思う。何と言っても、私たちには、大きな責任が与えられているのだから。』

第13章 霊の訪問によるエネルギーを今、この世に活かす!

ダイアンとの霊視

・『あなたの番がきたときには、あの世に行った愛する人たちと再会して、あちら側に連れていってもらえる、ということを知っておこう。だから、再会を急ぐ必要はない。私たちは、人生を楽しみ、人生から学ぶためにこの世にいるのだし、それぞれに必ず逝く日は来るのだから 

第16章 死後の世界と科学/トップクラスの科学者の「実験用モルモット」になる

霊媒の知識/能力に応じて、受け取るメッセージの質が異なる

・『研究用の霊媒になるというユニークな経験をしたことで、どんなに奇妙に思える情報でも、自分の得たものを信頼することを学んだ。研究の記録に残すためにはそれを伝えなければならないからだ。困難な状況や命令のもとで、能力を発揮することを学んだ。

研究用に霊視を行うときには、つい直截に情報を伝えてしまうのだが、ときには、思いやりを持つことも忘れてはいけないと思う。どんな霊視も、クライアントに対して正直かつ思いやりを持って行うことが最優先事項だと、私は毎回自分に言い聞かせている。研究用の霊媒になったことで、私はずっと強くなったし、限りない人生の教訓を学ぶこともできた。

自分の才能をテストすることができたのは、私にとって大きな意味があった。自信がついただけでなく、技能に磨きをかける機会にもなったからだ。どのようにしたかと言うと、情報がどのように伝えられ、どんな感じがしたか、受け取る情報を逐一メモするようにしたのだ。そして霊能力によって得た情報をしっかり見つめるのだ。それによって分かったのは、たとえば、あちら側の者たちは、私がすでによく知っている観念―たとえば名前だとか絵だとか場所だとか―を利用することによってしかメッセージを伝えることができない、ということだった。つまり、伝える前に私自身が理解できなければならないのだ。だから、私自身の人生経験が、この能力を運用することに大きく関わってくるのである。

たとえば、私は法的処置、特に殺人の分野に詳しいので、殺人の犠牲者を呼び出すと、加害者に関する判決や法廷情報を簡単に受け取ることができる。また、加害者の頭の中に入り込むコツも知っている。同じように、ジョン エドワードが死因や疾患の診断において非常に優れているのは、医学的な知識が豊富だからだということに気づいた。霊媒にはそれぞれ専門があるということだ。それぞれに独特の強みがあり、その能力をうまく活かすためのスタイルがある。いろいろな霊媒がいるのはいいことだと思う。』

一般社会に、そして科学界に波及しはじめたアリソン デュボアの霊能力

・『検事局でインターンとして働いていたとき、アリソンは自分の能力を事件解決に役立てられると実感した。「私は、裁判所で使う犯行現場の写真を整理する仕事をしていました。そして、現場の写真が撮影される以前の出来事、つまり、被害者が殺害される前の様子が見えるようになったんです

アリソンは自分の霊視力を試してみようと、失踪事件三件についての所感をまとめ、捜査当局にファクスを送った。すると、そのうちの一件について話がしたい、とお呼びがかかった。アリソンは捜査員に、行方不明になっている女の子の遺体が発見される時期を告げた。「私はただ頭のなかで5年の流れを読んだだけ。捜査員は、その子が姿を消してから4年10ヵ月後に遺体を見つけたんです」

自分の受け取る情報が調査に役立つと悟って以来、アリソンは、霊能力による犯罪プロファイラーとして捜査当局に協力している。事件に関する情報は、犯罪者の“頭のなかをのぞくこと”で得ているという。「被害者の名前を見つめると、その人に残留している感覚が伝わってくるんです―ご両親のこととか、どんなふうに亡くなったかとか。殺害されたケースであれば、被害者を介して犯人の頭のなかに入っていきます。被害者が橋渡しをしてくれるので、私は犯人の頭に入り込み、その目を通して見ることができるんです」

アリソンは、たとえ容疑者があがっていても、その人物の写真や他の情報を見ないようにしている。「なにものにもとらわれずにいたいんです。どんなものにも染まらずにいられるように。そうすることによって、私が得る情報は清く澄んでいるわけです」実際には、第一印象を読み取ったあと、写真を見たり二度目の霊視を行なったりすることもある。「ですが、犯人の頭のなかに入り込んだあとですから、すでにどんな人物かは把握していますし、犯行の動機も感じ取っています。』

Memo

母親の四十九日法要も終わり、今は、母とのつながりや先祖への感謝の気持ちを忘れずに、元気に暮らしてゆくことが一番だと思っています。

おうち看取り2

たんぽぽ先生のおうち看取り
たんぽぽ先生のおうち看取り

著者:永井康徳

発行:2020年10月

出版:幻冬舎

目次は”おうち看取り1”をご覧ください。

第5章 人生会議 ~どう生きて、どう逝きたいかを一緒に悩む~

人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン

在宅医療とは、大切な人が亡くなっても納得できる医療である。これは、患者さんがなくなるまでの間、ご家族と何度も話し合い、一緒に悩むことで、もしもご家族が「あの選択をしたのが悪かったのだろうか」と後悔した時に「あれだけ一緒に悩んで選んだことですから、よかったのですよ」と言ってあげられることにある。

意思決定支援に重要な5つのポイント

-医師は患者さんやご家族が亡くなる前に、家で人工呼吸器をつけるか否か、延命治療や胃ろうをするか、気管切開するかなど重要な意思決定をしなくてはならない場面に出会う。次の5つはこれらの意思決定の上で大事だと思うポイントである。

①ご本人の意思を尊重する。

②考えられるすべての選択肢を提示する。

③患者さんに関わる人すべてを巻き込む。

④決めたことでも、気持ちは変わってもよい。

⑤結果よりもプロセスを大切にする。

第6章 看取りの質を高める ~納得できる看取りを実現するために~

最期まで食べるための前提として、必要な3つのこと

①食べる取り組みをする前に、医療を最小限にする。

・点滴や注入を最小限にして唾液を飲み込めるようにする。

・口腔内の湿潤状態を維持する。

・食欲を復活させる。

②医師や言語聴覚士に絶食指示を出させない。

・嚥下検査でどんなものをどれくらいなら食べられるかを見極める積極的な嚥下検査を行う(一般的には絶食という判断がされやすい)。

“永井の法則”―「食べたいものを大きな声で言える人は食べれる」

③患者さんの食べたいと思う気持ちを尊重し、どうすれば食べられるかをとことん追求する。

・ご家族、医師、各職種にスタッフの意思を統一する。

その患者さん、食べられますよ!

水分摂取は計算上想定される水分量は重要ではなく、患者さん本人の体がどれくらい処理できているかが大切である。

食べられない患者さんのフローチャート
食べられない患者さんのフローチャート

画像出展:「おうち看取り」

第8章 在宅医療で大切なこと ~患者さん本人の生き方に向き合う~

「死への過程」に敬意をはらう

-『大切な人がいよいよ最期を迎えようという時、ご家族の出張や結婚式などで、どうしても「その日」まで患者さんのイノチを持たせてほしいと求められることがあります。大切な方に1分1秒でも長生きしてほしいご家族のお気持ちは痛いほどよくわかります。しかし、大切なのは、自然な「死への過程」に抗わないことだと思うのです。

そんな時、私がいつも思い出すのは、手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」の「ときには真珠のように」の章に出てくる名言です。外科医本間丈太郎は、事故で瀕死だった少年時代のブラック・ジャックに手術を行いました。ブラック・ジャックにとって本間は命の恩人です。しかし、本間はブラック・ジャックの体内にメスを置き忘れるという重大なミスを犯してしまいました。

手術から7年後、メスは検査と偽って本間の手で秘密裏に摘出されました。その後、本間はブラック・ジャックにそのメスを送り、このことを隠し続け、思い悩んでいた罪を告白し懺悔しました。老衰に伴う脳出血、脳軟化症で臨終を迎えようとする恩師本間にブラック・ジャックが会いに行った時、本間は「老衰は治せん。治しても一時の気休めしかならん」と語りました。意識不明となった本間に、ブラック・ジャックは医術の限りを尽くした完璧な手術を行うのですが、本間が蘇生することはありませんでした。

打ちひしがれたブラック・ジャックに本間が遺したのは、「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」という言葉でした。完璧な医療を尽くしても、死すべき定めにあった本間の命は死を迎えることになったのです。 

ブラック・ジャック③「ときには真珠のように」
ブラック・ジャック③「ときには真珠のように」

画像出展:「ブラック・ジャック③(秋田書店)

『1990年にWHO(世界保健機構)の「がんの痛みからの解放と緩和ケア」の指針の中で以下のように述べられています。「人が生きることを尊重し、誰にでも例外なく訪れる【死への過程】に敬意をはらう。そして、死を早めることも死を遅らせることもしない」と。

私たちは、生命の神秘を目の当たりにした時、医学や人間の力の限界を感じることがあります。今や、医療のある種の行き過ぎた行為は、人間から尊厳ある【死への過程】を、奪ってしまうことになりはしないかと危惧されています。死を間近にした方にとって、亡くなる瞬間に立ち会うことが大切なのではなく、ご本人が穏やかに楽に逝けることが最も大切だと思うのです。ご本人はどんな最期を迎えたいと思っているのかに思いを馳せてください。』

第9章 家で看取るということ ~看取りを迎えたときのこと~

そのときが、やってきました

看取りのときが近づいてきたら……

水分や食べものを欲しがらなくなります

『看取りの時が近づいてきたら、水分や食べ物を欲しがらなくなります。食べることへの興味が薄れてきます。本人が欲しいと思うものは、どうぞ食べさせてあげてください。ただし、少量ずつ、飲み込んだことを確認してから口に入れてください。決まった量を取らせようとはせず、本人が望むものや量を食べさせてあげることが大事です。意識がなっきりしないときは、気管に入ってしまうことがあるので、飲食を控えてください。

水や食べものへの興味を失う頃には、体はもうそれを受けつけなくなっていて、命を終えようとする準備をはじめます。これはつらいものではなく、脱水状態になると意識がもうろうとなり、麻酔が効いているような、本人にとっては楽な状態となります口の中の乾燥は、濡れた綿棒やガーゼなどで湿らせてあげてください。』

穏やかに過ごしましょう

『この頃になると、身近な人とだけ一緒にいたいと思うようになります。話し方が遅くなったり、話しにくくなったり、時にはまったく話せなくなりますが、本人の負担にならない程度に、兄弟や親戚、親しい友人など大切な人に会わせてあげてください。

できれば、いつも誰かがそばにいて、本人が安心して眠れるような、静かで穏やかな環境を保ってあげてください。』

眠ることが多くなります

『睡眠時間が長くなって、呼びかけにも反応しにくくなり、時には目覚めることすら難しくなります。痛みがあれば眠ることもできません。眠ることができるのは安楽な証拠です。この時期は眉間にしわを寄せることもなく、ぐっすり眠られているのが本人にとって一番楽な状態です。』

すべてを受け入れてあげてください

『時間や場所、家族や知人など周囲の認識ができなくなってきます。亡くなった方が目の前に出てきたり、行くことができない所に行ってきたなどと言うこともあります。この時期になると、よくあるようですから、不安に思わずに本人が話すことを否定せず、すべてを受け入れ尊重してあげてください。感じたことを自由に話せる雰囲気にして、やさしくさすったり、安心できるように静かに話しかけてください。』

体に変化が現れてきます

『むくみが出る、皮膚が乾燥したり色が変わったり、手足が冷たくなり呼吸も不規則になる、尿量が減る、喉の奥に分泌物が溜まってゴロゴロいうなど、さまざまな体の変化が出てきます。予期せぬ変化が現れたら遠慮なく医師や看護師に相談してください。』

限られた時間と向き合う

自然な死を迎えるために
自然な死を迎えるために

画像出展:「おうち看取り」

自然な死を迎えるために

食べられなくなったら1週間くらい。

尿が出なくなったら2~3日くらい。

 

亡くなる最期の瞬間はみていなくていい

『人生最期の時を住み慣れた自宅で、大切な人に囲まれてゆったりと過ごし、人生の長い旅路を終える。さまざまな想いが走馬灯のように巡るとともに、症状の変化にどう対処すればよいのかと、いろいろと心配になるかと思います。

残された時間が数日になった頃には、旅立ちの衣服、例えば、本人のお気に入りの服や、家族の希望のものなどを用意してもいいでしょう。言葉に対する反応も鈍くなってきますが、聴覚や触覚は五感の中で最後まで残るといわれています。手を握ったり、体をさすったり、言葉をかけてあげてください。

最期は、本人が穏やかにいられるように。そして、周りの人は、これから起こるさまざまな変化にもあわてることがないよう、心の準備をしてください。

必要なら、私たちに、いつでも遠慮なく相談してください。

そして、お手伝いしなければならない大切なことが一つあります。それは、息を引き取るその瞬間をみていなくてもいい、ということです。病院でも施設でも、実は最期の瞬間はみていないことが多いのです。家族が眠っている間や、ちょっと部屋を離れた間に亡くなっていたとしたらそれは「誰も気がつかないほどに穏やかに安らかに旅立てた」ということ。「楽に逝った」ということなのです。

旅立ちの時がやってきました……

-予期せぬ変化があった時、救急車を呼ぶ前にまずは在宅医療スタッフに連絡してください。一日中ずっと眠っているようになります。そのうちに、呼んでもさすっても反応がなく、ほとんど動かなくなります。

-五感の中で聴力は最後まで残るといわれていますから、できるだけ声をかけてあげてください。

-大きく呼吸をした後10秒ほど止まり、また呼吸をする波のような息づかいになります。あごを上下させる呼吸になります。下顎呼吸という最後の呼吸の状態です。苦しそうに見えるかもしれませんが、この頃には、意識はなく苦しみもありません。

-やがて呼吸が止まり、胸やあごの動きも止まります。脈が取れなくなり、心臓が止まります。だいたいでかまいませんから、この時間を亡くなられた時刻として、記憶にとどめておいてください。

おうち看取り1

介護は終わりました。老衰を前に延命治療は行わないことを選びました。そして、その判断は正しかったと確信しています。にもかかわらず、なぜ、今になってこのような本を買ったのか。

それは、まだまだ穏やかとはいえない心が、完全な納得を求めているからだろうと思います。

たんぽぽ先生のおうち看取り
たんぽぽ先生のおうち看取り

著者:永井康徳

発行:2020年10月

出版:幻冬舎

この本の”帯”に書かれていることが全てだと思います。

家族ができること、医療ができること、旅立つ人がしたいこと。

その人にとっての最善を最後まで追求する―これでよかったと納得できる最期を迎えられるために。見送った家族がその死に納得し、この先も生きていくために。

 

読み終えて、最期の介護は90点だと思いました。これはご指導頂いた訪問医の先生と訪問看護師さんからの積極的なご支援のおかげです。

欲をいえば、半年前にこの本と出合っていたら、更にやさしい“おうち看取り”ができたかもしれません。

以下の3つは、著者である永井康徳先生の“ゆうの森”、そしてYouTubeの“たんぽぽ先生 おうち看取りのすすめ”と“在宅療養なんでも相談室”になります。

ゆうの森
ゆうの森

医療法人 ゆうの森 在宅医療に特化した医療法人

『たんぽぽクリニックは2000年に愛媛県ではじめての在宅医療専門クリニックとして開業しました。』

おうち看取りのすすめ
おうち看取りのすすめ
在宅療法なんでも相談室
在宅療法なんでも相談室

在宅療法なんでも相談室

『当院の利用を前提とするものではありませんので、お気軽にご相談ください。』とのことです。

目次の黒字がブログで取り上げた個所です。また、長くなったので2つに分けました。

なお、第3章の中の“天寿を全うする死を教えてくれた患者さん”に、永井先生が在宅医療を志した経緯が書かれています。

私が最も知りたかったのは、最後(”おうち看取り2”)の“第9章 家で看取るということ ~看取りを迎えたときのこと~”に書かれていました。緊迫する介護現場の中で、何をどう考え、行動すべきかという極めて大切なことが書かれています。

目次

プロローグ ~在宅医療とおうち看取り~

第1章 多死社会で求められている在宅医療 ~在宅医療の本質的価値~

●少子高齢化がもたらすもの

●多死社会が引き起こす問題と在宅医療

●在宅医療の本質的価値

●台湾・韓国も注目する日本の在宅医療

第2章 家での看取りはなぜ広がらないのか ~治す医療から支える医療へ~

●「医師は患者さんに涙を見せてはいけない」という教え

-「Doing」の医療と「Being」の医療の違い

-なぜ、在宅医療や「自宅での看取り」が広まらないのか

●死に向き合えないことの弊害

●納得できる生き方、逝き方のために

●自宅での看取りを可能にするためのノウハウがある

●家で死んだら、警察沙汰になるのか

●どんな状態でも家に帰ることはできます

第3章 医療を最小限にすると看取りは変わる ~枯れるように逝くために~

●天寿を全うする死を教えてくれた患者さん

●亡くなる前に食事が十分に取れなくなったら

-3つのサインで過剰かどうかを確認しよう

●楽な最期とは、枯れるように逝くこと

●終末期の点滴の悪循環

-点滴をやめることを納得してもらうには

●医療を最小限にすることは、むしろ「足し算」の医療

 

●最期の日まで口から食べる

●100歳を超えても、食べることをあきらめない!

●胃ろうをする選択、しない選択

●胃ろうするかどうか決断するのは誰か?

-胃ろうをせず、「自然に看取る」という選択肢も

-先延ばしの医療から本人の生き方に向き合う医療へ

●「治さなくてもいい」と宣言した患者さん

●余命1週間から復活した91歳

-瀕死の男性をここまで回復させたもの

-一人の患者さんのためだけの、寿司屋を開店!

第4章 それぞれの最期の迎え方 ~最善は、一人一人違う~

●死に向き合わなければ、後悔することが増える

-患者さんに本当のことを告げるのは、かわいそうなことなのか

-1分1秒でも長く生きたいか、楽に過ごしたいか

●患者さん本人の思いを置き去りにしない

●自分の死に向き合うことの大切さ

●母親を本人の希望通りに大往生させたい

●余命を告げられた後、残された時間をどう過ごすか

-遺影になった、あの日の記念写真

●患者さんへの予後告知が、ご家族に委ねられた時

-告知は細心の注意をはらって行う

-“アルファ波の声”が意味するもの

●自分らしい最期とは?

-選択はいつも医師にお任せだった患者さん

-死に向き合った時、決然と意思を表明

-「自分らしい最期」とは

●「見通し」がわかれば、最期は自宅という選択も生まれる

●最善は人によって違う

-楽に、枯れるように逝きたい

-1分1秒でも長く生きていたい

-その人にとっての最善を多職種で支える

第5章 人生会議 ~どう生きて、どう逝きたいかを一緒に悩む~

●「自分は最期をどうしたいか」を、話し合っておこう

●人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン

●患者さんの生き方に向き合った地域包括ケアが必要になる

●もの言えぬ患者さんの意思をどう推し量るか

-ご家族の気持ちは揺れて当たり前

●意思決定支援に重要な5つのポイント

●ご家族のつらい決断に、医療従事者はどう寄り添うのか

●人工透析をやめて、死を選びたいという患者さん

-ある患者さんの選択

●「その人にとっての最善」を最期まで追求する

-息子には連絡しないでと切望する患者さん

-支援の目的は「最後に納得できること」

第6章 看取りの質を高める ~納得できる看取りを実現するために~

●終末期の患者さんに「やりたいこと」を聞くのは、かわいそうなのか

●患者さんの希望を叶えることに職種は関係ない

●リスクと患者さんの思い、そのどちらを優先するか

●患者さんの「生きがいづくり」をお手伝いする

-患者さんの満足のために必要なものは

●患者さんの望みを叶え隊、活躍中

●食べることは、生きること。「食べたい」という望みを叶えるために

-ご家族の意思を確認する

-「家」が男性患者さんを元気にした

●「高齢だから」とあきらめない!経鼻胃管チューブを抜いて、口から食べよう!

-胃ろうが嫌なら次の選択肢は?

-専門職チームが本気で挑戦し、不可能が可能に

●最期まで食べるための前提として、必要な3つのこと

●その患者さん、食べられますよ!

●亡くなる前に食べられなくなった時の意思決定支援のためのチェックポイント

●最期にお風呂に入れてあげたい

●15年間の思いの結晶、在宅療養支援のための病床「たんぽぽのおうち」

-在宅医療専門をやめ、なぜ今、入院病床を開設するのか

-患者さんのご家族の言葉が後押しした病床設立計画

-地域包括ケアシステムが担うためにも

●在宅医療専門クリニックが病床を持つ意義

-在宅患者さんの災害避難所としての役割も果たす

●看取りの質を高める8つのポイント

第7章 看取りの文化を変える ~その人らしく、最期まで生きるために~

●最期の瞬間に医者はいらない

●それぞれの地域に根付く看取りの文化

●一人暮らしでも、自宅で亡くなることはできます。

●大切な人の「死に目」に会うということ

●亡くなる瞬間はみていなくていい

●自宅で家族が看取るということ

●子どもが祖父母の死に向き合うために

●施設での看取りを推進するために実践するべき6つのこと

-『終の住処』としての役割を果たすために

-まずは、ゼロをイチにすること

第8章 在宅医療で大切なこと ~患者さん本人の生き方に向き合う~

●誰のための医療なのか?

●「死への過程」に敬意をはらう

●三人称の死、二人称の死、そして一人称の死について

●居場所があること、人に必要にとされるということ

-看取りを視野に入れ、101歳の祖母を自院で診ることに

-居場所が引き出す、生きがいと生きる力

●私が在宅医療を大切にしていること

●終末期の医療と介護に関する松山宣言

●今後必要となる医療の姿

第9章 家で看取るということ ~看取りを迎えたときのこと~

●そのときが、やってきました

-看取りのときが近づいてきたら……

-限られた時間と向き合う

●亡くなる最期の瞬間はみていなくていい

●旅立ちの時がやってきました……

エピローグ ~楽なように やりたいように 後悔しないように~

第2章 家での看取りはなぜ広がらないのか ~治す医療から支える医療へ~

「医師は患者さんに涙を見せてはいけない」という教え

-「Doing」の医療と「Being」の医療の違い

“Doing”とは、為すこと、施すこと、何かをすること。最たるものは救命救急であり、医療とはDoing治療と言っても差し支えない。

“Being”とは、あること、そばにいることであり、寄り添う医療と言える。病気や障害を治すのではなく、痛みを取るなど楽にするための医療である。そして、これらは在宅医療で十分に対応できる。体が楽になると人はやりたいことが出てくるので、今度はそのやりたいことが叶うようにお手伝いする。こうして患者さんは生き生きしてくる。

・日本の医療の主眼は「治すこと」だったが、超高齢化に伴う多死社会においては、「Beingの医療=支え寄り添う医療」が求められている。これは「亡くなるまで、どのように生きるか」を追及して、“天寿”を全うする生き方である。 

-なぜ、在宅医療や「自宅での看取り」が広まらないのか

・愛媛県では、今も20年前も、病院で亡くなる人の割合は約80%と変わらない。

在宅医療や「自宅での看取り」が広まらない1番の原因は、病院の医師や看護師などの医療従事者が、在宅医療や自宅での看取りについて知らないことがあげられる。

死に向き合えないことの弊害

-「死に向き合うこと」は在宅医療には必須だが、患者さんへの告知が曖昧になっていることが多い。告知で重要なことは具体的な余命ではなく、「いつか亡くなること」と「限られた時間であること」を伝えることである。このことが明らかにされないと、患者さんはその限られた時間をどう過ごすかということを真剣に考えることができない。そして、患者さんが亡くなった後、「本当は、本人はどうしたかったのだろう」と残された家族は思い悩むものである。

-医師が患者さんの死に向き合うことは簡単ではない。これは医学教育や医師の生涯教育の場で教えられていないことがあげられる。日本の医療は「病気を治すこと」を目指して発展してきたため、「死は医療の敗北」と考えてしまう。その結果、老衰で食べることが困難になっている状態でも、当たり前のように点滴や人工栄養注入が行われてしまう。

-老衰による最期は、枯れるように穏やかに過ごし、そして旅立つ。しかしながら、家族の1分1秒でも長く生きてほしいという願いと、「患者さんの死は敗北」と考えてしまう医師の思いが、自然死の選択を難しくしている。

家で死んだら、警察沙汰になるのか

-『「自宅で死にたい」と言うと「家で死んだら警察沙汰だよ」と忠告する人もいます。少し前までは医師ですらそのように言う人がいました。』

-『厚生労働省の「死亡診断書記入マニュアル」(2020年度版)では、「自らの診療管理下にある患者さんが、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」に死亡診断書を、それ以外の場合には死亡検案書を交付するとしています。死体検案書は医師のみでも交付できるため、検案書交付のために警察を呼ぶ必要はありません。警察を呼んで検死が必要になるのは、医師が死体を検案して「異状」を認めた場合のみです。』

第3章 医療を最小限にすると看取りは変わる ~枯れるように逝くために~

天寿を全うする死を教えてくれた患者さん

-『私はまだ医師として駆け出しの時代、僻地診療所に勤務し始めた頃のことです。それまでは私も病院勤務の経験しかなく、食べられなくなったら点滴をして、状態が悪ければ入院させるということしか頭にありませんでした。

当時、地域で最高齢の102歳のおばあさんのところに訪問診療にお伺いしていました。長年、脳梗塞で寝たきりでしたが、長男夫婦の手厚い介護を受けながら療養されていました。そのうち日ごとに老衰が進み、食事が取れなくなってきました。長男夫婦は、入院は望みませんでしたが、食事が取れないことを心配し、点滴を希望されました。本人に告げたところ、患者さんであるおばあさんは「食事が取れなくなったら終わりだから、絶対に点滴してくれるな」とはっきり言われました。

その後も、何度もご家族の依頼を受けて点滴を勧めましたが、本人は頑として受け入れませんでした。ご家族も私もどうすべきか悩みましたが、無理に点滴をすることはできませんでした。なぜなら意に反して点滴をしてしまうことで、おばあさんがこれまで生きてきた102年間の最期を汚してしまうような気がしたからです。そして、本人の希望通り点滴をせずに自然に看ていきました。点滴をしないとむくみもなく痰も出ず、楽そうでした。私は医師として、最期に点滴も医療処置もせず自然に看ていくのはこの時が初めてでした。

おばあさんは約2週間後に息を引き取りました。顔はむくみもなく、とても穏やかに凛としてしていました。もし、点滴をしていたら、痰が出て吸引が必要になったり、むくみが出たりして、おばあさんに苦痛を与えていたことでしょう。「天寿」を全うすることを医療が邪魔をしない……そんな自然な看取りも選択肢にあるのだということを教わりました。現在の私の在宅医療での「枯れるように亡くなることが一番楽である」という考え方の基本はこのおばあさんが教えてくれたと思います。』

亡くなる前に食事が十分に取れなくなったら

-3つのサインで過剰かどうかを確認しよう

水分や栄養を体で処理できなくなった時の3つの症状

①唾液や痰が増え、吸引が必要な状態。

②浮腫(むくみ)がある。

③胸やお腹に水が溜まっている。

・『点滴をしてもサインが現れず、意識がしっかりするなどの「よい」状態が維持できるなら、点滴をしばらく続けてもいいでしょう。しかし、サインが現れた「つらい」状態になった時、患者さん自身にとって、その時間を長く続けるのがよいのかどうか考えましょう。体で水分処理できなくなった時に、点滴をしてもつらい症状が増えるだけです。症状がさらに悪化し、本人は苦しくなります。

体で水分や栄養が処理できなくなった状態で点滴をやめると、この3つの症状は現れにくく、穏やかな最期を迎えることを私は数多くの患者さんの最期で経験してきました。』

看取りの時に点滴をしない理由
看取りの時に点滴をしない理由

画像出展:「おうち看取り」

楽な最期とは、枯れるように逝くこと

-『映画「おくりびと」誕生のきっかけとなった。青木新門の著書「納棺夫日記」にはこう書かれています。青木さんが納棺の仕事を始めた1970年代前半は、自宅で亡くなる人が半数以上で、「枯れ枝のような死体によく出会った」そうです。ところがその後、病院死が大半になり、「点滴の鍼跡が痛々しい黒ずんだ両腕のぶよぶよ死体」が増え、「生木を裂いたような不自然なイメージがつきまとう。晩秋に枯れ葉が散るような、そんな自然な感じを与えないのである」と記されています。

老衰や病気で死期が近づいてくると、口から飲んだり食べたりできなくなります。そのため、ゆっくりと脱水状態になるのですが、脱水は麻薬のような作用を体にもたらします。脱水になると徐々に眠る時間が増えて(傾眠)、動作能力も低下していきますが、本人にとってはとても穏やかで楽な状態なのです。

胃ろうするかどうか決断するのは誰か?

-胃ろうをせず、「自然に看取る」という選択肢も

・『私は、決して「胃ろう」を否定しているわけではありません。食べられなくなった時、胃ろう栄養という選択肢があることはいいことです。また、機能回復のための胃ろう造設は大変有用ですし、胃ろう栄養を続けて、ご本人もご家族も幸せな療養生活を続けているご家庭も多くあります。

ただ、ご本人の意思ではなく、ご家族と医療従事者だけで胃ろう造設を決定し、「栄養補給の方法があるのに選択しないのはかわいそうだ」と、延命の一種としての(最期を先延ばしにする形で)胃ろう栄養を選択することが多かったというのも事実です。それどころか、「胃ろう栄養をせず、自然に看取りたい」というご家族は、医師から「見殺しにするのか」といった心ない批判を受けたという話も何度も聞きます。これまでの日本では、むしろ「胃ろうを選択するほうが当たり前」という社会風潮がありました。』

「治さなくてもいい」と宣言した患者さん

-『私たち医師は、学生時代から治すことだけを教えられてきました。病気を見つけ、診断し、治療する。その方法ばかり学んできたのです。しかし、そのような医学の教科書に書かれていることが役に立たないケースに出くわしたのです。「治さなくてもいい……」。その言葉を聞いた時、最初はどうすればよいかわかりませんでした。

自分が病気だと知った時、すべての人が治療しようと思うわけではありません。人は皆、生まれてきて、必ず死ぬのです。仮に病気を見つけても、現代医学では治せない場合もあります。現代医学を過信せず、病気になろうとなるまいと、人は生まれて死ぬという事実を謙虚に受け止めなければなりません。患者さん本人が望まないのに、無理に検査や治療を押し付けず、「治さなくてもいい」という選択肢を認めることも必要ではないかと考えさせられた患者さんの生き方・逝き方でした。』

論語と仁

今年の大河ドラマは渋沢栄一の物語、“青天を衝け”です。渋沢栄一といえば、知っているのは名前程度で、埼玉県出身だということも、日本の「近代資本主義の父」とよばれていることも知りませんでした。

今回、拝読させて頂いたのは『論語の読み方』という本ですが、編・解説者である竹内 均先生の“解説”の中にあった「巨人・渋沢栄一の原点となった孔子の人生訓」に、渋沢先生の生い立ちから晩年までの話がまとめられていましたので、まず、そちらをご紹介します。

「論語」の読み方
「論語」の読み方

編・解説者:竹内 均

初版発行:2004年10月20日

出版:三笠書房

『渋沢栄一は、1840(天保11)年に、現在の埼玉県深谷市字血洗島の豪農に生まれ、年少の頃から商才を発揮した。そのうえ少年時代から本好きで「論語」との出会いもこの頃であった。

幕末の動乱期には尊王攘夷論に傾倒したが、後に京都に出て一橋(徳川)家の慶喜に仕えた。1886(慶應2)年、弟の昭武に従って渡欧せよとの命令が慶喜から下った。翌年から約2年間をかけて欧州各地を視察し、資本主義文明を学んだ。このときの見聞によって得た産業・商業・金融に関する知識は、彼が後に資本主義の指導者として日本の近代化を推し進めるのに大いに役立った。

帰国後は大隈重信の説得で明治新政府に移り、大蔵省租税正、大蔵大丞を歴任した。1873(明治6)年に大蔵省を辞してから実業に専念し、第一国立銀行(第一勧業銀行の前身)の創設をはじめ、70歳で実業界から退くまで500余りの会社を設立し、資本主義的経営の確立に大いに貢献するとともに、ビジネスマンの地位の向上と発展に努めた。

晩年は社会・教育・文化事業に力を注ぎ、大学や病院の設立など、各種社会事業に広く関係した。』

渋沢先生は「論語」を拠り所とされていました。そして竹内先生が編・解説をされた『論語の読み方』は、渋沢先生の『論語講義』のエッセンスを集大成したものであり、竹内先生の他の2つの著書、『孔子 人間、どこまで大きくなれるか』と『孔子 人間、一生の心得』を再編成したものでした。

しかしながら、話に水を差してしまうのですが、実は『論語講義』は渋沢先生自らが執筆されたものではないということです。そのことは“公益財団法人渋沢栄一記念財団 情報資源センター”さまのサイトに出ていました。

公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。』

『渋沢栄一述とされる【論語講義】は、そもそも二松学舎の舎外生のために発行された【漢学専門二松学舎講義録】という全30回の月刊刊行物に29回(12号は休載)にわたって掲載された記事をまとめたものである。渋沢が口述したものを二松学舎教授の尾立維孝が筆述したとされるこの論語講義について、本論の筆者は「稿本」「初版本」「新版」等を詳細に比較検討した。その結果この【講義】は渋沢が口述したのではなく、渋沢述の【実験論語処世談】に基づいて尾立が起稿したもので、渋沢の校閲を経た上で連載されるはずであった。しかし校閲が間に合わず尾立の原稿のままで刊行が始まってしまい、渋沢の校閲が追いつくことはついになかった、と結論づけている。

ブログのタイトルを”論語講義”ではなく、“論語と仁”としたのは『論語講義』が『実験論語処世談』からの起稿であり、渋沢先生の校閲を受けていない本だからです。

また、を特別の存在として注目し、取り上げたのは論語の中では圧倒的に大事なものとされてきたためです。それは次の解説で明らかです。

この仁の一文字は孔子の生命で、また「論語」二十編の血液である。もし孔子の教訓から仁を取り去ったならば、あたかも辛味のぬけた胡椒と同じであろう。孔子はこの仁のために生命を捧げたほど大切なことで、孔子の一生は仁を求めて始まり、仁を行なって終わったといっても差し支えない。孔子の精神骨髄は仁の一字にあり、このゆえに孔子は仁をもって倫理の基本とすると同時に、他の一面においては政治の基本としたのである。王政王道もつまり仁から出発したものである。

さらに、次のような記述もありました。

仁は「論語」の最大主眼であるから、孔子はあらゆる角度からこれを丁寧に詳しく説明している。そのため、中国・日本の古今の学者がさまざまな解釈を下して一定しない。そして、たいてい文字上の言句にとらわれて空理空論の悪弊を生み、わが国の学問もこれを受け継いで、学問と実生活が別物となり、学問は学問、実生活は実生活と分離してしまった。

1.『子曰く、苟[イヤシ]くも仁に、志す。悪きことなり。』 

自分を大切にせよ、だが偏愛するな

・人間が悪事をなすのは、自分の偏愛、利己主義から始まる。

・仁者は広く大衆を愛し、利己を考えない。

・仁に生きることは純粋な心で行動することである。

・仁に志し、仁に生きようとするならば、その人の心に悪は生じない。

2.『或ひと曰く、雍[ヨウ]や仁にして佞[ネイ]ならずと、子曰く、焉[イズク]んぞ佞を用いんや。人に禦[アタ]るに口給を以てすれば、しばしば人に憎まる。その仁を知らざるも、焉んぞ佞を用いんや。』 

“口”の清い人、“情”の清い人、“知”の清い人

・弁が立たたないことは、むしろ美徳であり短所ではない。

・仁は徳の中心であり、基本である。

・広く民に施して大衆を救うのが仁である。

・仁者はその言行が親切で、言葉やさしく、自分の意見を述べるときも穏やかに説明して、大変人あたりがよい。

3.『樊遅[ハンチ]、知を問う。子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して而してこれを遠ざく、知と謂うべし。仁を問う。曰く、仁者は難きを先きにして、而して獲ることをのちにす、仁と謂うべし。』

孔子流の「先憂後楽」の生き方

・仁者は自分中心の心に打ち克って礼に立ち返り、誠意をもって人に接する。苦労を先にして、利益を獲得するのを後にするのが仁である。

4.『子曰く、道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に游ぶ』

孔子が考えた“完全なる人物”像

・仁とは博く愛することで、単に自ら足るを知って他へ迷惑をかけないだけでなく、他へ幸福を分かち与えようとする心情である。

5.『子曰く、仁遠からんかな。我仁を欲すれば、ここに仁至る。』 

ひからびた心の畑に“慈雨”を降らせる法

・仁は忠恕(思いやりの心を推し進めて広く人を愛し、他人と自分との垣根を取り払うこと)。つまり、仁は自分の心の中にあり、外に求めるものではない。心から仁を求めようとするならば、仁は近く自分の心の中にあって、即時に仁は得られるものである。

6.『子曰く、知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼[オソ]れず。』 

これこそ「知・仁・勇」三徳のバランスに秀でた人物

・“論語”では仁者について、時に極めて狭義に解釈し、時に非常に広義に説かれている。

・ある場合には人を愛する情であるとか、他人の難儀を救う行為を仁としている。また、ある場合にはよく天下国家を治め、万民を安住させることを仁の極致であると言っている。

・仁者は天命を知り、一点の私心がなく、おのれの分を尽くし、人間としての道を行うのであるから、いささかの煩悶もなく、すべての物事に対して憂いというものがない。心中つねに洋々たる春の海のような気分である。これは仁者に備わる徳である。

・勇者はその心が大きく強く、常に道義にかない虚心坦懐であるから、何事に遭遇しても恐れることがない。これが勇者の徳である。

・人間は知と勇ばかりではいけない。知恵のある人、勇気のある人はもとより貴ぶべきではあるが、知勇は性格上の一部分であって、これだけでは完全な人とはいえない。仁を兼ね備えてはじめて人間としての価値が生じるのである。よって仁こそが最上の徳である。

7.『顔淵仁を問う。子曰く、己に克って礼を復[フ]むを仁となす。一日己に克って礼を復めば、天下仁に帰す。仁をなすは己に由[ヨ]る。而して人に由らんやと。顔淵曰く、その目を請い問う。子曰く、非礼視ること勿れ。非礼聴くこと勿れ。非礼言うこと勿れ。非礼動くこと勿れと。顔淵曰く、回不敏と雖[イエド]も、請うこの話を事とせんと。』

孔子の最高弟・顔淵にしてこの“日頃の戒め”あり

・顔淵は孔子の門弟3000人中の高弟72人の中で最高の人である。年は孔子より37歳若かったが、徳行家で孔子に次ぐ人と称せされ、「亜聖」の名があったほどの人物である。

・顔淵は孔子に対して、「仁とはいかなるものですか」と質問した。以下は孔子による回答。

-自分の欲望に打ち勝ち何事にも礼を踏まえて行なう。これを仁という(仁の体)。

-一日でも自分の欲望に打ち勝ち、礼を踏まえて行えば、人々はすべてその仁にすがる。その影響の迅速なことは、早飛脚で命令を伝えるようなものである(仁の効)。

-仁は元々自分の心の中にあって、よそから借りてくるものではない。だから仁を実践しようと欲すれば、仁は直ちに成立する。いつでもどこでもこれを成し得る(仁の用)。

・仁は上記のように、極めて広大なものである。仁は天下国家を治める道にもなり、一家をととのえ一身を処する道ともなる。その徳は天地に充満して草木禽獣すべて仁のもとに息づくのである。

・人に対して優しく指示をするのも仁の一つである。不幸な人に同情するのも仁である。

・上を敬い下を慈しむのも仁である。広く施して大衆を救うのは仁の大きなものである。

・すべて人間が私心私欲に打ち勝って、その言動が礼にかなって行き過ぎがなければ、それがすなわち仁である。

・七情(喜・怒・哀・楽・愛・悪[憎]・欲)の発動がよく理知でコントロールされるのが仁である。

8.『子曰く、剛毅朴訥[ゴウキボクトツ]は仁に近し。』

温室の中では、“心のある花”は育たない

・「剛毅木訥」は「巧言令色」と対になった言葉である。

・人の資質が堅強で屈せず(剛)、またよく自ら忍ぶ者(毅)、容貌質朴で飾り気なく(木)、言語がつたなくて口がうまくない者(訥)は、みな内に守るところがある。内に守るところがある人は、学んで仁徳を成就しやすい。

剛毅木訥がそのまま仁であるとはいえないが、このような人は仁を成しやすいので、仁に近しというのである。

9.『子曰く、徳ある者は必ず言あり、言ある者は必ずしも徳あらず。仁者は必ず勇あり、勇者は必ずしも仁あらず。』

人の“言葉と徳”だけは「逆も真なり」は通用しない

・仁者は人の危難を見過ごせず、義を見れば必ず身を殺してもこれを救う。だから仁者は必ず勇気をもっている。しかし、勇気は血気に乗じて発揮することもあり、勇者が必ずしも仁者であるとは限らない。

番外編“青天を衝け”

“青天を衝け”では、栄一が血洗島を出て江戸に行きたいという熱い思いを、父にぶつけるシーンがありましたが、活字で見るとより重さを感じます。ここでは栄一へ渡された父からの言葉をご紹介します。

人にはおのおの備わった才能がある。またおのおのの異なった性分がある。その性分の好む所に向かって驀進するのが、天分の才能を発揮する方法であるから、お前を遠く外へ出したくはないけれども、お前の決心もわかったし、また必ずしも悪い思いつきでもない。強いて止めればお前は家出するだろう。そうなれば不幸の子となるから、強いて止めはしない。お前の身体はお前の自由にするがよい。望みどおり出発せよ。』 

輪廻転生

あと12日、母は103歳の誕生日を迎えることはできませんでした。しかしながら、苦しむことなく、自宅で静かに天寿を全うできたことは、本当に良かったなと思います。また、大きな災害にも遭遇せず、順番が逆になるという最悪の事態も避けることができました。感謝します。 

旅支度。

母は早稲田大学の大ファンでした。

100歳を越え、十分覚悟はしていたつもりでしたが、心に開いた穴は予想以上に大きいと感じました。大きな後悔はないのですが、小さな後悔と悲しさや寂しさがモグラたたきのように頭を出します。3歩進んで2歩下がる時もあります。

時間はかかるだろうと思うわけですが、心穏やかな状態に戻りたいと思います。

そんな落ち着かない心持のなか葬儀は行われました。そこで、私は一つの光明を見つけました。それはお坊さんの法話の中にありました。「故人はこれから極楽浄土に行けるよう修行に入ります」という、虚を突かれたようなお話でした。私は今まで宗教には全く関心がなく、そのため無知でした。「えっ、すぐに天国に行けるんじゃないの!?」という感じです。(もちろん、真実がどのようなものなのかは分からないのですが。。。)

そこで、四十九日法要に向けて、葬儀社の方から指示された通りの供養を真面目に取り組むことにしました。また、先祖への報告も近所の父方のお墓だけでなく、田原町にある母方のお墓にも報告に行ってきました。

そして、”宗教”や”死後の世界”を知りたいと思い4つの本を買いました。

1.「最澄と空海 -日本人の心のふるさと-」

最澄と空海
最澄と空海

著者:梅原 猛

初版発行:2005年6月

出版:小学館文庫

2.「最澄と天台教団」

最澄と天台教団
最澄と天台教団

著者:木内堯央

発行:2020年3月

出版:講談社学術文庫

3.「神々の明治維新 -神仏分離と廃仏毀釈-」

神々の明治維新
神々の明治維新

著者:安丸良夫

初版発行:1979年11月

出版:岩波新書

民衆生活の中の仏教

●16世紀末まで、政治権力と争った仏教は、その民心掌握力により権力体系の一環に組みこまれ、仏教は国教ともいうべき地位を占めた。そして、鎌倉仏教が切り拓いた民衆化と土着化の行方は、権力の庇護を背景として決定的になった。

さらに、江戸時代になり仏教は国民的規模で広がり、日本人の宗教への思いは仏教色に塗りつぶされるようになった。ここには権力による庇護も関係しているが、民衆が仏教信仰を受け入れるようになった根拠の一つに、仏教と祖霊祭祀の結びつきを表現する“仏壇”の存在があった。農村でも都市でも家の自立化が家ごとの祖霊祭祀を呼び起こし、それが仏教と結びついた。(竹田聴洲:「近世社会と仏教」)。

神道と仏教の違いを解説!葬式やお墓、死生観など詳しく説明

やじべえの気になる〇〇”さまのブログです。神道と仏教の違いが大変分かりやすく説明されています。

4.「前世療法 -米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘-」

前世療法
前世療法

著者:ブライアン・L・ワイス

初版発行:1996年9月

出版:PHP文庫

この中で、2と3は専門性が高く、歯が立たなかったため斜め読みで終わりました。

最澄、空海は、いずれも政治とうまく折り合うという才能を持っていましたが、空海は密教を広めた孤高の天才というイメージが強く、一方、最澄は人や教育、制度などにも目を向けた高僧という印象でした。特に円仁、円珍、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮といった極めて著名な高僧が、最澄に続くように延暦寺で修業をしていることを考えると、最澄が残した功績は非常に大きなものだったと思います。

そして、最も興味深かったのは、『前世療法 -米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘-』です。100%と言いきる自信はないのですが、信じるに値する凄い話(療法)だと思いました。

ブログはこの本のご紹介です。つまみ食い的にピックアップしただけなので、唐突で分かりずらいものになっていると思います。ポイントは何故信じられると思うのか。また、前世療法がどんなものかをお伝えしたいと思って抜き出しました。

本は冒頭の“プロローグと最後の“エピローグ”、そして各章には項目はついておらず、全部で15章に分かれています。

第三章”から

●『この一週間の間、私はコロンビア大学の一年生の時に取った比較宗教学の教科書を読む返してみた。旧約聖書にも新約聖書にも、実は輪廻転生のことが書かれていたのだそうだ。紀元325年、時のローマ皇帝、コンスタンチン大帝はその母ヘレナとともに、新約聖書の輪廻転生に関する記述を削除した。紀元553年にコンスタンチノープルで開催された第二回宗教会議において、この削除が正式に認められ、輪廻転生の概念は異端であると宣言されたのであった。人類の救済は輪廻転生を繰り返すことによって行われるという考え方は、巨大化しつつあった教会の力を弱めるものだと、彼らは考えたのである。しかし、初めから、ちゃんとこの概念は存在していて、初期のキリスト教の先達は、輪廻転生の概念を受け入れていた。グノーシス派の人々―アレキサンドリアのクレメンス(150~215)やオリゲネス(185~254)、聖ジェローム(340~420)等は、自分達は昔も生き、再び生まれるてくると信じていた。

しかし、私は輪廻転生など、まったく信じていなかった。本当のところ、そんなことを真剣に考えてみたこともなかった。

小さい頃、教会などで、人は死んでも魂は存在し続けると教えられていたが、それさえ、信じてはいなかった。

●『脳医科大学とエール大学での実習は、この科学的手法[論理的、非感情的な証明第一主義の考え方]にさらに磨きをかけた。私の研究論文は脳化学と神経伝達組織、すなわち、脳細胞の中の化学的伝達機能についてであった。

私は、従来の精神病理論や治療法と、脳化学という新しい科学を統合しようとする生物精神病理学という新しい分野の一員となった。また、多くの学術論文を書き、地方や全国の学会で講演を行って、この分野ではかなり名の知られた存在となった。私は一つのことに猪突猛進するタイプで、柔軟性に欠けてはいたが、こうした気質は医者としては、むしろ好都合だった。私の所へ来るどんな患者にも、私は全力投球であたる用意があった。』

精神病理学研究室
精神病理学研究室

こちらは「慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室」さまのサイトです。ここでは“精神病理学研究室”の一部をご紹介していますが、精神・神経科学教室の中には、“生物学的精神医学研究室”もありました。

精神病理学研究室

『精神病理学とは、人の“こころ”、および“こころ”の病を扱うための固有の学であります。“こころ”というものは、すぐれて主観的なものであるため、直接扱うことは難しいのですが、精神病理学では、患者さんによって語られた「ことば」あるいは現れた「行動」という客観的な事実に基づいて、患者さんの“こころ”の理解を試みます。そして、“こころ”を護り回復させていくための方法について考えます。精神病理学は、精神医学の基であり、症状論、病態論、治療回復論を深めていくためには欠かせない学であります。精神病理学では、おおよそ人の全ての営みを対象とするため、特に人文・藝術領域に学ぶところが多く、古今東西の叡智を紐解くことをとても大切にしております。』

第八章”から

●『次のセッションまで三週間の間隔があった。私は休暇に出かけ、熱帯の海岸に寝そべりながらキャサリン[患者]に起こったことをもう一度、距離をおいてゆっくり考えてみることができた。まず、退行催眠療法により、彼女は過去生に戻り、詳しくその場の情景、物、なりゆき、事件などを説明した。どれも彼女が目覚めている通常の状態においては、絶対に知り得ないことであった。退行を行なうことによって、彼女の症状は著しく回復した。これは18カ月にもわたる従来の精神療法では、決して達成することのできないものであった。そして、彼女が知るはずのない死後の霊的世界からの寒気をもよおすほど正確な情報、霊的な詩、死後の次元について、人生と死について、誕生と再生についてなどの教え。いずれもキャサリンの能力をはるかに超えた知恵とスタイルをもって話すマスター達精霊からのものであった。本当に考えることはたくさんあった。

これまで私は何年にもわたって、何百人、いや何千人という精神病患者、しかもありとあらゆる感情障害をもっている人達を扱ってきた。また四つの重要な医科大学の入院患者部門を統率してきた。何年間か精神病患者のための急患室、外来患者の診療所等、様々な場所で精神鑑定と治療を行ってきた。私は多くの幻聴、幻覚、精神分裂による妄想のすべてを知っていた。多くのどの病名とも判別しがたい症状を示す患者や、人格分裂や多重人格者などを含むヒステリー性格者を扱ってきた。またNIDA(国立薬物中毒研究所)により設置された薬物アルコール濫用者の会の責任講師をつとめたこともあり、薬物の脳に対する影響のあらゆる事例に詳しかった。

しかし、キャサリンはこのどの症状にも、どの症候群にもあてはまらなかった。起こっていることは精神病の症状ではなかった。彼女は精神障害者でもなく、現実がわかならなくなっているのでもなく、幻覚症状(実際にないものを見たり聞いたりする)も妄想(根拠のないことを信ずる)もなかった。彼女は薬物の使用者でもなければ、厭世的な性向もなかった。彼女はヒステリー性格の持ち主でもなければ、対人関係で孤立してしまう性格でもなかった。彼女は大体は自分のしていることや考えていることがわかっていた。また彼女は自動的に行動している「自動パイロット」でもなく、性格分裂や多重人格者でもなかった。彼女が催眠中に口から発したことは、内容もスタイルも彼女の意識ある時の能力以上のものであった。そのうちのあるものは特に超能力的であった。例えば、私の過去に関する特定のできごとや事実(私の父や息子に関する事実)について、あるいは彼女自身のことに関する言及である。彼女は彼女の現在の人生においては絶対に知るはずがないことを知っていた。またこの知識や、今の体験全体は彼女の文化的な背景や育ちとは異質のものであり、彼女の信条の多くに反するものでさえあった。

彼女はどちらかといえば素朴で正直な人間だった。それに勉強が好きなタイプでもなく、彼女の口を通して語られるいろいろな事件、歴史、詩などを彼女が創作しているということはあり得なかった。私は科学者として、精神科医として、それらが彼女の無意識の領域から来ていることは確かだと思った。それは疑問の余地のない事実だった。たとえ彼女がすぐれた女優であったとしても、これほどのことはできるはずがなかった。その知識はあまりにも正確で、あまりにも詳細で、彼女の能力を超えていた。

キャサリンの過去を探る治療上の目的について考えてみた。私達が新しい領域に踏み込んだとたんに、彼女の回復には著しいものがあった。この領域には何らかの非常に強力な治癒力があるようなのだ。しかも明らかに、今までの精神療法や心理療法よりずっと効果的である。その力は、過去の重大な精神的外傷(トラウマ)を起こすような事件だけでなく、心や体やエゴに対する日常的な傷を思い出し再体験するところにあるようだった。いろいろな過去生を調べている間、私は感情や身体的な虐待、貧困、飢え、病気や身体的障害、迫害、偏見、失敗のくり返しなどのパターンを探していた。同時にもっと悲劇的な事件、例えば心に傷跡を残すような死の体験、強姦、集団的破壊やその他、永久に魂に刻み込まれるほどの恐怖の体験などにも注目した。方法自体は、子供時代を振り返ってみる従来の精神療法と同じだが、従来の方法ではたかだか十年か十五年間さかのぼるだけなのに、この催眠療法では数千年にわたって過去にさかのぼるのだった。そのため、私の質問も普通の心理療法より直接的に、しかも誘導的に行わなくてはならなかった。しかし、この正当的でないやり方が成功したことは疑う余地がなかった。キャサリンだけでなく、その後同様の方法で催眠療法を受けた患者達も急速な回復をみせたのだった。

しかし、このようなキャサリンの過去生の記憶については、他の説明もできるのではないだろうか? 記憶が彼女の遺伝子に貯えられているという考え方はどうなのだろうか? しかし、この可能性は科学的に考えるとあり得ないと思う。遺伝的な記憶が伝達されるためには、世代から世代に途切れることなく遺伝子が伝わってゆく必要がある。キャサリンは地球上のあらゆる場所に住んでいたので、彼女の遺伝的系統は何回も途切れている。彼女はある時には若死にしている。彼女の遺伝子のプールはそこで終わり、後世へ伝えられてはいない。それに、彼女が死後も存在している事実や、中間生の存在は一体何なのだろう? その時には、肉体もなく、遺伝子もないはずなのに、彼女の記憶はずっと続いているのだ。やはり遺伝子が関係しているという説は捨てなければならなかった。

ではユングのいう集合無意識という考え方はどうだろうか? すべての人類の記憶と経験がそこに蓄積されていて、それが何らかの方法で汲み出せるという説だ。遠く離れて存在する文化がしばしば似たようなシンボルをもっていることがある。ユングによれば、集合無意識とは個人的に獲得されたものではなく、人間の脳の中に集団的に受け継がれてきたものであるという。すべての文化には、伝説や、よそからの伝播とはまったく関係なく、突然現われたシンボルや紋様が見られるが、これもまた、集合無意識の一つであるという。キャサリンの記憶はユングの集合的無意識で説明するには、あまりに個別的すぎるような気がした。彼女はシンボルや普遍的なイメージやモチーフを明らかにしたわけではなかった。彼女は特定の場所における特定の人々のことを詳細に物語っていたのだユングの考え方はあまりにも漠然としていた。それに中間生のことも考えに入れる必要があった。そうなると、輪廻転生の考え方が最も理にかなっていた。

キャサリンの知識は非常に詳しく、しかも個別的で彼女の能力を超えたものであった。彼女の話は以前に読んでしばらく忘れていた本から集められるようなものではなかった。またそれは、子供の頃に得て、成長とともに、すっかり意識の底に押し隠されてしまった知識でもあり得なかった。では、マスター達の存在や彼らのメッセージはどう説明したらよいのだろうか?

確かにキャサリンの口から語られてはいるが、語っているのはキャサリンではなかった。マスター達の知恵は、キャサリンの過去生の記憶にも反映していた。私はこの情報もメッセージも本当のことだと知っていた。これが本当だと知っているのは、私が過去何年間も人間及び人間の心や脳の働きや人格について、注意深く学んできたせいもあったが、それだけではなく、私は直感的にも知っていたのだ。しかもこれは私の父とか息子のことが知らされる前からだった。長い間、科学的なものの見方をたたきこまれてきた私の頭が、これは真実だと知っていた。そして私の体もそれを知っていたのだ。』

第十六章”から

●『最近、私は瞑想も始めた。ちょっと前までは、瞑想などはヒンズー教徒かカリフォルニアの変人達がやるものだぐらいにしか思っていなかった。キャサリンを通して私に伝えらえた数々の教えは、私の日々の生活にすっかり根づいてしまったのだ。人生の一部としての生と死の深い意味を知ることによって、私は前よりももっと忍耐強く、人々にもっとやさしく愛情深い人間になることができた。それに良いにつけ悪いにつけ、自分の行動に責任を感じるようにもなっている。いつかは自分のしたことのつけを支払わねばならないのだ。自分がしたことは、いつか必ず自分に戻ってくるのである。

私は相変わらず科学論文を書き、専門家の集まりで講義し、病院の精神科の部長をしている。しかし今や、私は二つの世界に足を踏み入れている。五感で察知できる私達の肉体と物質的要求によって代表される物質界と、私達の魂と霊によって代表される非物質的な世界である。この二つの世界はつながっており、そしてすべてはエネルギーだということを私は知っている。それなのに、この二つの世界はしばしばあまりにも遠く離れた存在であるように見られている。私の仕事は、注意深く科学的に、この二つの世界を結びつけ、その統合を記述することだと思う。

訳者あとがき(山川鉱矢氏)”から

●『本書「前世治療」、原題「Many Lives, Many Masters」(多くの人生、多くのマスター達)』は現職の精神医学博士が、自らの体験をつづったもので、1988年、サイモン・アンド・シャスター社から出版されました。本文にもあるように、このような内容の本を出すことは、精神医学博士である自分の社会的な名声に傷をつけるのではないかと、博士は4年間は口を閉ざしていました。しかし、ある日、シャワーをあびていた時、突然、この体験は発表しなければならないという強い啓示があったということです。

本書の発売以来、博士は地元であるフロリダ州では、ノン・フィクション部門で、82週間以上にわたってベストセラーとなり、その波はニューエイジ・ムーブメントのメッカであるカリフォルニア州に飛火し、全米的なベストセラーとなっています。ただし、正統派の新聞、マイアミ・レビュー紙は、いまだ書評を載せてくれないのだそうです。

治療としての前世療法は、アメリカでは1958年に催眠療法を医療に使用することが正式に認められるようになり、それ以来、心理療法にさかんに用いられるようになったのだそうです。

日本医療催眠学会
日本医療催眠学会

調べてみたら、日本にもありました。ただし、発足は2013年です。米国に遅れること55年ということになります。

本書に出てくるキャサリンのケースと同様に、治療の過程で被験者が前世に戻り、その結果、心身の治療効果が上がるケースがでてきたため、次第に広まったということです。患者が前世において、精神的に深い傷を負った場面を催眠下で体験すると、なぜ心身の障害がなおるのか、まだ理論的な裏づけはなされていないのですが、実際に患者の症状が消えることは事実であり、注目を集めるようになったようです。1980年には、前世療法の研究協会APRT(American Association for Past Life Research and Therapy)が設立され、「The Journal of Regression Therapy」という機関紙まで刊行されているということです(J・L・ホイットン著「輪廻転生」片桐すみ子訳、人文書院による)。

残念ながら退行催眠で過去生まで行けるケースは、被験者の3ないし5パーセントというきわめてまれなケースだとワイス博士はあるインタビュー(ARE発行、「Venture Inward」1990年6・7月号)で語ってます。

注1)初版は1996年で、第2版は出ていませんでした(最新は第1版の64刷で2019年10月)。25年前と古いためか、

“APRT”では見つかりませんでしたが、ワイス先生のサイト(BRIAN L. WEISS, M.D.)があり、「ワイス博士は、国内および国際的なセミナー、体験型ワークショップ、および専門家向けのトレーニングプログラムを実施しています」とのことでした。 

注2)“The Journal of Regression Therapy”も見つかりませんでしたが、「The International Journal of Regression Therapy」というサイトがありました。 

注3)“ARE発行、「Venture Inward」”が発行されていたのは確認できましたが、見つけることはできませんでした。

ご参考

『前世療法 -米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘-』の著者は経験豊富な精神科医によるものでしたが、私は“霊能者”自身が書いた本も読みたいと思い、あの世から届く愛のメッセージ』という本を見つけました。

あの世から届く愛のメッセージ
あの世から届く愛のメッセージ

著者:アリソン デュボア

初版発行:2007年6月

出版:徳間書店

著者のアリソン デュボアは6歳の時に経験した出来事をきっかけに、アリゾナ大学では霊能現象と死後の世界に関する研究のための実験に参加、協力。さらにその能力を生かして、全国の司法機関のための殺人事件や失踪事件の捜査にも協力されました。

持って生まれた自分の特殊な才能に傾注し、その才能を追及していった生き方が素晴らしいと思います。

なお、ケーブルテレビ(FOX)では、”MEDIUM(ミディアム 霊能者アリソン・デュボア)という番組を放送しています。

メタボリックシンドロームの脅威

メタボリックシンドロームと聞いて思い出すのは、肥満と生活習慣病です。ところが、何がどう悪さしているのかについては、あまりピンときていませんでした。今回のブログで分かったことは、諸悪の根源は”慢性炎症”であるということです。

※ご参考:2017年2月に”慢性炎症について”というブログをアップしています。

神秘の巨大ネットワーク 人体
神秘の巨大ネットワーク 人体

出版:東京書籍

発行:2018年4月

『自然界とは異なる生活環境へと変化した現代社会では、栄養の取り過ぎや運動不足から肥満になる人が増えている。肥満によって生じるメタボリックシンドロームは、命に関わる病気を次々引き起こす可能性がある危険な状態だ。最新研究から、そんなメタボリックシンドロームの「本当の恐ろしさ」が浮かび上がってきた。

 

 

 

1.レプチンがあっても肥満になる?

・脂肪はレプチンというメッセージ物質(「エネルギーは十分たまっているよ!」)により食欲をコントロールし、体重を調整しているにも関わらず肥満になる人は少なくない。それは、肥満の人の体内では異変が起きているためである。

・体脂肪が増えると血液中のレプチンの量は増える。

体脂肪量と血液中のレプチン量の関係
体脂肪量と血液中のレプチン量の関係

画像出展:「NHKスペシャル 神秘の巨大ネットワーク 人体2」

 

 

 

肥満の人の脂肪細胞からもレプチンがたくさん放出されているのは間違いないが、肥満の人ではレプチンが脳に届きづらくなっている。

・脂肪細胞から放出されたレプチンは血液の流れに乗って、脳の一部、食欲などを司る「視床下部」にたどり着く。そこでレプチンは血管の外に出て視床下部の神経細胞にメッセージを伝える。肥満の人が抱える問題は、血液中に大量に漂っている“アブラ”が邪魔をして、レプチンが血管の外に出ていきづらい状態になっていることである。

レプチン受容体の働きが衰えている
レプチン受容体の働きが衰えている

画像出展:「NHKスペシャル 神秘の巨大ネットワーク 人体2」

肥満の人の脳では、レプチンを受け取るレプチン受容体の働きが鈍くなり、大切なメッセージに反応できなくなっていると考えられる。

 

 

 

2.“免疫の暴走”が始まる

・肥満の人の体内では、メッセージ物質によるやりとりに異変が起きている。

・メタボリックシンドロームの人の内臓脂肪は、大量に摂り過ぎて脂肪細胞が吸収できなくなった糖や脂肪の粒が、煙のように漂っている。

膨らみきった脂肪細胞の表面で、脂質の分子が次々と受容体にぶつかっており、それにより脂肪細胞がTNFαを放出する。

TNFαは体内に侵入してきた細菌やウィルスなどを感知して、「敵がいるぞ!」という警告のメッセージ物質を出す。つまり、脂質の分子がぶつかっていた受容体は、本来は細菌を感知するための受容体であり、ぶつかってきた脂質の分子を敵(細菌やウィルス)と勘違いしてTNFαを放出していたということである。

・脂肪細胞から放出されたTNFαは、血液の流れに乗って全身を駆け巡り、免疫細胞と出会う。免疫細胞は敵を見つけると、近づいて細胞内に取り込み、内部にためている有害物質で分解する。

・TNFαの警告メッセージを受け取った免疫細胞は、活性化して「戦闘モード」に変化し、敵の来襲に備えるために分裂して仲間をどんどん増やしていく。

・免疫細胞自身もまたTNFαを放出し、「敵がいるぞ!」という警告メッセージを全身に拡散する。

免疫細胞は細菌などを攻撃して体を守ってくれる味方である。ところが、栄養が過剰な状態となるメタボリックシンドロームでは、“免疫の暴走”が引き起こされる。この“免疫の暴走”こそが、メタボリックシンドロームの本当の恐ろしさである。

免疫細胞が暴走した状態は、“慢性炎症”と呼ばれ、重要な研究課題となっている。

3.動脈硬化は血管の炎症が原因!?

・肥満の人の体内で、誤って活性化された免疫細胞は敵を懸命に探すが見つからず、ついには血管の壁の内部に入り込んで敵を探しに行く。そこで見つけるのは、たくさん溜まったコレステロールである。

・コレステロールは糖や脂質、たんぱく質を材料に作られる物質で、全身の細胞膜の成分になる他、ホルモンやビタミンDの原料になるなど、生命の維持にはなくてはならない重要な物質であるが、増え過ぎた血中コレステロールは血管壁の内部にたまっていく。

・血管壁に入り込んだ免疫細胞は、内部にあふれるコレステロールを排除すべき異物と認識し、次々と食べ始める。そして、食べすぎてパンパンに膨れあがると、ついには破裂し、免疫細胞が外敵を攻撃するための武器(有害物質)が辺り一面に飛び散り、それが血管の壁を傷つけてしまう。

・暴走した免疫細胞は、さらに体中のさまざまな場所で暴発する。その結果、心筋梗塞や脳梗塞、糖尿病など、命に関わる恐ろしい病気を引き起こす。

心筋梗塞の原因は血管壁に沈着したコレステロールと考えられてきたが、最新の研究から、免疫システムの異常がもたらす「炎症性の疾患」との認識が広がっている。つまり、免疫の暴走による血管の慢性的な炎症が、さまざまな病気に関わっているということである。

肥満のタイプ

・体内の脂肪は、皮膚の下(皮下)と内臓に大別され、肥満のタイプも「皮下脂肪型」と「内臓脂肪型」がある。

内臓脂肪はつきやすく落ちやすい性質があり、日々の運動をするためのエネルギーを貯蔵する。

皮下脂肪はつきにくく落ちにくい性質があり、出産や授乳などのための長期的なエネルギーを貯蔵する。

・男性は女性に比べ、脂肪をためる容量が少なく内臓脂肪がつきやすい。

内臓脂肪の蓄積はメタボリックシンドロームを引き起こし、糖尿病、脂質異常症、高血圧などの生活習慣病の発症や、動脈硬化性疾患に深く関係している。

肥満のタイプ
肥満のタイプ

画像出展:「NHK

骨からのメッセージ

前回の「脂肪と筋肉からのメッセージ」に続き、今回は「骨からのメッセージ」になります。

神秘の巨大ネットワーク 人体
神秘の巨大ネットワーク 人体

出版:東京書籍

発行:2018年4月

『体を支えるだけの組織だと思われがちな「骨」。

しかし、最新の科学で明らかになったのは、一見無口に思える「骨」が人体のネットワークを通じ、脳や筋肉など全身の臓器にメッセージを送り続けているという事実だ。

そのメッセージが途絶えたとき、まるで命のスイッチを切るかのように、老化現象が加速してしまうという。』

 

 

1.オステオカルシン

記憶力や生殖機能を強化するメッセージ物質。

・通常のマウスとオステオカルシンをつくれないマウスを泳がせるという実験により発見された。

オステオカルシンの有無による島への到達時間(記憶の差による実験)
オステオカルシンの有無による島への到達時間(記憶の差による実験)

画像出展:「NHKスペシャル 神秘のネットワーク 人体」

 

 

骨でつくられたオステオカルシンは血管内に放出され、血液に乗って脳に運ばれる。そして、海馬に到達して受容体と結合し、海馬の神経細胞の中に「記憶をアップせよ!」というメッセージが送り込まれる。

・動物は老化に伴って筋力が低下し運動能力が落ちていくが、これにオステオカルシンは関係している。

・運動には、筋肉が糖分と脂肪酸を分解し吸収する必要があるが、オステオカルシンには糖分や脂肪酸の分解・吸収を促す働きがある。つまり、オステオカルシンは筋肉のエネルギー利用を増進するメッセージを送り、筋力をアップさせていると考えらえる。

通常のマウスの海馬
通常のマウスの海馬

画像出展:「NHKスペシャル 神秘のネットワーク 人体」

 

 

オステオカルシンをつくれないマウスの海馬
オステオカルシンをつくれないマウスの海馬

画像出展:「NHKスペシャル 神秘のネットワーク 人体」

 

 

・マウスの実験で、正常なオスのマウスにオステオカルシンを注射すると、血液中のテストステロン濃度が大きく上昇する。

・オステオカルシンをつくれないオスのマウスと正常なメスのマウスを交配させたところ、妊娠の頻度が低下し、1回の出産で生まれる子どもの数は少なかった。

2.オステオポンチン

・造血幹細胞は赤血球、白血球、血小板などの細胞へ成長していく。その造血幹細胞の老化に関係しているのが、オステオポンチンの減少である。

骨が放出するオステオポンチンのメッセージは「免疫をアップせよ!」である。このメッセージが造血幹細胞に届くと、造血幹細胞は活性化し、免疫細胞への分化が促進される。

血球の分化と働き
血球の分化と働き

画像出展:「NHKスペシャル 神秘のネットワーク 人体」

 

 

オステオポンチン投与による免疫細胞の量の変化
オステオポンチン投与による免疫細胞の量の変化

画像出展:「NHKスペシャル 神秘のネットワーク 人体」

 

 

オステオカルシンは記憶力アップ、筋力アップ、精力アップといった複数の役割をこなしている。さらに、オステオポンチンは免疫力増強作用を有する。これらはいずれも若々しさを維持、あるいは回復する働きを担っている。骨は単に体を支えるだけではなく、メッセージ物質によって全身の若さをコントロールしている。

骨は若さを司る臓器
骨は若さを司る臓器

画像出展:「NHKスペシャル 神秘のネットワーク 人体」

 

 

3.スクレロスチン

・骨が異常に増え続ける難病である「硬結性骨化症」の患者の体内では、遺伝子の異常によってスクレロスチンというメッセージ物質が欠如している。

・スクレロスチンのメッセージは「骨をつくるのをやめよう!」というものである。

・スクレロスチンは骨粗しょう症の新しい治療薬となる可能性がある。これはスクレロスチンの働きを抑制するための、スクレロスチン阻害薬である。

衝撃が骨を強くする

骨への衝撃が骨量を増やす

・骨は衝撃を感知すると骨の量を増やす。以下のグラフは週に6時間以上、ランニングあるいは自転車運動を行っている20~50歳代の男性のうち、骨量が低い傾向にあった人(骨粗しょう症予備群)の割合。自転車運動は、骨への衝撃という意味では座っている場合と変わらない。

骨粗しょう症予備群の割合
骨粗しょう症予備群の割合

画像出展:「NHKスペシャル 神秘のネットワーク 人体」

 

 

骨は“人体の若さの門番”

・全身に数百億個あるとされる骨細胞は互いに結び合い、骨の中にネットワークを張り巡らせている。このネットワークで体にかかった衝撃を敏感に感知する。

衝撃を感知した骨細胞は、「骨をつくるのをやめよう!」というブレーキ役のメッセージ物質の量を減らし、代わりに「骨をつくって!」というアクセル役のメッセージ物質を発して、骨芽細胞の数を増やす。

骨は活動的に動いている限り、骨芽細胞からのメッセージをたくさん放出して、全身の若さを保ってくれる。

・運動後では骨量が増加するとともに、「骨をつくるのをやめよう!」というメッセージをもつスクレロスチンの量が減少する。

運動前と運動後のスクレロスチンの量
運動前と運動後のスクレロスチンの量

画像出展:「NHKスペシャル 神秘のネットワーク 人体」

 

 

脂肪と筋肉からのメッセージ

今回のブログは、『NHKスペシャル 人体 ~神秘の巨大ネットワーク~ 第2巻』からになりますが、他に、“骨からのメッセージ”、“メタボリックシンドロームの脅威”という、計3つのブログをアップします。以下は題材とした本ですが、「はじめに」に書かれていた、脂肪・筋肉・骨に関する説明箇所の一部をご紹介します。

神秘の巨大ネットワーク 人体
神秘の巨大ネットワーク 人体

出版:東京書籍

発行:2018年4月

『まず「脂肪と筋肉」。重要な役割は、「体内のエネルギー量を把握し、それをどう効率的に使うかを決める」こと。メッセージ物質を巧みに使いながら、時には脳を、時には免疫細胞を制御していることが分かってきました。食欲や性欲まで、脂肪細胞が操っているというのですから驚きです。そして、エネルギーを大量に消費する筋肉は、メッセージ物質を使って、「大きくなりすぎないように」と自らを戒めています。なぜか、がんやうつを防ぎ、記憶力をアップさせるメッセージ物質を発している可能性も浮かび上がってきました。

次に「骨」。様々な“若返り物質”を放出して、私たちの体の若々しさを決めていることが明らかになっています。免疫力や記憶力、生殖能力や筋力をアップさせる鍵が骨にあるというのです。』 

脂肪からのメッセージ

1.レプチン

脂肪細胞から放出されたレプチンは血管に入り込み、血液の流れに乗って脳の「視床下部」に到達する。到達したレプチンは血管から浸みだして脳の中に入っていく。脂肪細胞からのメッセージを受け取った脳は、満腹であることを感じ取り、「もう食べなくていい」と判断して、食欲は収まっていく。

・ハムスターによる動物実験により、レプチンが性行動の頻度を増やすことがわかった。この仕組みは食料が十分にあるときにだけ子孫を残すという、母親と生まれてくる子を守るためのものと考えられる。

2.アディポネクチン   

糖尿病やメタボリックシンドロームの発症の有無に大きく関わっていると考えられている。

脂肪細胞から放出されるアディポネクチンは、脂肪の量が多いほど減っていくという特徴をもっている。特に、内臓脂肪が多い人ほどアディポネクチンの量は少ない詳しいメカニズムを解明する研究が続けられている。

3.VEGF(血管内皮増殖因子) 

・血液が体の隅々まで栄養素や酸素を運ぶには血管が必要である。VEGFは栄養や酸素が不足している場所に、「血管をつくって!」というメッセージを発信する。なお、VEGFは脂肪細胞だけでなく、血管内皮細胞からも放出される。

4.TNFα

・TNFαは免疫細胞が細菌やウィルスなどを探知して、周りの免疫細胞に対して「敵がいるぞ!」と警戒を促すメッセージ物質である。

最近の研究で、TNFαは脂肪細胞からも出ていることが発見された。様々な病気と関わってることが分かってきており、近年とても注目されている。

以上4つのメッセージ物質をご紹介しましたが、脂肪細胞からのメッセージ物質は約600種類あると考えられています。

筋肉からのメッセージ

人体には大小含めて約400種類の筋肉が存在している。

1.ミオスタチン

・1997年に初めて発見された、筋肉からのメッセージ物質で、筋肉の成長をコントロールする。

ミオスタチンは周囲の細胞に「成長するな!」というメッセージを伝え、筋肉の過剰な増加を抑えている。「成長するな!」というメッセージは理解に苦しむが、それは筋肉が体の中で最も多くのエネルギーを消費する臓器だからである。自然界では獲物を捕まえたり、捕食者から逃げたりするため、エネルギー不足に陥りやすく、必要以上の筋肉は命取りになる。つまり、ミオスタチンは必要以上に筋肉が増え過ぎるのを抑え、エネルギーの消費を最小限にとどめる働きをしていると考えられている。

2.カテプシンB

・運動したときに筋細胞から放出される。

記憶を司る「海馬」の神経細胞を増やす働きがあると考えられている。

カテプシンBの量の変化と記憶力テストの成績
カテプシンBの量の変化と記憶力テストの成績

画像出展:「NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク2」

4か月間の定期的な運動によって、血液中のカテプシンBが増えた人ほど、記憶力テストの成績が向上した。

マイオカイン

・2000年代以降、ミオスタチン以外にも筋肉が出すメッセージ物質が次々に発見されており、これらのメッセージ物質を総称して「マイオカイン」と呼んでいる。

・マイオカインの働きを探る研究は急速に加速しており、2016年に報告された研究論文は100本以上に及んでいる。

・マイオカインに「がんの増殖を抑える働きがある」、「うつの症状を改善する効果がある」など、筋肉の概念を覆す新発見が相次いでいる。

マイオカインとがんの増殖
マイオカインとがんの増殖

画像出展:「NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク2」

マイオカインには、がんの増殖を抑える働きがあります。Pedersen L, et al: Cell Metab. 2016; 23: 554-562

上記をクリック頂くと、10枚(PDF)の資料がロードされます。

マイオカインとうつの症状
マイオカインとうつの症状

画像出展:「NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク2」

マイオカインには、うつの症状を改善する効果があります。

加齢に伴う筋肉の変化

・筋肉は加齢とともに減少する。体の部位では上肢、体幹よりも下肢の筋肉の減少率が大きい。

・加齢と伴って筋肉の質も変化する。若い世代は遅筋線維と速筋線維のバランスが良いが、加齢により速筋線維の減少が大きい。高齢者に転倒が多いのは筋肉量が減ってふんばりが効かず、しかも速筋線維が減って素早い動きができないことが大きな要因になっている。

筋トレは下肢に重点を置き、毎日ではなく、週2~3回行うのが良い。これは筋トレによって損傷した筋線維の回復に24~72時間かかるためである。なお、筋肉は回復する過程で太く成長する。

加齢に伴う筋肉の質の変化
加齢に伴う筋肉の質の変化

画像出展:「NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク2」

 

経絡≒ファシア12(まとめ)

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

鍼治療とファシアの関係、また、鍼治療は体にどんな影響を与えるのか、という視点から整理したいと思います。

そこで、まずはブログ1から11までの内容をチェックし、特に重要と思ったものを“ファシアの概要”、“ファシアの機能”、“ファシアの構造”、“その他”の4つに分類しました。その中の“ファシアの概要”は下の2つの図の後にあります。

皮下組織
皮下組織

画像出展:「人体の正常構造と機能」

上から“表皮”→“真皮”→“皮下組織”になります。“浅筋膜”は皮下組織の部分です。

 

 

深筋膜
深筋膜

画像出展:「Tarzan」

深筋膜は浅筋膜(皮下組織)と筋(筋外膜)の間にあります。

また、図には書かれていませんが、深筋膜と筋外膜の間には、疎性結合組織の層が存在しています。

 

 

ファシアの概要

・筋膜は身体全体を通して広く分布して、不規則でさまざまな密度のコラーゲン線維を織り混ぜたもので構成される結合組織の形態を示す。

・筋膜は身体において複数の役割を果たす。大部分の構造物を覆い保護力は高く、また潤滑機能を提供する。

・筋膜は疎性結合組織によって分けられる重複層として配置されており、様々な層間での滑走性を可能にする。そして、神経と血管を保護し筋膜が被る牽引から緩衝する。

・内臓か身体かにかかわらず、身体の臓器系は高度に分化した組織から構成されており、維持のために複雑な支持機構を必要とする。この支持機構はコラーゲン線維およびエラスチン線維を含む結合組織ネットワークであり、すべて筋膜と称される。線維成分の密度は個体あるいは局所的に大きく変化する。

・筋膜は結合組織の様々な構成要素間にある任意の境界線を明確にしないという重要な特徴をもっている。

身体最大の系である筋膜系は他のすべての系と接する唯一の組織である。

筋膜は身体の織物である。つまり身体を覆う衣服ではなく、材料としての縦糸と横糸である。筋と骨、肝臓と肺、腸と泌尿器、脳と内分泌物といったその他の組織は、膜の織物の中に縫い込まれている。

上記の青字は、特に[経絡≒ファシア]を連想させます。私は[経絡≒ファシア]であると確信します。しかし、生まれも育ちも異なる“ファシア”と“経絡”を[=]とするのには抵抗があります。

なお、”経絡≒ファシア1”でご紹介した“経絡”とは次の通りです。

経絡とは、気血の運行する通路のことであり、人体を縦方向に走る経脈と、経脈から分支して、身体各部に広く分布する絡脈を総称するものである。』

ファシア(まとめ)
ファシア(まとめ)

上記の表内の青字は鍼治療を「ファシアに対する機械的ストレス」とみなしたときに、特に注目すべきと思った個所ですが、以下に抜き出します。

ファシアの機能

・肥満細胞はヘパリン、セロトニン、ヒスタミンを産生する。

・肥満細胞が活性化されると、顆粒を基質に放出して血流と免疫防御を活性化する。

・脂肪細胞はエストロゲンだけでなく、ペプチドやサイトカインも分泌する。

・筋膜の緊張調節と交感神経の活性化の間には、潜在的に緊密な関係がある。

・コラーゲン線維は、機械的ストレスに対して適切に調整する。

・組織の形状の変化は電気電圧の変化につながる。分子はこの圧電性活動を利用する。

ファシアの構造

・リンパ管と毛細リンパ管がある。 

・豊富な動静脈吻合を提供する。

・神経線維は全ての深筋膜内に存在し、神経線維は特に血管周囲に多い。

・疎性結合組織層(深筋膜と筋外膜の間)には多くの血管が存在する。

・結合組織と筋膜には神経が豊富に分布している。

・コラーゲン線維は種々の方向に緊張して変形するので網状組織が生じる。

・病的クロスリンクは網状組織の可動性を減少させ関節包の縮小や筋の短縮に至る。

・筋膜にはマクロファージ、肥満細胞や免疫細胞が存在している。

その他

・内受容は筋膜受容器、感情、自己認識の間の複雑なつながりにおける新しい相互関係である。

・内受容性神経終末への機械刺激は交感神経に関与し、局所の血流を増加させる。

・細胞の損傷は生物フォトンの生成を促進する。

まとめ

コラーゲン線維は、機械的ストレスに対して適切に調整するとあります。つまり、鍼治療がファシアに作用することは明らかです。また、「コラーゲン線維は種々の方向に緊張して変形するので網状組織が生じる」とあり、さらなる“病的クロスリンク”は「網状組織の可動性を減少させ関節包の縮小や筋の短縮に至る」とされています。

一方、ファシアは、神経線維、血管、リンパ管、動静脈吻合、マクロファージ、肥満細胞、免疫細胞、脂肪細胞、さらに各種受容器などを含んでいます。特に肥満細胞はヘパリン、セロトニン、ヒスタミンを産生し、脂肪細胞はエストロゲン、ペプチド、サイトカインを分泌します。また、筋膜(ファシア)の緊張と交感神経には緊密な関係があります。

さらに興味深いのは、組織の形状の変化は電気電圧の変化につながるとされ、また、細胞の損傷は生物フォトンの生成を促進するとされています。そして、内受容(筋膜受容器、感情、自己認識の間の複雑なつながりにおける新しい相互関係)にも関与しています。

以上のことから、ファシアへの鍼治療(機械的ストレス)は、ファシアが有する機能や構造に加え、電気電圧、生物フォトン、そして、内受容などを通して心身に影響を及ぼします。

ご参考:生物フォトンと君火・相火

生物フォトンをご研究されている(”稲場フォトンプロジェクト”)、東北大学の稲場文男先生は、生物フォトンについて「生物活動の活発なありさまを教えている」、「生物活動をリアルタイムで知らせる光の情報である」と説明されています。

一方、””については東洋医学においても注目すべきものがあります。それは”君火”です。また、この君火と対比して存在しているのは”相火”であり、こちらは””を意味しています。

この”君火・相火”について、何か説明されているサイトがないか探したところ、「日本エネルギー学会」さまのホームページにそれはありました。

君火・相火
君火・相火

君火・相火

『陽火・陰火のことである。君火は明るさを特色とし、相火は温熱を保持することを本分とする。全ての火を観察するとその気と質に上下がある。そもそも明るさとは光であり、火の気である。位とは形であり、火の質である。一寸の燈明が室いっぱいに明るく広がるのは火の気によるものである。また、炉にみちた炭が熱があっても焔がないのは火の質によるのである。

焔も炭もみな火である。しかしながら、焔が明るい時は熱が弱く、焔が立ち上がらずにこもっている時は熱が強い。気が動ならば、質は静と云える。(出典 張介賓(明)撰「類経図翼」1624) 』

張景岳『類経図翼』
張景岳『類経図翼』

張景岳『類経図翼』

張景岳の”景岳”は、張介賓の”号”になりますので、同一人物です。

左の絵は、”九州大学附属図書館企画展 「東西の古医書に見られる身体」-九州大学の資料から-」”というサイトに出ていたものです。

また、”京都大学貴重資料デジタルアーカイブ”には「類経図翼」の膨大なデジタル資料が閲覧できるようになっていました。

経絡≒ファシア11

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

4.3 細胞外マトリックス

・細胞外マトリックスは基本的に3つの成分、結合組織線維(コラーゲン線維とエラスチン線維)、基質(グリコサミノグリカン〔GAGs〕とプロテオグリカン〔PGs〕からなる)、非コラーゲンリンク蛋白質から構成されている。

・マトリックスは様々な結合組織によって生成される。

・マトリックスと個々の成分間の構成は、それぞれのケースで細胞に影響をおよぼす機械的ストレスによって左右される。大量の水はマトリックスと関連している。その機能の1つは栄養素と老廃物の拡散という不可欠な過程を可能にする。

機械的ストレスによる結合組織の生成
機械的ストレスによる結合組織の生成

画像出展:「膜・筋膜」

 

コラーゲン線維

・コラーゲン線維の再構成期(“ターンオーバー”)は通常300~500日である。

・コラーゲン線維は結合組織の中で水に次いで2番目に豊富な構成要素であり、体内の蛋白質の約30%を示す。

・コラーゲンの型

-最も重要なコラーゲンの型は、Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型、Ⅳ型である。これらが全てのコラーゲンの約95%を占めている。Ⅰ型コラーゲンはこれらの95%のうちの約80%を占める。

・コラーゲンの構造

-コラーゲンは、基本的に3つの長い蛋白質連鎖(ポリペプチド)で構成されており、各々が左巻きの螺旋構造を有している。これらは“αヘリックス”とよばれる。

コラーゲンは500~1,000㎏/㎠という鋼よりも強い抗張力を有するが、このコラーゲンの安定性は生理的なクロスリンクに依存している。生理的なクロスリンクはコラーゲン分子内の個々の蛋白質連鎖の間に存在しており、結果としてコラーゲン分子が互いに結びつく。クロスリンクの発生、特定のアミノ酸の生化学架橋の結果である。そしてクロスリンクの形成にとって重要な成分の1つがビタミンCである。

・コラーゲン網状組織の構造

コラーゲン細線維とコラーゲン線維から形成されたコラーゲン分子の三次元組織は、機械的ストレスに対して適切に調整する。組織の形状の変化は、電気電圧の変化につながる。分子は組織の体系に編成するために、この圧電性活動を利用する。

ストレス(応力)が常に同じようにかかっている場合、コラーゲン線維は常にその力の方向に応じて向きを合わせ、結果として平行に走行することになる。この場合、緊張した結合組織がその形状に関連する。このように形成された結合組織は、腱、靭帯、腱膜などに発生する。

ストレスが常に色々な方向からかかっている場合、結果として織り交ぜられた格子状になる。これは、まだ形をなさない緊張した結合組織として知られている。これは関節包、筋膜、神経内、筋内の結合組織にみられる。

-基質は交差したコラーゲン線維の間にみられる。線維は水が結合することによって、互いに摩擦なく動くことができる。

基質が減少するといった病理的状況では、コラーゲン線維は互いに接近し病理学的なクロスリンクを形成する。このような病理学的な連結は、コラーゲン網状組織の広がる能力を低下させる。

-組織内の病理学的なクロスリンクを緩めるために、セラピストは間欠性の伸展刺激を用いて移動性をもたせる。この刺激は線維芽細胞を刺激してコラゲナーゼ(病理学的なクロスリンクを再び壊す酵素)の合成を増やす。

エラスチン線維

・エラスチン線維は主に疎性結合組織、弾性軟骨、皮膚、血管壁、腱、靭帯内にみられる。

基質

・基質はGAGs(グリコサミノグリカン)、およびPGs(プロテオグリカン)と凝集体からなる。GAGsは細胞内と細胞外空間の両方に存在する。PGsとPG凝集体は、細胞、コラーゲン線維、エラスチン線維と結合し、それ自身を水に結合する。

・機能

PGs(プロテオグリカン)とGAGs(グリコサミノグリカン)は、コラーゲン線維とエラスチン線維、細胞と水を結合することによって、結合組織を安定させる。

PGsとGAGsはまだ形を成さない組織に作用する力を吸収し、過度のストレスからコラーゲン網状組織を保護する。

-基質は中心部にある軟骨、椎間円板などにかかる圧縮力を吸収する。

PGsとGAGsにかかる強い負の負荷は、水の結合する能力をもたらし、その粘弾性によって組織は元の形に戻ることができる。結合した水によって、コラーゲン線維は摩擦なく互いに動くことができる。同時に、蓄えられた水は栄養や老廃物の輸送経路としても機能する。

-PGsとGAGsは弾性と安定性を有しているだけでなく、バリア機能と保護機能を有している。

非コラーゲン・蛋白質

・リンク蛋白質は、非コラーゲン・蛋白質とよばれる。リンク蛋白質の主な役割は、コラーゲン線維を細胞膜に結合することである。

・人体の60~70%は水である。このうち、約70%は細胞内、約30%は細胞外に存在する。細胞外の水の約67%は間質液として細胞間に存在し、最高で約20%は血管の血液成分である。残りの13%は脳脊髄液、神経系の軸索原形質液、眼、関節、腹腔内などの細胞に存在する。

・水は輸送手段や溶媒として機能し、摩擦の軽減し、熱緩衝剤として機能する。

・水は酸化と還元が可能である(体内の化学反応の99%は水を必要とする)。

・水は組織に容量を与え、機械的機能を有している。

疼痛に起因する交感神経反射活動の増加によって灌流が減少した場合、筋膜の液体の生成が減少する。そして次に可動性が損なわれ、制限が増加する。

要約

マトリックスは非常に強い機械的な力から保護する。

・コラーゲン線維とエラスチン線維から成る網状組織と基質への力は、リンク蛋白質を経て細胞膜へ伝達される。これらのシグナルは細胞を刺激し新しいマトリックス成分を合成する。これはマトリックスの生理学的な分解を調整し、組織の安定性と可動性を維持する。

負荷や刺激の減少は細胞の合成活動を減少させ、マトリックス成分の喪失につながる。これにより、病的なクロスリンクが形成され、低レベルの安定性や可動性の制限が生じる。

・セラピストの重要な任務は、治療と再生過程を促進して、可動性と安定性を回復するために疼痛を引き起こすことなく、徐々に増加する力の大きさに適用させていくことである。

4.4 筋膜の特性に関するpHと他の代謝因子の影響

pH調整と筋膜組織への影響

細胞内と細胞外のpHは、体内のすべての生化学反応の重要な決定因子の1つである。

・pHはラテン語のpotentia Hydrogeniiと関係があり、酸性の強さ、つまり陽子(プロトン)である水素イオン濃度を表す指標である。

・身体の器官、免疫系、凝固および他のすべての系は、最適なpHである特定の環境で機能する必要がある。

・血液の正常pH値は7.36~7.44と狭い。7.0より低いあるいは7.7より高い病態生理学的状態になると、ヒトは臓器不全により死亡する可能性が高くなる。

腎臓と肺は、血液中の緩衝成分に作用することによって、血液をpH7.4に維持するために共同で働く。

筋膜機能へのpHの影響とは?

・『これまでに筋膜機能に対するpHの影響を検討した十分な研究はない。しかしながら、Pipelzadehらはラットの背面下部の浅筋膜を用いた実験を行った。彼らはクレブス液(pH6.6)を含んだ乳酸を浅筋膜に還流させると、アデノシンもしくはメビラミンによって誘発されることを示した。(Pipelzadeh & Naylor 1998)。対照的に、アルカリ性の状態は筋線維芽細胞における作動薬誘導性の収縮に影響をおよぼさなかった。本研究は、サンプルサイズが小さいということと、追加の調査によってまだ結果を検証していない(反証をあげていない)ということに留意する必要がある。しかしながら、著者らは、このpH現象は、成長因子や他の因子と比べて創傷収縮や治癒の重要な因子になる可能性があると結論づけている。』

“pHってなんだ?”
“pHってなんだ?”

画像出展:「東邦大学医療センター

東邦大学医療センター 大森病院 臨床検査部さまのサイトにpHに関して、分かりやすい説明が出ています。

なお、画像は大塚将秀先生の『Dr.大塚の血液ガスのなぜ?がわかる 基礎から学ぶ酸塩基平衡と酸素化の評価 学研メディカル秀潤社2012』からです。

 

●成長因子

・コラーゲンは腱の線維芽細胞で生成される。張力の主な方向に沿って並列に配列される。

・腱の線維芽細胞は腱を維持するために重要な役割を担っている。恒常性の変化に適応し、腱組織に障害がある場合に再構築を行う。

・線維芽細胞は重要な機械受容細胞である。

・コラーゲン合成を刺激するいくつかの成長因子は、機械的負荷に反応して発現する。最も重要なのは、トランスフォーミング増殖因子-β1(transforming growth factor-β1:TGF-β1)、結合組織増殖因子(connective tissue growth factor:CTGF)、インスリン様成長因子(insulin-like growth factor-1:IGF-1)である。

・靭帯では負荷により誘発されるコラーゲンⅠ、Ⅲ型の発現は、TGF-β1活性が影響すると考えられている。

●レラキシン

・レラキシンは二量体のペプチドホルモンであり、ペプチドのインスリンファミリーと構造的に関連している。これは、ほぼ80年前に発見された。おもに妊娠中の卵巣および胎盤で生成されて、当初は妊娠ホルモンとみなされていた。そのレラキシンはコラーゲンのターンオーバーにおける重要な介在物質であり、いくつかの器官を線維症から保護しているというエビデンスが提示された(Samuel et al. 2005a,b)。そして、レラキシンは将来の抗線維化薬剤として浮上している。慢性炎症に伴う線維化によって生じる筋膜拘縮の薬剤となる可能性がある。

●コルチコステロイド(副腎皮質ステロイド)

・『コルチコステロイドはコラーゲン産生を抑制することでデコリン遺伝子の発現を減少させ、腱細胞の増殖および活性を阻止する可能性がある(Chen et al. 2007)。そのうえ、コルチコステロイドの注射後、腱治癒のために重要な腱細胞の移動が遅延する(Tsai et al. 2003)。腱細胞の代謝に対するこのようなコルチコイド関連の障害は、腱の構造的健全性に影響をおよぼし、その機械的特性を弱める可能性がある。』

4.5 筋膜組織における流体力学

・間質液中の塩分(NaCl:塩化ナトリウム、KCI:塩化カリウム、CaCl₂:塩化カルシウム)と海水の塩分の濃度比率がほぼ同じである。我々の細胞は間質液の海の中にあるゲル状構造を泳いでいるようなものである。

・結合組織は、細胞(線維芽細胞と白血球)、間質液、線維(コラーゲンとエラスチン)とマトリックス分子(糖蛋白質とプロテオグリカン)からなる。

・間質液は栄養素、老廃物、伝達物質を輸送するための空間をつくり、実際に細胞外領域と細胞内領域の間の恒常性を促している。

・リンパ系では供給物を間質液の海の外へ濾過し、静脈系に排出する。

・機械的情報伝達の機械的シグナルは、細胞核や他の細胞小器官に伝達されており、遺伝的な“調整”を可能にしている。

間質液の特性

・水の構造は完全に理解されていない。水は小さな分子で形成され、非常に汎用性がある。Szent-Gyorgyi(1975)は、水を“生命のマトリックス”とよんだ。そして水は複雑で緻密、かつ必要不可欠な方法で細胞と分子に相互作用する。

・水分子は強固な水素結合によって、20の表面をもつ“正二十面体”を構築しているようにみえる。しかし、水は静止していない。水素結合はフェムト秒からピコ秒の周期で絶えず成形と破壊を繰り返している。水分子の再配列は超高速である。

・水分子は水素結合を壊すことなく、膨張した形態と崩壊した形態に変形することが可能である。

間質液の形態学的な質

・細胞マトリックスの分子と線維は、間質性のゲルの特性を左右する。

・線維芽細胞、マトリックス分子、酵素、酵素阻害剤は結合組織のゼラチン基質の組成を調整する。

・間質性マトリックスの組成は、結合組織の機械的性質と同様に、毛細血管と実質細胞の間の栄養素と老廃物に対する輸送を左右する。

細胞間の伝達媒体としての間質液

・マトリックス分子のように、コラーゲンと水分子の両者は導電特性と分極特性を有しており、分極波が可能である。

・陽子は電気信号が神経によって伝導されるより非常に速く、コラーゲン線維に沿って“跳ぶ”ことができる。

・水分子は双極子を構成するので、水の流れはエネルギーと情報の流れを意味する。

結合組織の伝達の手がかりには、多くの要素があると考えられる。

1.機械的:線維、マトリックス分子、水分子のジオメトリー(幾何学的配置)によるコラーゲン網状組織のテンセグリティー構造。

2.電気的、電磁的:溶解物質のイオンの電荷のある電子伝達、水架橋、水素結合、生体分子の疎水性および親水性の特性。

3.化学的:ホルモン、ニューロン、免疫、修復と成長の特性、そして機能を有するアミノ酸、炭水化物、脂肪酸の相互作用、間質液の流れは生化学的機序を可能にする重要な推進力である。

4.エネルギー的:結晶水は信号を伝達し、情報を流すことが可能である。

経絡≒ファシア10

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

3.6 皮下および腱上膜組織の多微小空胞滑走システムの作用

力学的観察

・多微小空胞コラーゲン吸収システム(MVCAS:multimicrovacuolar collagenous absorbing system)は、腱とその周辺組織とのあいだに位置する。

MVCAS:多微小空胞コラーゲン吸収システム
MVCAS:多微小空胞コラーゲン吸収システム

画像出展:「膜・筋膜」

 

生体内微小解剖観察

・多微小空胞コラーゲン吸収システムは、何十億もの動的な、微小空胞、多方向性フィラメントからなる連結構造としてみなすことができる。

・多微小空胞コラーゲン吸収システムは、絡み合いながら空胞形状を取り囲む仕切りを作り、分散して編成し、フラクタル(次元分裂図形)で、偽性幾何学的な特徴を有している。

微小空胞の観察

・微小空胞は数~数十μmの直径をもち、数μm~数mmの長さまで変化する。このように、全体としては無秩序で混沌とした外見を与える。空胞は種々の方向にいくつかのレベルで編成されており、そのパターンは偽性幾何学的、多角形、二十面体となる傾向がある。

・階層的に配列されフラクタルの形状をとり、いくつかの部分的なサブユニットにわたる可能性がある。 

MVCASの電子顕微鏡像
MVCASの電子顕微鏡像

画像出展:「膜・筋膜」

 

動的役割の外観

・多微小空胞コラーゲン吸収システムは、構造機能に応じて異なっているようである。

・コラーゲン枠組みと内部の空胞隙は形状と安定性を与えている。

・ゲルは、容量は一定のままで運動中の形状が容易に変化することを可能にする。構造がより長い距離を移動すればするほど、空胞はより小さく高密度になる。

・微小空胞構造は形態の一貫性を有し、多くの形状をとることが可能であり、それが受ける物理的制約に適応し、最初の位置に戻ることを可能にする形状記憶を有している。

・コラーゲン枠組みの主要な役割は、その周囲で何かを動かすことなく構造が自由に動けることを確認することである。

・全体の立体配置は非常に効率的であり、熱力学的エネルギー保存とともに大きな機械的強度と軽さが組み合わされ、簡単に変形し摩擦を減少させる。 

コラーゲン性ゲルの機械特性
コラーゲン性ゲルの機械特性

画像出展:「膜・筋膜」

 

・多微小空胞コラーゲン吸収システムは、その中に包埋される構造の栄養にとって重要であり、血管やリンパ管のための枠として作用する。

外傷と脆弱性

・多微小空胞コラーゲン吸収システムの反応性と弾力性は、病状(浮腫、外傷、炎症、肥満、加齢など)に応じて変化し、それらすべては微小空胞の形状において、識別可能で固有の変化を生みだす。浮腫はさらなる膨張と運動を制限している原線維の離開以外では、いかなる器官の組織も破壊することなく空胞内圧の増加とコラーゲンの膨張によって適応する。浮腫の縮小に応じて原状回復が行なわれる。 

MVCASと生理病理学
MVCASと生理病理学

画像出展:「膜・筋膜」

 

・開放性の外傷は、多微小空胞コラーゲン吸収システムの精密な相互作用を無効にする。出血、浮腫、充血は機械的なバランスを乱し、滑走システムは抵抗に対してより多くの力を必要とするため、運動は困難になる。組織は直接的な外傷および運動の欠如から癒着したようになり、さらに可動性を乱す。

・炎症は原線維の断裂によって、空胞内圧の増加を引き起こす。そして、小さな多くの空胞を生成し、完全に運動を混乱させる。そして、外傷反応と同様に組織は破壊され、原状回復は決して得られない。その結果として、永続的な機能的な後遺症が残る。

・肥満によって空胞内のグリコールと脂肪細胞の置換。空胞と線維の膨張の両者が始まる。この段階はゆっくりで体重減少することでまた元の形状にもどると考えられる。第2段階では空胞は極度に膨張し、線維の膨張はさらなる脂肪細胞によって次々に満たされ、身体形状を変化させ多くの空胞に形質転換を生じさせ引き裂いてしまう。

・加齢は多微小空胞コラーゲン吸収システム内部のプレストレスにおける局所の運動よりも、むしろ重力が優位となり、人の組織内部の力の物理バランスへの緩徐性および進行的な変化を意味する。

MVCAS(多微小空胞コラーゲン吸収システム)とグローバル化

MVCASは身体の至るところに起こると考えられる。そして、それは構造が内部の制限や外部の環境のどちらにも適応することを可能にする。

身体の全体構造は巨大コラーゲン・ネットワークとみなされるが、遂行すべき役割と耐えなければならないストレスに応じて変わる。

結論

・MVCASのすべての要点は、生体内ネットワークの基礎単位となり、種々のレベルで機能し以下の3つの主要な機械的役割を遂行することである。

1.高い適応力と省エネルギー法で、どんな機械的刺激にも反応すること。

2.構造を保護し、作用のあいだに情報を提供し、その最初の形状に跳ね返ること。

3.さまざまな機能単位の相互依存と自律性を保証すること。

パート4 筋膜組織の生理学

4.1 膜・筋膜の生理学

運動器官の結合組織

体性機能障害は疼痛、関節の可動性の問題、他の組織(皮膚、皮下組織、筋膜、靭帯、筋など)の変化として現れる。これは損傷に起因する結合組織の変化が、主に影響を受けた構造に限定されず広範囲に及ぶということを意味する。

・全身の生理機能は疼痛の結果として変化する。神経内分泌系の活動と内臓の機能は変化する。

・筋緊張、自律神経系の活動、覚醒-睡眠リズム、そして少なからず行動と行為も、疼痛の結果として変化する。

構造と機能

・徒手療法に関連する結合組織は、硝子関節軟骨と未発達で緊張した線維性結合組織である。後者は関節包、筋膜、筋内、神経内の結合組織にみられる。

網状組織はコラーゲン線維によって構成され、これらは種々の方向に緊張して変形するので網状組織が生じる。そして、これらの構造に特有な可動性を生みだす。網状組織で交差したコラーゲン線維の間に、病態生理学的状況下で更なる連結(病的クロスリンク)が発生する可能性がある。これらは網状組織の可動性を減少させ、関節包の縮小や筋の短縮に至る。

・未発達で緊張した線維性結合線維は、腱、靭帯、支帯、腱膜などにみられる形成された結合組織とは明確な違いがある。後者の組織は常に同じ方向で緊張させられるため、コラーゲン線維は各々と平行に走行する傾向がある。

・結合組織は細胞と細胞外マトリックスからなる。細胞膜は機械的安定性を持たないので、細胞は機械的ストレスから保護するための細胞外マトリックスを形成する。

牽引または張力負荷vs圧力

・組織に掛かる力が主に牽引である場合、結果として線維芽細胞はⅠ型コラーゲン線維と、ほんの少量の弾性線維と少量の基質を生成する。基質はコラーゲン線維間での運動中の摩擦を減らし、水の貯留によって組織の拡散を可能にするのに役立つ。

関節包に障害がある場合、組織または細胞を徐々に増加する伸張(疼痛を伴わない頻繁な動き)を加えるべきであり、それによって関節包本来の構成や安定性を得ることが可能になる。一方、関節軟骨あるいは退行変性がある場合は牽引ではなく、圧迫によって生理的な力に適用するような治療を行うべきである。

生理的刺激

椎間板の損傷(通常は牽引に対する線維輪の病変)の後であっても、生理的ストレスを治療に含むべきである。これは屈曲や回旋動作を行うべきであるということである。しかしながら、実際は再生のために重要なこの刺激は禁じられている。

創傷治癒と徒手療法

・組織に対する刺激の種類は、組織学と生理学から知ることができるが、生理学的に必要な力・負荷・刺激の強さについては創傷治癒の段階によって異なる。

創傷治癒は3つか4つの段階に分けられる。

創傷治癒
創傷治癒

画像出展:「膜・筋膜」

 

炎症期

炎症期は通常5日間続き、血管期(外傷から2日目)細胞期(外傷から3~5日)に分けられる。通常、組織では受傷後すぐに出血が起きる。この出血は、血管期に凝固および創傷治癒の過程を開始させる重要な物質を放出する細胞を活性化する。

その後の細胞期では、移動性の線維芽細胞が周囲から損傷部位に遊走する。同時にこれらの線維芽細胞は創傷収縮を促進して、創傷を安定させる役割を果たす。

両方の期(血管期、細胞期)において、機械的な組織への応力による治療より、さらなる出血を回避することが重要である。

・運動と荷重は疼痛を伴わず運動できる範囲に限定されるが、患者の的確な疼痛認知が大前提である。

増殖期

増殖期(5日目から21日~28日)では、細胞期に始まったマトリックス合成が強化される。

・創傷閉鎖はⅢ型コラーゲンの網状組織によってなし遂げられる。このⅢ型コラーゲンは比較的薄くて、組織の機械的安定性には関与しない。

Ⅲ型コラーゲンの網状組織が本来の組織にもどるためには、創傷治癒のこの期に正常な生理的応力を受けなくてはならない。

・腱、靭帯、半月、椎間円板といった灌流の乏しい組織では、増殖期が6週間まで続くと考えられるため、セラピストは荷重負荷量に注意しなければならない。

硬化期

再建期の最初の60日間が硬化期(21日~28日目から60日間)とされている。

再建期(再構築/成熟期)

増殖期終了後に創傷がⅢ型コラーゲンで閉じられると、再建期(21日~28日目から360日間)が続く。

・不安定なⅢ型コラーゲンが安定したⅠ型コラーゲンに再建されるためには、組織に対する応力を徐々に増やすことが求められる。

創傷治癒の条件

・薬物

生理的な創傷治癒の出発点は炎症である。

論理上、炎症を抑制したり除去したりする薬物は創傷治癒にとっては逆効果である。特に腱、靭帯、付着部は血管分布がわずかであり、出血もほとんどなく炎症は軽度である。しかしながら、創傷治癒後の予後は悪い。創傷治癒に対する抗炎症薬の負の影響は、すでに多くの研究で証明されている

-基本的な治療は深部摩擦である。組織へ刺激を与えることによって炎症伝達物質の放出が増加し、灌流と創傷治癒を改善する。

鎮痛薬は創傷治癒の阻害要因となる。特に患者自身の治癒力が隠されてしまうため、生理的応力の限度を超える恐れがあり、新たな損傷を引き起こす可能性がある。また、損傷治癒過程は炎症期を繰り返すことで停滞してしまう。

・栄養

-結合組織は主に蛋白質で構成されるため、栄養として蛋白質を摂取することは非常に重要である。

動物性蛋白質は酸を産生するので、間質のpH値を低下させて問題となる。pH値が6.5以下に減少すると、線維芽細胞は正常な合成機能を行うことが難しくなり、結果として、組織は退化し治癒は進まない。

脂肪については不飽和オメガ3とオメガ6脂肪酸が重要である。損傷後に重要となるプロスタグランジン2はオメガ6脂肪酸から生成される。オメガ3脂肪酸はプロスタグランジン1と3の形成に関わる。この1と3はプロスタグランジン2に拮抗して炎症を抑える。

-ビタミン、ミネラル、微量元素は結合組織の安定性のためにも不可欠である。これらの物質はコラーゲンで結合する架橋を安定させる。

・灌流

-組織の灌流は非常に重要であるが、組織灌流に最も悪いのは、喫煙、アテローム動脈硬化症、交感神経反射活動の増加である。

・ストレス

精神的ストレスはコルチゾールなどのストレスホルモンの放出量を増加させる。コルチゾールはコラーゲンの合成を阻害し、治癒と再生を遅延もしくは阻害する。

-交感神経反射活動はストレスによっても増大する。

・内臓

-消化には咀嚼が重要である。また、食事中の飲水は胃液を希釈化してしまい、小腸に完全に消化されていない小片を送ることになる。これにより小腸での栄養素の摂取は減少する。

非ステロイド系抗炎症薬を服用している場合、胃および小腸の粘膜は弱くなり、栄養素の摂取が制限される。

解毒器官は肝臓、大腸、腎臓、肺、皮膚である。解毒過程には水が重要であり十分な量の水の摂取が必要となる。

・免疫系

-免疫性の低下は栄養失調、大腸の機能低下、頻回は抗生物質の摂取などにより進行し、炎症の慢性化などにつながる。

4.2 膜・筋膜は生きている

筋膜の細胞集団

・細胞は筋膜組織の体積量のわずかであるが、筋膜組織の体系や硬さを調整する重要な役割を担っている。特に線維芽細胞とその系統に付属する細胞は筋膜にとって最も重要な細胞系統である。

・線維芽細胞は細胞マトリックスの大部分(大量に含まれている水を除く)の成分の前駆体を分泌する。さらに、組織を分解する際に役立つコラゲナーゼ様の酵素の前駆体を分泌するので、それらの組織の損傷回復において重要な役割を担う。

通常、筋膜にはマクロファージ、肥満細胞や若干の散在性リンパ球のような免疫細胞がわずかに存在している。肥満細胞はヒスタミンやヘパリンが豊富な顆粒を含んでおり、炎症過程で重要な役割を果たす。肥満細胞が活性化されると、速やかに顆粒を基質に放出して、血流と免疫防御を活性化する。

・単胞性肥満細胞は筋膜組織のせん断とすべり運動が頻繁に生じる領域、特に疎性結合組織に豊富に存在する。また、張力負荷に加えて頻繁な圧にさらされる足踵部のような領域にも存在する。

・脂肪細胞はエストロゲンだけでなくペプチドやサイトカインを分泌し、これらにより、食欲調節、インスリン/グルコース調節、血管形成、血管収縮、血液凝固に影響し、体内において炎症促進性の状態を発現させる。

・肥満は大部分が肥満細胞のペプチドやサイトカインを通して引き起こされる。

・美容外科による脂肪吸引は、局所的および全体的な生理機能を乱すと考えられている。従って、体内の他の内分泌器官を部分的に除去することと同じように注意が必要である。

筋膜の緊張性

ヒトの下腿の深筋膜を対象とした実験において、平滑筋様細胞の存在が証明され、その周辺に交感神経線維が存在することも発見された。これにより交感神経の活性化と筋膜の緊張調節の間には潜在的に緊密な関係があると考えらえる。

・緊張筋の硬さの増加は筋周膜の筋線維芽細胞の密度の増加と関係があると考えられている。

・全身の関節可動性と組織の硬さは、筋膜の筋線維芽細胞の密度に影響されている可能性がある。

線維芽細胞の収縮から組織拘縮へ

・大部分の筋線維芽細胞は、通常の線維芽細胞から発達したものであると考えられている。この移行は機械的緊張の増加や特定のサイトカインによって生じる。 

筋線維芽細胞分化の2つの状態
筋線維芽細胞分化の2つの状態

画像出展:「膜・筋膜」

 

筋線維芽細胞は創傷治癒の過程で重要な役割を果たしており、多くの病理学的な筋膜拘縮、例えば、肥厚性瘢痕や凍結肩などとも関与している。

・筋線維芽細胞は高密度のα平滑筋アクチン張力線維束を所有しているため、通常の線維芽細胞の4倍の収縮能力がある。

筋膜収縮力の調整

炎症性促進性の生化学的環境が筋膜硬化の増加を促進する傾向があると考えられている。

自律神経系との相互作用

・心理的ストレスや不安といった交感神経の活性化は、免疫系のT3細胞の活性化に重大な影響をもつ傾向がある。そして、自律神経系と免疫系との間には正確な伝達経路、もしくはサイトカインによる伝達がある。この経路のサイトカインはTGF-β1であり、このTGF-β1は筋線維芽細胞の収縮に対する最も強力な刺激物質として知られている。

・下記の図は、自律神経系活性と筋膜の緊張性の間に存在する可能性のある双方向の相互作用を示している。  

自律神経系と筋膜の緊張性の間に提唱された相互作用
自律神経系と筋膜の緊張性の間に提唱された相互作用

画像出展:「膜・筋膜」

 

『自律神経系と筋膜の緊張性のあいだに提唱された相互作用。交感神経系の活性化は、TGF-β1の発現(おそらくほかのサイトカインと同様に)を活性化する傾向がある。TGF-β1は、筋線維芽細胞の収縮に刺激性の影響をおよぼし、筋膜の硬さの増加に至る。加えて、自律神経系の変化はpH値の変化を引き起こす。これは同様に、筋線維芽細胞の収縮に影響をおよぼす。』

 

 

筋膜組織への周期的振動に対する適応は?

・『結合組織は、細胞はコラーゲン格子とともに細胞培養液に包埋されると、周期的な振動を生じる傾向がある。とくにこれらは、周期的カルシウム振動と表現され、これらの振動は隣接した環境にある細胞の収縮を伴うことが示されている(Salbreux et al. 2007)。Follonierらによる研究(2010)では、互いが機械的に接触している場合、筋線維芽細胞が時間的同時発生としてそのような環境で振動する傾向があることを明確に実証した。

本研究は、観察された収縮の同期が細隙結合を経てではなく、付着結合部を経て媒介されることを証明することもできた(細胞結合は、細胞間の化学的シグナリングに特化していることに注意すること。一方、付着結合部は、筋線維芽細胞の典型的特徴である細胞膜内の肥厚である。これは細胞が細胞マトリックスのインテグリン線維を経て機械的信号を交換することにより生じる)。観察された筋線維芽細胞の振動は、99秒の周期長(標準偏差±32s)を有していた。』 

自律神経系と筋膜の緊張性の間に提唱された相互作用
自律神経系と筋膜の緊張性の間に提唱された相互作用

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

 

 

経絡≒ファシア9

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

パート3 筋膜の力伝達

3.2 筋膜の力伝達

筋膜の力伝達の筋肉基質

・筋内領域に限定される筋膜の力伝達は、筋内における筋膜の力伝達とよばれている。また、“筋膜の力伝達”は筋内膜または筋周膜の管内に作用する1つの筋線維または線維束の力伝達の際にも使用される。

筋外における筋膜の力伝達とその基質

筋膜の負荷(筋膜組織からの反力)が筋におよぶ場合、力は筋外膜を経て筋内の支質上に伝達される。従って、そのような伝達は、“筋外における筋膜の力伝達”とよばれている。そのような伝達を可能にする経路は2つある。

1.筋間における筋膜の力伝達:直接隣接した2つの筋間。

2.筋以外における筋膜の力伝達:筋、若干の筋外構造(神経血管路のように、血管、リンパ管、神経が包埋されてコラーゲンで補強された構造)、筋群間の筋間中隔、骨間膜、骨膜、一般的な筋膜の間など。

筋外における筋膜の力伝達の影響

・近位と遠位の力の違い

-加えられた筋膜の負荷によって、筋の起始部と停止部にかかる力は等しくない。

・筋およびその筋線維内の筋節長の分布

-筋膜の負荷は筋線維内で直列に配列した筋節長の分布をもたらす(連続して分布)。

-付加された力のほとんどは、能動的な筋節や筋の間質結合などによって伝わる。

・筋間における筋膜の相互作用

-筋間の機械的な影響は、筋外の筋膜の力伝達の2組の事象を介して存在している(筋から筋外の組織へ、そこから他の筋へ)。

・筋の相対的な位置は筋活動にも影響を及ぼす

-筋は一定の長さに保たれ、自然な筋膜のつながりが発揮する近位または遠位方向への腱の力を通じて機能する。

-近位または遠位方向への腱の力は、相対的な位置の変化の影響を受ける筋膜の負荷状態によって変化する。

筋の筋膜負荷の複雑性

統合された筋膜系の中で、筋群の負荷は非常に複雑である。

筋の長さおよび位置の変化によって、筋膜網の負荷の方向が変化する可能性がある。

筋の筋膜負荷は身体分節のすべての筋から生じている可能性がある。

隣接した分節における筋間の筋膜の力伝達は、身体分節をめぐっている神経血管路の硬さにより生じている可能性がある。

考慮すべきさらなる要因

・関節運動

-関節運動は筋膜の構成要素の硬さに影響する。

-神経血管路の張力は関節の位置に依存している。

・感覚器の機能的な影響

3.3 筋膜連鎖

以下に示すモデルは神経学的、生理学理論を組み合わせた各筆者の個人的経験に基づいている。それらに共通していることは、全体として機能する1つの単位である運動系と筋膜組織を示していることである。そして、その機能を遂行するために、筋群には安定した基礎がなければならない。この基礎は他の筋群により与えられ、更に他の筋群などによって支持されている。

Kurt Tittel:筋スリング(筋索)

・Kurt Tittel博士は協調運動を起こす筋群の協力を説明するために、“筋スリング”という用語を使用している。

・筋連鎖はスポーツ活動で活発になる。

・様々な運動による筋連鎖の活動は筋に変化や適応を生じさせる。

・博士の筋スリングはスポーツ活動を例として言及されている。

・対角線での筋スリングは、運動やサッカー、テニス、やり投げ、砲丸投げなどの広範囲にわたるスポーツのために非常に重要である。

Kurt Tittelの筋スリング
Kurt Tittelの筋スリング

画像出展:「膜・筋膜」

筋スリングはスポーツ時に活動する筋連鎖を示している。

 

Herman Kabat:固有受容性神経筋促通法(PNF)

・Margaret Knott, Dorothy Voss, Herman Kabat博士らは、共同でポリオ患者の麻痺筋に対する治療法を発展させた。この方法の特殊性は筋連鎖に麻痺筋を統合させるという考え方である。患者は、弱いもしくは麻痺した筋を含めた特別な運動パターンを形成する手助けをされることになる。

・Kabatのモデルの興味深い点は、より強い筋連鎖に弱い筋を統合し、神経学の原理を尊重しつつ運動パターンを実行していくことである。焦点は筋連鎖の活性化にある。

Leopold Busquet 

Leopold Busquetは筋骨格系がどのように内臓障害に順応するかについて述べている。

Leopold Busquetは静的筋膜連鎖と4つの動的筋連鎖について説明している。また、内臓障害に関して2つのシナリオを紹介している。

1.『筋は臓器を適切に機能させるために十分なスペースを与えるよう活動している。

2.『臓器は支持を必要とする。または、有痛性組織は緩和されなければならない。つまり、筋は張力を軽減したり臓器を支持するといった方法で運動器系に影響するであろう。

Paul Chauffour:“オステオパシーにおけるメカニカルリンク(機械的連結部)”

・Paul Chauffourは著書であるLe lien mecanique en osteopathie(オステオパシーにおけるメカニカルリンク)において、人体の筋膜を非常に明確に説明している。特に筋膜の付着に注目している。

・Paul Chauffourは人体の4つの主要パターン(屈曲、伸展、前方ねじれ、後方ねじれ)で、運動器系の性質を述べている。

Richter-Hebgenモデル

筋は必要に応じて姿勢を順応させ、できるだけ痛みのない方法で身体を機能させるために、緊張や圧迫を回避しようとする。

・病理学的に優位な筋連鎖は、その筋連鎖自身が運動器系に負担をかけている。

・筋緊張のバランス不良は、側弯、胸椎後弯腰椎前弯などの不良姿勢の原因になる。

筋バランスを正常化することで、緊張は減少して血流やリンパの流れが改善する。そして治癒過程を可能にする。このモデルは、以下の前提に基づく。

1.身体のあらゆる半分は、屈曲連鎖と伸展連鎖をもつ。

2.2つの運動および姿勢パターンがある。

■屈曲+外転+外旋

■伸展+内転+内旋

3.身体はいくつかの運動単位に分割される。これらは機能的および神経学的に説明される。

4.屈曲と伸展は1つの運動単位から次へと交替し、“筋スリング”もしくは連珠系を形成する。

5.後弯と前弯は屈曲連鎖と伸展連鎖の両方の異常な優位性の結果生じる。側弯は屈曲または伸展連鎖の優位性、そして拮抗筋の反射抑制(拮抗筋抑制と交差性伸張反射)の結果である。

6.不良姿勢の原因は、神経学的機能不全の結果としてのバランス不良である。静的障害、器質的機能不全、身体的外傷、情動的外傷は、髄質への感作と結果として生じる筋のバランス不良につながる。

7.筋膜構造は常に連鎖として反応し、それゆえ全体として反応する。優位なパターンは、頭蓋と内臓領域に続いており、器質的あるいは頭蓋機能障害を引き起こす可能性がある。

3.4 アナトミー・トレインと力伝達

序論-メタ膜として細胞外基質

身体は常に何か活動しており、受胎から連続的に調和を保ちながら常に一緒に機能してきたということを深く理解し、臨床の際に心に留めておくべきである。

・『発生学的な発達が約14日で始まると、細胞が増殖し分化するにつれて、それらが細胞外基質(extracellular matrix:ECM)を作る。この繊細な網のような細胞間ゲルは、ほとんどの細胞、線維の混合比率変化、にかわ状のプロテオアミノグリカン、そして多様で循環代謝物質、サイトカイン、ミネラル塩を含む水の当面の環境を供給する。多くの結合組織でほとんどの“組織”容積を供給しているのはこの細胞外基質である。というのは細胞が骨、軟骨、靭帯、腱膜、その他の部分を形成するために細胞外基質を変化させるからである。

細胞外質は細胞自身とともに成長し、それらは細胞外基質によって結合し、接続し、ともに保持する1つの有機体を形成する。細胞外基質は細胞膜へ深く結合しており、細胞表面の何百または何千のインテグリン結合を経て細胞骨格へと通じている。細胞外からの力は、細胞の内部に作用するため、粘着性結合を経て伝達される。』

結合組織細胞は細胞外基質の働きを助け維持する。

・細胞外基質は生物のために“メタ膜”として作用し、生体の限界をつくりだし、動きを抑制および管理し、繊細な組織を保護し、そして認識可能な形状を維持している。

分割不可能なものの分割

・細胞外基質は3つに分けることができる。

1.背側腔の組織:多数のグリア細胞、脳と脊髄周囲の髄膜、そして身体の残りの部分への神経周囲の拡張。

2.腹側腔の組織:臓器を分離し、腸間膜、縦隔、腹膜を含む体壁を保持する索、シート、包。

3.運動器系の組織:骨、関節、関節包、靭帯、筋膜、腱膜、そして骨格筋を取り囲んでいる全ての組織(筋内膜、筋周膜、筋外膜、そしてそれらの腱拡張)

・細胞外基質は統合されているため、分割は明確なものではなく、始まりも終わりも不鮮明である。そして、機能的にはそれらは全て互いに関与している。

筋の分離

・解剖学者にとって便利な分類である筋は、明瞭な生理的単位なのかどうかという点には疑問が残る。

・筋の神経支配単位は有用な分類かもしれない。もしくは、より大きなパターン(後述)が、人の動きや機能的安定性に関して重要であると考えられる。

・損傷のような全身の機能不全の原因として、筋や特定の筋膜に注目するのではなく、機能全体や外層内の相互結合パターンに注目する。

アナトミー・トレイン

アナトミートレインは筋膜の外層を通じて、機能的な力伝達の経路を説明する。 

アナトミートレイン
アナトミートレイン

画像出展:「膜・筋膜」

右をクリック頂くと、”Anatomy Trains”のサイトが表示されます。

 

・筋膜連結には明瞭で解剖可能な整合的なラインがある。このラインは身体前面、背面、側面、体幹とアーチ下の周囲、腕に沿っており対側の肢帯と連結して下肢と体幹の中心を通る。

・ラインには関与する膜および筋膜の軟部組織構造がある。

・ライン上にある個々の筋の付着部は、アナトミートレインでは“ステーション”とよばれている。

・ラインは連結部で骨膜や靭帯の“インナーバッグ[二重構造の内側] ”と結合される場合であっても、力伝達は筋付着部を超えて筋膜を経て続くが、力伝達の程度、タイミング、明確な機序はまだ測定されていない。

・アナトミートレインのラインを越えて伝わる力の伝達の程度は、科学的に検証されておらず、定量化もされていない。

・アナトミートレインは治療法ではないが、理学療法、リハビリテーション、徒手療法、トレーニングにおいて様々なアプローチがなされている。

・『足趾先から乳様突起に至って身体を上行している浅前線は、驚愕反応のような慢性的恐怖感によって短縮していることがよくある。科学的に検証されていないが、このパターンはわかりきったものとして多くの場合、観察される。そして、強いもしくは慢性的な恐怖感情は、浅前膜の筋(そして筋膜)に短縮として現れ、身体の姿勢および運動パターン構成のなかで識別可能な特徴を残す。』 

驚愕反応
驚愕反応

画像出展:「膜・筋膜」

右をクリック頂くと、”Anatomy Trains”のサイトが表示されます。

 

・上記のパターンの場合、浅前線の組織を伸張させ開放することは、効果的な治療となる。一方、全身的、全節性を考えない局所だけの治療では、改善は短期的なものになりがちである。

・『浅後線は、胎児の一次弯曲から、一次および二次弯曲のあいだでバランスが関与する成人の立位へと成長させるために短縮して強くならなければならない。この発達過程の障害は、一次および二次弯曲のあいだでインバランスに帰着する結果である。  これらのインバランスは、次々に筋の代償を慢性化する方向へ身体を導いてしまう傾向がある。慢性的な筋の状態は、時間をかけて筋膜の拘縮へとつながる。』

線後線と筋膜の連続体としての解剖図
線後線と筋膜の連続体としての解剖図

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

3.5 バイオテンセグリティー

序論

・『膜・筋膜は身体の織物である。つまり身体と覆う衣服ではなく、材料としての縦糸と横糸である。筋と骨、肝臓と肺、腸と泌尿器、脳と内分泌物といったその他の組織は、膜の織物の中に縫い込まれている。膜のベッドと組織から、その他の組織をすべて取り除くと、まるで幽霊のようにではあるが、身体の構造と形状は残り明確な境界が存在する。膜系は連続しており、1つの胚細胞から生物へと階層的に進化した組織で、生体の構造的必要性に応じて常に新しい負荷に順応しているGuimberteau, J.C., Bakhach, J., Panconi, B., et al., 2007. A fresh look at vascularized flexor tendon transfers: concept, technical aspects and results. J. Plast. Reconstr. Aesthet. Surg. 60(7), 793-810

・膜は張力ネットワークである。すべてのコラーゲンは生物組織の“プレストレス”とよばれる本質的な応力を加えられている。

バイオテンセグリティーの起源

・バイオテンセグリティーが生じるためには、医学の原則により規定され、ゲノムによって影響されるいくつかの進化の構造過程がなければならない。

バイオテンセグリティーは“テンセグリティー”構造に関連した物理法則を組み込んだ構造モデルである。 

テンセグリティーモデル
テンセグリティーモデル

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

バイオテンセグリティーは、骨格はフレームであり軟部組織で覆われているという何世紀も前の概念を覆し、張力を掛けられた成分の間隙に巻き込まれ、“浮遊”圧縮成分(脊椎動物における骨)と一緒に統合された膜の織物であるという概念に置き換えた。

・生物構造(表層の張力によって接続した成分と柔軟な軟部組織)は、それらが存在するために三角構造でなければならない。もし三角形でなかったら崩れないようにするための硬直した関節か、絶え間なく続くような決して得ることのできない筋肉が必要になる。

・三角構造の中で生物学的モデリングとして最も適しているのは二十面体である。二十面体は大きい体表面積を有しており全方向性である。また、最密充填能力と内骨格および外骨格構造を有している。そして圧縮成分は外殻および構造内部のどちらにも組み込まれている。 

外骨格と内骨格の二十面体
外骨格と内骨格の二十面体

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

・以下の表は、生物学的構造特性について、レバー[テコ]力学、テンセグリティー正二十面体力学を比較したものである。 

テンセグリティー正二十面体力学
テンセグリティー正二十面体力学

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

・レバーシステムは3世紀以上にわたり標準となっていたが、生物学的モデリングに必要とされる特性とは一致しない。それに比べテンセグリティー正二十面体システムは生物学的システムに一致している。

・泡の中の気泡、蜂の巣の中の巣室のように、生物学的細胞はそれらを取り囲む圧に適応しなければならない。個々の細胞は外力に押しつぶされないようにしなければならない。

・1930年代初期に提唱された細胞内骨格(細胞骨格)は、約20年後に電子顕微鏡によって実証された。

・Ingberは、細胞骨格は細胞健全性を支持する機械的な構造フレーム枠によるテンセグリティー構造であると提唱し、これらのテンセグリティーを二十面体としてモデル化した(Ingber, D.E., Madri, J.A., Jamieson, J.D., 1981. Role of basal lamina in neoplastic disorganization of tissue architecture. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 78(6), 3901-3905)

・Wolfの法則によると、細胞骨格は押しつぶすような圧縮負荷に抵抗する方法で自身を整列配置し、細胞骨格の剛性チューブリン(細胞内の微小血管の構成蛋白質)は“骨”になる。また、Levinは同じ機序が、筋骨格系、階層的テンセグリティーの階層的進化で構築されると提唱している(Levin 1982, 1986, 1988, 1990)。

バイオテンセグリティーモデルの張力器としての筋膜

この概念の中心となる膜は、システムへの絶え間ない張力を伝えると解釈されている。

・膜はすべての生物学的組織において非線形特性を示す。非線形組織において、ストレス/過労関係は決してゼロにならない。そして、システムにおいて常に固有の張力がある。それはテンセグリティーの不可欠な構成要素である生体の緊張を整えるための“絶え間ない張力”を与える。

膜には能動的収縮要素があり、膜ネットワークは筋と緊密に結びつく。また、筋は固有の“緊張”を有し決して完全に弛緩していない。

膜ネットワーク全体は、“調整”することができる固有の緊張と能動的収縮の両者によって絶えず緊張している。

・レバー[テコ]力学と異なり、階層的テンセグリティー構造は張力と圧縮の要素だけを備えている。そこには、せん弾力やトルク、屈曲モーメントはなく、空間内の向きは構造機能に影響を与えない。運動は蝶番の屈曲ではなく、テンセグリティーの即時的な再配置は、三角網が形状と機能の安定性を与えている間、関節が自由に動くことを可能にする。

バイオテンセグリティーは情報の島々に架橋する統合された機械的な構造概念である

経絡≒ファシア8

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

2.4 侵害受容:感覚器としての胸腰筋膜

序論

胸腰筋膜には広背筋および腹筋群を脊柱と腸骨稜につなぐ機械的役割があると考えられている。それは、頭側は頭蓋骨まで、尾側は下肢の筋膜まで続く、実際には胸腰筋膜は広背筋を殿筋群に連結し、それにより機能的に上肢と下肢を連結している。

・他に4つの機能がある。

1.動作中の摩擦を軽減するために筋周囲に鞘[筋鞘のこと。骨格筋繊維を包む細胞膜]を形成する。

2.心臓への静脈還流の促進。

3.筋が付着する外骨格を構築する。

4.血管と筋を機械的損傷から保護する(例えば、上腕二頭筋腱膜や手掌腱膜、足底腱膜)。 

2.5 全身伝達システムとしての筋膜

序論

・人体における伝達を考えるとき、通常、神経とシナプスのことを考える。では、ゾウリムシのような単細胞生物は神経機能を用いずにどのように生きている餌を捕らえ、光、音、匂いに反応し、複雑な動きを示すのか。

・哺乳類ではグリア[神経膠細胞:神経細胞と神経細胞の間を埋める、それらの保護・栄養・電気的絶縁に働く細胞である。中枢神経系では星状膠細胞、希突起膠細胞、小膠細胞、上皮細胞があり、末梢神経系ではシュワン細胞と外套細胞がある]とよばれる結合組織細胞が脳容積の約50%を構成する。グリア細胞は形態学的、生化学的、生理学的に脳を介してニューロンと影響し合い、ニューロン活動を調整し行動に影響を及ぼす。

・神経科学と筋膜の両研究において、結合組織細胞と神経細胞突起の関係の基礎をなす新しい最先端分野が誕生した。筋膜を研究している学者は、身体において最も重要な関係の1つは結合組織と神経系との関係であると思っている。

中枢神経系を構成する細胞
中枢神経系を構成する細胞

画像出展:「人体の正常構造と機能」

茶色で星状膠細胞希突起膠細胞小膠細胞上皮細胞が書かれています。

 

筋膜

筋膜は結合組織の様々な構成要素間にある任意の境界線を明確にしないという重要な特徴をもっている。

身体最大の系である筋膜系は他のすべての系と接する唯一の組織である。

・『鍼経絡系のように、筋膜は、1つの器官、統合された全体、すべての身体系が機能する環境として見られている可能性がある。筋膜への治療アプローチと鍼治療のあいだには実質的に1対1の対応がある。たとえばPischinger(2007)は、針穿刺がすべての細胞間-細胞マトリックス全体に反応を引き起こすと述べている。鍼治療に反応する状態の多様性は、近年明らかになった筋膜の特性に関する報告によって説明できる可能性がある。』 ※Pischinger, A., 2007. The extracellular matrix and ground regulation.

The extracellular matrix and ground regulation.
The extracellular matrix and ground regulation.

amazonで販売されていました。

日本語に翻訳したレビューには、次のような説明書きがありました。

『鍼治療が細胞外マトリックスをどのように調節するかについての大きなセクションがあり、心と体のつながりが探求されています。』

 

筋膜体系の調節

・“機能的圧力”(張力と圧縮力)と解剖学的構造の関係はどういうものか? その問いは筋骨格系の力学の域を超えて重要である。

・『ChenとIngberは、どのように機械的な力がその系を通して伝達し、最終的に細胞骨格と核基質に到達するのか、どこでそれらが機械化学的変換によって生化学的な転写変化を引き起こすことができるかを説明する(Chen, C., Ingber, D., 2007. Tensegrity and mechanoregulation: from skeleton to cytoskeleton. )

さらにいくつかの付加的な信号伝達機序が、“機能的圧力”と組織構造との関係を説明するために探求されている。これらの信号伝達メカニズムはそれぞれ、生体マトリックス(living matrix)および/または関連する結合組織内の水分と流体相を通して伝達するエネルギーの特定の形態に関係する。われわれは電場の役割から話を始め、光と音の運動へと進める。』 

生体マトリックス概念
生体マトリックス概念

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

・電場と圧電効果

-筋膜系のコラーゲン線維と線維束は大きな抗張力と柔軟性をもたらすと同時に、高い結晶化度を付与する平行配列に高く関連している。筋膜系に含まれる有機結晶は、アクチン、ミオシン、コラーゲン、エラスチンといった長く、薄く、柔軟なフィラメントで構成される。それらは柔軟な結晶、液晶として説明されることが多い。

-液晶のもう1つの重要な特性は圧電気である。圧迫または張力下におかれると電場を発生させる。骨、歯、腱、血管壁、筋、皮膚の変形はすべて弱い電場を生じさせるが、それは圧電効果の結果であると考えられる。

-結合組織の変形によって発生する電場が完全に圧電効果によるものかに関しては意見の相違がある。電気特性に影響しうるもう1つの機序は流動電位である。

・光

光や生物フォトン[生命を意味するbioと光子を意味するphotonの造語で、生物発光のうち非常に強度が小さい場合や、そのとき放出される光子を意味する言葉]は、身体内で発生する。そして、生体マトリックスを介して移動するエネルギーのもう1つの形態という性質がある。

現在ではヒトを含むすべての生物は非常に微弱で肉眼では感知できないが、弱い信号を数百倍に増幅する光電子倍増管で精密に測定できる光を放つことが分かっている。

-生物フォトン光の強度は1秒間に1平方センチメートルあたり数万光子である。Bischof(2005)によると、この光は約24km離れたところから見られるロウソクの光に相当する。

-生物フォトンの波長は200~800nmで、紫外線から赤外線までの可視スペクトルの範囲に当たる。なお、全く異なる特性と発生源である化学的生物発光と混同してはいけない。

生物フォトンの放射は細胞死の前に数百倍から数千倍に強度が増大し、細胞死に終わる。細胞の損傷は生物フォトンの生成を促進する。

-生物フォトン光は一定ではなく、生物のあらゆる活動性の変化に伴って変化する。

生物フォトンの生成は細胞周期中に変化し、生体の生理学的状態のあらゆる変化に影響を受ける。

『最近の研究結果によると、鍼師が行う種々の方法で点を刺激すると、生物フォトンが鍼経絡から放射されるとのことである。』Schlebusch, K.P., Maric-Oehler, W., Popp, F.A., 2005. Biophotonics in the infrared spectral range reveal acupuncture meridian structure of the body. J. Altern. Complement. Med. 11(1), 171-173

-生物フォトンの研究は1974年、ドイツのFritz-Albert Poppらの研究から始まった。現在、およそ12カ国に約40グループがあり、生物フォトンそしてPoppは長年にわたる生物フォトンの研究をGestaltbildungの概念(細胞協調と伝達)を用いて、まとめの理論と実用的応用を研究し、その技術を利用している。

-Fritz-Albert Poppは形態形成に関する疑問の答えを示した。

1.光子伝達はすべての細胞に他のすべての細胞で起こっていることを伝達する。

2.微弱光の放射は身体を組織化する。

3.放射は量子レベルで起こる。

-結合組織内の液晶領域は生物フォトンの強力な放出体とセンサーである。

ご参考:”生物フォトン”

東北工業大学
東北工業大学

バイオフォトン(biophoton;生物フォトン)とは,生物がその生命活動に伴って自発的に放射する極めて弱い自然発光です。発光強度はおよそ10-16W/cm2以下であり,ホタルなどの発光と違い肉眼では見ることのできないフォトン(光子)レベルの発光です。呼吸など生体内の様々な代謝過程におけるタンパク質や脂質等,生体構成物質の酸化反応によって生じる励起状態に由来するものであり,発光メカニズムが主に活性酸素と関連することから,生体の酸化ストレス計測に応用することができます。その発光スペクトルは可視波長域全般に及びますが,発光種や発光メカニズムに依存した特定のスペクトルパターンを示します。バイオフォトンの高感度イメージング技術や,高感度分光分析技術を駆使し,酸化ストレスの新しい定量計測法の開発を目指しています。』

科学技術振興機構
科学技術振興機構

『生体組織や細胞などから生じ、肉眼や通常の光検出器では検地できないような極めて微弱な光(生物フォトン)に着目し、その特性を精密に測定、分析する手法を探索し、生物フォトンの発光機構や役割を探求するとともに、得られた手法を用いて生物を無侵襲で計測する技術について研究しました。

研究により、世界でも最高感度の光子計数装置、2次元発光画像システムを試作しました。次いで、それらを用いてヒトの呼気や喀痰、受精前後の卵、創傷自然治癒過程の細胞・組織などから生物フォトンの検出に成功し、生体内部情報の無侵襲計測の基礎を確立しました。さらに、極微弱光の検出、測定技術を総合し、世界で初めて生体試料の光断層像(光CT)計測に成功し、生物フォトン分野を切り拓く手掛かりを得ました。』

・筋音

-収縮している筋はマイクで容易に録音できる音を出す。

-筋音図の記録は筋疲労のモニタリング、人工器官の制御、小児筋疾患の診断に利用できる。骨格筋に対し非侵襲性の携帯機器を用いて測定する。

-お風呂で仰向けになり鼻を出し、耳を水中に沈め顔面筋や頸部筋を動かすと筋音を聞くことができる。特に高感度の聴覚をもつ人であれば、身体の他の部位の随意収縮によって生じる音も聞こえる可能性がある。

重要なことは、筋収縮は組織を通じて伝達される音を生むということである。

-音や他のあらゆる形態の機械的振動は、圧電効果によって音と同じ周波数の振動電場を結晶性結合組織に引き起こす原因となる。それゆえに、電気と音という2つのエネルギー形態を考慮すべきである。

結論

・『本章にまとめられた情報は、読者に人体における非神経系のエネルギーと情報の伝達の可能性と、これらの現象における筋膜の役割の一部を伝えることを目的としている。これらの現象に対する根拠の多くは状況的である。そして、科学は法律とは異なり、状況証拠によって確定的結論には達しない。従来の測定方法は適用できないため、ここで論ずる現象を研究することは困難である。神経系とは対照的に、微小電極を筋膜に挿入したり、行われている情報処理の特性を立証したりすることは簡単にできない。著者(James L.Oschman PhD、Natures’s Own Research Association)は、筋膜系における情報処理を探求し、結果として筋膜と徒手療法に関するまったく新しい見解を得るのにそれほど時間はかからないだろうと考える。』

経絡≒ファシア7

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

1.10 横隔膜の構造

序論

・横隔膜は筋線維構造である。役割は呼吸だけでなく腹部運動と筋膜伝達に関係する。

構成

・横隔膜の高さによって、3つの部分に分かれる。

・中央部

-横隔膜中心は三つ葉のような形をした線維性の層であり、横中隔から生じて3つの小葉を含む。

-前小葉は最も広範囲でリンパ管が非常に豊富である。そして、左右それぞれに1つずつ小葉が存在する。

・末梢部

-末梢部は筋性の組織であり、横隔膜中心部から胸郭周辺領域全体へと放射状に広がる。

-前筋膜と外側筋膜という2つの重要な筋膜に区別される。

・後部

-後部は横隔膜の脚と弓状靭帯から形成される。

-横隔膜脚の右脚はL1-L3椎体とその間の椎間板に付着し、左脚はL1-L2とその間の椎間板に付着する。これらの脚は総前縦靭帯に沿って広がり、後頭骨と仙骨間の連続性を形成する。

-内側弓状靭帯はL1横突起からL1椎体へ走行する。大腰筋の前側面上で交差し、その筋膜で膜連続を構成する。

-外側弓状靭帯はL1横突起から11および12肋骨端へおよぶ。それは横の腱膜と調和し、それ自身が骨盤筋膜に沿って進み、横筋筋膜を経て腹部で筋膜の連続性を形成する。

関係と役割

横隔膜は上方では心膜、胸膜と肺に関係し、下方では右肝弯曲部、肝臓、胃の大結節、脾臓、左肝弯曲部に関係する。また、後方では十二指腸1/3、膵臓、大内臓神経と小内臓神経においても関係が認められる。

横隔膜は肺換気だけでなく、胸部と腹部を分割しこの2領域間の感染拡大を防ぐという重要な働きを担っている。さらに血行循環を促進するポンプ機能により血行動態にも関与している。

他の身体に対する相互作用

・腔内道

-横隔膜によって伝達された力は、生理学的視点として力学的に活動する機能的結合体を形成しながら、頭側および尾側へ移動する。

-尾側へ:横隔膜は胸内筋膜および胸膜に対する中継点を構成する。腹膜は骨盤隔膜を構成し、下行性筋膜連続を形成し、主として肛門挙筋および骨盤筋膜によって構成される。

-頭側へ:横隔膜は中継点である胸内筋膜と胸膜を介して肩甲帯と関連している。中央では心膜、咽頭および咽頭周囲腱膜を経由して舌骨とつながり、これを経由して頭蓋底へ至る。

・末梢道

肋骨、胸骨、椎骨などの多くの付着によって、横隔膜の収縮は頭側および尾側へ伝達する。

-吸気のあいだ弯曲は減少し、頸部から仙骨領域の脊柱全体が可動している。この伝達は主として後頭部から仙骨に走行する棘上靭帯と、横隔膜脚に沿って走行する前縦靭帯によって行われる。この靭帯は脊柱のスタビライザー(安定器)であり、呼吸を通して恒久的に動員される。

横隔膜の収縮における共同作用

・呼気のあいだ、胸内筋膜、壁側胸膜、靭帯は胸郭の垂直径を増加させ肺を満たすための固定点をつくりだす。また、この頸胸横隔膜との関連は、多くの局所構造の連続的な活性化を引き起こす。つまり、横隔膜は呼吸筋だけではなく、身体全体の活性化にも関与している。 

横隔膜の相互作用
横隔膜の相互作用

画像出展:「膜・筋膜」

矢印は筋膜連結を示しています。

 

パート2 コミュニケーション器官としての筋膜

2.2 固有受容(固有感覚)

固有受容、機械受容と筋膜の解剖

筋膜と筋膜構造は固有受容の処理過程において重要な役割を果たす。

・固有受容は神経生理学的に全身および各部の肢位と位置、方向、そして運動を感知する能力である。

・固有受容は外界と結びつける外受容と内臓や代謝について情報を伝達する内受容を区別しなければならない。

連結性と連続性

・身体の主要な結合組織は胚体中胚葉である。その中胚葉はマトリックスとその内部で身体の器官と構造体が分化し、それらが“包埋された”環境を意味する。

・主要な結合組織の機能的発達と分化には2種類の“連結”の型がある。

-1つ目の型は、滑走する空間として機能する裂隙を表す“細胞間隙”の発達である。これは体腔、関節腔の形成内や隣接した腱や筋腹間の滑液包様の滑走空間にもみられる。この型は空間的に完全に分離しており、可動性を有する。

-2つ目の型は、結合媒体を有する形成である。それは線維性(骨間膜や靭帯など)または間質性基質とマトリックス(軟骨性連結など)である可能性がある。

-この連結性の2つの型は、筋膜の解剖にも適用できる。通常は筋骨格系における筋膜は2つの異なる機械的、機能的側面を示す。

疎性結合組織(“滑走組織”)と脂肪組織で満たされた腔に隣接した筋膜これらは筋(と腱)が互いに、あるいは他の組織に対して滑走する。そして、間隙にあって圧迫により引き起こされる球形か卵円形の機械受容器は、筋膜組織とそれに関連する構造の変位と動きについて、脳に伝達することを可能にする。

筋線維を骨に伝える役割(付着)を担う筋間膜と筋外膜これらは筋間中隔や浅筋膜として認められる。伸張感受性受容器は筋膜層に起こる筋膜組織の緊張についての情報を伝達する。

体系はさまざまで解剖学的構造以上である

連結、緊張の伝達、そして固有受容における筋膜の役割の機械的、機能的な詳細を理解するには、標準的な解剖学より結合組織と筋組織の構造を知っておくことが重要である。筋膜がどこに位置していて(解剖学的構造)、どのように連結し、連結されているのか(構造)を知らなければならない。

機械受容の基質

結合組織と筋膜には神経が豊富に分布している。

機械受容器は特殊な終末器官の有無に関わらず自由神経終末であり、そのような受容器に対する主な刺激は変形である。

・筋受容器は無意識または反射レベルで行われる運動機能を担い、関節受容器は位置覚と運動覚として関節の肢位と運動を監視する過程で主要な役割を果たす。

固有受容における機械受容の分類

・運動器官における筋組織と密性規則性結合組織構造の直列構造が同定された結果、機械受容器の3種類の構造型が確認された。

-筋紡錘、ゴルジ腱器官、ルフィニ小体、自由神経終末、そして層板小体は筋組織と密性規則性結合組織との間の領域にみられる。

-層板小体と自由神経終末は、密性規則性結合組織が滑走する腔である網様結合組織と隣接する領域にみられる。

-自由神経終末だけは骨格の付着部(骨膜)への移行部に存在する。

筋膜層の密性規則性結合組織内または近傍のほとんどの神経叢は、Ⅲ群とⅣ群の神経線維を含む。Ⅲ群の神経線維(またはAδ群)は機械受容器からの求心性線維であり、Ⅳ群の神経線維(またはC群)は侵害受容性または機械感覚性(緊張)の自由神経末からの求心性線維である。 

機械受容器の種類
機械受容器の種類

画像出展:「膜・筋膜」

A.自由神経終末

B.ルフィニ小体

C.層板小体、またはパチニ様終末

D.ゴルジ腱器官

E.筋紡錘

 

神経線維の分類と感覚神経線維の分類
神経線維の分類と感覚神経線維の分類

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

 

体性感覚の受容器
体性感覚の受容器

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

 

2.3 内受容

筋膜受容器、感情、そして自己認識のあいだの複雑なつながりにおける新しい相互関係。

序論

19世紀には身体および器官の正常な機能に関する無意識下の感覚の神経モデルとして、セネステジア(体感)とよばれていた。それが最近、“内受容”という用語で再び注目を集めた。この感覚系の解剖学的、生理学的、そして神経学的な新しい見識が科学的な注目と探求につながった。

内受容とは?

内受容性感覚
内受容性感覚

画像出展:「膜・筋膜」

 

官能的な感触

・内受容性感覚の一覧に加えられた新しくて意外なものに官能的、あるいは気持ちの良い感触の感覚がある。

・『この発見のきっかけは、有髄の求心性神経が欠如している珍しい患者の検査において、柔らかいブラシで皮膚をゆっくり擦ると、その患者は擦っている方向をまったく認識できなかったが、ぼんやりして曖昧な心地良い感触の感覚(と一般的な幸福感)が生じたことだった。機能的磁気共鳴画像により、この曖昧な感覚は島皮質の明らかな活性化に付随して起こり、一次体性感覚皮質の活性化はみられないことが明らかになった。

ヒトの内受容性受容器の発見
ヒトの内受容性受容器の発見

画像出展:「膜・筋膜」

『ヒトの皮膚内の内受容性受容器の発見。固有性神経終末のほかに、ヒトの皮膚には、一般的な幸福感を引き起こす内受容性のC線維の終末がある。これら伝導速度が遅い受容器の接続は、脳内の固有受容性領域に向かう通常の錐体路の経路はたどらない。それらはむしろ、内受容の調整の中心的存在である島皮質に伝達される。』

ご参考:ブログ ”スキンシップケア(C触覚線維)

 

新しい系統発生的な変化

・内受容に関係する求心性ニューロンは第一層(脊髄後角で最表層)で終わる。この層は自律神経系の交感神経節前細胞が起こる胸腰髄の交感神経細胞柱へ伝達する。そしてそこから、脳幹にある主要な恒常性統合部へと情報を伝達する。

・脳幹領域の傍小脳脚核は、扁桃体と視床下部との間に密接な相互連絡があり、加えてそれらは島皮質に情報を伝達する。 

内受容に関する新しい短絡路
内受容に関する新しい短絡路

画像出展:「膜・筋膜」

『霊長類の内受容に関する新しい短絡路。哺乳類では、内受容の主要な経路は自由神経終末に始まり、脊髄の第一層へ伝達される。ここから、脳幹の傍小脳脚核へ伝達され、さらにその傍小脳脚核からのみ視床を経由して島皮質へ伝達される。しかしながら、霊長類には、それに加えて第一層から視床を経由する島皮質への直線的な伝達がある。したがって、霊長類には、新しい系統発生学的獲得として脊髄の内受容性感覚の求心性領域と島皮質とのあいだにより直線的な経路がある(黒矢印)。』

 

 

・島皮質自身は階層的な様式で組織化されている。内受容性感覚に関係する一次感覚入力は島皮質後部に伝達される。その後、島皮質中間部と前部の様式全体で徐々に精密化して統合される。最終的には、前帯状皮質と密接な連結がある島皮質前部で最高レベルの統合が行なわれる。同時にそれらは情動性のネットワークを形成し、そこで辺縁系の島皮質要素が感覚受容と意識的な感情に関与したり、帯状皮質が情動性要素と運動性要素として感情の行動面での表出に関与したりする。

内受容と体性情動障害

・体内感覚の過程を調整する特有の神経構造である内受容の発見(19世紀のセネステジアを考慮すると再発見というべき)は、内受容と健康との関連を研究のきっかけとなった。

体性情動的要素をもつ複合障害の多くは内受容の変化と関係しているが、これは新しい精神生物学的医学の研究分野である。しかしながら、多くの内受容性疾患において正確な体系的変化をさらに解明する必要がある。例えば、本態性高血圧症では、この疾患の初期から高まった内受容性認識が観測されており、心臓血管症候群の予後への関与が議論されている。Koroboki, E., Zakopoulos, N., Manios, E., et al., 2010 Interoceptive awareness in essential hypertention. Int. J. Psychophysiol. 78, 158-162

内受容性器官としての筋膜

・筋骨格組織においては、筋紡錘、ゴルジ腱器官、パチニ小体、ルフィニ終末などの少数の感覚神経終末だけが固有受容に関する有髄の機械受容器である。

・約80%の求心性神経は自由神経終末に終わる。

・自由神経終末の90%は伝導速度が遅いC線維ニューロンに属する。

・“間質性筋受容器”とよばれるそれらの受容器は、筋内膜や筋周膜などの筋膜組織内にあり、無髄の求心性ニューロン(Ⅳ群あるいはC線維)や有髄の軸索(Ⅲ群あるいはAδ線維)と連結する。

C線維ニューロンの興奮は、内受容性を示唆する島皮質の活動の結果として生じる。

・筋肉組織内の内受容性受容器の数は固有受容性終末の数をはるかに上回る。具体的には固有受容性神経終末に対し、内受容器として分類される神経終末は7倍以上と予測される。

・自由神経終末の中には温度受容器や化学受容器、あるいは複合的機能を持つものもあるが、大多数は機械受容器として機能し、機械的な張力、圧力または剪断変形に反応する。これらの受容器には高域値のものもあるが約40%は低閾値の受容器に分類され、軽い接触、筆の接触でさえも反応すると考えられている。

徒手療法と内受容

・筋組織を治療するとき、非神経組織の生体力学的効果や筋紡錘、ゴルジ腱器官などの特殊な固有受容性神経終末に注目するが、これに加え内受容性受容器を意識する必要がある。

筋組織内の内受容性神経終末の一部は、エルゴレセプター[骨格筋の働きに敏感な求心性神経]として分類されており、それらは局所の筋の作用の情報を島皮質に伝達する。それらの機械刺激は交感神経に関与し局所の血流を増加させる。

内受容性神経終末の興奮は血漿血管外遊出を促すことにより、マトリックスの水和反応を増加させる。

・徒手療法では常に患者の自律神経反応と辺縁系-島皮質(感情部)の反応(温度・皮膚色・呼吸の変化・四肢の微細な動き・瞳孔拡張、そして表情など)に注意を払うことは極めて重要である。

腸壁神経系に関する知見から、“腹部の脳”は1億以上のニューロンを含んでいることが分かっているが、これらの多くは外筋層の結合組織内(アウエルバッハ神経叢)か、粘膜下組織の密性結合組織内(マイスナー神経叢)にある。これらの内臓神経終末の多くは内受容と直接関係しており“第一層-脊髄視床皮質路”を経由して島皮質と連絡する。 

小腸壁の組織構築
小腸壁の組織構築

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

中央に粘膜下神経叢(マイスナー神経叢)、下部に筋層間神経叢(アウエルバッハ神経叢)が出ています。

 

 

 

・『過敏性腸症候群などのいくつかの複合障害が内臓刺激に対する島皮質の反応の異常をきたした調整と関係があることを考慮すると、患者の安全性と留意点に注意を払いながらであれば、ゆっくりと注意深い内臓組織への徒手的な力の適用は、正常な内受容性の自己調節を促進するためのアプローチとして理想的とはいえないまでも、有用であると考えらえる。』

※ご参考:内受容感覚と島皮質

内受容感覚
内受容感覚

こちらは理学療法士の“万由子”さんという方のブログです。“内受容感覚”に関する説明が大変分かりやすく書かれています。

『~これまで内受容感覚というのは内臓感覚だけに重点が置かれていましたが、最近の概念では身体の生理学的状態の感覚として内受容感覚が説明されています。この内受容感覚では空腹感や口渇感、心拍を感じるなどの内臓の感覚だけでなく、筋肉がどのくらいの活動をしているかも含まれています。~』

島皮質
島皮質

こちらは図は「脳科学辞典」さまから拝借しました。

右大脳半球のシルビウス裂に沿って、頭頂・前頭弁蓋と側頭弁蓋を切り開いたところ。図の右が前頭部、左が後頭部。ピンクに着色してあるのが島。』

 

 

 

 

経絡≒ファシア6

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

1.8 内臓筋膜

序論

・内臓か身体かにかかわらず、身体の臓器系は高度に分化した組織から構成されており、維持のために複雑な支持機構を必要とする。この支持機構はコラーゲン線維およびエラスチン線維を含む結合組織ネットワークであり、すべて筋膜と称される。線維成分の密度は個体あるいは局所的に大きく変化する。

内臓筋膜

頭蓋底から骨盤鉢までの体腔の裏打ちする内臓筋膜は、4つ(浅筋膜、深筋膜、髄膜、内臓筋膜)の主たる筋膜の中でも群を抜いて複雑である。

・発生学的に筋膜層は間葉と称される。

・筋膜層は内臓組織から派生し、その疎性基質内にあり胸膜、心膜、腹膜の大きさに広がる。この拡張が起こるとき、内臓筋膜は正中に沿って内側に統合されるのと同様に、身体壁に対して外方へ圧縮される。

・内臓筋膜は身体の正中構造に対して被膜組織を供給する。

正中筋膜は頸部を通って縦隔を占有する胸郭内へ入り込み、その付着部から頭蓋底へと広がる支柱を形成する。この支柱は横隔膜において腹部へ入り、大動脈と食道裂孔を通過し骨盤鉢へ入り込む。

・正中筋膜は縦隔の延長を形成する。

縦隔領域は大動脈、下大静脈、胸管のような主要脈管構造を含む。これらの構造と各々の分枝は筋膜層で包まれる。そして、それらが個々の臓器系に達するために外方へ広がるにつれて神経血管束を伴う。

・頸部内臓筋膜

-内臓筋膜は頭蓋領域では、咽頭と頭蓋底付着部を取り囲む。

-内臓筋膜は頭蓋領域上方では、咽頭脳底および咽頭頬筋筋膜を含み、上咽頭収縮筋の付着部を取り囲む頭蓋底と融合する。

-頸部内臓筋膜は頸部下方に延びて、鼻咽頭、口腔咽頭と残りの頸部内臓を取り囲む。

-内臓筋膜は頸部では、甲状軟骨および甲状腺を取り囲む筋膜、気管前筋膜、咽頭後筋膜、鼻翼(頸動脈鞘)筋膜などの局所性筋膜と結合する。

-内臓筋膜は舌骨筋の内側、頸長筋の前方の継続した垂直の袖のように胸郭内へ広がる。 

頸椎縦隔(頸部内臓筋膜)
頸椎縦隔(頸部内臓筋膜)

画像出展:「膜・筋膜」

脳蓋底(セクション22)から頸胸椎移行部(セクション86)までの頸椎横断面。

 

・胸部内臓筋膜

-内臓筋膜は胸郭内に入ると同時に2つの胸膜腔へ収容させられる。それらは胸壁に向かって平坦化することで、胸内筋膜とよばれる。中央では臓筋膜が全体として拡大し縦隔を包み込む。 

胸部内臓胸膜
胸部内臓胸膜

画像出展:「膜・筋膜」

胸膜嚢開口部の胸内筋膜の広がり。

 

-内臓筋膜は縦隔において心臓の大血管を取り囲み、前方では線維性心膜となるため厚くなる。後方では大動脈、食道、気管と気管支、胸管を取り囲む疎性基質を形成する。

・腹部内臓筋膜

臓壁板は腹膜を取り囲むため外方へ広がり、後方は腹壁内筋膜、前方は横筋筋膜とよばれる。

-腹壁内筋膜は後方の正中に沿って著しく厚くなり、胸郭の縦隔に類似した垂直柱を形成する。

内臓縦隔(内臓筋膜)
内臓縦隔(内臓筋膜)

画像出展:「膜・筋膜」

胸郭から腹部、骨盤を含む横断CT像。なお、左下隅の写真は、84歳女性の腹膜器官をすべて取り除いた身体後壁を示しています。

 

 

内臓筋膜は正中で顕著に厚くなる体壁を覆うカーテンを形成し、腹部大動脈と下大静脈などの主要血管や神経通路を覆う。

腹部縦隔筋膜の延長は腹部の内臓に到達し、胃間膜、腸間膜、結腸間膜へと移る。この延長は血液供給、神経支配、リンパ管が腹部の腹膜器官に到達する経路に沿っている。なお、これは胸郭の縦隔に見られるものと極めて類似している。

-内臓筋膜は肺組織の中を深く通過するにつれて肺根で構造物を包み、これらの構造物に同行する。

身体後壁上では、筋膜の特に厚い塊は腎臓を取り囲む。この腎筋膜はジェロタ筋膜とよばれる。

-腎筋膜は腎血管系に従って正中から離れ、腎被膜を取り囲む大きな塊の高密度な脂肪細胞を形成する。

腎筋膜は後方では大腰筋と腰方形筋の体軸(被膜)筋膜と混ざりあう。

・骨盤内臓筋膜

-腹壁内筋膜は骨盤鉢において、腹膜の下方領域を取り囲む骨盤内筋膜につながる。

-骨盤内胸膜の下縁は骨盤隔膜であり、肛門挙筋と尾骨筋からなる。

-骨盤隔膜は体壁から派生する体軸または被膜筋膜で裏打ちされている。

-骨盤隔膜の下方は皮下脂肪の筋膜で満たされている坐骨直腸窩である。

-骨盤内筋膜の前下縁は膀胱底を取り囲みながら恥骨後隙を埋める。

-内臓筋膜(腹膜筋膜)は仙骨岬角の高さで下腹神経叢を取り囲みながら正中ヒダを形成し、さらに総腸骨血管と関連するリンパ通路を取り囲みながら2つの細い外側ヒダを形成する。正中ヒダは仙骨岬角の下方において外側ヒダ内の血管と合流しながら下腹神経叢を外側へ一掃するように分ける。これにより内臓筋膜(骨盤内筋膜)は、直腸、生殖器、膀胱などの正中器官を取り囲む。

-内臓筋膜(骨盤内筋膜)は胸部と腹部と同様に、正中で厚くなりこれらの器官を取り囲む縦隔を再び形成する。

-女性では、内臓筋膜の骨盤縦隔成分の延長は子宮広間膜の核を形成し、この内臓筋膜の凝固体は子宮頸横靭帯を形成する。

-男女とも、内臓筋膜の凝固体が直腸間膜と称されている直腸を取り囲む。 

骨盤内臓筋膜
骨盤内臓筋膜

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

・要約

内臓筋膜は頭蓋底から骨盤腔内へと追跡することができ、体壁を圧迫する体腔を取り囲む包装物を形成する。それはまた、内臓周辺で包装物を形成しそれらの多くが腸間膜二重層の腹膜からなる膜。腸管を腹腔)後壁に固定している]のような提靭帯に沿って進み到達する。

内臓筋膜は特定の臓器に到達するために、胸郭、腹部、骨盤縦隔から外方に放散して、神経血管およびリンパ束の導管としても機能する。

内臓靭帯

内臓靭帯は身体各部位に存在する靭帯とは全く異なるものである。

・身体各部位の靭帯は骨と骨を結合する高密度で規則的な結合組織構造であり、被覆筋膜が薄い周囲靭帯によって囲まれており、概して体軸または四肢の筋膜の一部である。

内臓靭帯は一般的に身体各部の靭帯ほど強固ではなく、解剖学上はっきりと定義されるものではない。

内臓靭帯の主な機能は、血液供給と神経支配を臓器系へ運ぶこと、臓器を体腔に緩く固定することである。

・内臓靭帯は刺激作用や炎症によって作り出される線維性癒着と区別しなければならない。

癒着

線維性癒着は慢性炎症の領域から生じる。

・修復過程において活性化された免疫細胞が、線維芽細胞を刺激するサイトカインを放出し、新たなコラーゲンを生成する。生成されたコラーゲン線維は配列が不規則であり、構造は筋膜に類似している。

・生成されたコラーゲンが過剰な場合には癒着をつくり、病的な状態に発展させる場合がある。

癒着は内臓性、身体性のいずれにおいても生じる可能性がある。腹部と骨盤では癒着は腸管を包み、その腔内での運動を妨害し生殖機能を妨げる。また、手根管では滑膜鞘の内外に形成される癒着は、手指屈筋腱の運動を妨げる。

1.9 頭蓋内における膜性構造と髄腔内の空間

頭蓋内膜系 

・軟膜(硬膜システムの軟らかい内層)

-血管を含む軟膜は3層の髄膜のなかで最も内膜にあり、多量の弾性に富むエラスチン線維を含む薄い結合組織である。脳実質とは融合はしていない。

-血管は軟膜から脳に入り。さらに軟膜は大血管ネットワークである脈絡叢を構築し、それは脳室に入って脳脊髄液を産生する。

髄膜の構成
髄膜の構成

画像出展:「人体の正常構造と機能」

『軟膜は、脳の実質および血管の表面を覆う薄い膜である。クモ膜と軟膜の間をクモ膜下腔と呼び、髄液で満たされている。膠原線維からなるクモ膜小柱が、クモ膜と軟膜を架橋している。クモ膜下腔には、脳実質に出入りする血管が存在する。』

 

 

 

ご参考:”日本脳神経外科学会 第72回学術総会 ランチョンセミナー:流れない脳脊髄液 ─Time-SLIP法 CSF dynamics imagingからの観察─”

上記は2013年10月16日、横浜パシフィコで開催された脳脊髄液に関するセミナです。

・クモ膜(髄膜の中間層)

-クモ膜にはガーゼ様の海綿質構造があり、2層に分化している。

-硬膜を越えた外層は薄い裂け目(硬膜下腔)によって分けられる。

硬膜には若干の静脈と神経を含む。内層は小柱のフレームワークからなる。

-クモ膜と軟膜の間には、クモ膜下腔がある。

-クモ膜と軟膜はクモ膜下腔において小柱のフレームワーク枠により結合している。それは脳脊髄液で満たされており脳脊髄外腔を形成する。

-脳脊髄液で満たされた腔は槽とよばれる。

-クモ膜の増殖物であるクモ膜絨毛は、頭蓋内の静脈排液路であるこれらの腔の中、特に矢状静脈洞の中に突き出る。これらの絨毛を通して、脳脊髄液は静脈系へ流出することができる。  

頭蓋内の静脈と矢状静脈洞
頭蓋内の静脈と矢状静脈洞

・硬膜

-硬膜は高密度で不規則で非常に強固な多くのコラーゲン線維を含む結合組織からなる。隙間なく脳脊髄液に対する透過性は認められない。

-硬膜とクモ膜の間の移行部である硬膜境界は骨膜層(外板)と髄膜層(内板)に分けられる。

-髄膜層(内層)は硬膜層、クモ膜層に比べ線維構造が弱いため、頭蓋内硬膜と脊髄内硬膜に種々の力を伝達することを可能にする。これらの“力の伝達のための経路”は硬膜の線維構造によって自分の道を見つけだすので、“張線維”とよばれる。

頭蓋外膜系

・脊髄軟膜

-この軟膜は神経と血管を含む。

-脊髄の両側で軟膜から結合組織板と歯状靭帯が脊髄硬膜へとつながる。それは脊髄を固定して2つの神経根を分ける。軟膜は脊柱の内側へと続き、尾骨背面において細長い終糸で終わる。   

脊髄とその周囲構造
脊髄とその周囲構造
髄膜は外側から、硬膜→クモ膜→軟膜となっています。
髄膜は外側から、硬膜→クモ膜→軟膜となっています。

・脊髄クモ膜

-クモ膜は血管および神経供給が極めて乏しい。

-クモ膜は脳脊髄液を満たし神経根へと硬膜に伴行する。両膜は椎間孔へと神経を続き、脊髄神経節を包む。そして、クモ膜は脊髄神経の神経周膜へと続く。

・脊髄硬膜

-脊髄硬膜は密接したコラーゲン線維管を形成する。

-脊髄硬膜は後頭骨大後頭孔に固定され、そこから仙骨管まで続きS3の高さで終糸へと切り替わる。

-脊柱の縦方向の運動によって発生する縦方向のストレスは、ほとんどの部分が縦方向のコラーゲン線維によって伝達され、これはさらに上方または下方の隣接構造に波及する。

-脊椎硬膜は頭蓋および尾側の付着部を除き脊柱管に緩く付着しているだけであり、脊柱管に対して硬膜の運動が可能になる。

髄膜の血管新生

・頭蓋内血管新生

-硬膜系はとりわけ内外頸動脈の終枝である髄膜動脈によって動脈血管が新生される。それらは硬膜と骨の間にある。

髄膜の神経供給

・頭蓋内神経支配

-硬膜系の上部は主として三叉神経の分枝によって神経が分布される。

-硬膜系の下部は第1~第3頸神経と迷走神経によって神経が分布される。

-すべての髄膜神経は直接的あるいは間接的に上頸神経節内に起始する節後交感神経線維を含む。

-副交感神経支配は大錐体神経(第7脳神経の副交感神経から起こる)、迷走神経と舌咽神経の分枝によって提供される。

・脊椎内の神経支配

-脊髄神経の硬膜枝および後縦靭帯の神経叢に加え、根動脈の血管周囲神経叢も脊椎内神経支配を形成する。

硬膜系の役割

・脳脊髄液ともに脳の構造を維持する。

・力学的損傷からの保護。

・頭蓋骨に加えられた力学的な力を衝撃吸収する。

相反性緊張膜

・硬膜は頭蓋骨の靭帯機構を形成する。

・垂直および水平の張力は、頸部筋群と胸鎖乳突筋の緊張によって維持される。

・脳および脊髄の相反性緊張膜は、頭蓋骨の可動域を誘導および制限する。

すべての膜の構造連結を用いることで、系のいかなる部分の張力も他のすべての部位に影響を及ぼすことができる。

硬膜は頭蓋骨および仙骨へのそれらの付着により、不随意的な頭蓋骨および仙骨の運動を調節している。互いに相反的に運動しているこれらの膜は、最適なバランスを恒久的に探索している。膜の一端のいかなる緊張も完全な単位を変化させ、新たなバランスを引き起こす。 

ロベットリアクター
ロベットリアクター

画像出展:「アプライド キネシオロジー シナプス」

『アプライド キネシオロジーの中で、脊椎の運動の関係について、歩行時にアトラス[C1]とL5の同側への回旋が起こることを示している。この関係はC2とL4、 C3とL3の同側への回旋のように脊柱全域に続く。しかし、回旋は、C4とL2、C5と L1の間で反対に起こることになる。この逆方向への回旋は、上部脊柱と下部脊柱の移行部であるT5とT6に至るまで続く。この関係は“ロベットリアクター”と呼ばれる。』

 

 

 

 

・呼吸状態の変化も頭蓋内の緊張を変化させると考えられる。

・サザーランド支点

膜はあらゆる方向への動きと張力のバランスを維持するために支点あるいは安定した点に基づいて作動しなければならない。これらの点は外部張力などの変化に応じ、頭蓋骨の運動が安定するように自動的に動く必要がある。

-頭蓋内膜系の中心は、小脳テント、大脳鎌および小脳鎌の結合点に位置する仮想の点であり、サザーランド支点または自動移動浮遊点として知られている。膜に影響を及ぼす動的な力は、ここのバランスをもたらす。全頭蓋内および脊椎内硬膜緊張膜は、この点の周囲で動いて組織化される。 

脳硬膜と硬膜静脈洞
脳硬膜と硬膜静脈洞

画像出展:「人体の正常構造と機能」

この図の中には仮想の点、サザーランド支点(自動移動浮遊点)は出ていませんが、小脳テント(中央部)、大脳鎌(上部)、小脳鎌(下部)は明記されています。

 

 

 

 

・硬膜緊張異常による潜在的影響。

-静脈洞による頭蓋の静脈排液機能障害。

-脳の排液減少。

-脳組織の血液供給障害。

-脳脊髄液の変動障害。

-頭痛、硬膜の感知する神経供給(第5、10脳神経と第1~3頸神経)による頭蓋内および眼窩後の疼痛。

-顔面痛および硬膜ストレスに対して脆弱な三叉神経節による咀嚼筋群の異常緊張。

-脳神経および神経節の機能障害

-頭蓋骨、仙骨、尾骨の運動および可動域制限。

-脊髄神経の機能障害

-筋膜付着と脊髄神経の神経上膜による硬膜緊張の伝達。

-脳下垂体(鞍隔膜)の障害。

経絡≒ファシア5

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

1.7 頸部と体幹腹側の深筋膜

序論

・初期胚発生において、本来単一の体腔は将来、横隔膜となる横中隔と胸腔と腹膜腔に二次的に分ける胸膜心膜中隔の発達によって分割される。

・心膜腔は胸腔の中に形成される。これらの腔はそれぞれの内容物(肺、心臓、腹部器官)と少量の漿液で完全に満たされている。

頸部筋膜

・内臓索は、神経および血管束と頸部臓器から構成される頸椎前方に位置する。第1気管軟骨の高さの横断面は、内臓索が正中に位置し後縁は直接頸椎上にあることを示す。それは、3つの筋膜と、気管前筋群、椎前筋群、密性被膜からなる結合組織筋層によって囲まれている。

頸部の第1気管軟骨レベルの水平面
頸部の第1気管軟骨レベルの水平面

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

3つの頸筋膜の配置

・浅頸筋膜(頸筋膜浅葉)

-皮膚と広頸筋の直下にあり広い領域を伸張する。

-咬筋筋膜の延長として下顎骨と口底から舌骨の中間を尾側へと走行し、鎖骨と胸骨柄に付着したのち胸腰筋膜へと続く。

-浅頸筋膜は胸骨に付着しているため呼吸中に有意に移動する。

-浅頸筋膜は胸鎖乳突筋周辺で外側鞘を形成し、この被膜内を自由に滑走する。

-浅頸筋膜は背部では、外側頸三角(後頸三角)の脂肪体を覆って僧帽筋へと続く。

-浅頸筋膜は後上方へは、乳様突起を横断してそこから上項線まで延びる。

-浅頸筋膜は種々の領域により異なった構造をしている。顎二腹筋、僧帽筋前部、胸鎖乳突筋の下1/3はきめ細かい。頭側1/3においては、浅筋膜は極めて強靭で皮下組織に対してほとんど動かない。外側頸三角の下部においては、鎖骨上神経とその伴行血管が通過するためザルのようである。それは隣接する構造の多数の連結によって永続的な緊張下にある。 

3つの頸筋膜
3つの頸筋膜

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

・中頸筋膜(頸筋膜の気管前葉)

-中頸筋膜は舌骨下筋の筋膜被膜からなり、頸部臓器の前方で安定した三角形のスカートを形成する。

-中頸筋膜は頭側方向では、それは舌骨に固定されるように発達し、尾側方向では、胸骨の後方で上胸郭開口部を通り、胸骨舌骨筋と胸骨甲状筋の被膜として走行し胸骨柄に停止する。

-中頸筋膜は外側方向では、鎖骨の後方に固定され、肩甲切痕内側より起こって弧を描くように舌骨へと走行する肩甲舌骨筋の筋膜被膜によって後外側に接している。

-中頸筋膜は頸動脈鞘の形成にも含まれており、その牽引によって内頸静脈の管腔は開放されたまま保たれる。この原則は、頸部および上肢帯領域から走行してくる深静脈と頸部の皮静脈にも当てはまる。 

頸動脈鞘
頸部横断の上面(C7レベル)

左の図では、右側の上から3番目に“頸動脈鞘”が書かれています。これを見ると頸動脈鞘は総頚動脈、内頸静脈、迷走神経を取り囲んでいるのが分かります。なお、この図は“Blog cocokara”さまの「頚部の筋膜【ノート】」より拝借しました。

 

 

 

・深頸筋膜(頸筋膜の気管前葉)

-深頸筋膜は頸椎の前縦靭帯に固定されており、椎前筋群(頸長筋群)および頸部外側筋群(斜角筋群)を覆う結合組織を供給する。

-深頸筋膜は頭側では、深頸筋膜は頭蓋底に固定される。

-深頸筋膜は外側では、肩甲挙筋、項筋膜、頸筋膜と結合している。

-深頸筋膜は尾側では、胸内筋膜の中へと走行する。

-深頸筋膜は中斜角筋から鎖骨に到達し、前斜角筋とともに胸郭外面に到達する。そして、この領域より上方で、深頸筋膜は上肢への神経および血管束である腕神経叢と鎖骨下動脈を覆う。

胸郭の筋膜 

・胸郭上口は頸部との連結を示し、1対の第1肋骨、胸骨、第1胸椎に接している。

・胸郭への付着は対角線的であり、呼吸の中間時には胸骨上縁は第2胸椎の高さに位置する。

・胸部臓器[心臓・肺・食道・気管・気管支・胸腺など]は、頸部の臓器腔と連結している結合組織の中間層と縦隔に位置する。

・胸郭内に配置された胸内筋膜と壁側胸膜は、筋膜派生物として機能的単位を形成して、横隔膜、心膜、気管と他の構造物とともに縦隔に連結する。

・胸内筋膜

-深層の後方および中間前方頸筋膜は、上胸郭開口部において胸内筋膜に直接付着している。

-胸壁、胸膜項、横隔膜領域の胸内筋膜は、胸骨および脊柱において縦隔の結合組織内を通過する。

-胸内筋膜は、胸壁において肋骨筋膜、肋骨、胸筋膜(肋間筋と胸横筋の筋膜)の間へ広がる。

-肋間神経と血管は、胸内筋膜の後方部分に走行し、前方部では胸動静脈が第3肋骨の上方へ走行する。

・胸膜腔

-漿液性胸膜腔は、両側で縦隔に接しており嚢状の臓側胸膜(肺胸膜)によって完全に覆われる肺を含む。

-胸腔内において臓側胸膜は壁側胸膜に対して動くが、それは2~3㎖の漿液で満たされた細管間隙によって分けられる。

・壁側胸膜

-壁側胸膜は肋骨胸膜として胸壁を裏打ちする。

-壁側胸膜は縦隔胸膜として縦隔の外側面を裏打ちし、横隔胸膜として横隔膜を裏打ちする。

-壁側胸膜はその膜上に機械的牽引が生じるため、臓側胸膜よりもしっかりとその周辺組織に固定されている。

-肋骨筋膜は胸内筋膜に強固に付着している。

-横隔胸膜は横隔胸膜筋膜に強固に付着している。

・胸膜項/頸部筋膜

-鎖骨下動静脈は胸膜項の上でアーチ状になる一方で、横隔神経がその内側を走行する。

頸部の構造
頸部の構造

画像出展:「人体の解剖」

左の図では、気管の外側に総頚動脈-迷走神経-横隔神経-鎖骨下動・静脈-腕神経叢が確認できます。

 

 

 

・縦隔の筋膜構造

-縦隔は胸骨後面と接している肋骨から腰椎前面に拡がり、外側縦隔胸膜によって両側が区切られている。

-上縦隔は上胸郭開口部からおよそT4下縁まで広がり、尾側方向で下縦隔となる。ここから前後方向に3つの部分に区分けされる。

1.前縦隔:結合組織で満たされた胸骨と心膜の間の平坦な腔である。

2.中縦隔:心膜と心臓を含む。

3.後縦隔:胸郭と頸部の間を接続する腔であり、食堂、胸部大動脈、奇静脈および半奇静脈、胸管、交感神経幹を含む。

-心膜は漿膜腔を囲む、そして心臓を完全に取り囲む。

-心膜は外側の線維性心膜と内側漿膜性心膜からなる。漿膜性心膜は心筋の内臓シートの周囲を取り囲み、心筋を漿膜性の皮膚で覆う心外膜となる。漿膜性心膜と心外膜の間は漿液で満たされた腔である。

-線維性心膜は高密度な十字に交差したコラーゲン線維からなり、それは弾性のある格子様の網により散在している。この構造は心膜が動く間に心臓の生理的再構築を可能として、同時に心膜の過伸展を防止する。

-線維性筋膜は横隔膜と下大静脈周囲の中央索にしっかりと固定されている。

-心膜は縦隔胸膜によってほぼ完全に覆われており、結合組織によって縦隔胸膜へ付着している。

-横隔神経は心膜横隔血管とともに結合組織の中を横隔膜へと走行する。

上胸郭出口への頸部筋膜の連結
上胸郭出口への頸部筋膜の連結

画像出展:「膜・筋膜」

体表側の頸内筋膜、および脊柱側の深頸筋膜とも胸内筋膜に移行します。

 

 

腹壁の筋膜

・腹壁は構造的に3層からなる。

・腹部筋膜浅層は一般的な筋膜の一部として、皮膚と皮下脂肪組織の下部領域に存在する。

・中間層は平坦な腹筋群およびそれらの腱膜状に形成された筋膜に極めて密接した構造組織からなる。

・深層は後部の腹膜後隙を囲み、強力な結合組織層を含み壁側腹膜によって腹腔膜まで区切られる。

・浅層

-尾側では、胸筋筋膜が身体筋膜の浅層と腹部筋膜浅層の一部となって、外腹斜筋の筋腱シートの中へと続く。それは部分的に大腿筋膜に移行する。そして、外腹斜筋とともに白線領域、および鼡径靭帯とともに鼡径部に固定される。

・横筋筋膜による中間層

-平坦な外側の腹筋群(外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋)、直線的な前方部の筋(腹直筋)、後方部の筋(腰方形筋)から成り立つ。

-平板筋(胸腹壁の筋など)は、それらの筋の筋膜によって各々が分けられ、その間には薄いもつれた結合組織層がある。

-腹直筋は非常に強固な結合組織鞘(腹直筋鞘)によって位置を固定される。

-横筋筋膜は内側の腹部筋膜であり、腹腔の筋腱膜壁の前外側内面を覆う。それは壁側腹膜の漿膜下結合組織に接合し、部位によっては緩く可動性があるが、他の場所では固定されていて不動である。

腹壁の深層
腹壁の深層

画像出展:「人体の正常構造と機能」

図の右側下から4つめに“横筋筋膜”が出ています。

 

 

-横筋筋膜は弓状線領域では白線の内輪に付着するまで続く。

-横筋筋膜は頭側では横隔膜の腹部表面を覆う。

横筋筋膜は後方では腰方形筋および大腰筋筋膜の薄い層として続く。

横筋筋膜は前尾側部では鼡径靭帯に固定されており、腸骨筋筋膜へと変化する。

-横筋筋膜は鼡径靭帯上方では精索、睾丸および副睾丸を内精索筋膜として取り囲む(内鼡径輪)

・深層

-壁側腹膜の後方部では、結合組織腹膜後隙を区切る。その内部の起伏は正中面と両側の大腰筋筋腹の内部に突出する腰椎によって特徴づけられる。

-腸腰筋の外側では腎臓と副腎を含む腎床へとより深い経路に広がる。  

腹膜後隙の筋膜境界
腹膜後隙の筋膜境界

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

 

第2腰椎の高さの横断面
第2腰椎の高さの横断面

画像出展:「人体の正常構造と機能」

『腎臓と周囲との関係:腎臓の周囲には腎筋膜と呼ばれる線維性組織があり、腎臓の表面を覆う腎被膜との間には脂肪被膜が挟まっている。脂肪被膜は腎門のところで腎洞の脂肪につながる。腎筋膜の外側には腎傍脂肪があり、腎臓の後方でよく発達している。腎臓は脂肪被膜および腎傍脂肪に包まれ、その中で動くことができる。』 

経絡≒ファシア4

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

1.5 下肢の深筋膜

序論

深筋膜は骨、腱、靭帯に混ざる。

・下肢深筋膜の機能の多くは、筋付着のための外骨格としての役割を含む。

下肢深筋膜は静脈灌流、緊張ストレスが集中する腱付着部でのストレス消失、下方構造物の保護シートとしての役割も認識されている。

深筋膜は様々な筋を連結するために、関節と中隔の上を通過する架橋のようにみなされている。

深筋膜は筋膜の固有機械的特性と高密度な神経支配により、運動の認知と協調における役割が認識されている。

骨格筋の構造と筋膜
骨格筋の構造と筋膜

画像出展:「病気がみえる vol.11 運動器・整形外科」

右端に“筋上膜”とありますが、筋上膜は”筋外膜”とよばれることも少なくありません。

『膜・筋膜』では”筋外膜”が使われています。

 

 

肉眼解剖学

下肢の筋膜は、3つの基本的構造(浅筋膜、深筋膜、筋外膜)で形成されている。

浅筋膜は皮下組織を3つの異なる層に分けるコラーゲン層である。表層は脂肪組織、中間層は膜性中間層または真の浅筋膜、そして深層の脂肪組織である。

・表層と深層の2つの脂肪組織の厚さは肢節の様々な領域で異なり。浅筋膜と皮膚間および浅筋膜と深筋膜間の特定の局所的関係により決まる。

・深筋膜は通常、下肢の筋と上層の浅筋膜から容易に分離可能な結合組織層からなる。

深筋膜と筋外膜に囲まれた筋間を滑る連続的な面は、間に存在するわずかな疎性結合組織が滑走性を高めている。この疎性結合組織は柔軟なゲル様の膠様質であり、この組織内に線維芽細胞が広く分散し、コラーゲン線維とエラスチン線維が不規則な網目状に配置していることを示す。

・いくつかの筋間中隔は下肢の深筋膜内面から起こり筋腹間に延びる。そして、大腿をいくつかの区画に分け一部の下肢筋の起始部となる。

・大腿の下肢深筋膜は大腿筋膜、下腿は下腿筋膜と呼ばれているが構造は同じである。この筋膜は腱膜に似た平均1mmの厚さの白い結合組織層である。

・外側領域では腸脛靭帯によって補強される。なお、腸脛靭帯は解剖によって深筋膜と分離できないため、大腿筋膜側面の補強物とみなされる。

・膝、足関節周囲では深筋膜は支帯とよばれる線維束によって補強されている。

支帯

支帯は深筋膜が局所に肥厚したものであり分離は不能である。

・支帯は平均1372μmの厚さでコラーゲン線維が十字形の配列をした強い線維束である。

・支帯は多くが骨に付着し、付着部は線維軟骨である可能性がある。付着部以外の部位では、疎性結合組織が支帯と骨間膜へと入り込むため骨上を滑ることができる。

・足関節支帯は固有感覚として働く。例えば、足関節内反による腓骨筋支帯の伸張は、腓骨筋の反射性収縮を引き起こす。

膝蓋大腿関節のアライメント不良や膝前部に痛みのある患者では、膝支帯の厚さや神経支配、血管新生をMRIによって評価ができる。

線維展開と筋の挿入

腸脛靭帯は大腿筋膜張筋と大殿筋の腱とみなされる。また、大腿筋膜の補強材である。

・腸脛靭帯は大腿の外側筋間中隔への広範囲な付着をもち、外側広筋の多くの筋線維も中隔から生じている。

・縫工筋、薄筋、半腱様筋は膝関節内側部に鵞足を形成するが、それらは下腿筋膜の内側面へ展開する。 

膝窩筋膜内部の力線の略図
膝窩筋膜内部の力線の略図

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

 

・半腱様筋の遠位腱は膝窩部で2つの展開をする。1つは膝関節包の後壁に達して斜膝窩靭帯を形成し、もう1つは膝窩筋の筋膜に達する。遠位部では腓腹筋近位部がこの筋膜に直接に入り込む。そのため、これらの筋線維は筋膜の張筋とみなすことができる。

・下腿前部では脛骨筋と長母趾屈筋が、その上の筋膜と筋間中隔に入り込む。このように膝関節周囲では、下の筋と腱から深筋膜を分離することはとても難しい。

顕微解剖学

・下肢と支帯の深筋膜はわずかに波打った配列のコラーゲン線維によって形成されている。

コラーゲン線維は筋膜総量の20%未満である。

・支帯では線維束は高密度に包まれ、疎性結合組織は少ない。線維束は2層か3層の平行コラーゲン線維束の異なった層で規則正しく配列されている。

・コラーゲン層は平均277.6±86.1μmの厚さである。線維層内ではコラーゲン線維は平行に配列しているが、線維層ごとに方向が異なる。 

肢節の深筋膜模式図
肢節の深筋膜模式図

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

 

疎性結合組織は種々の構造の保護をしたり分離したりする。また、組織を取り囲むための水と塩の重要な貯蔵庫であり、様々な分解産物を蓄積できる。

疎性結合組織は水、イオンまたは他の物質の含有量の変動が起こると生体力学的適正が変化し、様々な筋膜層の滑走メカニズムを阻害する可能性がある。

・関節周囲や脛骨陵に沿った下肢の深筋膜は関節包および骨、またはその一方に特定の付着を示すことは興味深い。これらの部位は、張力ストレスが集中する部位であり、硬い組織と軟部組織のあいだの合流点である。特に筋膜が骨と連結する部位では、腱付着部はこのストレス集中を減少させるようになっている。

血管の多くは平均口径102.15μmで、下肢深筋膜のさまざまなコラーゲン層を通過し、かなり蛇行した経路をたどる。

神経線維もまたすべての深筋膜内に存在する。神経線維は特に血管周囲に多く存在し、線維成分全体に均一に分布する。

・筋膜内神経はコラーゲン線維に結合しており、多くの場合コラーゲン線維に対して垂直方向になっているため、コラーゲン線維の伸張によって刺激を受けると考えらえる。

自律神経の典型的な特性を示す小さな神経線維が存在する。これはアドレナリン作用性であり局所血流量の制御に関与していると思われる。

・肢節の深筋膜は大血管と神経の特定な関係を示し、保護鞘形成に寄与する。

筋膜は疎性結合組織によって分けられる重複層として配置されており、様々な層間での滑走性を可能にする。そして、神経と血管を保護し筋膜が被る牽引から緩衝するこの防御機構が変化するとき、神経または血管構造のいずれでも圧縮症候群を生じさせる可能性がある。 

1.6 胸腰筋膜

序論

・運動系の機能解剖学は生体力学(バイオメカニクス)との関連が強い。

・機能解剖学は骨、靭帯、筋が系としてどのように機能するかを説明しようとするものである。

生体力学と神経生理学観点から脊柱と骨盤は完全に統合される。

背部の筋の一部は仙腸関節をまたぐ。ヒトでは多裂筋が仙骨と腸骨稜へ広範囲に付着する。

脊柱-骨盤-下肢のメカニズムは統合されている。そして、このメカニズムが適切に機能するためには、骨盤に結合される3本のレバー(脊柱と左右の下肢)が効率的に働き、骨盤(骨盤の外部運動)、仙腸関節と恥骨結合(骨盤内の内部運動)の安定性を必要とする。

・仙腸関節をまたぐ効率的な荷重の伝達には、種々の筋の特定の作用を必要とする。

・大腿二頭筋と大殿筋は仙結節靭帯(一部が仙棘靭帯)に付着し、機能的に仙腸関節をまたいでいる。仙腸関節の痛みは局所の問題とは限らず、荷重伝達系の不具合による症状という場合もある。

体幹から両下肢への荷重伝達には、強力な胸腰筋膜が使用される。

・胸腰筋膜の後葉と中葉は筋と多数の連結を有しており、この筋膜の張力を受けた筋が、脊柱・骨盤・両下肢・両上肢間において効率的な荷重伝達に助力しているかどうかは重要である。

胸腰筋膜後葉は仙骨領域から胸部領域を経て項筋膜まで、背部の筋を覆っている。

胸腰筋膜後葉はL4-L5と仙骨の高さでは、浅層と深層の間に強い連結を認める。

・腹横筋と内腹斜筋は胸腰筋膜の中葉と後葉の融合によって形成される高密度縫線を通して、胸腰筋膜に間接的に付着している。

胸部および腰部の水平断
胸部および腰部の水平断

画像出展:「人体の正常構造と機能」

『固有背筋を包む筋膜で、後葉は棘突起から、前葉は横突起から外方に伸びる。胸部では肋骨角に付着する。腰部では固有背筋の外側縁で2葉が合わさり、腹横筋・内腹斜筋の起始腱になる。この部の後葉は広背筋・下後鋸筋の起始となるため腱膜様に肥厚し、胸腰腱膜ともいう。』

腹部の水平断面
腹部の水平断面

画像出展:「病気がみえる vol11. 運動器・整形外科」

こちらの図の胸腰筋膜(左下部)には、前葉も記載されています。

浅層

胸腰筋膜後葉の浅層
胸腰筋膜後葉の浅層

画像出展:「膜・筋膜」

A:大殿筋筋膜

B:中殿筋筋膜

C:外腹斜筋筋膜

D:広背筋筋膜

E:広背筋と大殿筋の筋線

1:上後腸骨棘

2:仙骨稜

LR:外側縫線の一部

 

 

 

・胸腰筋膜の後葉は、広背筋、大殿筋、腹部の外腹斜筋と僧帽筋の一部と連続性を有している。

・腸骨稜の頭側で浅層の外側縁は、広背筋との接合部として注目されている。

・浅層は大菱形筋の下縁に様々な厚さで付着しているとの報告がある。

・浅層線維は頭外側から起こり尾内側へ向いており、浅層のわずかな線維だけが外腹斜筋と僧帽筋の腱膜と連続している。

・浅層の大部分の線維は広背筋腱膜から生じて、L4までの棘上靭帯と棘突起の頭側に付着する。

・L4-L5の尾側で浅層は、棘上靭帯、棘突起、正中仙骨稜のような正中組織に通常は緩く付着する(または全く付着しない)。

・浅葉は反対側へ交差し、仙骨、上後腸骨棘、腸骨稜に付着する。この現象が生じる高さは様々である。通常はL4の尾側であるがL2-L3で起こっているものもある。

・仙骨の高さでは、浅層は大殿筋筋膜と連続している。これらの線維は頭内側から尾外側へ走行し、大部分の線維は正中仙骨稜に付着するものが多い。

深層

胸腰筋膜後葉の深層
胸腰筋膜後葉の深層

画像出展:「膜・筋膜」

B:中殿筋筋膜

E:深層と脊柱起立筋筋膜間の結合

F:内腹斜筋筋膜

G:下後鋸筋筋膜

H:仙結節靭帯

1:上後腸骨棘

2:仙骨稜

LR:外側縫線の一部

 

 

 

・深層線維は下位腰椎と仙椎レベルで、頭内側から起こり尾外側へ走行する。仙椎レベルでは浅層線維と融合する。ここで深層線維が仙結節靭帯と連続するため、仙結節靭帯と浅層との間にも間接的な連結がある。

・骨盤領域では深層は上後腸骨棘、腸骨稜、長後仙腸靭帯と結合している。長後仙腸靭帯は仙骨から起始して上後腸骨棘に付着する。

・腰椎領域では深層線維は棘間靭帯より生じる。それらは腸骨稜とより頭側の内腹斜筋が停止する外側縫線に付着する。

・正中仙骨稜と上後腸骨棘と下後腸骨棘の間の陥凹部で、深層線維は起立筋筋膜と融合する。

・腰部領域では、より頭側で深層線維は更に薄くなり、背部筋上を自由に可動する。

・下位胸椎領域では、下後鋸筋とその筋膜線維は深層線維と融合する。

結論

・『本章では、われわれは“筋膜”の観点から、胸腰筋膜と、脊柱・骨盤・下肢力の力伝達における胸腰筋膜の役割、下部腰椎と仙腸関節の安定化に関して検討した。』

大殿筋と広背筋は後部層を経て、反対側へ力を伝達することが可能なため、特に注目に値する。

胸腰筋膜後部層の深層前面に、最長筋と腸肋筋の腰部線維の両方と、より深部にある多裂筋を覆っている非常に強い脊柱起立筋腱膜が存在する。

脊柱起立筋腱膜は背骨背面と腸骨の一部に多裂筋とともに融合する。脊柱起立筋と多裂筋がともに収縮することにより、直接的な牽引または間接的に胸腰筋膜の後部層を拡張させることで深層の緊張が増加し、また中間層の緊張にも影響を与える。

股関節による骨盤の外部運動や体幹の屈曲や伸展(側屈や回旋の有無にかかわらず)は、胸腰筋膜に影響を与える。これらの動きは筋膜包膜の外的・内的力学、すなわち力と圧を変える。 

外部運動による筋膜の外的・内的力学
外部運動による筋膜の外的・内的力学

画像出展:「膜・筋膜」

Ⓐ筋収縮により胸腰筋膜の張力が増加する

EOA:外腹斜筋

ES:脊柱起立筋

IOA:内腹斜筋

LD:広背筋

PM:大腰筋

QL:腰方形筋

SP:棘突起

TA:腹横筋

TP:横突起

Ⓑ胸腰筋膜に付着する筋系の後面図(筋膜へ発生する力に注意)

1:上方から広背筋

2:下方から大殿筋

3:前方から内腹斜筋

4:前方から腹横筋

大殿筋は下肢を寛骨と胸腰筋膜に連結させる。

胸筋筋膜内では筋群は疎性結合組織、腱、腱膜、筋膜という拡張力が様々な結合組織により包膜されていると認識すべきである。よって、胸腰筋膜が筋組織で満たされている結合組織包膜と考えることは適切ではなく、胸腰筋膜は収縮要素で満たされた機能的連結結合組織単位である。

・特定の筋群を上肢や体幹、下肢のいずれかに属する筋であると分類することは、筋膜間の連結を考慮すると、十分に注意しなければならない。

脊柱と骨盤、下肢間において力が伝達する際、胸腰筋膜は十字形の役割を果たし、力を頭側や尾側、または斜めに伝達する。 

※閉鎖力

-『本章の初めに、脊柱と骨盤の閉鎖力について記載した。』とあります。“閉鎖力”で検索しましたがそのような用語を見つけることはできません。本文を読み返したところ、この“閉鎖力”はforce closureを訳した言葉であることが分かりました。また、“閉鎖位”という用語も書かれていましたが、こちらはform closureを訳したものでした。この“force closure”と“form closure”は骨盤の安定化に関し、とても重要な働きを有します。調べたところ、これらについて図解入りで説明された素晴らしいサイトがありましたので、ご紹介させて頂きます。 

骨盤の安定化機構
骨盤の安定化機構

こちらは、理学療法士のLeeさんのサイトより拝借しました。

経絡≒ファシア3

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

1.3 浅筋膜

序論

表皮と真皮の下にある浅筋膜(皮下組織)は高密度に包まれた層と疎性結合組織、脂肪が存在する。

皮膚と同一の広がりをもち、血管や神経を外皮へ、また外皮から運ぶという非常に重要な組織を構成する。

浅筋膜(皮下組織)は皮膚とその下にある深筋膜とを結びつける。深筋膜は全身の筋と腱膜を覆う。

皮膚と浅筋膜は骨格筋フレーム枠の上を滑り、保護するクッションになる。エラスチンと連結するコラーゲン線維シートはこの可動性を促進する。

・血管と神経は浅筋膜内で捻じれているため、伸長への適応が可能である。 

皮下組織
皮下組織

画像出展:「人体の正常構造と機能」

上から“表皮”→“真皮”→“皮下組織”になります。“浅筋膜”は皮下組織の部分です。

 

 

深筋膜
深筋膜

画像出展:「Tarzan」

深筋膜は浅筋膜(皮下組織)と筋(筋外膜)の間にあります。

 

 

肉眼的構造と分布

・線維束(皮膚支帯)は、真皮から深筋膜までそれらの連結を強化しながら皮下層を横断する。

・健常成人男性で体重の約20%、女性で約25%が白色脂肪である。

・皮下脂肪は身体の全脂肪貯蔵の約50%を占めるが、貯蔵は動的で細胞内で2~3週間ごとに入れ替わっている。

・成人では脂肪細胞の数は一定であり、幼児期と思春期のあいだに遺伝によって確定する。

・成人では脂肪細胞の約10%が毎年入れ替わる。

構成要素と機能の関係

間質液

皮下組織にはリンパ管と毛細リンパ管の豊富な網状組織が存在する。

・間質液には毛細血管からの組織液の産生と皮下リンパ管への吸収の動的な釣り合いがあり、下に存在する筋の収縮によってドレナージ[血液・膿・滲出液・消化液などの感染原因の除去や、減圧目的で患者の体外に誘導、排泄すること]が助けられている。

力吸収

・“線維脂肪組織”の皮下への混合物は、身体表面への圧縮力と剪断力に耐える圧力吸収装置として機能する。

断熱

・皮下脂肪は身体を熱損失から断熱する。

エネルギー源

・皮下脂肪は貯蔵エネルギーの非常に重要な蓄えになる。

・エネルギー源はトリグリセリドである。

血管配列

・下肢の伏在静脈は筋膜下よりも筋膜間に存在している。

・静脈は深部の筋膜と表層の膜様の2つの筋膜で区切られた区画内に存在する。その区画の中で、静脈は結合組織によって固着される。

皮下脂肪はすぐに使用できるエネルギー源であるため、非常に豊富な血液供給がある。また、体温調節の役割も果たす。

・小さな動脈は2つの網状組織を供給する。乳頭下血管叢が最も表層にあり、皮下組織の近くの真皮に存在している。第2の網状組織は皮膚網状組織であり皮下組織に存在する。2つの網状組織は自由に通じ合う。

より小さな静脈は動脈に伴走し、2つの網状組織に同じように配列される。この配列は皮膚の中を流れる支配血液の吻合を可能にするので、豊富な動静脈吻合を提供する。 

あたらしい皮膚科学
あたらしい皮膚科学

“乳頭下血管叢”をネットで調べていて見つけたものです。これは以下にご紹介した皮膚科医の清水宏先生のオフィシャルサイトにあったものです。著者である先生が本1冊、しかもとても分かりやすい見出しをつけてアップされています。

 

 

 

・四足動物では皮下組織の深い部分に皮筋層という皮筋の広範囲なシートがあり、虫などの皮膚刺激物を取り除く保護機能を有するが、人ではこの層はただの痕跡にすぎない。

線維

皮膚への張力特性と弾性特性を制御している。

皮下には3種類の線維が存在する。主にコラーゲンとエラスチンだが、レクチン(一種のコラーゲン)も存在する。

・コラーゲンは皮膚が伸長されるときに抗張力を示す。種にⅠ型だがⅢ型とⅤ型も存在する。

・線維は脂肪細胞を取り囲み小葉にグループ化する。また、真皮と深筋膜を結びつける。

・エラスチンは真皮と表皮の伸長と弾性反跳に関係する。

細胞

・皮下組織にある線維芽細胞は、コラーゲン線維とエラスチン線維と他の基質蛋白質で形成される蛋白質を合成することに加え、それらはコラーゲン線維と他の線維の分解にも関与する。

・血液単球から生じるマクロファージは食細胞である。

・好中球は通常、炎症反応に関与することなく間質液を循環する。

肥満細胞は血中好塩基球の特徴を有し、ヘパリン、セロトニン、ヒスタミンを産生し、毛細血管に作用して浸透性に影響を与える。 

肥満細胞(炎症のメディエータ)
肥満細胞(炎症のメディエータ)

画像出展:人体の正常構造と機能」

 左下に肥満細胞(マスト細胞)が出ています肥満細胞は粘膜下組織や結合組織などに存在します

この図を見ると、”炎症”のプロセスにおいて、”肥満細胞”が非常に重要な役割を担っているのが分かります。そこで、細かいですがご紹介させて頂きます。

『感染症や外傷によって組織が傷害されたとき、細菌などの有害因子を排除し、組織を修復するために起こる治癒過程を炎症という。具体的には、①局所の血流が増加し、②血漿および白血球が血管外に移動し、③血漿成分と食細胞が協力して有害因子を除去し、④組織が再生される。

上記の経過中、主として血流量の増加や血漿の漏出のために組織に現れた変化を、肉眼的にあるいは自覚症状としてとらえられたものが「炎症の4徴候」すなわち発赤、腫脹、熱感、疼痛である。炎症反応は種々の化学伝達物質によって調節されている。血漿キニンや、細菌によって活性化された補体成分、炎症巣において白血球が放出する種々のサイトカインなどがこれに含まれる。これらを総称して炎症のメディエータという。

肥満細胞は補体やIgE抗体で刺激されると脱顆粒を起こし、ヒスタミンやセロトニンを放出する。これらのアミン類は、毛細血管の内皮細胞を収縮させ、細胞間隙を広げることにより血管透過性を亢進させる。肥満細胞は次いで、プロスタグランジンE₂(PGE₂)、ロイコトリエンB₄(LTB₄)、血小板活性化因子(PAF)といったアラキドン酸代謝物を産生・放出する。これらも血管透過性亢進作用を持つ。

血漿の漏出により組織間液が増加し、組織は腫脹する。また、組織圧の上昇により、あるいはブラジキニンによって痛覚受容体が刺激され疼痛を覚える。

ブラジキニン、プロスタグランジンE₂は細静脈を拡張させ、局所の血流を増加させる。血流によってより多くの酸素と栄養素が運ばれ、組織の代謝が亢進し再生修復を促進する。局所の血流増加と代謝亢進は、発熱と熱感として観察される。

炎症が始まって数分以内に、組織内のマクロファージが到着し貪食を開始するとともに、TNF-α、IL-1、IL-6を産生する。これらのサイトカインは炎症局所のみならず全身的に幅広い作用を持つ(①接着分子の発現 ②好中球の動員 ③急性期蛋白質(CRPは代表的な物質)の誘導 ④発熱)。

細胞外マトリックス-基質

・基質は糖蛋白(エラスチンの伸張と反跳特性のために必要。また、コラーゲン線維の沈着と定位を制御している)、グリコサミノグリカン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、コンドロイチンとデルマタン硫酸を含む。

他の成分

・らせん状の汗腺の深部は皮下組織に広がる。毛包根もまた皮下組織にある。

皮下組織の加齢変化

・皮膚と下に横たわる浅筋膜は弛緩して伸びる。そして、下垂軟部組織、偽性脂肪沈着変形、セルライトに帰着する。また、発汗と皮脂腺が衰退し、上にある皮膚を乾燥させるようになる。

1.4 肩と腕の深筋膜

肩の深筋膜

・肩の深筋膜は体幹と四肢両方の筋膜に似た特性を有している。

・大胸筋、三角筋、僧帽筋、広背筋の筋膜は固有の層を形成し、これらすべての筋を包み込み前鋸筋の上を通過し、強い筋膜層を形成する。

・大胸筋、三角筋、僧帽筋、広背筋の筋膜は、比較的薄いコラーゲン線維層である。

・大胸筋、三角筋、僧帽筋、広背筋の筋膜は、筋膜内面から延びている一連の筋内中隔[筋肉と筋肉の間を隔てる厚い結合組織]により各筋にしっかりと付着しており、筋自体を多くの束に分けている。

・筋外膜(筋上膜)は深筋膜と下に横たわる筋の間で識別不能である。多くの筋線維はこれらの筋膜の内側や、直接に筋内中隔から起因する。

・胸筋筋膜は鎖骨から起こるが、胸筋筋膜深層だけは鎖骨骨膜に付着し、浅層は上方の深頚筋膜の浅層へと続き、胸鎖乳突筋と僧帽筋を取り囲む。

・胸筋筋膜深層は内側では、胸骨骨膜に入り込む。

・胸筋筋膜浅層は胸骨を越えて、反対側の胸筋筋膜へ延びる。

・胸筋筋膜は遠位では、腹直筋鞘や反対側の外腹斜筋筋膜から起こる若干の線維展開によって補強される。

・胸筋筋膜は平均151μmの厚さである。そして、頭尾側方向で厚さが増し、乳房部では平均578μmの厚さに達する。

・胸筋筋膜は剣状突起状上にて交差した線維パターンを形成する。

医学の発展のために
医学の発展のために

今度は“胸筋筋膜”で検索したところ、またまた凄いサイトを見つけました。

『13th NNACで私の仕事を紹介する機会を頂きました。脳神経外科(脳血管の機能解剖)がメインの研究会ですが、脳神経外科領域のみならず、内科、専門科を含めた領域で解剖学変異(破格、バリエーション)の知識を共有できるホームページがあれば、稀な疾患への治療方針が迅速に立てられるようになり、患者さんの命を救うのに少しでも役に立たつのではないかと考え、協力してくださる医師・研究者と日本を代表する医学教育サイトを目指すことにしました。私が慶應義塾大学医学部解剖学教室に勤務するようになって33年ほど経過しました。このホームページは、医学生のために役に立ちたいという思いでつくりましたが、医学生のみならず、医師、患者さんとの情報共有ができればと考えています。

・三角筋筋膜はその下の筋肉の大きさに関係なく、人によって筋膜の厚さは様々である。筋膜は筋に強く付着し、三角筋の種々の部分と結合する。

・三角筋は3つの部分(前部、側部、後部)に区別できる。

・三角筋筋膜は僧帽筋を覆っている筋膜に続く。

・三角筋筋膜の表層筋膜層は連続している。

・三角筋筋膜の深層は肩甲棘や鎖骨に入り骨膜と連続する。

・三角筋と胸筋筋膜は波状コラーゲン(多数のエラスチン線維が不規則な網目を形成している)で、その下の筋に対して多少横断して配列している。

・鎖骨胸筋筋膜は浅層の筋層を剥離すると見える。

・鎖骨胸筋筋膜と大胸筋との間には疎性結合組織があり、そのため大きな分割面が存在する。それにより胸筋筋膜深層が鎖骨胸筋筋膜に対して独立して滑ることができる。

・鎖骨胸筋筋膜は鎖骨から生じて、鎖骨下筋と小胸筋を囲むために遠位に広がる強い結合層である。

・鎖骨胸筋筋膜は外側では腋窩筋膜と烏口腕筋筋膜へ続く。

・鎖骨胸筋筋膜は2部位に分かれる。1つは小胸筋を覆っている部分、もう一方は小胸筋の上縁と鎖骨間の三角形の形状層である。

・鎖骨胸筋筋膜は胸動脈、神経、橈骨皮静脈が通過する。

・肩甲下筋筋膜は肩甲骨周囲の種々の中で最も薄いが明確な層である。

・肩甲下筋筋膜は外側には腋窩筋膜と棘下筋筋膜、そして頭側は棘上筋筋膜へ続く。

・棘下筋筋膜は棘下筋と大円筋を覆う。

・棘下筋筋膜は一部を広背筋と三角筋に覆われる。一方、広背筋、僧帽筋、三角筋の接合する筋膜だけは浅層面にある部分を覆う。この部分において、2つの筋膜が各々に固着し、強い筋膜プレートを形成する。

・棘上筋筋膜は棘上筋を覆って肩甲挙筋の筋膜へ続く、厚さは様々で時に脂肪組織を含む。

・棘上筋筋膜と棘下筋筋膜の遠位1/3は肥厚が常に認められ、この肥厚が肩甲上神経の動的な圧迫となり、症例の15.6%に関与していると考えらえている。なお、肩甲上神経の症例の殆どは下肩甲靭帯に由来するものである。

・腋窩筋膜は、浅筋膜と深筋膜の結合によって形成される。

・腋窩筋膜は外側では腕の浅筋膜と上腕筋膜、内側では大胸筋筋膜と鎖骨胸筋筋膜、後方では広背筋筋膜と肩甲下筋筋膜へと続く。

・腋窩筋膜は多数のリンパ節を含んでおり、多数の神経と血管が通過し線維組織と脂肪の栓で満たされている。

腕の深筋膜

・上腕筋膜と前腕筋膜は、腕の深筋膜を形成する。

・腕の浅筋膜は皮下脂肪組織の範囲内に存在し、容易に深筋膜から分離できる。

・上腕筋膜は強力であり、腕の筋を覆っている半透明の層状結合組織である。

・上腕筋膜の厚さは平均863μmであり、前部は後部より薄い。この筋膜内では様々な方向へのコラーゲン線維束を容易に確認できる。コラーゲン線維束は腕の長軸に対して横走するだけで、縦走あるいは斜走する。

・上腕筋膜は外側・内側筋間中隔と上顆に付着しているが、下の筋から容易に分離できる(プレート1.4.1)。

・上腕筋膜は近位では腋窩筋膜と大胸筋、三角筋、広背筋の筋膜に連続する。

プレート1.4.1
プレート1.4.1

画像出展:「膜・筋膜

上腕前面の解剖、上腕二頭筋から上腕筋膜を剥離している。

 

・前腕筋膜は結合組織の厚い白っぽい層の外観を呈し、屈筋と伸筋区画を包み、その内側面からそれらの間の中隔へと延びる。

・前腕筋膜の厚さは平均0.75mmであり、手関節領域で増加し(平均1.19mm)、手関節の屈筋・伸筋支帯を形成する。

・前腕筋膜は様々な方向に走行している線維束より形成される。

・手関節では線維束は内外側方向と外内側方向へ多重層となって近位から遠位へ配列する。

・前腕筋膜は橈側手根屈筋と尺側手根伸筋の上にあるが、遠位では腱鞘が筋膜と融合し、手関節では筋膜は腱鞘を包み込んでいるように見える。

・前腕筋膜は尺骨動脈と尺骨神経が通過するギヨン管の屋根を形成する。

・前腕筋膜は外側と内側では母指球筋膜、小指球筋膜へと続き、隆起間に厚い横断的線維束が張る。

・3層の平行なコラーゲン線維束は、互いに疎性結合組織の薄い層で分けられ、腕の深筋膜を形成する。これらの束の配列は各線維内では平行であるが、層ごとに異なっている。

多くの血管は浅筋膜(皮下組織)内の疎性結合組織層に存在し、線維束と混ざる。

筋膜展開

筋膜展開は腱付着部近くに集中するストレスを減少させると同時に動きも減少させる。

・上腕三頭筋内側頭は遠位で前腕筋膜へ、尺側手根伸筋は小指球筋群へ腱展開があり、最後に小指外転筋は腱展開を伸筋腱膜へもたらす。上肢全体の前方運動の間、大胸筋鎖骨部線維の収縮は、上腕筋膜前部を引っ張る。上腕二頭筋の同時収縮は、その上腕二頭筋腱膜によって前腕筋膜の前部を引っ張る。一方で、長掌筋が屈筋支帯、手掌腱膜、母指球筋筋膜を引っ張る。このように、これらの筋膜連結は上肢の屈曲に関与する様々な筋成分間に解剖学的連続性を形成する。

上肢の筋膜展開
上肢の筋膜展開

画像出展:「膜・筋膜

上肢の深筋膜と下に横たわる筋のあいだの連結を示した略図。

 

筋膜には神経分布が豊富であり、この神経支配は、ほとんどの場合、固有受容型(機械受容器、自由神経終末など)であるため、筋膜の特定の領域の伸張は固有受容の特定のパターンを活性化する。筋の骨への付着は機械的な動きに作用するが、筋膜の付着は固有感覚の役割を担い運動知覚に関与する。 

腕の深筋膜弾性

・筋力計を用いた腕の深筋膜弾性研究では、筋膜が筋収縮で発生した力を伝達することができることを示した。上腕二頭筋腱膜と上腕三頭筋の伸張は、それぞれ5.63㎏と6.72㎏の平均牽引力を示した。大胸筋と広背筋の伸張力は約4㎏であった。手の腱における伸長力は弱く、約2.5㎏の牽引力である。弾性は筋の量と力に関連があるように思われる。

経絡≒ファシア2

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

序論

筋膜の世界にようこそ!

・第1回国際筋膜研究学術大会は2007年10月、ハーバード大学医学大学院の会議センターで開催された。

『本書の目的は、研究者と身体構造を治療している専門家のために、身体の結合組織マトリックス(筋膜)に関連した情報を系統化することである。』

臓器を包んでいるだけではない

・解剖において筋膜は“何かを見るため”最初に切除しなくてはならない白い包みである。

・筋から腱を通じて骨へ力が直接に伝わることはほとんどなく、筋は筋膜シート上に収縮力や緊張力を与えることに関与している。この筋膜シートは拮抗筋と共同筋に力を伝える。そのため1つの関節ではなく、それ以上のいくつかの関節に関与する。

・『筋膜組織は1つの大きなネットワーク器官であり、たくさんの袋やロープのような局所の高度化を何百と有しており、ポケット内に何千というポケットを有し、また頑丈な隔膜や疎性結合層によりすべて相互に結合している。』

筋膜とは?

・『軟部結合組織内の解剖学的区別は重要であるが、細部にこだわると大きなスケール上で認識されているだけの重要な組織の連続性については無意識に排除されかねない。たとえば、頸部斜角筋の筋膜は胸郭内の心膜と隔膜に連続しているという臨床上の重要性について、われわれと議論する整形外科医には驚きであるが、オステオパシーや一般外科医にはそれほどでもない。』

2009年の筋膜研究学会(Huijing & Langevin 2009)において、膜という用語は、“人体に広がっている結合組織系の軟部組織成分”とされた。また、人体全体の張力伝達システムである線維性コラーゲン組織であるとも記述された。 

筋膜と考えられている異なった軟部組織
筋膜と考えられている異なった軟部組織

画像出展:膜・筋膜

・筋膜組織はコラーゲン線維の密度と方向によって異なる。

・浅筋膜は低密度でほとんどは多方向か不規則は線維アライメントであり、腱や靭帯より密度が高く一方向性である。

・筋内の筋膜(隔壁、筋周膜、筋内膜)、内臓筋膜(体網や心膜のようなより強固な軟部組織を含む)は、さまざまな方向と密度を有する。

・固有筋膜は二方向から多方向配列である。

・支帯や関節包は示していないが、靭帯と腱膜、固有筋膜の間でさまざまである。

 

・『膜組織の広汎な定義における大きな有用性の記載がある一方、より伝統的な著者は筋膜という用語を腱膜や靭帯のような規則的な組織と区別して、“不規則”な結合組織の高密度化層と限局して使用していることも認識している。ある分野においては、そのような区別はほんとうに可能であり、臨床において有用である(例として腰部の筋膜と腱膜)。そこで本書には可能なところに12の特定用語を追加し筋膜組織の詳細な記述をした。この特定用語はHuijing & Langevin(2009)によって提言された以下の用語である。

密性結合組織、疎性結合組織、浅筋膜、深筋膜、筋間中隔、骨間膜、骨膜、神経血管路、筋外膜、筋内および筋外腱膜、筋内膜。しかし身体の多くの重要な部位はそのような形態上分類間の緩やかな変化やさらに局所のコラーゲン構造の幾何学的種類(主要な線維方向、組織の厚さと密度の観点から)により特徴づけられるため、詳細な組織特性を理解することは非常に有用である。

・『本書は、筋膜学会のように、科学者と臨床家の両方に向けるという困難な役割を果たしている。第1部で筋膜の解剖学と生理学、第2部では臨床状態と治療について、第3部では近年の研究成果を紹介した。われわれは研究者が直面している筋膜周囲組織の定義の努力について目を向けた。どの組織か? どの線維方向か? 何が何に結びついているか? 臨床治療においてどの組織が損傷し、どの方向への力がかけられているかを定義する一助となるよう、研究手段により、いっそう臨床分野についての議論を展開しなくてはならない。臨床家と科学者が一緒にそして別々に、筋膜の基礎的理解と臨床治療についてさらに進めることに挑戦していくことがわれわれの希望である。』 

第1部 科学的基盤

パート1 筋膜体の解剖

1.1 筋膜の一般解剖

序論

・筋膜は三次元的基質を形成し、すべての器官に連続しており、線維と束間を分けているというよりはむしろ結合している。

●筋膜の一般構造と構成 

骨格筋の筋膜図
骨格筋の筋膜図

画像出展:膜・筋膜

・筋外膜は筋の周りを取り巻いているもの。[筋外膜は筋上膜とも呼ばれています]

・筋周膜は筋線維束を分けているもの。

・筋内膜は筋線維を分けているもの。

・各筋線維内には収縮性筋原線維が存在する。

 

筋内膜の機能解剖学

・筋内膜は筋線維を筋束につなげる唯一の組織である。

・筋内膜ネットワークは連続的な構造であるため、線維管内の終末線維で発生した張力は筋内膜ネットワークを通して伝達する。

筋周膜の機能解剖学

・筋周膜の量と空間分布は身体の筋間において異なる。

筋周膜は張力により簡単に形を変える。

・筋周膜は張力下において高張力剛性を示し、張力の大きな力を伝達するが、それは筋の作用する長さ以上に伸長された状況においてである。

筋周膜-筋内膜の接合領域

・筋線維を取り巻いている筋内膜は、筋周膜接合板(PJPs)にて断続的に筋周膜と結合していると考えられている。

筋周膜と細胞内下位領域

・筋線維の主細胞質構成要素間において、核とミトコンドリアが重要である。それは、筋線維の代謝とエネルギー算出をコントロールするためである。

・筋周膜のⅣ型コラーゲン成分の欠乏は、筋線維核とミトコンドリアのアポトーシス(細胞消滅)と関係する。

・筋が収縮するストレス下においては、筋周膜ケーブルの最終分岐が機械的情報伝達において重要な役割を果たす。

結論

筋膜は隣接筋線維が筋束内できつく結びついて力が伝達することにより、過伸長下における力の協調と損傷部位の保護を可能にする。

・力の伝達は少なくとも連続した線維筋では収縮力伝達の主要経路である。

・筋周膜と筋外膜が筋膜での力伝達経路としても作用するという根拠が多数存在する。

・動筋の機械的役割に連続的に適合するために、筋膜は合成と再構築(リモデリング)間で連続的な動的バランスをとっている。

1.2 体幹の筋膜

身体の筋膜の包括的組織

身体における体幹の筋膜の組織概説

全ての体幹組織は、身体の実質を包み込んでいる筋膜という軟部組織の中に存在する。

・筋は結合組織基質内で成長し、成体組織は筋外膜に覆われる。

・骨は間葉と呼ばれる胚筋膜基質から起こり、成体形では骨膜となる。

・間葉は肥厚化して関節包を強固にし、最終的に関節包の高密度層を覆っている筋膜を形成する。

体幹組織を包んでいる筋膜シートは、各組織を取り囲むことで直接的摩擦から保護している

・結合組織である筋膜は体幹系組織を取り囲むことにより、複雑で連続的な面やシートを結びつける。

・筋膜には多面的にゆがむと同時に、速やかに元の形に戻る能力がなくてはならない。この特徴は線維性成分が織り混ぜられている不規則性結合組織の筋膜によくみられる。

固有筋膜は線維要素が不規則に分布する結合組織と定義され、組織が平行に並んでいる腱や靭帯、筋膜、関節包とは対照的である。

筋膜の線維成分密度は局在と機能により非常に様々である。

皮下にある筋膜は動きやすいようにコラーゲン線維密度は低い。一方、筋や靭帯、腱、関節包を覆う筋膜は、コラーゲン線維の密度は高く、強固な支持が可能である。

・体幹系(筋、腱、靭帯、腱膜)は分化した構造ではないため、筋膜面の明確な境界域は存在しない。

リンパ管は筋膜面の不規則組織内に分布しているため、境界域組織に力がかかってもリンパはリンパ管の中を容易に流れる。

筋膜の体系―4つの主要な層

一般的アプローチ

・本章では不規則結合組織または、“固有筋膜”に焦点を当て、身体の軸を覆う主要な4層について述べる。この基本理念の修正が四肢に適応される。 

筋膜と考えられている異なった軟部組織
筋膜と考えられている異なった軟部組織

画像出展:膜・筋膜

固有筋膜は左の図の下部左端になります。

 

・体幹の4層は一連の同心性チューブとして配列している。

・筋膜の際外側部は層あるいは脂肪層と呼ばれる。

・脂肪層の深部に体幹の軸性筋膜がある。この層は体軸筋の筋外膜、歯根膜と腱や靭帯の周囲靭帯、骨膜となる。

・筋膜の軸層は四肢筋膜と連続している。

軸筋膜の内部は2層に分かれる。1つは神経組織を取り巻く髄膜筋膜、もう1つは体腔を取り巻く内臓筋膜である。

皮下脂肪組織層の下に、軸筋膜に類似した構成の筋膜層が四肢の筋を取り巻いており、四肢筋膜と呼ばれている。

四肢筋膜の内部には神経血管束を収容している筋内中隔がある。

筋膜の主要な4層

皮下脂肪筋膜

最外側層は皮下脂肪層筋膜で、浅筋膜とも呼ばれる。

・皮下脂肪層は脂肪細胞と同様に部位により様々なコラーゲン線維密度の著しい変化を伴って不規則結合組織で構成されている。

軸(体幹)筋膜

2番目の層は軸筋膜または深筋膜という。軸筋膜は層に末梢性に融合して身体の深部へ広がり、軸下(腹側)筋および軸上(背側)筋を取り囲む。

・軸筋膜は2つの平行した結合組織管により構成されていて、脊柱の前方と後方に走行する。発生的にこの2つの管は成人で脊柱となる脊索によって分けられる。前菅は軸下筋群を取り囲み横突起へ付着する。軸下筋群は頸部では頸長筋や斜角筋、胸部では肋間筋、腹部では腹斜筋と腹直筋を含む。軸筋膜の後管は軸上筋群を取り囲み横突起に付着する。各椎体の棘突起により、軸上筋膜管を2つの“半分の管”に分ける。後部の傍脊柱筋群は軸上筋膜の“半分の管”に含まれる。

脊柱の前方と後方を走行する軸筋膜
脊柱の前方と後方を走行する軸筋膜

(A)白い輪郭は軸筋膜を示している。

(B)筋区画の陰影

(C)軸上(背側)と軸下(腹側)筋膜円柱

軸(体幹)と四肢の境界には複雑な筋膜関係が存在する。

体壁の筋膜配列は肢節の連結によって非常に複雑になっている。

・胸筋や僧帽筋、前鋸筋、広背筋のような上肢の筋は、長い翼のように展開して体幹を覆い身体の正中の棘突起や、胸腰筋膜のように最終的に正中に附属する組織に付着する。

髄膜筋膜

3番目の筋膜層は神経系を取り囲む髄膜筋膜である。この層は硬膜ならびに下に横たわる軟膜を含む。

・髄膜筋膜は末梢神経を取り囲む神経上膜となり終わる。

・脊髄髄膜は壁側中胚葉から派生すると考えられる。

内臓筋膜

4番目の筋膜層は内臓筋膜であり、4つの主要筋膜層のうち非常に複雑な筋膜である。

発生学的に内臓筋膜は内臓組織から派生し、胸膜・心膜・腹膜として体腔を取り囲む。

身体の正中で内臓筋膜は、頭蓋底から骨盤腔まで延びる厚い縦隔を形成する。

要約

筋膜は身体全体を通して広く分布して、不規則でさまざまな密度のコラーゲン線維を織り混ぜたもので構成される結合組織の形態を示す。

筋膜は身体において複数の役割を果たす。大部分の構造物を覆い保護力は高く、また潤滑機能を提供することである。

・骨格成分間の相互接続ネットワークにより力の変換を制限する。

・細胞組成が免疫機能と感覚神経の役割を強く担っていることを示唆している。

・『特定の筋膜には多くの名称がついているにもかかわらず、本章では4つの主要筋膜層だけを表現することを試みた。最外側または皮下脂肪層(浅筋膜)は、おもに疎性結合組織と脂肪で構成されており、露出した開口部以外の体幹と四肢すべてを取り巻く。次に、筋や腱、靭帯、腱膜を覆っている、高密度な不規則性結合組織で構成された軸筋膜(深筋膜または被覆筋膜)の複合体配列がある。軸筋膜は四肢(四肢筋膜)に達し、軸(体幹)対照物と類似した構成と機能がある。この筋膜ネットワークは、骨格筋系要素の保護と潤滑に作用し、筋収縮時に力変換の伝達にも作用する。軸筋膜は脊柱で分けられる2つのそで(スリーブ)からチューブで配列され、そこから四肢筋膜が起こる。最終的な2層は軸筋膜内に包まれている。これらは、髄筋膜および内臓筋膜であり、両者はそれぞれ神経系と内臓を保護する役割を担っている。本章では、それらの小成分よりもむしろ主要層の提示に限定することで、身体の筋膜面の連続性を強調した。』

経絡≒ファシア1

私は2018年11月にアップしたブログ“閃く経絡(経絡と電氣)”で、[経絡≒ファシア]と考えるようになりました。

専門学校で学んだ「東洋医学概論」では、“経絡”、“経絡現象”、“経絡説”について、次のような説明がされています。

経絡

『経絡とは、気血の運行する通路のことであり、人体を縦方向に走る経脈と、経脈から分支して、身体各部に広く分布する絡脈を総称するものである。経絡の考え方は、古代中国人が、長い臨床観察を通じて得た一つの思考体系であり、蔵象とならんで東洋医学の根幹をなすものである。特に鍼灸医学にあっては、診断と治療に深く係わっており、きわめて重要である。』

経絡は縦方向の経脈が有名で、ゆえに“線”のイメージが強いのですが、正しくは身体に広がるもの、つまり“面”であるということです。このことは[経絡≒ファシア]を考えるうえでとても重要です。

経絡現象

『経絡現象は、特定の身体部位を指先で押したり、鋭利な石片(“砭石[ヘンセキ]”と呼ばれている)を刺したり、あるいは、刺して皮膚を傷つけて出血させたりする治療行為をする際に、おそらく発現していたのであろうと考えられる。日本で“針の響き現象”といわれている、針を刺したときに発生する特殊な感覚の伝達現象もその一つである。また、一定の部位に針を刺したときに、その部位の苦痛が緩解されるばかりでなく、遠隔部位にまで変化が波及することも含まれよう。』

経絡説

経絡説は、そのような経絡現象を基にして、その性質や現象の発現のルールを極めようとして考え出されてきたものである。したがって、経絡説は、それが形成されてきた時代の思考法や社会制度などに影響されざるをえない。』 

例えば、足少陰腎経と呼ばれる経脈は、「腎に属し膀胱を纏[マト]う」というように、経絡は体表のみならず体内の臓腑に働きかけるものとされています。しかしながら、私はこの“教え”を専門学校時代から疑っていました。

ところが、経絡≒ファシアと考えれば、この“臓腑に働きかける”ということも納得できます。さらに「ツボ(経穴)は皮下浅いところにある」、あるいは「“気至る”とは鍼を静かに丁寧に進めていって抵抗を感じるところ」なども、ファシアを連想させます。

そして、[経絡≒ファシア]と考えるならば、経絡を施術の柱としている私にとって、ファシアを深く知ることは極めて重要であり、もしかしたら、“新経絡”というような新たな道につながるかもしれません。

“閃く経絡(経絡と電氣)”の中で、『膜・筋膜 -最新知見と治療アプローチ』という本をご紹介しているのですが、熟読とは程遠くざっと目を通した程度でした。そこでファシアの基礎を学ぶため、この本を教科書として勉強させて頂くことにしました。

対象は「第1部 科学的基盤」になります目次は第2部、第3部も列記していますまた、 今回は自分自身の勉強が1番の目的であるため、大変細かくまた非常に長くなっています。そのため、ブログを12個に分けました。ご紹介している目次の黒字がブログの対象ですが、理解不足が顕著で書けない箇所など、全てを網羅してはいません。

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

2007年10月にHarvard Medical Schoolで開催された第1回国際筋膜研究学術大会(The 1st International Fascia Research Congress)において、「Fascia」は、「固有の膜ともよばれている高密度平面組織シート(中隔、関節包、腱膜、臓器包、支帯)だけでなく、靭帯と腱の形でのこのネットワークの局所高密度化したものを含む。そのうえ、それは浅筋膜または筋内の最奥の筋内膜のようなより柔らかい膠原線維性結合組織を含む」と定義づけられました。この定義をもとに、膜・筋膜に関する数多くの内容が本書に示されています。

本書では、膜・筋膜に関する最新研究とさまざまな治療アプローチに関して詳細に記載されています。第1部では、科学的基盤として、筋膜体の解剖、コミュニケーション器官としての筋膜、筋膜の力伝達、筋膜組織の生理学に関して詳細に記載されています。第2部は臨床応用として、筋膜関連の障害、筋膜の弾性に関する診断法、筋膜指向性療法として世界中の24の治療アプローチが記載されています。そして、第3部では、研究の方向性として、筋膜研究の方法論的な挑戦と新しい方向性が記載されています。』

こちらが原書の表紙です。発行は2013年2月です。

お伝えしたかったことは、日本語版に出てくる「膜・筋膜」は「Fascia(ファシア)」を意味しているという点です。 

 

ご参考

現在、ファシアについては以下のような書籍も出版されています。

その存在と知られざる役割
その存在と知られざる役割

こちらをクリック頂くと、医道の日本社さまのサイトに移動します。

 

筋膜の構造
筋膜の構造

こちらをクリック頂くと、医道の日本社さまのサイトに移動します。

 

日本では“Fascia”は“ファッシア”、または“ファシア”と表記されています。私は「日本整形内科学研究会」で勉強させて頂いており、こちらで使われてきたファッシアを用いてきました。しかしながら、Fasciaの広まりに伴いファシアの方の表記が一般的になりつつあるようです。従いまして、今後は“ファシア”とさせて頂きます。

米ニューヨーク大学医学部を中心とする研究プロジェクトは、2018年3月27日、科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に研究論文を発表しましたが、2日後にはニューズウィーク日本版が“ファシアは人体最大の器官であるとされました”との記事をアップしました。これによりファシアに対する認識は日本でも大きく前進したと思います。

目次

序論

●筋膜の世界にようこそ!

●臓器を包んでいるだけではない

●筋膜とは?

カラープレート

 

第1部 科学的基盤

パート1 筋膜体の解剖

1.1 筋膜の一般解剖

●序論

●筋膜の一般構造と構成

●筋内膜の機能解剖学

●筋周膜の機能解剖学

●筋周膜-筋内膜の接合領域

●筋周膜と細胞内下位領域

●結論

1.2 体幹の筋膜

●身体の筋膜の包括的組織

●筋膜の体系―4つの主要な層

●要約

1.3 浅筋膜

●序論

●肉眼的構造と分布

●構成要素と機能の関係

●皮下組織の加齢変化

1.4 肩と腕の深筋膜

●肩の深筋膜

●腕の深筋膜

●手掌腱膜

●筋膜展開

●腕の深筋膜弾性

1.5 下肢の深筋膜

●序論

●肉眼解剖学

●支帯

●線維展開と筋の挿入

●顕微解剖学

1.6 胸腰筋膜

●序論

●浅層

●深層

●運動学

●胸腰筋膜の解剖に関する議論

●結論

1.7 頸部と体幹腹側の深筋膜

●序論

●頸部筋膜

●3つの頸筋膜の配置

●胸郭の筋膜

●腹壁の筋膜

1.8 内臓筋膜

●序論

●内臓筋膜

●内臓靭帯

●癒着

1.9 頭蓋内における膜性構造と髄腔内の空間

●Blechschmidtによる硬膜の胚発生原動力

●頭蓋内膜系

●頭蓋外膜系

●髄膜の血管新生

●髄膜の神経供給

●硬膜系の役割

●相反性緊張膜

●今後の課題と未解決問題

1.10 横隔膜の構造

●序論

●発生学

●構成

●関係と役割

●横隔膜収縮の力学

●他の身体に対する相互作用

●横隔膜の収縮における共同作用

パート2 コミュニケーション器官としての筋膜

2.1 伝達器官としての筋膜

2.2 固有受容(固有感覚

●固有受容、機械受容と筋膜の解剖

●連結性と連続性

●体系はさまざまで解剖学的構造以上である

●機械受容の基質

●機械受容における結合組織と筋組織の体系の機能的役割

●動的なもの:靭帯や筋以上に

●固有受容における機械受容の分類

2.3 内受容

●序論

●内受容とは?

●官能的な感触

●新しい系統発生的な変化

●内受容と体性情動障害

●内受容性器官としての筋膜

●徒手療法と内受容

●運動療法と内受容

2.4 侵害受容:感覚器としての胸腰筋膜

●序論

2.5 全身伝達システムとしての筋膜

●序論

●筋膜

●生体マトリックスを介した運動連鎖の軌跡

●筋膜体系の調節

●結論

パート3 筋膜の力伝達

3.1 力伝達と筋力学

●筋腱の力伝達

●筋膜の力伝達

3.2 筋膜の力伝達

●筋膜の力伝達の筋肉基質

●筋外における筋膜の力伝達とその基質

●筋外における筋膜の力伝達の影響

●筋の筋膜負荷の複雑性

●考慮すべきさらなる要因

3.3 筋膜連鎖

●Kurt Tittel:筋スリング(筋索)

●Herman Kabat:固有受容性神経筋促通法(PNF)

●Leopold Busquet

●Paul Chauffour:“オステオパシーにおけるメカニカルリンク(機械的連結部)”

●Richter-Hebgenモデル

3.4 アナトミー・トレインと力伝達

●序論-メタ膜として細胞外基質

●分割不可能なものの分割

●筋の分離

●アナトミー・トレイン

●テンセグリティー

●結論

3.5 バイオテンセグリティー

●序論

●バイオテンセグリティーの起源

●バイオテンセグリティーモデルの張力器としての筋膜

●膜・筋膜のトレーニング

●運動の柱

●筋膜-骨格系の統合

●要約

3.6 皮下および腱上膜組織の多微小空胞滑走システムの作用

●序論

●力学的観察

●生体内微小解剖観察

●微小空胞の観察

●動的役割の外観

●結合、伝達、吸収されるストレス

●外傷と脆弱性

●MVCASとグローバル化

●結論

パート4 筋膜組織の生理学

4.1 膜・筋膜の生理学

●運動器官の結合組織

●構造と機能

●牽引または張力負荷vs圧力

●生理的刺激

●創傷治癒と徒手療法

●創傷治癒の条件

4.2 膜・筋膜は生きている

●筋膜の細胞集団

●筋膜の緊張性

●線維芽細胞の収縮から組織拘縮へ

●筋膜収縮力の調整

●自律神経系との相互作用

●筋膜組織への周期的振動に対する適応は?

4.3 細胞外マトリックス

●コラーゲン線維

●エラスチン線維

●基質

●非コラーゲン・蛋白質

●水

●要約

4.4 筋膜の特性に関するpHと他の代謝因子の影響

●pH調整と筋膜組織への影響

●筋膜機能へのpHの影響とは?

●成長因子

●性ホルモン

●レラキシン

●コルチコステロイド(副腎皮質ステロイド)

●乳酸塩

4.5 筋膜組織における流体力学

●間質液の特性

●間質液の形態学的な質

●細胞間の伝達媒体としての間質液

●組織の“呼吸”

第2部 臨床応用

パート5 筋膜関連の障害

5.1 筋膜関連の障害:序論

5.2 デュピュイトラン病と他の線維収縮性疾患

●序論

●本疾患で苦しんでいるのは誰か?

●デュピュイトラン病の基本的問題

●デュピュイトラン病の基礎解剖学

●手掌の小結節

●手掌の索状物

●特定の手指が他の手指より影響を受けるのはなぜか?

●筋線維芽細胞はすべて同じか?

●遠位手掌皮線の“くぼみ”を引き起こす細胞の起源は何か?

●腱膜上の細胞に収縮するように“指示する”のは何か?

●原因となる因子に関する知識をもつことによって合理的な治療を提唱することが可能か?

●ぺイロニー病

●レダーホース病

●結論

5.3 “凍結肩(五十肩)”

●序論

●概念と分類の確定

●疫学

●病因と病理発生

●臨床症状

●画像

●治療

●麻酔下での授動術

●要約

5.4 痙性不全麻痺

●序論

●上肢の痙性不全麻痺における外科的治療

●痙縮筋

●手術中の観察

●筋外の力伝達

●痙縮関連関節姿位の説明に対して

●結論

5.5 糖尿病足

●序論

●検査方法

●非酵素的糖鎖結合

●足底筋膜

●アキレス腱

●関節可動性の制限

●結論

5.6 強皮症と関連症状

●“強皮症”とは?

●徒手療法に関連する特殊な臨床像

●強皮症の種類と、全身性強皮症が調和する場所

●従来の医学的管理

●徒手療法(manual therapy:MT)は、強皮症関連の線維症変化を減少または後退させることができるか?

●科学的根拠:潜在的治療機序

●神経筋テクニックとマッスルエナジーテクニック

5.7 筋膜関連障害のトリガーポイント

●トリガーポイント

●筋膜とmTrPs

●治療結果

5.8 筋膜関連の疾患:過可動性

●序論

●EDSとマルファン症候群の臨床像

●EDSとマルファン症候群における神経筋の病変

●EDSマウスモデルの筋特性に対するTNX欠損の影響

●筋内変化:筋外への筋膜の力伝達の減少

5.9 足底筋膜の解剖学的構造

●足底筋膜の生体力学的機能

●足底筋膜の内的負荷

●足底筋膜炎

●要約

パート6 筋膜の弾性に関する診断方法

6.1 筋膜の弾性に関する診断方法

6.2 筋膜の触診

●自動的評価と他動的評価

●いつ診察しているか?

●触診に必要なもの

●何を触診しているか?

●セラピストがリラックスする必要性

●層

●クライアントとのコミュニケーション

●情報を得るための触診

●触診の目的

●考えるのではなく、“感じる”触診

●接触の生理学

●情報の選別

●オステオパシー的な触診の視点

●実際の触診

●触診の実践

●結論

6.3 過可動性と過可動性症候群

●序論

●病因

●過可動性と過可動性症候群に対する検査

●マルファン症候群

●過可動性性症候群の臨床症状

●管理の原則

●結論

●謝辞

パート7 筋膜指向性療法

7.1 包括基準と概要

●本章のトピックス包括の基準

●古い方法の更新と新たな方法の出現

●瘢痕

●鍼

●結合組織に対する幅広い影響

●筋膜アプローチを援助する道具

●神経モビライゼーション

●全身のエクササイズ

●運動系

●全身的徒手システム

●ストレッチング

●結論 

7.2 トリガーポイント療法

●序論

●トリガーポイント療法の原則

●トリガーポイント療法

●要約と結論

7.3 ロルフィング構造的身体統合法

●ロルフィングの前提

●ロルフィング構造的身体統合法における筋膜の重要な特徴

●統合された構造と機能の促進

●伝統的なロルフィング構造的身体統合法シリーズ

7.4 筋膜誘導アプローチ

●序論

●筋膜系制限をリリースするための神経生理学的メカニズム

●方法の説明

●筋膜アプローチの結果に関連した科学的根拠

●要約

7.5 オステオパシー徒手的治療法と筋膜

●序論

●OMTの観点における筋膜

●筋膜の理解に対するオステオパシーの貢献

●研究

7.6 結合組織マニピュレーション

●内臓-体性反射

●筋膜トリガーポイントの筋群に対する浅層

●CTMの生理学

●CTM

●評価

●治療

●禁忌

●臨床的有益性の根拠

7.7 筋膜マニピュレーション

●序論

●生体力学的モデル

●治療

7.8 機能障害性瘢痕組織の管理

●歴史

●軟部組織損傷の“活性瘢痕”モデル

7.9 筋膜指向性療法としての鍼治療

●序論

●手技

●乾燥穿刺

●根拠

●要約 

7.10 刮痧[カッサ]

●序論

●刮痧の用語

●刮痧の施術法

●適応

●禁忌

●生物学

●生理学

●安全性

7.11 プロロセラピー(増殖療法)

●序論

●歴史

●創傷治癒、修正と再生

●作用機序と注射に用いる物質

●適応、禁忌、合併症、リスク

●技術

●帰結と臨床的根拠

●今後の展望

●要約と結論

7.12 ニューラルセラピー(神経療法)

●序論

●神経解剖学

●方法

●適応、禁忌、合併症

●要約

●研究

●謝辞

7.13 動的筋膜リリース―徒手や道具を利用した振動療法

●序論

●筋膜に関連する徒手および機器を用いた治療の歴史

●Hebbの仮説、調和機能と振動

●律動的反射-緊張性振動反射と関連した効果

●打診バイブレーター

●ファシリティーテッドオシレートリーリリース(FOR)

●その他の機器

7.14 グラストンテクニック

●序論

●理論的根拠

●適用

●運動と負荷を伴うGTの使用

●局所と全身的アプローチ

7.15 筋膜歪曲モデル

●序論

●機械的感受性システムとしての結合組織

●専門家としての患者―Typaldos氏のモデル

●筋膜歪曲

●筋膜歪曲の診断

●筋膜歪曲の一般的な治療

●最後に

7.16 特定周波数微弱電流

●特定周波数微弱電流の歴史

●FSMと炎症

●FSMと瘢痕組織

●治療器

●筋膜痛治療に対する臨床効果

●FSM治療はどのように他の筋膜療法と異なるか

●特定周波数の効果を説明するモデル

●概念モデル

7.17 手術と瘢痕

●序論

●組織層の解剖学的構造

●手術

●治療

●基本的な手技

●結論

7.18 筋膜の温熱効果

7.19 ニューロダイナミクス:神経因性疼痛に対する運動

●序論

●末梢神経系の構造、機能と病態生理学

●重複性絞扼理論

●神経因性疼痛状態に対する運動

●臨床効果の根拠

●より大きな絵

7.20 ストレッチングと筋膜

●序論

●定義

●混在している根拠

●ストレッチング:組織変化の根拠

●結論

7.21 ヨガ療法における筋

●筋膜療法としてのヨガ(Yoga)

●ヨガと筋膜

●照会

7.22 ピラティスと筋膜:“中で作用する(working in)”技法

●序論

●東洋哲学と西洋哲学の混合

●さまざまな訓練の融合と統合

●生活様式によって制限された筋膜はピラティスによって変えることが可能か?

●ピラティスの原理と筋膜

●巧みな連結

●足部からコアへ

●内部からのアライメント支持

●“内部のごとく、外部もしかり”:内部から知覚した運動が外部で何が生じているかを考える

●専門機材:改質装置または変換装置

●リフォーマー対マシン

●要約

7.23 筋骨格および関節疾患の炎症抑制を目的とした栄養モデル

●炎症反応

●脂肪酸:抗炎症特性

●脂肪酸栄養補助食品:抗炎症特性

●料理用のスパイス(香辛料)とハーブ(香草):抗炎症特性

●果物と野菜:抗炎症特性

●飲料:抗炎症特性

●抗炎症食

7.24 筋膜の適応性

●序論

●筋膜の再構築(リモデリング)

●カタパルト機構:筋膜組織の弾性反跳

●トレーニングの原理

第3部 研究の方向性

パート8 筋膜研究:方法論的な挑戦と新しい方向性

8.1 筋膜:臨床的および基礎的な科学研究

8.2 画像診断

●序論

●筋外の筋膜構造の画像と付加的分析

8.3 生体内での生体力学的組織運動分析のための先進的MRI技術

●序論

●動的MRIと生体内運動分析

●模擬的徒手療法によって生じた変形量を計測そるためのMRI使用

●結果

●MRIの先進的動画ツール

8.4 筋のサイズ適応における分子生物学的な筋膜の役割

●序論

●生体内機械的負荷によって誘発される筋の適応

●筋のサイズ適応の分子機構

●筋線維サイズ調整における筋膜の役割

●成熟した単一筋線維の生体外培養

●要約

8.5 数学的モデリング

●序論

●有限要素法を利用した筋膜と筋組織のモデリング

●徒手療法に起因する変形のモデリング

ご参考:「臨床に役立つ生体の観察」

臨床に役立つ生体の観察
臨床に役立つ生体の観察

この「臨床に役立つ生体の観察」は初版が1987年6月であり、30年以上前に発行された書籍です。“筋膜”については、どんな説明がされているのだろうと思い、調べてみると興味深いものでした。また、Fascia(ファシア)が30年以上前から認識されていたということは意外でした。

『本書では筋膜(fascia)については北米式の慣習に従うが、北米式ではfasciaとは線維性結合組織(fibrous connective tissue)からなるsheetあるいはbandで、あるものは皮膚の深部に存在し、あるものは身体の種々の器官を被包し、またあるものは血管神経束(neurovascular band)を包むと定義されている。別に、筋を包むfasciaをinvesting fascia、「被包筋膜」 として区別する。』

対話型ファシリテーション

筋膜性疼痛症候群(MPS)研究会は、2018年4月、日本整形内科学研究会(JNOS)となり、前身の会員だった私は幸いにも新しくなったJNOSの准会員として、引き続き勉強させて頂いています。充実したオンラインセミナーは後日、動画配信されるため多くの有意義な機会を得ることができます。

今回のブログはその動画配信で学んだことであり、本はその時、紹介されていたものです。

“5W1H”の中には、“Why”も含まれていますが、「対話型ファシリテーション」の極意は、事実を明らかにすること、そのためには「なぜ?」「どうです?」を使ってはならないということです。これはかなり衝撃的でした。

対話型ファシリテーションの手ほどき
対話型ファシリテーションの手ほどき

著者:中田豊一

出版:認定法人ムラのミライ

初版発行:2015年12月

ブログで触れているのは、もくじ黒字の箇所です。

もくじ

1.「なぜ?」と聞かない質問術

2.「どうでした?」ではどうにもならない

3.「朝ごはんいつも何食べる?」の過ち

4.簡単な事実質問が現実を浮かび上がらせる

5.「いつ?」質問の力

6.行動変化に繋がる気付きを促すファシリテーション

7.○○したことは、使う

8.信じて待つ=ファシリテーションの極意

9.気付きには時間がかかる

10.達人のファシリテーション

11.対話型ファシリテーションを使うインドの村人

12.答えられる質問をす

13.それは本当に問題か

14.都合のいいように解釈する

15.時系列で聞いていく

16.対話型ファシリテーションの実践性

17.○○が足りない

18.問題とは何か

19.栄養不良の原因は何か

20.考えさせるな、思い出させろ

21.空中戦を地上戦に

22.対話型ファシリテーションは最強のコミュニケーションツール

6.行動変化に繋がる気付きを促すファシリテーション

●ファシリテーションはまちづくりや開発教育などのための参加型のワークショップの進行役がファシリテーターと呼ばれるようになり、それに伴って、技能としてのファシリテーションという言葉が徐々に広まった。

●ファシリテーションの技能の核心は、ワークショップなどにおいて、参加者の気付きを「促す」ことにある。

●養豚の方法についてラオスの村人達と研修したときの話(2回の研修では出席者は全員男性だった)

・ファシリテーター:①「今朝、豚に餌をあげましたか?」(全員、うなずく) ②「餌をあげる作業は誰がやりましたか?」(参加者の6世帯中、5世帯は妻の仕事だった)→村人曰く「母ちゃんを連れてきます」との気付きが生まれ、結果的に次回の研修では多くの村人が夫婦での参加となった。

対話型ファシリテーションは、簡単な事実質問によるやりとりを通して相手に気付きを促し、その結果として、問題を解決するために必要な行動変化を当事者自らが起こすように働きかけるための手法である。重要なことは、問題の当事者の「気付き」が「行動変化」のための大きなエネルギーになるということである。 

7.○○したことは、使う

①聞いたことは、忘れる。

②見たことは、覚えている。

③やったことは、わかる、身に付く

④自分で見つけたことは、使う

自分で見つけたもの以外は、ほとんど忘れる。ファシリテーションでは相手が答えを自分で見つけるまで、粘り強く働きかける必要がある。

自分で発見することは、気付きの喜びを得ることでもあり、その喜びをエネルギーに行動変化のための第一歩となる。

・同じ答えでも自分が見つけるのと他人から教えてもらうのとでは、心理的な効果という点では、天地の差がある。

●実際の場面では、すぐに気付くわけでも、すぐに行動に移るわけではなく、ほとんどの場合多くの時間を要する。そのため、ファシリテーターは焦ることなく地道に働きかけを続けていくことが求められる。 

10.達人のファシリテーション

対話型ファシリテーションの訓練は複雑なものではなく、「事実質問に徹する」という単純な実践の繰り返しである。事実質問を重ねていくと、人間の意識と行動と感情を繋ぐ糸の共通の仕組みがだんだんと目に見えるようになっていく。

●意識と行動と感情を繋ぐ糸は、「これは何ですか?」「それはいつですか?」と聞いていくことで見えてくる。 

12.答えられる質問をする

対話型ファシリテーションの前提は相手のことに関心をもっているということである。また、その際心がけることは「相手が答えられる質問をする」ことである。

●「答えられる」という意味は2つある。1つは、思い出す努力を少しすれば楽に答えられることである。代表的な質問は、「いつ、どこで、誰が?」というものである。もう1つは、心理的に答えやすい質問である。嫌なことを思い出させるような質問を無神経にしていては、相手は距離を置き、心を開くことはない。

●相手が答えられる簡単な事実質問をすることが、敬意を伝えるために最高の方法である。簡単な事実質問に答えているうちに、相手の自己肯定感が高まり、自然と互いの心が開かれていく。 

14.都合のいいように解釈する

●人が自分自身の問題の原因を分析する場合、自分の都合のいいように解釈するのは、人に元々備わっている精神の自己防衛システムであり、重要な役割を果たしている。しかしながら、それ故に自分の問題の原因を冷静に客観的に分析するのは、本人が考えているよりはるかに難しいものとなる。

人は相手が問題について語り始めると、「それは何故ですか」「どうしてですか」とつい聞いてしまう。すると、人は自分勝手な安易な原因分析や用意していた言い訳を離し始めてしまう。

・例)「なぜお子さんに朝ご飯をきちんと食べさせないのですか?」→「朝は時間がないからです」あるいは、「子どもが朝早く起きないからです」等々。

相手の問題や失敗について「なぜ?」と直接聞くと、詰問や非難のように取られることも少なくない。本当の原因を知りたい場合は、「なぜ?」「どうして?」は使ってはいけない。

●問題を明らかにするための支援では、「問題はなんですか?」という問いかけは、「なぜ?」や「どうして?」と同様に、問題の真実をむしろ隠してしまう。

15.時系列で聞いていく

対話型ファシリテーションでは、相手が問題を語り始めたら、まずは、「一番最近、それで誰がどのように困りましたか?」あるいは「それを解決するためにどんな努力をこれまでしてきましたか?」と聞く。そして、それが本当に問題だという合意をすることが必須であり、その確証がないまま本格的な分析に入っていってはいけない。

●合意できた問題の分析の基本は、常に、「いつですか?」「覚えていますか?」と聞きながら、時系列で質問を進めていくことである。一般的には、一番最近のことから聞いていき、徐々に古い記憶を呼び起こし、問題の大まかな姿が明らかになったら、いよいよ出発点の話に入っていくのが良い方法である。

●Nさん(喘息患者)に対する医師Aと医師Bの例

Nさん:かなり前から、時々、喘息発作に襲われていて、その都度手近な医院に駆け込んでいた。

・医師A:「どの程度の頻度で発作が起こりますか?」→Nさん:「年に2、3回くらいだと思います」。この結果、医師はその都度、薬を処方し発作は治まるということをここ何年も繰り返してきた。

・医師B:「前回、発作が起こったのはいつですか?」「その前は?」→これらの質問の結果、最近4カ月の間に少なくとも3回くらい発作が起こっていたことが分かった。

-医師B:「最初に喘息が起こったのはいつですか?」→Nさん「小さい時から小児喘息があったんです」→医師B「あったということは、それは治ったんですね?」→Nさん「はい、治りました」→医師B「それはいつですか?」→Nさん「高校生の時です」→この段階でNさんは気付いた。それは、高校を出るまでは母が付き添ってくれて定期的に通院していたけど、大学生になってからはそれがなくなり、たまに発作が起こっても病院に行かなくなり、誰からも「治った」と言われたことがないのに、「小児喘息は治った」と勝手に思っていた。という事実を認識した。

-医師B:「今の薬は強すぎますね。強い薬を使わず、微量の薬を毎日服用し時間を掛けて喘息との付き合い方、薬の手放し方を対処していきましょう」→Nさんは、今まで自分から進んで努力してこなかったが、今回、自分の病歴をはっきり意識し、自分でしっかり受け止めたところ、前向きのエネルギーが出てきたとのことである。まさにこれが、『自分で見つけたことは使う』ということである。

18.問題とは何か

●「問題とは“こうありたい姿”と“現実の姿”との距離である」という定義をコンサルタントは使うようである。問題の大小は距離の大きさになる。距離を縮める方法は2つ、一つはありたい姿に現実を変えていく方法、もう一つは目標を下げる方法である。そして、まずはっきりさせなければならないのは2つの距離である。距離は問題を明らかにすることであり、目標を設定することである。距離が明確になると、内側からやる気が湧いてくる。距離を縮める方法を考えることも、それを実行に移すことも、前向きになれることが多いのはファシリテーションの力といえる。

股関節唇損傷(フレイル)4

前回の、“医道の日本”と今回の“日臨整誌 vol.36 no.1 98”の各論文は、国会図書館に所蔵されており、有償の遠隔複写サービスを利用して入手しました。

日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号:関節内に陥入した股関節唇損傷の治療経験
日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号:関節内に陥入した股関節唇損傷の治療経験

日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号

関節内に陥入した股関節唇損傷の治療経験

左は、船越先生、山下文治先生、長岡先生、森先生の”京都下鴨病院”です。

左は、山下 琢先生の”山下医院”です。

要旨

・股関節唇損傷の診断は、自覚症状、他覚所見、MRI、超音波検査、リドカインテスト[リドカインという局所麻酔薬を注入して症状が一時的に消失かどうかをみるテスト]の結果を総合的に判断して行った。

・疼痛は股関節や殿部、大腿部に認めた。他覚的には股関節周辺の圧痛やパトリックサイン、股関節の可動域制限を認めた。リドカインの関節内注射を行ったところ、2例とも股関節痛が一時的に消失した。

股関節鏡にて、断裂し関節内に陥入した股関節唇を認めた。

・鏡視下関節唇部分切除術を行い、2例とも術後早期に股関節痛や可動域制限が改善した。

・症状が強くADL[日常生活動作]が低下している場合や、症状が長期間続く股関節唇損傷には、股関節鏡視下の関節唇切除術が有効であった。

症例1

63歳 女性

・主訴:左股関節痛、左殿部痛、左下肢痛

・現病歴:2009年11月、孫と遊んでから左股関節痛が出現した。発症直後より歩行が困難となり、可動域制限を認めた。2010年1月に病院を受診した。

・理学的所見:左股関節に圧痛を認め、跛行を呈していた。股関節の屈曲は100°、内旋、外旋は30°で、内外旋時に疼痛を伴っていた。パトリックサインは陽性、日本整形外科学会股関節機能判定基準(以下JOAスコア)は38点であった。[クリック頂くと”股関節JOAスコア”というPDF1枚の資料が表示されます]

症例2

68歳 女性

・主訴:右股関節痛

・現病歴:2008年5月ごろ、自転車走行中に転倒しかけた際、右下肢に負担がかかってから右股関節痛が出現した。車に乗る際や階段にて下肢を挙上する際に、疼痛を認めた。2008年7月に病院を受診した。

・理学的所見:股関節の屈曲は110°、内旋は30°で、内旋時に疼痛を伴った。開排制限を認め、パトリックサインは陽性で、JOAスコアは36点であった。

検査

1.単純X線写真

・症例1、2とも軽度の関節裂隙の狭小化を認め、日本整形外科学会変形性股関節症の判定基準第三案でのX線像からの評価における初期股関節症に分類されると思われる。

単純X線写真
単純X線写真

画像出展:「日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号」

 

2.MRI

症例1は、通常のT1およびT2強調像で関節唇損傷を疑う所見が認められなかった。T2 star weighted image(以下T2)では、関節唇の形状や信号強度の変化に左右差を認めた。患側の関節唇は健側と比べて先端が鈍的な形状となっていた。

MRI T2(T2強調像)
MRI T2(T2強調像)

画像出展:「日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号」

症例2は、T1強調像においても患側の臼蓋先端部分に等信号~低信号の肥厚した関節唇らしき陰影を認めた。T2では症例1と同様に関節唇の形状が鈍的に変化し高信号を呈していた。このように、2例とも、T2で関節唇損傷を疑う変化を認めた。

3.超音波検査

・2例とも、超音波検査で関節唇損傷部分にエコー信号の変化を認めた。

超音波画像
超音波画像

画像出展:「日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号」

4.リドカインテスト

・1%リドカインを約5ml股関節内に注入して疼痛の変化をみた。2例とも、リドカインの注入にて症状が一時的に消失し(リドカインテスト陽性)、疼痛の原因が股関節内にあることが示唆された。

治療

1.股関節鏡手術

・2例とも、全身麻酔下に牽引手術台を用いて行った。患側股関節を10°屈曲、10°外転、内外旋中間位とした。透視下に関節裂隙が約1cm開くまで患肢を牽引した。

2.後療法

・2例とも、手術翌日より股関節周囲筋を中心とした全身の筋力トレーニング、ストレッチングおよび股関節可動域訓練を開始した。荷重は痛みの状態に応じて判断した。手術後2週間で痛みを伴わない荷重歩行が可能になった。

結果

2例とも、術前の股関節およびその周辺の疼痛、可動域制限は術後約2~3週間で消失した。JOAスコアは、症例1が術前38点から術後86点に、症例2が術前36点から術後74点にそれぞれ改善した。

考察

・理学的所見としては、股関節の圧痛および股関節内旋、外旋時に痛みを訴えることが多い。

・関節内に陥入した股関節唇損傷の特徴的な症状は、1)疼痛によるADLの低下(特に歩行障害)が強い(陥入のないスポーツ症例は運動時痛が中心)、2)可動域制限を認める(陥入のない症例では可動域制限は認めなかった)などである。

治療は可動域制限や疼痛が軽度であれば保存的治療を約2~3カ月行ない、症状の改善がなければ手術的治療の適応と考えられる。しかし、症状が強くADLが低下している症例や保存的治療が無効な症例については、股関節鏡手術の適応と考える。

まとめ

母親の股関節の問題は、軟部組織によるものという認識は変わりませんでしたが、軟骨変性か股関節唇損傷か関節包(外側は線維膜、内側は滑膜)の損傷かは特定できませんでした。やはり、関節造影MRIの画像診断が必須です。

なお、超高齢女性に関しても、股関節唇損傷の可能性を示唆する特徴があり、股関節唇損傷でないと判断するのも難しいと思います。

外傷を伴わない変性断裂は、中高年の骨性変化の少ない女性に多い。

性別では71%が女性。

きっかけとなった外傷はなく、緩徐な発症。

年齢的な変化があったり、軽微な外傷を繰り返していると、関節唇が傷んだり、軟骨が損傷したりして鼡径部痛が生じることがある。

■捻った動作によって関節唇を損傷する場合もある。

■同じように関節唇が損傷していても痛みを感じない人もいれば、ひどく痛みを感じる人もいる。

■外傷を伴わないものが多く、潜行性に発症する。

■安静時に強い疼痛を自覚することは少ない。

■股関節の圧痛および股関節内旋、外旋時に痛みを訴えることが多い。

施術

・1日1回、夕食後に20分程度、座位(車椅子)で実施。

・ホットパックで骨盤前部、大腿部を温める。

・マッサージ(軽擦、手掌圧迫、母指圧迫など):腸骨筋、大腿四頭筋、内転筋群、ハムストリングス、前脛骨筋、下腿三頭筋。

・鍉鍼:内転筋群など主に硬い箇所を軽擦。

現状

・車椅子に座った時に、フットレストに乗せることはできるようになり、週1回訪問して頂いている看護師さんからも、「だいぶ硬さ(緊張)は取れましたね」とのご指摘を頂きました。元のように戻るとは思えませんが、介護する上では可動域が改善されたので楽になりました。現状を維持できるように施術を継続していきたいと思います。

ご参考

題名“股関節唇損傷”の後ろに( )でフレイルと記したのは、「加齢による原因が大きい」という思いからです。なお、加齢による問題にはフレイルの他、サルコペニアロコモ(ロコモティブシンドローム)があるのですが、「健検」さまのサイトに3つについて簡潔にまとめられていたページがありました。

サルコペニア・ロコモ・フレイルの共通点と違いは?”

股関節唇損傷(フレイル)3

今回の、“医道の日本”と次回の“日臨整誌 vol.36 no.1 98”の各論文は、国会図書館に所蔵されており、有償の遠隔複写サービスを利用して入手しました。

医道の日本:股関節唇損傷による股関節痛の診断、治療
医道の日本:股関節唇損傷による股関節痛の診断、治療

医道の日本 2013年4月号

特集 股関節痛へのアプローチ1

股関節唇損傷による股関節痛の診断、治療

左をクリック頂くと、迫田先生、内田先生の”産業医科大学若松病院 整形外科 スポーツ環境センター”のサイトが表示されます。

はじめに

・股関節痛の原因は多岐にわたる。

・股関節唇損傷は最近注目されるようになった疾患だが、正しい診断に至るまでに平均2年以上を要するという報告もある。

股関節痛の原因
股関節痛の原因

画像出展:「医道の日本」

股関節唇の解剖、機能

・股関節唇は線維軟骨と密な結合組織よりなり、臼蓋縁に付着して馬蹄形を呈し、下方は横靭帯と連続している。関節唇の前上方には神経終末が多く分布しており、閉鎖動脈、上殿動脈、下殿動脈から栄養を受けている。

・関節唇の静的機能としては、臼蓋の外縁に付着することで関節面の表面積を28%、臼蓋の深さを21%増大させ、関節内の適合性向上に関与している。

・動的機能としては関節内を密封することにより関節液を閉じ込め、荷重を均一に分散している。また。骨頭牽引時に関節内が陰圧となるため、骨頭の求心性向上に役立っている。

関節唇損傷は上記の機能が破綻するため関節の安定性が低下し、変形性関節症への進行の一因になると考えられている。

股関節レントゲン正常像

・股関節唇損傷の多くは臼蓋形成不全、FAI(股関節インピンジメント)などの骨形態異常を原因として生じ、明らかな外傷を伴わないことが多い。

股関節唇損傷が生じるメカニズム

1)臼蓋形成不全

・荷重時に臼蓋辺縁の関節唇に対して大腿骨頭から過剰な負荷が掛かり、これにより臼蓋辺縁の関節唇付着部が破綻し、関節唇損傷を生じる。

臼蓋形成不全
臼蓋形成不全

画像出展:「医道の日本」

2)Pincer type FAI

・Pincerとは臼蓋縁の一部または全体の過被覆のことである。股関節の運動時、特に屈曲時にPincerと大腿骨頭-頚部移行部が繰り返し、股関節唇損傷の原因になる。

Pincer type FAI
Pincer type FAI

画像出展:「医道の日本」

3)Cam type FAI

・大腿骨頭-頚部移行部が膨隆し非球形であること(Cam)により、股関節運動時、特に屈曲時にCamが臼蓋縁に押し付けられ股関節唇損傷の原因となる。

Cam type FAI
Cam type FAI

画像出展:「医道の日本」

4)Combined type FAI

・PincerとCamを同時に認めるため、股関節唇損傷を最も生じやすい。FAIの86%を占める。

股関節唇損傷の臨床像

・好発年齢は10代から40代が中心。

・臼蓋形成不全やPincer type FAIによる股関節唇損傷は女性に多く、Cam type FAIは男性に多い。

外傷を伴わないものが多く、潜行性に発症する。

・問診時に痛い部位を確認すると以下のように疼痛部位をおさえることがある。これはCサインと呼ばれ股関節唇損傷の特徴である。 

Cサイン
Cサイン

画像出展:「スポーツメディスン No138

・股関節唇損傷の90%以上が主に鼡径部痛を訴え、次いで大転子付近(59~61%)、大腿前面~膝(52%)、殿部(38~52%)、仙腸関節付近の痛み(23%)を訴える。鼡径部痛を伴わないケースもあることを認識しておく必要がある。

安静時に強い疼痛を自覚することは少なく、ランニング、座位、ねじり動作、歩行など、活動や特定の肢位により疼痛が誘発または増悪することが特徴である。

・患者は疼痛をさける肢位をとっていることが多く、患者の歩容、姿勢にも注意を払う必要がある。 

股関節唇損傷の患者の姿勢
股関節唇損傷の患者の姿勢

画像出展:「医道の日本」

疼痛誘発テスト

1)前方インピンジメントテスト

・股関節を他動的に伸展位から屈曲、内転、内旋させていき疼痛が出現した場合に陽性とする。

股関節唇損傷の手術症例中94.1%が陽性だった。

・股関節唇損傷における感度[疾患群で陽性となる割合]の高い検査法であるが、特異度[非疾患群で陰性である割合]は高くないので注意を要する。

前方インピンジメントテスト
前方インピンジメントテスト

画像出展:「医道の日本」

2)後方インピンジメント

・患者に自分で健側の膝を抱えてもらい骨盤を固定し、患側股関節を屈曲位から軸圧をかけながら外転、外旋させ、疼痛が誘発された場合に陽性とする。

股関節唇損傷の手術症例中43.8%が陽性だった。

後方インピンジメントテスト
後方インピンジメントテスト

画像出展:「医道の日本」

3)FABER(flexion abduction ex-ternal rotation)テスト

・背臥位で下肢を胡座位とし、脛骨結節から診察台までの距離を計測する。患側が健側に比して5cm以上大きければ陽性とする。仙腸関節に異常があっても陽性になるので注意が必要である。

股関節唇損傷の手術症例中80.6%が陽性だった。

FABERテスト
FABERテスト

画像出展:「医道の日本」

股関節唇損傷の診断

・病歴、臨床症状、理学的所見等から股関節唇損傷が疑われる場合、単純レントゲンやCTで臼蓋形成不全やFAIを生じるような骨形態異常の有無を確認する。

・股関節唇損傷については、通常のMRIでは感度が低いので、関節造影MRIや放射像撮影を撮像することが望ましい。

関節造影MRI、放射状撮影
関節造影MRI、放射状撮影

画像出展:「医道の日本」

関節造影MRI、放射状撮影

股関節唇損傷の治療

疼痛の原因が股関節唇損傷であると診断した場合、まずは理学療法を中心とした保存療法を6~12週行う。

・症状の改善が患者の望むレベルに達しない場合は、手術的治療を検討する。

おわりに

・股関節唇損傷は、股関節痛、鼡径部痛の原因として近年認知されてきた比較的新しい概念である。

・股関節唇損傷の臨床症状や診断法などはいまだ広く知られておらず、複数の医療機関への受診を要し、誤った判断や不要な検査、手術を受ける可能性がある。また、股関節唇損傷と診断されても保存的治療の有効性はまだ確立されていない。

・外科的手術の短期成績は良好だが、長期成績については今後の課題である。

股関節唇損傷は変形性関節症のリスクであり、予防、早期診断、治療に関するさらなる科学的根拠の蓄積と、医療従事者への啓蒙が急務である。

股関節唇損傷(フレイル)2

出版:南江堂

発行:2011年7月

編集:菊地臣一(執筆者は43名)

目次は”股関節唇損傷(フレイル)1”を参照ください。

股関節唇損傷による痛み

A.股関節唇の解剖と生理

・股関節唇は断面が三角形の線維軟骨からなり、寛骨臼の辺縁に付着する。下方の一部は関節黄靭帯に移行し、全体では輪状の構造物を形成する。膝半月のように付着部は血行に富み、末梢は無血行野となっている。その主な生理学的機能は、①関節安定性(吸着性)、②骨頭との適合性(ストレス分散)、③密閉性(潤滑液のブーリング)の保持である。

B.診察のポイント

1.医療面接

・問診では、現病歴を始め、既往歴、スポーツ歴などにも診断に有用な情報が含まれているので、詳細な聴取が必要である。

a.現病歴

・若年者では、スポーツなど運動の際に軽度の外傷を契機として発症することが多く、引っ掛り感やロッキングなどの機械的な刺激による疼痛を訴える。鼡径部痛、大腿前面の痛みが主で、時に殿部痛も伴うが、殿部痛のみを訴えるものは少ない。階段を昇る際の痛みや、しゃがみ込んだ時の痛み、症状が強い場合は夜間痛を訴えるものもある。

FAI(股関節インピンジメント)が比較的若年発祥である一方で、外傷を伴わない変性断裂は中高年の骨性変化の少ない女性に多い。また、遠距離のドライブなどの長時間の座位が疼痛により耐えられなくなるものも多い。その他、急な方向転換で股関節の外旋強制を受ける場合にも疼痛を訴える。

b.既往歴

・外傷歴や小児期の股関節疾患の既往は、FAIや臼蓋形成不全などの骨性因子を伴う関節唇損傷の原因になるので、発症時期や治療経過などを詳細に確認する必要がある。例えば、外傷性脱臼に伴う骨頭骨折、大腿骨頭すべり症、ペルテス病はFAIの原因となる。一方で、先天性股関節脱臼は、臼蓋形成不全の原因の1つとして広く知られている。

c.スポーツ歴

・スポーツ障害として股関節唇損傷がみられるが、競技種目としてよく挙げられるのは、野球、サッカー、ホッケー、ゴルフ、クラシックバレエ、フィギュアスケート、テコンドーなどの頻回の回旋運動、もしくは大きな可動域を要求されるものに多いとされる。特にFAIのあるものには発生頻度が高く、痛みのため競技休止を余儀なくされることが多い。

3.病態

股関節唇損傷の原因は、病態に関与する骨性因子があるか否かによって、大きく2つに分類できる。骨性因子があるものとしてFAIや臼蓋形成不全があり、骨性因子がないものとして変性断裂、スポーツ障害、外傷などがある。

a.骨性因子なし

骨性因子のない股関節唇損傷の原因は、①変性断裂、②スポーツ障害、③外傷の3つが挙げられる。

1)変性断裂

外傷を伴わない変性断裂は、中高年の骨性変化の少ない女性に多いとされ、特に日本人女性では、横座りの際に痛みを訴える人が多い。仕事や家事でしゃがみ込むことが多い人や、趣味でヨガやエアロビクスなどを行い、広い可動域を要求される人にも多く発症する。

2)スポーツ障害

1回のはっきりした外傷から起こることもあれば、繰り返される軽微な外傷から発症することもあり、3/4は後者であるといわれている。荷重下のピボット運動時に多いとされ、過屈曲、過伸展、過外旋など可動域一杯の運動を繰り返すことで起こりやすいとされている。

3)外傷

・主に交通事故や、スポーツ中の脱臼、捻挫などの際に発症するもので、靭帯損傷や骨折を伴うことから、受傷時の疼痛や腫脹が強い。初期治療の後に、残存する症状から股関節内の傷害に気付くことが多い。この場合、関節唇はもちろん、軟骨損傷や円靭帯断裂の合併頻度も高く、臼縁に小さな骨折が合併している場合もある。

4.画像所見

C.保存的治療

・『断裂した組織の自然治癒に関しては議論の多いところではあるが、Seldesらの報告で股関節唇損傷のある12股の新鮮凍結遺体において断裂部に新生血管がみられ、膝半月と同様に自然治癒の可能性を示唆している。そこで筆者の施設[大原英嗣先生:大阪医科大学]では、疼痛コントロールできる症例には、断裂の自然治癒を期待し保存的治療を行っている。』

・具体的には、疼痛誘発肢位の確認とその病態を説明し、日常生活において誘発肢位の回避を指導すると同時に運動療法を勧めている。大切にしていることは、他の荷重関節でも同じことが言えるが、非荷重での可動域内の持続的運動を行うことである。移動は自転車で行うように指導し、水中歩行や水泳を勧めている。症状の強い症例にはNSAIDsの投与を行い、変性断裂例などには、疼痛の原因が関節内にあることの診断を兼ねて局所麻酔薬にステロイドを加えて関節注射を行う。若年例では関節症変化がない症例には、関節軟骨表面の損傷に繋がるのでステロイド使用は控えている。

D.骨性因子なし

・初診後6カ月以上に渡り、仕事もしくはADLでの疼痛が改善しないものや、安静時痛が続くものに対しては手術治療を行っている。術式は、図10のように、関節唇の損傷程度により切除するか、修復するかを決めている。実質部の損傷が多い場合には切除を、そうでない場合は修復術として縫合を行っている。

画像出展:「股関節の痛み」

まずは、6ヵ月以上の保存治療が行なわれます。

月刊スポーツメディスン2・3月合併号 138

特集:股関節の痛み 鼡径周辺部痛、FAI、関節唇損傷、その他の痛みへのアプローチ

こちらは過去ブログ“股関節捻挫”の時に手に入れた専門誌ですが、今回は“股関節唇損傷”を強く意識して熟読しました。

1.股関節唇損傷の鑑別診断

広義と狭義の鼡径部痛症候群

・捻った時に痛い、ある肢位で痛い、という場合は、股関節唇損傷、筋損傷が疑われる。

画像出展:「スポーツメディスン

股関節唇損傷

・原因の一つはFAI(股関節インピンジメント)といって、大腿骨頭と臼蓋間の骨性衝突によって関節唇が損傷する。なお、FAIは骨の計測を行い、出っ張りがあった場合は疑う。

・内転筋由来鼡径部痛症候群では13%に関節唇損傷の可能性がある。

痛みの部位は88%が鼡径部だが、67%は股関節の横側、大転子付近に痛みがみられる。また、腰部は2割、殿部は3割、大腿前面は3割、大腿後面は1割というように痛みの部位は多い。

性別では71%が女性、平均年齢は38歳である。

一般的には、重度の跛行はない。また、きっかけとなった外傷はなく、緩徐な発症で、まあまあ痛い、鼡径部痛、きりっとした痛み、だるい感じ、活動したときに痛みがあり、夜間痛、引っかかると痛い、そして振り返り動作で痛いという症状を訴える。

股関節屈曲で内旋させるAnterior impingement test(図4)で95%が陽性。関節内で痛み止めを行うと、一時的にAnterior impingementの痛みがとれる。著効は90%。この2つを行い、関節内に造影剤を入れてレントゲン写真を撮り、その後MRIを撮ると、関節唇の状態や軟骨の剥離などが確認できる。 

画像出展:「スポーツメディスン

・ブロック注射で痛みが半減し、それで様子をみる場合もあれば、希望により手術を行う場合もある。

病態自体が新しいので確定診断まで約2年(平均21カ月)、平均3.3施設を受診している。

大腿骨頭と臼蓋間の衝突以外に、捻った動作によって関節唇を損傷する場合もある。

・日常生活では、しゃがみ込み、車の乗り降り(特に低い車での乗り降り)、椅子からの立ち上がり、振り返り動作などできりっとした痛みが出る。また、同じような肢位をとりやすい、新体操、ロッククライミング、陸上のハードル、空手、マラソン、スピードスケート、アイスホッケーなどでも出やすい。

年齢的な変化があったり、軽微な外傷を繰り返していると(degenerative change、minor trauma)、関節唇が傷んだり(labral tear)、軟骨が損傷したり(cartilage injury)して鼡径部痛が生じることがある。

・関節運動時に痛みがある壮年期の人でレントゲン画像の変化が少ない場合でも以下の図のように器質的疾患が疑われる。 

画像出展:「スポーツメディスン

・鼡径部症候群のまとめ

画像出展:「スポーツメディスン

2.股関節鏡手術 FAIと関節唇損傷

・日本では通常の手術で行っていた時代から、アメリカではきれいに骨を削って関節唇を縫合する手術を関節鏡手術で行っていた。

・日本ではFAI(股関節インピンジメント)は少なく、多くは臼蓋形成不全と考えられてきたが、内田先生の2009年から2011年に行った230例では、臼蓋形成不全は60例でFAIは151例で、日本では考えている以上に、FAIが多いと考えられる。ただし、臼蓋形成不全60例という数は欧米に比べると圧倒的に多い。

・『最初股関節痛があって、関節の中かなと思っていても、腸腰筋のインピンジメント[腸腰筋に肥厚や炎症があるとクリックがあり、詰まる感じがする]という可能性もあるので、最低1カ月半くらいは保存療法でリハビリをやりつつ様子をみて、それで3カ月以上みて反応しない症例については、手術を視野に入れて検査を進めていきます。

画像出展:「スポーツメディスン

絶対手術適応は、関節造影MRI(左の写真)で関節をみたとき、関節唇の断裂がはっきりわかる症例。

・『次に前述の保存療法で3カ月以上やっても改善がみられない症例、そして関節唇だけでなく、関節唇のそばに軟骨があるのですが、この軟骨が傷んでくると予後が不良になります。軟骨が少しでも傷んでいる所見があれば、早めの手術を勧めます。いたずらに保存療法を続けていると、だんだん変形性股関節症になっていきます。』

画像出展:「スポーツメディスン

 

・FAIは10代、20代、30代までは男性の方が多く、40代、50代になると女性の方が多くなる。

画像出展:「スポーツメディスン

 

・股関節に限らないが、痛みが精神的な要因に関係していることがある。また、同じように関節唇が損傷していても痛みを感じない人もいれば、ひどく痛みを感じる人もいる。さらに筋力も関係してくる。以上のことから、手術の適応を見極めるのは簡単ではない。

股関節唇損傷(フレイル)1

今回は、母親の股関節痛に伴う筋性拘縮に関するものです。

軟骨変性関節包股関節唇のいずれかの問題ではないかと考えますが、アスリートなどに多く、最近注目されているという点から“股関節唇損傷”をターゲットに調べていくことにしました。

状況

■年齢:102歳

■健康面

1.2020年元旦、椅子から転倒し右側頭部等を強打し救急搬送されましたが、脳、首、肩に問題はありませんでした。ただし、もともと限界寸前だった歩行は困難となりベッドでの生活となりました。

■発症時(2021年1月後半~2月前半)

1.左股関節、左膝関節が常時屈曲しており、伸展、外旋で痛みを強く訴えます。

2.訪問医の先生からは、「関節を動かせて、内出血、腫れ、炎症がないことから脱臼、骨折の可能性はないだろう」とのことでした。なお、問題なく椅子に座ることができ、大転子への押圧や踵への叩打でも痛みを訴えないので骨折ではないと考えました。

3.突然というより、少しずつという感じです。ベッドでは右側臥位で左足を右足の上にクロスさせるように伸ばしている姿勢が多かったのですが、左股関節・膝関節を曲げることが見られるようになり、そして仰臥位でも左膝を立てていることが多くなり、それが頻繁になり拘縮していったという感じです。 

この写真は2月末頃だったと思います。

■考えられる原因

1.受傷したという認識はありませんでした。ただし、両足をベッドの外に出し、ベッド内を90度回転するほど元気に動いていたため、そのような時に股関節の軟部組織のどこかを痛めたのではないかと思います(例えば、元の姿勢に戻ろうとして股関節に捻じりの力が繰り返し加わった等)。また、加齢による影響も大きいと思います。

股関節の解剖(骨軟骨関節構造、血管)
股関節の解剖(骨軟骨関節構造、血管)

画像出展:「股関節の痛み」

図の中央上部右から、関節軟骨関節唇関節包とありますが、この辺りに問題があるのではないかと思います。

格安で購入した3冊の古本は骨などに関する疾患について書かれており、軟部組織の損傷についての内容は殆どなかったのですが、とても重要なページが1つありました。

関節症の痛みと機能障害
関節症の痛みと機能障害

画像出展:「新よくわかる股関節の病気」

『関節症と痛みや機能の障害は図2-6のように悪循環を作っていますので、この悪循環を断ち切ることが基本です。変性の進行により痛みと炎症が強くなり、プロスタグランジンなどの血管の透過性を増し炎症を引き起こす化学的な物質を出して、滑膜の炎症、軟骨の破壊や軟骨細胞の変性が進みます。関節を最大に曲げたり伸ばしたりすると筋肉や筋膜による痛みが強いので、関節を動かさなくなります。さらに痛みのために歩く距離が少なくなり筋肉は衰えて萎縮し、関節の動きがさらに悪くなります。関節の動きが少なくなることで血液のめぐりを悪くし、関節の変性がより進行します。』

今の状況はまさにこんな感じです。これによれば、老化による軟骨変性が疑われますが、“軟骨変性”がどのようなものなのか分かりませんでしたので、“関節唇損傷”に“軟骨変性”を加え、この2つに注目しながら勉強することにしました。

題材は、次の4つです。①股関節の痛み 編集:菊地臣一 ②月刊スポーツメディスン2・3月合併号 138 特集:股関節の痛み 鼡径周辺部痛、FAI、関節唇損傷、その他の痛みへのアプローチ ③医道の日本 2013年4月号 特集 股関節痛へのアプローチ ④日臨整誌 vol.36 no.1 98 関節内に陥入した股関節唇損傷の治療経験(2例)。なお、ブログは4つに分けました。

最初の「股関節の痛み」は43名の先生が執筆され、菊地臣一先生によって編集されています。“股関節の解剖と生理”に始まり、基礎的なことも勉強できる期待していた内容の本でした。また、“股関節唇損傷”も出ていました。

股関節の痛み
股関節の痛み

出版:南江堂

発行:2011年7月

編集:菊地臣一(執筆者は43名)

目次

Ⅰ 痛みについて

1.運動器のプライマリケア―careを重視した全人的アプローチの新たな流れ

2.運動器の疼痛をどう捉えるか―局所の痛みからtotal painへ、痛みの治療から機能障害の克服へ

3.疼痛―診察のポイントと評価の仕方

4.治療にあたってのインフォームド・コンセント―必要性と重要性

5.各種治療手技の概要と適応

a.薬物療法

b.ペインクリニックのアプローチ

c.東洋医学的アプローチ

d.理学療法

e.運動療法

f..精神医学(リエゾン)アプローチ

g.気学的アプローチ

6.運動器不安定症―概念と治療体系

7.作業関連筋骨格系障害による痛み

Ⅱ 股関節の痛みについて

1.診療に必要な基礎知識-解剖と生理

A.股関節周囲の表面解剖

B.骨盤出口部の解剖

C.股関節の深層解剖

2.診察手順とポイント―重篤な疾患や外傷を見逃さないために、他部位の痛みを誤診しないために

a.小児の診察

A.医療面接

B.身体診察

C.画像診断

D.臨床検査

E.関節 刺および局所麻酔剤注入テスト

b.成人の診察

A.医療面接

B.身体診察

C.画像診断

D.疾患

3.鑑別に注意を要する股関節および周辺部の痛み

a.骨・軟部腫瘍

b.骨系疾患

c.発育期のスポーツ損傷・障害による痛み

4.股関節疾患と間違いやすい痛み

A.腰椎疾患による股関節痛

B.骨盤部疾患による股関節痛

C.腹部内蔵器による股関節痛

5.画像診断と臨床検査

A.股関節痛と画像診断

B.股関節痛と臨床検査

6.各種治療手技の実際と注意点

a.薬物療法

b.理学療法・運動療法

A.理学療法

B.運動療法

c.ペインクリニックのアプローチ

A.トリガーポイント注射(圧痛点注射)

B.股関節ブロック

C.腰神経叢ブロック

D.仙腸関節ブロック

E.梨状筋ブロック

F.股関節知覚枝高周波熱凝固

d.東洋医学的アプローチ

A.漢方

B.鍼灸

C.指圧・マッサージ

Ⅲ主な疾患や病態の治療とポイント―私はこうしている

1.化膿性股関節炎による痛み

■治療の実際

A.診察のポイント

B.鏡視下洗浄・ドレナージ

C.化学療法

D.遺残変形

E.化膿性関節炎に対する私のアプローチ

2.Perthes病による痛み

■治療の実際

A.診察のポイント

B.治療方針

C.保存的治療

D.観血的治療

E.予後予測(重症度の判定)

F.長期成績

3.単純性股関節炎による痛み

■治療の実際

A.診察のポイント

B.治療

4.大腿骨頭すべり症による痛み

■治療の実際

A.病型と痛みの原因

B.痛みの特徴とアプローチ

C.画像所見

D.治療方針

E.主な観血的治療

5.変形性股関節症による痛み

a.治療の実際①

A.変形性股関節症の診断と治療

B.変形性股関節症による痛みと治療法選択

C保存法の実際

D.手術療法における術式選択

b.治療の実際②

A.痛みの特徴と診断

B.治療方針決定のためのポイント

C.保存療法

D.手術へ踏み切るタイミング

E.手術療法

F.股関節手術に対する考え方と治療方針

6.特発性大腿骨頭壊死症による痛み

a.治療の実際①

A.治療方針の決定

B.保存療法

C手術療法

b.治療の実際②

A.診察のポイント

B.薬物療法

C.手術療法

D.専門医に紹介するタイミング

7.一過性大腿骨頭萎縮症による痛み

■治療の実際

A.病態

B.診察のポイント

C.薬物療法

D.物理療法

E.専門医に紹介するタイミング

8.急速破壊型股関節症による痛み

■治療の実際

A.定義と病態

B.診察のポイント

C.治療方針

D.手術療法

E.術後リハビリテーションと予後

9.骨粗鬆症による骨盤・大腿近位部の脆弱性骨折

■治療の実際

A.背景と病態

B.骨盤IF

C.仙骨IF

D.大腿骨近位部IF

10.関節リウマチによる痛み

a.治療の実際①

A.診断と治療のポイント

B.薬物療法

C理学療法

D.関節注射

E.手術療法

b.治療の実際②

A.診察のポイント

B.薬物療法

C.物理療法・運動療法・装具療法・その他

D.ブロック療法

E.手術療法

F.専門医に紹介するタイミング

11.股関節唇損傷による痛み

■治療の実際

A.股関節唇の解剖と生理

B.診察のポイント

C.保存的治療針

D.骨性因子なし

E.骨性因子あり

Ⅱ股関節の痛みについて

1.診療に必要な基礎知識-解剖と生理

A.股関節周囲の表面解剖

股関節の痛みの領域は、①前方(鼡径部など)、②外側(大転子周辺)、③後方(殿部)の3領域に大別されることが多い。

股関節の表面解剖
股関節の表面解剖

画像出展:「股関節の痛み」

1)前方のランドマーク

a.恥骨結合

・外上方から鼡径靭帯、外下方から長内転筋が付着する。同部周辺の疼痛を訴える疾患として、恥骨結合炎や恥骨骨折、内転筋損傷などがある。

b.大腿三角(スカルパ三角)

・上方は鼡径靭帯、外側は縫工筋内縁、内側は長内転筋外縁の三辺からなる逆三角形のくぼみであり、同部には内側から大腿静脈(Vain)、大腿動脈(Artery)、大腿神経(Nerve)が“VAN”の順に位置する。その深部に大腿骨頭があるため、同部の診察が診断の手がかりとなる股関節疾患は少なくない。また、股関節疾患以外の疼痛性疾患としては、腸恥骨液包炎、鼡径部のヘルニアなどがある。

c.上前腸骨棘

・鼡径靭帯を上方にたどると、上前腸骨棘を容易に触れる。大腿筋膜張筋や縫工筋が付着し、付着部の炎症や裂離骨折が生じる。

2)外側のランドマーク

a.大転子

・大腿骨外側の骨性隆起部で、大転子周囲の疼痛を訴える疾患として、股関節疾患、大転子滑液包炎、弾発股、感覚異常性大腿痛などがある。

b.坐骨結節

・殿部の骨性隆起部で、ハムストリングスが付着し、付着部の炎症や裂離骨折を生じる。股関節疾患や腰仙椎神経根症(坐骨神経痛)の後方の疼痛好発部位は坐骨結節より近位外側にある。

B.骨盤出口部の解剖

骨盤出口部には骨盤内から股関節周囲へ向かう筋、神経、血管が存在する。骨盤出口部(鼡径靭帯部、閉鎖孔、大坐骨孔)ではヘルニアや絞扼性神経障害が生じる。そのため、同部の解剖の理解が股関節周囲の解剖知識の整理や、股関節の痛みの病態を理解する上で有用である。

骨盤出口部の解剖
骨盤出口部の解剖

画像出展:「股関節の痛み」

1.鼡径靭帯

・鼡径靭帯の深部を、腸骨筋、大腰筋、大腿神経、外側大腿皮神経、陰部大腿神経(大腿枝)、大腿動・静脈などが通過する。鼡径靭帯の下を通過する神経は、股関節前方の知覚と股関節屈曲を支配する。鼡径靭帯の障害として、鼡径部のヘルニアや感覚異常性大腿痛がある。

2.閉鎖孔

・閉鎖孔内の外上方は閉鎖神経、閉鎖動脈が通過しており、同部は閉鎖孔ヘルニアが生じる部位でもある。閉鎖神経は股関節内側の知覚と股関節内転を支配する。

3.大坐骨孔

・大坐骨孔は腸骨、仙骨、仙棘靭帯、仙結節靭帯の内縁からなり、大坐骨孔を仙骨内側から大転子上部へ付着する梨状筋が通過する。骨盤から殿部に出る血管・神経は、すべて梨状筋の上か下かで大坐骨孔を通過する。梨状筋の上(梨状筋上孔)を上殿神経と上殿動脈が伴走する。梨状筋の下(梨状筋下孔)を通る神経・血管のうち重要なのは、①坐骨神経、②下殿神経、③下殿動脈である。梨状筋下孔を通過する神経、股関節後面の知覚と股関節の伸展と外転を支配する。同部の絞扼性障害として梨状筋症候群がある。

股関節(周囲)痛の原因
股関節(周囲)痛の原因

画像出展:「股関節の痛み」

C.股関節の深層解剖

1.関節内

関節内の解剖は骨軟骨構造と軟部組織(関節包、関節唇、靭帯)からなる。変形性股関節症のようにX線で診断されることの多い骨軟骨構造の障害と異なり、軟部組織の障害は画像診断も困難であり、病態が判然としないことが多い。しかし、近年の股関節鏡技術の発達に伴い、軟部組織障害の診断と治療が鏡視下に行われるようになってきている。

a.骨軟骨構造

・股関節は寛骨臼と大腿骨頭から構成され、寛骨臼と関節唇が大腿骨頭の2/3を包み、臼状関節を形成している。この関節構造が関節の安定性に重要な役割を果たしている。骨軟骨障害をきたす股関節疾患は多い。

b.軟部組織

1)関節包

・寛骨臼と大腿骨頚部を連結する線維性組織である。関節包は寛骨臼側では寛骨臼縁より近位に付着する。一方、大腿骨側の前面では転子間線に付着するのに対して、後面では転子間稜より近位に付着するため、大腿骨頚部全面を覆っていない。そのため、大腿骨頚部骨折(基部)では、関節内骨折か関節外骨折かの鑑別が単純X線写真では困難な症例がある。

2)靭帯

・関節包は線維性の靭帯組織で取り巻かれ、前方は腸骨大腿靭帯、恥骨大腿靭帯、後方は坐骨大腿靭帯が覆い、関節包を補強し股関節を補強し股関節の安定に寄与している。

3)関節唇

関節包内面の寛骨臼周囲を取り巻く軟骨性組織であり、衝撃吸収作用や吸盤機能作用を有し、股関節の安定化に寄与している。解剖学的には、関節唇内部には神経終末が存在し、臼蓋形成不全による股関節症では股関節痛の発症と関節唇断裂が強く相関することが指摘されている。

股関節の解剖
股関節の解剖

画像出展:「股関節の痛み」

a.筋肉

・最大荷重関節である股関節には強力な筋肉群が存在し、屈曲・伸展、内転・外転、内旋・外旋の6方向の動きに作用する。強力な股関節周囲筋に由来する障害として、骨盤付着部の裂離骨折や炎症、肉離れ、筋腱靭帯の炎症などがある。

股関節の運動(筋)と支配神経
股関節の運動(筋)と支配神経

画像出展:「股関節の痛み」

b.神経

・股関節周囲の運動と知覚は、主に2つの脊髄神経叢[腰神経叢L2,L3,L4、脊髄神経叢L(4)5,S1,S2(3)]が支配している。腰仙椎神経根障害では股関節周囲に放散痛が生じるため、腰仙椎疾患の鑑別に注意が必要である。股関節周囲の理解しておくべき神経徴候・障害として、関連痛、Valleix点の圧痛、絞扼性神経障害がある。

1)関連痛

・内臓、筋、関節などの損傷によって、障害部位と離れた部位に感じる痛みを「関連痛」という、股関節の内側障害例では、股関節内側を支配する閉鎖神経が興奮し、閉鎖神経の分枝の支配域である大腿や膝に痛みを生じることがある。股関節の脊髄神経支配は多様であり、障害部位により関連痛領域が多岐にわたる。変形性股関節症において、膝以下まで疼痛が及ぶのは4~47%と報告され、腰仙椎部神経根障害との鑑別が困難な症例がある。

2)Valleix点

・神経痛がある場合に、体表近くを走行している神経の直上を圧迫して、圧痛を感じる部位といい、三叉神経痛では眼窩上・下孔がValleix点として知られている。腰椎椎間板ヘルニアや梨状筋症候群などの坐骨神経痛例では、ときに殿部で有痛性の坐骨神経を触知できる。

3)絞扼性神経障害

・股関節周辺では、様々な絞扼性神経障害が報告されているが、代表例として梨状筋症候群と感覚異常性大腿痛がある。

①梨状筋症候群

・梨状筋部での坐骨神経の絞扼性神経障害であり、坐骨神経痛(殿部痛・下肢痛)を生じる。坐骨神経走行の解剖学的破格以外に、梨状筋部での腫瘍、ガングリオン、異常血管などによる圧迫などが報告されている。

②感覚異常性大腿痛

・鼡径靭帯や上前腸骨棘部での外側大腿皮神経の絞扼性神経障害である。外側大腿皮神経は、上前腸骨棘の遠位内側で鼡径靭帯の下を通り大腿ヘ下行するが、様々な解剖学的破格があり、上前腸骨棘を乗り越えて下行する型もある。そのため、股関節の前方アプローチ、腸骨採骨、腹臥位手術、長時間の腹臥位、妊娠、分娩などにより障害され、大腿近位外側に不快な痛みや痺れを生じることがある。

骨盤出口部の解剖:鼡径部
骨盤出口部の解剖:鼡径部

画像出展:「股関節の痛み」

腰仙骨神経叢
腰仙骨神経叢

画像出展:「股関節の痛み」

c.血管

・骨盤、股関節の栄養血管の大部分は、内腸骨動脈の分枝と外腸骨動脈の末梢である大腿動脈とその分枝からなる。

1)内腸骨動脈

・内腸骨動脈の分枝で骨盤、股関節の栄養に関係するのは、①上殿動脈、②下殿動脈、③閉鎖動脈である。内腸骨動脈は骨盤壁に沿って走行するため、骨盤骨折に伴う血管損傷の大部分は内腸骨動脈枝である。また、鼡径部や殿部に分枝する血管が存在することから、内腸骨動脈枝である。また、鼡径部や殿部に分枝する血管が存在することから、内腸骨動脈閉鎖(瘤)が慢性的な鼡径部痛や殿部痛の原因となる。

2)外腸骨動脈

・外腸骨動脈の分枝で股関節周辺、大腿骨頭の栄養に関係があるのは、①大腿動脈と、これからの分枝である②内・外大腿回旋動脈の血管網である。大腿骨頚部骨折によりこれらの動脈はしばしば損傷され、大腿骨頭壊死が生じる。

骨盤と股関節の血管
骨盤と股関節の血管

画像出展:「股関節の痛み」

c.血管

・骨盤、股関節の栄養血管の大部分は、内腸骨動脈の分枝と外腸骨動脈の末梢である大腿動脈とその分枝からなる。

1)内腸骨動脈

・内腸骨動脈の分枝で骨盤、股関節の栄養に関係するのは、①上殿動脈、②下殿動脈、③閉鎖動脈である。内腸骨動脈は骨盤壁に沿って走行するため、骨盤骨折に伴う血管損傷の大部分は内腸骨動脈枝である。また、鼡径部や殿部に分枝する血管が存在することから、内腸骨動脈枝である。また、鼡径部や殿部に分枝する血管が存在することから、内腸骨動脈閉鎖(瘤)が慢性的な鼡径部痛や殿部痛の原因となる。

2)外腸骨動脈

・外腸骨動脈の分枝で股関節周辺、大腿骨頭の栄養に関係があるのは、①大腿動脈と、これからの分枝である②内・外大腿回旋動脈の血管網である。大腿骨頚部骨折によりこれらの動脈はしばしば損傷され、大腿骨頭壊死が生じる。

腎性貧血

貧血を改善するため、EPO(エリスロポエチン)を注射されている患者さまがおいでです。また、医療関係者としての登録が必要になりますが、田辺三菱製薬さまのサイトに、海外では日本に比べ腎性貧血に対しての意識が高いとの指摘をされている動画がアップされていたことがあり、以前から少し気になっていました。

そこで、今回、「腎・高血圧の最新治療」の2016年4月に発行された、「特集 腎性貧血の未来医療に向けて」というバックナンバーを購入しました。ブログは“治療薬”ではなく“腎性貧血”についての基本的な知識や機序に注目しているため、治療薬に関しては一部のみとなっています。

腎性貧血の未来医療に向けて
腎性貧血の未来医療に向けて

特集 腎性貧血の未来医療に向けて

出版:フジメディカル出版

発行:2016年4月

なお、ブログで触れているのは以下の黒字の部分になります。

企画にあたって

1.新しい腎性貧血治療ガイドライン

はじめに

1.腎性貧血の診断

2.腎性貧血治療の管理目標

3.鉄の補充

4.腎移植後貧血

2.REP細胞におけるEPO産生制御機構

はじめに

1.REP細胞

2.低酸素応答系によるEPO遺伝子発現制御機構

3.病態環境下でのREP細胞におけるEPO産生制御機構の破綻

おわりに

3.ヒトiPS細胞由来エリスロポエチン産生細胞

はじめに

1.ヒトiPS細胞由来エリスロポエチン産生細胞

2.エリスロポエチン産生オルガノイド

おわりに

4.腎性貧血治療薬の新たな展開 

はじめに

1.赤血球造血刺激因子製剤

2.HIF安定化薬としてのHIF-PHD阻害薬

3.腎性貧血と鉄代謝―へプシジン、エリスロフェロンと鉄剤の使用

4.GATA阻害薬

1.新しい腎性貧血治療ガイドライン

勝野敬之:名古屋大学大学院医学系研究科病態内科学講座腎臓内科学

伊藤恭彦:名古屋大学大学院医学系研究科腎不全システム治療学寄附講座・腎臓内科

・近年では、長時間作用型の赤血球造血刺激因子製剤(ESA)が登場し、また腎性貧血に関する多くの臨床研究が報告されている。

・鉄の投与方法に関してはいまだ議論の多いところではある。

・軽度のフェリチン値上昇であれば、TSAT(トランスフェリン飽和度)20%未満の患者において、鉄剤投与による貧血改善の可能性が示唆された。

はじめに

1980年代に遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン製剤が開発され、腎性貧血治療は大きく変貌することとなった。

1.腎性貧血の診断

腎性貧血の発症機序として主なものは、腎臓から分泌されるエリスロポエチン(EPO)の相対的分泌不全である。他の要因としては、尿毒症性物質による造血障害赤血球寿命の短縮鉄利用障害栄養障害などが挙げられる。

内因性EPOは近位尿細管周囲間質に存在する線維芽細胞様細胞から分泌され、酸素分圧低下に反応してEPOを産生する。

増加した炎症性サイトカインが赤芽球のEPO感受性低下を引き起こすことが報告されている。

・赤血球寿命が短縮することは古くから報告されているが、報告では30~60%程度の短縮とするものが多い。

炎症性サイトカインとは

『炎症反応を促進する働きを持つサイトカインのことである。免疫に関与し、細菌やウイルスが体に侵入した際に、それらを撃退して体を守る重要な働きをする。血管内皮、マクロファージ、リンパ球などさまざまな細胞から産生され、疼痛や腫脹、発熱など、全身性あるいは局所的な炎症反応の原因となる。

炎症性サイトカインの種類には、腫瘍壊死因子(TNF)、インターロイキン(IL)-1、IL-6、IL-8、ケモカインなどがある。看護roo! 用語辞典」より

※慢性炎症と肥満

”炎症性サイトカイン 慢性炎症”で検索したところ、2つの興味深い資料が見つかりました。前者はPDF6枚、後者はPDF7枚ものの資料です。また、2017年2月に”慢性炎症”というブログをアップしています。ご参考まで。

1)病気のきっかけとなる慢性化した脂肪細胞の炎症

2)肥満症と炎症

2.REP細胞におけるEPO産生制御機構

鈴木教郎:東北大学大学院医学系研究科附属創生応用医学研究センター 新医学領域創生分野

赤血球増殖因子エリスロポエチン(EPO)は尿細管質の「REP細胞」でつくられる。

・REP細胞は線芽細胞様の細胞であり、髄質外層から皮質全域に広く分布する。

血などにより、REP細胞への酸素供給量が減少するとEPO産生量が増大し、骨髄における赤血球造血が誘導される。

・腎臓が線維化するような病態環境下では、REP細胞が筋線維芽細胞に形質転換し、EPO産生能を失う。

REP細胞は腎臓病による線維化と貧血の双方で、責任を負う重要な細胞である。

はじめに

・エリスロポエチン(EPO)は糖鎖を豊富に含む約30kDaの糖蛋白質であり、赤血球前駆細胞の分化増殖を誘導する。

・EPOは主に腎臓でつくられており、貧血や低酸素のストレスより産生量が増大する。

1.REP細胞

腎EPO産生細胞(REPrenal EPO-producing細胞)。

REP細胞は尿細管間質で毛細血管に巻きつくように存在しており、髄質外層から皮質全域に渡って分布する。

REP細胞の微小環境
REP細胞の微小環境

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

・骨髄の赤血球前駆細胞に作用するEPOが腎臓から分泌される理由については明解が得られていないが、REP細胞周囲の微小環境に理解への糸口を見出すことができる。

・REP細胞は毛細血管に隣接しているが、血管内は糸球体濾過後の血液が流れている。

・尿細管質は原尿から再吸収された間質液で満たされており、REP細胞に供給される酸素は常に少ないことが考えられる。

・REP細胞周囲の微小環境は酸素供給量が少なく、酸素消費量が多いことから、個体への酸素供給量の減少を最も鋭敏に感知できる部位であるといえる。

2.低酸素応答系によるEPO遺伝子発現制御機構

・生体にとって酸素は不可欠であるため、低酸素状態に陥った細胞はさまざまな遺伝子を発現誘導し、低酸素環境に適応しようとする。

・EPO遺伝子に加え、血管新生や解糖系にかかわる遺伝子群が低酸素誘導性遺伝子として知られている。

哺乳類の成体では、重篤な貧血時にはREP細胞に加え、肝実質細胞でもEPOが産生される

3.病態環境下でのREP細胞におけるEPO産生制御機構の破綻

慢性腎臓病などの病態環境下では、REP細胞が筋線維芽細胞に形質転換する。筋線維芽細胞はEPO産生能を失っており、コラーゲンなどの細胞外基質を産生することにより、腎性貧血と臓器線維化を促進する。

PHD阻害薬:経口薬。EPO誘導を生理的範囲で制御することにより、EPOの過剰投与を回避できる。CKD患者で高値であることの多いヘプシンの発見を抑制して鉄利用を改善する。一方、VEGFなど血管新生因子や糖代謝にかかわる遺伝子発現を亢進することから、長期投与による血管新生・増殖性・低酸素耐性がかかわる病態(糖尿病性増殖性網膜症、加齢性黄斑、悪性新生物の増殖など)への影響の検討が今後の課題である。

3.ヒトiPS細胞由来エリスロポエチン産生細胞

人見浩史:香川大学医学部形態機能医学講座薬理学、京都大学iPS細胞研究所

西山 成:香川大学医学部形態機能医学講座薬理学

長船健二:京都大学iPS細胞研究所

エリスロポエチン製剤は腎性貧血に有効であるが、間歇投与による赤血球の変動、抗エリスロポエチン抗体産生による薬剤不応などの問題があり、脳や心血管疾患のリスクが増大するという報告もある。

・iPS細胞を用いて、エリスロポエチン産生細胞を分化誘導することに成功した。

はじめに

エリスロポエチン欠乏に伴う腎性貧血に関しては、透析療法では対応できない。

・慢性腎不全患者は腎臓間質で産生されるエリスロポエチンの分泌が減少するため、腎性貧血はほぼ必発である。

1.ヒトiPS細胞由来エリスロポエチン産生細胞

・腎臓の構成細胞を分化誘導した報告がされている。また、ヒトiPS細胞に種々の刺激を加えることにより、エリスロポエチンを産生する細胞を作り出すことに成功した。

ヒトiPS細胞由来エリスロポエチン産生細胞
ヒトiPS細胞由来エリスロポエチン産生細胞

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

4.腎性貧血治療薬の新たな展開

鈴木健弘:東北大学病院腎血圧内分泌科、東北大学大学院医工学研究科分子病態医工学

阿部高明:東北大学病院腎血圧内分泌科、東北大学大学院医工学研究科分子病態医工学、東北大学大学院医工学研究科病態液性制御学

3.腎性貧血と鉄代謝―へプシジン、エリスロフェロンと鉄剤の使用

・ヘプシジンは肝臓で産生され、腸管からの鉄吸収と全身の貯蔵鉄(網内系)の放出など体内の鉄動態を制御する。鉄過剰(輸血、静注・経口鉄剤投与)や炎症によりヘプシジンは誘導されて鉄の腸管吸収や体内鉄の動員を抑制するため体内鉄利用を制限する。

腎性貧血と鉄代謝
腎性貧血と鉄代謝

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

このため高ヘプシジンは造血過程における鉄利用を妨げ、貧血の原因のみならず、ESA[長時間作用型の赤血球造血刺激因子製剤]や鉄剤に対する治療抵抗性の原因となる。ヘプシジンは腸管上皮、マクロファージなどの網内系と肝細胞膜表面に発現している鉄のトランスポーターであるフェロポルチンに結合してその膜表面発現を抑制するため、腸管からの鉄吸収や体内鉄の放出動員を抑制する。HIF[低酸素誘導因子]-PHD阻害薬はヘプシジンの発現を抑制するため、高ヘプシジンで鉄利用障害がある患者での貧血改善効果も期待される。

感想

生活習慣(食事、運動、睡眠)に注意し、特に肥満(内臓脂肪型肥満にならないことが、炎症性サイトカインや慢性炎症という問題を遠ざけ、腎性貧血の予防になるのだと思いました。

EPO産生細胞の驚異の回復力
EPO産生細胞の驚異の回復力

こちらのグラフはブログ”腎臓が寿命を決める”でご紹介したものです。

病気の腎臓ではEPO産生細胞のEPO産生力は著しく衰えるが、炎症を抑えると本来の力が蘇った』とあります。

やはり、鍵は「炎症性サイトカイン」だと思います。

 

ご参考1:慢性炎症性疾患とCRP(C-リアクティブ・プロテイン:炎症の強さ)

「HbA1cとCRP」とのタイトルですが、後半に具体的な慢性炎症性疾患や慢性炎症のCRP値に関する記述があります。

『CRPは細菌感染、ウイルス感染、外傷、心筋梗塞、胃炎、腸炎などの急性炎症性疾患で上昇しますが、細

胞の炎症であるガン、脂肪細胞の炎症である肥満、血管の炎症である動脈硬化、脳細胞の炎症である認知症、膵臓の炎症である糖尿病、関節の炎症であるリウマチ、結合組織の炎症である自己免疫疾患などの慢性炎症性疾患でも上昇します。慢性炎症性疾患では、CRP値は0.3~2.0mg/dlと急性炎症性疾患の際に比べて比較的低値です。風邪、扁桃腺炎などの咳、痰、喉の痛み、熱などの症状がなく、CRPが上昇している際には先ほど述べた慢性炎症性疾患が存在しています。』

ご参考2:”めざせ健康長寿 大注目の検査はこれだ!”(NHK:ためしてガッテン)

”ためしてガッテン”2017年5月の放送で、慢性炎症と肥満について取り上げられていました。

ストレス」「タバコ」「過度の飲酒」「高血糖」など…様々な原因で起きる「慢性炎症」ですが、もうひとつ注目されているのが「肥満」です。食べ過ぎや運動不足などによって「肥満」になると、脂肪細胞が脂肪を溜め込み大きく膨らみます。するとそこへ免疫細胞が集まって炎症を起こすことが分かってきました。

冷え症2

著者:仙頭正四郎、土方康世
家庭でできる漢方 冷え症

著者:仙頭正四郎、土方康世

出版:農山漁村文化協会

発行:2007年1月

目次は”冷え症1”を参照ください。

第2章 冷え症はこんな症状も引き起こす

1.みんなが知らない冷えの怖さ

●“冷え症”とはどういうものか?

・冷えとほてりの不思議な関係

-“冷え症”とは「体の一部が異常に冷えやすい症状、またその体質。手足下半身に冷えを感じること。自律神経の機能失調で、血行不良になるために生じる」とされている。

冷え症が女性に多いのは、女性ホルモンなどの内分泌をコントロールする内分泌中枢と、血流をコントロールする自律神経中枢が男性に比べて近い位置にあるためである。女性ホルモンの変動期には、女性ホルモン分泌が失調すると、自律神経がその影響を受け、全身の血管の収縮は血行を悪化させ、冷えの原因となる。

-温めると改善する腰痛、体の痛み、頭痛などの症状をもつ人は冷えが関わっている。

冷えが慢性化すると、むしろ火照るように感じることもあるが、これは冷え症の進行型であることが多い。

・冷え症と血瘀は、ニワトリと卵の関係

-冷え症は血管が収縮傾向にあるため、血流は悪化し鬱滞が起こりやすくなる。この血流鬱滞のことを中医学では血瘀という。

・36.5度の秘密

-冷え症の人の体温は36度以下の人が多い。

諸臓器の代謝は酵素反応によって行われている。たとえば食物の消化は、いろいろな酵素によって分解代謝され、栄養分は胃腸から吸収され、さらに多種多様の酵素反応を経て、血となり肉となる。これらの酵素が最も働きやすい温度が36.5度付近のため、これ以下の体温になると、徐々に酵素の働きが落ちて代謝が悪くなる。そして、ますます冷え症は進み体調は悪化する。

●冷え症を放っておくと

・あらゆる病気の引き金にも

-冷え症を放置すると酵素活性が常に低い状態となり、各臓器の代謝も悪く全身の臓器の機能低下が起きる。

-血流障害や血瘀(血流鬱血)は炎症や各臓器の機能障害につながる。つまり、冷えは脳を含むあらゆる臓器の病気を起こす引き金になる可能性がある。

・ガンも冷えを好む

-冷えきった状態は代謝を低下させ、免疫機構も正常に働かないため、ガン細胞の成長を加速させ、ついには立派なガンになってしまう(わずかなガン細胞は成長し診断がつくまでに10年かかることもある)。冷えはガンにとって喜ばしい環境である。

注):”2.痛いつらいは冷えのせい” は省かれています。

3.女性のライフサイクルが冷えをまねく!?

●女性の体が冷えやすいワケ

・冷えが原因で起こる女性特有の病気には、月経異常、不妊症、妊娠中の異常(切迫流産、早産、習慣性流産、妊娠浮腫)、出産後の異常(産後腹痛、胎盤残留、産後膀胱炎、排尿障害)、子宮下垂、子宮内膜症、子宮筋腫などがある。

女性は月経周期にしたがって、毎月一度、女性ホルモンの大きな変化を受ける。

月経周期、基礎体温と女性ホルモンの変化
月経周期、基礎体温と女性ホルモンの変化

画像出展:「家庭でできる漢方① 冷え症」

月経1週目は貧血気味、黄体ホルモン(プロゲステロン)の分泌低下で体温は下がる。また、血行は悪くなり、生理痛や自律神経失調症状が続き、うつっぽく、肌は過敏、乾燥気味になる。

月経2週目は卵胞ホルモン(エストロゲン)の影響で副交感神経の活動が活発になり、血行が良くなるので低体温であっても体調は良く、肌もきれいになる。同時に卵胞ホルモンは卵子が着床しやすいように布団状に子宮内膜を厚くする。

月経3週目は子宮内膜を潤す黄体ホルモンの分泌が増えて高温期となり、肥厚した子宮内膜は更に潤い充血してくるため、下腹部に不快感やむくみ、便秘などが起こりやすくなる。卵子と精子が受精し受精卵になると、布団状に厚くなった子宮内膜に着床する。受精に至らなかった場合は4週目に進む。

月経4週目は黄体ホルモンの影響が最も顕著になり、高温期が続いて交感神経が活発になり、むくみ、便秘、肩こり、腰痛、肌トラブル、ヒステリー症状などの月経前症候群が出やすい時期となる。最後に肥厚した子宮内膜は不要となり、剥がれ落ちて月経となるが、この時、子宮内膜表面を排出するための子宮収縮が起こって、さらなる下腹部痛を伴うこともある。

特に、1週目と4週目は冷えや疲れに注意しなければならない時期である。

自律神経中枢は、間脳(視床下部)のホルモン分泌中枢の近くにあり、ホルモン変動の著しい月経前後は自律神経も影響を受ける。その結果、冷え症の悪化、憂鬱感、イライラ、情緒不安定などの精神症状、頭痛、めまい、吐き気、消化器症状が起こりやすくなる。

・沖縄の激戦地で従軍した女学生たち(“ひめゆりの塔”)は、月経は停止したままだった。命に関わるような強いストレス状態では月経停止はすぐに起こる。日常的なストレスでも蓄積されていくと月経停止になる可能性はある。

●月経に現れる症状

・冷えが原因で悪化する月経の異常

月経困難症

-月経中の子宮収縮に伴い、強い下腹部痛、腰痛を伴う。

-子宮内膜症や子宮筋腫などで子宮をささえる靭帯を正常な位置で支えることができなくなり、子宮収縮に異常が出る。

-構造に問題がない場合でも、子宮内膜がプロスタンディンを作りすぎると子宮収縮が強くなり、腹痛が起こる。

-冷えると子宮収縮はさらに強くなり、痛みが増強する。

・冷えが引き起こす月経の異常と症状

月経の遅れ

-月経の正常周期は25日~38日。6日前後の変動は正常とされている。遅れるのは月経量が少ない人に多い傾向がある。貧血、冷え症により遅れる人もいる。

月経周期がはやい

-月経周期が21日以下の場合。月経過多や月経期間延長を合併する場合が多い。

-原因は虚弱体質、過労、ノイローゼなどで、自律神経失調症から冷えて胃腸系統が弱った人、冷えて泌尿生殖器系統の働きが弱った人、ストレスで情緒不安定になり、血流鬱滞、阻滞のある人。普通は熱がりの人に多い傾向がある。

過多月経

-レバー状の月経は、子宮腺筋症(子宮筋層内の内膜症)でも見られる。また、小さな凝血塊が時々見られる程度であればあまり心配しなくてもよい。

その他

-生理不順、不正出血、無月経、月経前後の頭痛、下痢、めまいなど。

●不妊症は冷えも大きな要因

・冷えが治ると妊娠の確率も高くなる!?

-『“冷え症を治療すると、妊娠する確率が非常に高くなる”。そういう印象をもっています。』

-『1年前後にわたり漢方薬の服用をつづけて妊娠した数例は、すべてが冷え症でした。ですから不妊症の人は、現代医学的検査を受けて原因がわからないといわれたら、とにかく冷え症を治すことを最優先に考えるべきだと思います。それから、諦める前に、1日数回の足浴と、20分以上の半身浴、漢方薬治療をおすすめします。

・冷えが原因で起こる妊娠・出産の異常

妊娠中の異常

-切迫流産、早産、習慣性流産、妊娠浮腫などがある。妊娠中に冷えるとお腹が硬くなる人が多いので、冷えてお腹が硬いと感じたら、まず腰湯や入浴などでお腹を温めて、安静にして寝るのが良い。とにかく妊娠中は冷やさないようにする。また、適度な運動も必要である。

-3カ月頃から起こる辛い悪阻[ツワリ]は、ストレスから自律神経失調となって起きやすくなり、冷えにより更に悪化することもある。

-8カ月頃には妊娠浮腫が起こりやすくなる。冷えてお腹が脹ってきて、浮腫みが悪化するときは、体を横たえてお腹を温め寝ることにより改善する。

-流産はストレス、過労、冷えなどが原因であり、特に高齢出産や仕事が忙しい人は要注意である。

出産時の冷えによる異常

-子宮収縮不良(残留胎盤で悪化)、胎盤残留、産後膀胱炎や排尿障害などがある。

・冷えが原因で起こる子宮に関する症状

子宮下垂症

-子宮を上に固定しておく靭帯などの力が弱り、子宮が下降して発生する。冷えによって下垂は悪化する。

子宮脱症

-子宮膣部がさらに下降して膣外に露出するものである。

冷えで悪化する下腹部痛

-子宮内膜症、子宮筋腫をもっている人にみられる。冷えて瘀血が悪化するために起こると考えられる。

子宮ガン

-漢方的には子宮ガンは瘀血と考える。血流阻滞、鬱滞があり、冷えによる疼痛が起こることもある。子宮ガンの人のお腹は芯が冷たい感じがする。

まとめ

”冷え症1・2”で、特に気になったことは次の9つです。

.「楽しさ、嬉しさ、明るさ、豊かさ、幸せ」といった、私たちが人生において追い求めるものに、私たちは「温かさ」を感じるはずである。「温かさ」は、熱や光や温かい水が放散するように、外に伸び拡がろうとする性質をもつ。「楽しさ、嬉しさ、明るさ、豊かさ、幸せ」は生命力に熱を生み、心に拡がりを生む気持ちである。

東洋医学では、太陽のような働きを五臓の中の「」に位置づけている。冷えの対策の目的は、単に熱の量を増やすことではなく、「温かさ」のやりとりを可能にすることにあるはずである。そして、その本質は単なる体温の問題ではなく、生活の中に太陽の存在を意識するということである。

冷え症の問題は熱の不足によって、体の中をめぐるものの「動きが悪くなる」ということにその重大さがある。

体がつくり出した熱を貯えておく場所が「」であると考えられている。に貯えられた熱は体の様々な働きの原動力となる。

の働き(腎気)が充実していないと、熱を貯えることができないだけでなく、によって熱をつくり出す働きも十分に発揮されなくなる。

の働きは足腰を使った運動をすることや、睡眠を十分とることで養われる。睡眠不足はの働きを圧迫して、冷え症の背景を強める。

熱のめぐりを目的に応じて先導するのは「気」であり、熱のめぐりを調節するのも気の役目である。そして、気の働きを調節しているのが「」であり、は「」の指令に従って機能している。

は、感情や思考、気分の影響を受けやすいので、気分の状態によって、体の熱の様子は大きく変化する。楽しいことを考えているときは、じっとしていても熱の拡がりはよくなり、抑鬱的な気分や感情の起伏が少ない状態がつづくと、熱の拡がりは悪くなり体は冷えてくる。

注)五色という考えがあり、次のようになっています。[

酵素が最も働きやすい温度が36.5度付近のため、これ以下の体温になると、徐々に酵素の働きが落ちて代謝が悪くなる。そして、ますます冷え症は進み体調は悪化する。

今回の患者さまの下肢の本治穴は、“”・“”の土穴(力をつける:太渓太衝)と金穴(めぐりをよくする:復溜中封)です。これに三陰交足三里を追加しています。これは上記に照らし合わせても妥当といえます。ただし、“”はノータッチでした。

私が学んだ代々木の日本伝統医学研修センターでは、君火(明かり)の“心”に直接刺鍼することは推奨しておらず、施術対象とする場合は、相火(熱)の“心包”を推奨しています。なお、中医学では相火は「腎陽が発揮する各臓腑を温養し活動を推動する機能」と定義されています。

また、代々木時代のノートを丁寧に見返したところ、腎の冷えに対し、腎の土穴+心包の土穴(大陵)を使うとの記述を見つけました。この発見は今回の1番の収穫でした。この大陵は次回の施術から使いたいと思います。

冷え症1

今回のブログは前回の“漢方(中医学)”の続きです。「混ぜるな危険」、その目的は漢方と鍼灸(経絡治療)の違いを理解することでした。自分なりにその違いを認識できたので、前に進みたいと思います。

冷え”の問題が非常に重要ではないかと思う患者さまがおいでです。施術の効果は悪くはないのですが、なかなか冷え型の脈(沈細やや軟:沈み、細く、少し軟らかい脈)が変わらない点が気になるところです。

鍼灸に限らず、何か良い策はないだろうかという思いから、本棚にあった仙頭正四郎先生と土方康世先生の「家庭でできる漢方① 冷え症」をあらためて熟読することにしました。

ブログは2つに分けましたが、全4章のうち、第1章と第2章の多くをカバーしています。

著者:仙頭正四郎、土方康世
家庭でできる漢方 冷え症

著者:仙頭正四郎、土方康世

出版:農山漁村文化協会

発行:2007年1月

目次

はしがき

第1章 冷え症を東洋医学でとらえると

1.問題の本質は体の中の“めぐりの悪さ”

・複数のタイプに分かれる冷え症

・冷えの原因のあれこれ

2.体の中に熱をめぐらせるには?

●熱の量を維持する仕組みを知る

・熱をつくり出す「脾」

・熱を貯える「腎」

●熱を運ぶ仕組みを知る

・熱を運ぶ器としての血液

・熱のめぐりを調節する「肝」

・めぐりの邪魔をする存在

3.あなたはどのタイプか 《冷え症チェックシ+ト》

●各タイプの問題点と克服法

Ⓐ熱の量に問題がある冷え症

タイプ①熱の産生が不足する

タイプ②熱の無駄遣いは多い

Ⓑ熱を運ぶ仕組みに問題がある冷え症

・運ぶ器の問題

タイプ③運ぶ器が少ない(貧血)

・めぐりそのものの問題

タイプ④めぐりの障害物が多い

タイプ⑤熱を運ぶ器の流れが悪い

タイプ⑥めぐりを先導する「気」がとどこおる

●冷え症の予防策

・冷え症の攻略法

第2章 冷え症はこんな症状も引き起こす

1.みんなんが知らない冷えの怖さ

●“冷え症”とはどういうものか?

・冷えとほてりの不思議な関係

・冷え症と血瘀は、ニワトリと卵の関係

・36.5度の秘密

●冷え症を放っておくと

・あらゆる病気の引き金にも

・ガンも冷えを好む

2.痛いつらいは冷えのせい

●冷えがまねく体の

・上半身に現れる症状

+頭痛、肩こり

+疲れ目

+めまい

+動悸

+脱毛、薄毛

+鼻炎

・下半身に現れる症状

+骨粗鬆症

+肥満

+抑うつ感

+アトピ+性皮膚炎

3.女性のライフサイクルが冷えをまねく!?

●女性の体が冷えやすいワケ

●月経に現れる症状

・冷えが原因で悪化する月経の

・冷えが引き起こす月経の異常と症状

●不妊症は冷えも大きな要因

・冷えが治ると妊娠の確率も高くなる!?

・冷えが原因で起こる妊娠・出産の異常

・冷えが原因で起こる子宮に関する症状

●冷えの解消が乳ガン、乳腺症の改善に

・乳ガン

・乳腺症

第3章 東洋医学による冷え症の診断と治療

1.漢方治療の意味と姿勢

●治療が必要なくなる状態をめざす東洋医学

・混在し関連しあう冷えの原因

・対症療法よりも根本治療

・治療への近道は“冷え”を理解し、治療に参加すること

2.体を温めることは漢方治療の得意分野

●熱を増やすためにはどうしたらよいか

・生命力の土台の熱を増やす+タイプ①・②の解決策その1

・胃腸の力で熱を増やす+タイプ①・②の解決策その2

・精神作用の誘導で熱を増やす+タイプ①・②の解決策その3

●熱を運ぶ器を増やすためにはどうしたらよいか

・潜在力を強めて器を増やす+タイプ③の解決策その1

・増幅力を助けて器を増やす+タイプ③の解決策その2

3.じつはもっとも重要な“めぐり”の問題

・邪魔者を取り除く+タイプ④の解決策

・器のめぐりを助ける+タイプ⑤の解決策

・めぐりの仕組みを整える+タイプ⑥の解決策

4.熱の不足で弱った機能を助ける

第4章 きょうからできる冷え症改善法

1.冷えないため食事術

●毎日の食事から冷えを改善

・冷やさないお酒の飲み方

・食材の力を活かす

・温めることよりも冷やすものを避ける

[冷え症タイプ別 適性食材の表]

●冷えないために食事で心がけたいこと

・冷えるものは温めるものとの組み合わせで

・大事な一歩は朝食から

・体を温めるオリジナルメニュ+

・体質、体調に合わせて食べる

・誤った健康情報に惑わされない

2.冷えないためのくらし術

●冷えないために服装で心がけたいこと

・冷えないおしゃれに工夫をこらす

・薄着でもできるこんな工夫

●冷えないために生活で心がけたいこと

・冷える生活習慣に要注意

・体をはやく温めるには運動は必須

●きょうからできる「冷え取り入浴法」

・入浴には落とし穴も

・半身浴+体の芯の温かさを体感

・足浴法+じわ+っと芯から万遍なく温める

3.自分でできる冷えの気功療法

一.手掌でぬくぬく功

二.全身ぽかぽか功

三.腰ポカ功

四.太陽と友だち功

4.自分でできる冷えのツボ療法

・冷え症改善に効果のあるツボ

 ・自分でできるツボ療法

はしがき

『東洋医学を専門とする医療者として、治療や生命を考えるとき、何を大切にするかと問われるとすると、いくつかあげたいもののなかの一つに、「熱を大切にする」ということがあります。それは、生命力が豊かであるときの様子が熱であり、同時に、豊かな熱の存在によって、活き活きとした生命力が支えられてもいるからです。健やかに生きるということは、「熱」とは切っても切れない関係にあるのです。

「楽しさ、嬉しさ、明るさ、豊かさ、幸せ」といった、私たちが人生において追い求めるものに、私たちは「温かさ」を感じるはずです。「温かさ」は、熱や光や温かい水が放散するように、外に伸び拡がろうとする性質をもちます。「楽しさ、嬉しさ、明るさ、豊かさ、幸せ」は生命力に熱を生み、心に拡がりを生む気持ちなのです。「温かさ」は、豊かな生命力を意味し、同時に、豊かな心をも示すものなのです。それゆえ、「温かさ」の周りには人が集まり、その「温かさ」は周りに力を分け与えることができるのです。温かさの周りでは、互いが与え合え、すべての生命が活き活きとしています。

温かさと正反対の性質をもつ「冷え」は生命力を脅かし、機能の低下を意味するだけでなく、精神をも蝕みます。精神の状態は、表情に、目の輝きに現れます。「冷え」は容易に外に現れ、容貌、姿勢、立ち居振る舞いを変えます。冷えや温かさの状態は、どんなに強力なエステよりも、外見に影響力をもつものなのです。「苦悩、悲哀、狡猾、落胆、後悔」などの感情は、言葉にしなくても、その人の醸し出す空気から簡単に知ることができます。それは、これらが「冷え」を連想させる感情で、生命体として近寄りたくない空気だからです。「冷え」の性質は、「閉じこもり、固まり、沈み込み、内に向けて凝縮する」もので、周りから奪い、吸収して封じ込める性質をもっています。そのことが人を遠ざけ、人から「温かさ」を受ける機会をなくし、「冷え」の悪循環に陥いるのです。

人の生きる力は、周りの人から「温かさ」を受けて育まれ、また、周りの人に「温かさ」を与えることが生きる力を大きく膨らませます。こうした「温かい」存在によって生命力は支えられていて、それはあたかも太陽のようであり、東洋医学では、そのような働きを五臓の中の「心」に位置づけています。冷えの対策の目的は、単に熱の量を増やすことではなく、「温かさ」のやりとりを可能にすることにあるはずです。そしてその本質は、単なる体温の問題ではなく、生活の中に太陽の存在を意識するということです。自分を照らす太陽の存在を意識し、同時に、自分の中に、人を照らす太陽の存在を見い出すことでもあるのです。それは喜びになり、力になり、美しさにつながります。

本書で提供する冷え症対策で、冷えの世界から抜け出して温かさを手に入れ、その温かさを周りの人に分け与えてもらえれば、これに勝る喜びはありません。』

第1章 冷え症を東洋医学でとらえると

1.問題の本質は体の中の“めぐりの悪さ”

・複数のタイプに分かれる冷え症

-冷え症は単に冷えるということだけを問題にするのではなく、体の中で熱が果たしているいろいろな役割や仕組みを認識して、その熱が少なくなることで生じる様々な異常を冷え症の問題として捉える。

-物体も人も冷やされれば、同じように冷たくなるはずなのに多くの生き物が冷たくならないのは、物体として冷やされていながらも、体に貯えた熱を体表に絶えず運んでいるからである。

・冷えの原因のあれこれ

-血液や体の水が温められることで体中をめぐる。また、体の中に貯えられている熱はこうしためぐりに乗って、体中に配られる。熱はめぐりを良くし、めぐりの良さが体を温めるという“温め”の良いサイクルがつくられる。

-東洋医学では、どこが冷えているか、そして他の部分はどうかということに注目する。

-体全体が冷える人、足だけが冷える人、背中に冷えを感じる人、腰回りだけが冷える人、お腹に冷えを感じる人、手足は冷えても顔はほてる人まで、いろいろな特徴をもった冷え症がある。

さまざまなタイプの冷え症
さまざまなタイプの冷え症

画像出展:「家庭でできる漢方① 冷え症」

めぐりの悪さで引き起こされる冷えの問題は、すべてが冷えることは少なく、冷える場所と反対に不自然に熱くなる場所が体の中に混在することが多い。

冷え症の問題は熱の不足によって、体の中をめぐるものの「動きが悪くなる」ということにその重大さがある。

-冷えのために血液の流れが悪くなる、水の流れが悪くなってむくみを生じる、逆に水が届かないところには乾燥をつくる。そうしたことが、また、流れの悪さの原因になる。こうした悪循環が体の不調の連鎖の原因になる。

-めぐりに乗って全身に配られる熱は、ただ体を温めるだけではなく、その熱が胃腸の働き、心臓の働き、免疫力、脳の働き、筋肉の働きなど、全身の色々な機能の土台となって体の働きを支えているため、冷え症の状態では体の色々な機能低下を引き起こすことになる。

2.体の中に熱をめぐらせるには?

熱の量を維持する仕組みを知る

熱をつくり出す「

-食事と関係する働きは、東洋医学では「」が分担すると考えていて、食べ物から必要なものを取り込んで、体に必要なものにつくりかえる働きをする。

-脾は後天的に生命力を補充する役目をすると考えられている。

熱を貯える「

体がつくり出した熱を貯えておく場所が「」であると考えられている。に貯えられた熱は体の様々な働きの原動力となる。

の働き(腎気)が充実していないと、熱を貯えることができないだけでなく、脾によって熱をつくり出す働きも十分に発揮されなくなる。

は先天的な生命力を貯える場所であり、体の芯の部分にあると考えられている。

腎の働きは足腰を使った運動をすることや、睡眠を十分とることで養われる。睡眠不足は腎の働きを圧迫して、冷え症の背景を強める。

熱を運ぶ仕組みを知る

熱のめぐりを調節する「

熱のめぐりを目的に応じて先導するのは「気」であり、熱のめぐりを調節するのも気の役目である。そして、気の働きを調節しているのが「」であり、は「」の指令に従って機能している。

は、感情や思考、気分の影響を受けやすいので、気分の状態によって、体の熱の様子は大きく変化する。楽しいことを考えているときは、じっとしていても熱の拡がりはよくなり、抑鬱的な気分や感情の起伏が少ない状態がつづくと、熱の拡がりは悪くなり体は冷えてくる。

-ストレスや抑鬱気分で気が滞ると熱の偏りが生じて、熱の多い所と少ない所がみられるようになる。中心には熱が過剰、末端では不足するといった状態になりやすく、こもって過剰になった熱は上の方に集まりやすくなるため、手足は冷えるが顔は火照るといった「冷えのぼせタイプ」の冷え症になる。

めぐりの邪魔をする存在

-水分や栄養の摂りすぎなどで余分なものを貯えている状態が度を越えて多くなると、流れを邪魔する障害物となる。これを「痰飲」とよぶ。

-痰飲は熱の運行を邪魔して冷えの原因となると同時に痰飲自体が冷えを貯える保冷剤になり、暑い時期には熱を貯えることにもなる。これは肥満体型で、夏は暑がり冬は人一倍の寒がりタイプの冷え症である。

※ご参考:”五色”という考えがあり、次のようになっています。[

3.あなたはどのタイプか 《冷え症チェックシート》 


冷え症チェックシート
冷え症チェックシート

画像出展:「家庭でできる漢方① 冷え症」

●各タイプの問題点と克服法 

Ⓐ熱の量に問題がある冷え症

タイプ①熱の産生が不足する

・先天的な生命力を貯える「腎」の働きや、後天的に生命力を補充する「脾」の働きがもともと弱い、元気のない人ややせ型で疲れやすいタイプの人の冷え症である。

タイプ②熱の無駄遣いは多い

・熱に生産量は正常だが、過剰な冷房、薄着で不必要に熱を逃がしたり、冷たい飲食物で体を内側から冷やしてたりしまっているタイプの冷え症である。

Ⓑ熱を運ぶ仕組みに問題がある冷え症

タイプ③運ぶ器が少ない(貧血)

・熱を運ぶ器ともいえる血液が少なく、顔色が悪く、皮膚がかさつき、めまいや立ちくらみといった貧血症状を起こしやすいタイプの冷え症である。このタイプは手足などの末端部の冷えが目立つ。

タイプ④めぐりの障害物が多い

・水分や栄養を摂りすぎて体に余分なものが貯えられ、それが障害物となって、熱の流れを邪魔しているタイプの冷え症である。この障害物は「痰飲」と呼ばれる、冷えだけでなく熱も貯えるため、夏は暑がりなのに冬は人一倍寒がりというのが特徴である。余分な水が冷えをつくり、熱の不足が水の動きを悪くして痰飲を強めるという悪循環が生じやすい。

タイプ⑤熱を運ぶ器の流れが悪い

・血液の流れを悪くさせる第一の要因は、気の滞り。くよくよ、イライラ、余計な心配、考えすぎ、こういったことを避けること。そして、第二の要因は、冷やすこと。水分は少量ずつ飲むようにして、摂りすぎないように注意する。

・滞っている血液をめぐらせるには運動が良い。これは通勤や通学、買い物、家事など体を使う意識をもてば、生活の中に多くの機会があり、工夫によって運動量はぐっと増える。

タイプ⑥めぐりを先導する「気」がとどこおる

・手足は冷えるのに顔は火照るといった冷えのぼせタイプの冷え症である。

・気がストレスや抑圧気分で滞って中心にこもると、中心には熱が過剰となる一方、末端では不足する。熱の不足と過剰が同居する冷え症である。

・気を滞らせないためには、「気」が自由に色々な方向に動けるように道を開くことが重要。心配事や嫌なことも肯定的にとらえ、色々なものに関心を向け、一つのことにこだわらず明るい気分で過ごす。「いい気持ち」でいられる時間や方法を見つけることが大切である。

●冷え症の予防策

・運動を心がけ、過労や寝不足を避けて、明るい気分で過ごす。

・冷飲食や夏野菜、緑茶など体を冷やす飲食物に注意して、栄養過剰を避ける。

・厚着でなくても、頚周り、脇の下、臍周り、足の付け根、足首などの要所を覆って熱を逃がさない衣服を工夫する。袖のある服、袖口の閉じた下着やブラウスなどで効果は絶大。

漢方(中医学)

“冷え”の問題が非常に重要ではないかと思う患者さまがおいでです。冷えについてあらためて勉強したいと思い本棚を見回したところ、仙頭正四郎先生と土方康世先生の「家庭でできる漢方① 冷え症」を見つけました。以前、ざっとは読んではいましたが、ほとんど記憶に残っていないため、今度はもっと真剣に熟読することにしました。

しかしながら、個人的な話ですが一つ大きな問題があります。それは、漢方と鍼灸(経絡治療)の考え方が同じではないということです。兄弟でいえば、双子の兄弟というより、普通の兄弟くらいの差があると思います。そして、問題というのは「混ぜるな危険」という教えです。これは色々な勉強をすることは良いことだが、理論がごった煮状態となってしまっては良くない、施術は1本筋の通ったものでないといけないということです。当院の施術の流れは、【経絡治療:四診(望・聞・問・切[特に脈診]⇒証をたてる⇒本治・標治】です。

漢方は中医学(中国伝統医学)の湯液[トウエキ]の流れを汲んでおり、その意味では中医学の考え方にもとづいているといえます。つまり、経絡治療と中医学の差を理解しておくことが、“理論のごった煮”を避けるためには必要です。

そこで専門学校時代の中医学の教科書と授業のノート(Excel)を取り出し、この点について考えてみました。

針灸学[基礎編]
針灸学[基礎編]

編集:日中共同(編集責任:天津中医薬大学・学校法人後藤学園)

出版:東洋学術出版

第三版発行:2007年1月(初版発行:1991年5月)

第1章 緒論の“1.中医針灸学の沿革”の後半に次のような記述があります。『清代[1644~1912]から新中国誕生までの期間は、鍼灸学はあまり大きな発展はとげられなかった。

清代前期は主として明代[1368~1644]の学風を継承しており、その整理と注釈が行なわれた。また清代後期から民国時代は、腐敗した封建文化と半封建半植民地文化の影響を受けて、針灸学はしだいに衰退していった。この時代の針灸は有効な治療法として民間の間に広く定着し、ゆるやかな発展をとげた。

新中国誕生後、政府は針灸学を重視し、臨床応用および古代文献の整理が行なわれ、さらに現代医学と現代科学を運用し、さまざまな角度から経絡、腧血、針感などの原理について大量な研究が行なわれた。とりわけ近年の針による鎮痛原理の研究および針麻酔の応用は、世界の医学領域に非常に大きな影響を与えた。』

これによると、最も認識すべきは、中医学は「古典にもとづく新しい学問である」ということです。“新古典”といっても良いかもしれません。

この本は日中共同編集によるものですが、中国側は天津中医薬大学となっています。そこでこの大学のホームページを見てみました。 

1958年、「天津中医学院」として創立されました。

日本では神戸に「天津中医薬大学 鍼灸推拿学院 神戸校」があります。

~心身を養い、整える~ 中医学のこと
~心身を養い、整える~ 中医学のこと

こちらのサイトには詳しい解説に加え、“張先生の「中医学の基本のお話し」”という約1時間12分の動画もあります。

 

中医学の医師を中医師と呼びますが、中医師になるには中医薬大学もしくは中医学院を卒業後、中医師資格試験に合格する必要があります。日本では3年制の専門学校を卒業することが国家試験の受験資格ですが、中国で針灸治療を行うには、中医師にならなければなりません。  

こちらのサイトには、“天津中医薬大学”の詳しい紹介が出ているのですが、“大学概要”の中の大学院留学の専攻分野≪修士≫”は次のようになっています。

中医基礎理論、中医臨床基礎、中医医史文献、処方学、中医診察学、中医内科学、中医外科学、中医骨折治療科学、中医婦人科学、中医小児科学、中医五官科学、針灸按摩学、中国・西洋医学融合基礎、中国・西洋医学融合臨床、中医薬学。

中医学の最大の特徴は、本書の第2章 中医学の基本的な特色 “第4節 独特の診断・治療システム[弁証論治]”にあると思います。また、第6章 中医学の診断法[弁証]にも説明が出ています。そこで、この第4節と第6章を確認してみました。 

目次は以下の通りですが、小項目を数多くを省いています。

目次

第1章 緒論

第2章 中医学の基本的な特色

第1節 中医学の人体の見方

第2節 陰陽五行学説

①陰陽学説

②五行学説

第3節 運動する人体

第4節 独特の診断・治療システム[弁証論治]

第3章 中医学の生理観

第1節 気血津液

第2節 蔵象

●蔵象概説

●五臓

●六腑

●奇恒の腑

●臓腑間の関係

第3節 経絡

①経絡の概念と経絡系統

②経絡の作用

③経絡の臨床運用

④十二経脈

⑤奇経八脈

⑥十二経別

⑦十二経筋

⑧十二皮部

⑨十五絡脈とその他の絡脈

第4章 中医学の病因病機

第1節 病因

①六淫

②七情

③飲食と労逸

④外傷

⑤痰飲と瘀血

第2節 病機

1.邪正盛衰

2.陰陽失調

3.気血津液の失調

4.経絡病機

5.臓腑病機

●内生の風・寒・湿・燥・火の病機

第5章 中医学の診察法[四診]

第1節 望診

第2節 聞診

第3節 問診

第4節 切診

第6章 中医学の診断法[弁証]

第1節 八網弁証

第2節 六淫弁証

第3節 気血弁証

第4節 臓腑弁証

第5節 経絡弁証

第7章 治則と治法

1.弁証

『医師は自身の感覚器官により、患者の反応から各種の病理的信号を収集する。それには望・聞・問・切という4つの診察法(四診)を用いる。四診により得られた疾病の信号に対して、分析、総合という情報処理を行い、「証候」を判断することを弁証という。

2.論治

「論治」とは、弁証により得られた結果にもとづき、それに相応する治療方法を検討して決定し、施行することである。したがってこれは「施治」ともいわれている。ここでは最もよい治療方針を確定するための検討が行われる。

弁証と論治は、相互に密接な関係をもつ。弁証は治療決定の前提であり、そのよりどころとなる。一方、論治は治療の方法であり手段である。論治による実際の効果を通じて、さらに弁証の結論が正確であったかどうかが検証される。このように弁証論治は、理論と実際の臨床により体系化されたものである。

弁証論治
弁証論治

画像出展:「針灸学[基礎編]」

”理―法―方―穴―術”

『中医臨床では、この弁証論治の過程を理―法―方―薬と称している。ところで針灸学では主として、針あるいは灸を用い、経絡経穴に刺激をあたえ、疾病を治療するわけであるが、この針灸の弁証論治の過程は、理―法―方―穴―術ということになる。

:各種の弁証法を運用して疾病発生のメカニズムを識別、分析すること。

:弁証により得られた結果にもとづき、それに相応する治療原則を確立すること。

:経穴による処方を指す。

:「穴義」ともいい、使用する経穴の作用と選穴の意義を指す。

:手法(灸を含む)を指す。

このように理―法―方―穴―術は、針灸弁証論治のすべての過程であり、これが針灸弁証論治の特徴である。

中医学では長期にわたる臨床経験の蓄積によって、八網弁証・六淫弁証・臓腑弁証・経絡弁証・気血弁証・六経弁証・衛気営気弁証・三焦弁証などの数種の弁証方法が確立されている。

それぞれの弁証法は、異なる視点から病証を分析するものであるが、各弁証は孤立したものではなく、相互に関連し、重なり合う部分もあり、比較的複雑な病証を分析する際には補完しあう関係にある。八網弁証は、陰陽学説にもとづいた視点から病証の全体像を大づかみに把握するもので、その他の弁証の基礎となる。もし病邪の関与が際立っている病証であれば、六淫弁証によって病邪の種類と趨勢を分析する。気・血の機能不足や流通障害があれば気血弁証を、臓腑の機能失調があれば、病邪の種類などに応じて、六経・衛気営血・三焦弁証のうち最も適切な弁証方法を選択して診断する。』

以下の表や文章は専門学校時代の資料です。

最初の表は、中医学の授業で配布された資料を一部編集したものです。私の記憶では、上から3段目の”機能”が特に中医学を理解する上で重要だったように思います。

2番目の資料は今回ご紹介した「針灸学[基礎編]」の中にあった図を抜き出して1枚にまとめたものです。五臓の関係性や主な機能について書かれています。

3番目の資料は、おそらく問題を作るという宿題だったと思います。従いまして、弁証は間違っているかもしれません。中医学の”弁証”の雰囲気を知って頂くには悪くないと思い貼り付けました。

まとめ

●中医学は古典にもとづく新しい学問であり、“新古典”というものである。

針灸は中医学の一部であり、他に湯液(漢方)、推拿(手技)、薬膳に加え、中国・西洋医学融合などを含んでいる。

●最大の特徴は弁証論治である。診断に相当する弁証は、“八網弁証”、”病因弁証”、”臓腑弁証”、”経絡弁証”、“気血弁証”、”六経弁証”、“衛気営血弁証”、“三焦弁証”、”六淫弁証”がある。特に基本となるのは八網弁証である。

◆一方、経絡治療は古典にもとづきながら、シンプルさを追及したもので、「経絡を整えれば臓腑も良くなる」という考え、いわば臓腑経絡説が中心にある。

以上のことから、漢方(中医学)に接する時には、古典にもとづいた新しい学問であることを認識すること。診断における多様性に注目し、あらたな見方、施術の応用として、明確な目的のもとで参考にすることは悪くないと思います。そして、その事により患者さまの状況が好転するならば、“応用法”として自らの施術に加えれば良いと思います。

筋肉による熱生産

筋肉の事を深い知りたいと思い購入しましたが、主旨は筋肉の知識を深め、目的に則した筋肉のトレーニング方法を正しく知るといった、どちらかといえばアスリート向けの本でした。

そのため、ブログで取り上げたのは“熱生産”です。これは“冷え”や“代謝・肥満”という問題に直結する大変興味深いものです。

著者:石井直方
筋肉の科学

著者:石井直方

発行:2017年10月

出版:ベースボールマガジン社

目次

理論編

●筋肉は何のために存在している?

●運動のパフォーマンスを左右する4要素

●平行筋と波状筋

●筋の外側にもある変速器

●筋収縮の仕組み

●筋収縮の形態

●短縮性収縮と伸張性収縮

●スピードを高める第1条件

●筋力と姿勢の関係

●なぜ関節角度によって筋力は変わるのか?

●関節角度と力発揮能力の実際

●筋肉の動的特性

●筋の力学的パワー

●競技でのパワーを高めるには?

●伸張性領域で起こること①

●伸張性領域で起こること②

●筋収縮と熱発生

●熱生産の仕組み①

●熱生産の仕組み②

●熱生産の仕組み③

●運動単位とは何か?

●運動単位の大きさを決める要因

●運動単位の働き方

●中枢による抑制

●サイズの原理

●サイズの原理の例外

●筋線維タイプの分類

●筋線維タイプと色の違い

●速筋⇔遅筋のシフトは起こるか?

●トレーニングによって筋線維はどうシフトするか?

●筋肉のタイプによる基本的な性質の違い

●昆虫の筋肉の特性をスポーツに生かせるか?

●筋肉を成長させるメカニズム①

●筋肉を成長させるメカニズム②

●筋肉を成長させるメカニズム③

●筋肉を成長させるメカニズム④

実践編

●「トレーニング効果」を考える

●1RM筋力の測定

●等尺性随意最大筋力の測定

●特異性の原則

●パフォーマンスを高める筋力トレーニングの考え方

●適応・馴化とピリオダイゼーション

●バイラテラルとユニラテラル①

●バイラテラルとユニラテラル②

●メカニカルストレスの重要性

●メカニカルストレスを高める方法①

●メカニカルストレスを高める方法②

●メカニカルストレスを高める方法③

●筋肉の内部環境

●筋肥大と筋パワーのトレーニング効果

●トレーニング動作の学習効果

●学習効果の注意点

●トレーニング効果の表れ方①

●トレーニング効果の表れ方②

●トレーニングの容量を高める①

●トレーニングの容量を高める②

●トレーニングの容量を高める③

●「筋肉学」を現場で活用する①

●「筋肉学」を現場で活用する②

●解明されつつある最新知識

おわりに

筋収縮と熱発生

・筋肉は力学的なエネルギーを発揮することと、働きながら熱を生産するという2つの役割を担っている。つまり、「仕事+熱=全エネルギー」になる。

・ヒトが荷物を持ってじっと立っているときも、姿勢を維持するために筋肉は活動している。もしこの状態で筋肉が熱をどんどん出してしまうと、荷物を持って立っているだけで汗だくになってしまう。このようにならないのは、動かず立っているだけのような状態の時に、筋肉はエネルギーを極力使わずに力を持続できるように設計されているためである。

熱生産の仕組み①

・「震え熱生産」とは寒さに対し体温を維持するために体が勝手に震えるもの。筋肉の収縮に伴って生産される熱を利用している。

「非震え熱生産」は筋肉の活動に依存せずに熱を作る仕組み。ひとつは「褐色脂肪組織」がある。これは熱を作ることができる専門の脂肪組織で、脂肪をエネルギー源として燃やすことで熱を生産している。褐色脂肪細胞には普通の脂肪細胞に比べエネルギーを作りだすミトコンドリアが多く含まれている。そして、ミトコンドリアが赤っぽい色をしているため褐色脂肪細胞とされている。一方、普通の脂肪細胞は白色脂肪と呼ばれている。

・ヒトの褐色脂肪細胞は主に胸から脇の下にかけて分布しているが、40g前後と少なく体温生産にどの程度寄与しているのかはよく分かっていない。一方、筋肉は体重の約40%(体重70㎏の場合28㎏)とされ、重さで比べると褐色脂肪細胞の500倍以上とも考えられる。そのため体温生産では筋肉の方がはるかに大きな役割を果たしていると考えられる。

熱生産の仕組み②

褐色脂肪細胞や筋肉が熱を出すための仕組みに関わっているタンパク質が、10年程前に発見された。それは“ミトコンドリア脱共役タンパク質(UCP)”というものである。

UCPは細胞内のミトコンドリアの中に存在し、脂肪のエネルギーを分解する反応系とATP(アデノシン三リン酸)を合成するシステムとのつながりをカットするという特徴がある。これにより、脂肪のエネルギーを分解して得られたエネルギーが、ATPを作ることなく熱になって逃げてしまうことになる。つまり、運動せずに身体から熱が発生するということになる。

・褐色脂肪細胞の中にあるUCPは、最初に見つかったのでUCP1と呼ばれている。

・UCPには多型(遺伝子を構成しているDNAの個体差)があり、ヒトでは正常なUCP1を問題なく作れる人と作れない人がおり、日本人には作れない人が約20%もいる。

UCP1が作れないと熱生産の能力が低くなるため、低体温や冷え症といった症状になりやすい。また、1日当たりの消費カロリーが100㎉ほど少なくなる。1年では36500㎉であり、体脂肪に換算すると5㎏に相当する。すなわち、同じ食事、同じ運動量であってもUCP1を作れない人は5㎏太ってしまうということになる。

・UCP1を作れる遺伝子をもっているかどうかは、多くの肥満外来で調べてもらえる。

筋肉で見つかったUCPは3番目に見つかったのでUCP3と呼ばれ、筋肉の活動なしに熱を生み出す。1g当たりの熱生産量は褐色脂肪より小さいが、筋肉の量がはるかに多いため、全体的にはより多くの熱を発生させていると考えられる。

・UCP3は遅筋線維より速筋線維の方に多く含まれる。ただし、速筋中の速筋であるタイプⅡxにはミトコンドリアが少ないので「非震え熱生産」の主役はタイプⅡaである。遅筋線維にもミトコンドリアが多く含まれているが、UCP3が少ないので熱の生産は少ない。

・筋力トレーニングをすると速筋線維はタイプⅡx→タイプⅡaに移行するため、エネルギー消費は高まる。

長時間にわたる有酸素運動はUCP3の活性化が低くなる。これは長時間の運動に耐えるために燃費のよい筋肉になるということである。このため有酸素運動をたくさん行って減量した人は、運動をやめるとリバウンドしやすいので注意を要する。

筋線維タイプの分類とそれぞれの主な特徴
筋線維タイプの分類とそれぞれの主な特徴

画像出展:「筋肉の科学」

Ⅱa、Ⅱxは分類Cなので、筋線維をATPase(加水分解する酵素)に基づいて分類したものということになります。

熱生産の仕組み③

サルコリピンの発見は1993年だが、その機能は明らかになったのは2012年である。このサルコピンは褐色脂肪細胞やUCPを超える熱生産の主役と考えられる。ただし、機能など十分に解明されてはいない。

・筋肉の中の筋小胞体はカルシウムを溜めこんでいる。筋肉が収縮するとそこからカルシウムが放出され、弛緩するときにカルシウムが戻るという仕組みがある。サルコリピンは筋小胞体からカルシウムを外に出してしまうという“悪さ(働き)”をする。

-『カルシウムを筋小胞体に組み上げるタンパク質(カルシウムポンプ)は、ATP(アデノシン三リン酸)を分解し、そのエネルギーを利用して働きます。サルコリピンはこのカルシウムポンプに結合し、カルシウムをくみ上げる働きだけをブロックします。つまり、カルシウムポンプが「空回り」することで、ATPのエネルギーをすべて熱にしてしまいます。』 注)これはネズミによる実験とのことです。

サルコリピンを増やす方法は見つかっていないが、筋肉量に比例すると考えられるので、筋肉量を増やすことは熱生産を高め、身体を温める力を高めると考えられる。

-『前述の研究の延長として、やはりサルコリピンをノックアウトしたネズミに高脂肪食を与えるという実験も行われました。脂肪がたくさん含まれるエサを与えると、ネズミはみるみるうちに太っていく。そうして極度の肥満になってしまうことがわかりました。一方、サルコリピンをもっている正常なネズミに同じ食事を与えても、少し太る程度でした。つまり、筋肉が熱を作れないということは、太る原因にもなってしまうのです。しかも、その状態でグルコースを与え、血中のブドウ糖の濃度の変化を調べると、そのネズミは糖尿病に近い状態になっていることがわかりました。ここまでのことを整理すると、サルコリピンが足りないと、冷え症になり、肥満になり、糖尿病になりやすくなる。逆にいうと、これらはすべて筋肉を増やすというアプローチによって、予防、改善できるということになります。今後は「ダイエット」の観点からも、サルコリピンが注目されていくことは間違いないでしょう。

画像出展:「筋肉の科学」

『筋トレをして「サルコリピン」を増やせば、冷え症、肥満、糖尿病の予防・改善効果も期待できる』

 

ご参考:“マッスルメモリー”

この“マッスルメモリー”は、中高年がトレーニングに取り組む際にとても重要なキーワードであると思いますので、ここだけはご紹介させて頂きます。

『筋線維再生系とタンパク質代謝系は、おそらく同時に働いていると考えられますが、どちらがどのくらい働いているかというのは、まだよくわかっていません。そのあたりは、これからの研究課題になってくるでしょう。ただ、最近の研究でいろいろなことがわかってきています。本項では、まず筋線維再生系について説明しましょう。

筋線維には、「筋サテライト細胞」と呼ばれる幹細胞(筋線維のもとになる細胞)がペタペタとへばりついています。普段は眠ったような状態なのですが、筋トレをすると目覚めて増殖します。そして、前述したように新しい筋線維を作る場合もあるし、へばりついていた筋線維に融合して、その中に新たな核を挿入する場合もあります。

実は筋線維の核そのものが増えることが確定したのは、ここ数年の話です。そしてヒトの場合、その核は筋トレをやめて筋線維が細くなってしまっても、10年間程度は残り続けるのではないかと考えられています。これは「マッスルメモリー」といわれるメカニズム。一度しっかり筋肉をつけておけば、10年先までその記憶が残っていて、トレーニングを再開したときに通常よりも早く筋肥大が起こるようになります。これも、筋線維再生系の新たな役割として注目されています。

がんとエクソソーム

今回も前回に続き、NHKスペシャル「人体」取材班編集による、「神秘の巨大ネットワーク 人体4」からになります。第7集 “健康長寿” 究極の挑戦」の概要を紹介している文章には、次のようなことが書かれています。

『これらの病気[がん・心臓病・脳卒中]に立ち向かうために、いま、全く新しい治療戦略が開発されようとしている。カギを握るのは、人体の中で臓器同士や細胞同士が繰り広げている会話、いわば人体の「情報ネットワーク」という視点である。“健康寿命”をかなえるための究極の挑戦がいま、始まっている。

日本人の三大疾病とされる、「がん」「心臓病」「脳卒中」に対し、“エクソソーム”は「がん」と「心臓病」の治療にも関わっているようです(前者は“エクソソームを標的としたがん治療”、後者は“エクソソームから心筋細胞を再生”というタイトルで紹介されています)

“エクソソーム”という言葉は知っていましたが、重要性はもちろん、どんなものかも理解できていませんでした。そこで、がんとエクソソームの関係性を勉強しながら、エクソソームのことも知ろうと思いました。

神秘の巨大ネットワーク4
神秘の巨大ネットワーク4

編集:NHKスペシャル「人体」取材班

出版:東京書籍(株)

発行:2018年8月

第6集 “生命誕生”見えた!母と子ミクロの会話

Part1 新たな命が発信する最初のメッセージ

●新たな命が始まる瞬間を追う

●まず迎える、着床という妊娠の最難関門

●子から母への最初のメッセージ

●妊娠検査にも利用されるhCG

Part2 人体をつくる驚異の仕組み

●“ドミノ式全自動プログラム”

●万能細胞が開いた神秘の扉

●最初に生まれる臓器は、心臓

●心臓の次は、肝臓

●さまざまなメッセージが連鎖して作用する

●ぐんぐん成長する赤ちゃん

※万能細胞が切り拓く新しい世界

Part3 胎盤の中で繰り広げられる母と子のやりとり

●10か月で驚きの成長を遂げる赤ちゃん

●母と子をつなぐ命綱

●胎盤の中で繰り広げられる驚異の共同作業

●1つ1つのメッセージを専用装置でやりとり

●そして、誕生

※もう1つの生命誕生物語

Part4 生命誕生の解明が医療の未来を切り拓く

●原因不明の難病に苦しむ女の子

●肝臓移植の代わりになる再生医療

●何になるべきかを知っていた細胞

●生命誕生に学ぶ未来の医療

●“ミクロの会話”がもたらす希望の光

※臓器づくりに欠かせない細胞同士の会話

第7集 “健康長寿” 究極の挑戦

Part1 「がん」が送り出す恐ろしいメッセージ

●日本人の死因第1位のがん

●何度取り除いても発症するがん

●映像が捉えたがん細胞の増殖

●がん細胞が血管を引き寄せる仕組み

●特殊なメッセージ物質、エクソソーム

●それはメッセージの宝箱だった

●宝箱を悪用するがん細胞

●免疫細胞も手なずけるがん細胞

●エクソソームががんの転移のカギを握る

●転移のための環境を整えるがん細胞

●体内のエクソソームは100兆個以上

Part2 「がん」との戦いの最前線

●がん治療の新時代

●13種類のがんの早期診断を目指す

●運動ががん治療につながる

●エクソソームを標的としたがん治療

●光と免疫でがんを攻撃

●牛乳からがんの治療薬も……?

Part3 不可能に挑む! 次世代の心臓再生医療

●いったん傷ついた心臓はもとに戻らない

●心臓の中のメッセージ物質

●エクソソームから心筋細胞を再生

●メッセージ物質を使った治療のメリット

●iPS細胞を使った心臓の再生医療

Part4 神秘の巨大ネットワーク

●人体の解明へさらなる挑戦は続く

●臓器同士をつなぐ情報ネットワーク

●全身の免疫力を司る腸

●骨が若さを生み出す

●幹細胞から骨をつくり「健康寿命」を延ばす

●人体探求の“たすきリレー”は次世代へ

特集:人体ART

第7集 “健康長寿” 究極の挑戦

Part1 「がん」が送り出す恐ろしいメッセージ

がん細胞が血管を引き寄せる仕組み

・がん細胞も正常な細胞と同じように、血管新生を引き起こすために様々なメッセージ物質を利用しているが、VEGF(血管内皮増殖因子)もその一つで、VEGFは細胞や組織に酸素が足りなくなると増加し、血管を作る細胞に働きかけて血管新生を促す。

・がん細胞は大量のVEGFを放出し、それを受け取った血管はがん細胞に向けて新たな血管を伸ばし始める。その血管から栄養を得て、がん細胞は増殖する。

特殊なメッセージ物質、エクソソーム

皮膚のがん細胞
皮膚のがん細胞

画像出展:「神秘の巨大ネットワーク 人体4」

『皮膚のがん細胞の電子顕微鏡写真。表面から次々と白い光が放たれる。その光の中にがん細胞のメッセージ物質が潜んでいる』

がん細胞から放出されたエクソソーム
がん細胞から放出されたエクソソーム

画像出展:「神秘の巨大ネットワーク 人体4」

『この白く輝く光が、がん細胞から放たれのメッセージカプセル「エクソソーム」』

エクソソームの大きさは約1/10000mm
エクソソームの大きさは約1/10000mm

画像出展:「神秘の巨大ネットワーク 人体4」

『電子顕微鏡が捉えたエクソソーム。大きさはおよそ1万分の1mm

・『エクソソームは1980年代に発見された構造体で、当時は細胞にとって不要な“ゴミ箱”のような存在だと考えられた。いまのように詳しい解析手法がなく、調べても老廃物しか見つからなかったからだ。そのため、長い間、あまり注目されることがなかったのだが、2007年になって状況が一変した。内包しているのはRNAという遺伝物質だと分かったからだ。研究は一気に進むようになり、いまでは、さまざまな細胞がエクソソームを細胞外に放出していること、放出されたエクソソームが血液、唾液、尿、羊水などを介して体内を巡り、離れた細胞や組織に情報を伝令していることなどが分かっている。

さらに驚くべきことに、がん細胞もまた情報のやりとりにエクソソームを使っていることが分かってきた。「エクソソームはまだ十分に解明されているとはいえず、謎も多く残されています。近い将来、エクソソームによってこれまでの常識を覆すような組織や臓器同士の会話が明らかになるでしょう」。ぺへテル博士[がん細胞から放出されたエクソソームの撮影に世界で初めて成功した]映像はそう語る。』

それはメッセージの宝箱だった

・エクソソーム内にはマイクロRNAが含まれている。マイクロとはmRNA(メッセンジャーRNA)が1000塩基を超えるのに対し、マイクロRNAの塩基は約22塩基と約1/50と非常に短いためである。マイクロRNAが発見されたのは1993年、そして2007年にはマイクロRNAはエクソソームに包まれて細胞外へ放出されることが明らかになった。細胞外に出たマイクロRNAはエクソソームというカプセルに内包された状態で血流などに乗り、遠く離れた組織や臓器に運ばれ、そこでの遺伝子の働き方を調節する役割を担っていることが分かった。

・エクソソームの中のマイクロRNAは、受け取る細胞を根幹から変えることができる。

宝箱を悪用するがん細胞

・エクソソームと病気との関連は特に注目されている。細胞は常にエクソソームを分泌しているが、病気になるとその分泌量や種類が変化することが分かっている。このエクソソームの特徴は病気の診断や治療に活かせるかもしれない。

・『がん細胞は、エクソソーム内に特定のマイクロRNAを詰め込み、メッセージ物質として血管へと送り出す。血管に到達したエクソソームは、血管を構成する血管内皮細胞の中へと潜り込み、カプセル内のマイクロRNAを放出する。そのマイクロRNAには「もっと栄養が欲しい」という、がん細胞からのメッセージが込められている。するとメッセージを受け取った血管内皮細胞は、正常な細胞からのメッセージと勘違いして、がん細胞に向かって新たな血管を伸ばし始めるというのだ。なお、VEGFとエクソソームのどちらがより大きな役割を果たすのか、といったことはいまも解明が進められている。』

免疫細胞も手なずけるがん細胞

・がん細胞は敵であるはずの免疫細胞を味方にする術を持っている。

・『がん細胞が攻撃しようと迫ってくる免疫細胞に対し、がん細胞はエクソソームの中にメッセージを詰め込んで送り届ける。そのメッセージは、いわば「攻撃するのをやめて」というもの。すると、免疫細胞はがん細胞を味方だと勘違いして瞬く間にてなずけられ、攻撃をやめてしまうというのだ。がん細胞は、私たちの体内にある大切なネットワークを知り尽くし、そのシステムを乗っ取るかのようにして、増殖を繰り返していると考えられる。』

がん細胞を攻撃する免疫細胞
がん細胞を攻撃する免疫細胞

画像出展:「神秘の巨大ネットワーク 人体4」

『がん細胞に近づいた免疫細胞(上)は、がん細胞に食らいつき、攻撃物質(赤色)を発射して退治しようとする(下)

免疫細胞をあざむくがん細胞
免疫細胞をあざむくがん細胞

画像出展:「神秘の巨大ネットワーク 人体4」

『がん細胞からのメッセージ物質によって、”ある働きかけ”を受けた免疫細胞は、がん細胞を味方だと勘違いして攻撃をやめてしまう。このとき、がん細胞が駆使しているのがエクソソームだ

エクソソームががんの転移のカギを握る

がんの最も恐ろしい特徴である「転移」の過程でも、がん細胞が巧みにエクソソームを操っていることが分かってきた。

転移のための環境を整えるがん細胞

・がんは自分の分身としてエクソソームの分泌し、目的の臓器に先遣隊として送り届け、転移のための環境を整える。

・エクソソームには体のバリア機能を破壊し、破綻させるという機能があると考えられる。

・エクソソームの表面には、届け先を特定する“荷札”のようなものがつけられていて、目的とする特定の細胞に取り込まれる仕組みがあるらしい。

・脳には血液脳関門という強固なバリアがあるが、エクソソームがどのようにして突破するのかという疑問も少しずつ分かってきている。

体内のエクソソームは100兆個以上

人体の全ての細胞はエクソソームを出しており、血液などのさまざまな体液中でその存在が確認されている。

・血液中の100兆個以上のエクソソームが流れていると推定されている。

・エクソソームは受精や発生においても重要な役割を担っていることが分かってきた。

・受精時の卵子はエクソソームを膜の表面上に放出することで、膜を保護するとともに精子が侵入する際に精子の膜と融合しやすくするという役割を果たしている。

・母乳にもエクソソームが含まれていることが分かっている。こうしたエクソソーム内に含まれるマイクロRNAには、病原体などの異物を攻撃する免疫細胞を活性化し、未成熟な乳児の免疫力を高めていると考えられている。

・近年、腸と腸内細菌もエクソソームを用いてメッセージをやりとりしていることが分かってきた。

・『内包するマイクロRNAを臨機応変に変えることで、生命を維持するための多様な情報のやりとりを可能にし、人体という巨大な情報ネットワークを形づくるために働くエクソソーム。いま、世界中の研究者が、エクソソームの情報を解き明かすことで病気の診断や治療に生かそうと努力を重ねている。

画像出展:「神秘の巨大ネットワーク 人体4」

『がんがどのように増殖し、さまざまな臓器に転移していくのかはまだ完全には解明されていない。しかし、エクソソームなどのメッセージ物質の解明によって、新たなメカニズムが見出されつつある。

ご参考:エクソソームに関するサイト

エクソソームは細胞からのメッセージ!?

エクソソームとmiRNA(マイクロRNA)

「細胞間のメッセンジャー!エクソソームって何だ?」

こちらは動画です。

hCGと着床

受精卵は、ふかふかで栄養たっぷりのベッドで育つことができる。

この“ベッド”とは子宮内膜のことです。また、この過程で女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンが重要であることは認識していました。

ところが、下図の【妊娠⇒着床】に出てくる“hCG”も、とても重要であるということを知りました。

月経のサイクル
月経のサイクル

画像出展:「病気がみえる vol.9 婦人科・乳腺外科」

詳しくは、ブログ“不妊鍼灸

2”を参照ください。

hCG”とはヒト絨毛性ゴナドトロピンのことです。”岡山大学さまのサイト(検査部/輸血部インフォメーション)”には、hCGについて次のような説明がされていました。

ヒト絨毛性ゴナドトロピン, HCG (human chorionic gonadotropin) 

●ヒト絨毛性ゴナドトロピン(human chorionic gonadotropin ; hCG)は、α、β、2つの相異なるサブユニットの非共有結合により形成される分子量約38,000の糖蛋白ホルモンである。

●hCGは主に絨毛組織において産生される。

妊娠初期の卵巣黄体を刺激してプロゲステロン産生を高め、妊娠の維持に重要な働きをしている。

●胎児精巣に対する性分化作用や母体甲状腺刺激作用も報告されている。

●絨毛性腫瘍のほか、子宮、卵巣、肺、消化管、膀胱の悪性腫瘍においても異所性発現[本来の場所以外で発現]している例が報告されている。

●臨床的にhCG測定を必要とする場合として、①妊娠の診断と予後の判定、②絨毛性疾患の診断ならびに治療効果判定とそのfollow up、③各種悪性腫瘍に対する腫瘍マーカーとしての応用、などがあげられる。

ブログに残そうと思ったのは、「神秘のネットワーク4 第6集 “生命誕生”見えた!母と子 ミクロの会話」の中に、”まず迎える、着床という妊娠の最難関門”という見出しがあり、そこで主役となっていたhCG私にとっては大発見の新情報だったためです。 

神秘の巨大ネットワーク4
神秘の巨大ネットワーク4

編集:NHKスペシャル「人体」取材班

出版:東京書籍(株)

発行:2018年8月

ブログは目次に続き、hCGについて書かれた箇所を取り上げています。

目次

第6集 “生命誕生”見えた!母と子ミクロの会話

Part1 新たな命が発信する最初のメッセージ

●新たな命が始まる瞬間を追う

●まず迎える、着床という妊娠の最難関門

●子から母への最初のメッセージ

●妊娠検査にも利用されるhCG

Part2 人体をつくる驚異の仕組み

●“ドミノ式全自動プログラム”

●万能細胞が開いた神秘の扉

●最初に生まれる臓器は、心臓

●心臓の次は、肝臓

●さまざまなメッセージが連鎖して作用する

●ぐんぐん成長する赤ちゃん

※万能細胞が切り拓く新しい世界

Part3 胎盤の中で繰り広げられる母と子のやりとり

●10か月で驚きの成長を遂げる赤ちゃん

●母と子をつなぐ命綱

●胎盤の中で繰り広げられる驚異の共同作業

●1つ1つのメッセージを専用装置でやりとり

●そして、誕生

※もう1つの生命誕生物語

Part4 生命誕生の解明が医療の未来を切り拓く

●原因不明の難病に苦しむ女の子

●肝臓移植の代わりになる再生医療

●何になるべきかを知っていた細胞

●生命誕生に学ぶ未来の医療

●“ミクロの会話”がもたらす希望の光

※臓器づくりに欠かせない細胞同士の会話

第7集 “健康長寿” 究極の挑戦

Part1 「がん」が送り出す恐ろしいメッセージ

●日本人の死因第1位のがん

●何度取り除いても発症するがん

●映像が捉えたがん細胞の増殖

●がん細胞が血管を引き寄せる仕組み

●特殊なメッセージ物質、エクソソーム

●それはメッセージの宝箱だった

●宝箱を悪用するがん細胞

●免疫細胞も手なずけるがん細胞

●エクソソームががんの転移のカギを握る

●転移のための環境を整えるがん細胞

●体内のエクソソームは100兆個以上

Part2 「がん」との戦いの最前線

●がん治療の新時代

●13種類のがんの早期診断を目指す

●運動ががん治療につながる

●エクソソームを標的としたがん治療

●光と免疫でがんを攻撃

●牛乳からがんの治療薬も……?

Part3 不可能に挑む! 次世代の心臓再生医療

●いったん傷ついた心臓はもとに戻らない

●心臓の中のメッセージ物質

●エクソソームから心筋細胞を再生

●メッセージ物質を使った治療のメリット

●iPS細胞を使った心臓の再生医療

Part4 神秘の巨大ネットワーク

●人体の解明へさらなる挑戦は続く

●臓器同士をつなぐ情報ネットワーク

●全身の免疫力を司る腸

●骨が若さを生み出す

●幹細胞から骨をつくり「健康寿命」を延ばす

●人体探求の“たすきリレー”は次世代へ

特集:人体ART

Part1 新たな命が発信する最初のメッセージ

まず迎える、着床という妊娠の最難関門

・受精卵は分割し5日ほどで100個程の細胞に増える。自然の受精の場合、この段階は卵管の中を子宮に向かって移動しながら行われる。なお、この時の受精卵は「胚盤胞」と呼ばれる。

・体外受精の場合、受精卵は胚盤胞の状態までシャーレの中で培養された後に子宮の中に戻される。

誕生に向けた最初にして最大の難関がここから始まる。受精卵が生き続けるためには、子宮の壁(子宮内膜)にしっかりと根を張って着床する必要がある。

・この関門を乗り越えるために、母親の体はメッセージ物質が働いて大きな変化を促す。受精卵が着床するためのカギはメッセージ物質である。

子から母への最初のメッセージ

・赤ちゃんからお母さんへの“初めてのメッセージ”は、母親が妊娠に気づくずっと前から受信され始めている。

・『受精後8日目の受精卵の姿は、まだ大きな変化がないように見えた。ところが、2日後、思いがけない現象が起き始める。受精卵のあちらこちらから、ある物質が放出され始め、日を追うごとに、どんどん増えていった。hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)と呼ばれるこの物質こそ、着床のカギを握るメッセージ物質だ。

・hCGの役割は受精卵が母親に「ここにいるよ!」と伝えるためのメッセージである。このhCGは受精後10日目の受精卵から放出される。

・hCGは母親の血液の流れに乗って全身を巡り、卵巣などに働きかける。すると、母親の体は生理を起こさないように変化し、子宮の壁(子宮内膜)をどんどん厚くしていく。これにより受精卵はしっかりと包む込まれ、着床は促進される。

妊娠検査にも利用されるhCG

・母親の血中hCGの量は、妊娠を調べる検査にも用いられている(血液中のhCGは尿にも出ていくため尿でも調べられる)。

受精卵が出す最初のメッセージ物質hCGの働き(CG)】

自然炎症と2型マクロファージ

今回は、審良静男先生と黒崎知博先生の「新しい免疫入門 自然免疫から自然炎症のまで」という本が題材です。

著者:審良静男、黒崎知博
新しい免疫

著者:審良静男、黒崎知博

発行:2014年12月

出版:講談社

当初の目的は、新型コロナウィルスで先行する2つのワクチン(独BioNTech社と米Pfizer社が共同開発したワクチン、および米Moderna社のワクチン)が、ともにmRNA(メッセンジャーRNA[タンパク質分子の設計図をコピーする働き])ワクチンということで、これがどのようなものか知りたいということと、免疫について勉強したいというものでした。

前者のワクチンに関する記述は多くなかったため、ブログは免疫、「免疫と炎症」が主になります。特に、新発見だった“自然炎症”と“2型マクロファージ”に注目しました。なお、目次でいうと10章になります。

詳しいご説明は最後に再登場するのですが、以下の図が今回の最大の収穫です。 

免疫と炎症
免疫と炎症

画像出展:「新しい免疫入門」

目次

まえがき

プロローグ

・二度なし

・一度目は?

・新しい免疫劇場

1章 自然免疫の初期対応

2章 獲得免疫の始動

3章 B細胞による抗体産生

4章 キラーT細胞による感染細胞の破壊

5章 三つの免疫ストーリー

6章 遺伝子再構成と自己反応細胞の除去

7章 免疫反応の制御

8章 免疫記憶

9章 腸管免疫

10章 自然炎症

11章 がんと自己免疫疾患

あとがき

参考文献

さくいん

10章 自然炎症

免疫学の新しい展開

・TLR[Toll-like receptor:病原体を感知して自然免疫に活性化するセンサー]などのパターン認識受容体は、”病原体”だけではなく“内在性リガンド[体の自己成分、自己細胞が大量に死んだときに出てくる成分などが多い]も認識する。つまり、マクロファージや好中球などの食細胞は、“内在性リガンド[虚血、細胞ストレス、細胞死など]を認識して活性化し、炎症をおこす。このように病原体が関わらない炎症を「自然炎症」という。

・自然炎症の代表的な例は、体の中で大量の細胞がネクローシスを起こして死ぬような場合である。

・自然炎症が何のために起こるのか、まだはっきりと分かっていないが、組織の修復に関わっているという考え方が有力である。マクロファージや好中球が集まり、損傷部が取り除かれる。さらに修復のための専門細胞が集まり、組織の再建にとりかかる。こうして組織は修復される。 

・パターン認識受容体はほぼ全身の細胞に分布しているため、内在性リガンドで自然炎症を起こしうるのは、マクロファージなどの食細胞だけでなく、ほぼ全身の細胞ということになる。

アポトーシスとネクローシス
アポトーシスとネクローシス

画像出展:「新しい免疫入門」

『からだのなかで細胞が死ぬパターンとして二つの様式がある。アポトーシスとネクローシスだ。アポトーシスが誘導されると、細胞膜につつまれたまま内容物が分解され、最後は食細胞が丸ごと食べて処理する。一方、ネクローシスでは、細胞膜が破れて、内容物が分解されずに飛び散る。外傷や火傷、薬物、放射線などが誘因となる。

痛風はマクロファージがおこす自然炎症だった

・痛風は全身の関節(特に足の親指の関節)で急性の炎症が繰り返し起こる病気で激痛を伴う。原因は血液中の尿酸である。尿酸は細胞の老廃物で、増えすぎると結晶となって関節に付着し、これを食細胞が取り込むと炎症が起こるが、この炎症は自然炎症と考えられる。

痛風の原因は“尿酸”だが、尿酸に限らず結晶のような構造をとる物質は、食細胞に取り込まれると活性化し炎症を起こす。 

痛風の発作
痛風の発作

画像出展:「新しい免疫入門」

食細胞が尿酸結晶を細胞内に取り込むと、尿酸結晶の刺激でミトコンドリアが損傷する。すると、SIRT2という酵素のはたらきが低下し、細胞内の輸送路である微小管にアセチル基という分子がつく。その結果、損傷したミトコンドリアが微小管の上に乗り、細胞の中心部の小胞体まで移動する。こうして小胞体のNLRP3と、ミトコンドリアがもつ部品ASCがそろい、さらにカスパーゼという部品もくわわって複合体が組みあがる。この複合体をインフラマソームという。インフラマソームは、インターロイキン1βをマクロファージ内で成熟させて外に放出する。引きつづいて強い炎症がおこり、激痛が走ることになる。

結晶構造をとる物質
結晶構造をとる物質

画像出展:「新しい免疫入門」

『脳ではマクロファージや好中球の代わりにミクログリアという細胞が免疫のはたらきをしており、βアミロイド線維を食べたミクログリアからは同じようにインターロイキン1βが放出される。』

・NLRP3は様々な結晶(または結晶のような物質)の刺激をきっかけにしてインフラマソームを形成することから、この他にも多くの炎症性疾患との関連が強く示唆されている。

体内で結晶化したものは食細胞が消化しきれずに死んでしまい、結晶が体内に残る。それを処理しようと新しい食細胞がまた食べに来て食べきれないという状態が繰り返され炎症が起こる。つまり、消化・分解できない結晶は、自然免疫系を過剰に活性化してしまう。

痛風も動脈硬化も同じメカニズムでにもかかわらず、痛風だけが激痛なのは結晶の量の違いと考えられる。電子顕微鏡で見ると、集積している尿酸結晶に比べ、コレステロール結晶は極めて少ない。

TLR[Toll-like receptor:病原体を感知して自然免疫を活性化するセンサー]による自然炎症

・TLRもNLRP3と同様に、自然炎症に関わっている。

・虚血再灌流障害とは、脳梗塞や心筋梗塞で虚血状態にある組織や臓器に再び血液が流れだしたとき、強い炎症が局所的または全身で起こるものである。これは、虚血によって大量の細胞死が起こり、その中の成分が血管内皮のTLR2、TLR4、TLR9を刺激して炎症を起こすためである。

TLRなどのパターン認識受容体が内在性リガンドを認識して起こす自然炎症が、炎症性疾患に関係している可能性が高まっている。 

TLR[Toll-like receptor:病原体を感知して自然免疫を活性化するセンサー]などが認識する内在性リガンドの例
TLR[Toll-like receptor:病原体を感知して自然免疫を活性化するセンサー]などが認識する内在性リガンドの例

画像出展:「新しい免疫入門」

内在性リガンド”は右端です。これを見ると、TLR3というパターン認識受容体の対象はウィルスであり、その内在性リガンドはメッセンジャーRNA(mRNA )であることが分かります。もしかしたら、これは新型コロナウィルスのメカニズムと何か関係しているのでしょうか??

炎症を抑える2型マクロファージ

マクロファージは2種類ある。一つは1型と呼ばれ、異物を食べたり炎症を起こしたりするタイプで昔から知られていた。一方、2型は炎症を抑え、組織の修復をする。詳細な働きはまだよく分かっていないが、脂肪組織の状態維持に役立っていると考えられている。

2型マクロファージは、病原体をやっつけるという役割ではなく、体の中の色々な組織と交流して、それらの機能を維持しているとみられている。

・2型マクロファージを欠くマウスでは、脂肪から遊離脂肪酸がどんどん外へ出ていまい、血中のコレステロールや中性脂肪の濃度が上がった。このマウスに脂肪食を食べさせると、ほとんどのマウスに糖尿病の症状が見られた。

・正常マウスと肥満マウスの比較実験では、正常マウスの脂肪組織では2型マクロファージが多数を占めているのに対し、肥満マウスの脂肪組織では1型マクロファージが多数を占めていた。なぜ、肥満マウスで2型の代わりに1型が多数になるかは分かっていない。飽和脂肪酸により1型が誘導され、不飽和脂肪酸では誘導されないという報告はあるが、詳細は不明である。そもそも2型マクロファージがどうやって作られるのか、1型と2型は行ったり来たりできるかなど、基本的なところが全く分かっていない。

・1型マクロファージは様々なサイトカインを放出して、インスリン抵抗性をもたらすため、糖尿病の準備状態を誘導することになる。発赤、発熱、腫脹、疼痛といった炎症の四徴候は見られないが、一種の炎症反応と考えられる。

「免疫と炎症」

・『内在性リガンドが見つかり、自然炎症のしくみが明らかになってくると、免疫学は従来の枠のなかにおさまらなくなってきた。20世紀までは獲得免疫が免疫学の中心であり、21世紀になると獲得免疫にくわえて自然免疫も重要視されるようになった。そして、いま、免疫と炎症が大きな学問分野を形成しようとしている。

免疫と炎症
免疫と炎症

画像出展:「新しい免疫入門」

こちら再登場の図です。

いまや免疫と炎症の関係は図10-5のようにまとめることができる。TLRなどのパターン認識受容体は、病原体も内在性リガンドも認識し、自然炎症もおこせば、獲得免疫も始動させる。そして、自然炎症が行きすぎると炎症性の疾患を引きおこし、獲得免疫に誤動作がおこると、自己免疫疾患を引きおこす。

従来は免疫と炎症の学会はそれぞれ独立して開催されたが、海外でおこなわれている最近の学会やシンポジウムでは、会の名称が「免疫と炎症」になっていることも多くなった。』

付記1:炎症とは

炎症反応は、体内で発生した、あるいは外部から体内に侵入した病原刺激を除去し、傷害を受けた組織を取り除く生体反応
炎症反応は、体内で発生した、あるいは外部から体内に侵入した病原刺激を除去し、傷害を受けた組織を取り除く生体反応

こちらの図は、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 病理学(免疫病理/第一病理さまより拝借しました。

炎症反応は、体内で発生した、あるいは外部から体内に侵入した病原刺激を除去し、傷害を受けた組織を取り除く生体反応です。とくに微生物侵入に対する最初の防御系として働いており、生命維持に必須の生体防御反応です。炎症反応がないと、私達は生きていけません。炎症反応は、効率的・戦略的な戦力配分のもと、様々な炎症メディエーターによりダイナミックに制御されています。』

付記2:「これは2型マクロファージも関与!?」

テロメア・エフェクト
テロメア・エフェクト

テロメアは遺伝情報を保護する役目を担っています。そのテロメアの配列を同定し、テロメアを伸長する酵素・テロメラーゼを発見した業績で、ブラックバーン先生は2009年に、ノーベル生理学・医学賞を受賞されました。この本はそのブラックバーン先生の著書です。本には以下のようなことも書かれています。

運動によって体の分子は損傷を受け、損傷した分子は炎症を引き起こす可能性がある。だが、運動を始めてまもなく、オートファジー[細胞内のタンパク質を分解するための仕組み、自食作用]という現象が起き、細胞はまるでパックマンのように、細胞内の損傷した分子を食べてしまう。これにより、炎症を防ぐことができる。

運動が細胞内部にもたらすメリット
運動が細胞内部にもたらすメリット

「これは何だろう?」というのが疑問だったのですが、これは今回学んだ、“2型マクロファージ”も関わっているのではないかと思います。

付記3:“腎疾患の進展に自然炎症が果たす役割に着目した新規治療の開発”

当院は慢性腎臓病でご来院頂いている患者さまが多いのですが、今回、腎疾患と自然炎症に関する論文を見つけましたのでご紹介させて頂きます。資料はPDF4枚です(クリック)。ここに出てくる内在性リガンド(内因性リガンド)は既出の図10-5の中では”虚血”が特に重要ではなかと思います。それは腎臓が極めて多くの酸素を必要とする臓器であるためです。

『慢性腎臓病(CKD)は本邦において 1,300万人を超え、CKDから透析へ移行する患者数は年間 38,000人前後を推移しており、生活の質および医療経済などといった面で多大な影響を及ぼしている。その克服は大きな課題であり、RAS阻害を主体とする適切な降圧療法や生活指導などに加えて新しい観点からの治療法開発が望まれている。内因性リガンドと病原体センサー間の相互作用による慢性炎症(自然炎症)は生活習慣病やガンなど現代病の発症に重要であることが明らかされつつある中で、腎臓における役割は不明であった。最近我々は自然炎症に重要な役割を果たす toll-like receptor 4(TLR4)が糖尿病性腎症の進展に重要であることを明らかにし、TLR4の強力な内因性リガンドの一つである myeloid-relatedprotein 8(MRP8)がその病態に重要な可能性を報告した。』

『糸球体腎炎は本邦における透析導入原疾患として糖尿病性腎症に続く第 2位を占める疾患である。中でも半月体形成性腎炎は腎予後のみならず生命予後も脅かされる予後不良疾患であり、特に高齢者での発症が多いことで知られている。現在ステロイド、免疫抑制剤が治療の主体となっているが、感染合併による死亡例が後を絶たず、治療を断念せざるを得ないケースも多く認められる。内因性リガンドを治療標的とする新しい治療ストラテジーは新規創薬につながる可能性が期待される。今回急性期の観察で MRP8欠損による腎症軽減効果が確認された。今後長期的モデルあるいは観察により、慢性化に及ぼす影響を検討する必要がある。

心は量子で語れるか2

著者:ロジャー・ペンローズ
心は量子で語れるか

著者:ロジャー・ペンローズ (Roger Penrose)

出版:講談社

発行:1998年3月

目次については”心は量子で語れるか1”を参照ください。

第一部 宇宙と量子と人間の心

第三章 心の神秘

意識はコンピュータに乗せられない

・意識というものは科学的に説明すべき問題である。

・図3-4は物質的世界と精神的世界をまとめたものである。

物質的世界と精神的世界の特徴
物質的世界と精神的世界の特徴

画像出展:「心は量子で語れるか」

『右側には“物質的世界”の様子が示されている―第一、第二で論じたように、物質的世界は、正確で数学的な物理法則によって支配されていると考えられる。左側には“精神的世界”に属する意識や、“魂”や“精神”や“宗教”などの言葉が並んでいる。』

 

微小管は八面六臂

・微小管はシナプス強度[シナプスにおける情報伝達率]の決定に関係していると思われる。

・微小管がシナプス強度に影響を与える方法の一つは、樹状突起棘の性質に影響を与えることであると思われる。これは棘内部のアクチン(筋肉収縮のメカニズムを司る不可欠な構成要素)に変質が起こることによって引き起こされる。樹状突起棘に隣接する微小管は、このアクチンに強く影響を与え、ひいてはシナプス結合の形またはその誘電特性に影響を及ぼす。

・『微小管がシナプス強度に影響を与える方法は、このほか少なくとも二通りある。信号を、あるニューロンから次のニューロンに伝える神経伝達物質の運搬に、確かに微小管は関与している。神経伝達物質を軸索や樹状突起に沿って運ぶのが微小管であり、その働きは、軸索の先端や樹状突起の中の化学物質の濃度に影響を与えるだろう。そして、これがシナプス強度に影響を及ぼすことになろう。さらに微小管は、ニューロンの成長と退化に影響を与え、その結果、ニューロンを連結してできたネットワークそのものを変えてしまうだろう。 

微小管がシナプス強度に影響を与える
微小管がシナプス強度に影響を与える

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

 

・『微小管とは何か? その一つを図3-18に描いた。それは“チューブリン”と呼ばれる、蛋白質から成る小さな管である。それはいろいろな点で興味深い。チューブリンは、(少なくとも)二つの異なる状態、または構造をもっていて、一方の構造から他方の構造へと変化できるようである。一見してわかるように、それはメッセージを管に沿って送ることができる。

メッセージを管に沿って送ることができる。
微小管:チューブリンの二量体からなる13列の円柱

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

 

事実、スチュアート・ハメロフ[米国の麻酔科医。ロジャー・ペンローズとの意識に関する共同研究で有名]と彼の同僚は、管に沿って信号を送る方法について、興味深い考え方を示している。ハメロフによると、たぶん微小管は“セル・オートマトン”[空間に格子状に敷き詰められた多数のセルが、近隣のセルと相互作用をする中で自らの状態を時間的に変化させていく「自動機械(オートマトン)」である。計算可能性理論、数学、物理学、複雑適応系、数理生物学、微小構造モデリングなどの研究で利用される]のように振る舞い、その管に沿って複雑な信号を伝達するのだという。チューブリンの二つの異なる構造が、デジタル・コンピュータの0と1を表現していると考えてみよう。すると1個の微小管が、それ自身でコンピュータのように振る舞うことができるから、ニューロンがどんなことを行っているかを考察する際には、この点を考慮しなければならない。各ニューロンは単にスイッチのような働きをするのではなく、非常に多くの微小管をもっていて、それぞれの微小管は極めて複雑なことをやってのけるのである。

“意識”の理解に最も必要なこと  

・『ここから、私自身の考えに入ろう。以上の過程を理解する上で、量子力学は欠かせないものかもしれない。微小管で私が最も興味をおぼえることの一つは、それらが“”だということである。管であるがゆえに、管の内部で起こっていることを周囲のランダムな動きから隔離できる可能性が高まってくるのである。

第二章で私はOR物理学という新しい形式が必要だと主張した。そしてOR物理学が適切であるならば、周囲から十分に隔離されて、量子的に重ね合わされた質量移動が可能になるに違いない。管内部では、何か超伝導体[電気抵抗ゼロの物質]のような、ある種の大規模な量子的干渉[波動関数の重ね合わせの結果起こる干渉現象]が生じているのだろう。この活動が(ハメロフ型の)チューブリン構造と結びつき始めたときにのみ、おそらく顕著な質量移動を伴うはずだ。ここでは“セル・オートマトン”の振る舞い自体が、量子的重ね合わせの影響を受けるかもしれない。起こりうる状況を図3-19に描いておいた。

微小管のシステムが大規模な量子的干渉を可能にする?
微小管を取り囲む秩序化された水

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

 

この図の一部で、おそらくあるタイプの干渉性量子的振動が、管内部で生じているに違いない。この量子的振動は脳の広範な領域にまで及ぶ必要があろう。

かなり以前にハーバート・フレーリッヒが、一般的なタイプの量子的振動に関して、いくつかの提案を行った。それによって、生物学の体系の中で、この性質をもつ対象の存在が、いくぶん現実性を帯びてきた。微小管は、その内部で大規模な量子的干渉が生じている構造と考えて差し支えないと思われる。』

・『私には、意識というものが何か大域的なものだと思われる。したがって意識の原因となるどんな物理過程も、本質的に大域的な性質をもっているに違いない。量子的干渉は確かにこの点での要求を満たしている。そのような大規模な量子的干渉が可能であるためには高度な隔離が必要とされ、微小管の壁によって、それが実現されているのかもしれない。しかしチューブリンの構造が関与するとなると、さらに多くのことが必要となる。

こうして要求される周囲からの隔離は、微小管のすぐ外側にある“秩序化された水”によってなされるだろう。(生きた細胞には存在することが知られている) 秩序化された水は、管の内部で起こる量子的干渉性振動の重要な構成要素でもあると思われる。このことはいささか難しい要求かもしれないが、以上のことがどれも事実だということは、たぶん全くの不合理というわけではないだろう。

微小管内部での量子的振動は、何らかの方法で微小管の活動、すなわちハメロフが言うところのセル・オートマトンの活動と結びつける必要があるだろうが、ここでは彼の考え方と量子力学とを結びつけなければならない。すなわち現段階では、通常の意味での計算活動だけではなく、こうしたさまざまな活動の重ね合わせに関連する量子計算も考慮しなければならない。

もし以上の話がすべてだとしたら、まだ私たちは量子レベルにとどまっていることになる。ある時点で、おそらく量子状態は環境と絡み合ってくるだろう。そのとき私たちは、量子力学における通常のRという手順に従って、一見したところランダムな方法で古典レベルへ飛び上がることになる。だが純粋な計算不可能の登場を期待するならば、これでは全く不十分である。そのためには、ORの計算不可能な側面が現れてこなければならないし、それには高度な隔離が要求される。

かくして、新たなOR物理学が重要な役割を演じるのに十分な隔離を行う何かが、脳の内部に存在しなければならない。つまり私たち〔の脳〕に必要なのは、重ね合わされた微小管による計算が一旦開始されるや、その計算が十分に隔離されて、その結果、新しい物理学が本当にその役割を果たすようになることである。

というわけで、私が考えている状況は次のようになる。しばらくの間この量子計算が進行し、十分に長い間(たぶん一秒くらいのオーダーで)、その計算は他の要素から隔離され続ける。そうすると、私が話した種類の基準が通常の量子的手順を引き継いで、非計算的な構成要素が登場し、標準的な量子論とは本質的に異なる何かが得られるのである。

もちろん以上の考え方の至る所に、かなり推測が入っている。だがそれらは、意識と生物物理学的な過程との関係をかなりはっきりと定量的に描いており、私たちに何かしら本物の展望を与えている。少なくとも私たちは、OR作用が関与するためには、どのくらいのニューロンが必要かを計算できる

その計算に必要なものは、第二章の終わりにかけて私が述べた時間スケールTの、およその見積もりである。つまり、意識上の出来事がORの出現と関係していると仮定するなら、Tをいくつと見積もるのか? 意識はどのくらいの時間を要するのか? これらの問題に関連した二つのタイプの実験があって、そのいずれにも、リベットと彼の同僚がかかわっている。二つの実験のうち一方は自由意志または能動的意識を、もう一方は、感覚または受動的意識を扱っている。

修正された物理学の全体像
修正された物理学の全体像

画像出展:「心は量子で語れるか」

客観的収縮=OR

『将来、物理学が成し遂げねばならないと思うことを示すため、図2-17には修整が施されている。Rという文字で表現した手続きは、まだ私たちが見つけていない何かを近似したものである。その未発見の何かとは、私がORと呼ぶものであり、“客観的収縮(Objective Reduction)”を表してる。

ORは客観的事実である― 一方、“または”他方が客観的に起こる ―今なお私たちには欠落している理論である。ORというのは、うまい頭文字になっている。というのもORは“または”をも表しており、それは実際、一方“もしくは”(OR)他方のどちらかが起こるからである。』 

自然は、私たちが未だ理解していない何らかの法則に従って、どちらか一方の時空を選択する。
分岐しようとしている時空の模式図

画像出展:「心は量子で語れるか」

自然が審判を下すための時間

『プランク長の10⁻33センチメートルは、量子状態の収縮とどんな関係があるのだろうか? 図2-19に、分岐しようとしている時空をかなり模式図的に示した。

ここで、二つの時空(一方は生きた猫を、他方は死んだ猫を表すことができる)が一つの重ね合わせに至る状態があって、この二つの時空は何とかして重ね合わせられる必要があるとしよう。このとき、次のような疑問が生じる。

「互いに法則を変えるべきだと思えるほど、二つの時空が十分に異なるようになるのはいつか?」

ある適切な意味で、二つの時空の差がおよそプランク長のオーダーに等しくなるとき、私たちはそのような状況に遭遇するだろう。二つの時空の幾何学がそれくらいの違いを見せ始めるとき、そのときこそ、私たちは法則が変わることを心配しなくてはならないだろう。なお、強調しておくが、私たちが扱っているのは時空であり、単なる空間ではない。

“プランク・スケールの時空分離”については、小さな空間的分離がより長い時間に対応し、より大きな空間的分離がより短い時間に対応する。ここで必要なのは、どんな場合に二つの時空が有意に異なるかを見積もるための評価基準である。

そこから、二つの時空の間で自然が選択を行う際の“時間スケール”が導かれるだろう。こうして自然は、私たちが未だ理解していない何らかの法則に従って、どちらか一方の時空を選択するのである。

この選択を行うのに、自然はどのくらいの時間を要するのか? アインシュタインの理論に対するニュートン的近似が十分であって、かつ、量子論重ね合わせ(二つの複素振幅の大きさは大体等しい)に従う二つの重力場が明らかに異なるとき、その時間スケールを設計することができる。私が示そうとする答えは、次のようになる。まず猫を球体で置き換えてみる。

では、その球体はどれくらいの大きさで、どこまで動かなければならないのか? また状態ベクトルの崩壊が生じるための時間スケールはどれくらいなのか(図2-20)? 

画像出展:「心は量子で語れるか」

私は、一つの状態ともう一つの重ね合わせを、不安定な状態―それは崩壊しかかっている素粒子やウラン原子核などに少し似ている―と見なしたい。素粒子などは崩壊すると別のものになるが、その崩壊と結びついた一定の時間スケールが存在する。状態の重ね合わせが不安定だというのは一つの仮説だが、この不安定性は、私たちが理解していない物理学の存在を暗示しているはずである。

崩壊の時間スケールを算出するため、ある状態の球体を、(その球体の)別の状態の重力場から移動させるために必要なエネルギーEを考えてみよう。プランク定数を2πで割ったℏ[換算プランク定数またはディラック定数]を重力エネルギーEで割ると、この状態での崩壊に対する時間スケールTとなるはずである。

T=ℏ/E

この一般的な推論に従う多くの理論がある。一般的な重力理論は、細かな点では違いがあるものの、どれもこれと何かしら同じ趣き〔似たような関係〕を備えている。』

微小管について

まずは「人体の正常構造と機能」という本に出ていた3つの図をご紹介します。

●微小管は太さ約24㎚の中空の管であり、チューブリンという蛋白質からできている。

●線毛や鞭毛の動きは微小管が行っている。

●神経の軸索突起などの大きな細胞突起を支持する。

●細胞分裂の際に、染色体を両極に引っぱる紡錘糸は微小管からできている。

微小管の構造
微小管の構造

画像出展:「人体の正常構造と機能」

■線毛の芯は“9+2配列”の微小管でできている

『線毛の中央部は直径0.25~0.3μmで、電子顕微鏡で観察すると、各線毛は細胞膜で囲まれ、その中に微小管とその付属蛋白からなる軸糸という構造が認められる。軸糸を構成する微小管は、チューブリンという球状蛋白が重合してできた管状の構造物で、外径25㎚、壁厚5㎚ほどある。軸糸の中心には1対の単一微小管からなる中心微小管があり、そのまわりを9対の二連微小管からなる周辺微小管が取り囲む。各周辺微小管の作る面は、線毛の接線面に対し5~10度傾いており、中心近くにあるものからA細管、B細管と呼ぶ。A細管と中心微小管とはスポークで連結される。またA細管から隣の周辺微小管のB細管に向かって、ダイニンというモーター蛋白でできた2本の腕突起(内腕と外腕)が伸びており、内腕はさらにネキシンの細い線維が結合している。これらは微小管の長軸方向に一定の間隔で並ぶ。線毛の先端側は微小管のプラス端にあたり、各微小管は自由な断端となって終わる。線毛の根元側は微小管のマイナス端にあたり、細胞質内まで伸びたところで周辺周辺微小管にさらにC細管が加わり、基底小体という三連微小管となる。この周辺には根小毛という線維束があり、線毛を細胞質に固定している。基底小体下にはミトコンドリアが豊富である。

■線毛の屈曲運動は微小管の滑り合いによって起こる

『線毛の屈曲は、周辺微小管の滑り合いにより生じる。周辺微小管の腕突起を構成するダイニン蛋白はATPase活性を持ち、ATPの存在下で隣の微小管のB細管上をマイナス端へ向かって移動する。その結果、微小管どうしが滑り合い、線毛は屈曲する。滑り合いと屈曲運動の関係は、短柵状の紙を2枚に折って重ねて指で滑らせてみると納得がいくだろう。線毛内のスポークやその他の連結の役目をする構造物も、線毛運動の調節をしていると考えられている。』

精子の構造
精子の構造

画像出展:「人体の正常構造と機能」

■精子は長距離を移動するために無駄のない形をしている

『尾部[遊泳運動を担う]は長さ約60μmの鞭毛からなる。鞭毛の中心を軸糸と呼ばれる構造が全長にわたって走行している。軸糸は、2本の中心微小管とそれを取り巻く9対の周辺微小管で構成され、線毛にみられるのと同様の構造である。これらのチューブリンという蛋白質からなり、その滑り合いによって軸糸を屈曲させ、独特の三次元的波状運動をもたらす。軸糸の屈曲に要するエネルギーは、中間部の軸糸をらせん状に取り囲むように配列するミトコンドリア鞘で産生されるATPによって供給される。』 

軸索輸送:微小管は輸送のレールの役目を担う
軸索輸送:微小管は輸送のレールの役目を担う

画像出展:「人体の正常構造と機能」

■軸索輸送によって必要な物質が供給される

軸索内には蛋白合成を行う細胞内小器官がない。そのため、軸索の成長やシナプスの形成に必要な蛋白質や小器官は、細胞体で合成されたのち、軸索を通って輸送される。これを順行性軸索輸送という、逆に、神経終末で取り込まれた栄養因子や化学物質は、逆行性軸索輸送により細胞体へ輸送される。微小管がこれらの輸送のレールの役目を果たし、モーター蛋白のキネシンをはじめとするKIF蛋白は順行性の輸送に、ダイニンは逆行性の輸送に働く。

順行性輸送では、いろいろな物質が異なる速さで運ばれる。シナプス小胞は速い流れ(100~400㎜/day)で、ミトコンドリアは中間の流れ(60㎜/day)で、細胞骨格(アクチン、ニューロフィラメント、微小管)は遅い流れ(10㎜/day以下)で運ばれる。逆行性輸送では、100~200㎜/dayの速さでライソソームなどが運ばれる。

軸索内では、微小管はチューブリンの重合と脱重合の速度が速い分、つまり微小管の伸長している部分(プラス端)は絶えず遠位側にある。また、軸索にはタウ蛋白と呼ばれる微小管関連蛋白が特異的に分布しており、チューブリンの重合を促進し微小管の安定化に寄与している。』 

続いて、「病気を治す飲水法」に出ていたもの(ブログは“飲水の重要性”)と、その時に見つけたサイトをご紹介します。 

神経の水輸送システム
神経の水輸送システム

画像出展:「病気を治す飲水法」

『脳で生産された物質は、水に乗って、神経終末部の目標地点にたどり着き、情報の伝達に使われる。神経には、情報を梱包して流す「極微細管」と呼ばれる微細な水路が存在する。

原文が確認できないので、“極微細管”が“微小管”のことであるのかは分からないのですが、図を見る限り、同一のものだと思われます。この図に興味をもったのは、「神経伝達に水路がある」ということに大変驚いたためです。

この時、この“水路”に関してネットで見つけたサイトが以下のものになります。残念ながら“水路”というものではなかったのですが、絵が似ていたことと、「細胞内輸送の解明にかける思い」という記事から関係があるように思いました。

 

細胞内輸送:微小管のレールに沿って行き来している
細胞内輸送:微小管のレールに沿って行き来している

画像出展:「UTokyo Focus

"細胞内輸送の解明にかける思い"

『細胞は細胞液の入った風船のようなもので、その中に核やミトコンドリアなどの細胞小器官が漂っていると思われがちです。しかし、実際には、微小管というレールが整然と張り巡らされており、それに沿ってミトコンドリアや小胞(膜でできた袋)などの「荷物」が行き来しています。これを「細胞内輸送」といいます。レールの上で荷物を運んでいるのは、小さなモータータンパク質です。「モータータンパク質が人間のサイズだとしたら、直径5mの土管の上を、10トントラックをかついで、秒速100m以上の速さで走っていることになります」と語るのは、医学研究科の廣川信隆特任教授。神経細胞をモデルとして、細胞内輸送のメカニズム解明に取り組んできました。』 

感想

「心や意識は脳が作り出すもの」。これは正確ではないかもしれませんが、深く関係しているのは間違いありません。

ストレスは脳にアタックをかけます。脳が疲労し、その疲労が身体におよぶと自律神経失調症が懸念されます。ちょっと強引ですが、「病は気から」ということわざの“気”は脳の疲労などによってもたらされた“ネガティブな意識”ということかもしれません。 

ストレスは脳にアタックをかける
ストレスは脳にアタックをかける

画像出展:「自律神経失調症を知ろう」

 

一方、「ポジティブ・シンキング」、「瞑想法」などはネガティブなストレスとは異なり、心身にとって良いポジティブなものですが、こちらも脳(心や意識)と肉体のつながりを感じさせます。

以下の左図に書かれているように脳は“神経系”の中の“中枢神経系”とよばれています。これは脳が指令を出すためです。出された指令は“末梢神経系”によって然るべき組織や器官に届きます。“末梢神経系”には運動や感覚などの動物性機能を担う体性神経系(動物神経系)と、内臓や血管に分布して呼吸、消化、吸収、循環、分泌などの活動を不随意的に調節する自律神経系(植物神経系)があります。

なお、右側の図を見て頂くと、“神経系”は内臓を含め、体中をカバーしているのが分かります。

注)2つの図は「看護roo!」さまより拝借しました。

左図:“神経系はどんな構成になっている?”より 

右図:“神経のしくみと働き|神経系の機能”より 


左の図では“交感神経”も“副交感神経”も「遠心性」(脳⇒末梢)となっていますが、現在は次のような見解が正しいとされています。つまり、“自律神経”は「遠心性+求心性」(脳⇔末梢)ということです。

求心性神経と遠心性神経:自律神経系(交感神経と副交感神経)は、かつては遠心性の線維のみからなるとされていたが、求心性線維も多く含まれていることがわかってきた。迷走神経(副交感神経)構成線維の約75%、内臓神経(交感神経)の50%は求心性線維とされている。 実験医学 2010年6月号 Vol.28 No.9』 

“神経”は我々のような動物だけでなく、ゾウリムシのような単細胞生物にも存在します(「動くニューロン[神経細胞]」と呼ばれているそうです)。また、神経ということではありませんが、微生物とされるバクテリアの線毛にも微小管は存在しています。

以上のことから神経細胞の輸送のためのレールなど、微小管は地球上の多くの生物の中にあり、生命に深く関わっていると言えます。さらに、微小管は精子の尾部(鞭毛)にも存在しているので、種の保存という大事な仕事も任されています。

そして微小管はペンローズ先生がご指摘されているように“”として内部と外部を分けることができるという大変興味深い特徴を有しています。マクロ(ニュートン力学)の世界とミクロ(量子力学)の世界を分けているのかも知れません。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

ペンローズ先生は「心は量子で語れるか」の中で、“微小管”と“水”の関係についてもお話されていました。

『私には、意識というものが何か大域的なものだと思われる。したがって意識の原因となるどんな物理過程も、本質的に大域的な性質をもっているに違いない。量子的干渉は確かにこの点での要求を満たしている。そのような大規模な量子的干渉が可能であるためには高度な隔離が必要とされ、微小管の壁によって、それが実現されているのかもしれない。しかしチューブリンの構造が関与するとなると、さらに多くのことが必要となる。

こうして要求される周囲からの隔離は、微小管のすぐ外側にある“秩序化された水”によってなされるだろう(生きた細胞には存在することが知られている)。秩序化された水は、管の内部で起こる量子的干渉性振動の重要な構成要素でもあると思われる。

この“水”は鍼灸師の私にとってとても興味深いものです。

人間の体は成人では60~65%が水で満たされています。また、東洋医学には“津液(シンエキ)”という考え方があります。津液とは人体を潤す全ての正常な水液とされています。この津液をあえて現代医学に当てはめて意識するときに、汗や涙、唾液や胃液、血漿、リンパ、漿液、脳脊髄液などを想像していました。今回の件で、その水の中には神経伝達に関わる水、微小管のすぐ外側にある“秩序化された水”があることを知りました。これは大きな発見です。私の“津液”のイメージにこの”秩序化された水”も加えたいと思います。

付記ロジャー・ペンローズ先生は、2020年のノーベル物理学賞を受賞されました。

画像出展:「SankeiBiz

 

画像出展:「WAKARA」

アインシュタイン以来の天才!?ノーベル物理学賞受賞ロジャー・ペンローズが生み出した現代宇宙観

『実は、ブラックホールが存在する可能性に気づいたのは、ペンローズが初めてではありません。天体物理学者カー・シュヴァルツシルトが、相対性理論の重要な方程式であるアインシュタイン方程式を解いてみたところ、ある特殊解が得られて、その結果特異点が存在することに気づきました。のちにブラックホール発見の重要なきっかけとなった特異点ですが、当時アインシュタイン自身はこの特異点について、「あくまで理論的な計算の結果出てきたもので、実在するものとは無関係である」と判断し、1939年の自身の論文でブラックホールの存在を明確に否定しているのです。

その説をアインシュタインが相対性理論を生み出した方法と同じ、計算によって覆して見せたのがペンローズでした。彼は相対性理論を拡張し、特異点、つまりブラックホールが相対性理論から自然に導かれる存在であることを証明しました。星の大きさに対して一定の重さになるとその星が崩壊し特異点を生じ、その特異点ではあらゆる物質、光でさえも一度入ると抜け出せない、ブラックホールになることを相対性理論から導いて見せたのです!彼が1965年に書いた画期的な論文は、相対性理論におけるアインシュタイン以来の前進とみなされています。』 

心は量子で語れるか1

原題は、「THE LARGE, THE SMALL AND THE HUMAM MIND」です。発行は1997年なので、およそ23年前ということになります。

邦題である「心は量子で語れるか」は、翻訳された中村和幸先生が付けられたのですが、それは次のような理由からです。

『なお、原題にあるように、本書では宇宙と量子と人間の心を扱っているが、意識は無数の量子によって生じるというペンローズの意を受けて、邦題では「心は量子で語れるか」とした。』 

著者:ロジャー・ペンローズ
心は量子で語れるか

著者:ロジャー・ペンローズ (Roger Penrose)

出版:講談社

発行:1998年3月

私は、以前“生物と量子力学3(意識)”というブログをアップしているのですが、その時にロジャー・ペンローズ先生の「皇帝の新しい心」という本の存在を知りました。そして、この時から「量子と心(意識)との関係」について関心を持っていました。

皇帝の新しい心
皇帝の新しい心

発行は1994年。原書の発行は1989年です。

ネット検索中に「心は量子で語れるか」という本を見つけ、当然、難解な内容であることは承知しつつも思わず買ってしまいました。

本の内容は想像以上に難しく、ほとんど理解できませんでした。にもかかわらず、ブログにアップしたのは、この本の題名がとても気に入ったのと、微小管が謎を解く重要な器官らしいということを知ったためです。

この本がどんな本なのかをご説明することも難しいため、目次に続き、翻訳された中村先生が書かれた“翻訳にあたって”の冒頭の部分と、同じく中村先生の“訳者あとがき”の一部をご紹介させて頂きます。また、それ以降は微小管について書かれた第三章の“意識はコンピュータに乗せられない”、“微小管は八面六臂”、“意識の理解に最も必要なこと”の3つを中心にご紹介していますが、力不足のため要約することができず、多くが引用となっています。なお、[ ]内は用語説明として私自身が書き加えたものになります。また、ブログは長くなったので2つに分けました。

ご参考になるかどうか分からないのですが、過去に2つのブログをアップしていますのでご紹介させて頂きます。

◆“量子論1

◆“量子論2

目次

マルコルム・ロンゲアによる序文

第一部 宇宙と量子と人間の心

第一章 宇宙の未完成交響曲

数学が描き出す世界

人間的スケールの不思議

誤解された量子力学

ニュートンの時空図、アインシュタインの時空図

光円錐の見方

驚くべき変換

ニュートン力学よりシンプルな相対論

重力は消えていない

テンソルは語る

アインシュタインはこんなにも正しい

目の前の空間を漂う理論

空間の曲率で宇宙を分類する

宇宙空間を牛耳る天使と悪魔

悩みから生まれた幾何学

ロバチェフスキー空間の魅力

COBE衛星が見たもの

見えないエントロピーをつかまえる

私たちが探し求める理論

ワイル曲率仮説

神の一刺し

第二章 量子力学の神秘

数学から物理学へ、物理学から数学へ

古代ギリシアに逆もどり?

どこでも量子力学

複素数の妙技

変わる法則

量子状態をどう表現するか

Zミステリー、Xミステリー

Zミステリー(1) 量子的な非局所性

Zミステリー(2) 爆弾検査問題

もしも量子力学を信じるならば

本当に“まじめ”なのか

多世界観による“認識”の解釈

“こちら”と“あちら”の扱い方

現実を記述するのは不可能か

すべての実用的な目的のためにできること

客観的収縮=OR 

あらかじめ仕組まれた挫折

自然が審判を下すための時間

重力エネルギーの非局所性

“環境”が量子力学に及ぼす影響

立方体の完成を目指して

第三章 心の神秘

ホッパーが考えた第三の世界

三つの神秘、三つの偏見

意識はコンピュータに乗せられない

アウェアネス、自由意志、理解

アウェアネスに対する四つの立場

コンピュータが指した次の一手

簡単な計算にトライ

爆走する計算

Ⅱ₁文とは何か

完全な証明などあるのだろうか

チューリング対ゲーデル

二つのイラストでアルゴリズムの謎を解く

プラトン的世界との接触

ポリオミノ・タイリング

計算不可能性の台頭

ニューロンは計算的か

微小管は八面六臂

“意識”の理解に最も必要なこと  

パラドックスを生む二つの実験

これが偶然と思えるか

第二部 ペンローズと三人の科学者

第四章 精神、量子力学、潜在的可能性の実現について

アブナー・シモニー  ボストン大学名誉教授

序論

四・一 精神の解明を目指して

四・二 量子力学は心身の問題を説明できるか

四・三 潜在的可能性を実現させるために

第五章 なぜ物理学か?

ナンシー・カートライト  ロンドン大学社会科学部教授

第六章 恥知らずな反論

スティーブン・ホーキング  ケンブリッジ大学ルーカス記念講座教授

第七章 それでも地球は回る

ロジャー・ペンローズ

オックスフォード大学ラウズ・ボール記念講座教授

七・一 アブナー・シモニーへの回答

七・二 ナンシー・カートライトへの回答

七・三 スティーブン・ホーキングへの回答

訳者あとがき

翻訳にあたって

『本書は、今世紀における天才数学者の一人にかぞえられるロジャー・ペンローズが、彼自身の量子論や宇宙論の知識を駆使して、人間の魂の根源に迫ろうとした力作である。はたして現代物理学 ―特に量子力学― には、人間の意識について語る資格があるのだろうか? ペンローズ自身は、現在の量子力学は不完全だと考えており、それをより精密なものにすることによって、人の魂の成り立ちを説明できると主張している。もちろんこの主張には数多くの批判が寄せられているが、さまざまな機会をとらえて、ペンローズは自己の立場を擁護している。

それにしてもペンローズの話は、実に壮大なドラマである。まず新しい量子論を掲げ、次に数学の立場から人間の思考や意識の特色を探り出し、それらをふまえて物質から精神が生じるさまを説明しようというのである。さらにペンローズは、意識が生じる場所として、生体中の微小管をその候補に挙げている。

この予想が的確かどうかは、今後の科学の進展を待たねばならないが、幅広い知識に基づいて一つの仮説を作り上げた彼の構想力は、並大抵のものではない。また、実験で確認できることをペンローズは提案しており、論争の白黒はそこでつけられるだろう。』

訳者あとがき

『よく知られているように、量子力学ではシュレディンガーの波動方程式[粒子の運動状態を記述する方程式]が重要な役割を果たしている。その方程式には、現実世界では見かけない虚数単位i[2乗して-1となる数のこと(記号iで表す)]が登場し、何か奇妙な印象を与えるかもしれない。しかしペンローズが本書の第二章で述べているように、そうしたプラトニック[観念的]な構成を整えることによって、原子の安定性や電子のエネルギー準位[量子力学において電子が安定状態でもちうるエネルギーの値]などを、見事に説明することができたのである。現実をうまく説明できること、これは理論にとって非常に大切なことである。 

シュレーディンガー方程式
シュレーディンガー方程式

画像出展:「量子論を楽しむ本」

nemlogさまの“量子論の確率解釈 -神はサイコロを振らない-”というブログに、左のイラストに関する詳しい説明が出ています。

 

だが科学の歴史をひもとくとわかるように、ある理論が数多くの現象をうまく説明できず、その解決には一般相対論の登場を待たなければならなかった。同じような事態が、実は量子力学でも起こりうるとペンローズは考えているのである。

ここで問題になるのは、本書で言うところの“状態ベクトルの収縮(R)”[この用語は、『心の影2―意識をめぐる未知の科学を探る』の “第2部 心を理解するのにどんな新しい物理学が必要なのか:心のための計算不可能な物理学の探求”の“5 量子世界の構造”の中に出てくるようです]である。

たとえば電子の場合、観測以前には決定論的で波の状態にあるが、観測した疑問にその波が一点に収縮してしまうのである。しかもそれがどこに収縮するかは確率論的にしかわからない。そもそも人間の観測によって収縮することをどう考えるのか? また量子レベルU(ユリタリ)[こちらは『心の影2』では“ユニタリ発展U”として出ているようです。また、大阪市立大学 橋本義武先生の“雑文集”の“量子力学の枠組み”に、『量子力学は、原子レベルの現象を統計的に記述する。用いるのはユニタリ行列の数学である。』との記述がありました]過程は時間反転に対して対称だが、R過程は時間反転に対して非対称になっている。

そこで、この状態ベクトルの収縮をめぐって、量子力学の世界にさまざまな解釈が生まれており、それをペンローズが第二章の図2-8で要約している。 

量子力学に対する物理学者の分類
量子力学に対する物理学者の分類

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

その中で主だったものには、ニールス・ボーアを中心としたコペンハーゲン解釈[量子世界の物理状態は重ね合わさり、波を形づくっているが、観測された瞬間に波はしぼみ、1つの状態に落ち着く(波束の収縮)。どの状態が観測されるかは、波の振幅をもとに確率論的に予想できるというもの]やそれと通じるところがあるFAPP[“すべての実用的な目的のために(For All Practical Purposes)”の意味]があり、さらに多世界解釈[観測者の世界が枝分かれするとみる立場]がある。

コペンハーゲン解釈にはボルンの確率解釈理論[電子のような小さな粒子を観測する確率が、波動関数の絶対値の2乗に比例するという法則]的な計算と実験結果とが一致するのだが、波が収縮するメカニズムを明確にはしていない。  

コペンハーゲン解釈観測すると、電子の波が瞬時にちぢむ!? “とがった波”が、粒子のようにみえる

『一つの電子は「波と粒子の二面性」をもちます。この矛盾したような事実は、どう解釈したらよいのでしょうか。コペンハーゲンを中心に活躍したデンマークの物理学者のニールス・ボーア(1885~1962)らは、「コペンハーゲン解釈」とよばれる解釈を提案しました。

コペンハーゲン解釈によると、電子は観測していないときは、波の性質を保ちながら空間に広がっています。しかし、光を当てるなどして電子を観測すると、波が瞬時にちぢみ、1か所に集中した“とがった波”になります(波の収縮)。このような波が、粒子のように見えるというのです。

電子は、観測すると、観測前に波として広がっていた範囲内のどこかに出現します。しかしどこに出現するかは、確率的にしかわかりません。このような解釈をすれば、電子などの「波と粒子の二面性」を矛盾なく説明できると、ボーアらは考えたのです。』 

電子の「波と粒子の二面性」
電子の「波と粒子の二面性」

画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

波動関数は確率の波だった
波動関数は確率の波だった

画像出展:「量子論を楽しむ本」

こちらは、“ボルンの確率解釈”です。

 

また、観測ごとに世界が分裂していく多世界解釈についても、あまりエコノミカルではないとペンローズは批判している。

ではペンローズ自身は、どのような立場を取っているのか? 彼は現在のR(下部【注】参照)を本来あるべき理論の近似と考えており、重力も考慮に入れた“客観的収縮(OR)(下部【注】参照)を提案している。ペンローズによると、ORは決定論的だが計算不可能な過程であるという。そこで彼は、決定論的だが計算不可能な過程がどのようなものか、“オモチャの宇宙”[計算不可能な例、“ポリオミノ・タイリング”。『しばしば、“オモチャの宇宙モデル”と呼ばれている―別のもっと良い例を思いつかないときに、物理学者がよく持ち出すものである。』]を例にして第三章を説明している。  

計算不可能なオモチャの宇宙モデル
計算不可能なオモチャの宇宙モデル

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

こうした新たな量子重力の理論を予想しつつ、ペンローズは人間の意識が生じる過程について話を展開しているのである。彼の考えでは、量子力学に非計算的な要素があるので、人間の知性(意識)をコンピュータのような計算機械では再現できないという。

【注】上記の“R”(Reduction)ですが、ペンローズ先生はそれを重力も考慮に入れた“客観的収縮(OR:Objective Reduction)”と位置づけ、量子レベル(U)と古典レベル(C)を関係付けるものとされています。なお、これについては、「第二章 量子力学の神秘」の中の「古代ギリシアに逆もどり?」、「変わる法則」、「客観的収縮=OR」のそれぞれの内容を組み合わせてまとめてみました。スッキリしたものではありませんがご参考になればと思います。 

宇宙における空間スケールと時間スケール
宇宙における空間スケールと時間スケール

画像出展:「心は量子で語れるか」

古代ギリシアに逆もどり? 

『第一章では、さまざまな対象のスケールを確かめた。それは、長さと時間の基本単位であるプランク長[量子的揺動が時空間の配置より大きくなると考えられる長さ]とプランク時間[物理世界の最小単位。量子力学の基本量であるプランク定数hと、真空中の光速c、重力定数Gの3つの定数で決まる]から始まり、素粒子で扱われる最小の大きさ(といってもプランク・スケールより約10の20乗倍も大きい)、人間スケールの長さや時間(この宇宙で私たちは非常に安定した構造体であることを示した)を経て、宇宙の年齢や半径にまで及んだ。』

  

小スケール(量子レベル)か、大スケール(古典レベル)か
小スケール(量子レベル)か、大スケール(古典レベル)か

画像出展:「心は量子で語れるか」

『そのとき私は、かなりやっかいな事実にふれた。基本的な物理学を記述する際に、大スケールの状況を扱うのか、小スケールの状況を扱うのかによって、二つの全く異なる記述法を使っていることについて述べたのである。それは、図2-1に示したように、小スケールの量子レベルの活動を記述するには量子力学を用い、大スケールの現象を記述するのには古典物理学を使う。そして量子レベルに対してはユリタリ(Unitary)を表すUの字を当て、古典レベルに対してはC(Classical)で評した。大スケールの物理学は第一章でとりあげ、大スケールと小スケールでは全く違う法則があるに違いないということを強調した。

物理学者たちはふつう、量子物理学が適切に理解されれば古典物理学者はそこから、導き出せると考えているようである。しかし、私の主張は違う。実際には物理学者はそうしておらず、古典レベルか量子レベルかのどちらかを用いている。

変わる法則

『量子レベルでは、システムの状態は、とりうる全選択肢を複素数で重み付けした重ね合わせで与えられる。量子状態の時間(的)発展は“ユリタリ発展(またはシュレディンガー発展)”と呼ばれ、それが実際にUの表す内容なのである。

Uの重要な特性は、それが線形だという点である。このことは、二つの状態がそれぞれ個々に変化すると、それに応じて二つの状態の重ね合わせも同じように変化するが、重ね合わせに用いた複素数の重み付け係数は時間に関して一定である、ということである。この線形性が、シュレディンガー方程式の基本的な特徴であり、量子レベルでは、このような複素数で重み付けされた重ね合わせが、いつでも保持される。

しかしながら、何かを古典レベルへ拡大しようとすると、“法則”が変化する。古典レベルへ拡大するとは、図2-1のレベルU(上側)からレベルC(下側)へ行くことを意味している。物理的にいえば、たとえばこれは、スクリーン上の一点を観測することである。小スケールの量子事象が、実際に古典レベルで観測される。さらに大きな何かを引き起こすのである。

標準的な量子論で行われていることは、あまり口にしたくないものを引っぱり出してくるようなことであり、それは、“波動関数の崩壊”とか“状態ベクトルの収縮”と呼ばれている。この過程に対して、私はR(Reduction)という文字を使用したい。Rは、ユリタリ発展とは全くことなるものである。

二つの選択肢の重ね合わせにおいて、二つの複素数に着目し、それらを二乗すると、―このことはアルガン平面[直交座標の横軸に実数値、縦軸に虚数値をとり、一つの複素数を一つの点で示す平面]では、原点からの距離を二乗することを意味する―これら二乗された係数のおのおのは、二つの選択肢に対する確率の比となる。

だがこのことは、“測定する”または“観測する”ときにのみ起こり、それは図2-1においては、UレベルからCレベルへ現象を拡大する過程に相当する。この過程で法則は変化し、あの線形的な重ね合わせは維持されなくなる。突如として、これら二乗された係数の比が、確率となるのである。

非決定論が顔を出すのは、UレベルからCレベルへ行くときだけである。この非決定論はRと共に登場する。Uレベルではすべてが決定論的であり、“測定”という行為をするときにのみ、量子力学は非決定論になる。

以上が、標準的な量子力学で用いられる形式である。たしかに、基本理論にしては、非常に奇妙なタイプの形式である。これが単に基本的な他の理論の近似にすぎないというのであれば、それはそれで道理にかなう。だが、この複合的な手続きは、すべての専門家によって、それ自体が基本理論と見なされているのだ!』 

修正された物理学の全体像
修正された物理学の全体像

画像出展:「心は量子で語れるか」

客観的収縮=OR

『将来、物理学が成し遂げねばならないと思うことを示すため、図2-17には修整が施されている。Rという文字で表現した手続きは、まだ私たちが見つけていない何かを近似したものである。その未発見の何かとは、私がORと呼ぶものであり、“客観的収縮(Objective Reduction)を表してる。

ORは客観的事実である― 一方、“または”他方が客観的に起こる ―今なお私たちには欠落している理論である。ORというのは、うまい頭文字になっている。というのもORは“または”をも表しており、それは実際、一方“もしくは”(OR)他方のどちらかが起こるからである。』

ガンを克服した人の話3

著者:イアン・ゴウラ―
私のガンは私が治す

著者:イアン・ゴウラ―

監修:帯津良一

出版:春秋社

発行:2003年12月

※目次は”ガンを克服した人の話1”を参照ください。

第五章 リラクゼーションの意味と実践

リラクゼーションの実践

受動的瞑想法を深める

受動的瞑想法の姿勢の基本は左右対称であるが、慣れてきたら少しだけ窮屈な姿勢を取ると効果が高まる。例えば、肘掛けのある椅子を使って、コツがつかめたら次は肘掛けのない椅子で試す。さらに、それにも慣れたら背もたれのない椅子、それも楽にできるようになったら、今度は床(畳)の上に坐ってやってみると良い。

能動的な方法について

・『さて、これまで説明してきた受動的瞑想法は、リラックスして心を落ち着かせる方法でした。これから説明していく能動的瞑想法やイメージを使う方法は積極的に頭を働かせる方法で、以下八章までで述べるように、その主題や目的によっていくつかの方法があります。また、この本では宗教的な言葉を使えば「黙想」に当たるやり方についても述べていきます。

それらはこれまで説明してきた受動的瞑想法とはまったく違ったものですので、実行するのであれば、それぞれ別個のものとして付加的に行うようにしてください。

何よりもまず、受動的瞑想法をしっかりやりましょう。健康を目的とするなら、受動的瞑想法による心身の安静のほうが、ほかの精神的な鍛練よりもずっと適しているのです。受動的瞑想法がうまくできるようになって、もっと何かやりたいと思ったら、そのときはじめて、能動的な技法を加えていくとよいでしょう。』

第六章 心の力

ポジティブ・シンキング―積極的に生きるために

信じることには力がある

・英国の研究では、前向きな姿勢で生きようとするガン患者は悲観的な患者より長生きするという結果が出ている。何より、生活の質という点では比べようもないほど充実したものになっている。

・世界で最高の治療も否定的で悲観的な患者には効きそうにないということが分かっている。患者自身の心の持ち方が決定的な役割を担っている。

意思決定

意思決定の瞑想法

・ものごとを決断することはとても大切な能力である。さまざまな治療の中から自分に合うものを選び、決断するためにもこの能力は欠かせない。

・決断を有効なものとするためには、自分が決めるすべてのことについて確実で、自信を持てなくてはならない。

確信が持てるようにするための有効な手順

まずは何を決めるのかはっきりさせる。

いつまでに最終決定するのか期限を決める。

資料を集めたら利点や欠点を書き出したりしながら、情報を重みづけして選択していく。

大きな決定には、そのことに集中するための黙想がお勧めである。また、決断に際しては右脳の直観的な働きも重要である。右脳の働きによって理解が深まり、問題点について何かひらめくことがある。

答えが出たら、自分の直観に自信をもつ。

『直観は説明のできないものですが、危ぶむことはありません。私が途方にくれるような状況に出くわしたとき、なぜかいつもたまたま手にした本がちゃんとした答えを与えてくれました。よく考えてみると、特定の本に引きこまれる気がして、さらに求めてる答えの書いてあるページが自然にめくられているような感じでした。これをあまりに何度も経験したので、本当に第六感とか直観というものがあると信じるようになり、信じれば信じるほどますます勘がさえてきました。』

何かを決めたら、今はそれがその状況で自分にとって最良の決定だということを迷わずに納得する。

『場合によっては、他より「まし」だからというような決め方になることもあるでしょうが、一度決めたら自分の決断を真摯に受けとめ、今のところそれが最高なのだと信じなくてはいけません。そして、その不充分なところを最小限にとどめ、自分の決定が最良の結果を生むように真剣に取り組むことが大切です。』

決めたことはやり通す

・重要な決定であるほど、人に言われてではなく、自分で決めてやるほうが実行しやすい。

とりあえず1カ月間など、期間を決めて試す方法も良い。ただし、この期間中は迷うことなく実行する。そしてそのまま続けるべきか、改善すべきか、あるいは止めるべきかを評価する。精一杯やった場合、納得して他の方法に移ることができる。

実行と評価のためには、行ったことをノートに記録すると客観的に自分の状況を見られるようになる。特に文章にするには心の中にあることを整理し明確にしなければならないので、評価や意思決定のときに役に立つだけでなく、自分の進歩を確認したり、思うようにいかないときに勇気をくれる強い味方となる。

第七章 ストレスへの対処

ストレスをもたらすもの

恐怖・不安・心配―ストレスの根源

・ストレスの根源は恐怖や不安や心配といった苦痛を伴った感情にあると考えられる。

・ガン患者に見られる恐怖は、子供のころに愛されなかった恐怖、拒絶されること、心が傷つくことへの恐怖、失敗やその責任ではなく、失敗によって自尊心が傷つけられたり人からの評価を失うことによる恐怖などがある。

第十章 どうしてガンになるのか?

複数の要因による生活習慣病

最後の一本の藁

・世界的権威、リチャード・ドール教授による調査 

ガンの原因
ガンの原因

画像出展:「私のガンは私が治す」

 ・『ほとんどの場合、ガンの原因は、些細なことでも幾重にも折り重なって相互作用していることが多く、また、たいてい長期にわたってそれが積み重なってきているのだということです。肉体的な症状をもたらす「最後の一本の藁(「限界ぎりぎりまで重荷を負ったラクダは、一本の藁でも加えるとその重さに耐えきれずに倒れてしまう」)」は、他に比べて顕著な場合もあれば、特に思い当たらない場合もあるかもしれません。

どんな場合でも、あきらめることはありません。原因が分かれば、それに合った行動を起こすことで克服することができるのですから。ガンは変化しています。破壊的な性癖を建設的なものに置き換えていけば、天秤は直ちに健康のほうに傾いていくのです。

霊的側面

人生の調和へ

・『最後に、ガンの物理的、心理的な要因を念頭に置き、一歩前進したところからもう一度勇気を出して問いかけてみましょう。「どうして、私なのか?」と。

どうしてガンになる理由がある人とない人がいるのか? 子供のとき、複雑な境遇に置かれたために、ある種の態度や行動が身につき、それゆえ、ガンになりやすくなってしまう人がいるのはどうしてか? 煙草におぼれ、危険な食べ物を口にし、危険な環境に身を置き、ついに病気になってしまう人がいるのはなぜなのか?

このような難しい問いかけに対する答えが得られない間は、不満な気持ちを持ったまま、被害者意識にさいなまれ続けることでしょう。やはり、ただの偶然なのでしょうか? いいえ、それは確かにゆえあってのことなのです。

ここで、どうしても正面からきちんと向き合わなくてはならない基本的な哲学的命題に突き当たります。それが人生の調和ということです。これまでに見てきた物理的な側面と心理的な側面と、それらに関わりつつ存在する霊的な側面との、三者の調和の問題です。

私ははじめてガンの診断を受けたときから、人生のすべての出来事にはそれを貫く霊的な糸が存在していることに気づきました。そして、自分の内にある霊的な姿勢と現実に体が起こす行動とが調和していないままに生きていたのだと感じました。私がすべきだと感じたことと、実際にしていたこととは一致していなかったのです。他の人に対してはうそをついたことも、ましてや不正なことをしたこともなかったのに、自分の内なる希求に対しては誠実ではありませんでした。私はこの不調和がガンになったもう一つの大きな要因だと感じました。

この点に気づけたことは、本当に幸せなことだったと思っています。このことに気づき、これまでの生き方とは別の健康へ向かう道があるということに気づいたおかげで、私には私の本質の霊的、心理的そして肉体的なすべての面における調和を探し求めることへの根本的な励ましと意味づけが与えられたのです。この三つは絡み合い、相互に支え合っているのです。

心理的、肉体的なことについて話すのはわりあい簡単ですが、霊的な側面はそれほど単純なことではありません。それで、霊的な話をするのはしばらくためらっていました。私自身もレッテルを貼られたくありませんでしたし、瞑想法のようなすぐれた、単純明快な技法を色眼鏡で見られる危険を冒したくなかったからです。

しかし、多くの人々が彼ら自身の霊的な努力から勇気と方向性を得ているのを見、また、私自身の得た重要な励ましに気づいて、この深遠な領域の探求に大きな意味があることが分かりました。』

魂の成長

・『ほとんどのガン患者は、根本的な霊的実在の探求に関心を持っています。私はキリスト教徒として英国国教会の教えで育てられましたが、いつも真実を知りたいという熱い思いを持って成長してきました。生命の神秘の裏側、キリスト教の教理を超えたところに、深く、ゆるぎない真実があると常に感じていました。ガンになってなおさらその関心は深まり、さまざまな本を読んだり霊的指導者に教えを請いました。

人はなぜガンになるような状態に置かれるのでしょうか。人は逆境においてこそ最も学び成長するようですが、ガンの経験が本当に必要なのでしょうか? 本当に単純で基本的な疑問です。理由があるのか、ないのか。愛ある神ならこういうことをお許しになるはずがないのではないでしょうか? 簡単に何かを手に入れる人もいるし、大変な苦労をしている人もいるのはなぜでしょうか?

なぜ私が、という思いも、このような理不尽な現実への問いの一つでした。私が病気を通して得た答えはキリスト教的なものではありません。しかし、枠組みにこだわる必要があるでしょうか? それより深い人生の意義と目的について、私に教えてくれたのです。

ここで、ご参考までに私の得た答えを記しておきたいと思います。

私が病気を通して学び、絶対的に信じるようになったものは、宇宙の根本的な法則です。特に東洋哲学に言うカルマ(業)、つまり因果応報と生まれ変わりという宗教的な法則を信じています。

カルマというのは行いにはすべてそれにふさわしい報いがあるという考え方です。良い行ないには良い報いが、悪い行ない悪い報いが、そしてその報いに向き合って正しいく学ぶ機会が与えられます。私たちは確かに現在進行中の人生における事件などにはその原理の働きを見ることができます。直面しているほとんどの状況は私たちが容易にそれと認めることのできる出来事を原因として、それによって作り出された結果です。

しかし、因果が分かりにくいことも、多々あります。実際、自分の人生で起こったことのすべてに何の不公平さも理不尽さも感じないでいるのは難しく、他の人々に対しては厳しい判断を下しやすいということも確かです。一見して責めを負うべき何の理由もなさそうな人々が、実はどうしようもなく困難な不平等に向き合わされていることもあります。

こうしたことを考えつめた結果、私は、生まれ変わりという概念を受け入れるように、考えの幅を広げるように誘われたのです[訳注 キリスト教には生まれ変わるという考えはないので]。もし私たちが生から生へと、基本的な性質と業を持ち越すのだとしたら、生まれながらに恵まれ、あるいは背負わされているような一見説明のつかない事柄、才能や自分の置かれた環境などといったものも理解できるようになります。

こうした概念は、私に指針を与えてくれました。来世ではもっと霊的に成長していようと考えると、今生のどのような場面においても、正しく良いことをしたいと思うし、また、どんな努力も無駄ではないと確信できます。どんな努力も、前向きに、調和を持って、ひたむきにやっていけば、必ず報われるのです。

病と戦いながら、命と今の人生との霊的なつながりに気づいたことは、私には非常な安らぎでした。現在の苦しい状況と前世の出来事にどういう関係があるのかは分かりませんが、自分の置かれた立場を理解し、病気を治そうとする努力にはそれなりの意味があると思わせてくれました。過去の行ないと現在の状況が関連しており、因果関係が人生を支配していることが分かったので、必要な変更をして正しい生き方を見つければ、健康を取り戻せるにちがいない、ということにも確信が持てました。

そして、死は私に最後の審判として鎌を振りおろすことができませんでした。

もし人生を先へ進められるなら、そして、今の心の持ち方と行ないが将来に役に立つなら、どんな状況でも全力を尽くしていけます。もちろん、全力を尽くしてもできないことはあるでしょう。しかし、限界があるということと、できるのにやらないということとは違います。私は自分で100%やった上で、結果は天に任せるという気持ちでした。まさに「人事を尽くして天命を待つ」というのはこのことだと思います。

私は本当に自分に対して責任があるのは自分なのだと認められるようになりました。病気が学習と努力を通して魂を成長させてくれる機会だと思えたことで、さらに心が満たされました。私たちの魂はガンという強烈なやり方で私たちの態度を試し、必要な教訓を学ぶ機会を私たちに与えるのです。

「ガンは私にたくさんのことを教えてくれました。もしガンにならなければこんなには学べませんでした」と言った人がいるのを思い出してください。

ガンは確かに大変な病気です。しかし、自分にできる以上のことは課せられません。なぜなら、ガンは偶然でも死の宣告でもなく、私たちをもっとよく生きろと告げる魂のメッセージなのですから。』

付記:“ガンの克服”と“怪我の連鎖

第二章の“治癒という旅、全的な癒し”の中に次のことが書かれていました。

治癒という旅の羅針盤は、調和を求めることである。自分の行動と心と魂のつり合いがとれて心が安定したとき、癒しは始まる。そして常にこの心の安定を最優先にしていくことが重要である

これを見たときに思い出したブログがあります。それは2016年9月、ブログを始めたころにアップした“怪我の連鎖を考える”というものです。

私は子供のころからサッカーをやってきましたが、特に高校、大学と数々の怪我を経験してきました。「なんでこんなに怪我をしてしまうのか? 何が悪いのか? どうしたら防げるのか?」という思いから、あらためて真剣に考えたみたというものです。そして、その答えは以下になります。 

要点は「自分の体を守るのは自分自身である」、「客観的に自分をみる」、「精神のバランスと肉体のバランスが重要である」の3つになります。

治癒という旅の羅針盤は、調和を求めることである。自分の行動と心と魂のつり合いがとれて心が安定したとき、癒しは始まる。そして常にこの心の安定を最優先にしていくことが重要である」というゴウラ―先生の教えは、“怪我の連鎖”を止めるものとしても、極めて有効な自分自身との向き合い方ではないかと思いました。

ガンを克服した人の話2(瞑想法)

著者:イアン・ゴウラ―
私のガンは私が治す

著者:イアン・ゴウラ―

監修:帯津良一

出版:春秋社

発行:2003年12月

※目次は”ガンを克服した人の話1”を参照ください。

第三章 瞑想法の理念

療法としての瞑想法

●『瞑想法は病を癒します。体の緊張を解きほぐし、免疫組織を再活性化して、直接肉体に効果を及ぼします。感情、精神面では平衡のとれた状態を取り戻し、ものごとに対する積極的な姿勢を生み出してくれます。そして知らず知らずのうちに、人間として安定した最高の状態へと導いてくれます。

そのような健康のための療法で、深い安静状態を実現するための「受動的な瞑想法」がすべての基礎となります。

ここで「受動的な瞑想法」と言うのは後に説明する「能動的な瞑想法」との対でこのように表現しているのですが、積極的に何かを考えたり働きかけたりはせず、心も体もリラックスさせ、ゆっくり休ませる方法を言います。海に浮かび波にたゆたう[揺蕩う(あちこちに揺れる)]ときのように体の力が抜け、委ねきった状態です。催眠術のように誰かほかの人に何かしてもらい、その結果として「受身的に」瞑想法に入るということではありません。

これに対し「能動的な瞑想法」は何かあることに思いをこらしたり、ある気持ちの状態へと自分の思いを集中させたりする、心の活動をともなう瞑想法と言えます。

瞑想法は昔から、ほとんどの主だった宗教で、高次の意識に至るための修行の一過程とされてきました。この本では混乱を避けるために、療法としての瞑想をさす場合は「瞑想法」、宗教的な意味合いを含む場合は従来通りの「瞑想」という言葉を使うことにします。』

瞑想法の源流―宗教的な瞑想

瞑想法の確立へ

・『瞑想に健康促進の効果を認め、エインズリー・ミアーズ博士のような革新的な医師がそれを現代の日常的問題を応用しはじめたのは、わずか35年ほど前です。ミアーズ医師はこの分野で最初に重要な貢献をした方で、瞑想法はそのベストセラー『自律訓練法―不安と痛みの自己コントロール』(創元社)から広まっていきました。

精神科医であるミアーズ医師は、最初、瞑想法を不安やストレスの問題を抱えた患者の治療に応用しました。

そして、その実践の中で、患者の状態を見ながら、ミアーズ医師は気づいたのです。精神状態が穏やかであれば肉体もまた本来あるべき平衡状態を取り戻すのではないか、定期的な瞑想法によってその平衡状態が継続的に保たれれば、患者は自然に体のバランスのとれた状態、つまり、健康に戻れるだろう、と。

それはちょうど、指の傷が自然に治るようなもので、瞑想法は肉体に備わっている自然治癒力を無意識のうちに回復させます。これは何十年も厳しい禅の修行をするようなものではなく、ごく簡単な方法です。

こうした気づきと検証の結果、医師は瞑想法が恐怖症、高血圧、アレルギー、神経の緊張、痛みに対する過敏症など、精神的な問題だけでなく体のさまざまな症状をも緩和することを発見しました。医師は徐々に瞑想法の適用範囲を広げ、ガンに対しても活用しはじめます。医師は瞑想法が不安とストレスを取り除くことを確信しており、それがガンに対しても効果を発揮すると考えたのです。

今日、ミアーズ医師の療法、さらにアメリカとイギリスで行われている同じような療法はガンに対しても効果的であり、患者の生活の質を高めるとともに延命に効果があったと実証されています。』

不安と緊張の自己コントロール
不安と緊張の自己コントロール

第1部 不安と緊張の自己コントロール

第1章 不安の本質

第2章 不安の一般的な症状

第3章 不安の一般的な原因

第4章 不安の自己コントロール (5⃣ 訓練の練習のしかた)

第2部 痛みの自己コントロール

第5章 痛み

第6章 痛みの自己処理法

迷ったのですが購入しました。下の表は、”第4章 不安の自己コントロール”の中の”5⃣ 訓練の練習のしかた”から、基本となるものをまとめたものです。小さく大変見づらいのですが添付させて頂きます。なお、『 』部分が瞑想法の取り組み(実践)になります。

ストレスの影響

緊張と弛緩

・刺激⇒体内化学物質の変化による肉体的反応⇒体の物理的反応⇒解消

ストレスは脳から始まる
ストレスは脳から始まる

画像出展:「ストレスに負けない脳」

危機に直面したときの緊急反応です。

1.脳にある視床下部が腎臓の上にある副腎に警鐘を鳴らす。

2.ストレスホルモンの第一陣、アドレナリンが副腎髄質からを分泌され緊急反応を起こす。

3.脳はエンドルフィンという鎮痛作用をもつ物質を出し、危機においても機能できるようにする。

4.脳は防衛機構の第二陣、視床下部‐下垂体‐副腎軸(HPA軸)という先鋭部隊を動員する。視床下部は副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を放出し、CRFは下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を分泌、ACTHが副腎皮質を刺激すると、第二の主要ストレスホルモンであるコルチゾールが血液に放出される。

右側中央やや下に免疫機能↑↓とあります。これは、免疫機能はストレスに対し短期的には高まるが、それが解消されず長期化すると低下するという意味です。

 

ストレスの発生とその影響

・現代人が直面する問題の多くは単純な脅威ではなく、もっと複雑な出来事である。例えば、感情や心の内から生まれた葛藤、人間関係のもつれ、経済的な不安などであり、これらは肉体的危機に直面した時と同じように反応する。

精神的な問題による緊張は発散されず抑圧が続きやすい。また、緊張が解消されないため元の自然な状態に戻れないという事態になる。

・精神的なストレスは外的脅威に対して適切な対処できず、その緊張を解消することができないために起こるものだということを理解しておくことが大切である。

長く続くストレスは体の化学成分に影響を与え、免疫機能を低下させてしまう。

・『アメリカ医師学会はアメリカの家庭医を訪れる人の三分の二はストレスに起因するものだとしています。ストレスは直接間接に不登校、冠状動脈症(心臓病)、肺の疾病、事故による疾病、肝硬変、自殺、また、その他の軽症の主な要因となっており、私はガンの主要因もストレスであると信じています。』 

受動態瞑想法
受動態瞑想法

画像出展:「私のガンは私が治す」

中段左側の2つが対策となる「受動的瞑想法」になります。

瞑想法の実践は「ストレス(長期にわたる精神的抑圧やひずみ)」を解消し、健康に戻るための最も基本的な対策であり、弛緩が解決の鍵を握っているというのが、ゴウラ―先生のお考えです。

ストレスへの対処

・ストレスへの対処には、まずストレスが溜まってきて問題になりそうだということに気づかなければならない。

・ストレスの有無が分からない場合は、筋肉の収縮を目安にすることができる。これはストレスがあると、身体的な緊張が体に表れるからである。例えば、眉間にしわが寄っていたり、奥歯を噛みしめていたり、肩に力が入っていたり、こぶしを握りしめていたりといったことがみられる。

・ストレスにうまく対処できる人は、ストレスをやり過ごし解消しリラックスする方法を知っている。そして、一番安全で確実な方法が瞑想法である。

瞑想法の効果

●『幸運というべきか、私がガンになったのはちょうどミアーズ医師がガン患者の治療に瞑想法を活用していこうとしていたときでした。瞑想法は不安とストレスを取り除く、とミアーズ医師は考えていたのです。そして、私は私で古来からの瞑想に興味を持っていて、その理念が私の失ってしまった内なる調和を取り戻してくれるだろうと思ったのです。

ミアーズ医師と出会ってその確信は深まりました。体内の副腎皮質ホルモンの一種であるコーチゾンのレベルが低下し、免疫機能が正常に戻れば、腫瘍はなくなり、体はもとどおりになるだろう。そう思うと希望が持てました。

瞑想法には、他の効果もあります。瞑想法は心を満たして生命の質を高め、命を永らえさせてくれます。瞑想法は肉体、感情、精神、そして魂まで、およそ人間の経験するすべての側面に作用します。』

肉体面の効果

・体が不自然に固くなっていたらそれはストレスの証拠で、肉体の自然な機能が抑制されているということである。瞑想法はその不自然な緊張を解いてくれる。

感情面の効果

・瞑想法は精神の安定に有効である。自分を慈しみ、短所や限界をありのままに受け入れて、持っている力を生かしきれるようになる。そして、心豊かに、素直な気持ちで有意義な人間関係を築くことができる。

精神面の効果

・不安の原因はとても複雑である。原因を知ることは解決の糸口になるが、知るだけでは解決には至らない。瞑想法の優れているところは、原因に関係なく過去を振り返ることなく、緊張やストレスさえなくなれば健康を取り戻すことができる。

心あるいは霊的豊かさのために

・瞑想法を通して体の奥深くから湧き出る心の安らぎを体験できる。

・『人生をもっと意義深いものにするためには、どのように生きるかということが何よりも大切です。でも「よりよく生きるということは一体どういうことだろう。」「自分の命はあとどのくらいだろう。」そういう問いは知らないうちに心にかたすみに常に潜み、私たちを脅かします。事実を受け入れ、心の平穏を取り戻さないかぎり、絶え間なく不安が襲ってきます。でも、私たちはこの心の平和を取り戻すことができるのです。

私は一度ミアーズ博士に、この病気になって本当によかった、みんな同じような気分になれるように、一回病気になってみればいいのに、と言ったことがあります。私はそのときちょっと興奮していたのだと思いますが、本当にそう思ったのです。私は今の自分の生活が足を失う前よりずっと充実していると感じています。私はただ好きで瞑想法をしていますが、これはもう生活の一部で、心身ともに最高です。

グループの患者の一人、ジュディという女性は最近こんなことを言っていました。「ガンは私の生活をずっとよくしてくれました。病気を通していろいろなことを学びました。ガンにならなかったら、こういうことは経験できなかったと思います。」』

第四章 基本の瞑想法―受動的瞑想法のやり方

受動的瞑想法の実践

緊張と弛緩のリラックス法

・受動的瞑想法に入る前段階として、体をリラックスさせるが一気に体全体をリラックスさせるのは難しいので部位ごとに進める。

・『慣れないうちは、体の一部に神経を集中して緊張と弛緩を繰り返すと、リラックスした感じがよく分かります。まず足で試してみましょう。足の筋肉全体を縮めてぎゅっと力を入れてみてください。固く硬直して動かなくなります。目を閉じてその感じをしっかり味わってください。次に力を緩めると、筋肉の緊張をほぐれて、柔らかくなるのを感じます。その違いを感じ取るのです。力が抜けると重く感じます。アイスクリームが日差しの中でゆっくりと溶けていくように、体が床の中に溶け込んでいくように感じます。

体のあちこちを同じようにしていくと、体を奥深くから緩めるということがどういうことか、すぐに分かってくると思います。順に意識の中心を移していくのです。ふだん私たちの意識はちょうど両目の間のあたりにあります。そこが自分の中心のように思いがちですが、足に神経を集中すると、今度は足が自分の中心のような気がします。足は、また頭とは違った感じを持っています。そのように体の各部分を味わっていきましょう。

慣れればすぐに弛緩した状態に入っていけるようになり、この手順を踏まなくても済むようになります。体の緩んだ、芯からとろけるような深いくつろぎを感じてください。体の力を抜いた感覚がどんなものか味わってください。』

順を追って

・左右対称の姿勢をとる(肘掛け椅子に座るか、仰向けでねる)。

①目を軽く閉じ、足に力を入れ筋肉が緊張した状態を感じる。その後、力を抜いて緩んだ状態を感じる。

②次はふくらはぎに力を入れ、その後、力を抜いて緩んだ状態を感じる。

③次はふとももに力を入れ(膝を上から押さえながら、その手を押し返すように膝を上げる)、その後、力を抜いて緩んだ状態を感じる。

④次に椅子から少し腰が上がるようにお尻の筋肉をぎゅっと締め、その後、力を抜いて緩んだ状態を感じる。

⑤次はお腹に力を入れ(重いボールがお腹に向かってくるところを想像する)、その後、力を抜いて緩んだ状態を感じる。

⑥次は胸に力を入れ、その後、力を抜いて緩んだ状態を感じる。

⑦腕は左右同時に動かされないように固定するつもりで力を入れる。その後、力を抜いて緩んだ状態を感じる。

⑧肩から喉のあたりは肩をいからせて首を前に倒す。その後、力を抜いて肩と喉と首の状態を感じる。

⑨顎は歯ぎしりをして、噛む力を感じる。その後、顎、口、唇、頬の力を抜いて緩んだ状態を感じる。

⑩目は上目づかいにして瞑り、その後、目から鼻にかけて力を抜いて緩んだ状態を感じる。

⑪額は眉をひそめるように力を入れ、その後、力を抜いて緩んだ状態を感じる。

瞑想法に入る

・『このように筋肉組織を収縮させ、緩めることに慣れたら受動的瞑想法の準備ができました。

そこで、しばらくそのまま静かにしています。受動的瞑想法の本質的な部分はそれだけです。

体がどのくらい緩んでいるかが目安となります。体が充分にリラックスしていれば思考も休まり、体の力が抜けていれば心も休まっているのです。

体がリラックスすると、重く感じられるようになります。ゆったりと緩んで床に溶けていきそうになります。そして、全身が解放されたようになり、今度は軽くなります。体がじんじんと温かく感じられ、ゆったりと幸せな気持ちになります。そのうち自分の体や周囲の感覚がなくなります。周りの音が遠ざかり、どうでもよくなり、体が風船のように膨らんだような、ゆらゆらと水の上を漂っているような感じになります。

ぼんやりした状態とでも言いましょうか。暖かいお湯の中に浮かんで、そのお湯の中に溶けていくような感じです。体がはっきりした形をなくし、輪郭がぼやけてくるような気がします。私たちは自分の肉体にはっきりした形があるということに慣れていますが、瞑想法ではまるでそれが膨張してしまったかのようにこの境界がぼんやりしてきます。

「いいでしょう。静かに目を開けて。」手引き役の人がいれば、またテープの場合は必要な時間の空白の後で、こう言って終わらせます。あるいは誰かに頼んでおくか、柔らかい音質の目覚まし時計などで、一定の時間で終われるようにします。』

湧き上がる想念や自己防衛反応に対して

リラックスは気持ちではなく、体に意識を向けてリラックスさせることがコツである。雑念が湧き上がるのはよくあることだが、あまり気にしないでなるがままに任せる。それでも気になる場合は、あらためて体に意識を向けることに戻る。体を緩めることに集中すると体がリラックスし、気持ちもゆったりとし静かな時間が流れはじめ、さめた傍観者のようにぼんやりと画面が見えて音が耳に入ってくるだけのような感覚になる。

ガンを克服した人の話1

著者:イアン・ゴウラ―
私のガンは私が治す

著者:イアン・ゴウラ―

監修:帯津良一

出版:春秋社

発行:2003年12月

この本は帯津先生の著書、“ホリスティック医学入門”で知りました。読みたいと思ったのは次の二つを詳しく知りたかったからです。

1.何故、治ったのか?

2.死の淵から戻してくれた抗がん剤治療を止め、再び、自然療法(瞑想法)に戻るという選択が、何故できたのか? 

著者:帯津良一
ホリスティック医学入門

第二章 西洋医学を否定しない代替療法を

◆再発した骨肉腫を食事療法と瞑想、抗ガン剤で克服

(詳しくは、ブログ“ガンとホリスティック医学4”を参照ください)

最初に帯津先生の本より、ゴウラ―先生の症例の概要をお伝えします。

イアン・ゴウラ―:獣医師、元陸上競技の選手。

◆右大腿骨に骨肉腫が発見されたのは1974年、すぐに右下肢の切断手術を受けた。

◆10カ月後にガンが再発、骨盤と肺、胸壁への再発だった。 

今までの治療を止め、自然療法を選択した。

理由なぜ、自然療法だったのか、とても興味のあるところです。彼は、再発という窮地に追い込まれたときに、自分が治療してきた馬たちのことを思い出しました。もちろん、馬が病気になったとき、薬を使ったり、手術をしたりするというのは重要な選択ですが、その前に大自然の中で癒すことを考えるのだそうです。飼料を吟味し、運動と休息に配慮し、なでたりさすったり、やさしく声をかけたりします。そうすることで、馬たちは驚くほど元気になっていきました。彼は、自分にも、それが通用すると感じたのです。

画像出展:「GAHAG

◆5ヵ月後には、医師が「あと二週間くらいの命だろう」と言うほど悪化してしてしまった。

再び抗ガン剤治療を始め、そして回復した。 

経緯『普通なら、ここで精神的にも折れてしまいます。こんなに頑張ったのにという空しさに押しつぶされ、ガタガタと体調を崩してしまいます。しかし、彼はあきらめませんでした。まだ、可能性はあるはずだと、次の手を懸命に求めたのです。「あと二週間」と宣告した主治医も、決してあきらめませんでした。「もう一度、抗ガン剤をやってみないか」と、医師はイアンさんにすすめました。宣告して放り投げるのではなくて、最後まであきらめない態度が、この主治医にはありました。自然療法をやりたいというイアンさんの気持ちを優先し、こうやってとことんイアンさんに付き合おうとするなど、イアンさんは素晴らしい主治医に恵まれたと思います。イアンさんは主治医の提案を受け入れました。抗ガン剤治療を受けることにしたのです。これが功を奏しました。症状はみるみる回復し、体調も良くなっていったのです。

画像出展:「GAHAG

2年間の予定だった抗ガン剤治療を2カ月半で中止し、再び自然療法に戻った。

理由『抗ガン剤治療は二年間続けるプログラムが組まれました。しかし、イアンさんは、どうもこの治療は違うと感じ、二ヵ月半で中止します。主治医ともじっくりと相談したうえでの決断でした。抗ガン剤には感謝しつつ、彼は冷静になって、緊急避難としての抗ガン剤は有効だけど、長く続けるものではないという結論を出したのです。

そして、彼は再び、食事療法と瞑想を始めました。しかし、前回の反省を踏まえて、今度はあまりストイックな取り組みはやめて、リラックスしてやることにしました。前回は七時間も瞑想しましたが、今回は一時間を三回と、半分以下の時間に抑えました。食事も、これでなければいけないというのではなくて、会食では一般のものを食べるゆとりをもつようにしました。これが正解だったのでしょう。再発巣の進行は停止したかのような状態が続きました。しかし、依然としてガンはあるわけですから、気をゆるめるわけにはいきません。とにかく、よいと思われることは積極的に取り入れました。』

画像出展:「GAHAG

二つめの疑問、「死の淵から戻してくれた抗がん剤治療を止め、再び、自然療法(瞑想法)に戻るという選択が、何故できたのか?」に関しては、『私のガンは私が治す』の“訳者あとがき”に書かれた、エインズリー・ミアーズ医師(瞑想法を指導)の“The Medical Journal of Australia”1978年2月号に掲載された報告が、その答えとも言える内容なのでこちらをご紹介します。 

ゴウラ―博士の胸部:1977年7月/回復後
ゴウラ―博士の胸部:1977年7月/回復後

画像出展:「私のガンは私が治す」

『この25歳の患者は2年半前にはじめて私の診察室を訪れた。患者はその11カ月前に骨肉腫で片足を切断。直径2センチほどの明らかな骨の腫瘍が肋骨から腸骨、胸骨の先端に確認され、骨の破片を含む少量の吐血を訴えていた。肺部X線写真でも明らかな影が確認された。患者は専門医から余命2~3週間であることを告げられていたが、獣医という職業柄、生理学と予後の要件について充分な理解があった。そして、2年半後には別の州に移り、かつての職業に復帰した。

(中略)この若者は壮絶なまでの生への意志を持ち、また、それまで私が経験してきた東洋思想においてさえも見たことのないような平穏な心の状態に達していた。なぜこのようにガンの転移を後退させることができたのかという問いにこの患者はいつもこう答える。「人生とは本当に自分自身のもの、自分が自分の命をどのように生きていくかということそのものだと思うんです。」

この患者は徹底した瞑想法を生活の一部として取り入れていくことを選んだ。また、彼はくよくよ思い悩むことをしなかった。そのこともコーチゾンの分泌を減少させ、免疫力を高めるのに役立ったと言えよう。』

帯津先生は、ゴウラ―先生がどのようにガンを克服されたのかを理解するため、オーストラリアのメルボルン郊外にあるゴウラ―先生のセンターを訪れています。そして、『私のガンは私が治す』の冒頭、“イアン・ゴウラ―さんのこと”の中で次のようなメッセージをつづられています。

日本のガン治療の現場で、喉から手が出るほど欲しいと思っていた瞑想法の部分を中心に、日本の実情に即した形にアレンジしました。いい本ができました。勇気ある友人たちに、さらなる勇気を与えてくれるものと確信しております。

また、センターのことは“訳者あとがき”に出ていましたので、こちらもご紹介します。 

ヤラ・バレー・リビングセンター
ヤラ・バレー・リビングセンター

画像出展:「私のガンは私が治す」

ホームページ:The Gawler Cancer Foundation and Yarra Valley Living Centre 

回復の後、ゴウラ―博士は自分のかけがえの体験を多くの人と分かち合いたいと、オーストラリアで最初のガン患者の支援活動を始めました。そして、1983年に非営利、非宗教のゴウラ―財団が設立され、現在まで積極的な活動を続けています。

ゴウラ―財団の活動の中心であるヤラ・バレー・リビングセンターはメルボルン市内から車で1時間半ほど、朝晩オーストラリア特有の野生動物が庭先まで訪れる、15ヘクタールの雄大な大自然の中にあります。こじんまりとした研修室、清潔な食堂兼談話室、プライバシーを守れる宿泊室、西洋的夢殿を思わせる瞑想室、ガン治療や食事療法、瞑想法の出版物やCDのそろったリソース・センターなどを持ち、また裏庭には滞在者の食糧を賄う有機菜園もあります。』

ブログは目次(本の目次のページには掲載されていない小項目も入れました)黒字の部分について書いています。なお、特に正確にお伝えしたい箇所に関しては、引用させて頂いています(『』で括っています)。また、ブログが長くなったので3つに分けました。

目次

イアン・ゴウラーさんのこと

日本の読者へ

はじめに

●免疫力を信じて

●前向きな姿勢で

●命への愛情

●人々の支え

第一章 はじめの一歩

四つの問い

●現行の治療法

●比較検討法

●心を決める

医師と患者の関係

第二章 健康の道程

治癒という旅、全的な癒し

健康への道程

●肉体的側面

1.西洋医学

2.その他の医療・療法

●心理的側面

●霊的側面

1.ガンになる理由

2.死と臨終を考える

3.心霊療法

4.霊的成長(全体を通して)

・霊的な癒し

治癒への環境づくり

●患者を取り巻く人々

●治療を支えるいくつかのこと

・運動

・呼吸法

・環境

・創造的な活動

・人の力になる

・笑い

●療法を組み立てる際の注意点

第三章 瞑想法の理念

療法としての瞑想法

●瞑想法の確立へ

ストレスの影響

●緊張と弛緩

●ストレスの発生とその影響

●ストレスへの対処

瞑想法の効果

●肉体面の効果

●感情面の効果

●精神面の効果

●心あるいは霊的豊かさのために

第四章 基本の瞑想法―受動的瞑想法のやり方

受動的瞑想法への準備

●心がまえ

●目的と時間を決める

●環境と姿勢

受動的瞑想法の実践

●緊張と弛緩のリラックス法

●順を追って

●簡単な暗示を使う

●瞑想法に入る

●湧き上がる想念や自己防衛反応に対して

第五章 リラクゼーションの意味と実践

リラックスすることの意味

●ガンを治す免疫機能

●体から心へ―リラックスの効用

●リラックスの方法

リラクゼーションの実践

●受動的瞑想法を深める

●能動的な方法について

●輝く光のイメージトレーニング

●究極のリラクゼーション

第六章 心の力

ポジティブ・シンキング―積極的に生きるために

●信じることには力がある

●積極的になるために

●積極性の瞑想法

意思決定

●意思決定の瞑想法

●決めたことはやり通す

想像の力

●言葉にすることと想像すること

●イメージ療法

●メージ療法の難しさと利点

●降り注ぐ光のイメージトレーニング

●癒しの旅のイメージトレーニング

●イメージのまとめ

第七章 ストレスへの対処

ストレスをもたらすもの

●ストレスを測る試み

●恐怖・不安・心配―ストレスの根源

ストレスへの対処法

●感情の癒し

●自分を大切にする―本当の自分に気づく瞑想法

●愛はめぐる

●許しの瞑想法

●治癒=調和=安らぎ

第八章 痛みへの対処

痛みとは何か

●痛みは苦しみではない

●物理的な痛み、心理的な苦痛

●痛みについての社会的条件づけ

●二つの心理的思いこみ

痛みのコントロール法

●痛みに対する訓練

●心から体へ―痛みに対する訓練が有効な理由

●瞑想法による痛みのコントロール―まだ痛みのないときに

●すでにある痛みのコントロール法

●応急的な方法

●イメージによる痛みのコントロール法

第九章 食事療法

食事の考え方

●病気と食事

●ゲルソン療法との出会い

●ゲルソンの基本理念

●ゴウラ―食養法の考え方

●食事療法の実践へ向けて

●食事療法のための「意思決定の瞑想法」

●ゴウラ―食養法のアウトライン

●コーヒー浣腸

●その他の特殊な食事療法

第十章 どうしてガンになるのか?

複数の要因による生活習慣病

●なぜ私が?

●最後の一本の藁

心理的側面

●絶望―その不思議な心理

●しばしば共通する心理的履歴

●前向きに

霊的側面

●人生の調和へ

●魂の成長

第十一章 死 この避けえないもの

死を考える

●死は人生の一部

●死について語り合う

●子供と死

●死への恐怖、またその他の否定的な感情の芽生え

●死をめぐる具体的なこと

死を受け入れる

●死への過程

●悲しみ

●臨死体験に学ぶ

●おびえか、おわりか、おたのしみ?

第十二章 癒しと霊性

癒しの神秘

●フィリピンでの経験

●世界の本質への問い

●霊性と癒し

霊的実在の探求

●真実の探求

●人生と命に秘められた神秘―私の信念

じめに

免疫力を信じて

・獣医として医学知識があったため、自分の病状を理解し、経過をきちんと判断して、さまざまな療法をうのみにすることなく、冷静に評価することができた。

・ゴウラ―先生だけでなく、奥さまも素直にものごとを受け入れられる性格だった。このため、ゴウラ―先生は奥さまからの力強い支えを常に得ながら、役立つと思われることを何でも一度は試してみることができた。なお、目的とは自らの力で病気を治すための環境づくりをすることだった。

・ガンが再発し、医学的見地からはもう見込みがないと思われたときも、ゴウラ―先生と奥さまは必ず他に道があるはずだという強い信念を持っていた。

・ガンは免疫の欠如に関係しており、健康な人でもガン細胞はできているが免疫がしっかり働いてくれれば病気のガンにはならないということは当時から分かっていた。

・『私たちは、肉体の自然抵抗力、特に免疫能力は必ずもう一度高めることができると信じることから始めました。免疫力が高まれば、肉体に内在する力が勝手にガンを破壊し取り除いてくれるでしょう。さらに免疫能力が健全に機能すれば、ガン再発の可能性はなくなるはずです。この信念は希望を与えてくれました。

それが私たちの第一歩で、すべての大前提になりました。私たちはその目的に向けてできるかぎりのことをしただけです。

前向きな姿勢で

・いろいろな療法を試していくうちに、これは人間が生きていくに当たっての正しいバランスを模索する営みであると気づいた。

・ガンと闘うことは自分の成長と学びを経験していく一つの冒険のようなものである。 

・『ガンを通して成長し、学んでいこうとする私たちのチャレンジ精神はガンという言葉につきものの恐怖の感情とはまるで違ったものになりました。

前向きな姿勢を支える第一のポイントは、ガンを一つの通過点として見ることである。

・ガンは自分の過去の行いのせいだと考えた。そして、自分自身がその原因を作ってしまったのだとすれば、自分がそれを治すことはできる、正しい行いをすれば病気は治すことができると信じた。

第二のポイントは、ガンに対しての冷静な理解を養うことである。

命への愛情

・前向きな姿勢を保ってガンと向き合い、さまざまなことに正しく対処していくためには広い視野で考えていかなければならない。そのためには人間が生きていくための三つの要素、肉体的、精神的、霊的な条件がそれぞれ果たす役割について考え直す必要がある。

・『ここでお断りしておきたいのは、私は確かに霊的な側面を重視してはいますが、それは宗教的な意味ではない、ということです。宗教は個人的な問題ですから、あまり触れるつもりはありません。人間は誰でも人生の本質について、何らかの形で自ら思いをめぐらせる経験をすることがあると思います。この本の内容は宗教とはまったく無関係であり、決して個人の宗教に干渉するものではありません。しかし、ガンとの闘いが人間の生き方と深く関わっているため、この本に述べることが、はからずも自分の実在の探求と関わってくるとお感じになることがあるかもしれません。それが違和感のないものであれば幸いですが、もし違うと感じられても、どうぞ、一つの考え方として読み流してください。無理に一致させる必要もありませんし、その違いのためにさまざまな療法を放棄する必要もありません。』

人々の支え

・『私の病気の回復には周りの方からいただいた絶大な支えも大きな役割を果たしてくれました。

当時の妻のグレースは何よりの協力者でした。もしすべての患者にこのように献身的で愛情に満ちた人がいてくれたら、病気は必ず克服できると思います。グレースは私とともに惜しみなくあらゆる試みと努力をしてくれました。何よりもはじめから私が絶対に治ると「分かって」くれていました。微塵の疑いもなく、私の回復のためにすべてを捧げてくれました。』

ガンは一連の過程をたどることによってはじめて治せる。それは努力と忍耐と意識的な変革の道程であり、それこそが人間の自然の状態である健康を取り戻す過程である。

第一章 はじめの一歩

医師と患者の関係

この項目には、冒頭[訳注]があり『日本の実状と照らし合わせると、そぐわない点もあります。』とのことが書かれています。さらにゴウラ―先生が獣医師であるという知識豊富であるという点も特別な要因と思います。しかし、ここに書かれている内容は本来、目指すべきものだと思いますので、大変細かいものになりますがご紹介させて頂きます。 

●ガン患者の回復過程には、少なくとも一人は信頼して話し合える医師、患者にしっかりと向き合い、患者本人や家族の気持ちを敏感に察してそれを尊重し、素人にもよく分かるように医学的な情報を提供してくれる医師が不可欠である。

●医師と患者の関係で最も大切なものは対話による相互理解である。特に瞑想法や積極思考[ポジティブ・シンキング]など、まだ医学的な評価が定まっていない療法については医師と患者がきちんと対話する必要がある。医師に内緒で何かを行うことは、ストレスの原因となり良くない。

●患者が対話で心がけること。

1.穏やかにはっきりと自分の希望や志向を医師に伝える。

a) 自分がどの程度の情報を求めているか。

b) 主な意思決定にはどういった専門家、家族、友人に関わってもらいたいか。

c) 全体の調整、治療、方針決定に当たって、どの医師に中心的な役割を果たしてもらいたいか。

d) 自分が専門家、相談相手、話の仲介役、助言者と考えているのは誰か。

2.医学的なパートナーの役割を果たしてくれる医師を見つけられれば理想的である。

3.診察に当たって

a) 配偶者やパートナーがいればいっしょに行く。この人たちが支えになり、診察の際の質問や答えを覚えておいてくれる。

b) 医師に会う前に聞きたいことを書きとめて持参する。

c) 必要なら前もって医師に質問や話し合いのための時間をとっておいてもらうようにします。

d) 診察中の情報は忘れやすいので、診察の間メモをとるかテープに録音させてもらうよう依頼する。

e) 説明や分かりやすい解説、選択肢の詳細や意見などは、遠慮せず、自由に求める。

f) 自分の希望やその理由をきちんと説明できるように準備していく。

g) 医師に自分がどんな自助努力をしているのか伝える。

4.重大な決定には、他の医師(セカンドオピニオン)からの意見も求める。特に最初の医師の系列などではない、無関係の病院を選択する。

5.自分の状況や問題を医師と話し合うよう努力しても、どうしても納得いかなければ医師(病院)を変えるべきである。

医師と患者との良好な関係は健康と心の平穏のためにとても大切なことです。生きることが楽に、建設的なものになり、治療にも良い影響があるにちがいありません。

そして現在、医学と医療の場も変わりつつあります。患者がこのような意識を持つことは本人にとっても、医療の場にとっても、大変に有意義なことなのです。』

第二章 健康の道程

治癒という旅、全的な癒し

●病気を持っていても、内側からの光が強く美しく輝いている人もいる。つまり治癒とは、人としての成長の旅でもある。

●病気というのは気が病むことである。また、心が満たされないこと、バランスをくずしていること、調和が保たれていないことである。

●不健康が過去の生き方によるものならば生き方を変えなければならないが、回復の道のりは長く、小さな変化の積み重ねである。

治癒という旅の羅針盤は、調和を求めることである。自分の行動と心と魂のつり合いがとれて心が安定したとき、癒しは始まる。そして常にこの心の安定を最優先にしていくことが重要である。

健康への道程

『健康への道は実に多様です。ここではガンの治療に関係するさまざまな方法を概観しながら、本書で述べる療法のアウトラインを見渡していただければと思います。

なお、その際、各治療法を肉体的側面、心理的側面、そして霊的側面という三方向から整理してみることにします。と言うのも、先に述べたとおり癒しとは人生すべてのレベルでの調和であり、私たちは従来の医学が考えてきた体と精神という二元論の根底に命そのものとも言うべきもの、霊性の存在を考えないわけにはいかないと感じているからです。』

肉体的側面

1.西洋医学

・最新の動向にも目を配り、医師と話し合って進めていく。

・自分に合っていると判断できる治療を決め、真剣に専念する。

a) 手術:腫瘍を取り除き、体の負担をなくすことで再発予防の時間とチャンスを与えてくれる。

b) 化学療法:副作用と治療効果とを天秤にかけてよく考える必要がある。

c) 放射線治療:特に骨に関係する場合、痛みの軽減によく使われる。

d) 免疫療法:免疫系の刺激を目的とする新しい領域の療法。

e) ホルモン療法:ホルモンに敏感な乳ガンや前立腺ガンなどで行われる。

2.その他の医療・療法

f) 食事の改善:特殊な食事療法(ゲルソン療法など)は、必ず熟練した指導者に従って行う。

g) マッサージ:足のマッサージが良い。リフレクソロジーなど(ウィキペディアより)。

h) 中医学:治療医学としての漢方、鍼灸、養生医学としての食養と気功が中心である。

i) ナチュロパシー:自然療法全般。栄養、ライフスタイル全般のアドバイス、ハーブ(薬草)、マニュピュレーション(体の矯正)、マッサージ、ホメオパシーなどの方法の相乗効果を図り、免疫力を強化する。

心理的側面

a) 瞑想法とそれによるリラクゼーション:ストレスに対処する。基本は受動的瞑想法、リラックスを得るための方法。

b) ポジティブ・シンキング:創造的なこと、体を動かすこと、そして、人間関係も重要である。

c) 意思決定:能動的瞑想法による意思決定の方法と、決めたことを実行する手順。

d) 想像の力によるいくつかの方法:言葉にしたり想像したりすることで実現に近づける。

e) ストレス管理:受動的瞑想法と能動的瞑想法を組み合わせて行う。

f) 疼痛コントロール:瞑想法やイメージによる疼痛コントロール。

霊的側面

・『全的な癒しは自分の人生を見つめ直し、より良い生き方を探すことと呼応します。それは個々の症状に対する治療法という狭い意味ではなく、最も広い意味、最も根本的な意味での療法と言えるでしょう。

1.ガンになる理由

・ガンの理由を肉体的、心理的、霊的各側面に探る。体と心と霊性の調和が大切であること、そして魂の成長について考える。

2.死と臨終を考える

・死は避けて通れない重要な問題であり、目をそらさず見つめる必要がある。できれば、身近な親族と話し合う機会を持つよう努める。

3.心霊療法

・『心霊手術の信憑性については何年も激しい討論が続いていますが、私は超自然療法の経験、特にフィリピンの心霊手術の経験はよく知られているので、そのことについても紹介します。すべては私の経験を通して真に正しいと思ったものです。

絶望的な心情にある患者はよくこうした不思議な現象に引きつけられるものです。しかし、すぐ飛行機に飛び乗って、フィリピンやインドなどへ行くようなことはしないでください。そして選択したら、それが最良の結果をもたらすように、その治療に専念してください。

こうした方法が自分に合わないと思ったら、無理に試すようなことはしないでください。

本当の癒しは自分の内にあることを信じて努力してください。心霊療法自体の効果もさることながら、それによって目を開かされる新たな世界観や霊的領域への顧慮にも重要な意味があります。』

4.霊的成長(全体を通して)

反省、内省、黙想

a) 自分がしてしまったこと、またはした方が良かったのにしなかったことなどについて、やましさや否定的な気持ちは持つべきではない。

b) 過去から学び、現在を受け入れ、もっと幸せで健康な明日のために「今」を生きるようにする。

信念

c) どんな状況でも泰然として乗り超えていけるかどうかは自分の信念次第である。

霊的な癒し

d) 体と心と霊性が一つになったとき、癒しが起きる。

・『私自身の治療はジグソーパズルを一つ一つ埋めていくような作業でした。私は最初の外科的手術の後は、食事療法と瞑想法と鍼と虹彩診断療法、それに心霊療法とマッサージも行いました。また、短期間、化学療法と放射線治療も試し、全部で27の療法をやりました。

この中で、私が唯一マイナスの効果を感じたのは放射線治療でしたが、私は自分がやってみた個々の療法について良いとか悪いとか議論するべきではないと思っています。と言うのも、良いか悪いかは個々人によって異なるので、一般論では語れないからです。 

 

こちらのサイトに虹彩学に関することが紹介されています。

治癒への環境づくり

患者を取り巻く人々

何でも包み隠さず、心から打ち解けて話し合える人がいると非常に良い。

・同じようなことをしている人のグループは大きな心の支えになる。

・手紙を書くのも、自分の体験を伝え、分かち合うのに大変よい手段である。

・個人的な人間関係では、正直になることが大切である。

療法を組み立てる際の注意点

・ガン患者は無力感を感じて訪れるが、実は回復のためにはやることがたくさんあると気づく。

瞑想法をしっかりやることから始めるのがいちばんいいと思う。

・重要度を順序づけするための「意思決定」が大切である。

・瞑想法、食事、ポジティブ・シンキングが柱になると思うが、まずは一つのことに専念し、実際に試して評価し、効果があるか続けるべきかどうかを判断した方がよい。

・『体にも心にも負担をかけないようにしてください。今日や明日元気になろうと思うのは無理です。時間はかかります。私にはそれを理解するのが大変でした。私はかつて陸上選手で、デカスロン(十種競技)の激しいトレーニングに慣れていたので、無理をしないことのほうがかえって難しかったのです。最初のころは、がんばりすぎて体に負担をかけて、すっかり行き詰まってしまいました。ここ数年も、体のほうが音をあげてペースを落とすように警告してきたこともありました。適度にやっていくことを学ばなければなりません。

ものごとのバランスよい統合が、生活の質と命の長さを手にするために重要なことです。人生で大切なものの順序づけをしっかりしてください。書き出してみるとよく分かります。そして、自分の決めたことを最後までやり通して、健康に向けての計画を実行していってください。そうすれば、「健康以上」は必ず手に入ります。

ティム・クックのApple

多くの人がそう思っていたのではないでしょうか。スティーブ・ジョブズを失ったアップルの将来は厳しいだろうと。ところが実際にはそうはならず、アップルはより大きな企業になりました。その立役者はCEOのティム・クックです。

どんな人物なんだろうか?」、「スティーブ・ジョブズとティム・クックを結びつけたのは何だったのだろうか?」。特に後者は最も知りたい“謎”でした。

また、スティーブ・ジョブズの自伝にあった“こだわり”も気になりました。この点からも、何故、ジョブズはティム・クックだったのか知りたいと思いました。 

スティーブ・ジョブズ:2004年、パロアルトの自宅の仕事部屋にて
スティーブ・ジョブズ:2004年、パロアルトの自宅の仕事部屋にて

画像出展:「スティーブ・ジョブズⅡ」

僕は、いつまでも続く会社を作ることに情熱を燃やしてきた。すごい製品を作りたいと社員が猛烈にがんばる会社を。それ以外はすべて副次的だ。もちろん、利益を上げるのもすごいことだよ。利益があればこそ、すごい製品は作っていられるのだから。でも、原動力は製品であって利益じゃない。スカリーはこれをひっくり返して、金儲けを目的にしてしまった。ほとんど違わないというくらいの小さな違いだけど、これがすべてを変えてしまうんだ誰を雇うのか、誰を昇進させるのか、会議でなにを話し合うのか、などをね。スティーブ・ジョブズⅡp424](上記のメッセージはブログの2.「最後にもうひとつ……」の先頭に出ています)

ティム・クック
ティム・クック

画像出展:「ティム・クック 

著者:リーアンダー・ケイ二―

訳者:堤沙織

出版:SBクリエイティブ

発行:2019年9月

ブログは目次に続き各章のごく一部をご紹介していますが(黒字)、これ以外に印象的だったクックの成果として、[慈善活動に対する積極的な取り組み]、[再生可能エネルギーへの移行]など、スティーブ・ジョブズの時代には、消極的だったこれらの課題に対しても素晴らしい成果をあげられていました。

目次

序論 うまくやってのける

第1章 スティーブ・ジョブズの死

クックは取るに足りない人物

ジョブズが辞任し、クックがCEOに

スティーブ・ジョブズの死

スティーブ・ジョブズの会社を経営する

破滅する運命のアップル

第2章 アメリカの深南部で形作られた世界観

スウィートホーム・アラバマ

学生時代

早期のビジネス経験

ロバーツデールがクックの世界観を築いた

アラバマ行動主義のルーツ

故郷のアンチヒーロー

オーバーンで工学を学ぶ

第3章 ビッグブルーで業界を学ぶ

IBM PC

リサーチ・トライアングル・パークの工場

ジャストインタイム生産方式

クックの初めての仕事

クックの高い潜在能力

クックのMBA

早期の倫理規範

IBMのソーシャルライフ

IBMでの昇進

インテリジェント・エレクトロニクスに転職する

コンパックに合流する

第4章 倒産寸前の企業に加わる、一生に一度の機会

意見の一致:クック、ジョブズに出会う

オペレーションの新たなリーダー

さよなら、アメリカ。こんにちは、中国!

第5章 アウトソーシングでアップルを救う

フォックスコン

とんとん拍子に出世する

マネージャーとしてのクック

第6章 スティーブ・ジョブズの後を引き継

ピノキオ並みの硬さ

初期の挫折

採用と解雇

アップルは全盛期を過ぎたのか

クックはアップルの変革を始める

サプライチェーンにおける取り組み

成功の兆し

第7章 魅力的な新製品に自信をもつ

脱税

MacProとiOS7

iPhone 5Sが記録を打ち立てる

良い年末

世界開発者会議―iOS8と健康部門への参入

アンジェラ・アーレンツティム・クックのティム・クック

驚くべきパートナーシップ

IBMとのパートナーシップ―法人向けiOS

iPhone 6とApple Pay

iOS 8.0.1の厄介なバグ

Apple Pay

クックの初の主要製品:Apple Watch

第8章 より環境に優しいアップル

汚染と中毒

良い方向へ進む

ダーティな仕事に取りかかる

環境保護庁の門をたたく

善行を促進する力

クックは太陽光発電に力を注ぐ

クローズドループのサプライチェーン

持続可能な森林

ひたむきなCEO

第9章 クックは法と闘い、勝利する

プライバシーの問題

サンバーナーディーノ

長期にわたる論争

抗議の嵐

作戦指令室

アメリカにパライバシーは存在しない

訴えを取り下げる

クックはプライバシーを強化する

第10章 多様性に賭ける

パーソン・オブ・ザ・イヤー

平等と多様性はビジネスの役に立つ

多様性による革新

女性を昇進させる

アップルの組織構成

株主からのプレッシャー

教育におけるクックの取り組み

早いうちに種をまく

アクセシビリティ

第11章 ロボットカーとアップルの未来

未来の取り組み

アップル・パーク

キャンパスがオープンした日

すべてが成功したわけではない

協調を促す

うまくいっているようだ

次世代iPone、Xの到来

第12章 アップル史上最高のCEO?

クックは革新できるのか?

革新には時間がかかる

教訓を得る

第1章 スティーブ・ジョブズの死

破滅する運命のアップル

・2014年9月:チャーリー・ローズ[ニュースキャスター]とのインタビュー

『クックはジョブズが残したものを何とかして維持し、自分の持つすべてを会社に注ぎ込むことを望んでいた。しかし、ジョブズの真似をしようと考えたことはなかった。「自分がなれるのは、自分自身だけだということを理解しています」と彼は続けた。私は最高のティム・クックになるように努力しているのですそして、これこそが、彼の成し遂げたことだった。

第2章 アメリカの深南部で形作られた世界観

学生時代

・ロバーツデールは典型的な南部アメリカの田舎町。面積はわずか13平方キロメートル。当時の人口は約2300人(現在は約5000人)。

・クック家は信仰に篤く、クリスチャンである。

・幼い頃に、バプテスト教会で洗礼を受けてから、信仰は人生の大きな部分を占めてきた。

・クックは控えめで向上心が高く、常に成績優秀な生徒だった。知的で穏やかな性格でユーモアのセンスもあった。

・『彼がアップルで実践した価値観の多くは、子どもの頃に経験した差別と直接結びついているようだ。2013年、デューク大学フュークア・スクール・オブ・ビジネス(クックはここで修士号を取得している)で行われた学生向けの講演会で、クックは、キング牧師とケネディ大統領の2人が子どもの頃からのヒーローだと語っている。「私は南部で生まれ育ち、成長の過程で、差別が引き金となった最悪の行動の数々を目にし、非常に気に病む思いをしてきましたと、彼は学生たちに語った。だからこそ、命がけで差別と戦ったキングとケネディを、心から尊敬しているのだろう。』

オーバーンで工学を学ぶ

・『「アラバマ大は医師や弁護士を志望する富裕層が行くところだったので、自分を労働者階級の1人だととらえていた私には適さないと思いました。そして労働者階級の人々は、オーバーンへ行っていたのです」』

・クックが学んだ生産工学は、複雑なシステムを最適化する方法に焦点を置き、無駄な支出を取り払い、資源を最大限活用する最善策を見つけ出す学問であった。

・クックは2010年、オーバーン大学の卒業式のスピーチで、オーバーン大学の理念を自分の信念として話しているが、それは次のようなものである。『「私はここが、実践的な世界であると信じており、ゆえに、自分が培ったもののみが信頼に値すると考えている。したがって私は、働くこと、ひときわ懸命に働くことの価値を信じる。私は、正直であることと、誠実であることの価値を信じる。それなしでは、仲間の尊敬と信頼を勝ち取ることはできない」。』

・クックは1982年にオーバーン大学を卒業、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)とゼネラル・エレクトリックからもオファーを受けていたが、IBMに入社(PC部門)した。

アラバマ州ロバーツデール
アラバマ州ロバーツデール

画像出展:「WikipediA 

アラバマ州ロバーツデールは、2010年の国勢調査では人口5,276人、1,951世帯だったそうです。

オーバーン大学
オーバーン大学

画像出展:「海外留学推進協会 

大学のあるオーバーン地区は、アトランタから車で1時間30分ほど離れたところにあります。創立は1856年、学生数約30,000人の州立大学です。

公式ホームページ

第3章 ビッグブルーで業界を学ぶ

クックの高い潜在能力

・IBM入社数年後、クックは工場の経営幹部によって選ばれる「ハイポ(ハイ・ポテンシャル)」と呼ばれる将来を担う25名の若手社員リストのランキング1位にいた。なお、「ハイポ」に求められるものは、業績、責任感、リーダーとしての潜在能力など。

・『クックがハイポ・リストの一角を獲得し、最終的にはIBMでの高い地位[パーソナル・コンピューター事業北米ディレクター]を確立するまでになったのは、高校と大学を通して彼が培った労働倫理のおかげだった。工場におけるパーソナル・コンピューター製造の元責任者で、かつてクックの上司だったこともあるレイ・メイズも、クックが同僚たちの中で抜きんでていたことに同意している。「私が感じていた彼の優れたところは、その労働倫理でした」とメイズは語った。』

早期の倫理規範

・ビジネスで“倫理”というと、不正会計やインサイダー取引を連想するものだが、クックの“倫理”はそのようなものではない。

・『2013年、デューク大学で行われた同窓会[デューク大学のFuqua School of Businessを1988年に卒業]で、クックはこのように語った。

倫理について考えるとき、私はある物事を、それを発見したときよりも良い状態で、後に残すことを考えます。そしてこのことは私にとって、環境への配慮から、労働問題を抱えるサプライヤーとの付き合い方、製品の二酸化炭素排出量、何を支援するかという選択、そして従業員の扱い方まで、すべてに関わることなのです。私のすべての言動は、この考え方がもとにあるのです」。

倫理学の講義によって、彼は同じ業界の人の多くとは異なる方法でビジネスを考えるようになった。彼がそこで学んだ教訓 ―発見したときよりも良い状態で、物事を後に残すこと。環境に配慮し、従業員に敬意をもって接すること― は、彼の信念の支えとなり、アップルCEOとしての任期を象徴するものとなるだろう。彼はIBMで、アップルにおけるリーダーシップの基礎となるものを築き始め、そこには同僚との交流も含まれていた。』

江戸切子
江戸切子

画像出展:「江戸切子協同組合 

私事ですが、早大サッカー部時代に「伝統とは、前年をひとつでも上回る成果を上げ、積み重ねていくこと」と教わったことを思い出しました。

この日本流の伝統は、クックの信念の支えとなった“倫理”とスティーブ・ジョブズが願っていた、“いつまでも続く会社”につながるキーワードではないか、ジョブズとクックを結んだ最も重要な価値観だったのではないかと思いました。

つまり、私が最も知りたかった“謎(二人を結んだもの)”とは、“伝統を重んじる心だったというのが私なりの答えです。

第4章 倒産寸前の企業に加わる、一生に一度の機会

意見の一致:クック、ジョブズに出会う

・『ティム・クックは、アップルのリクルーターからオファーをすでに何度も断っていた。彼らの粘り強さが実を結ぶときがきた。最終的に、彼は少なくともジョブズには会うべきだという結論に達したのだ。「スティーブは、私がいる業界のすべてを作った人物でした。とても会ってみたかったのです。クックは2014年、チャーリー・ローズに対してこう暴露している。

彼はコンパックでの仕事に満足していたが、ジョブズとの出会いは新鮮でエキサイティングな将来の展望を彼に与えてくれた。ジョブズは「他の人とは全く異なることをしていました」とクックは当時を振り返った。その最初の面接で、ジョブズのアップルに対する戦略とビジョンを座って聞いていたとき、彼はそのミッションにおいて自分が価値ある貢献をできるということに納得した。ジョブズはコンピューター業界を震撼させることになるだろう製品や、いまだかつてないコンピューターのデザインコンセプトについて説明した。これらの構想は、丸くふくらんだ形のカラフルなMacintoshであるiMac G3となって、1998年に発売され大成功をおさめ、デザイナーであるジョニー・アイブを一躍有名にした。

クックは好奇心をそそられていた。「彼はそのデザインについてほんの少ししか話しませんでしたが、それだけで十分、私は関心を持ちました。後のiMacとなる製品について説明してくれたのです」。クックはその面接が終わる頃には、ジョブズのようなシリコンバレーの伝説と働くことは、一生ものの栄誉」になることを確信していた。

第5章 アウトソーシングでアップルを救う

とんとん拍子に出世する

・入社4年後の2002年に、ワールドワイドセールスならびにオペレーション担当副社長になった。

・2004年にはMacintoshのハードウェア部門の責任者になり、2005年にはCOOに任命された。

COOの昇進を機に、ジョブズはクックを自らの後継者として育て上げていった。アップルに勤めるすべての社員はスペシャリストだが、ジョブズとクックだけは違っていた。

マネージャーとしてのクック

・ジョブズとクックは何年もの間緊密に協力しながら働いてきたが、立ち振る舞い、気質、特にマネジメントは全く違っていた。

・『彼が声を荒げることはほとんどなかったが、問題の核心に迫ることに執着し、質問を延々と投げかけて人々を疲弊させた。「彼はとても静かなリーダーです」とジョズウィアックは語った。「叫ぶことも怒鳴ることもなく、非常に冷静で落ち着いています。しかしとにかく人を質問攻めにするので、部下たちは問題についてしっかりと把握しておく必要があるのです」。質問をすることで、クックは問題を掘り下げることができ、スタッフに自分がしていることを常に把握し、責任感を感じさせる効果があった。彼らはいつでも説明を求められる状況にあることを理解していた。

1998年12月に、クックのオペレーション担当グループに参加したスティーブ・ドイルは次のように語った。「彼は10の質問をしてきます。それらに正しく答えると、さらに10の質問をしてきます。それを1年経験すると、彼の質問は9つに減ります。しかし1つ間違えれば、質問は20、30と増えていくのです」。』

・クックは日曜日の夜に電話会議を受け、午前3時45分にメールの返信を行い、毎朝午前6時までには自分のデスクについていた。そしてオフィスで12~13時間働き、家に帰ってからはもっと多くのメールに返信した。

・クックは中国に行き、16時間の時差をものともせずに3日間働き、午前7時にアメリカに戻り、8時30分からの会議に出席することは珍しいことではなかった。

・オフィスにいない時のリラックス方法は、ジムに出かけるかロッククライミングをすること。また、熱心なサイクリストであり、土日はよく自転車に乗っているため、そのときだけは同僚はメールを気にせずにすんだ。

・クックは自分の健康状態を非常に気にかけていて、混雑する時間帯を避けるため、他の人より早起きしてジムに行っている。

・『彼は仕事とスポーツを同等のものと見なして次のように語っていた。「ビジネスにおいては、スポーツと同様に、勝利のほとんどはゲームの開始前に決定されているのです。我々は、好機がやってくるタイミングを整えることはできませんが、準備を整えておくことはできるのですクックの準備へのこだわりは、アップルにおける彼の成功の鍵である

・クックの最初の12年間のキャリアは比較的目立たないものだったが、クックは匿名でいることを重要視し、アップルの秘密のカーテンの後ろに隠れたままでいた。

第6章 スティーブ・ジョブズの後を引き継ぐ

成功の兆し

・2012年12月、クックは「タイム」誌の“世界で最も影響力のある100人」に選ばれたが、この記事の中で、アップルの元副社長で、2003年からは取締役を務めていたアル・ゴア[ビル・クリントン大統領時代の副大統領]は、クックに関して次のように記している。

『「伝説的存在であるスティーブ・ジョブズの後を継いで、アップルのCEOになること以上に難しい挑戦を私は知らない。しかし、アラバマ造船所の労働者と主婦の間に生まれ、穏やかで謙虚、物静かだが熱心な性格のティム・クックは、少しも動じることがなかった。ジョブズの残したものを守り抜き、アップルの文化に深く浸っている51歳のクックは、主要な方針転換を円滑かつ見事に実施しながら、世界で最も価値ある革新的な企業を、さらなる高みへと導くことに成功した。彼は、その複雑な社内構造の管理から、新たな「とてつもなく素晴らしい」テクノロジーおよびデザインの飛躍的進歩を製品パイプラインに落とし込むことまで、アップルのあらゆる分野において、自らのリーダーシップを強く発揮している」。』

第7章 魅力的な新製品に自信をもつ

世界開発者会議―iOS8と健康部門への参入

・2014年の世界開発者会議(WWDC)で新しいiOS8の発表に加え、HealthKitと組み合わせた健康管理アプリによって、1兆ドル規模のヘルスケア業界(健康とウェルネス分野)への参入を発表した。

画像出展:「biotaware 

Apple ResearchKit, HealthKit and CareKit, Health App – what does it all mean?

英語のサイトですが、Googl翻訳に助けて頂き、それぞれの概要をお伝えします。

HealthKit(アイコンは左端)

HealthKitは、ヘルスケアアプリとフィットネスアプリを格納するために設計されたフレームワークであり、それらを一緒に使用してデータをすべて1か所で照合できます。

ResearchKit(アイコンは左から2番目)

ResearchKitは、医学研究専用に設計されたオープンソースソフトウェアフレームワークです。ResearchKitを使用すると、医学研究者はアプリを迅速かつ最終的に開発し、このフレームワークから開発されたアプリを通じて有意義で価値のあるデータを取得できます。

CareKit(アイコンは右端)

CareKitは新しいソフトウェアフレームワーク(2016年4月にリリース)であり、これにより、開発者は、医療を追跡して管理する医学に特化したアプリを構築できます。作成されたアプリは、患者が自分の病状をよりよく理解して自己管理できるようにすることを目的としています。これは、たとえば、服用した薬の効果を追跡するのに役立ちます。

クリック頂くと株式会社C2さまの”ResearchKit/CareKit”のサイトに移動します。

『C2では、ResearchKitアプリおよびCareKitアプリの開発をお手伝いします。企画、要件定義、画面設計、開発 (アプリ&サーバ)、Appストア配信までをワンストップでサポートいたします。』

なお、事例として、京都大学さま、順天堂大学さま、国立がん研究センターさま等が紹介されています。

クックの初の主要製品:Apple Watch

・『アップルの幹部たちは、ジョブズの死から数週間後、ブレーンストーミングを始めた。つまりこの時計のアイデアは、スティーブの死から間接的に生まれたものだと言うことができる。「最初のディスカッションは、スティーブが亡くなった数カ月後2012年初めに行われました」とアイブは語った。「それには時間がかかりました。我々がどこに行こうとしていたのか、企業としてどんな軌道に乗っていたのか、そして何が我々のモチベーションとなっていたのかを、皆でじっくりと考えたのです」。そうして生まれたのがApple Watchだった。』

・これをみてスティーブ・ジョブズの伝記に書かれていた文章を思い出しました。 

Stay Hungry, Stay Foolish.
Stay Hungry, Stay Foolish.

画像出展:「homestead 

『僕が病気になってある意味良かったと言えることは少ないけど、そのひとつが、リードが優れた医師とじっくりいろいろな研究をするようになったことだ。21世紀のイノベーションは、生物学[biology]とテクノロジーの交差点で生まれるんじゃないかと思う。僕が息子くらいのころデジタル時代がはじまったように、いま、新しい時代がはじまろうとしているんだ」

第8章 より環境に優しいアップル

クローズドループのサプライチェーン

・2016年3月、アップルはiPhone6を分解するリアム(Liam)というロボットを発表し、クローズドループのサプライチェーン(製品の製造をリサイクルされた原料のみで行うこと)に向けた大きな一歩を歩み出した。現在、2機のリアムはアメリカとオランダに1機ずつあり、11秒ごとにiPhoneを完全に分解している。

Liam
Liam

第9章 クックは法と闘い、勝利する

クックはプライバシーを強化する

・2018年4月に発表されたiOS11.3はプライバシー保護に強化を加えているが、このアップデートには、ユーザーの個人データがアップルのサービスによって収集されていることを明確に示すアイコンが追加された。アップルが個人情報を収集するのは、機能を有効にする必要があるときや、サービスを保護するとき、またはユーザー体験をパーソナライズする必要があるときだけである。

・アップデートしたユーザーへの通知は次のような説明がされていた。『「アップルはプライバシーを基本的人権だと考えているため、すべてのアップル製品はデータの収集と使用を最小限に抑え、可能な限りデバイス上で処理し、お客様の情報に対する透明性と管理を提供するよう設計されています」。』

第10章 多様性に賭ける

・クックは同性愛者である。この表明は2014年10月30日、ブルームバーグに掲載された「ティム・クックは語る」という感動的なエッセイの中で行われた。また、表明した理由など心に残るメッセージがある。

・『「私は自分自身がゲイであるおかげで、マイノリティであることの意味をより深く理解することができ、他のマイノリティグループに属する人々が日々直面している課題についても考えることができるようになったのです」。』

・『CBSの「ザ・レイト・ショー」に出演したクックは、自分がアメリカのセクシャアル・マイノリティの若者たちを助けることができると気づいてから、自らのセクシャリティを公表することを決めたと語った。「子どもたちは学校でいじめられ、その多くは差別され、両親から拒絶されています。私が何とかしなければならないと感じたのです」と彼は語った。「私は自分のプライバシーを非常に重視していましたが、他の人のために何かすることのほうが、それよりもはるかに重要と感じたのです。皆さんに私の真実を伝えたいと思いました」。』

第11章 ロボットカーとアップルの未来

未来の取り組み

・タイタンと呼ばれるプロジェクトは、Apple Carという自動運転車に関するもので2014年にクックが承認したプロジェクトである。そのきっかけはジョブズが、当時大きな話題となっていた、テスラモーターズの新たな電気自動車に興味をもった2008年にさかのぼる。(ジョブズは当時の自動車業界の状況から自動運転車を追及しない決断をくだしている)

・『2017年6月、クックはプロジェクト・タイタンについて初めて公に語り、ブルームバーグに対し、「自動運転システムに焦点を合わせている」ことを認めた。「これは、我々が非常に重要視する核となるテクノロジーです」。そしてクックはこう付け加えた。「我々は、これをすべてのAIプロジェクトの母であると考えています。おそらく現存するAIプロジェクトの中で、最も難しいものの1つです」。』

・タイタンの問題は製品開発だけでなく、雇用やマネジメント、そしておそらくビジョンにおいても失敗していると評価されており、軌道に乗っているのかいないのかさえ明らかになっていない。

Appleが自動運転車を開発していることは全く知らず、大変驚きました。しかし、その”タイタン”と呼ばれているプロジェクトは苦戦していることを知りました。

そこでネット検索してみると、【Patently Apple】という、Appleの知的財産(IP)や最新のニュースを発信するブログ(英語)があり、”タイタン”に関しても色々なニュースが掲載されているのを知りました。

Project Titan, Vehicle Technology 

第12章 アップル史上最高のCEO?

革新には時間がかかる

・クックのもとで発売された最初の新ジャンルの製品であるApple Watchは、当初は不信感をもって迎いられ、一笑に付されることもあり、初期の評価は面白いおもちゃではあるが、世界を変える製品ではないというものあった。しかし3年後、Apple Watchはスマートウォッチ市場で最大の勢力となり、スイスの時計業界全体よりも大規模となっていた。

・Apple Watchは、アップルの健康とウェルネスに対する熱意を形にしたプラットフォームであり、HealthKitやResearchKitのようなソフトウェアによって、着用者が自分の健康とフィットネスをモニターし、改善するのをサポートする手首装着型コンピューターの基礎を築いている。

こちらは、”お茶の水循環器内科さま”のサイトです。2020年9月7日に「アップルウォッチ外来」を開始されたとのことです。

『お茶の水循環器内科ではアップルの「家庭用心電計プログラム」「家庭用心拍数モニタプログラム」が医療機器承認を受けて、アップルウォッチ外来を開始しました。具体的には、不整脈の発作時の記録をもとに、不整脈の疑いの評価、さらなる精密検査の必要性、治療の必要性等を相談するものです。』

付記

「スティーブ・ジョブズとティム・クックを結びつけたのは何だったのだろうか?」。特に後者は最も知りたい“謎”でした。

この疑問に対する自分なりの答えは以下のようなものでした。

《この日本流の“伝統”は、クックの信念の支えとなった“倫理”とスティーブ・ジョブズが願っていた、“いつまでも続く会社”につながるキーワードではないか、ジョブズとクックを結んだ最も重要な価値観だったのではないかと思います。つまり、私が最も知りたかった“謎(二人を結んだもの)”とは、“伝統を重んじる心”だったというのが私なりの答えです。 

読み終わってみて、ジョブズとクックを結んだのは、もう一つ、幼少期の体験を通して”研ぎ澄まされた精神が潜在的に共鳴した”からではないかと思います。

労働階級の家に育ち、両親からの愛情に心をよせ、加えてジョブズは養子をバネに、一方クックは差別の多い南部の田舎町に住み、自分自身がセクシャルマイノリティであったことをバネに、強い気持ちや揺るぎない信念(ジョブズは父親譲りの完璧な物づくり、クックは確固たる倫理感)を醸成したのだと思います。

大殿筋と腰痛3

強める! 殿筋
強める! 殿筋

著者:John Gibbons

監訳:木場克己

発行:2017年1月

出版:医道の日本社

「まとめ」は”大殿筋と腰痛1”を参照ください。

 

4.マッスルエナジーテクニック

●マッスルエナジーテクニックの有用性

・マッスルエナジーテクニックは1948年、Mitchell, F.L によって紹介された。

・緊張した拮抗筋を弛緩させ、殿筋群の能力を最大限に発揮させる目的で利用する。

・マッスルエナジーテクニック(METs)はオステオパシーの手技による検査法と治療法である。

・患者は施術者の指示通りに与えられる圧力に抵抗しながら正確な方向、位置に筋肉を動かす。

・マッスルエナジーテクニックの目的

-過緊張状態の筋肉の張りの正常化:一般的にマッスルエナジーテクニックはマッサージと併せて行うが、これは動作とマッサージを組み合わせたものといえる。

-筋力低下した筋肉の活性化:患者は施術者による圧に抵抗し筋を収縮させる(等尺性収縮)。例えば、患者は最大筋力の20~30%の力で5~15秒収縮させる。そして、10~15秒の休憩を挟みながら、5~8回繰り返す。

-筋肉が伸長するための準備:可動域に加え柔軟性を高めたい場合は収縮の強度を高める。例えば、40~70%の強度である。これにより、運動単位での神経発火は高まり、ゴルジ腱紡錘への刺激が増加してさらに筋肉は緩む。

-関節可動域の改善:マッスルエナジーテクニックとは筋肉の収縮と弛緩を繰り返すことによって、関節可動域の改善を図る方法である。

●生理学からみたマッスルエナジーテクニックの効果

・マッスルエナジーテクニックの効果

-等尺性収縮後の筋伸長(Post-isometric relaxation:PIR)

-相反抑制(Reciprocal inhibition:RI)

・マッスルエナジーテクニックに関係する受容器

-筋紡錘:筋肉の伸縮の度合いや速度を感知

-ゴルジ腱紡錘:腱にかかる張力の変化を感知

・等尺性収縮後の筋伸長(PIR)と相反抑制(RI)の流れ

等尺性収縮後の筋緊張(PIR)と相反抑制(RI)
等尺性収縮後の筋緊張(PIR)と相反抑制(RI)

画像出展:「強める!殿筋」

 

 

-等尺性収縮が維持されている時、脊髄から筋肉への神経的フィードバックメカニズムを通してPIRが起こり、収縮した伸筋(大腿四頭筋)を減少させる[遠心性のピンク色のライン]。この緊張の減少は約20~25秒持続する。

-緊張が減少している約20~25秒の間、関節可動域内を容易に動かすことができる。

-拮抗筋である屈筋(ハムストリングス)は収縮を抑制する遠心性の神経インパルス[遠心性のオリーブ色のライン]により筋の収縮は抑えられる。

5.原因としての拮抗筋 ― 腸腰筋、大腿直筋、内転筋群の重要性

・Sherringtonの法則における相反抑制によると、過緊張状態にある拮抗筋は反射的に主動筋の働きを抑制している。このため、拮抗筋が緊張した状態にある場合、筋力低下した筋肉の強化の前に、まずは筋肉の緊張状態や伸長の度合いを正常に戻すことが優先される。

痛みによる抑制効果で起こる大殿筋や中殿筋などの活動パターンのアンバランスは、腰骨盤部の姿勢コントロールに影響を与え、大腿二頭筋、腸腰筋、大腿筋膜張筋、内転筋群を活発にする。腸腰筋、大腿筋膜張筋は大殿筋の拮抗筋。強力な外転筋の中殿筋[前部線維・中部線維]の拮抗筋は内転筋群である。

●腸腰筋の解剖学

〔起始〕

大腰筋:全腰椎の横突起。胸椎~腰椎の椎体。それぞれの腰椎椎体上の椎間板

腸骨筋:腸骨窩の上部2/3。腰仙骨、仙腸関節前靭帯

〔停止〕

大腿骨小転子

〔作用〕

股関節の主要屈筋と股関節外旋の補佐。停止部位からの働きで、背臥位から座位への変位時の体幹の屈曲

〔支配神経〕

大腰筋:腰神経叢(L1-L4)腹枝

腸骨筋:大腿神経(L1-L4) 

骨盤内の筋
骨盤内の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

:大腰筋

:腸骨筋

骨盤内の筋(起始:停止)
骨盤内の筋(起始:停止)

画像出展:「人体の正常構造と機能」

左の図:筋の付着部を図示しています。

●色:大腰筋

●色:腸骨筋

 

 

下肢帯筋
下肢帯筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

:大腰筋

:腸骨筋

 

●大腿直筋の解剖学

〔起始〕

下前腸骨棘、寛骨臼上縁

〔停止〕

膝蓋骨、膝蓋靭帯を経て脛骨粗面

〔作用〕

膝関節における下腿の伸展、股関節においての大腿の屈曲。体幹の屈曲時、腸腰筋の補助。歩行時の踵接地時の膝関節の伸展の保持

〔支配神経〕

大腿神経(L2-L4) 

大腿前面(伸筋)の筋
大腿前面(伸筋)の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

:大腿直筋

 

大腿の伸筋と屈筋
大腿の伸筋と屈筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

:大腿直筋

 

●内転筋群の解剖学

〔起始〕

恥骨枝前部。大内転筋は座骨粗面に起始を持つ

〔停止〕

大腿骨内側

〔作用〕

股関節の内転と内旋

〔支配神経〕

大内転筋:閉鎖神経(L2-L4)、座骨神経(L4、L5、S1)

短内転筋:閉鎖神経(L2-L4)

長内転筋:閉鎖神経(L2-L4)

大腿管、大腿三角、内転筋管
大腿管、大腿三角、内転筋管

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

大腿の内転筋
大腿の内転筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

大腿中央部の断面図
大腿中央部の断面図

画像出展:「人体の正常構造と機能」

大腿部中央の断面図です。

 

6.膝や足首の痛みを引き起こす大殿筋や中殿筋の問題

●膝の解剖学

・『患者が痛みを訴えているとき、その痛みが「原因」なのか、または純粋な「症状」なのかどうかを見極めなければならない。』

●腸脛靭帯摩擦症候群を引き起こす中殿筋と大殿筋

立脚期は同側の外転筋群、内転筋群、反対側の腰方形筋が一体となった働きをしている(側面スリング)。このとき、内転筋群が緊張していると、相反抑制により拮抗筋は伸ばされ機能低下をおこす。この場合、弱った外転筋群の代わりに、立脚期において役割を補完する大腿筋膜張筋の緊張が高まり、その結果、膝外側、大腿骨外側上顆で摩擦が起こりやすくなる。 

側面スリング機構
側面スリング機構

画像出展:「強める!殿筋」

腰方形筋”を見落としがちなので注意したいと思います。

 

 

大殿筋と大腿筋膜張筋は腸脛靭帯につながり、ともに歩行周期における立脚期における安定性に関わっている。大殿筋が抑制されると大腿筋膜張筋が優位となり、大腿骨外側上顆で前側に引っぱり、摩擦症候群につながる。

●膝蓋大腿疼痛症候群を引き起こす中殿筋

・膝蓋大腿疼痛症候群は、膝蓋軟骨軟化症、膝前部痛、マルトラッキング(膝蓋骨の動きを外側に偏らせる)、膝蓋後部痛などがある。これらはいずれも膝蓋大腿関節が痛みを発している状態であり、問題は大腿骨滑車構の関節軟骨内、または膝蓋関節内軟骨内(もしくはその両方)にある。

・膝蓋骨の滑車溝上での動きを変化させるものが、膝蓋大腿疼痛症候群(PFPS)の原因となる。

膝関節において内側広筋は特殊である。この意味は膝関節の痛みや炎症によって簡単に機能が抑制されてしまうということである。大腿直筋が抑制される関節液の増加量(60ml~)に対し、内側広筋はわずかな増加量(10ml~)で抑制されてしまう。このため内側広筋のリハビリは想像以上に難しく、腸脛靭帯の緊張増加が外側筋支帯に影響を与え、マルトラッキングを引き起こす問題とともに、膝の痛みの除去を困難なものにしている。

7.腰痛を引き起こす大殿筋や中殿筋の問題

●腰痛と殿筋群の関係性

・例えば左中殿筋が弱いと、体重がかかった時に骨盤は右側に傾く。すると腰椎は左側に傾き、椎間板は神経根だけでなく、左側の椎間関節に負荷がかかり痛みにつながる。また、左方向への傾きにより右側の腸腰靭帯や椎間関節の関節包が引き延ばされ、これもまた痛みの原因となる。また、左中殿筋が弱いと反対側の腰方形筋がより強く働き、補完しようとする。これが長期間続くと腰方形筋は短縮してトリガーポイントを形成し痛みにつながる。

・一定時間の歩行またはランニングで腰方形筋が拘縮し痛みが起こる患者に腰方形筋のトリガーポイント(ファッシア)のリリース等により腰方形筋を正常化することで痛みはなくなるが、歩いたり走ったりすることにより、元に戻ってしまうことがある。これは中殿筋の筋力低下により、対側の腰方形筋が頑張り過ぎたためである。

・大殿筋の拮抗筋である腸腰筋、大腿直筋や内転筋群の緊張は、歩行周期における股関節の伸展を制限する。それを代償するために同側の寛骨は前傾し、対側の寛骨は後傾する。ハムストリングス、とりわけ大腿二頭筋は、大殿筋の筋力低下で起こる寛骨の前傾の増加のメカニズムの一旦を担っている。

・歩行の間、仙骨と腰椎では自然な回旋の動きが起こるが、寛骨の回旋が増加しているとき、仙骨と腰椎は動きの代償を強いられる。腰椎と仙骨(第5腰椎と第1仙椎)の間には椎間板があり、この椎間板にねじりの動きが加えられる。これはスポンジから水を絞り出すようなもので、この種の負荷は椎間板にとって好ましいものではない。

●胸腰筋膜と大殿筋の関係性

・胸腰筋膜は厚く、強い靭帯で構成された結合組織で、体幹、股関節、そして肩の筋肉を覆い、つなげている。

正常な大殿筋は胸腰筋膜を引っぱり、一定の緊張を保つ役割を持っている。

・大殿筋は胸腰筋膜を通して反対側の広背筋とつながっており、歩行時において反対側の筋肉と作用し合い(後部斜角スリング)、胸腰筋膜の緊張を高める。この機能は体幹の回旋や下部腰椎、仙腸関節の安定に重要な役割を果たす。また、腰椎の安定と関係する深部筋(腹横筋や多裂筋など)との同時収縮も起こっている。これらの筋肉は四肢の動きに併せて同時収縮する。

仙腸関節の力拘束に関係する仙結節靭帯との直接的または間接的つながりから、腹横筋、多裂筋は大殿筋の収縮に反応する。

大殿筋の筋力低下には、胸腰筋膜の緊張を保つ機能を低下させ、それを補完するために反対側の広背筋や同側の多裂筋が過度に活発になるというメカニズムが存在する。 

ご参考:臨床家のための トリガーポイントアプローチ

こちらの本は、国内でトリガーポイントを広めてこられた黒岩共一先生の著書です。発行は1999年と新しくはないのですが、刺鍼方法などもとても詳しく解説されているためご紹介させて頂きます。

トリガーポイントアプローチ
トリガーポイントアプローチ

著者:黒岩共一

出版:医道の日本社

発行:1999年6月

 

 

『トリガーポイントは①仙骨後面の胸腰筋膜起始部、②仙骨外縁部、③上後腸骨棘外縁起始線維の上方1.5cmの硬結部および腸骨から大転子にかけて走行する上部線維の外側上縁部、④薄く一定の幅を持った仙結節靭帯起始線維に形成頻度が高い。』 

大殿筋のトリガーポイント
大殿筋のトリガーポイント

画像出展:「トリガーポイントアプローチ」

 

 

 

 

①仙骨後面の胸腰筋膜起始部のトリガーポイント

・このトリガーポイントは個体差が大きい。正中線近くから肥大して触知される場合もあれば、仙骨外縁近くにあって②のトリガーポイントと一体化されるものまで様々である。特徴は大変硬く索状[骨格筋あるいは筋膜内にあるひも状のしこり]であり、体幹後屈(伸展)で最も短縮痛が誘発されやすい点は共通である。

①と②の下方に形成されたトリガーポイントが尾骨の痛みとして感じられることがある。

・このトリガーポイントに対する刺鍼は、押し手の先端で硬結をしっかり挟んで保持し、骨に当たるまで刺入する。骨の直前に1mm以下の厚さで軟骨様の硬結を貫き、得気する。

②仙骨外縁部のトリガーポイント

激痛にして所在が不明な腰痛の成因になる。

短縮痛、圧痛が誘発されるため仰臥位になれないほど痛む場合もある。

・腸骨筋のトリガーポイントも活動すると、全く横になることができない程に痛む場合がある。

外縁部のトリガーポイントは石のように硬く、鍼を大殿筋に貫通させて大・小座骨孔に刺入させることは難しい。

・慢性の仙骨外縁深部の痛みでは、仙骨外縁から指の太さで数本の索状硬結が起始する場合と1~2mm径の索状硬結が多数起始し、触知される場合がある。ただし、いずれも2cmくらい外側へ走行して触知不能になるかもしくは消失する。また、これらの索状硬結がなく、仙骨外縁を厚さ1~2mmの硬結が覆う場合もある。この膜上硬結は軟骨(キャラメル)様の刺鍼感があり、鍼はゆっくりしか刺入できない。

③上後腸骨棘外縁起始線維の上方1.5cmのトリガーポイントおよび腸骨から大転子にかけて走行する上部線維の外側上縁部のトリガーポイント

・前者のトリガーポイントは、上後腸骨棘外縁部に置いた母指を内側奥へと沈めると母指頭大の弾力性に富んだ硬結として触知される。関連痛は大転子までで、周囲近辺に放散する。刺鍼は圧迫感を感じ取れる方向すなわち内側上方か内側下方へ向けて行う。

・後者のトリガーポイントは4分の1の円弧を描く径の大きい索状硬結として触知される。この硬結は浅層にあるので、軽めの触察の方が判りやすい。刺鍼にはコツが必要であるが初級者であれば刺鍼転向法を繰り返して得気(「ああっ!それです」)を得られなくてはならない。硬結は太く長いので5~6本の刺鍼が必要になる。

④薄く一定の幅を持った仙結節靭帯起始線維のトリガーポイント

・この硬結は表層に薄く広く分布する。従って筋線維走行に直行するやさしい触察で認知できる。触察圧が強すぎると見落としやすい。

・このトリガーポイントは殿部から大腿への移行部に重なる。

遠隔部に放散することは少なく、痛みの箇所が判然としない腰痛ではこのトリガーポイントを疑ってみた方が良い。

大殿筋や 脊柱起立筋にトリガーポイントがある場合の座り方
大殿筋や 脊柱起立筋にトリガーポイントがある場合の座り方

画像出展:「トリガーポイントアプローチ」

大殿筋や 脊柱起立筋にトリガーポイントがある場合の座り方です。

 

 

 

大殿筋と腰痛2

強める! 殿筋
強める! 殿筋

著者:John Gibbons

監訳:木場克己

発行:2017年1月

出版:医道の日本社

「まとめ」は”大殿筋と腰痛1”を参照ください。

 

 

 

1.大殿筋

●大殿筋の解剖

〔起始〕

後殿筋線の後方とその上部、後部の骨の一部

仙骨・尾骨の背面の近接部。仙結節靭帯

脊柱起立筋の腱膜

〔停止〕

深層:大腿骨の殿筋粗面

浅層:大腿筋膜の外側部から腸脛靭帯

〔作用〕

股関節の内転の補助。腸脛靭帯を通しての伸展時の膝の安定性向上

上部線維:股関節の外旋と外転の補助

下部線維:股関節の伸展と外旋(ランニング時や、座位から立位への移行の際の力強い伸展)。体幹の伸展

〔支配神経〕

下殿神経(L5.・S1・S2)

●大殿筋の機能

股関節を外転、外旋させることで膝関節のアライメントの調整を助ける(階段を上がるときなど)。

仙腸関節を安定させる(力拘束を担う筋肉の一つである)。

-大殿筋はハムストリングスとともに、歩行周期において重要な役割を担っている。踵接地の直前、ハムストリングスが活性され、仙結節靭帯を通して仙腸関節への圧力が高まる。このつながりが、歩行中の荷重時の仙腸関節の安定を助ける。

-大殿筋線維の一部は、仙結節靭帯と胸腰部の筋膜に付着している。この筋膜につながる筋肉の一つが広背筋である。大殿筋は反対側の広背筋と胸腰部の筋膜を通してつながっている(後部斜角スリング)。このスリングは、歩行周期における片足立ち時の体重のかかった仙腸関節への圧力を高める。

-大殿筋は後部斜角スリングとのつながりを通して、立脚前期から中期にかけての仙腸関節の安定性に大きく寄与している。 

後部斜角スリングと広背筋とのつながり
後部斜角スリングと広背筋とのつながり

画像出展:「強める!殿筋」

●大殿筋の機能不全と筋力低下

大殿筋を神経的に抑制させる主な筋肉は、股関節の屈筋に分類される腸腰筋、大腿直筋、内転筋群がある。これらの屈筋が緊張し短縮すると大殿筋の筋力は低下する。

大殿筋の機能不全や筋力低下は、後部斜角スリングの有効性を低下させ、これが仙腸関節の障害につながる。また、これらの大殿筋の問題を補うため、反対側の広背筋(上腕骨と肩甲骨に付着)を緊張させる。その結果、肩関節が影響を受ける。

・大殿筋の機能不全や筋力低下によって、ハムストリングスは仙腸関節の安定や骨盤の位置を維持するために、筋肉を常に緊張状態にする。そして、このハムストリングスの緊張状態が続き、慢性化すると故障の原因となる。

●腰痛と大殿筋

腰痛患者の50~60%は、腰痛の根本的な原因が大殿筋にあると考えられる。 

各症状の原因と考えられる大殿筋の状態
各症状の原因と考えられる大殿筋の状態

画像出展:「強める!殿筋」

”各症状の原因と考えられる大殿筋の状態”

2.中殿筋

●中殿筋の解剖

〔起始〕

腸骨稜の外側、腸骨稜の下部、前殿筋線と後殿筋線の間

〔停止〕

大転子尖端の外側面

〔作用〕

上部線維:股関節の外旋と外転の補助

前部線維:股関節の内旋と屈曲の補助

〔支配神経〕

上殿神経(L4・L5.・S1)

●中殿筋の機能

・踵接地から立脚期において骨盤維持という重要な役割を担っている。

・ランニングに関わる故障を診るときに、中殿筋を検査する必要がある。

・オーバーユースによる下肢や体幹の故障を訴える患者の多くが中殿筋の機能低下を起こしている。

・中殿筋は前部、中部、後部と3つの部位に分けることができ、それが集まってできた幅広い腱が大腿骨大転子につながる。

中殿筋後部線維は大殿筋とともに、股関節の外旋をコントロールし、歩行周期の開始時に股関節、膝、下肢のアライメントを整える役割を担っている。

・中殿筋の機能低下はシンスプリント(脛骨内側過労性症候群)、足底筋膜炎、アキレス腱障害など、慢性的な過外反に関連する故障のリスクにさらされている。 

各症状の原因と考えられる中殿筋の状態
各症状の原因と考えられる中殿筋の状態

画像出展:「強める!殿筋」

”各症状の原因と考えられる中殿筋の状態”

殿部の筋
殿部の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

左:浅層(大殿筋)

右:深層(中殿筋/小殿筋)

下肢帯筋
下肢帯筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

大殿筋は上から5番目です。

3.筋不均衡と筋膜スリング

・筋不均衡が生じる過程のどこかで殿筋が関係している。

・腸腰筋は常に収縮させられる筋肉であるが、不自然に収縮した状態を長時間強いられるとついにはその状態で固まってしまう。『腸腰筋の緊張は、ジグソーパズルのピースの一つであり、患者の訴える症状の重要な手がかりとなる。』

●姿勢筋と相動筋

・姿勢筋は屈筋によって構成されている。

・相動筋は伸筋によって構成されている。

姿勢筋・相動筋
姿勢筋・相動筋

画像出展:「強める!殿筋」

姿勢筋と相動筋
姿勢筋と相動筋

画像出展:「強める!殿筋」

・姿勢筋

-姿勢筋は負荷がかかると短縮する傾向を持っている。また、重力に対抗する役割を担い、姿勢保持と密接に関連している。

-姿勢筋は遅筋が優勢であり、多くは細い運動ニューロンにより支配されている。このため興奮閾値が低く、神経インパルスが相動筋より早く姿勢筋に伝わる。これにより、姿勢筋の持続的緊張状態は相動筋の働き(収縮)を阻害する。 

ゴースト血管をつくらない33のメソッド
ゴースト血管をつくらない33のメソッド

ブログ“ゴースト血管”では次のような記述がありました。『筋肉や体の動きによって、静脈内の血液の流れは変わる』。つまり、収縮を阻害され機能低下した筋肉の血流は悪化し虚血になる。そして血流を高めようとする発痛物質の作用で痛みが起こる。これが痛みの原因の一つと考えます。

 

・相動筋

-相動筋の主な機能は「動かすこと」であり、姿勢筋より表面にあって多関節にわたる傾向にある。

収縮して硬くなった筋肉は関連する相動筋の働きを阻害するが、その結果、相動筋は弛緩し筋力が低下する。腸腰筋[腸腰筋=腸骨筋&大腰筋]と殿筋の関係性はこれにあたる。

Study channel"というサイトに、「大腰筋と腸骨筋の機能と役割」というとても興味深いことが書かれていました。股関節屈曲の主動作筋は腸骨筋とのことです。

 

●筋不均衡の影響

・『筋不均衡を放置すれば、身体は不均衡を補完するための姿勢になり、筋骨格系への負担を増やし、組織の損傷、故障へとつながる。すると姿勢筋は縮まり、相動筋が弛緩して負のサイクルに入ることになるのだ。

・『筋肉が機能的でない場合や繰り返し負荷をかけられるとき、姿勢筋は短縮し、相動筋が弱まって「長さ」と「張り」の関係性に変化が起こる。最終的には筋肉が軟部組織や骨格の位置を変えることで、姿勢に直接影響を及ぼす。 

筋骨格系悪化の負のサイクル
筋骨格系悪化の負のサイクル

画像出展:「強める!殿筋」

”筋骨格系悪化の負のサイクル”

●体幹筋との関係

・骨盤、正確には仙腸関節は、安定性に影響を与える2つの主な要因である「形態拘束」と「力拘束」を有している。

・形態拘束

-寛骨(腸骨、仙骨、恥骨で構成される)と仙骨の形状(腸骨の間に仙骨がくさび石のようにはまる)により可能になる。

-平らな関節平面は関節面と平行な力に対しては弱いが、仙腸関節はその弱点を補うための3つの特長がある。それらは、仙骨が両側から寛骨により押さえされていること、他の滑膜関節とは異なり関節軟骨の表面が不規則でデコボコしていること、軟骨に覆われた骨部が関節の隆起線や溝にはまっていることの3つである。

・力拘束

形態拘束は不完全なため関節面の安定を図る必要があるが、これを行うのが、靭帯筋肉筋膜といった組織である。

・仙腸関節の安定性

-靭帯、筋肉、筋膜といった組織が協力して力拘束を担うシステムは、総じて「骨関節靭帯機構」と呼ばれている。

大殿筋の一部は胸腰部の筋膜だけでなく、仙結節靭帯ともつながっており、仙腸関節を安定させるのに重要な機能を果たしている。

-大殿筋は胸腰筋膜を通して反対側の広背筋につながり、後方斜角筋膜スリングを形成する。

-大殿筋の筋力低下や神経発火パターンの問題は二次的な問題として、反対側の広背筋の過活動を引き起こす。 

後部斜角スリングと広背筋とのつながり
後部斜角スリングと広背筋とのつながり

画像出展:「強める!殿筋」

”後部斜角スリングと広背筋とのつながり”

・仙骨の前傾(ニューテーション)と後傾(カウンターニューテーション)

-ニューテーションとは仙骨底の前下方(前傾)、カウンターニューテーションとは仙骨底の後上方(後傾)を指す。

仙骨の前傾(ニューテーション)と後傾(カウンターニューテーション)
仙骨の前傾(ニューテーション)と後傾(カウンターニューテーション)

画像出展:「強める!殿筋」

左:仙骨の前傾

右:仙骨の後傾

前傾ができないと片足時に不安定になる。

後傾は仙腸関節を緩めることで、寛骨の前方回旋と股関節の伸展を可能にする。[仙腸関節が緩まないと寛骨の前方回旋と股関節の伸展が抑制される]

後傾ができないと、腰部骨盤部が屈曲することになり、腰椎の不安定性につながる。

・力拘束靭帯

-力拘束を担う靭帯は仙骨から坐骨につながる仙結靭帯と、第3仙椎と第4仙椎から上後腸骨棘につながる後仙腸靭帯がある。 

力拘束靭帯
力拘束靭帯

画像出展:「強める!殿筋」

 

-靭帯はつながっている骨が動いて引っ張られるか、その骨についている筋肉が収縮することで関節への圧力を高める。[仙結節靭帯の張力は腸骨が仙骨に対して後方に動く前傾、または大腿二頭筋、梨状筋、大殿筋、多裂筋が収縮することで増大する〔大殿筋や梨状筋の機能が低下している場合、多裂筋や大腿二頭筋に負荷が集中するのではないか?〕]

-後傾を抑制する主な靭帯は、長後仙腸靭帯と後仙腸靭帯である。[後仙腸靭帯は長後仙腸靭帯と短後仙腸靭帯に分かれる。前者は仙腸関節の関節包後面を補強する靭帯で、仙骨の外側仙骨稜と下後腸骨棘をつなぐ。後者は短後仙腸靭帯を覆うようにその外側上方の靭帯で、仙骨の外側縁下部と上後腸骨棘をつなぐ]

仙腸関節が緩い場合、特に後傾に関しては水平または垂直にかかる負荷に対して骨盤が不安定になる。

-後仙腸靭帯は痛みを発することが多く、上後腸骨棘の直下で触診できる。

骨盤の安定性は靭帯だけでなく、筋組織がサポートしている。腰部、骨盤の安定に貢献している筋肉は、インナーマッスル(体幹)とアウターユニット(筋膜スリング機構)に分かれる。インナーユニットは腹横筋、多裂筋、横隔膜、骨盤底筋によって構成されている。アウターユニットはいくつかの筋機構(スリング)によって構成されており、インナーマッスルとアウターユニットが構造的、機能的につながることで身体全体の安定性や動作に担っている。

・フォースカップル(偶力)

定義:フォースカップル(偶力)とは、ある物体に対して同等の力が逆の方向に働き、純粋な回旋が起こっている状態のこと。

-筋不均衡によって起こる骨盤の位置の変化は、その他のキネティックチェーン(運動連鎖)に影響を与える。骨盤の適切な位置やアライメントは、いくつかのフォースカップルが関係している。  

骨盤フォースカップル(前傾)
骨盤フォースカップル(前傾)

画像出展:「強める!殿筋」

 

骨盤フォースカップル(後傾)
骨盤フォースカップル(後傾)

画像出展:「強める!殿筋」

 

骨盤フォースカップル(側方傾斜)
骨盤フォースカップル(側方傾斜)

画像出展:「強める!殿筋」

 

●インナーユニット:体幹

定義:静的安定とは、構造のアライメントを崩すことなく長時間一つの姿勢を保つ能力。

インナーユニット:体幹
インナーユニット:体幹

画像出展:「強める!殿筋」

 

・腹横筋

-腹筋の中で最深部に位置する。

-腸骨稜、鼡径靭帯、腰椎部の筋膜、6つの下部肋骨の軟骨部に起始を持ち、剣状突起、白線、恥骨で停止する。

-腹横筋の主な作用は腹壁を引っ張り、腹部を圧縮すること。脊椎を屈曲するわけでも、伸展するわけでもない。

直接側屈する役割は持たないが白線を安定させることで、体幹前側と横側の筋肉(内腹斜筋、外腹斜筋)の働きを支えている。

-吸気中、腹横筋が横隔膜の腱中心を引き下ろし、平らになると、胸腔は縦に伸び、腰部の多裂筋は圧縮される。

・多裂筋

-第5腰椎より下にわたる筋線維は腸骨と仙骨に付着する。

-多裂筋は連続する細かい筋肉で、表面部のものと深部のものに分けることができる。

-腰椎の屈曲や腰椎間にかかる剪断力に抵抗することに加え、腰椎の安定のために重要な伸展の役割を担っている。

-体重を椎骨全体で支えることで、椎間板への負担を減らす役割も持つ。

表面部分の多裂筋は脊柱を真っすぐに保つ働きを持ち、深部の多裂筋は脊椎の全体的な安定性に貢献している。

-『Richardson, C. らの研究(1999)は、腰部多裂筋と腹横筋が腰痛の安定性の要であることを証明した。これらの筋肉が胸腰筋膜とつながり、Richardson, C. らの言う「腰痛対策の自然な深部筋肉コルセット」(a natural, deep muscle corset to , deep muscle corset to protect the back from injury) となる。』

ご参考:Richardson, C., Jull, G., Hodges, P., and Hides, J. 1999. Therapeutic Exercise for Spinal Segmental Stabilization in Low back pain: Scientific Basis and Clinical Approach, Edinburgh: Churchill Livingstone. (翻訳書 「脊椎の分節的安定性のための運動療法:腰痛治療の科学的基礎と臨床」 エンタプライズ,2002)

 

左をクリック頂くと、PDF4枚の資料がダウンロードされます。こちらの論文にも骨盤と多裂筋の関係が書かれています。

〔目的〕体幹と骨盤の動きを必要とする座位に着目し、骨盤の傾斜角度の違いが背筋群の筋活動に与える影響を検討した。

〔対象〕腰痛の既往のない健常成人男性10名。

〔方法〕測定肢位を骨盤軽度後傾位(以下後傾位)と骨盤軽度前傾位(以下前傾位)とし、課題を安静座位と腹部引き込み運動とし、肢位と課題の組み合わせの4 条件下での腰部脊柱起立筋と腰部多裂筋の筋電図を導出した。課題間の比較は、一元配置分散分析後,多重比較検定を実施した。

〔結果〕安静座位と腹部引き込み運動の課題において、多裂筋の筋活動は後傾位に対し前傾位で有意に増加したが、脊柱起立筋の筋活動に有意な差はなかった。これは骨盤前傾作用として多裂筋の筋活動が増加したと考える。

〔結語〕前傾位は脊柱起立筋の筋活動を有意に増大することなく、選択的に多裂筋の筋活動を高めることができる姿勢と考える。

-腰仙部の多裂筋は収縮すると、後方に胸腰筋膜に沿って広がる。この作用は腹横筋が収縮し、胸腰筋膜を脊柱起立筋と多裂筋に引き寄せることで強まり、体幹の安定性を高める。

錐体筋
錐体筋

画像出展:「強める!殿筋」

 

●アウターユニット:統合筋膜スリング機構

・アウターユニットの力拘束は後縦、側面、前面、後斜という、4つの筋スリング機構から成り立っている。  

後縦スリング機構と側面スリング機構
後縦スリング機構と側面スリング機構

画像出展:「強める!殿筋」

 

前斜スリング機構と後斜スリング機構
前斜スリング機構と後斜スリング機構

画像出展:「強める!殿筋」

 

●アウターユニット:統合筋膜スリング機構

・アウターユニットの力拘束は後縦、側面、前面、後斜という、4つの筋スリング機構から成り立っている。  

これらの筋膜スリングによる力拘束で骨盤は安定する。これらのうちのどれかが弱いと、機能不全が起こり腰痛につながる。

・スリングには起始停止という考えはなく、力を伝導するのに応じたつながりという考え方に基づく。

・スリングとは、すべてをつなげている一つの筋膜機構内の各部分を指す。特定動作のスリングはあくまでその一つの大きな筋膜機構の一部である。

スリングのどの部分で動きが制限され安定性に支障を来しているのかを理解するために、筋肉の機能不全(筋力低下、不適切な活動、緊張)の箇所を見極め、治療することが重要である。

アウターユニットの4つの機構が効果的に機能するためには、インナーユニットによる関節の安定性が必要である。

-アウターユニットが機能するために必要な身体の安定性をインナーユニットが十分につくられていない場合、筋肉のアンバランス、関節の故障、パフォーマンスの低下につながる。

●悪い姿勢

・痛みと攣縮[痙攣性の筋収縮]のサイクル

-『姿勢の問題による初期の痛みの原因は、虚血である。筋肉への血流量は筋収縮の程度に反比例し、50~60%の収縮で血液量はほぼ0にまで落ちる。慢性的に10%を超える等尺性収縮[一定の姿勢で動かない抵抗に対し筋肉を収縮させること]の状態だと、身体が恒常性を保てなくなるという研究もある。

頭の重さは体重の約7%(肩と腕が約14%)である。例えば体重80㎏の人であれば、頭の重さは5~6㎏程度である。もし頭と肩が理想的な姿勢から前方に突出した場合、頚部伸筋の過活動につながり、結果として血流が低下する。慢性的な等尺性収縮は筋肉に嫌気性代謝を強いることになり、乳酸やその他の痛みの原因となる物質[ブラジキニン、プロスタグランジンなど]を増加させる。適切な休息を取らないと、すでに虚血状態の筋肉の反射性収縮が始まる。そうなると、痛みと攣縮のサイクルという悪循環に陥ることとなる。』 

痛みと攣縮のサイクル
痛みと攣縮のサイクル

画像出展:「強める!殿筋」

 

大殿筋と腰痛1

思ったように施術の効果が上がらない患者さまがおいでです。腰痛に加え、お尻(殿筋)から太ももの裏(ハムストリングス、特に大腿二頭筋)の痛みも訴えられていました。

腰痛の場合、殿筋に関しては腰痛との関連が強いとされる“中殿筋(小殿筋)”や坐骨神経との関係が深い“梨状筋”に対しては、ほぼ定番のように刺鍼しています。しかしながら、今回は結果が出ていませんでした。

「これは、もしかして大殿筋なのかなぁ?」との思いから、ネット検索してみると、腰痛とお尻の筋肉に関するサイトが数多く出てきました。以下はその一部です。

画像出展:「TENTIAL」

 

画像出展:「腰痛トレーニング研究所

画像の方をクリック頂くと、“サライ.jp”にある川口陽海先生の“腰痛改善教室”のページに移動します。

なお、川口先生のサイトに掲載されている“トリガーポイントの図”ですが、“The Trigger Point & Referred Pain Guide”というサイトには全部で 111の筋肉のトリガーポイントが紹介されています。(Googleの右上の“翻訳”が便利です)

トリガーポイントマニュアル
トリガーポイントマニュアル

こちらのイラストは、「トリガーポイントマニュアル」という本に掲載されてるものです。初版発行が1992年と古いため内容的には一部見直しが必要な個所もあるようですが、まさに“トリガーポイント”のバイブル的存在の本です。ちなみに、私が見たときは、ヤフーオークションで全巻4冊セットが“¥150,000即決”として出品されていました。

なお、これらの本は国会図書館や都立中央図書館で閲覧、コピーが可能です。実は、私も10年近く前に腰痛に関係しそうな筋を中心にせっせとコピーを取っていました。

そこで、今回はそのコピーを引っぱり出し、興味深い箇所をご紹介させて頂きます。 

画像出展:「Amazon

症候

●ほとんどの大殿筋TrPs(トリガーポイントのことですが、イラストに合わせ“TrP?”を使っています)から放散した痛みは、特に前方屈曲姿勢で上り坂を歩くことにより悪化する。

●坐骨結節近位のTrP2をもつ患者は、座った時にしばしば不快と不安を感じる。

TrP3(坐骨結節内下方)から放散した尾骨痛を訴える患者は、長時間座っている間に、局部圧痛およびTrPsの圧迫で生じた関連痛を避けようと、もじもじ身をくねらせることもある。

●坐骨結節を被う結合組織と皮膚は、長時間の直立位の後に不快な虚血状態となる。

●圧迫を回避するための動きに伴う荷重はTrP2を増加させる。

●大殿筋のTrPsは着座姿勢を避ける。椅子は快適なものではない。

●鑑別診断(大殿筋・中殿筋・小殿筋) 下図8.5参照

大腿部への痛みの放散は、大殿筋のTrPsは大腿部近位の数cm程度である。一方、中殿筋のTrPsでは大腿中間部に痛みを放散することもある。また、小殿筋のTrPsは膝の下に痛みを放散する。

・大殿筋の緊張は股関節の屈曲を制限し、中殿筋、小殿筋は股関節の内転を制限する。

・大殿筋のTrPsによる放散する圧痛は、下層の中殿筋、小殿筋のTrPsの検出を難しくさせる場合がある。

大殿筋は仙骨に付着する筋の一つで、通常、仙腸関節のずれがTrPsの活性化の原因になる。

トリガーポイントの活性化と永続化

●転倒を防ごうと激しい筋収縮を維持するときにTrPsの活性化が起きやすい。

●片側の殿筋を直接強打する衝撃は大殿筋のTrPsを活性化するおそれがある。

●前屈みで長時間歩くことは大殿筋を過負荷にする。

●大腿を深く曲げ、横向き眠ることは上層の大殿筋を過度に伸展させ、TrPsを活性化する。

●大殿筋のTrPsを永続化する代表的な運動は股関節の伸展に加え、腰椎を過伸展させる水泳(クロール)である。

頻繁に屈んだり、赤ちゃんを囲いから外に持ち上げるような反復動作は大殿筋のTrPsを永続させる。

同じ姿勢で長時間座っていることは大殿筋のTrPsを永続させる。

関連のトリガーポイント

中殿筋後部は大殿筋TrPsと関連してTrPsが最も発生しやすい。また、小殿筋後部およびハムストリングス(膝屈曲筋群)は、中殿筋後部の次に影響を受けやすい筋である。

●大殿筋の拮抗筋である腸腰筋、大腿直筋にもTrPsが生じることもある。 

大殿筋・中殿筋・小殿筋
大殿筋・中殿筋・小殿筋

画像出展:「トリガーポイントマニュアル」

図8.5になります。

 

そして、4回目の施術の時、大殿筋のトリガーポイントを意識して刺鍼してみました。すると、翌週ご来院頂いた時には、ピーク時の痛みを10とすると7ぐらいになったとのお話で、初めて確かな手応えを感じることができました。

大殿筋も腰痛にとって重要な筋肉ということが分かり、「勉強しないといけないなぁ」との思いから、見つけたのが今回の『強める! 殿筋 -殿筋から身体全体へアプローチ-』という本です。殿部の筋肉は骨盤を支え、身体のバランス維持に力を発揮するとのことです。そして、次の言葉が印象的でした。

『(第5章では)大殿筋に焦点を絞り、この筋肉がどのように患者やアスリートに多い問題、とりわけ腰痛とかかわってくるかについて話したい。大殿筋は、私がこれまで会ってきたほとんどの治療家に軽視されているように感じる。その理由は恐らく、大殿筋自身が痛みを発することが滅多にないからであり、それにより、このすばらしく機能的な筋肉は無視され続けてきたのである。 

強める! 殿筋
強める! 殿筋

著者:John Gibbons

監訳:木場克己

発行:2017年1月

出版:医道の日本社

 

ブログはまず目次をご紹介していますが、今回は目次に沿った内容にはなっておらず、全体的にもスッキリ感が乏しいため、最初に大殿筋を中心とした“まとめ”を書くことにしました。また、長くなったため3つに分けました。『 』は引用、少し小さい[ ]および〔 〕は私が追記したものです。

Contents

監訳者のことば

まえがき

謝辞

第1章 身体各部とつながる大殿筋

●ケーススタディ

・評価

・ホリスティック(全身的)なアプローチ

・大腿筋の機能

・つなぎ合わせる

・治療法

・予後と結論

第2章 筋不均衡と筋膜スリング

●姿勢

●姿勢筋と相動筋

・姿勢筋

・相動筋

●ストレッチ前後の筋活動

●筋不均衡の影響

●体幹筋との関係

・形態拘束

・力拘束

・仙腸関節の安定性

・仙骨のニューテーションとカウンターニューテーション

・力拘束靭帯

・フォースカップル(偶力)

●インナーユニット:体幹

・腹横筋

・多裂筋

・「油圧増幅器」

●アウターユニット:統合筋膜スリング機構

●悪い姿勢

・矢状面で見た姿勢変位

・痛みと攣縮のサイクル

第3章 殿筋と歩行周期

●歩行周期

●踵接地

●筋膜のつながり

●骨盤の動き

第4章 脚長差と過外反 ― 殿筋による影響

●脚長差のタイプ

●検査

●足と足首の位置

●構造性短下肢と骨盤の関連性

●構造的脚長差と体幹、頭部との関連性

●脚長差と歩行周期

・腸腰筋の補正のまとめ

・仙骨と腰椎の補正のまとめ

●過外反症候群

●脚長差と殿筋

●立位バランス検査

第5章 大殿筋の機能解剖学

●大殿筋の解剖

●大殿筋の機能

●大殿筋の検査

・股関節伸展時神経発火パターン検査

●ケーススタディ

・運動歴

・検査時において

・大殿筋神経発火パターン検査

・治療

●結論

第6章 中殿筋の機能解剖学

●中殿筋の解剖学

●中殿筋の機能

●中殿筋の検査

・股関節外転時神経発火パターン検査

・中殿筋前部、後部筋線維の筋力検査

・中殿筋後部筋線維の筋力検査

第7章 マッスルエナジーテクニック

●マッスルエナジーテクニックの有用性

・過緊張状態の筋肉の正常化

・筋力低下した筋肉の活性化

・筋肉が伸長するための準備

・関節可動域の改善

●生理学からみたマッスルエナジーテクニックの効果

●マッスルエナジーテクニックの適用方法

・「バインドの位置」または「制限バリア」

・手順

・急性期と慢性期

●PIR vs RI

・PIRの例

第8章 原因としての拮抗筋 ― 腸腰筋、大腿直筋、内転筋群の重要性

●腸腰筋の解剖学

・腸腰筋の検査

・腸腰筋へのマッスルエナジーテクニックを用いた治療

・腸腰筋への筋膜リリース

●大腿直筋の解剖学

・大腿直筋の検査

・大腿直筋へのマッスルエナジーテクニックを用いた治療

・大腿直筋への筋膜リリース

・大腿直筋へのマッスルエナジーテクニックを用いた異なる治療法

●内転筋群の解剖学

・内転筋群の検査

・内転筋群へのマッスルエナジーテクニックを用いた治療

第9章 膝や足首の痛みを引き起こす大殿筋や中殿筋の問題

●膝の解剖学

●膝の故障

●腸脛靭帯摩擦症候群を引き起こす中殿筋と大殿筋

・腸脛靭帯摩擦症候群とは

●膝蓋大腿疼痛症候群を引き起こす中殿筋

・膝蓋大腿疼痛症候群とは

●内側側副靭帯と半月板の痛みを引き起こす中殿筋

●中殿筋と大殿筋と足首の捻挫との関係性

第10章 腰痛を引き起こす大殿筋や中殿筋の問題

●腰椎の解剖学

●椎間板ヘルニア

●変形性椎間板疾患

●椎間関節症候群・疾患

●腰痛と殿筋群の関係性

●胸腰筋膜と大殿筋の関係性

第11章 殿筋群の抑制効果による筋力低下の鑑別

●デルマトームとミオトーム

・股関節関節包炎と腸骨大腿靭帯

第12章 大殿筋と中殿筋の安定性向上とエクササイズ

●文献レビュー

・中殿筋と側臥位股関節外転

・中殿筋と足底装具の使用

●リハビリの方法

・回数とセット数

●オープンキネティックチェーンエクササイズ

・オープンクラムエクササイズ

・サイドラインアブダクション

・サイドプランク

・四つん這いからのヒップエクステンション

・フロントプランク

●クローズドキネティックチェーンエクササイズ

・腹臥位での分離動作パターン

・グルテアルスクイーズ(腹臥位)

・スクイーズ&リフト

●バランススタビライゼーション

・Level1 立位での分離動作パターン ― グルテアルスクイーズ(立位)

・Level2 バランス ― 交互片足立ち

・Level3 バランスとコーディネーション

付録 大殿筋と中殿筋の安定性向上とエクササイズシート

参考文献一覧

索引

まとめ

腰痛患者の50~60%は、腰痛の根本的な原因が大殿筋にあると考えられる。

大殿筋の機能は股関節の外転、外旋、そして仙腸関節を安定させることである。

■大殿筋の一部は胸腰部の筋膜だけでなく、仙結節靭帯ともつながっており仙腸関節を安定させる。

大殿筋を神経的に抑制させる主な筋肉は、股関節の屈筋に分類される腸腰筋、大腿直筋、内転筋群であり、これらの屈筋が緊張し短縮すると大殿筋の筋力は低下する。

■大殿筋の機能不全や筋力低下は、後部斜角スリングの有効性を低下させ仙腸関節障害につながる。

大殿筋の機能不全や筋力低下は、仙腸関節の安定や骨盤の位置を維持するために、ハムストリングスを常に緊張状態する。この緊張状態が続き慢性化すると故障の原因となる。

収縮して硬くなった姿勢筋は関連する相動筋の働きを阻害し、相動筋は弛緩し筋力が低下する 

姿勢筋と相動筋
姿勢筋と相動筋

画像出展:「強める!殿筋」

 

■仙腸関節は「形態拘束」と「力拘束」によって安定を図る。

■形態拘束は不完全なため関節面の安定を図る必要があるが、これを行うのが、靭帯、筋肉、筋膜といった組織である。

■姿勢筋と相動筋が構造的、機能的につながることで身体全体の安定性や動作を担っている。

筋膜スリングによる力拘束で骨盤は安定する。これらに問題があると機能不全が起こり腰痛につながる。特に姿勢筋による関節の安定性が重要である。

後縦スリング機構と側面スリング機構
後縦スリング機構と側面スリング機構

画像出展:「強める!殿筋」

左:後縦スリング

右:側面スリング

 

前斜スリング機構と後斜スリング機構
前斜スリング機構と後斜スリング機構

画像出展:「強める!殿筋」

左:前斜スリング

右:後斜スリング

 

大殿筋が抑制されると大腿筋膜張筋が優位となり、大腿骨外側上顆で前側に引っぱり、腸脛靭帯摩擦症候群につながる。

大殿筋の筋力低下は胸腰筋膜の緊張を保つ機能の低下が起こり、それを補完するために反対側の広背筋同側の多裂筋が過度に活発になるというメカニズムが存在する。

※コメント

今まで、腰痛の患者さまで改善がなかなか進まない症例がありました。これらは”大殿筋”を軽視していたことが大きな要因だったかもしれません。

降圧薬2

著者:石川太朗
降圧薬の真実

著者:石川太朗

発行:幻冬舎

出版:2016年7月

目次は”降圧薬1”を参照ください。

第3章 有酸素運動、健康体操、ヨガ…… 血圧数値を劇的に改善する「運動法」

一 有酸素運動の血圧改善効果

●有酸素運動は薬以上の効果を示す!

血圧の状態ごとの有酸素運動による血圧低下量
血圧の状態ごとの有酸素運動による血圧低下量

図3-1 血圧状態ごとの有酸素運動による血圧低下量

画像出展:「降圧薬の真実」

 

・正常血圧の人に比べ、高血圧および高血圧前症の人は有酸素運動による効果は大きい(収縮血圧:マイナス8.3mmHg/拡張期血圧:マイナス5.2mmHg)。[“平均”は“正常血圧”の人も含めた数値です]

●血圧を下げるポイントは運動の「強度」

運動強度と血圧の関係
運動強度と血圧の関係

表3-1 運動強度と血圧の関係

画像出展:「降圧薬の真実」

 

・表を見ると、低強度の運動では血圧を下げるのは難しく、中強度または高強度の運動でないと効果は期待できない。

高強度の運動は高血圧の人にとってリスクが高いので行ってはいけない。

1.参考となる論文:1993年発行の「Clinical and Experimental Pharmacology and Physiology」誌に掲載された“Crossover comparison between the depressor effects of low and high work-rate exercise in mild hypertension

強度別の有酸素運動中の血圧変動
強度別の有酸素運動中の血圧変動

図3-2 強度別の有酸素運動中の血圧変動

画像出展:「降圧薬の真実」

 

・日本で行われた研究で、高強度の有酸素運動のリスクを示している。

・黒丸が高強度、白丸が中強度の運動である。高強度の有酸素運動を行うと、安静時の収縮血圧(150mmHg弱)が一気に50mmHgも上がってしまい危険である。一方、中強度の場合の上昇は10mmHg程度と上昇は少ない。

高血圧の人は有酸素運動を中強度で行うことが望ましい。中強度の運動とは余剰心拍数の40~60%で行う運動である。

40歳、脈拍70の人の余剰心拍数:114~136

①220-年齢(この数値は最大心拍数の推定値)…220-40=180

②最大心拍数(180)-脈拍(70)=予備心拍数(110)

③運動強度40%の心拍数は、脈拍に予備心拍数の40%を足したもの…70+110×0.4=114

④運動強度60%の心拍数は、脈拍に予備心拍数の60%を足したもの…70+110×0.6=136

表によると、50歳、心拍数(脈拍)70の人の“適切な心拍数”は、110~130である。

有酸素運動と適切な心拍数
有酸素運動と適切な心拍数

表3-2 適切な心拍数(20~65歳)

画像出展:「降圧薬の真実」

 

●週30分の運動は、「日本一の薬」を超える!

・週150分未満の運動と血圧改善効果についての研究

1.参考となる論文:2003年発行の「American Journal of Hypertension」誌に掲載された“How much exercise is required to reduce blood pressure in essential hypertensives: a dose-response study

運動時間と血圧の変化の関係
運動時間と血圧の変化の関係

図3-3 運動時間と血圧の変化の関係

画像出展:「降圧薬の真実」

 

・日本人を対象とした研究である。

週30~60分の運動でも、収縮期血圧:マイナス7mmHg/拡張期血圧:マイナス6mmHg程度の効果が期待できる。※左から2番目の棒グラフ

・この論文には運動の仕方にも言及されており、それによると、運動を週1回まとめて行っても、週5回以上に小分けに行っても効果は特に変わらないということである。[ただし、運動強度は中強度(余剰心拍数40~60%)が前提となる]

●ウェイトトレーニングと血圧の関係

・『ウェイトトレーニングが筋力や筋肉量の向上に役立つことは、広く知られています。ダイエットにも有効であり、最近流行となっています。なお、私はボディビルの大会出場のために27㎏の減量に成功しましたが、その際、運動はウェイトトレーニングしか行いませんでした。

また、ウェイトトレーニングが肩こり、腰痛、膝の痛みにも効果的であることも有名だと思います。事実、私のわずか10分ほどの説明で、「明らかに良くなった」、「痛み止めの注射がいらなくなった」、「月1万円もかかっていた病院、薬代が1か月で0円になった」と驚くべき効果をあげた患者さんがたくさんいます。これは私の腕が特別に良いというのではなく(それなりに研究はしてきましたが)、適切なウェイトトレーニングを行えば薬以上の効果が出るという科学的事実がそのまま表れたに過ぎません。

他にも、血糖値の改善、骨密度の改善、様々な疾患に対するリハビリテーションの一環として役立つことも示されています。

このように健康に役立つウェイトトレーニングですが、実は血圧にも効果的なのです!実際、海外の高血圧に関する医学専門誌ではウェイトトレーニングを高血圧の人に役立つエクササイズとして紹介しています。

ウェイトトレーニングによる血圧の変化
ウェイトトレーニングによる血圧の変化

表3-5 ウェイトトレーニングによる血圧の変化

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

・このデータから低強度の場合、収縮期血圧:マイナス5.8mmHg/拡張期血圧:マイナス4.7mmHgの効果が期待できる。

・低強度のウェイトトレーニングとは、ギリギリ挙げられる最大重量の30~40%とされているが、危険を冒して最大重量を計測する必要はない。1セット20回以上、余裕をもって反復できる重量であれば、40%を超えることはないので安全にウェイトトレーニングができる。頻度は週2、3回。なお、20回以上できる負荷であっても、決して頑張るようなことがあってはならない。また、トレーニング中は呼吸を止めてはいけない。息を止めると急に血圧が上がり危険である。

三 血圧改善効果のあるその他の運動

●とてもお手軽な握力運動

・健康番組にも紹介された有名な方法である。

1.参考となる論文:2010年発行の「Journal of Hypertension」誌に掲載された“Isometric handgrip exercise and resting blood pressure: a meta-analysis of randomized controlled trials

握力を鍛えるだけの運動であるが、その効果は驚くべきものである。収縮期血圧:マイナス13.4mmHg/拡張期血圧:マイナス7.8mmHg程度の効果が期待できる。

・実験期間は8~10週間であり、効果は3か月以内に出ている。

・方法

①最大筋力の30~40%程度の軽いグリッパー(握力を鍛える器具)を2分間握る。

②1~3分間休む。

③ ①②を4回繰り返す。

④ ①②③を週3回行う。3日連続より、月・水・金のように1日空けた方が効果は出やすい。

1.参考となる論文:2015年発行の医学雑誌「Lancet」誌に掲載された“Prognostic value of grip strength: findings from the Prospective Urban Rural Epidemiology(PURE) study

握力は健康を測る指標として非常に重要であることが示されている。

・驚くべきことに血圧よりも重要であるとされている。

・『樹上生活を行ってきた私たちのご先祖の中で、握力のない者は木にうまく上ることができず、肉食獣に食べられてしまったことが予想されます。そして現代においても握力のない者は健康を失うリスクが高いことが示されてしまいました。握力の重要性は霊長類にとって不変の法則なのかもしれません。』 

●動かずにできるアイソメトリック運動で血圧が改善する!?

・力を入れて握り続ける握力運動はアイソメトリック運動(等尺性運動)というが、握力に限らずアイソメトリック運動で血圧を下げることができる。

1.参考となる論文:2015年発行の医学雑誌「Mayo Clinic Proceedings」誌に掲載された“Isometric exercise training for blood pressure management: a systematic review and meta-analysis

研究によると、収縮期血圧:マイナス6.77mmHg/拡張期血圧:マイナス3.96mmHgの効果があったとされている。

アイソメトリック運動
アイソメトリック運動

アイソメトリック運動

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

第5章 ケース別に学ぶ「運動」と「食事」の最適な組み合わせ方

四 医師とともに薬を減らすには

●降圧薬の減量、中止に向けて目標値を決める

・これまでの内容から「血圧とリスク」「降圧薬の効果」から、目標となる数値の目安をまとめた。

血圧とリスク・降圧薬の効果からみた目標数値
血圧とリスク・降圧薬の効果からみた目標数値

表5-6 血圧とリスク・降圧薬の効果からみた目標数値

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

・『この数値を一つの根拠として、降圧薬の減量、中止を医師に申し出るタイミングを見計らってください。なお、「中止」とは「通常量の降圧薬を1種類やめる」という意味です。』

・『ただし、75歳以上の方は、収縮期血圧120mmHg未満、拡張期血圧80mmHg未満 で健康リスクが高くなる恐れがあるので、もしこの数値になったなら、即座に薬の減量、中止を申し出てください。今飲んでいる量の降圧薬は、お金の無駄だけではすまない恐れがあるのです。』

●医師にどのように切り出すか?

生活習慣を改め、血圧が十分に下がりました。毎日血圧を測り、家での血圧も安定しています。それでは私たちからどのように薬の減量、中止を医師に切り出せば良いのでしょうか?

ここはやはり正々堂々と、「自分なりに勉強して生活習慣の改善に取り組んできました。以前に比べ、血圧はかなり下がったと思います。薬を一度減らしてみてもらえませんでしょうか? 数値が悪化するならまた戻してくれて構いませんので」と発言しましょう。

このように生活習慣改善に積極的である姿勢をとれば医師も減らしやすくなるはずです。減らしたことにより血圧に問題が出るならば戻しても良いということを話し、医師が薬を減らしやすくするように持ち込むわけです。この表現なら医師と衝突する心配もなく切り出すことができるはずです。

金銭負担が気になることも併せて盛り込んでも良いでしょう。ほとんどの医師は金銭負担を考慮する人格を持っています。金銭負担が減れば助かるのはあなたの財布だけではありません。国全体の財政が助かるのです。

もちろん、ふらつき、めまい、脱力感がある。拡張期血圧70mmHg未満であるなど健康に悪影響を及ぼす恐れがあるならば即座に減量を申し出るべきです!

医師に申し出るのは勇気が必要かもしれません。しかし、ほとんどの医師もわかっています。必要以上に血圧を下げる必要がないことを。薬の効果は実はそれほど大きなものではないことを。そして、最初は高かった血圧がしっかりと改善しているのは薬のおかげではなく、あなたの努力の成果であることを……。きっと良い返事が返ってくると思います。

降圧薬1

著者:石川太朗
降圧薬の真実

著者:石川太朗

発行:幻冬舎

出版:2016年7月

慢性腎不全で高血圧の薬を飲んでいる患者さまの担当医が代わり、高血圧の薬がすべて替わるということがありました。

なお、当院では患者さまの血圧と脈拍を測定していますが(手首で測る血圧計で、ベッドに仰向けになった状態で測るため座位に比べ低めに出ると思います)、この患者さまの血圧は収縮期血圧130前後、拡張期血圧65前後であり、個人的には降圧薬でうまくコントロールされているという印象を持っていました。そのため、何故、薬を替えられたのか不思議に思いました。

下記は処方されていた降圧薬の前と後です。

■前

・ニフェジピン(Ca拮抗薬)

・シルニジピン(Ca拮抗薬)

・アムロジピン(Ca拮抗薬)

・アイミクス(長時間作用型ARB/持続性Ca拮抗薬配合剤) 

 ※アイミクスは、イルベサルタンとアムロジピンの配合剤

・ルプラック(ループ利尿薬)

■後

・アムロジピン(Ca拮抗薬)

・イルアミクス(長時間作用型ARB/持続性Ca拮抗薬配合剤) 

 ※イルアミクスはアイミクスのジェネリック薬剤

・イルベサルタン(長時間作用型ARB)

・トリクロルメチアジド(チアジド系降圧利尿剤)

・フロセミド(ループ利尿薬)

この中で非常に気になったのは、“イルベサルタン”という薬です。

ネットで調べたのは、KEGGというサイトです。このサイトに頼ったのは、①検索上位のサイトであったこと。②母体が信頼できると思ったこと。③非常に詳しく説明されていたこと。 の3点です。 

KEGG: Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes

『KEGG は分子レベルの情報から細胞、個体、エコシステムといった高次生命システムレベルの機能や有用性を理解するためのリソースです。とくにゲノムをはじめとしたハイスループットデータの生物学的意味解釈に広く利用されています。また KEGG MEDICUS では医薬品添付文書など社会的ニーズの高いデータとの統合も行われています。

そして、“イルベサルタン”に書かれていた中で特に気になった部分は次の内容です。

KEGGのページ(左をクリックしてください)

●『両側性腎動脈狭窄のある患者又は片腎で腎動脈狭窄のある患者においては、イルベサルタンによる腎血流量の減少や糸球体ろ過圧の低下により急速に腎機能を悪化させるおそれがあるので、治療上やむを得ないと判断される場合を除き、使用は避けること。

●『高カリウム血症の患者においては、イルベサルタンにより高カリウム血症を増悪させるおそれがあるので、治療上やむを得ないと判断される場合を除き、使用は避けること。また、腎機能障害、コントロール不良の糖尿病等により血清カリウム値が高くなりやすい患者では、高カリウム血症が発現するおそれがあるので、血清カリウム値に注意すること。』

特に注目したのは『片腎で腎動脈狭窄のある患者』という点です。これは、この患者さまは片腎のため、万一、腎動脈狭窄があるとすれば、『治療上やむを得ないと判断される場合を除き、使用は避けること』に該当することになります。

ご参考1:こちらの”倉敷中央病院 心臓病センター 循環器内科”さまのサイトに、腎動脈狭窄の原因と結果などが詳しく紹介されていました。 

腎動脈狭窄症の原因とその結果
腎動脈狭窄症の原因とその結果

腎動脈狭窄症の原因とその結果

『腎動脈の狭窄の頻度は、軽症なものも含めると意外に多く、高齢者をランダムに血管エコーでスクリーニングすると6%前後に狭窄を持つ人がいるといわれています。55歳以上の亡くなった方を解剖した研究では、15%に腎動脈に狭窄があったと報告されています。

腎動脈が細くなる原因として、その90%以上は加齢に伴う動脈硬化です。残りの10%弱は比較的若年者に見られる、動脈硬化によらない腎動脈狭窄症で、細くなった場所の顕微鏡による観察から、線維筋性異形成症と呼ばれています。』

ご参考2イルベサルタンなどのARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)には腎保護作用があるとされています。こちらの”大森病院 腎センター”さまのサイトに、腎保護作用についての説明がされています。イルベサルタンは腎保護作用があるという点から中長期的には腎臓にとっても良い薬のようです。

ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)には腎保護作用
ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)には腎保護作用

『糸球体にかかる圧力のことを「糸球体内圧」と呼びます。降圧薬の中にこの糸球体内圧をさげる薬があります。「アンギオテンシン変換酵素阻害薬:ACE‐I」や「アンギオテンシン受容体拮抗薬:ARB」といわれる薬は全身の血圧を下げる働きとともに糸球体内圧を特別にさげる働きがあります。

糸球体内圧が低下するのでろ過される血液が減ることがあり、腎臓の働きとしては低下してしまうこともあります。しかし中長期的にみて腎臓への負担を減らすことになり、結果として腎臓を長持ちさせることができます。

現在ではデータの蓄積により、腎臓病をもつ高血圧患者さんへの第1選択薬として積極的に使用されるようになりました。』

長い前置きになってしまいましたが、今回、高血圧の薬(降圧薬)について詳しく知りたいと思った経緯は、上記のようなことがあったためです。

そして、購入した本は、薬剤師であり、ご自身が薬に頼らず血圧を下げられた経験をお持ちの石川太朗先生が書かれた『降圧薬の真実』でした。

ブログは、最初に“あとがき”の一部をご紹介しています。これは、石川先生がこの本を書かれた理由を知ることができるためです。次いで目次をすべて書き出していますが、その中の黒字がブログで取り上げた項目です。

あとがき

『高血圧はいわば国民病ともいえる病であり、血圧を下げる方法として、薬、食事、サプリメントに関するたくさんの情報があります。

その一方で、「降圧薬は一生飲み続けなければならないのか」という疑問に対しては具体的な答えを見つけるのが難しいのが実情です。事実、私は大型書店の専門書コーナー、母校の京都大学附属図書館をはじめ、東京大学附属図書館、慶応義塾大学信濃町メディアセンターなどのいろいろなところで資料を探してみましたが、満足のいく答えを示した本を見つけることができませんでした。

私は薬剤師なので、しばしばこの、「降圧薬は一生飲まなければならないのか」という質問を受けてきました。自身の体験から、生活習慣を改善すれば降圧薬を飲まないですむことは理解していましたが、それに対して具体的な説明ができない状態でした。これは薬のスペシャリストとしていかがなものかと思い、調べようとしたのが本書の執筆を始めたきっかけです。』

目次

はじめに

第1章 疑惑だらけの「降圧薬」治療

一 血圧の薬は死ぬまでやめられない?

●氾濫する情報に踊らされる高血圧患者たち

●医師自身も騙されている?

●半分以上の人はやめられる!科学的に証明されている!

●まとめ

二 そもそも「高血圧」とは何か?

●高血圧の分類

●なぜ血圧が高いといけないのか

●自分の「最適数値」を目指そう

●下げれば下げるほど良いのか?

●下げすぎの危険性とは?

●「薬で下げる」は危険?

●降圧薬を飲んでも、脳卒中のリスクは高いままである。

●まとめ

三 製薬企業と降圧薬の知られざる関係

●降圧薬は製薬企業のドル箱市場

●一つの薬が1000億円以上売れる!

●世界一の企業の論文不正事件

●日本一の企業も不誠実

●まとめ

四 降圧薬の効果を知る

●降圧薬によって、数値はどれだけ下がるのか?

●「日本一の薬」の効果とは?

●平均値はわずか「マイナス5.5~マイナス9.1mmHg」!

●まとめ

五 トクホの効果を知る

●トリペプチド 薬以上の効果があるように見えるが……

●トクホの効果は塩1g!?

●トクホで血圧の数値を改善できるのか

●まとめ

第2章 降圧薬に頼らずとも、血圧を下げる方法はないのか

一 薬の減量、中止は可能なのか

●医師はなぜ処方しつづけるのか

●第一段階は「薬の減量」

●「家で血圧を測る」メリットとは

●まとめ

二 生活習慣が変われば血圧は下がる

●『高血圧治療ガイドライン2014』によると……

三 減量のすすめ

●体重90㎏、BMI35の大学1年生

●適正体重を維持すれば、降圧薬はやめられる

●まとめ

第3章 有酸素運動、健康体操、ヨガ…… 血圧数値を劇的に改善する「運動法」

一 有酸素運動の血圧改善効果

●有酸素運動は薬以上の効果を示す!

●血圧を下げるポイントは運動の「強度」

●週30分の運動は、「日本一の薬」を超える!

●血圧が高い人ほど効果的

●温水プールのエクササイズで平均35mmHg以上の改善!?

●まとめ

二 ウェイトトレーニングは高血圧の人にも役立つ

●ウェイトトレーニングと血圧の関係

●実践 初心者向けエクササイズ

●まとめ

三 血圧改善効果のあるその他の運動

●とてもお手軽な握力運動

●動かずにできるアイソメトリック運動で血圧が改善する!?

●健康体操の驚くべき効果!

●気軽にできるヨガ

●マッサージを受けるだけで血圧は下がる!

●まとめ

第4章 正しい「食事法」と「生活習慣」で「適正血圧」の基盤を固める

一 食事でどれだけ血圧が下がるのか?

●減塩効果を正しく理解する

●「お酒はほどほど」 が鉄則

●血圧を下げる成分がある!

●血圧を下げる「DASH」食とは

●カリウムの効果

●マグネシウムの効果

●カルシウムの効果

●食物繊維の効果

●DASH食の真の血圧改善効果!

●魚の油を摂取すると……

●その他の安価で有用な成分

●ビタミンCが効くのは美容面だけではない!

●乳酸菌は血圧も下げる

●トマトの驚くべき効果

●トクホを超える緑茶の力!

●まとめ

二 血圧に悪しき四つの習慣

●「痛み止め」は血圧を上げる

●炭水化物と清涼飲料水は要注意!

●たばこは「百害あって一利なし」

●「漢方薬だから大丈夫」の落とし穴

●まとめ

三 モデルケース

●30代男性

●20代男性

●40代女性

第5章 ケース別に学ぶ「運動」と「食事」の最適な組み合わせ方

一 「時間はあるけどお金はない人」編

●運動/食事

二 「お金はあるけど時間はない人」編

●運動/食事

三 「お金も時間もない人」編

●運動/食事

四 医師とともに薬を減らすには

●降圧薬の減量、中止に向けて目標値を決める

●医師にどのように切り出すか?

あとがき

第1章 疑惑だらけの「降圧薬」治療

一 血圧の薬は死ぬまでやめられない?

●半分以上の人はやめられる!科学的に証明されている!

・降圧薬をやめた後、再び必要になるかどうかを研究した論文が存在する。

1.「高血圧治療ガイド2014」(日本高血圧学会):この治療ガイドによると『軽度高血圧、若年者、塩分摂取制限を行っている人、適正体重の維持ができている人、他に特に合併症のない方などがやめられる可能性が高い』と示されている。

2.2001年発行の「American Journal of Hypertension」誌に掲載された“A systematic review of predictors of maintenance of normotension after withdrawal of antihypertensive drugs”という論文がある。研究内容は次の通りである

・降圧薬服用中であるが、正常血圧で安定している患者を対象にしている。

・医師の判断のもとに服用を中止し、その後、降圧薬が再び必要になるかどうかについて調べている。

降圧薬中止後の生活習慣改善別の成功率
降圧薬中止後の生活習慣改善別の成功率

表1-1 降圧薬中止後の生活習慣改善別の成功率

画像出展:「降圧薬の真実」

 

・この表は薬の服用中止後に「生活習慣を改善したかどうか」、「薬の再処方が必要だったか」を示している。

・表右端の[成功率]とは、その生活習慣改善の有無における薬が不要になった人の割合を表している。

・このデータによると、体重の減量や減塩などの努力により半分以上の人は降圧薬が不要になった。

・年齢と成功率に関係は見られなかった。

●下げすぎの危険性とは?

血圧が下がりすぎると脳梗塞を起こすリスクが高まる。特に高齢者ではそのリスクが高い。

1.参考となる論文:2011年発行の「Geriatrics & Gerontology International」誌に掲載された“Practitioner’s trial on the efficacy of antihypertensive treatment in elderly patients with hypertension Ⅱ(PATE-hypertension Ⅱ study) in Japan

・日本で行われた試験。

カンデサルタン服用において、正常血圧の人のリスクを1とすると、75歳以上の心血管疾患発症リスクは、収取期血圧120mmHg未満は3.40、160mmHg以上は2.90であった。つまり、高い血圧より、低い血圧の方が危険であるという驚くべき結果であった。

・『この論文は、医療系の大学には必ずといっても良いほど置いている著名な医学雑誌「医学のあゆみ」(医歯薬出版)でも紹介された論文であり、医師たちの多くは下げすぎの危険性を理解しているはずなのです。』

拡張期血圧が低すぎるのは収縮期血圧以上に恐ろしく、心臓発作や脳卒中のリスクになることが多くの論文で指摘されている。

2.参考となる論文:2013年発行の「International Journal of Hypertension」誌に掲載された“Low Diastolic Blood Pressure as a Risk for All-Cause Mortality in VA Patients” 

拡張期血圧と死亡リスクの関係
拡張期血圧と死亡リスクの関係

図1-2 拡張期血圧と死亡リスクの関係

画像出展:「降圧薬の真実」

 

・45歳以上の病院患者のデータ(実線が死亡率)

・拡張期血圧が75mmHgから低くなるほど死亡リスクが高くなる。

・『低い拡張期血圧は衰弱や動脈硬化の結果でもあります。病院に行かなくても良いような健康な人には当てはまらないかもしれません。しかし、血圧の薬を使っている人にとっては当てはまる恐れが高いのです。

3.参考となる論文:2015年発行の「Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry」誌に掲載された“Meta-analysis of modifiable risk factors for Alzheimer’s disease” 

アルツハイマー型認知症のリスクファクター
アルツハイマー型認知症のリスクファクター

図1-3 アルツハイマー型認知症のリスクファクター

画像出展:「降圧薬の真実」

 

拡張期血圧が低すぎることは認知症の大きなリスクファクターである。

・この論文は5000人以上と参加者が多く、グレードⅠと研究の質も高い。

拡張期血圧70mmHg未満[左から2番目の棒グラフ]の人の発症リスクは1.87倍で重度の喫煙(1.96倍)についで、第2位となっており、収縮期血圧160mmHg以上[右から2番目の棒グラフ]の発症リスクより顕著に高い。

4.参考となる論文:2012年発行の「Archives of internal medicine」誌に掲載された“Rethinking the association of high blood pressure with mortality in elderly adult:the impact of frailty”

・降圧薬の害について書かれた論文である。

・通常の歩行ができる人は収縮期が低いほど死亡率が低いが、歩行速度が遅い人の場合は血圧と死亡率に関連は見られない。

・歩行困難な人では血圧を下げると死亡率が高くなり、薬を飲んでいる人ではより顕著になる。

●降圧薬を飲んでも、脳卒中のリスクは高いままである。

・この考え方を指示した論文が、日本人を対象とした大規模な研究で明らかになっている。

1.参考となる論文:2009年発行の「Journal of Hypertension」誌に掲載された“Stroke risk and antihypertensive drug treatment in the general population: the Japan arteriosclerosis longitudinal study

・この研究は、11,371人の日本人を対象として東北大学大学院によって行われた。

・追跡期間は9.5年、40~89歳の人を対象として脳卒中のリスクを調べた。

血圧レベルと脳卒中発症リスクの関係
血圧レベルと脳卒中発症リスクの関係

図1-5 血圧レベルと脳卒中発症リスクの関係

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

このグラフは、薬の使用の有無を考慮に入れていないデータである。

・左端(下部)の【至適血圧】の脳卒中発症リスクを1とした場合のリスクが黒の■になる。

※【至適血圧】:収縮期血圧120未満/拡張期血圧80未満。

※【正常血圧】:収縮期血圧120~129/拡張期血圧80~84。

※【正常高血圧】:収縮期血圧130~139/拡張期血圧85~89。

※【Ⅰ度高血圧】:収縮期血圧140~159/拡張期血圧90~99。

※【Ⅱ度高血圧】:収縮期血圧160~179/拡張期血圧100~109。

※【Ⅲ度高血圧】:収縮期血圧180以上/拡張期血圧110以上。

・この薬の使用を考慮に入れていないグラフでは、血圧を下げるほど脳卒中のリスクは下がる。

降圧薬の使用と血圧レベルと脳卒中リスクの関係
降圧薬の使用と血圧レベルと脳卒中リスクの関係

図1-6 降圧薬の使用と血圧レベルと脳卒中発症リスクの関係

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

このグラフは、薬の使用の有無で分けたデータである。

・左の図は降圧薬不使用の場合で、血圧が高いほど脳卒中のリスクは高まる。

・右の図は降圧薬使用の場合で、血圧と脳卒中のリスクに相関関係は統計学的にも認められない。特に注目すべきは、薬を服用し、血圧が【至適血圧】になっている場合、脳卒中の発症リスクが4.1倍と激増している点である。

「血圧は低ければ低いほど健康に良い」という主張は、降圧薬を服用している人には当てはまらない。

降圧薬の使用、性別、血圧レベル別の脳卒中リスク
降圧薬の使用、性別、血圧レベル別の脳卒中リスク

表1-5 降圧薬の使用、性別、血圧レベル別の脳卒中リスク

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

・この表が具体的な数値で見たリスク比である。

・男女に関係なく、薬を服用していると脳卒中のリスクは高まる。

・特に男性では、薬で【正常血圧】、【正常高血圧】に抑えても、6.69~15.30倍ととんでもなく高い。

・脳卒中の発症リスクだけを考えると、「【Ⅲ度高血圧】でもない限り、降圧薬を使うのは意味がない」という主張までできてしまう。

・このデータは年齢、過体重、喫煙、飲酒、糖尿病、コレステロール値、脂質異常症治療薬使用の有無で調整されているものなので精度は高い。

・合併症がある場合、降圧薬に血圧を下げる以外の効果を期待していることがあるため、減薬や中止は難しい可能性がある。(いずれにしても、降圧薬の減薬や中止は医師の判断が必須である)

四 降圧薬の効果を知る

●「日本一の薬」の効果とは?

最初に、第1章 疑惑だらけの「降圧薬」治療 一つの薬が1000億円以上売れる から、降圧薬の売上ランキングをご紹介します。なお、降圧薬はベスト100の中に、1位の「ディオバン」をはじめ、計11種類の薬がランクインしており、降圧薬がいかに大きな市場となっていることが分かります。

降圧薬の売上ランキング
降圧薬の売上ランキング

表1-8 降圧薬の売上ランキング

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

・日本で最もよく使われている降圧薬はカルシウム拮抗薬(CCB)であり、次はアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)である。

・CCB(代表的なCCBはアムロジン[成分名:アムロジピン])とARB(代表的なARBはディオバン[成分名:バルサルタン])を比較したデータは次の通り。血圧の状態や個人差による違いはあるが、十分に参考になる。

エックスフォージ配合剤の血圧降下作用
エックスフォージ配合剤の血圧降下作用

表1-10 エックスフォージ配合剤の血圧降下作用

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

・CCB[アムロジピン]の方がARB[バルサルタン]より降圧効果は高い。

・バルサルタン単体(⑦⑧)は薬の量を半減させてもほとんど変わらない。収縮期血圧:ー5.1⇒ー4.9、拡張期血圧:ー3.9⇒ー3.6。

●平均値はわずか「マイナス5.5~マイナス9.1mmHg」!

1.参考となる論文:2003年発行の「British Medical Journal」誌に掲載された“Value of low dose combination treatment with blood pressure lowering drugs: analysis of 354 randomised trials” 

・対象となった患者数は、のべ56,000人、これほど大規模で信頼性の高い論文はない。

降圧薬と血圧降下量の関係
降圧薬と血圧降下量の関係

表1-12 降圧薬と血圧降下量の関係

画像出展:「降圧薬の真実」

 

 

・降圧薬を通常量用いるとその種類を問わず、血圧に対する効果は、①収縮期血圧:マイナス9mmHg ②拡張期血圧:マイナス5mmHg 程度である。

薬の量を半分あるいは倍増しても平均すると、①収縮期血圧:1.9mmHg ②拡張期血圧:1mmHg 程度しか変わらない。さらに、半減(通常量の4分の1)させても同様に大きくは変わらない。これは、薬を減らすことが難しくないという理由でもある。

『個人差もありますし、急に中止すると血圧が急に変動する薬もそんざいするので、薬の量の調節を自己判断で行ってはいけません。』

たんぱく質と糖質の制限

今回のブログは北里大学研究所病院腎臓内科・内分泌代謝内科の部長と糖尿病センターのセンター長を兼任されている山田悟先生が”MedicalTribune”に寄稿された“蛋白質制限食は有効かもしれないが命がけ?!/揺れ動くガイドラインの推奨という2019年11月の記事がきっかけです。このメディカルトリビューン社さまの記事を読むには、会員登録が必要なためご紹介できないのですが、2013年に米国糖尿病学会(ADA)が栄養勧告を改訂した折(ADA2013)、いくつか受けた衝撃の1つが、蛋白質制限食の意義を否定したことであった。という内容に目が点になってしまい、調べてブログにアップしたいと考えました。

「メディカルトリビューン社は、医学新聞『Medical Tribune』を1968年に創刊して以来、メディアカンパニーとして国内外の最新医学・医療情報を提供してまいりました。」とのことです。

そこで、山田先生の著書の中から“たんぱく質”のことが書かれている、『カロリー制限の大罪』という本を見つけ、拝読させていただくことにしました。

著者:山田悟

出版:幻冬舎

発行:2017年6月

山田先生はロカボ(ローカーボハイドレート)という“緩やかな糖質制限”による食事法を推奨されています。“ロカボ”に関しては、以下のホームページをご覧ください。

「おいしく楽しく適正糖質」それがロカボです。

糖質は三大栄養素の「炭水化物」に含まれていて、血糖値を上げる原因になっています。適正な糖質摂取を心がけることで血糖上昇を抑えることができます。』

ブログは、最初に「おわりに」の中の冒頭と最後の部分をご紹介しています。これは、先生がロカボを推奨するようになった経緯と、読者に伝えたいとされるメッセージが出ているためです。

続いて、目次を書き出していますが、黒字がブログで取り上げた項目です。

おわりに

『「ヘルス・リテラシー」という言葉があります。リテラシーとは、ものを読み書きする力のことだそうで、ヘルス・リテラシーとなると、巷にあふれる健康情報の中から適切なものを取捨選択して、効果的に利用する個人の能力ということになるそうです。

ここ数年での栄養学の大転換は、実は医療従事者のヘルス・リテラシーに大いなる疑念をつきつけています。

私自身が10年前まで糖尿病の患者さんに強く推奨していたのが、カロリー制限であり、脂質制限でした。しかし、私が指導したカロリー制限で、ご自身の大切な喜寿のお祝いの会を台無しにしてしまった患者さんのお声を聴き、あるいは、私がおすすめした脂質制限食で、まったく高脂血症が改善できずに泣き出した患者さんのお顔を拝見するうちに、私自身、そうしたゴールデンスタンダードの食事法への疑念をいだくようになり、何が本当に適切な食事法なのかを追い求めるようになりました。 

『本書は、健康的な食事法に関心のある一般の方と、当たり前・言い伝えの栄養学ではなく、科学としての栄養学を学びたいと思っている医療従事者の方々が読んでくださることを願いながら執筆してきました。それが今回、一つ一つのデータに参考文献をつけた理由です。

一般の読者の皆様におかれては、ぜひ、「当たり前」に流されることなく、「正しい」と「当たり前」を区別していただきたいと思います。

そして、医療従事者の読者におかれては、私が師から教わった言葉をお伝えしようと思います。

「人間は未来永劫、真実をつかむことはできない。観察された事実をもとに真実を想像することしかできない。円錐を横から見れば三角形、上から見れば円形。それらは、いずれも事実だが、いずれも真実ではない

目次

第1章 カロリー制限の意義を考える

パート1 私自身のカロリー制限

・一日1600kcalを目指して

・カロリー計算を断念

・突然、気持ちが切れる

・カロリー制限は“理想的な餅”?

パート2 アンチエイジングに対するカロリー制限

・正反対の結論を出した2つの研究

・合同研究でも食い違った検証結果

・カロリー制限をして増えた病態とは

パート3 肥満に対するカロリー制限

・日本肥満学会のカロリー制限の基準

・“カロリー制限最良”論には科学的根拠がなかった

・カロリー制限は短期では有効だが……

パート4 糖尿病に対するカロリー制限

・すべての糖尿病患者にカロリー制限を推奨する日本

・日本人を対象にした研究はたった3件

・明らかな矛盾

・多くの日本人糖尿病患者は肥満ではない

・カロリー制限により糖尿病の種々の病態は改善されるか?

パート5 糖尿病治療のカロリー制限設定は妥当か?

・一日約2300kcalが標準と定められた

・「水を飲んでも太る」は本当?

・糖尿病治療のためのカロリー設定値を確認する

パート6 カロリー制限の安全性はどうか?

・カロリー制限の有効性を証明するはずだった研究の結果

・やる気のある被験者が次々脱落

・カロリー制限で減量できなかった少女ザル

・恐ろしい低栄養リスク

第2章 脂質制限の意義を考える

パート1 油を制限したら何に効くのか?

・脂質制限が有効だと思っていた私

・糖質制限に脂質制限を加えたがる人

パート2 高脂血症に対する脂質制限

・油を制限しても高脂血症予防はできなかった

・高悪玉コレステロール血症は食事や運動では改善しない

パート3 肥満症に対する脂質制限

・油を制限したら代謝が低下

・異なるホルモンの影響が想像される

パート4 糖尿病に対する脂質制限

・脂質は血糖上昇と負の相関だった

・食後血糖の上昇を抑える脂質+たんぱく質

パート5 脂質の質をどう考えるか?

・脂質摂取量の上限を撤廃したアメリカ

・脂肪酸の構造と分類

・日本人が動物性脂質を積極的に摂るべき理由

・健康を増進させる一価不飽和脂肪酸&オメガ3多価不飽和脂肪酸

・評価が分かれるオメガ6多価不飽和脂肪酸

・トランス脂肪酸は要注意

・認知症の予防効果が期待される中鎖脂肪酸

・油をたくさん食べるとどうなる?

第3章 三大栄養素比率を考える

パート1 カロリーを把握する難しさ

・正確なカロリー計算は可能か?

・カロリー計算は当てずっぽう

パート2 三大栄養比率はどのようにして決定されるのか?

・「正しい栄養バランス」の違和感

・PFCバランスはこうして決められた

・たんぱく質と油―撤廃された上限

パート3 カロリーや栄養素バランスは考えなくてもよい

・緩やかな糖質制限はカロリー制限にもなる

・現代人の運動量では消費しきれない糖質

第4章 ケトン体の意義を考える

パート1 ケトン体を出させる薬のものすごい効果

・SGLT2阻害薬

・死亡率が32%も減少

・ケトン体が臓器を元気にする?

・ケトン体仮説への反論

パート2 なぜ、ケトン体に負のイメージがあったのか

・ケトン体産生食と減量効果

・ケトン体と悪玉コレステロールの関係

・極端な食事制限が血管内皮機能を低下させる

・ケトアシドーシスと心臓死

・ケトン体と胎児の奇形の問題

パート3 結局ケトン体はいいのか悪いのか

・ケトン体についての結論

・てんかん治療のためのケトン体産生食

・サプリメントとオイル

・ロカボとケトン体

・ケトジェニックダイエットについて

第5章 ロカボの意義を考える

パート1 糖質過多で起こる肥満と糖尿病

・そもそも糖質とは

・なぜ太るのか?

・インスリン分泌能力

・恐ろしい高血糖

・糖尿病に根治療法はない

・老化と糖化

・AGEや酸化ストレスが起こすこと

パート2 ロカボという万能選手

・緩やかな糖質制限

・ロカボを実践するとこうなる

・とにかく「満腹」を目指せ

・脳のために甘いものを、は迷信

・カロリーのことはきっぱり忘れてよし

・ロカボでおなかいっぱいに

パート3 スポーツとロカボ

・アスリートの食事をどう考えるか

・カーボローディングで食後高血糖に

・ファットアダプテーションへの切り替えタイミング

・プロポーションが問われるスポーツと階級制スポーツ

・エネルギー利用可能性

・東京オリンピックに向けて

第6章 ロカボの普及で世界が変わる

パート1 ロカボの取り組み最新情報

・ロカボ先進都市・神戸

・行政も後押し

・東京が動き出した・大丸有の取り組み 三菱地所

・企業がぞくぞくと商品開発

・栄養成分表示の現状

・2015年の大転換

パート2 ロカボが目指す社会

・ロカボで社会はこう変わる

・医療費、社会保障費の大幅削減に

第7章 常識・非常識を考える

パート1 食品編

・果実

・異性化糖

・スムージー

・黒い食べ物

・白くない砂糖

・甘味料

・ビール

パート2 食べ方編

・グルテンフリー

・食べ順

・絶食

パート3 その他の問題編

・腸内フローラ

・たんぱく質の量

・たんぱく質の質

・サプリメント

・薬

・日本人と欧米人

パート4 油編

・基本的な油の働き

・役に立つ油

・基本的にすべての油がOK

・危険な油は

・さまざまな油に対する見解

最終章 栄養学「正しい」と「当たり前」

・科学的検証

・エビデンス

・おわりに

・参考文献

第3章 三大栄養素比率を考える

パート2 三大栄養比率はどのようにして決定されるのか?

・たんぱく質と油―撤廃された上限

2013年、アメリカ糖尿病学会は、「たんぱく質を制限しても、腎機能の保護にはつながらない」、「理想的な三大栄養素比率など存在しない」と断言している。そして、脂質についても、今のアメリカの食事摂取基準は「そもそも油の摂取量は、栄養学的な関心事項ではない」としている。

参考文献の記載をたどると、下記のサイトに行きつきます。なお、日本語訳は山田先生の寄稿、“蛋白質制限食は有効かもしれないが命がけ?!” の中に書かれていた内容を拝借しました。 

■For people with diabetes and diabetic kidney disease (either micro- or macroalbuminuria), reducing the amount of dietary protein below the usual intake is not recommended because it does not alter glycemic measures, cardiovascular risk measures, or the course of glomerular filtration rate (GFR) decline. (A)

腎症のある糖尿病患者が蛋白質摂取を一般人未満に制限することは推奨されない。なぜならば、それは血糖管理、心血管疾患リスク、糸球体濾過量(GFR)低下になんら変化を与えないからである。(A)

アメリカ糖尿病学会では内容を毎年見直しているとのことです。そこで、色々と探していると、またまた新たな記事を見つけました。こちらは2019年のお話です。

第12回 米国糖尿病学会の2019年版診療ガイドライン速報 糖尿病・代謝 能登 洋(聖路加国際病院)” こちらの記事もm3という会員登録が必要なサイトの記事のため、ご紹介することはできないのですが、元々はアメリカ糖尿病学会のものなので、そちらをお伝えします。

『m3.com 〔エムスリー〕 は、29万人以上の医師が登録する日本最大級の医療従事者専用サイトです。』とのことです。

■For people with nondialysis-dependent CKD, dietary protein intake should be approximately 0.8 g/kg body weight per day (the recommended daily allowance). For patients on dialysis, higher levels of dietary protein intake should be considered. B 

透析していないCKDの患者さまの場合、食事によって1日あたり約0.8 g / kg体重(60㎏の人は1日48g)のたんぱく質摂取が推奨されています。一方、透析中の患者さまの場合は、食事によって高レベルのたんぱく質摂取を考慮する必要があります。B [意訳しています]

国内ではたんぱく質摂取はどんな状況なのだろうかと思い、調べてみたところとてもユニークなサイトを発見しました。 

監修をされているのは下記の先生方です。

廣村桂樹、池内秀和(群馬大学医学部附属病院腎臓・リウマチ内科)

齊賀桐子(群馬大学医学部附属病院・栄養管理部)

川島崇(群馬県医師会)

高橋さつき、岡美智代(群馬大学大学院保健学研究科

このページの“スタート”をクリックすると、「6 食事の留意点とコツ」というページがあります。

この中から“慢性腎臓病のステージG3a、G3b、G4、G5 たんぱく質制限についてわかります”をクリック頂くと、2ページ目に、“2.体に合ったたんぱく質摂取量は、どのくらいなの?”が出てきます。ここでご自分のステージと身長を入力すると、“標準体重”と“たんぱく質摂取量”が表示されるのですが、G3aの場合、たんぱく質制限は0.8~1.0g/kg/日となっています。つまり、このサイトではG3aの場合は1日の摂取すべきたんぱく質は体重1kgあたり、0.8~1.0gを推奨しているということです(お伝えしたいことは、細かいのですが、0.8gではなく0.8~1.0gというところです)。

以上のことから、アメリカ糖尿病学会においても、たんぱく質の摂取はとてもデリケートな問題で、今後も、医学の進歩と伴に変わっていくかもしれません。

また、求められていることは、病気の進行度合いと推奨摂取量を考慮しながら、ひとり一人に適したたんぱく質摂取の計画と管理を行うこと。そして、特に注目すべきは、透析中の患者さまの場合は、高レベルのたんぱく質摂取を考える必要があるという点です。

第4章 ケトン体の意義を考える

パート2 なぜ、ケトン体に負のイメージがあったのか

・ケトアシドーシスと心臓死

●インスリンを出せないⅠ型糖尿病の人の中に、まれに肝臓が無制限にケトン体をつくり続けてしまうことがあり、次第に体が酸性化し重篤な意識障害につながる。このような状態をケトアシドーシスという。

●ケトン体産生食には問題を指摘する症例と問題ないとする症例が混在しており、はっきりしたことは分かっていない。

ケトン体産生食の是非について、以前ブログ“ケトン体エンジン”の時にご紹介させて頂いた、宗田哲男先生の『ケトン体が人類を救う』には次のような分かりやすい説明がされていました。 

『火事(アシドーシス)で現場に駆けつけたら、ケトン体がたくさんあった。そこで火事の原因をケトン体に違いないとして「ケトアシドーシス」という名前を付けた。インスリンが不足してブドウ糖をエネルギーにできない火事の現場で、ケトン体は自らがエネルギーとなって、必死に体を助けていた。ケトン体は火事を消そうとしていた消防士だったにもかかわらず、その後もずっと犯人にされてしまった。「糖尿病ケトアシドーシス」とは、本来「インスリン不足高血糖制御不能状態」というべきであって、ケトン体とは何も関係ない。インスリンを投与して高血糖を抑えればケトン体は消えるが、これは消防士が引き上げて、正常任務に戻ったのであり、「ケトン体さんご苦労様でした」というべきところです。』

この『病気がみえるvol3 糖尿病・代謝・内分泌』の図をみると、「よし、糖をつくるぞ!」(図中央)とはりきる肝臓が、筋に働きかけ“糖新生”によりグルコースを、また脂肪組織に働きかけ“β酸化(脂肪酸の代謝経路)”によりケトン体の産生を高めています。

そして、この図で起きていることが何かを見てみると、原因(最上段のボックス)によって引き起こされることは、一つは“インスリン拮抗ホルモンの亢進”(右側)、もう一つは“インスリンの絶対的欠乏”(左側)であり、宗田先生がご指摘されている『「糖尿病ケトアシドーシス」とは、本来「インスリン不足高血糖制御不能状態」というべきであって、ケトン体とは何も関係ない。』

というご指摘と一致していることが分かります。この図を見る限り、ケトン体は悪者ではなく、インスリン不足でブドウ糖をエネルギーにできないという火事の現場に駆けつけた、責任感の強い消防士のように思えます。

第5章 ロカボの意義を考える

パート1 糖質過多で起こる肥満と糖尿病

・そもそも糖質とは

●糖質は多糖類、オリゴ糖類、二糖類、単糖類、糖アルコールという5種類に分類される。

●単糖類はブドウ糖や果糖のように1個だけで存在するもの。

●二糖類は砂糖、ショ糖、麦芽糖など、単糖類が2つ結合したもの。

●多糖類は結合が数百~数万個以上であり、代表格はでんぷんである。

●「糖類」とは単糖類と二糖類の総称であり、いずれも甘さが特徴である。

糖アルコールは自然界にある成分をもとに、人工的に作り出されたもの

●糖アルコールにはトレハロース、パラチノース、キシリトール、エリスリトールなどがある。

糖アルコールの中には血糖値をほとんど上げないものもある。

・なぜ太るのか?

●あらゆる糖質は基本的に体内でブドウ糖に変換される。

●血糖値とは血液中のブドウ糖の濃度のことである。

●食後、血糖値が上がると膵臓からインスリンというホルモンが速やかに分泌され、全身の臓器にブドウ糖を送り込み、エネルギーとして利用できるように働く。通常であれば、これによって血糖値は下がるため問題はない。

●血糖値の正常値は食前で70~110㎎/㎗、食後で70~140㎎/㎗で、通常は食後の血糖値上昇は30㎎/㎗程度である。

40歳を越えるとインスリンの分泌が緩慢になるため、健常者でも跳ね上がるようになる。特に糖質摂取の多い人は異常な数値までに上がったり、乱高下したりするようになる。

●血糖値が180㎎/㎗くらいまで上昇すると、後からインスリンが過剰に分泌されるようになり、食後、一過的に血糖値が大きく下がる人もいる。

血糖値の大きな上下動は、動脈硬化症や認知機能の低下をもたらす。

●食後高血糖は体を傷め(これを「糖毒性」という)、さらにインスリン分泌を遅くする。この結果、高インスリン血症により肥満が進む。

食後高血糖は時間経過とともに悪化し、疲弊したインスリン分泌細胞は、やがてインスリンの分泌が困難になり糖尿病になっていく。

・インスリン分泌能力

●生物にとって糖質は最も効率の良いエネルギー源である。

●運動量が多かった昔の人は、体内に取り込んだ糖質を1日の活動で消費していた。[現代のように糖質が潤沢な食糧事情でもなかったと思います]

●文明が高度に発達し、体を動かす機会が少なった現代人は、体の中で糖質がダブつきやすくなっている。

●2015年、サッポロビールが実施した「食習慣と糖に関する20~60代男女1000人の実態調査」によると、現代の日本人が1日に摂取する糖質量の平均は、男性309g、女性332gとなっている。この摂取量はあまりに多すぎて、ほとんどの人は1日の活動では消費しきれるものではない。そして、エネルギーとして使われず余ったブドウ糖は、インスリンによって脂肪に変換され、体の中に溜め込まれる。

体に余分な脂肪が増えるとインスリンの効きが悪くなり、それをカバーするために、体は更にたくさんのインスリンを分泌する悪循環に陥る。

●膵臓はインスリンを作るのに疲れ、分泌量が減る。そして、血糖値がコントロールできなくなって、慢性的な高血糖である糖尿病を発症する。

・恐ろしい高血糖

●糖尿病の恐ろしい点は三大合併症である。これは高血糖により毛細血管が傷むことにより、腎臓、目、神経の障害を引き起こすものである。

●腎臓が傷むと人口透析に至り、目は網膜症によって失明の恐れがある。神経障害は起立性低血圧や尿失禁、EDを引き起こす。

糖尿病患者の中で様々なガン患者が増えているという事実があるが、インスリン自体がガン細胞を増殖させているのではないかと言われている。なお、この傾向は食後高血糖(糖尿病予備軍)にも当てはまる。

●糖尿病は、動脈硬化のリスクを上げ、心臓病や脳卒中などの脳血管障害と脚の障害を起こしやすくする。

・糖尿病に根治療法はない

●人間の糖尿病の根治治療はまだ見つかっていない。[1994年、マウスに抗CD3抗体という物質を投与することによって、インスリン分泌細胞を再生させ、高血糖を長期的に改善させることに成功した]

現在は、食生活の改善と運動習慣によって食後血糖の上昇に歯止めをかけるしか道はない。

・老化と糖化

●肥満、糖尿病以外にも糖質が関わっている身体の現象があるが、それは老化である。

●わかりやすい老化現象には、皮膚のシミや白髪、体の不調、認知機能の低下などがあるが、いずれも糖質が深く関わっている。

糖質の多い食事により高血糖の状態になると、体の中で糖化反応(グリケーション)が起こる。これは体の中のたんぱく質に余分な糖がくっつき、たんぱく質が劣化してAGEs(糖化最終生成物)を生成する反応である。

・AGEや酸化ストレスが起こすこと

AGEsが蓄積すると肌や髪、骨などに含まれるコラーゲン分断が起こり、全身の老化が進行する。そして、体調不良や糖尿病、高血圧、ガン、動脈硬化など様々な病気を引き起こす。

血糖の激しい上下動によって、酸化ストレスが引き起こされる。酸化ストレスは老化や細胞のガン化に関わる。

●血糖の上下動の大きさと認知症の低さには、相関があるとされている。

第7章 常識・非常識を考える

パート1 食品編

・果実

●糖質の中で特に注意すべきものは果物やハチミツの甘さのもとになっている果糖である。

●果糖は体内に入ると肝臓で20%だけブドウ糖に変換され、残りは果糖のまま血中をめぐる。血糖値とは血中のブドウ糖の量を測ったものなので、果糖は血糖値をあまり上昇させない。そのため糖質制限をしている人も果物は食べても問題ないと考えがちである。

果糖の問題は非常に中性脂肪に変わりやすいため、肥満や脂肪肝につながりやすい糖質であることである。太りやすさの観点では果糖は砂糖やお米よりも危険である。

●果糖は直接的に肝臓のブドウ糖合成を促進する。また、ブドウ糖よりも糖化を起こしやすく、臓器障害や動脈硬化を増やす原因になっているという論文も出ており、果糖にも注意しなければならない。

●果物には食物繊維も多く、ビタミン、ミネラルも豊富な食材なので、量に注意して摂取するようにする。

・甘味料

『糖アルコールや人工甘味料は、ロカボを実践する上では絶対にはずせない食材ですが、安全性を心配して、手に取ることを躊躇する人もいまだ多いようです。しかし、実はそのほとんどが偏見や誤解によるものです。

日本でよく使われているエリスリトールは、果物の発酵食品から抽出されるなどした天然由来の甘味料で、糖アルコールに分類されます。摂取すると小腸で吸収され血中へ移動し、そのまま尿で排泄されるためエネルギーにはならず、血糖値も上がりません。アメリカの食品医薬品局FDA、ヨーロッパの医薬品庁EMAともに、摂取する上限量を設定する必要がない、極めて安全な食品に分類しています。

また、アスパルテーム、スクラロースなどの人工甘味料は、アメリカやヨーロッパの許認可庁によるデータで一日に摂取できる上限が定められているものの、その量は缶ジュースにしておよそ15~25本。通常の食生活ではおよそ摂ることがない数値に上限が設定されていますので、普通に使用するならまったく安全と言ってもいいでしょう。』

パート3 その他の問題編

・腸内フローラ

●人間の腸内には100種類以上、数にして約100兆個にものぼる細菌が棲んでいる。

●小腸の終わりにある回腸から大腸にかけては、腸内細菌が種類ごとにまとまり、腸の壁面にびっしりと生息している。その様子が種ごとに群生するお花畑のようであることから、「腸内フローラ」と呼ばれている。

腸内細菌はこれまで考えられていた以上に頑健で、なかなか変化しないことが分かってきた。

●2015年、イスラエルの研究グループは、食品の血糖値が上がらない食べ方をすることによって、善玉菌が増えるというデータを発表した。

※こちらは”参考文献”に紹介されていた”データ”です。

Personalized Nutrition by Prediction of Glycemic Responses

・たんぱく質の量

高齢者ほど肉や魚をしっかり食べる必要がある。若い人は一食あたり10gほどのたんぱく質で食後の筋肉合成ができるが、高齢者は20gほどの量が必要になってくるからである。これは肉なら100g程度にあたる。

・たんぱく質の質

●たんぱく質を摂る時に注目すべきは、必須アミノ酸の含有量である。

●アミノ酸とはたんぱく質の構成要素で、アミノ酸が少数結合したものをペプチド、多数結合したものをたんぱく質と呼ぶ。

●一部の特殊なものを除き、たんぱく質は20種類のアミノ酸が結合して作られている。

まとめ

摂りすぎ厳禁の糖質。一方、たんぱく質の摂取量は微妙です。透析患者さまの場合は高レベルなたんぱく質摂取を考慮することが求められています。透析に至っていない患者さまについては、医師と相談し推奨の上限値を意識することが、分子整合栄養医学の面からも重要であるように思います。

※分子整合栄養医学についてはブログ“分子整合栄養医学1”を参照ください。

ゴースト血管

手先や足先の痺れを訴える患者さまは、主に中高年の方に時々みられます。硬くなった筋肉が血管や神経を圧迫しているのが原因ではないかと考え、気になる筋肉や絞扼しやすい箇所に刺鍼するのですが、症状の緩和は末端の指先に近くなるほど難しいという実感があります。

そんな中、“ゴースト血管”はテレビの健康番組で知りました。この“ゴースト血管”を詳しく知ることは、手先や足先の痺れに対する鍼治療の参考になるのではないかと考え、“ゴースト血管”の名付け親である高倉伸幸先生が書かれた本を購入しました。 

血管のゴースト化を進める元凶は、糖化(コゲ)」と「酸化(サビ)」のようです。

著者:高倉伸幸
ゴースト血管をつくらない33のメソッド

著者:高倉伸幸

出版:毎日新聞社

発行:2019年2月

ブログは第5章(「ゴースト血管をつくらない33のメソッド」)および、「ゴースト血管にまつわるアレコレQ&A」には触れていません。取り上げているのは、目次の黒字の部分ですが、特に重要と思ったところをまとめました。

目次

はじめに

あなたのゴースト血管化をチェック!

第1章 人は毛細血管とともに老いる

・生命に大きな影響を与える毛細血管

・血管は縦横無尽に体内を走っている

・それぞれの血管のミッション

・毛細血管の運搬法

・毛細血管はホルモンの情報を伝達する

・毛細血管は免疫にはたらく

・毛細血管は体のバランスを保つ

・毛細血管はなぜゴースト化するのか

・Column@高倉Lab がん治療にも応用される「アンジオクラインシグナル」

第2章 ゴースト血管と病気

・血管がゴースト化すると全身に悪影響が!

・重い便秘はゴースト血管のせい?

・毛細血管の減少が肝硬変の原因に!?

・腎機能の低下はゴースト血管が招く

・ゴースト血管が糖尿病の原因に!?

・ゴースト血管と肺の病気

・アトピー性皮膚炎も血管病!?

・過剰な毛細血管がリウマチを悪化させる

・骨粗しょう症もゴースト血管が原因

・ゴースト血管で失明に?

・認知症の原因はゴースト血管だった!

・血管がゴースト化すると抗がん剤が効かない!?

・Column@高倉Lab がん細胞を増殖させる「がん幹細胞」

第3章 ゴースト血管と老化

・体内の37兆個の細胞に「老化」というイベントが起こる

・「糖化」は体のコゲ

・「酸化」は体のサビ

・毛細血管が少ないと老けて見える!?

・毛細血管と肌の深い関係

・毛細血管の減少が薄毛の原因に!

・更年期は毛細血管のダメージから起きる

・Column@高倉Lab 毛細血管がよみがえる「血管新生」のしくみ

第4章 人は毛細血管とともに若返る

・毛細血管は何歳からでも改善できる

・血流をよくすればゴースト化は防げる

・免疫力を上げると毛細血管を維持できる

・毛細血管も自律神経の影響を受けている

・リンパ管は毛細血管のサポーター

・Column@高倉Lab 脳は記憶で傷を修復する!?

第5章 ゴースト血管をつくらない33のメソッド

血管力を上げる簡単メソッドを生活習慣に

Ⅰ 血液の質をよくする

メソッド1 バランスのよい食事を心がける

Ⅱ 「どう食べるか」も重要

メソッド2 食事は腹八分

メソッド3 一気に食べない

メソッド4 一気に飲むのも危険

メソッド5 少量に分けて栄養摂取

メソッド6 糖質はほどほどに

Ⅲ 血管をしなやかにする

メソッド7 うまみ成分を生かす

メソッド8 お酢を活用する

メソッド9 油は選んで使う

メソッド10 スパイスを上手に使う

メソッド11 カリウムを多く摂る

Ⅳ 自律神経のバランスを保つ

メソッド12 呼吸を整える

メソッド13 片鼻呼吸法で副交感神経を活性化

メソッド14 ゆっくりバスタイム

Ⅴ 血流をアップする

メソッド15 運動を習慣化する

メソッド16 1日1回だけしっかり運動する

メソッド17 「ながら」で運動する

メソッド18 かかと上げを習慣に

メソッド19 かかと上げ・応用編

Ⅵ 下半身を鍛えて血流を上げる

メソッド20 スクワットが効く!

メソッド21 ステーショナリーランジで筋トレ

Ⅶ 血管に刺激を与える

メソッド22 血管マッサージで血管を刺激する

Ⅷ ぐっすり眠って血管を修復する

メソッド23 体内時計をリセットする

メソッド24 メラトニンの原料を摂る

メソッド25 夜は光の刺激に注意する

Ⅸ タイツー(Tie2)を活性化する

メソッド26 シナモンを摂取する

メソッド27 シナモン+ショウガで血管の状態を整える

メソッド28 シナモン+バナナで簡単デザート

メソッド29 料理にもシナモンを

メソッド30 注目の食材・ヒハツを摂る

メソッド31 ヒハツを料理に使う

メソッド32 春の山菜・ウコギを摂る

メソッド33 ルイボスティーを飲む

ゴースト血管にまつわるアレコレQ&A

おわりに

第1章 人は毛細血管とともに老いる

それぞれの血管のミッション

動脈

・動脈の直径は1~30mm、弾力性があり、内膜・中膜・外膜の三層構造である。内側には薄い細胞の層である「血管内皮細胞」が敷き詰められていて、ここからNO(一酸化窒素)が分泌されていると、しなやかな血管を維持することができる。

静脈

・血管外に出たリンパ球(白血球)は主にリンパ管を通って静脈に戻る。

・静脈も動脈と同じ三層構造だが、血管の壁はかなり薄い。

・静脈には部分的に内側がひだ状になった弁があり、これにより血流が逆流することを防いでいる。

筋肉や体の動きによって、静脈内の血液の流れは変わる。 

毛細血管

毛細血管は約0.01mm。全長は数千~数万Km。全身の血管の95~99%が毛細血管

・臓器や筋肉などに合わせた形状をしている。まっすぐに、あるいは放射状や蜘蛛の巣状になって、全身に張り巡らせている。

・毛細血管の壁から通過して組織に入った酸素が拡散される距離は、およそ50μm(髪の毛の20分の1程度)。つまり、100μmに1本の割合で毛細血管がないと酸素は行き渡らない。

毛細血管は血管内皮細胞の一層でできている。 

毛細血管から酸素が運搬される距離
毛細血管から酸素が運搬される距離

画像出展:「ゴースト血管をつくらない33のメソッド」

「『毛細血管がないと酸素が行き渡らない』となると、どうなるんだっけ?」というとても基本的な疑問が浮かんでしまい検索したところ、高倉先生が解説をされている素晴らしいサイトを見つけました。記事の題名は”【ゴースト血管とは】毛細血管減少の改善・再生に役立つ食事と運動はコレ!”です。ちなみに、私の疑問の回答は”細胞の老化が始まる”というものでした。

毛細血管の運搬法

・毛細血管の内径は約5μm、赤血球の直径は約8μm。このため赤血球が毛細血管を通るとき、毛細血管の内壁と赤血球の表面はこすれ合う。これにより赤血球の酸素や血漿中の栄養が血管内皮細胞の隙間から押し出されて、外側の細胞に届けられる。

毛細血管内の圧力は外側よりも高いため、外側に向かって勢いよく物質が出ていき、外の組織にサーッと吸収されていく(拡散)。 

毛細血管の運搬法
毛細血管の運搬法

画像出展:「ゴースト血管をつくらない33のメソッド」

上の図は毛細血管と赤血球がこすれ合っている状態。下の図は赤血球の中の酸素や栄養が外に拡散している様子です。

毛細血管は免疫にはたらく

がんや異物、細菌が侵入すると、血管内皮細胞が反応して、リンパ球に対する接着因子を分泌。ローリングしながら移動し血管内皮細胞同士の微かな隙間を見つけて、壁細胞の後ろに隠れる。その後、壁細胞同士の間を通って血管外に出ていく。これは免疫を担って出ていく白血球につられて外に漏れる血液成分を、最小限にするためのしくみである。

毛細血管の免疫の働き
毛細血管の免疫の働き

画像出展:「ゴースト血管をつくらない33のメソッド」

左の図の3つの●は”細菌や異物”です。

上段の図は、免疫細胞の白血球が接着因子によって血管内皮細胞にくっつき、ローリングしている状態です。

中段は、壁細胞の後ろに隠れた状態です。

そして、下段は、壁細胞同士のわずかな隙間から、他の血液成分の漏れを最小限にしながら、白血球が細菌や異物の攻撃のために出動していく様子です。

毛細血管は体のバランスを保つ

・毛細血管には体温を維持する働きもあるが、その調節は自律神経が行っている

外気温に対応して自律神経は血液量に関わる筋肉をコントロールする。血液の流れ(血流)は血液の温度低下を防ぎ、体温維持に貢献している。

毛細血管はなぜゴースト化するのか

・毛細血管は加齢により、壁細胞の変性と消滅、それに伴う血管内皮細胞の機能の衰えが起こる。また、内皮細胞と壁細胞の接着を促すアンジオポエチン1というたんぱく質の分泌も減る。これらにより、壁細胞の内皮血管細胞からの離脱が起こりやすくなり、毛細血管は劣化していく。

不安定血管に見られる壁細胞の離脱
不安定血管に見られる壁細胞の離脱

画像出展:「ゴースト血管をつくらない33のメソッド」

高血糖は毛細血管の劣化を加速させる。体内で過剰な糖質とたんぱく質が結びつく変化を「糖化といい、体内に焦げのような物質「AGE(Advanced Glycation End Products=終末糖化産物)」を発生させる。このAGEは老化の要因の一つである。

血糖値が高くなるとAGEが発生し、毛細血管の血管内皮細胞の受容体がAGEを取り込む。すると「活性酸素が大量に発生し、壁細胞にダメージを与える。

・高血圧や脂質異常症によっても血管はダメージを受け、弾力性が失われる。これも毛細血管の老化といえる。

毛細血管のゴースト化は薬効を十分に浸透させることができないため、病気の治癒率を下げる。

・毛細血管の数は加齢で減少する。皮膚では60~70代の人は、20代の約40%も減少するという報告もある。

第2章 ゴースト血管と病気

腎機能の低下はゴースト血管が招く

・腎臓病の中で最も多いといわれる慢性糸球体腎炎は、糸球体の炎症によってたんぱく尿や血尿が続く病気で、むくみやめまい、高血圧などの症状がある。

・原因には糸球体のゴースト化も考えられる。これは高血糖などにより糸球体の血管内皮細胞を取り巻く壁細胞が剥がれて、漏れてはいけないタンパク質などを排出してしまうという病態である。

ゴースト血管が糖尿病の原因に!?

・糖尿病は尿に糖が出ることが問題ではなく、血液中の血糖値が高い状態のまま続くことに問題がある。つまり、糖尿病は血液や血管にかかわる病気である。

ゴースト血管と肺の病気

・肺の毛細血管は、他の臓器と異なり壁細胞がかなり少なく、血管内皮細胞への接着も少ない。もともと少ないところに、壁細胞の減少が起こると、ダメージもかなり大きくなる。

・肺胞を覆っている毛細血管がゴースト化すると、血管内皮細胞に異物が侵入するリスクが高まり、炎症を起こしやすくなる。マクロファージという炎症性細胞の侵入が多いと、少量のウィルスや細菌にも反応し炎症を生じてしまう。

アトピー性皮膚炎も血管病!?

アトピー性皮膚炎では体内に異常な毛細血管が増加していることが明らかになった

・血管新生により誕生した未成熟な毛細血管(血液成分が漏れやすい)により、炎症細胞のマクロファージが活性化する。すると肥満細胞が反応してヒスタミンが放出されやすくなり、知覚細胞が常に刺激されて異常な痒みが起こる。

・ヒスタミンは血管の漏れも誘導するため、炎症状態が継続してしまう。

過剰な毛細血管がリウマチを悪化させる

・関節リウマチの関節の腫れと痛みは、免疫異常によって誤って自分自身の細胞や組織を攻撃し、それによって炎症が起こるためである。

・免疫異常は血管新生による未成熟な毛細血管が関わっていることが判明した。

炎症を止めるために血管新生が起こるが、壁細胞と血管内皮細胞の接着がゆるい未成熟な血管のため、血液成分が漏れる。その状態のまま血管新生は止まらず、さらに毛細血管が増え続け、炎症も続いてしまう。

認知症の原因はゴースト血管だった!

・アルツハイマー病は脳にアミロイドβというたんぱく質が蓄積することが原因とされてきたが、近年解明されたアルツハイマー病のメカニズムは、血液脳関門を形成している毛細血管のゴースト化(血管内皮細胞の機能低下)が、大きな原因であるとされている

・毛細血管の壁細胞が失われることで、血管内皮細胞から血液成分が漏れやすくなる。

かつて悪玉とされたアミロイドβは、脳細胞にとって必要な物質だった。必要とされる分泌がないと血管障害の原因となる。しかし血管がゴースト化すると、アミロイドβの回収・排出が滞り脳内にアミロイドβが過剰に蓄積してしまう。

・アルツハイマー病の引き金は、タウというたんぱく質が異常リン酸化して蓄積し、シナプスに障害を与えることである。シナプスの連動が悪くなり、神経伝達が抑制されて脳機能が低下する。

・タウによる神経への毒性化が始まるのはアミロイドβの蓄積から10年ほどかかるため、アミロイドβの蓄積を病気発症のトリガーとして、この時期に脳の毛細血管を活性化させるような、認知症予防薬の開発も進められている。

血管がゴースト化すると抗がん剤が効かない!?

・がん細胞の増殖のメカニズムを研究する中で、がんとゴースト血管との関係性を発見した。

・細胞は酸素や栄養を使って、細胞内のミトコンドリアがエネルギーを産生するが、がん細胞は酸素が乏しくてもミトコンドリアを介さずに、エネルギーを産生する。

・がんの毛細血管はゴースト血管である。がんの毛細血管には壁細胞は若干あるが、ほとんど血管内皮細胞に接着していない。これは未成熟な血管で伸びることができず団子状になる。このため、酸素や薬剤を運ぶことはできない。

・がん細胞が増殖している組織は低酸素のため、酸素を必要とする放射線治療の効果もあまり期待できない。

がん細胞のゴースト血管(未成熟な毛細血管)を正常な血管に戻せれば、抗がん剤ががん細胞に行き渡ることになる。また、酸素が十分な状態になれば放射線治療も効くようになる。 

第3章 ゴースト血管と老化

「糖化」は体のコゲ

糖化とは食事から摂った余分なブドウ糖が、体内のたんぱく質と結びついて細胞を劣化させることであり、高血糖の血液を運ぶうちに血管の組織はもろくなり、炎症が起こりやすくなる。

糖化はAGE(終末糖化産物)という、「体の焦げ」を作る。毛細血管の壁細胞はAGEによってダメージを受け消滅すると、毛細血管はゴースト化するが、AGEは一度蓄積すると、何十年も分解されずに全身の老化を加速させるので要注意である。

「酸化」は体のサビ

・「酸化」は「糖化」とともに老化を進めるもう一つの原因である。

・活性酸素が体内に過剰に発生すると全身が酸化し、錆びた状態になる。

・活性酸素は体内で生まれ、消えていくもので、細菌やウィルスが体内に侵入すると、活性酸素が反応し破壊してくれる。

もっとも悪性の強い活性酸素のヒドロキシラジカルは、人間の体内の脂質、特にリン脂質に影響を及ぼし、過酸化脂質を発生させる。これが老化やがんなどの病気の原因になると考えられている。

活性酸素の主な発生原因は、大気汚染、強い紫外線、たばこやアルコール、化学薬品や食品添加物、ストレスなどである。

毛細血管、特に壁細胞は活性酸素に非常に弱いので、ダメージを受けやすく、それが毛細血管のゴースト化につながる。

私たちの体内にはSOD(Superoxide Dismutase)という抗酸化酵素が分泌され、過剰な活性酸素を消去してくれるが、加齢とともにSODは減っていく。

更年期は毛細血管のダメージから起きる

・更年期障害の原因は卵巣にエストロゲン分泌の指令を出していた脳の視床下部が、突然分泌ができなくなった状態にパニックになり、以前より数倍の指令を出すために、異常な発汗やめまいが起こるといわれている。

・視床下部は消化機能や自律神経、体温調節などをコントロールする器官のため、それらの調節もできなくなってしまう。 

第4章 人は毛細血管とともに若返る

毛細血管は何歳からでも改善できる

皮膚に傷がつき少し出血したような場合、止血後、好中球やマクロファージなどの炎症細胞が集まり、ダメージを受けた組織を再構築する。その後、線維芽細胞が移動して、場所(細胞外マトリックス)を確保し、血管新生が起こる。この時、必ず毛細血管は伸びているが、傷を治すという緊急事態では毛細血管の伸び方が通常より早い(マウスの実験では、通常の20~40倍だった)。

ケガをしたり、炎症が起こった場合、ダメージを受けた毛細血管が誘導する炎症反応でVEGF(血管内皮成長因子)などの物質を分泌する。それら[VEGFなど]の物質が既存の血管から新しい血管をつくるように促す。

・血管新生は毛細血管の重要な機能の一つだが、がんや過剰な活性酸素などの環境下では、血管内皮細胞と壁細胞が接着していない未成熟な毛細血管ができることもあり、それらは病気の原因につながる。

ゴースト血管は「血管伸長」という機能が残っていれば回復できる。そのためにはゴースト血管に血液を大量に届ける必要があるが、これには質のよい血液がしなやかな血管にスムーズに流れることが重要である。

血流をよくすればゴースト化は防げる

・試験管内の実験では、流れのない状態で血管内皮細胞を培養していると、血管内皮細胞同士の接着がルーズになるが、そこに血液の流れを送りこむと、流れに沿って血管内皮細胞が整列をはじめ、真っすぐできれいな接着が誘導される。これは、血管内皮細胞には血流を認識する受容体があるため、血液が流れると細胞内にシグナルが入り、細胞を接着させる因子を活性化させるからである。

免疫力を上げると毛細血管を維持できる

・免疫にはたらく白血球のうち、外敵と戦うT細胞にはキラーT細胞と、マクロファージや樹状細胞からの情報によってリンパ球に命令を出すヘルパーT細胞がある。このヘルパーT細胞は、血管の中だけでなく血管の周囲にも存在している。さらに、この細胞がないと毛細血管は未成熟になるという論文が2017年に『Nature』に発表された。

毛細血管も自律神経の影響を受けている

・毛細血管とその上流になる細動脈の先にある前毛細血管括約筋が、交感神経が優位になると収縮。これにより、末梢の毛細血管に流れる血液が少なくなり酸素が運ばれなくなる。

・過度な緊張やストレスにより、この状態が続くと毛細血管のゴースト化が加速する。 

交感神経の活動:前毛細血管括約筋
交感神経の活動:前毛細血管括約筋

画像出展:「ゴースト血管をつくらない33のメソッド」

前に『自律神経は血液量に関わる筋肉をコントロールする』という記述がありましたが、まさにこのことですね。

まとめ

1.血管のゴースト化の主犯は、「糖化」と「酸化」

●糖化はAGE(終末糖化産物)という、「体の焦げ」を作る。毛細血管の壁細胞はAGEによってダメージを受け消滅すると、毛細血管はゴースト化する。

●毛細血管、特に壁細胞は活性酸素に非常に弱いので、ダメージを受けやすく、それが毛細血管のゴースト化につながる。

「糖化」と「酸化」は血管のゴースト化を防ぐためのキーワードです。前者は糖質を摂りすぎないこと、後者は暴飲暴食、喫煙を避けること、良い睡眠や適度な運動などを通じ、強いストレスを溜めこまないことが特に重要です。

2.鍼による手指、足趾に対する局所治療について

今まで、手指や足趾の痺れに対し、患部に直接刺鍼することは避けてきました。これはこれらの部位への刺鍼は痛みをともなうのと、効果に疑問を持っていたためです。

しかし、下記のように、皮膚や毛細血管へのダメージに対する炎症反応は、血管新生や毛細血管の成長促進につながるものなので、施術に組み入れる価値はあると思います。また、血流を高めるという狙いでは、患部の上流の硬くなった筋肉や絞扼ポイントも大切だと思います。

●皮膚に傷がつき少し出血したような場合、好中球やマクロファージなどの炎症細胞が集まり、ダメージを受けた組織を再構築する。その後、血管新生が起こる。この時、必ず毛細血管は伸びているが、傷を治すという緊急事態では、毛細血管の伸び方が通常より早い。

●ケガをしたり、炎症が起こった場合、ダメージを受けた毛細血管が誘導する炎症反応でVEGF(血管内皮成長因子)などの物質を分泌する。それらが既存の血管から新しい血管をつくるように促す。

●ゴースト血管は「血管伸長」という機能が残っていれば回復できる。そのためにはゴースト血管に血液を大量に届ける必要があるが、これには質のよい血液がしなやかな血管にスムーズに流れることが重要である。

●血管内皮細胞には血流を認識する受容体があるため、血液が流れると細胞内にシグナルが入り、細胞を接着させる因子を活性化させる。 

顎関節症

顎関節症は線維筋痛症と同じように以前から気になっていました。それは、不定愁訴を追っていくと顎関節症は一つの可能性として、よく登場してくるためです。また、何となくモヤモヤした印象を持っていたのですが、考えてみると、それは歯科医なのか整形外科医なのかどちらが診る疾患なのかよく分からないというのが理由だったように思います。

検索してみると、顎関節症の書籍は思ったほど多くなく、選んだのは『噛み締めの謎を解く!』という本でした。これはタイトルに付随して、“歯科医が解明した姿勢の歪み・発症のメカニズム”という見出しが気になったためです。

なお、今回は顎関節症の概要や現状を把握すること、鍼灸治療に反映できるものを見つけることが目標です。

ブログは目次の中の黒字の項目をご紹介していますが、「はじめに」は冒頭のみです。内容は要点と感じた個所の要約と、そのまま抜き出した引用(『』で括っています)とが混在しています。 

著者:尾﨑 勇
噛み締めの謎を解く!

著者:尾﨑勇

出版:現代書林

発行:2017年5月

 

はじめに

第1章 歯科最大の謎―噛み締めのメカニズム

第1項 あなたの噛み締め度チェック

第2項 歯科最大の謎―噛み締めのメカニズム

①正しい姿勢とはどのような姿勢? 良い噛み合わせとは?

②姿勢を保つ反射の働き

③口元の異常が肩や腰、膝へと伝わっていく

④“あご”が小さくなると頭の位置がずれる?

⑤押し上げ回転と押し下げ回転

⑥7つの姿勢分類と噛み締め型

⑦身体を正面から見た時の姿勢の歪みについて

第2章 噛み締めが引き起こすさまざまな症状

第1項 噛み締めが引き起こす顎関節症

①顎関節症の実態

②女性が男性の2~3倍、顎関節症になりやすい理由

③なぜ口が開かない? 目安は40ミリ

④開口時に起こる関節音(クリック音)

⑤顎関節症のさまざまな症状

●気がつくと噛み締めている

●顎関節が痛い

●あごにひっかかり感がある

●噛むと歯が痛い

●歯ぎしりをする(ブラキシズム)

●ほとんどの人は左側の「噛み締め」

第2項 噛み締めが引き起こす頭痛

①子供にも広がる噛み締めからの頭痛

②緊張性頭痛(非血管性頭痛)と割り箸対処法

●「緊張性頭痛」の治療方針

③片頭痛(血管性頭痛)と女性の患者数

●“こめかみ”周囲に起こる片頭痛の成因

第3項 噛み締めが全身に引き起こすさまざまな不定愁訴

①眼の症状

●細い眼、眼が乾く、三白眼、左右の眼の大きさの違い

②耳の症状

③口、喉の症状―噛み合わせと気道の圧迫

●舌のもつれ・発音障害

●口の中が乾く・口臭がある。舌がしびれる、舌痛

④鼻の症状

●蓄膿症との関係

⑤首のコリ・首が回らない

●首が回らない症状

⑥指先のちりちり感

⑦左右の肩の高さの違い・左右の骨盤の高さの違い

⑧腕が上がりにくく、肩に痛みが起こる(四十肩・五十肩)

⑨自律神経失調症ほか

⑩睡眠時無呼吸症候群と噛み締め

●睡眠時の無呼吸と噛み締めのメカニズム

●無呼吸を招きやすい仰向け寝

●横向き寝で気道を確保する

●呼吸がしやすいうつ伏せ寝

第4項 クリニックでの実際の症例

①症例1 顔が下を向いてしまった男子中学生の患者さん

②症例2 顔が左右非対称だった30代女性の患者さん

第3章 自宅で症状の改善を図るために

第1項 自分の身体の現状をチェック…触診とあごの位置

第2項 マッサージとストレッチを行う

①立っている姿勢で首のストレッチ

②寝転がって肩と骨盤の高さを整える

③日常の生活習慣を変えていく

④片頭痛と緊張性頭痛の対処法

⑤顎関節症・口周辺の対処法

第3項 具体的な運動療法と訓練

①骨盤を押し下げ回転にする運動療法

②股関節、膝、足の不調の対処法

●足のマメ、足の裏の痛み

③舌の訓練

おわりに 

はじめに

あごの関節が痛くて口が開かない、顎関節にひっかかり感があり口が開けにくい、口を開けたり閉じたりすると「カックン」または「ポン」と音がする、下あごを自由に動かすことができない、噛みにくい、噛む筋肉が痛い……。

このような症状を顎関節症と言います。顎関節症はいつも強く噛み締めている状態、慢性的な「噛み締め」が原因で起こります。しかしなぜ「噛み締め」が起きるのか、本人も知らず知らずに「噛み締め」を続けてしまう状態がどのようなメカニズムで起きるのか、実は歯科界の最大の謎となっています。そして「噛み締め」が原因で顎関節症を患った患者さんの多くが、首や肩に頑固なコリなどの症状を訴え、「頭痛がする」、「手足がしびれる」、「精神的な落ち込みがひどい」などの全身的な症状を訴えます。

これまでの長年の治療で、「噛み合わせ」の治療を終えて顎関節の痛みが消え、口が正常に開くようになると、患者さんが訴えていた首のコリも消え、慢性的に感じていた苦痛に改善がみられることがわかってきました。こうした経験から噛み合わせが身体全体に及ぼす影響を無視できないと考え、「噛み締め」がなぜ起こるのか、そのメカニズムを解き明かす研究に20年以上取り組んできました。』

第1章 歯科最大の謎―噛み締めのメカニズム

第2項 歯科最大の謎―噛み締めのメカニズム

②姿勢を保つ反射の働き

・重い指令塔を身体のてっぺんに載せて2本足で立つというとても不安定な構造であるが、視覚や聴覚、あちこちの関節に加わる力や反射などさまざまな感覚や機能をフル稼働させてバランスをとり姿勢を保持している。

・「反射」は姿勢を維持するために特に重要な役割を担う。頭が傾いた時、頭を支える首の筋肉が緊張したり弛緩したりして、頭の傾きを修整する。

・反射は複数あるが、とくに「姿勢反射」は、噛み合わせと深く関連している。身体が揺らぎながら良い姿勢を維持できるエリアを青くし、これを超えてバランスを崩したり倒れたりするエリアを赤く塗ると図3のようなイメージになる。

・『青ゾーンでは、頭は傾くことなく平衡を保ちながら身体が揺らいでいます。そしてこの範囲で身体が揺らぐときは、上下の歯は接触することなく安静位空隙が保たれていると考えます。安静位空隙とは車のハンドルの遊びのようなものです。この“遊びの空間”が確保されているために、上あごから筋肉という紐で吊るされたような構造の下あごも、身体の揺れに合わせて一緒にブランコのように揺れることができます。下あごは身体の動きを感知するセンサーの役割を果たし、姿勢を制御しているというのが、本書の核心になります。

画像出展:「噛み締めの謎を解く!」

 

反射
反射

画像出展:「柔整ホットニュース

上から2段目の、”延髄・橋に関する反射”の右カッコ内に書かれた“緊張性迷路反射”は、耳石器官が関り頭部を調整します。一方、“緊張性頚反射”は頚部の伸張度に応じて四肢の緊張を変化させるもので、非対称性と対称性に分けられますが、いずれも生後4週間から8週間に最も顕著に見られ、原始反射と呼ばれています。

③口元の異常が肩や腰、膝へと伝わっていく

あごの痛みを訴えて診察に来る患者さんは、ほとんど身体に歪みがあって姿勢が崩れています。そして首や肩、腰などに痛みを抱えています。患者さんの姿勢は、いったいいつ、どのようにして崩れてしまうのでしょうか?

その発端は、私は“口元”にあると考えています。口を開けたり閉じたり、話したり、食べ物を飲み込んだりする一連の動きは絶妙なタイミングで調和しています。ちょっとでもずれるとしゃべっているときにつばが飛び散りやすかったり、食べ物が口からこぼれやすかったり、頬っぺたや唇の裏側を噛んでしまい、その傷がもとで口内炎になったりします。そして口周辺と身体の筋肉はつながっているため、患者さんの口元で始まった歪みが、筋肉を伝わって全身に波及していくことがわかってきました。

●口元に起きた異常が全身に波及する流れ

1.食べものの咀嚼や飲み込み、話をしたり息をしたりするときに使う噛む筋肉、舌の筋肉、喉の筋肉などは、口やあご周辺で独立しているのではなく、それぞれが連携し調和しながら動き、首や肩、胸の筋肉とつながり、全身の動きとつながっている。

2.口やあごなど口元に異常が起きると、食べ物を飲み込んだり、話をしたり、とくに呼吸する機能に支障が出る。

3.生命の維持に重要な呼吸機能を守るため、司令塔(=頭部)は台車(=首から下の身体)に、「口とつながっている筋肉に力を入れて引っ張ったり、伸ばしたりして、呼吸が楽にできるようにしろ!」と命令する。あごや頭部の位置をずらしながら、呼吸が楽になる姿勢を見つけると、たとえ頭の位置が身体の重心からずれていたとしても、その状態をキープ7するよう命令する。このため口元や首周辺の筋肉は、常に力が入った状態で固定化する。(図7)  

呼吸が楽な姿勢を見つけ、維持する。
呼吸が楽な姿勢を見つけ、維持する。

画像出展:「噛み締めの謎を解く!」

4.口元や首の筋肉が常に緊張・収縮すると、その筋肉につながっている胸、背中の筋肉、それにつながっている腰、臀部の筋肉へと緊張が全身に伝わっていく。身体の筋肉の力が抜けていて、筋肉が緊張と弛緩を繰り返しながら頭が落ちないようにバランスをとる正常な姿勢から、常に筋肉がこわばっている状態に身体が変化し、身体のゆらぎが失われて姿勢が固定化する。

5.筋肉の緊張が定常化した箇所で、コリや痛みが発生する。こうして口元の異常が全身のコリや痛みなどの不定愁訴につながっていく。 

『このような流れで口元の異常が全身に及んでいます。逆にこうした流れで生じた頭痛や肩こりなどの不定愁訴は、口元の異常を治せば解消するというのが私の治療方針になります。』

第2章 噛み締めが引き起こすさまざまな症状

第1項 噛み締めが引き起こす顎関節症

①顎関節症の実態

顎関節症は原因の究明も治療法も確立しておらず、顎関節症の治療を行っても健康保険の対象となる部分は少ない。そのため収入につながらない。これが立ち遅れている一因でもある。

・顎の関節が痛い、口が開かない、口の開け閉めで音がする、顎や舌が動かしづらい、顎に引っ掛かり感がある、これらは顎関節症の症状である。これらの原因は主に「噛み締め」状態が長期間、絶え間なく続くためである。

②女性が男性の2~3倍、顎関節症になりやすい理由

男女の身体の使い方の違いに原因があると考えている。

・特にスカートやハイヒールをはいた時など、多くの女性は綺麗な姿勢を意識するため、骨盤は強い押し上げ回転となる。一方、女性はあごの発育が小さく口の中が狭いため、気道を広げるために頭は押し下げ回転傾向にある。つまり、骨盤と頭の回転はいつも逆向きとなり、腰椎や頚椎に歪みを発生させる。そして、それが「噛み締め⇒顎関節症」につながる。 

腰椎や頚椎の歪みの原因
腰椎や頚椎の歪みの原因

画像出展:「噛み締めの謎を解く!」

左は、顎は押し下げ傾向にあるにもかかわらず、意図的に骨盤を押し上げるケース。右は、骨盤が押し下げ傾向にあるにもかかわらず、噛み締めのために顎を引いているケース。これらの無理な姿勢が繰り返されて、腰椎や頚椎に歪み(赤曲線)がうまれていく。

⑤顎関節症のさまざまな症状

●気がつくと噛み締めている

・傾いた頭は姿勢反射によって平衡状態に戻されるが、気道確保などの理由で姿勢反射が働かず、首が曲がったままの状態が続くと、首にスイッチがある頸反射が働き続け、顔を上げ下げする筋肉が収縮する。また、首の筋肉に連動して噛む筋肉が緊張し続け、本人が気づかないうちに「噛み締め」がおきる。 

●顎関節が痛い

・低い冠やブリッジ、低い義歯の装着、奥歯を抜いたままの放置などによって、奥歯の高さが低くなると、噛み締めの力は、本来は受け止めるべき奥歯ではなく、下あごの顎関節頭と関節円板で受けとることになる。顎関節頭は円板の後方にずれ落ち、噛み締める力は顎関節頭から直接、鰐関節窩に伝わり、圧迫し、傷つけ、噛むたびに顎関節が痛む。 

顎関節の構造です。この画像は大阪市にある「MDC(モリサキデンタルクリニック)」さまから拝借しました。

 

●あごにひっかかり感がある

・口を開ける時に感じる“あごの引っかかり感”は、顎関節頭が関節円板の後方に滑り落ちている状態で起きる。大きく口を開ける時に顎関節頭は前方に滑走するが、関節円板が移動を妨げると、“あごがひっかかるような”感じを覚える。

口を開け閉めした時の様子です。この画像は函館市の「みはら歯科矯正クリニック」さまから拝借しました。

 

 

●噛むと歯が痛い

・しっかりと嚙合わせる事ができないと訴える人は、上下の歯を接触させながら前後左右に下顎をスライドできない。正しい噛み合わせは、上下の歯列に噛む力が均等に伝わる。噛み締めの圧力が偏り続けると圧力よって歯槽骨と歯の間にある歯根膜を圧迫して炎症を起こし痛みがおこる。この状態を早期接触による咬合痛という。

●歯ぎしりをする(ブラキシズム)

・歯ぎしりは大学や研究機関においても未だに、原因が突き止められていない。

・身体の歪みが解消されない状態が続くと、身体に起こった筋肉の緊張状態を解放するため、無意識に左右の噛む筋肉を交互に緊張させていると考えている。

・歯ぎしりは通常は60~80㎏の噛み締めの力が、ライオンや虎と同じ200~250㎏に及ぶ人もいる。

・歯ぎしりが続くと咬耗や歯周病の進行を止めることは難しい。

・歯ぎしりは蓄積したストレスを発散させ、全身の硬直状態を緩和する行為かもしれない。しかし、度が過ぎた噛み締めや歯ぎしりは治療が必要になる。

・噛み締めや歯ぎしりは、全身の筋肉の緊張と密接に関係している。口元の噛み合わせの治療だけでは改善が望めない場合、運動療法によって身体が硬直しないよう、正しい身体の使い方を身につける必要がある。

●ほとんどの人は左側の「噛み締め」

・噛み締めは、どちらか片方に偏っている人がほとんどである。そして、来院される患者さんの9割ほどは左である。なお、原因は諸説あり明確なことは分からない。

第2項 噛み締めが引き起こす頭痛

①子供にも広がる噛み締めからの頭痛

噛み合わせの歪みは必ず首に伝わり、その痛みが首から上に向かう場合は頭痛など頭部を中心とした痛み(不定愁訴)を引き起こす。一方、首から下に向かう場合は、肩、背中、腰などを中心とした痛みを引き起こす。

・顎関節症で、慢性的な頭痛をもっている患者さんはほとんど成人だったが、最近では小学生など年齢や性別に関わらず、頭痛に悩む患者さんが増えてきた。

・日本人の3人に1人が慢性的な反復性頭痛をもち、寝込んでしまうほどの痛みを経験した人が34%、国民の約1割は頭痛により日常生活に支障があるという報告もある。

・慢性頭痛は緊張性頭痛と片頭痛が代表的。前者は人口の約8%、後者は約20~30%といわれている。

②緊張性頭痛(非血管性頭痛)と割り箸対処法

・「緊張性頭痛」は、奥歯の噛み合わせの高さが十分ではなく、気道を確保するために頭を押し下げ回転がかかる傾向の強い人が、職場のストレスなどで身体中の筋肉を緊張させた時に、とくに強い筋力を持つ背中の筋肉が収縮して骨盤を押し上げ回転させてしまうことで、引き起こされていると考えている。

・頭と骨盤が逆向きに回転し、腰椎や頚椎に生じた歪みが発端となって全身に起きる不定愁訴のうちの一つの症状ととらえている。

腰椎、頸椎の歪みと緊張性頭痛
腰椎、頸椎の歪みと緊張性頭痛

画像出展:「噛み締めの謎を解く!」

緊張性頭痛に関して、特に左のケースが重要なようです。

画像出展:「Therapist Circle

“背中の筋肉”は脊柱起立筋群と呼ばれており、姿勢を維持する“抗重力筋”に該当します。

 抗重力筋には筋紡錘が多いためにうっ血しやすい

抗重力筋には筋紡錘(筋肉の長さを認識するための受容器[センサー])が多いという特徴があります。こちらの記事は「インナーマッスル腹筋でシェイプアップ!!」さまのものです。

筋紡錘と交感神経
筋紡錘と交感神経

画像出展:「鍼灸は効くのか、なぜ効くのかの10講」(全日本鍼灸学会)(PDF4枚)

筋紡錘には交感神経が入ってきているため、ストレスに反応しやすく血管を収縮、血流を悪化させ筋肉を硬くします。

 

③片頭痛(血管性頭痛)と女性の患者数

・片頭痛は片側あるいは両方のこめかみから眼のあたりにかけて、脈を打つように「ズキン、ズキン」と痛むのが特徴である。痛みは4時間~72時間ほど続く。女性は男性の約3倍、比較的若い層(10~40代)に起こる。

・片頭痛は血管性頭痛とも呼ばれ、脳や頭の血管が収縮していた状態から急激に拡張したりする時に、心臓の拍動と同じリズムで痛みが起きる。

“こめかみ”周囲に起こる片頭痛の成因

・噛み締めと鱗状縫合の働きが密接にかかわっていると考えている。ストレスの多い生活によって強い噛み締め状態が長時間続き、噛む筋肉が収縮して硬直している状態が長く続くと、鱗状縫合は閉じたままの状態が続く。ストレスから解放されると、全身の筋肉が弛緩して噛み締めや食いしばりからも解放され、噛み締めによって長期間閉じていた側頭部にある鱗状縫合が突然開き、鱗状縫合に接していた血管の周囲は急激に減圧となって、血管が膨らんだり周囲にひっぱられ、血管を取り巻く神経は引きちぎられて傷つき、拍動を伴った激しい頭痛が発現する。

・『ストレスから開放されたことでセロトニンの消失による血管の膨張と、噛み締めの解消による鱗状縫合の弛緩という、身体の中でただ一ヵ所、2つの膨張要素が重なって三叉神経の損傷が起きるため、こめかみにだけ痛みが出現するというのが私の考えです。この考えについては、今後、脳外科や整形外科、耳鼻科の先生たちとともに検証を進めていきたいと考えています。

まだ私の研究が初期のころ、スプリント装置の装着や、冠を被せる噛み合わせの治療を施して急に「噛み締め」を解放させたときに、患者さんに激しい片頭痛が起きて治療を中断する事が何度もありました。』

鱗状縫合は側頭部中央付近の側頭骨と頭頂骨の間にある縫合です。この画像は兵庫県西宮市の「まつうら歯科クリニック」さまから拝借しました。

 

 

こちらの図は「三叉神経痛.Com」さまから拝借しました。

 

 

第3項 噛み締めが全身に引き起こすさまざまな不定愁訴

①眼の症状

・片頭痛とともに眼の奥に激しい痛みを感じることがある。眼窩の骨は下あごの外側にある咬筋と側頭筋、そして下あごの内側にある翼突筋と結びついている。翼突筋は下あごを前方に押し出す働きがあり、左側に「噛み締め」がある時は、左の咬筋と側頭筋が収縮して下あごを左奥に引っ張り、下あごは左側に移動する。一方、右側の翼突筋も収縮し、足場としている眼の裏側にある骨を歪ませる。そのために左に噛み締めがある人は、右の眼の奥に痛みが起こると考えられる。

こちらの図は「PROTECT GUM」さまから拝借しました。

②耳の症状

・耳の痛みや難聴等の耳の症状は、噛み締めにより、顎関節頭が額関節窩後壁を直接圧迫し、薄い骨で隔てた外耳道を圧迫するために起こる。

・応急措置としては硬直した噛む筋肉をマッサージするのが効果的だが、本格的な治療は噛み合わせを支える奥歯の高さを回復させる歯科治療が必要になる。

・耳鳴りに関しては、顎関節治療によって消えた患者さんもいれば、続いている患者さんもあり、顎関節症との関係ははっきりしていない。

③口、喉の症状―噛み合わせと気道の圧迫

・顎関節症は「身体と噛み合わせの役割」をよく理解していないと、治すのは容易ではなく、かえって症状を悪化させてしまう場合もある。

・特に問題が多いのは、顎が小さい患者さんの歯並びを矯正する時に、歯が並ぶスペースをつくるために、噛み合わせにとって最も重要な小臼歯を抜歯(便宜抜歯)することである。

●舌のもつれ・発音障害

・低い噛み合わせを急に高くすると、口の中が広がることにより、舌の位置が定まらず発音や嚥下機能に障害が起きたり、さまざまな違和感があらわれたりすることがある。

●口の中が乾く・口臭がある。舌がしびれる、舌痛

・噛み締め状態が続くと、筋肉の硬直のために血流が悪化し、唾液腺の働きが弱まり口の中が乾き、唾液による自浄作用の低下により細菌が滞り、口臭などの原因にもなる。また、血流の問題は舌痛や舌のしびれを起こすこともある。

舌に歯の圧痕がつく症状は慢性的な「噛み締め」によるものである。 

顎関節症:舌の外側に歯の圧痕
顎関節症:舌の外側に歯の圧痕

画像出展:「噛み締めの謎を解く!」

顎関節症が疑われる時に、舌の外側に歯の圧痕を確認することは良い方法だと思います。

④鼻の症状

・アレルギー性鼻炎などの耳鼻科的疾患がないにもかかわらず、鼻で息がしにくいと感じる状態は、口の中に舌が収まるスペースが不足しているために舌が喉に落ち込んで、軟口蓋が押し上げられている状態が考えられる。

⑤首のコリ・首が回らない

・噛む筋肉と首の筋肉は連動している。「片寄った噛み癖」、「片寄った噛み締め」がある人は、首の動きが悪い、首こりがある、疲れてくると首が痛い、首をマッサージすると激しい痛みがあるなど、首を中心とした症状を訴える。このような患者さんは、首の後方、第1~第3頸椎周囲がほとんど硬直している。強く押すと神経に触ったかのような激しい痛みを訴える。そしてこの痛みは、噛み合わせの治療を施すと消える。

⑥指先のちりちり感

・指先がチリチリと痺れ、フライパンなどがしっかりもてない症状は、頸椎5、6、7番目の後方から腕の指に神経が出ているが、この部位の筋肉が長期に渡って硬直し、血流が悪くなって疲労性老廃物が蓄積した状態になると、指先にしびれたような感覚が起こる。

⑦左右の肩の高さの違い・左右の骨盤の高さの違い

・噛む筋肉の収縮により、左肩が上がり[左側を強く噛み続けると]、相対的に右肩が下がる。左肩は背中側に引っ張られ、右肩は下がりながら身体の前側に引っ張られ、左右の肩の高さに違いが生まれる。さらに骨盤は左側が下がり、右骨盤は上がって右膝は伸びてロック状態になる。

噛み締めによる肩、骨盤の歪み
噛み締めによる肩、骨盤の歪み

画像出展:「噛み締めの謎を解く!」

上記で紹介されているケースは左の図のAEになります。

⑨自律神経失調症ほか

・噛み締めがあり身体の筋肉が収縮し続けているような人は、筋肉の緊張状態が続き、交感神経が優位に働いて身体を休める事ができなくなる。

・頸反射は睡眠中であっても身体の筋肉を収縮させているために交感神経を興奮させ、なかなか寝つかれない身体の状況を作り、眠りを浅くし、睡眠不足のために疲れが溜まり常にイライラする。

・首には自律神経が通っており、首の筋肉が緊張し続ける事で正常な自律神経の働きを乱す可能性も考えられる。

・頸反射によって首の筋肉の収縮が後頭部周囲の頸椎に集中すると、頸椎に沿うようにして脳に血液を送っている椎骨動脈が圧迫される。脳に血液を送らなければならない時、高血圧を引き起こす可能性が考えられる。

まとめ(鍼灸治療で考えること)

1.顎関節症は長期に渡る過度なストレスが関係している。

2.鍼灸治療の対象は筋肉と自律神経系である。

●筋肉を緩める

・局所…側頭筋、咬筋、外側翼突筋

・全身…後頚部、腰背部、腹部(腸腰筋など)

●自律神経系を調整する

・本治…脈診から判断したツボおよび“全身調整穴”による施術

・特効穴…内ネーブル4点(長野式で用いられているツボ。お臍の際に4ヵ所雀啄+置鍼。花粉症で使われる)※ブログ”花粉症と自律神経”の最後の付記に説明があります。

付記:日本顎関節学会(さいたま市)

色々検索しているときに、「日本顎関節学会」という学会を見つけました。

このサイトには“専門医・指導医一覧”というページがあります。埼玉県は専門医がさいたま市に一つ、指導医が春日部市に一つありました。

さいたま市の場所は北区宮原町です。

専門医は部長の鈴木茂先生になります。

スペイン風邪と新型コロナ2

日本を襲ったスペイン・インフルエンザ
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ

著者:速水 融

発行:2006年2月

出版:藤原書店

目次は”スペイン風邪と新型コロナ1”参照ください。

第6章 統計の語るインフルエンザの猖獗

“この恐ろしき死亡率を見よ 流感の恐怖時代襲来す”
“この恐ろしき死亡率を見よ 流感の恐怖時代襲来す”

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

“この恐ろしき死亡率を見よ 流感の恐怖時代襲来す”

全国の状況

-死亡者数の合計

『スペイン・インフルエンザは、大正七(1918)年の「春の先触れ」の後、本格的には、同年10月に始まる「前流行」として、さらに翌大正八(1919)年12月に始まる「後流行」として、二度、日本を襲った。われわれの計算では「前流行」の「インフルエンザ死亡者」は26万647人、「後流行」は18万6673人合計45万3152人で、この数は、従来言われてきたどの死亡者数よりも多い。これは、従来用いられてきた「流行性感冒」の数値から離れ、「日本帝国死因統計」に戻り、「超過死亡[インフルエンザが流行していなかったと想定したときの死亡者数と範囲を統計学的な手法を使って推定し、実際の死亡者数と比較することでインフルエンザによる死亡者数を推定したもの “国立感染症研究所 感染症疫学センター”より]」の考え方に基づいて死亡者数を計算し直した結果である(「流行性感冒」にも超過死亡に近い見方をしている箇所があるが)。』 

-月別の死亡者数

月別インフルエンザ死亡者数(全国)〔1918年―1920年〕
月別インフルエンザ死亡者数(全国)〔1918年―1920年〕

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

月別インフルエンザ死亡者数(全国)〔1918年―1920年〕

・「前流行」の死亡者数は急速に増大し、大正七(1918)年11月だけで13万人以上を記録し、5月にほぼ終息した。

・このグラフは「前流行」と「後流行」の二つの山があったことを示している。それぞれのピークは大正七(1918)年11月と大正九(1920)年1月で、前者が13万人強、後者が8万弱であった。

-年齢別死亡率

年齢別インフルエンザ死亡者率(全国・男女別)〔1918年―1920年〕
年齢別インフルエンザ死亡者率(全国・男女別)〔1918年―1920年〕

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

年齢別インフルエンザ死亡者率(全国・男女別)〔1918年―1920年〕

・5歳を過ぎると死亡率は低下するが、15~19歳層から上昇し、男子では30~34歳層、女子では25~29歳層をピークにあとは次第に下降している。このように通常ならば年齢別死亡率の低い層が逆に高いというのが、スペイン・インフルエンザの特徴だった。

地方ごとの状況

-府県別インフルエンザ死亡者数(上)

-府県別インフルエンザ死亡率(下)

府県別インフルエンザ死亡者数(前流行・後流行・合計)
府県別インフルエンザ死亡者数(前流行・後流行・合計)

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

府県別インフルエンザ死亡者数(前流行・後流行・合計)

府県別インフルエンザ死亡率(前流行・後流行・合計)
府県別インフルエンザ死亡率(前流行・後流行・合計)

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

府県別インフルエンザ死亡率(前流行・後流行・合計)

・人的被害は地方差が顕著であったが、この差は、猖獗を極めた時期、都市の存在、軍隊との関係、置かれた自然条件などからもたらされた。

第8章 国内における流行の諸相

神奈川県

-与謝野晶子が感じた「死の恐怖」 

“死の恐怖” 与謝野晶子 1920年1月25日
“死の恐怖” 与謝野晶子 1920年1月25日

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

こちらの”死の恐怖”は2度目の投稿。1度目の投稿の題名は”感冒の床から”。

 

『ところで【新報】は、この時期全盛時代で、発行部数15万部、東京発行のどの新聞より県下で広く読まれていた。そして評論家として与謝野晶子からしばしば寄稿を受けていた。流行性感冒に関し、与謝野は二度の論評を掲載している。

第一回は、「前流行」のさなか、大正七(1918)年11月10日で、「感冒の床から」と題し、その伝染性の強さから説き起こし、自分の一人の子どもが小学校で感染したら家族全員に伝染したことを述べ、ついで、日本の対応の遅さに怒りをぶつけている。政府はなぜ早くから、伝染防止のため、「大呉服店、学校、興行物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでせうか」。一方では、警視庁の衛生係ではなるべく人ごみに出るなと警告していることを挙げている。このような政府における意志の不統一は多くの国民を危険にさらしているのだ、と気焔(キエン)をあげている。彼女が我慢ならなかったのは、「日本人に共通した目前主義や便宜主義[問題の根本的な部分にはふれないで、何とか済ませてしまおうとする態度]の性癖」であった。あとは折からの大戦終結に向けての意見なのでここでは省略する。

第二回は「後流行」のさなか、大正九(1920)年1月25日で、「死の恐怖」と題し、かなり悲観的、達観的な筆致になっている。死とは何か、から始まり、今回の流行性感冒によって自分が死ぬとしても、最後まで子ども達のために生きたい、それには予防をし、注射を受け、全力を注いで生きるべく努め、「生」への欲を高揚させること、その後なら「人事を尽くした」のだから、運命とあきらめることもできる、としている。「君しにたまふことなかれ」は有名な晶子の詩であるが、ここではそれを自分に向けたかのように感じられる。

終章 総括・対策・教訓

総括

-なぜ忘却されたか?

・『大正中期、日本は、精神的にも、社会的にも、物質的にも大きな曲がり角にあった。海外から入ってくる社会主義思想と、それに対抗する日本の伝統に立つべしとする考え方とかが正面から衝突し、ひとびと、とくにインテリ層は、自分の位相をはっきりさせる必要に迫られていた。「米騒動」に象徴される社会運動は、これに都市の労働運動も加わり、騒々しさを増していった。日本の工業生産額が、農業生産額を上回ったのも、まさにこの時期のことであった。電力生産量が増え、一般家庭に電灯が行きわたり、夜の生活が一変した。夜なべ仕事や読書が従来よりはるかに容易にできるようになった。

日本は、大した犠牲も払わずに第一次世界大戦の戦勝国となり、国際聯(連)盟の理事国にさえなったのである。日本の国際的地位が上がるとともに、日本の大陸侵出が本格的に始まり、内戦中で有効な対抗手段を持たなかった中国へは、要求、借款、資本進出が相ついだ。これに対して、大戦中または大戦直後のヨーロッパ諸国は、自国の再建に忙殺され、ひとりアメリカのみが日本のアジア侵出を警戒し、そのことに対する日本の対応が、結局、その後の太平洋戦争をもたらす素因となるのである。

国内政治では、男子に限られていたとはいえ、制限付きで普通選挙法が治安維持法と抱き合わせのような形で施行され、大学令によって、私立大学も大学の仲間入りをした。識字率の上昇は、大衆に文字文化を伝え、雑誌、書籍の発行点数が非常な勢いで上昇した。

・『関東大震災による死亡者は、最近の調査で約10万人とかなり減ったが、物的被害の大きさはスペイン・インフルエンザの比ではない。この二つの事件を並べると、人的被害と物的被害が対照的であることに気づく。スペイン・インフルエンザによって、日本の景観は少しもかわらなかったが、関東大震災は、東京・横浜を中心に焼野原を作りだした。本書を記すにあたって、スペイン・インフルエンザ流行期の写真を探したが、ほとんど見つからなかったのも、スペイン・インフルエンザが「絵にはならなかった」からであろう。

ともかく関東大震災の一撃によって、スペイン・インフルエンザは記憶の片隅に追いやられてしまった。さらに、昭和期に入ると、日中戦争、太平洋戦争とスペイン・インフルエンザより、もう一桁多い戦死者や一般市民の犠牲者を出す出来事があいつぎ、その思い出は忘却のなかに薄らいでしまった。ようやく、90年近くを経て、いま、再び新型インフルエンザの到来の危険が叫ばれるようになり、スペイン・インフルエンザが人々の話題に登場するようになったのである。』

対策

-人々はインフルエンザにどう対したか?

・『未曽有の大量の死者をもたらしたスペイン・インフルエンザに対し、政府や医学界は何も対策を講じなかったのか。答えはイエスでもあり、ノーでもある。イエスというのは、政府や地方自治体、警察、医学界、病院は、予防ワクチンの注射を勧め、通告を出して、マスクの使用、うがいや手洗いの励行、人ごみをさけることなどを、繰り返し促していた。小学校や中学校では、罹患者が出れば休校となった。こういった注意は、すでに述べてきたように、現在でもわれわれが唯一とり得る対処法であり、呼吸器系の感染症対策の基本である。軍隊が演習を中止したり、鉄道や通信は人手不足で機能を低下させたが、全面ストップにはならなかった。何とかやりくりして、最悪の事態を回避した。何の準備もなかった当時のことを考慮すれば、これには「天晴れ」印を付したいくらいである。スペイン・インフルエンザによる死亡者数が、人口の0.8パーセントでとどまったのも、いく分かはこういった対策が効いたのかもしれない。

しかし、そういった対策は、決して徹底されていたわけではなく、すべてに効果があったわけでもなかった。興業の閉鎖は関東州だけで、他のところではなされなかった。神仏に救いを求めて殺到する満員電車の乗客には、車内での罹患の危険が非常に高かったにもかかわらず、何の規制も加えられなかった。新聞にも、同様の注意が府県、著名な医者の談話として終始掲載され、具体的に、予防ワクチン注射の予定も発表されているが、これはスペイン・インフルエンザ自身に対してなんら効果はなかった。』

新型コロナ感染対策

新型コロナウィルスの構造
新型コロナウィルスの構造

画像出展:「AFP●BBNews

特集:新型コロナウイルス感染症「COVID-19」”から拝借しました。

 

問題解決の王道は「早期発見、早期対応」です。そして、対策が自分自身で解決できる範囲(ヒト・モノ・カネ)を超える場合は、速やかに上司に相談し、問題解決できる立場(役職)の人を巻き込むことが肝要です。もし、躊躇すれば問題解決のゴールは遠くなります。

これは、私が営業で学んだことです。

政府の感染対策は1年経った今も有事対応には至らず、失敗を恐れて蓋をしてしまったかのようで、根本解決のための積極的な対策は見えてきません。手綱を握りつつ、多くは地方自治体や保健所に丸投げしているようにみえます。うまくいって当たり前、失敗したら厳しい政権批判につながる難しい舵取りのコロナ感染対策からは距離を置き、失敗が少なく英断も不要、多くの国民から評価を得られやすい施策に税金を優先的に投入しているのではないかと勘ぐってしまいます。ちなみに平成30年版厚生労働白書によると、医療関係従事者数は3,206,055人です。一方、日本の有権者数(令和元年の参院選)は、106,587,860人なので、この数字を使って計算すると医療関係従事者は有権者の約3%にすぎないということが分かります。

また、注力している“Go toキャンペーン”にはブレーキがついていないことが発覚し、あらためて危機意識の低さに愕然としてしまいます。アクセルとブレーキを使い分けられない日本政府が、東京オリンピック・パラリンピックを開催することはとても不安です。 

溜まっていた政府への不満と愚痴を書いてしまい申し訳ありません。ただ、アクセル(経済活性化)が非常に重要であることに疑う余地はなく、「本当のところ、どうすべきなのだろう?」という疑問から、まずはうまく対応している国を中心にデータを取ってみてはと思い、調べたところworldometer”という素晴らしいサイトがあることを知りました。そして何はともあれ、情報収集(集計)を始めることにしました。

なお、”worldometer"と共に、ロイターさまの”COVID-19 Gloval tracker”も興味深いサイトです。 

日本(2.891)以外で注目した国は、東アジアが“韓国(1.964)”、“台湾(0.029)”、東南アジアが“フィリピン(8.497)”、“ベトナム(0.036)”、“タイ(0.093)”、“シンガポール(0.494)”、オセアニアが“オーストラリア(3.561)”、“ニュージーランド(0.500)”、欧州が“ドイツ(36.510)”、“スウェーデ(88.386)”、“フィンランド(10.389)”の計11の国です。国名の後ろの( )の数字は、2021年1月5日時点の“人口10万人当たりの累積死亡者数”です。グラフは死亡者数が2桁のスウェーデン、ドイツ、フィンランドを除く9カ国としました。

集計は昨年8月4日からですが、今年の年末まで集計し、約1年半のデータにGDPや失業率などの経済指標を加えて、感染対策と経済対策の関係性について見てみたいと思っています。

10万人当たりの死亡者数 2021年1月5日(台湾、ベトナム、タイ、シンガポール、ニュージーランド、韓国、日本、オーストラリア、フィリピン)
10万人当たりの死亡者数 2021年1月5日(台湾、ベトナム、タイ、シンガポール、ニュージーランド、韓国、日本、オーストラリア、フィリピン)

参考:「worldometer」

 

今回のブログでは、第2波(第2の山)が大きくなった、日本、フィリピン、オーストラリアの3国に絞り、2021年1月5日までの155日間を対象に人口10万人当たりの、“新規感染者数”・“累積死亡者数”・“累積検査数”をグラフ化しました。以下の表は3カ国ですが、これは12カ国から抜粋したものです。(こんな感じで集計していますということで貼り付けました) 

集計表
集計表

参考:「worldometer」

 

人口10万人当たりの新規感染者数:2020年8月4日~2021年1月5日(日本、フィリピン、オーストラリア)
人口10万人当たりの新規感染者数:2020年8月4日~2021年1月5日(日本、フィリピン、オーストラリア)

参考:「worldometer」

”Go to イート”および”Go to トラベル”東京参加は10月1日です。「人が動けばウィルスも動く」だと思います。やはり、ブレーキは必須です。

 

人口10万人当たりの累積死亡者数:2020年8月4日~2021年1月5日(日本、フィリピン、オーストラリア)
人口10万人当たりの累積死亡者数:2020年8月4日~2021年1月5日(日本、フィリピン、オーストラリア)

参考:「worldometer」

日本、フィリピンとも明らかに増加傾向です。日本が増え始めた11月5日~1月5日までの2カ月間で両国を比べてみると、日本2.03フィリピン1.25倍となっています。日本は今が最も大事な時期だと思います。

 

 

人口10万人当たりの累積検査数:2020年8月4日~2021年1月5日(日本、フィリピン、オーストラリア)
人口10万人当たりの累積検査数:2020年8月4日~2021年1月5日(日本、フィリピン、オーストラリア)

参考:「worldometer」

このグラフでは日本とフィリピンの差が分かりずらいのですが、2021年1月5日/2020年8月4日の検査数は、日本3,986/672(5.93倍)フィリピン6,230/1,474(4.22倍)と両国も増えていますが、積極的な検査をしているオーストラリアとの差は大きなものです。

日本と検査実態が似ているフィリピンの第2次対策の予算の概要は以下の通りです。こちらは、JETROさまの”フィリピンで新型コロナ対策法第2弾が可決”から拝借しました。

総額1,655億ペソ(約3,641億円、1ペソ=約2.2円)、内訳は予備費(255億ペソ)を除いたものです。

なお、フィリピンの大卒初任給は日本円で約5万円とのことなので、日本の約1/4になります。そのため、投入金額の規模感は4倍の約1兆4500億円程度になります。また、フィリピンのGDPは神奈川県の2824億ドル(”米国個別株とETF【銘柄分析400】”より)を少し上回る規模のようですので、神奈川県が1兆円を超える対策をうったというイメージです。太字は主に医療に関わる予算ですが、合計すると305億ぺソとなり全体の23.3%になります。

日本はこの後、ご紹介するのですが、フィリピンは日本に比べると予算の用途が明確です。日本は、「緊急対応策第2弾」では、“感染拡大防止策と医療提供体制の整備:486億円”、「第1次補正予算の概要」では“新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(仮称)〔1,490億円〕”内訳も付いているものの、具体的にどのような対策をとって問題解決を図ろうとしているのか、予算からは日本政府の根本解決の強い意志は伝わってきません。これは、与謝野晶子先生がスペイン・インフルエンザのパンデミックの時に指摘されていたと同じように、新型コロナ対策も、目前主義・便宜主義な予算化と言わざるを得ません。

●政府系金融機関への資金注入(394億7,000万ペソ)

●農業・漁業従事者向け補助(240億ペソ)

医療従事者の雇用経費および福利厚生費用(135億ペソ)

●失業者などに労働機会を提供して収入を補助する「キャッシュ・フォー・ワーク・プログラム」(130億ペソ)

●公共交通の運転手などへの補助(95億ペソ)

●危機的な状況にある個人向け補助(60億ペソ)

感染者の接触履歴調査員雇用費(50億ペソ)

医療隔離施設の建設や政府系病院の拡張(45億ペソ)

新型コロナウイルス感染者の隔離関連経費(45億ペソ)

●観光産業向け補助(40億ペソ)

●遠隔教育推進費用の補助(40億ペソ)

医療用防護服などの調達費用(30億ペソ)

フィリピンの新型コロナ対策法第2弾(予算内訳)
フィリピンの新型コロナ対策法第2弾(予算内訳)

参考:「フィリピンで新型コロナ対策法第2弾が可決

緑色は”観光産業向け補助”です。”医療従事者の雇用経費および福利厚生費用”の約3割となっています。

 

日本の新型コロナ対策に関しては財務省のサイトにある“令和2年度補正予算(第1号及び第2号)の概要について”が参考になります。

以下に気になる箇所をチェックしながら書き出しました。 

1.緊急対応策第1弾

・政府チャーター機による帰国者の生活支援やワクチン等の研究開発の加速などを盛り込んだ、予備費103億円を含む総額153億円の対応策を2月13日に取りまとめた。(予備費を除く金額は、50億円)

2.緊急対応策第2弾

・新たな助成金など学校の臨時休業に伴って生じる課題への対応や、雇用調整助成金の特例措置の拡大などを盛り込んだ、予備費2,715億円を含む総額4,308億円の対応策を3月10日に取りまとめた。(予備費を除く金額は、1,293億円)

内訳

1)感染拡大防止策と医療提供体制の整備(11.28%):486億円―PCR検査強化10億円(0.23%)、治療薬開発加速28億円(0.64%)など

2)学校臨時休業に伴って生じる課題対応(57.14%):2462億円―保護者支援で1750億円、学童クラブ体制強化等470億円など。

3)事業活動継続縮小や雇用への対応(27.66%):1192億円―雇用調整金特例措置の拡大374億円、資金繰り支援782億円。

4)事態の変化に即応した緊急措置など(3.89%):168億円。

特に“PCR検査強化10億円(0.23%)”と“治療薬開発加速28億円(0.64%)”を足しても対策費の1%にも満たないという現実に唖然としてしまいました。

3.第1次補正予算の概要

1)新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関係経費(25兆5,655億円)

(ア)感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発(1兆8,097億円):7.07%

(イ)雇用の維持と事業の継続(19兆4,905億円):76.2%

(ウ)次の段階としての官民を挙げた経済活動の回復(1兆8,482億円):7.22%

(エ)強靭な経済構造の構築(9,172億円):3.58%

(オ)新型コロナウイルス感染症対策予備費(1兆5,000億円) 

まず、“Go toキャンペーン”ですが、上記の(ウ)に含まれています。予算規模は16,794億円です。“新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関係経費”に占める割合は6.56%になります。

次に、“感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発(1兆8,097億円)”の内訳ですが、以下のようになります。

新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(仮称) 〔1,490億円〕

PCR検査機器整備病床・軽症者等受入れ施設の確保人工呼吸器等の医療設備整備応援医師の派遣への支援等

・ 医療機関等へのマスク等の優先配布 〔953億円〕人工呼吸器・マスク等の生産支援〔117億円〕

・ 幼稚園、小学校、介護施設等におけるマスク配布など感染拡大防止策〔792億円〕、全世帯への布製マスクの配布〔233億円〕(合計:2,095億円)

アビガンの確保〔139億円〕産学官連携による治療薬等の研究開発〔200億円〕国内におけるワクチン開発の支援〔100億円〕国際的なワクチンの研究開発等〔216億円〕

新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金(仮称)〔10,000億円〕

新型コロナウイルス感染症への対応として必要な、以下を目的とした事業であれば、原則として使途に制限はありません。Ⅰ.感染拡大の防止 Ⅱ.雇用の維持と事業の継続 Ⅲ.経済活動の回復 Ⅳ.強靭な経済構造の構築"

最も気になる“新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(仮称)”は1,490億円なので、「感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発(1兆8,097億円)」の8.23%です。また、“産学官連携による治療薬等の研究開発”200億円は、1.10%、“国内におけるワクチン開発の支援”100億円は0.55%となり、気になる3つの分野への支援は、1兆8,097億円の約10%でした。“新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金(仮称)”に1兆円〔10,000億円〕が予定されていますが、主な用途が「感染拡大の防止・雇用の維持と事業の継続・経済活動の回復・強靭な経済構造の構築」となっているので、予算の約55%を占める“地方創生臨時交付金”のうち、どれ程が医療系に回るのか分かりません。もし、1兆円の多くが経済活動に注がれるならば、「感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発(1兆8,097億円)」は名ばかりの予算になってしまいます。

4.第2次補正予算の概要

1)新型コロナウイルス感染症対策関係経費(31兆8,171億円)

(ア)雇用調整助成金の拡充等(4,519億円):1.42%

(イ)資金繰り対応の強化(11兆6,390億円):36.5%

(ウ)家賃支援給付金の創設(2兆242億円):6.36%

(エ)医療提供体制等の強化(2兆9,892億円):9.39%

新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金として2兆2,370億円(7.03%)

・医療用マスク等の医療機関等への配布のための経費として4,379億円(1.37%)

・ワクチン・治療薬の開発等の経費として2,055億円(0.64%)

・等々

(オ)その他の支援(4兆7,127億円):14.8%

・新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金の拡充のための経費2兆円(6.28%)

・低所得のひとり親世帯への追加的な給付のための経費1,365億円(0.42%)

・持続化給付金の対応強化のための経費1兆9,400億円(6.09%)

・等々

(カ)新型コロナウイルス感染症対策予備費(10兆円):31.4%

・新型コロナウイルス感染症の第2、3波の可能性が排除できない中、今後の長期戦を見据え、事態の急変に対して臨機応変に対応するための万全の備えとして、新型コロナウイルス感染症対策予備費に追加的に10兆円を計上している。

第1次補正予算の時に7.07%だった“感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発”は、第2次補正予算では”医療提供体制等の強化”9.39%と増額されていましたが、フィリピンの23.3%の半分以下です。もっともっと増額されても良いと思いますが、大事なことは目標と計画です。

このためには、新型コロナ感染対策を“有事”と位置づけ、高い危機意識と危機管理、目標・役割・責任を全うする、縦割り行政を超えた精鋭部隊(感染対策、経済対策、都道府県連系等)を首相直下に配置、そして強いリーダーシップの元、感染拡大阻止のための”ロードマップ”を作り、”覚悟ある決断力”と”状況に応じた柔軟な修正力”をもって、”国民の先頭”に立って新型コロナに立ち向かっていくような、肝の据わった推進力が必要だと思います。なお、これは脱目前主義・脱便宜主義と言えます。

最後に、新型コロナ感染対策は有事であり、”ヒト・モノ・カネ”をダイナミックに動かす必要があるため、この問題のオーナーは各知事(地方自治体)ではなく、”日本政府”であると考えます。

付記1:2021年1月3日朝刊の新聞記事

埼玉新聞:2021年1月3日朝刊 “最終手段 効果は未知数”
埼玉新聞:2021年1月3日朝刊 “最終手段 効果は未知数”

こちらは、ちょっとマニアックな「埼玉新聞」です。

”勝負の3週間”が空振りに終わり、大晦日に東京、神奈川、千葉、埼玉で新規感染者数の最多を更新、”緊急事態宣言”が要請されました。

「進むも地獄、進まぬも地獄だ」。自民党関係者は首相の心境をこう推し量った。再発例すれば感染防止の遅れを認めることになる。一方、発令に慎重姿勢を貫けば医療逼迫の政治責任を一身に背負いかねないためだ。

スペイン風邪と新型コロナ1

まさか生きているうちにパンデミックに遭遇するとは思ってもみませんでした。

前回のパンデミックは約100前の“スペイン風邪(インフルエンザ)”でした。「どんな状況だったんだろう?」という思いからネット検索し、スペイン風邪が日本に広がり始めたのは大正七(1918)年10月であることを知ったのですが、これには少し驚きました。というのは、102歳になっている母親の誕生月が1918年10月だったためです。当時は赤ん坊、今は認知症の高齢者のため、2度に渡ってその脅威に怯える必要はなかったのですが、歴史的には2度のパンデミック経験者ということになります。あらためて、長生きの凄さを実感します。

そんな背景もあり、スペイン風邪の実態を知りたいと思い、見つけたのが今回の本です。 

著者:速水 融
日本を襲ったスペイン・インフルエンザ

著者:速水 融

発行:2006年2月

出版:藤原書店

目次の黒字箇所を取り上げていますが、長くなったので前半、後半の2つに分けました。

新型コロナについては後半の最後に、日本を含めた12カ国の日々のデータ(10万人当たりの、“新規感染者数”・“累積死亡者数”・“累積検査数”など)の中から、第2波(フィリピンは第1波の第2の山というべきかもしれません)が大きかった日本、フィリピン、オーストラリアの3カ国について比較しています。

以下は本の表紙の裏側に書かれていたものです。簡潔でとても分かりやすいので最初にお伝えします。

『昨今、「新型インフルエンザ」の脅威が取り沙汰されている。現在、そのウィルスは幸いまだトリからヒトへの感染でとどまっている。しかし、いつそれがヒトからヒトへの感染に変わり、ジェット機時代のおかげで、瞬く間に世界中に広がるか分からない。1918年の人々にとっては、スペイン・インフルエンザがまさに「新型インフルエンザ」だった。世界で第一次大戦の4倍(4000万人)、国内では内地に限っても、関東大震災の5倍近く(45万人)の人命を奪った。これは20世紀最悪の人的被害であり、記録のある限り人類の歴史始まって以来最大でもある。しかし、この史上最悪のインフルエンザは、人々の記録から忘れ去られ、これを論じた著作は日本で一冊も書かれてこなかった。

筆者の願いは、とにかく「スペイン・インフルエンザ」に晒された人々の悲鳴を聞き、状況を知ってほしいという一言に尽きる。当時の人々は、そのような事態に直面して、どう対応したのか、政府は何らかの手を打ったのか、そして、なぜ忘れ去られたのか。将来「天災」のようにやって来るであろう新型インフルエンザに対する備えは、過去の歴史を知ることから始めなければならない。

目次

序章 “忘れられた”史上最悪のインフルエンザ

第1章 スペイン・インフルエンザとウィルス

◆なぜ「スペイン・インフルエンザ」か?

◆インフルエンザ・ウィルスの構造と特徴

◆新型インフルエンザ発生のメカニズム

◆ウィルス発見をめぐるドラマ

◆ワクチンも「タミフル」も万能ではない

第2章 インフルエンザ発生―1918年(大正7)年春~夏

◆三月 アメリカ

-⁻記録に残る最初の患者

-第一次世界大戦の戦況とインフルエンザの発生

-無視された「春の先触れ」

◆四月-七月 日本

-台湾巡業中の力士の罹患

-ウィルスはどこから来たか?

-軍隊での罹患者の増大

◆五月-六月 スペイン

-800万人が罹患

-「スペイン・インフルエンザ」という名称の誕生

◆七月-八月 西部戦線

-西部戦線の異状

-『京城日日新聞』のスク-プ

-両軍の動きを鈍らせたインフルエンザ

-軍隊から市民への感染拡大

◆「先触れ」は何だったのか?

-アメリカ西部の兵営を起点に拡散

-予防接種的な役割を演じる

-三週間で世界中に

第3章 変異した新型ウィルスの襲来-1918(大正7)年8月末以降

◆アメリカ

-港町で変異したウィルス

-欧州派兵とウィルス

-ディベンズ基地で猛威をふるったウィルス

-米軍戦没者の8割はインフルエンザによる病死か?

-当時の状況を描写した詩文

-文字に記されたインフルエンザと体制への憎悪

-アメリカ国内での感染の拡がり

-流行は1918年に限らない

-少なめに算出された死亡者数

-パニックに陥ったアメリカ社会

-戦勝気分に酔うその足元で

-貧富の違いによる被害の違い

◆イギリス

-最大の被害をもたらした第二波は6週間でイングランド全土に

-突出した壮年層の死亡者数

-三つの流行拡大のパタ-ン

◆フランス

-アメリカ軍、フランス軍、イギリス軍の順に感染拡大

-「アポリネ-ル症候群」

◆補遺

第4章 前流行-大正七(1918)年秋~大正八(1919)年春

◆本格的流行始まる

-前流行と後流行

-従来の記録よりも多い実際の死亡者数

-スペイン・インフルエンザ・ウィルスはいつ日本に襲来したのか?

-軍隊、学校が流行の起点に

-三週間のうちに全国に拡大

◆九州地方

-初期の報道-「ブタ・コレラ」、海外の状況

-罹患者の急増

-都市から周辺部への拡大

◆中国-四国地方

-10月末以降、死亡記事が急増

-「予防心得」、氷の欠乏、医療体制の不備、新兵の罹患

-比較的軽かった中国地方での被害?

◆近畿地方

-被害の大きかった京都、大阪、神戸

-地域によって異なる流行の再発

◆中部地方

-大都市より中小都市、郡部で蔓延

-11月に入り、死者増加

-後になるほど悪性を発揮

-被害が大きかったのは製糸業地帯

-「鶏の流行感冒」

-人口1000名中、970名罹患、70名死亡の村も

-生命保険加入推進のチャンス

◆関東地方

-新聞は意図的に報じなかった

-初発以来数十万人が罹患

-インフルエンザと鶏卵の不足

-記録に残された五味淵医師の奮闘

-前年秋を乗り切った人々が罹患

-東京府・東京市の対応

-報道にみる被害の実態

◆北海道・奥羽地方

-他地方より遅れた初発、その後の状況の悪化

-鉄道が伝染経路に

-郡部で長引く流行

-被害が比較的軽かったと言われる北海道

-一村全滅の例も

◆小括

第5章 後流行―大正八(1919)年春~大正九(1920)年春

◆後流行は別種のインフルエンザか?

-前流行と後流行の症状の違い

-前流行と後流行の間の状況

◆九州地方

-後流行の初発

-「予防の手なし」

◆中国・四国地方

-罹患者の二割が死亡

-地獄絵を見るような10日間

-軍隊内での流行

◆近畿地方

-最大の死亡者を出した地域

-年が改まり、死者がさらに増大

◆中部地方

-抗体をもたない初年兵に多い罹患

-二月に死者増大のピーク

-郡部で猛威をふるう

◆関東地方

-初めは軍隊から

-地獄の三週間

-一割強の死者

-鉱山町での大きな被害

◆北海道・奥羽地方

-軍隊が流行の発生源

-秋田県で最小、福島県で最大の被害

-交通の要衝地での感染拡大

-北海道での惨状

◆小括

 

第6章 統計の語るインフルエンザの猖獗

◆国内の罹患者数と死亡者数

-低く見積もられた『流行性感冒』における患者数と死亡者数 

-超過死亡(excess death)による試算

◆全国の状況

-死亡者数の合計

-月別の死亡者数

-死亡率の男女差

-年齢別死亡率

◆地方ごとの状況

-地方ごとの月別インフルエンザ死亡率

-都市のインフルエンザ死亡率

-府県別インフルエンザ死亡者数

-府県別インフルエンザ死亡率

第7章 インフルエンザと軍隊

◆「矢矧(ヤハギ)」事件

-最高級の資料

-上陸許可後に直ちに罹患

-緩慢な病勢進行と急速な感染拡大

-すでに罹患していた「明石」の乗組員

-マニラ到着直後の安堵

-死者続出の惨状

-階級による差

-症状に関する克明な記録

-同じように襲われた他の軍艦・商船

-「矢矧」の帰還

-ピーク後も未感染者に活動場所を見出すウィルス

◆海外におけるインフルエンザと軍隊

-地中海派遣艦隊を襲ったインフルエンザ

-シベリア出兵とインフルエンザ

◆国内におけるインフルエンザと軍隊

-陸軍病院の状況

-各師団の死亡者数

-海軍病院の状況

-新聞報道

◆小括

第8章 国内における流行の諸相

◆神奈川県

-豊富な資料

-流行の時期

-流行の初発

-死者の増大

-いったん終息、その後再発

-後流行の猛威

-与謝野晶子が感じた「死の恐怖」

-二つの貴重な統計

-僻地で高い罹患率

-都市部と農村部の違い

-郡部で罹患者死亡率の高かった後流行

-前流行と後流行の相関関係

-1920年1月における死者の激増

◆三井物産

-『社報』も語る死者の増大

-社員家族を襲った悲劇

◆三菱各社

-流行期に上昇している社員の死亡者数

-鉱山など生産現場に多い犠牲者

◆東京市電気局

-罹患者の多かった「春の先触れ」

◆大角力協会

-「角力風邪」

-「先触れ」で免疫を得た力士

◆慶応義塾大学

-民間における青年・壮年層の被害の実態

◆帝国学士院

-罹患と外出忌避による欠席者の増加

◆文芸界

-犠牲者

-文学作品

◆日記にみる流行

-原敬日記

-秋田雨雀日記

-善治日誌

第9章 外地における流行

◆樺太

-漁期に流行

-最も高い対人口死亡率

-先住民にも多くの死者

◆朝鮮

-内地と同時に流行

-死亡率の高い後流行

-行政は何をしたのか?

-免疫現象の確認

-統計資料の問題

-朝鮮での前流行の犠牲者は約13万人

-朝鮮での死者の累計は約23万人

-三・一運動とスペイン・インフルエンザ

◆関東州

-本地人により大きな被害

-関東州でも死亡率の高かった後流行

◆台湾

-台湾中に拡がり先住民も罹患

-台湾でも軍隊を起点に流行

-本地人と内地人(日本人)の間の被害の差

-死者は多いが、短期間で過ぎ去った流行

-先住民の被害

◆小括

終章 総括・対策・教訓

◆総括

-内地45.3万人、外地28.7万人、合計74万人の死者

-日本内地の総人口は減少せず/流行終息後の第一次「ベビーブーム」

-なぜ忘却されたか?

◆対策

-人々はインフルエンザにどう対したか?

-謎だった病原体

◆教訓

あとがき

資料1 五味淵伊次郎の見聞記

資料2 軍艦「矢矧」の日記

新聞一覧

図表一覧

第2章 インフルエンザ発生―1918年(大正七)年春~夏

四月-七月 日本

-台湾巡業中の力士の罹患

・『大正七年(1918)年の四月には、日本統治下の台湾で折から巡業中の大相撲(当時は「角力」と表記)力士が病気に罹り、三人が命を落とし、ほかの数名が入院するという事件が発生した。』 

“不思議な熱病現る” 1918年6月20日
“不思議な熱病現る” 1918年6月20日

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

“不思議な熱病現はる”

『悪寒から始まり、発熱、四肢の倦怠感、腰痛、38度から40度に達する高熱、約5日間で快方に向かう、としている。』

 

4章 前流行-大正七(1918)年秋~大正八(1919)年春

“太平洋を超えて早くも日本へ 1918年11月20日
“太平洋を超えて早くも日本へ 1918年11月20日

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

“太平洋を超て早くも日本へ”

『爆裂弾より恐ろしい西班牙(スパニッシュ)流行感冒 激烈なる流行速度』

 

本格的流行始まる

-前流行と後流行

・スペイン インフルエンザは、大正七(1918)年10月にはじまる流行を「前流行」、翌大正八(1919)年12月から始まる流行を「後流行」と呼ばれた。

-スペイン・インフルエンザ・ウィルスはいつ日本に襲来したのか?

・日本へウィルスが襲来したのは、大正七年9月末から10月初頭の頃であったと考えられている。

-三週間のうちに全国に拡大

・『10月20日を過ぎると、この病気が「流行性感冒」であることが一般に知られるようになり、各新聞とも「流行性感冒猖獗(ショウケツ)」あるいは「死亡者続出」という見出しのもと、軍隊だけでなく、学校の休校、官庁や鉄道・通信機関従事者の欠勤状況についての記事が多くなってくる。全国紙、または準全国紙では、国外や国内の他の地方の状況についての記事が多かった。以下では、全国を六つの地方に分け、仮定した伝染経路にしたがって、西日本から始めるが、その前に、「流行性感冒」に掲載されている各府県の感冒初発の時期を図4-1の地図に示そう。最も早いのは福島・茨城・山梨・奈良の四県であるが、これはむしろ例外で、大部分の府県では9月下旬から10月中旬であった。ほぼ三週間のうちに、スペイン・インフルエンザは全国に拡がった、と言えるだろう』

各府県の前流行初発の時期(大正7年8月~10月)
各府県の前流行初発の時期(大正7年8月~10月)

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

 

 

関東地方

-新聞は意図的に報じなかった

・東京については、10月24日の各紙で流行性感冒来襲を告げている。

10月25日以降、記事は事の重大性に気付いたごとく、深刻になってくる。

“感冒の流行で學校休む” 1918年10月21日
“感冒の流行で學校休む” 1918年10月21日

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

 

 

“世界的流行の西班牙感冒” 1918年10月25日
“世界的流行の西班牙感冒” 1918年10月25日

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

これ以降、「スペイン(西班牙)風邪」という呼称が一般化する。

 

 

・『10月中の市内の記事は、感冒流行、休校、遠足中止、職場の欠勤者についての報告、交通機関・通信等への影響等に関するものが多く、死亡についての記事は稀であった。しかし11月に入ると、死亡者の続出してきたことが「火葬場の満員 半数は流行性感冒」という見出しの記事(「都新聞」11月5日付け)から窺うことができる。曰く「……砂村、町屋、桐ケ谷、落合の四火葬場に毎日の如く運ばる運ばる病死者の数は殆ど枚挙に遑(イトマ)あらず、……火葬場は今や満員を告げ居りて三日以前に申込むにあらざれば応じきれぬ程の有様を呈し而も其病死者の半数以上は悪性感冒より肺炎、脳膜炎等を併発した結果なりと云う」。この段階では、各紙とも本文には東京市住民の死亡そのものについては何も伝えていないのに、火葬場が多忙なのは、スペイン・インフルエンザ・ウィルスが深く、静かに、東京市の住民に食い込んでいた結果であろう。』

・『この頃[1918年10月]を過ぎると、さすがに抑えきれなくなったのか、にわかに市内の死亡者に関する記事が目立つようになった。11月1日から4日までの4日間の死亡者は、本所区143名、浅草区137名、深川区97名、下谷区91名、牛込区46名とある(「都新聞」11月8日付)が、このうちどれだけが流行性感冒によるのかは判明しない。しかし、翌日の同紙の紙面では、11月になってからの5日間のうちにインフルエンザがらみの病因による死亡が全外の26パーセントに跳ね上がったことを「恐るべき実例」として衛生部長に語らせている。』

第5章 後流行―大正八(1919)年春~大正九(1920)年春 

“遊びにもマスクの世の中” 1920年2月4日
“遊びにもマスクの世の中” 1920年2月4日

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

“遊びにもマスクの世の中

 

 

関東地方

-地獄の三週間

大正九(1920)年になると、スペイン・インフルエンザは牙をむいて東京市民に襲いかかってきた。各紙とも一斉にその状況を伝えている。三河島火葬場に運ばれた遺体は、元旦・59、二日・149、三日・196、四日・157、五日・164に達し、処理能力の1日155体を越えたため、焼残しの出る日も生じた(「都新聞」1月8日付)。そのすべてがインフルエンザによる死亡ではなかったとしても、この明らかに異常な状況は、インフルエンザがいかに猛威を振るったかを示している。「時事新報」は、流行前の大正六(1917)年1月8日の東京市の死亡者が156名であったのを、「本年1月7日の235名と比較」している(1月10日付)  

大正九(1920)年1月11日の「東京朝日新聞」に掲載された死亡広告も被害の大きさを物語っている。 

「東京朝日新聞」に掲載された死亡広告 1920年1月11日
「東京朝日新聞」に掲載された死亡広告 1920年1月11日

画像出展:「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」

 

 

 

正月明けで集中したとはいえ、これだけ黒枠広告が載るのは、やはりこの期間の流行性感冒による死亡者が多かったことの証明である。なかには、枢密顧問官芳川顕正伯爵、三村君平氏、秋山孝之輔夫人ら著名人の名も見られる。

しかし、本格的な殺戮は、1月中旬にやってきた。1月11日の「東京朝日新聞」第五面は、ほとんどが流行性感冒関連の記事で蔽われている。見出しのいくつかを取り出すと、「この恐ろしき死亡率を見よ 流感の恐怖時代襲来す 咳一つ出ても外出するな」、「市内一日の死亡者(流行性感冒による)百名に激増 一日以来の感冒患者総数実に九万人」、「元旦からの死亡者同区で二百五十名」、「流感悪化して工場続々閉鎖す」、「日に新患者六十名 第一師団の大恐慌」といった記事で、いよいよ地獄の三週間が始まった。』